G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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クッソややこしい書き方はしていますが本編より後、EX1よりは前になります。おまけの話を行き当たりばったりに書いてるものだから時系列ぐちゃぐちゃですが気にしないで大丈夫です、その場に合わせて書いてますので


Exhibition Race2-1:頂には関門が必要

「ぁいっ……~~!!」

「我慢しろ」

「分かって、まっ……っ! ぃ、っ、く、つぅ……!」

 

 彼にそう言われるが、やっぱり痛いものは痛い。契約して直ぐの頃からずっとしてもらっている事といえ、中々慣れるものでは無い。

 

「んっ、っい……」

「……お前痛い時ちょっと喘ぐの止めろ。この間それでチームの奴に騒がれたろ」

「そう言われても……っ、……~~!」

「お前なあ……」

 

 だったら、そのぐりぐり押す癖何とかならないかな…! 最初からずっとそれだし、なんなら私で癖になったのか他の子からはマッサージちょっと避けられてるでしょうに……いった!?

 

「ふっ、ふっ、ふっ…ぅあっ……!」

「…もうそろそろ終わる。耐えろ」

「ッ、りょうかいで……」

「たーのもー!」

 

 力強く扉を開く音がして、小柄なウマ娘が扉と入れ替わりに姿を現す。痛みで思考が働かず、最初それが誰なのか考える時間が必要だった。

 そこからその人物の名前を思い出すのと同じタイミングで、彼女がまじまじと見つめる此方の様子に思考が行きつく。

 

 …もしかしなくても、この状況変な風に受け取られたり…ああ、滅茶苦茶に顔が輝いてきた。

 

「へええええ! スタートワンとトレーナーってチームの部屋でマッサージするんだ! え、え、いつから? いつからそんな風にマッサージしてたの!?」

「…………お前が連れてきたのか」

「違います。というか、初対面ですよ」

 

 一気に此方へ近付いてきてトレーナーと私を交互に見つめるポニーテール。きらきらと輝く青い瞳と一房の流星は、見た目こそ違うが私にとっては馴染み深いそれによく似ている。

 

「そんな事出来るなんて仲良すぎじゃない!? やっぱり二人共付き合ってるの?! ねえねえ、どうなのさ! 会長もトレーナーと一緒に居る時間が多いし、エアグルーヴもブライアンもトレーナーにくっ付いてもらってるし! ねえねえどうなのどうなの!? やっぱドーセーしてるってウワサほんとなの!?」

「うるせーな……スタートワン、どうにかしろ」

「こっちに振られても……はあ、仕方ないですね……」

 

 状況を見て邪推したくなるのは、まあ学生も学生、それも中等部だ。大目に見よう。

 しかし、ここまで耳年増な反応をされるとは。尊敬する会長と比べるとまだまだ元気さが抜けていないなあ。

 

 トレーナーに足を離してもらい、軽く服を正しソファから立ち上がる。珍しく視線を下に下げつつ、彼女のにやにやとした笑みに思わず眉の皺を揉んだ。

 

「トウカイテイオーさん。一応今は身体ケアの途中なので用事が無いのなら一度お引き取り頂きたいのですが……。何故ここに来たのでしょうか?」

「えーひどいなあ。ちょっとはボクの質問に答えてよー」

「……シンボリルドルフさんからなにか言伝でも預かっているのですか?」

「ぶー…。んーん、かいちょーはなんにも言ってないよ。来たかったから来ただけ」

 

 そう言って彼女は私が座っていたソファに飛び乗る。ぽふんと軽い音を立てながら、彼女の身体が一瞬浮かんでから沈んだ。

 

 トウカイテイオー。競走馬シンボリルドルフの産駒の一頭であり、彼を父に持つ馬の中でも一際に知られた存在。

 父を彷彿とさせる無敗の二冠、父を追って戴冠したジャパンカップ。休養明け後期間最長での初戦G1勝利、父を超えたとも言える奇跡。アニメ版では『season2』での主役でもあり、『ウマ娘』全体でも知名度はスペシャルウィークに並び立つ存在だ。

