「スタートワン、俺に君をスカウトさせてくれ」
「……一つお尋ねします。私をスカウトする、理由はなんでしょうか?」
「あのシンボリルドルフを相手に三バ身半まで追い詰めた末脚。あれは磨けば間違いなく光るものだ。中距離以上の距離は苦手と見えるから、育てるとすればマイル以下の距離だが…俺なら、間違いなく重賞連覇するだけの能力には育てて見せよう」
「……勧誘ありがとうございます。喜んでお受けしたいのですが、実は現在、あなた以外にもスカウトを受けておりまして」
「ん、そうなのか」
「互いにとって重要なスカウト。突発的に誰か一人と決める事は、私にはできません。なので、もう一度会う機会を用意してはいただけないでしょうか? 来てくださった方々それぞれに時間をお聞きしていますので、その際互いの認識を擦り合わせ、誰を選ぶか、決めさせていただきたいのです」
「なるほど……わかった。俺も君もこれで失敗しては意味が無い。その提案に乗らせてもらうよ。それで、時間は何時が開いているのかな?」
「はい。現在ですと明後日の……」
トレーナー候補と会う予定を取った翌日。誰も来ないのではと言う心配は杞憂に終わり、私には数人のトレーナーやチームからのスカウトが来ていた。シンボリルドルフに一番迫ったウマ娘とだけあり、それなりに有望株と見てくれたのだろう。鳴り物入りもかくやという様相だったエルコンドルパサーなどには劣るが、少しは選り好みが出来る。
そんな事をしている間にも、最初のトレーナーと会う時間になり、集合場所にしていた練習場に赴く。
昨日ぶりの彼はトラック近くの小高い場所に立ちながら、ぼーっとトレーニングに励むウマ娘達を眺めていた。私が近づいていくと、音に気付いたようで顔をこちらに向ける。その顔がへらりと笑った。
「よう。今日は引く手が多かったようだな」
「あなたにとっては自分の担当になりうる相手を取り合うライバルなのでは」
「そん時はそん時だ。お前もちゃんと考えてるみたいだしな」
私がそれぞれと会う予定を作っている事を知っているようだ。学園内を点々としながらスカウトされたので、そのどこかで見ていたのだろうか。
トレーナーは浮かべていた笑みを消すと、隣に立った私に向き直る。
「さて、一応は今日の予定を俺がもらってるわけだが。まず一つ聞かせろ」
「はい?」
「お前、本当は追い込み得意じゃないな? しかも、マイル以下もそんな走れねえだろ」
「……それは、どういった理由で私に尋ねるに至ったのでしょうか」
突然すぎる言葉。空気が張りつめたのは、どちらが原因か。
疎らながら周囲に練習しているウマ娘も居る中、何を思ってその言葉を発したのか掴みかね、尋ね返す。彼は軽く頭を掻いた後、小さく息を吐いた。
「理由には大なり小なりある。スタートの上手さ、筋肉の付き方、末脚……だが、はっきりしたモンとしては。会うにあたって、お前の情報を幾つか調べさせてもらった事だ」
「…………」
「昨日の走りに感じた違和感の理由は大体わかった。その上で聞きたくなったのがこれだ。ギリギリまでスタミナを残して最後に差し切る。そういう作戦を切らざるを得なかったのなら、本来の走りはどんなもんだったのか気になってな」
昨日の今日で、私の情報を一通り読み通したって事か。それで逃げが得意ではと言ってくる辺り、観察力があるのか、それともやっぱり出戻り組なのか。それはどうでもいいな。
「私について話すのなら、ここだとあまり適さない場所ですね」
「……まあ、そうだな。どうする?」
「トレーナー室はありますよね? そちらでお願いしてもよろしいですか?」
「ああ」
本当は話が終わればトレーニングをするつもりだったのだけど、予定を早く切り上げる。
トレーナー室は基本的にチームごとの重要な情報が保管されている為、所属でないウマ娘やトレーナーは入室が原則禁止されている。しかしスカウトなどの際私の様に面談を望むものも居る為、担当トレーナーの居ないウマ娘であれば誰でも入室が許可されている。彼に割り当てられたトレーナー室は、小さいながらある程度整頓された部屋だった。一番目に付くものと言えば壁際にある二人用の大きなソファだが、それなりの大きさなので空間を圧迫してやや場違いな感もある。明らかに個人用の部屋なのは、チーム所属のトレーナーではない為だろう。
一つだけ置かれた会議用テーブルに、向かい合って座る。無言で見つめあう時間が過ぎた後、先んじて口を開いたのは私だった。
「マイル以上の逃げか追い込みか、でしたね。結論だけ言いますと、私の得意な走りは先行策になるのだと思います。勿論、距離に関しては正確なことは言えませんが、あなたの想像に近い程度には、距離を走ることが出来たはずです」
「……だろうな」
「ついでに言えば、私の体は概ねあなたの推測通りの状態ですよ」
「…………そうか」
ぎしりと音が立つほどパイプ椅子の背もたれに大きく寄りかかり、彼は深く息を吐いた。スカウトしようと思った相手がかなりの問題ありともなれば、悩むのも仕方ない。
暫くの間また無言が続き、そして次は背を起こした彼が口を開く。
「取り敢えず、目標を聞いておこう」
「目標?」
「レースにあたってのだ。G1を取るか、長く走るか、それとも賞金目当てか。言いたいのならクラシック三冠でも構わん。当面の目標だろうが、なんとなくの指針でもな」
「言って良いんですか」