 

 私個人としては殆ど関わりが無いのだが……、まあ、話は聞いていた。なにせ互いに共通の知り合いが居る上に、話題に度々出ていた分書類上は名前を知っているトレーナーよりは知識がある。

 

「来る事を拒むわけではないですが、それならば何故此処に?」

「だから言ったじゃん、来たかったから来たんだって」

「……一応、今は取り込み中なので用が無いのであればお引き取り願いたいのですが」

「えー、つまんないの。お菓子とかお茶とか無いの?」

「……。」

「………はあー……」

 

 どうするか後ろへ視線を送ると、深い溜息の後トレーナーが立ち上がる。食器や菓子類を入れている棚を開くと、心底嫌そうに呟いた。

 

「食ったら帰れ」

「わーい、ありがと!」

 

 

 机に置かれた紅茶を啜りながらお茶請けのクッキーを咀嚼する様子を、向かいの椅子に並んで座りながら私達は見守る。急な来客に対応しなければならず手持無沙汰になっている所もあるが、一応はあの生徒会長のお眼鏡に適った有望株。どんな反応をするのか気になるところだ。遠目に見た事や人伝に聞いてはいたが、実際対面しての印象等はこれが初めて、注視したくもなる。

 

 いかにも子供らしい満面の笑み、けれどティーカップを優雅な所作でことりと机に置いたトウカイテイオーは、少し驚いた表情のままクッキーに手を伸ばす。

 

「んー…! これ美味しいね! 茶葉はどこで買ってきたの?」

「駅前のショッピングモールで売っていますよ。チームの子に淹れるのが得意な子が居るので、その子がブレンドしているそうですが」

「へえー。こっちのクッキーは?」

「それも同じく。選んだのは私です」

「センスが良いね、どっちも味がケンカしてない。ちょっと紅茶の方は味が濃いから、蒸らしの時間が長いの?」

「ああ、トレーナーさんの好みで作ったからかもしれません。私も彼も苦みと渋みが少し強い方が好みなので」

「へえ~。トレーナーは他だとどういう味が好きなの?」

「ふむ…。出汁の味が良い薄めの味付けが結構好みみたいですね。子供舌ではありませんが、肉じゃがなどの煮物は甘めの味が好きなようです」

「へえ~~! お味噌汁とかは?」

「茄子と豆腐をよく作ります。チームの子達にも結構好評なんですよ」

「……へえ~……」

 

 にやにやと此方を交互に見やるのを、トレーナーが鼻を鳴らして睨めつける。この反応は明らかに勘違いしているようだが……噂がああだこうだ言ってきた感じからして、随分と耳年増なようだ。

 

「何か良からぬ噂を聞いてきたようですが、私と彼の間に噂にあるような関係はありませんよ。疚しい関係があったら理事長からお咎めがあるに決まっているでしょう」

「え、そうなの?」

「当たり前です」

 

 ミスターシービーの両親が駆け落ちしたのも家族だけじゃなくそういう問題があるからだし。幾ら理事長がそのあたりの好きそうな若い子であったとしても、経営者にして学園の長である以上は判断も厳しくなるに決まっている。

 

「でもほら、ミスターシービーとかマルゼンスキーとかさ」

「彼女達…、も、立場は弁えています。仮に関係が事実であったとして、卒業まではしっかり待つ筈ですよ」

「なんで今目逸らしたの?」

「気のせいです」

 

 クラシックを走っていた頃から相当時間が経過している事もあって普段から距離が近いのは確かだし、単純にそれだけ長い事一緒に居れば担当という関係より親密になるのもおかしくは無いが。流石にその分別はつけ、しっかり気を付けている筈だ。

 …………筈だろう、多分?

 

「えー、なんか気になるなあ。実はその辺りも誤魔化してるんじゃないの?」

「んなわけあるか。自分の飯のタネに粉かけるわけねえだろ」

「ホントぉ? だってカイチョーとカイチョーのトレーナーから聞いたよ? 『あの二人のような関係にはまだまだなれていない、少し羨ましいよ』って」

「あら、上手な声真似ですね」

「あ、そう? 実は結構得意なんだよね…なーんてゴマカされるわけないでしょ」

「とは言いますが、痛くも無いからと誰彼構わず腹を探られたら此方も困ります」

 

 前々から繰り返し言われてきた事ではあるが、仲が良い事をイコールで繋げられると色々な方面で面倒になるだろう。疑いの眼差しが消えないトウカイテイオーにトレーナーも辟易した顔だ。

 

 

「そんな事言ってえ。スタートワンだってまんざらでもなさそうじゃん」

「数年来関係のある相手と仲が良いと言われて本気で嫌がるようなら、それはもう問題ありでしょう」

「えー、ボクにはそれだけじゃないように見えたけどなー」

 

 なんだかなあ。まさかとは思うが、これを聞くためにここまで来たのだろうか……それは流石に無いか。

 

 ちまちまとクッキーを頬張りながらにまにまとしているトウカイテイオーにどうしたものかと二人で困っていると、部屋の外から足音。続けてノックがあった。トレーナーが少し考えてから「入れ」と言うと、「失礼します」と扉が開かれる。

 

「すみません、ここに…居た! 探したよテイオー!」

「あ、トレーナー」

「あじゃあない!」

「し、しつれいしまーす……」

「失礼します」

 

 立て続けに入ってきたのは、二人のトレーナーと一人のウマ娘。内一人はトウカイテイオーを見てどことなく眉を寄せながら声を上げ、一方でウマ娘の方はその顔に「何でこんな事に」と言わんばかりの正しく困ったという空気を纏っている。

 クリスマスを思わせるような赤と緑のメンコが、私の視線に気付いて大きく揺れた。

 

「あ、やー、その。ごめんなさいアタシら直ぐに帰りますんで……」

「ネイチャ、帰ろうとしない」

「いやでもなんか取り込み中だし……」

「大丈夫だから」

 

 トウカイテイオーはともかく、ぼそぼそと囁き合うコンビの方は何かしらの用があるらしい。トレーナーと視線を合わせ、それから二人で席を立つ。

 

「状況は飲み込めませんが、取り敢えずお三方も此方に座ってください」

「え、いや流石に」

「余所への入室は…」

「今回は不問だ。いいから来い」

「ナイスネイチャさんも気にせず入って構いません。さ、此方へ」

「えなんで名前……あ、その……スンマセン…」

 

 

 ナイスネイチャ。トウカイテイオーと同年のクラシックを走ったウマ娘、ひいては同名の競走馬。

 G1こそ勝利は出来なかったが、重賞を複数、そして有馬記念の三年連続三着という連覇を除く同レース同着順はそうそう樹立される事の無い記録だ。しかもその人気で引退競走馬達に穏やかな余生を過ごせるだけの支援を用意出来た。強さだけでは成し得ない事を可能とする。それも彼…そして彼女の才能だろう。

 

 そんなわけで急遽机に三人を追加。大きさの問題でやや窮屈ではあるが、突然の事というのもあり気にしても仕方ない。

 

 トウカイテイオーに出していたのでそのまま全員に紅茶を提供。カップを手に三人が一口息を吐いたところで、少し間を置く。

 トレーナーに音頭を取らせると面倒になるので、私が代わりに話を振る。

 

「少し落ち着いたところですし改めて。最低限名前については説明をしましょうか。私がスタートワン、此方が私のトレーナーさんです。お見知りおきを」

「お前らは言わなくていい。トウカイテイオーにナイスネイチャ、でそのトレーナーが二人だろ」

「トレーナーさん」

「予定潰されてんだぞ」

「それでもです」

 

 眦鋭く四人に視線を送るトレーナーを諫めるついでに紅茶を渡しておく。思った以上に長い話になりそうなのはあるけど、私のマッサージくらい何時でも出来るんだから予定が崩れたくらいで機嫌崩さない。

 

 いかにも不機嫌そうに睨みつけながらカップを口に持っていく彼に思わず溜め息が漏れる。来たばかりの三人は委縮しかけているし、トウカイテイオーは不服ながらトレーナーが来た事もあってちょっと申し訳なさそうと言ったように視線を逸らしている。

 このまま空気を悪くすると話も進まないので、このまま私が進行をさせる。

 

「トウカイテイオーさんですが、どうやらここに遊びに来たようです。シンボリルドルフさんから話を聞いてもいたようですし、一度来てみたかったようで」

「本当にすまない。それからありがとう、いきなり押し入ったようだし迷惑だったろう」

「本当にな」

「トレーナーさん。……それから、ナイスネイチャさん達についてはいきなり不機嫌な所から見せてしまいすみません。少ししたら落ち着くと思うので、気にせず寛いで構いませんから」

「此方こそ申し訳ない。予定があった所を邪魔したのは此方だ」

「い、いやー、こっちも色々と急に動いたもんだから。ちょっとそのあたり準備が出来てなくてですね……。その、すみません」

「謝る必要はありません。そう言う事もありましょう」

 

 実際、私に模擬レースを頼みに来る相手なんて大体このくらい唐突だ。場合によっては勢いよく開けすぎて扉を外してトレーナーから大目玉を食らった子なんかもいたりする。具体的には打倒先輩が最初にやらかした人だったりする。

 そんな諸々は一旦置くとして。

 

「あれこれについてはここで一度切るとしましょう。それで、トウカイテイオーさんについてはともかく、ナイスネイチャさん達がここへ来たのは一体? 確かお二人共、ジュニア級が終わって休息期間の筈でしたよね」

「あ、ハイ。そうです」

「ボクには聞かないの?」

「理由は無いと自分で言っていたでしょう」

 

 トウカイテイオーに用意しておいた次のクッキーを渡して機嫌を取りながら、ここに来た用件を探る。

 

 無敗の三冠を目指すトウカイテイオーは道標たるシンボリルドルフを追いホープフルステークスを獲得。彼女に勝利する事を目指したナイスネイチャは一つ前の京都ジュニアステークスへ出走。勝ち鞍を増やしクラシックへの準備を進めている。

 私がデビューした頃は大体の子がアプリシナリオをなぞるようにレースを選んでいたが。そこから新しい子が来る度少しずつ、しかし確実にその形を変えている。この世界では大筋さえ合っていれば細かな部分は全く別でも構わないという方針があるようだ。

 

 そんな変化の一つとも言えるこの状況。ナイスネイチャへの問いは、彼女とそのトレーナーがそれぞれ顔色を変えさせた。前者は困ったように眉を下げ、後者は僅かに視線を鋭くさせる。んー、と…?

 

「理由については分かりかねますが、何かしら私達の話題でもあったようですね」

「それは、あったんですケドモ…」

「ネイチャ、ここからは俺が」

「いやでも」

「大丈夫、任せて」

 

 言葉を詰まらせたナイスネイチャが仕方なさそうに主導権を譲る。すると私のトレーナーもここからは自分の番だと少しだけ身体を前に傾けた。私がこのまま進行してもいいのだけど……一応チームの長は彼なので、交代し自分の紅茶を飲むとしよう。

 

 居住まいを正した二人が、担当の視線を受けながら話し始める。

 

「今回、ここには折り入ってお願いがあり来ました」

「言ってみろ」

「…あなたのチームの筆頭ウマ娘、スタートワンと、俺の担当ウマ娘ナイスネイチャ、二人に模擬レースをさせて下さい」

「……理由を言え」

 

 模擬レースの許可を聞いた瞬間、僅かに視線が揺れた。視線の先に誰が居るのか、私のトレーナーも薄々分かっているのだろう。理由を問われ、その視線が今度は左右に揺らぐ。

 状況が思いもよらないものだというのもあるのだろう。ここでそれを宣言するつもりがなかったのだろう事も分かる。それでも理由を聞くという事の意味は。

 

「…………。ナイスネイチャを、トウカイテイオーに勝たせます。その為に経験が欲しい」

「……ほお。」

「『皇帝』シンボリルドルフを唯一追い続けた『死神』。彼女の能力、技術、経験を少しでも得られれば、ネイチャは大きく成長する。だから許可を取りに来ました」

「……俺のウマ娘に、担当の為の踏み台になれってか。メリットも提示せず?」

「メリットならあります。俺達の」

「聞いてどうする? データはチームの奴でも十分取れる、これから有名になる程度でそれに頷くと?」

 

 聞かず遮り、眦鋭く威圧するトレーナー。ちょっとした試験も兼ねているのだろうが、声音から少なからぬ本気を感じ取れる。新人の頃を知っている分大人げないと感じてしまうが、これでもチームを束ねる熟練の指導者。名も挙げた事の無いひよっこの言う通りにするという思考ははじめから無いのだろう。

 私に最初からシンボリルドルフ達との交流があったと言え、元々はマンツーマンでの練習をメインにしていた程だ。誰かの手を借りるという思考自体、彼にとってはあまり好ましくない選択なのかもしれない。

 

 気圧されつつもまだ諦めていないトレーナーと、若干空気に飲まれつつあるナイスネイチャ。ちらとトウカイテイオー陣営を見てみると、あわわと手を口許に持ってきている彼女と真剣に様子を伺っているそのトレーナーが居た。さて、此方はどう出るのか…。

 

「特別にデメリットから教えてやる。一応レースにゃ出てるが、コイツはもう真面に走れる体じゃねえ。年に一回、出走出来るかどうかのレベルだ」

「……!?」

「トレーナーさん」

「聞いてろ」

 

 思わず溜め息が出た。そういう話をしたら余計頼みにくくなるだろう……。

 

「何を驚いてんだ? 本格化なぞ何年前の話、全盛期の力が出るわけねェ。しかも元から身体はガタガタ、後遺症を少しでも軽減するために月に一度は必ず通院、レース直後のコイツが動く事も出来ずに医療班に担がれてるのは見たことがあるだろ?」

「毎回運んでるのはあなたでしょう」

「茶化すな黙ってろ」

「まったく……」

「「今後走り続ければどうなるか分からない。」今でも主治医に言われてる言葉だ。元々レースに出る事自体危険視されて、今でも年にたった一回出走する為だけに命を削らなきゃならねえ」

「…ッ」

「それでもコイツは走る事を決めた。シンボリルドルフと走る為、しのぎを削り合った奴等と並ぶ為。その為にコイツは自分の未来を浪費する事を決めたんだよ」

 

 そんな高尚な目的意識で走っているわけではないのだが…。時々、彼は私を高く見積もり過ぎているように思う。あーもうそういう言い方をするから委縮しちゃってるじゃないか。

 

「そんなコイツにお前らは走れと言うんだな? 次は二度と来ないかもしれないレースの為に命を捨てるコイツに」

 

 ついぞ沈黙が場に圧し掛かる。ウマ娘二人は何かヤバいものを見る目で此方を見てくるし、彼女達の担当の方も薄っすらとトレーナーに対する目が尊敬だか恐怖だかの混ざったものになっている。そうやって一々脅かすからシンボリルドルフのトレーナーに先輩役取られるんだろうに……。

 

 そんな事を思いながらナイスネイチャのトレーナーの出方を見る。ここで折れたとしても仕方ない。言っては悪いが引き下がるという事は彼の決意は()()()() でしかないという事の裏返しだからだ。

 しかし、もしも怯まないというのならば。

 

「……理由は、分かりました」

「おう。なら帰れ」

「帰りません」

「!」

「と、トレーナーさん…」

「大丈夫」

 

 小さな会話。優しい声でナイスネイチャを制し、直ぐ視線を戻す彼の顔は。

 

「……。言っただろ、お前らに使う時間は無ェ」

「それでも、どうしても練習を頼みたい」

 

 ……なるほど。

 

「ここまで話してまだ分からねえか」

「分かりました。分かった上で頼みます」

「邪魔だ帰れ」

「許可を出してくれるのなら」

 

 舌打ちと頬杖。苛立ちは間違いなく本物のようだが、それだけでないのは私にもわかる。

 

「もう一度言う。練習を頼む、その理由はなんだ」

「……。ナイスネイチャを勝たせる為です」

「トウカイテイオーに頼めば丁度いいぞ」

「俺達はスタートワンの力を借りたいんです」

「…勝てなくても知らんぞ」

「勝たせます。それは俺の仕事だ」

「良いだろう。トレーニングを許す」

 

 ここまでの言を翻したトレーナーの承諾に、一瞬場が完全に停止する。

 そして三人分の「ええっ!?」という驚きが重なった。内一人は許可を出された本人だ。

 

「い、良いんですか?!」

「言っただろ。走る事は俺が許す」

「いや言いましたけど! でもさっきダメだって散々」

「ああ、それはこの人のポーズです。初めからそこまで拒んでいませんよ」

「えっ」

「貴方のトレーナーさんが何処まで本気か試しただけです。断るつもりだったならそもそも理由を聞いたりしませんから」

「なんでそんなメンドくさい事を!?」

 

 思わず食いついたナイスネイチャには私から補足しておく。こういう遠回りな事するのは癖になってるみたいなんだよなあ。いい加減矯正したいのだけど、これが中々治らないので私も困っている。

 

 まあそういうあれこれはいいとして。少なくとも、彼は私を練習相手に選んだ時点でそこまで拒否するつもりは無かったようだ。ナイスネイチャのトレーナーの最後の一押しも良かったのだろうが、話を聞く気になった時点で相当好印象なのもある。結構機嫌悪かったし。

 

「レース日程はお前が決めろ。万全の状態で来い。手抜いたら張ッ倒すからな」

「は、はい!」

「え、ホントにいいんですか? レースの調整は?」

「そのくらいどうにでもなりますよ。彼の言葉も誇張して脅かしてるだけですから」

「な、なんだ、それじゃあ病院とか後遺症とかも」

「そのあたりは大体本当だ。このバカの調整に割く時間いい加減減らしてっ、いっでぇ!?」

 

 強引に口を閉じさせたら舌を噛んだらしい。そうやって不安を煽る事を言うからだ。

 もんどりうって悶絶するトレーナーは放置として、話が纏まったのなら後は簡単だ。

 

「ナイスネイチャさん、当日はよろしくお願いしますね」

「え、あれあのまま…、あ、ハイ、よろしくお願いシマス」

「ええ。良ければですが、トレーニングなども少しであればアドバイス出来ますよ。チームの子から何人か便宜しましょう」

「いいのか?」

「一度の模擬レースで勝てる相手ではないでしょう? 結果を出すには継続から、私もそのくらいなら手を貸しましょう」

 

 シンボリルドルフを目標に続けたトレーニングでも自主的なものを含めて年単位。ジュニア級に入ったナイスネイチャが私に話を打診しに来たのも、恐らくは現状の成長曲線では勝利まで時間がかかり過ぎると判断したのだろう。確か育成のシナリオでも、クラシック路線の内菊花賞を目標にすると決めたのはこの頃の前後だった筈だ。急激な成長を狙うなら、もっと多くの相手と競う方が良い。

 

 言ってみれば、私というピンポイントのサポートカードだけでなく、複数のカードを用意してしまおうという考え方だ。ついでに私達のチームのスキルアップにも効果があるわけだし。ふふ、久しぶりに皆にハードトレーニングをするのも悪くないな。

 グループカード? まあ、確かにそれにも近いかもしれないが…。個人的にはその……ノーコメントで。

 

 とにかく、此方としてもこの話は悪いものでは無い。出来る限りのバックアップをするのも吝かではないという事だ。

 

「……ほ、ホントにいいんですか」

「彼が許可を出したのだから構いませんよ。仮に出さなかったとしても、私個人が手を貸すくらいならしましたけど」

 

 困惑しながら私を見るナイスネイチャに笑いかける。

 圧倒的な格上との実力差を知りながら、それでもその相手に打ち勝とうという気概。この世界での先達として少しはお節介をしたいところだ。

 

「え、ええと…。それじゃ、そっちもよろしくお願いします」

「勿論。よろしくお願い……」

「ふーん。ふうぅぅぅぅぅん」

「トウカイテイオーさん?」

「うわっ、何さ急に!?」

 

 丁度間に挟まるように。椅子から立ち上がったトウカイテイオーが腕を組みながら私達を交互に見やる。じろっとした視線は何とも不服そうで…というかぼそりと「不服ダヨ。すっごいフフク」と呟かれた。わざわざ口で言うのか……。

 

「ネイチャはボクじゃなくてスタートワンに練習を頼むんだ」

「え、いやそれは」

「スタートワンもカイチョーと沢山練習したのに、ネイチャにはボクを推薦しないんだ」

「あれは成り行きだったのですが…」

「むうーっ! なにさなにさ! ボクの話題なのに皆揃ってボクの事ほったらかしにして!」

 

 駄々を捏ね始めるトウカイテイーに二人で困惑する。いやまあ、話の中心に居るのは確かだが、事情を話させたのはトレーナーだし、ここに居るそちらの方がイレギュラーなので寧ろそんな風に癇癪を起されても困る……。

 どうしようかと悩んでいると、トウカイテイーの隣に彼女のトレーナーが移動し、その頭を撫でる。

 

「テイオー、此方の方が用件を後回しにしたんだ。仕方ない」

「でもでもでも! 折角ボクが最初にここに来たんだよ!?」

「それでもだ。それにテイオー、予定では会うのは今日じゃなく明日。話をちゃんと聞かずにここまで来たのは誰だったかな?」

「それはー……、え、えっと」

「確か、「ボクが話を付ければ一発じゃん! 行ってくるね!」と言ってた気がするんだけど」

「…………そ、ソウダッタカナー」

 

 話しながら自然な動作で両肩を掴んだトレーナーに詰められ、視線がぐるぐると回るトウカイテイオー。何か話があってここに来たのは良いが、それを切り出す前に私達のマッサージを見て内容がすっ飛んだらしい。目的は思いっきり失敗のようだ。

 

 無言で詰められるまま静かに誤魔化しを考えるトウカイテイオーに、トレーナーは微妙な視線を向けつつも歎息する。

 それから詰問を止めようと手を放し、此方へ向き直した。

 

「突然妙な事をして申し訳ない。そして唐突な提案になって申し訳ないものの…。その件、此方も一枚噛ませてほしい」

「…ふむ。その理由は?」

「元々、此方もスタートワンとの模擬レースを申請するつもりだったんだ。あくまでもう少し後の予定だったけど……。ここまで来たら乗りかかった船。そのレース、なんとしてでも参加したい」

 

 なるほど。その話をしてトウカイテイオーが先走り、追っている間にナイスネイチャ陣営と会ってそのままここに、と。そういう流れか。

 

「するのは良いですが、何故私に? ナイスネイチャさんの際にも言いましたが、私と走るよりは他の子に頼む方が効率的でしょう。シンボリルドルフさんもあなたであれば快諾すると思いますよ」

「カイチョーとはよく走ってるよ! でもそろそろ違う相手と走りなさいって言われたんだ」

「……因みに、私を提案したのは?」

「カイチョーとトレーナー」

 

 ……あの人忙しい筈なんだけどなあ。練習もよくやっているって、生徒会の仕事はどうした。いやまあ、『ウマ娘』全体と比べれば周りにいる生徒も多いから多少は楽になっているみたいだけども。

 

 というか、トレーナーの方も私を選んだのか…………なんだかなあ。

 

「私のレースを見た前提として。……本気で走らせる気ですか」

 

 特に相手を求めて問うてはいない。ウマ娘達は怪訝そうに、トレーナー達は少し顔を強張らせる。返答はなく、けれど雄弁な顔があった。

 

「…………まあ、それはいいでしょう。走れば()()()ます」

「?」

「では改めて。当日はよろしくお願いしますね」

「……おい。何勝手に進めてんだ」

「あ、起きた」

「起きたじゃねえ」

 

 悶絶から復帰したらしい。一人追加するくらいなら別にいいでしょうに。

 

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