「言うだけなら安いもんだ。俺はトレーナーだからな、お前が望む限り、どんな願いでも聞くだけ聞いてやろう」
「叶えはしないんですね」
「まだお前のトレーナーじゃないからな」
確かに。よく回る彼の口につい笑いつつ、少しの間目を閉じる。目標、か。彼自身がどのような方向性の育成を得意とするのかがわからない以上、スカウトをもらうためだけのおためごかしは通用しない。本当に、私が考える目標を言わなければならないということだ。
そのうえで大前提として私が挙げなければならないことは、私に大それた目的は一切無いという事だ。ウマ娘としてこの世界に生まれたことに気付いて以来、私は特にこれという目的に沿う事もなく、流されるように生きてきた。
このトレセン学園に入学したのも、結局は『ウマ娘プリティーダービー』に存在した彼女達が、この世界にも居るのだろうかという興味を引かれたことが一押ししている。
ダービーで勝つことを目標に据えたウイニングチケットや、長くレースに出ることが目的のイクノディクタスのような何かを言えればいいのだけど。あいにく私はレースに対して自分がどうありたいという具体的な構想は一度もしたことは無い。漠然とした“それなりの成績を残したい”というものくらいだ。G1勝利という目標も、単にそれが一番わかりやすい指標という以上の意味を持っていない。最悪重賞のどれか一つだけでも取れればいいし、なんならオープンクラスに出られるのであれば私は満足出来る。
持っていないことをそのまま彼に告げてしまっても良い。今後の事を思えば、嘘で誤魔化す方がデメリットになる。
……だが。
だが、もし。もし一つ、挙げるとするならば。
「良い成績を残す事、それが一番ですが……。もし、追加してもいいというのなら。シンボリルドルフさんと戦い、勝ちたい。……そういえば、あなたは止めますか?」
「……止めてもらう前提で言ってないよな?」
「そんなつもりはありませんよ。今のを聞いて、思ったありのままを聞かせてほしいだけです」
彼女との出会いと、交流。その中で少しだけ、思ってしまったこと。
皇帝と競い合い、そして勝つ。競走馬シンボリルドルフに勝利することが出来た日本の競走馬、かの二頭と同じ事を、私もしてみたい。
『あのシンボリルドルフに勝ったウマ娘』という成績が残れば、十分“それなり”のものだろう。
明確に定めるとしたら、私の目標はそれだけだ。
彼は先ほどよりずっと大きく背もたれに体重を預け、閉口。
たっぷり五分は考え込んでからすうと息を吸い身体を戻し、そして言った。
「正直に言う。諦めろ」
「言われると思っていました」
「名門出の鳴り物入りと、誰とも知れねえ寒門。その上風の噂程度だが、シンボリルドルフは王道中の王道、クラシック狙いだ。それ以前に、菊花賞を今のお前が走り切れる保証が無い」
「それでも、戦いたいと思いました」
「……一番辛いのは俺じゃない。お前だぞ」
「そのつもりです」
「…………本当にそれでいいのか」
「……。そのつもりです」
「わかった。サポートはする、だが勝てる保証はしない。それでいいなら契約する」
驚くほど簡単に彼は私の目標を肯定した。それが表情に出ていたのか、「なんつー顔してんだ」と突っ込まれる。
「いえ、普通に断られると思っていたので」
「ま、そうだな。土台勝てなそうなレースに出走させる意味なんざ無い。怪我でもされたらこっちがたまらん」
「でも、止めないんですね」
「俺は止めた。後悔すんのはお前だ。だが、お前は最初から後悔するつもりで目標を選んだ。なら止めても意味が無いからな」
「よくわかりますね」
「当たり前だ、何年生きてると思ってる。…はあーあ。とんでもねえ奴にスカウト振っちまったモンだ」
「そうですね。諦めてください」
「はー、可愛くねえ事言いやがって」
両手を頭に当てながら天を仰ぐトレーナー。スカウトするか否かについて、最後の決定に軽く背を押したのは事実だが、最終的にスカウトしたのは彼の選択なので、もう止められるものではない。
内心では既に彼と契約を結ぶ気でいるが、あくまで表には出さず、話を続ける。
「では一つ、聞き返します。あなたが私をスカウトするに当たって、目標とするものは何でしょうか?」
「お前も質問すんのか」
「私だけが話をしてあなたの事が何も分からないのでは、契約を承諾するだけの理由を持てません。私はあなたの事を知らないんですから」
「……まあ、確かにな」
アプリだとあくまでトレーナーはユーザーの分身として存在する面があったため、ある程度のキャラクター付けはあってもその深堀りはされていなかった。誰もが担当の目標を支える為に契約をして、その事に全力を費やしていた。
しかし現実にはそれぞれにそれぞれの思いがあり、誰もが自分だけの求める未来を目指している。実際幾人かのシナリオでもそうした両者の目標というテーマが扱われる事もあったが、それも両者同意の上での契約。私と彼の目標が重なっていないのに無理に進もうとすれば、最悪は契約の破棄に終わってしまうだろう。
彼が私に合わせるだけじゃ意味が無い。私も彼の意向に添える様にしなければ。
直ぐに真意を理解した彼は、天井を見ながら少し考えた後ちらとこちらに目を向ける。何か言って欲しいのだろうか。
「G1ウマ娘を育てることですか? 長く走れるお手伝い? それとも、お給料の為に?」
「…はっ、金の為って言やあ、お前は非難するか?」
「利用される立場として思う事はありますが、非難する理由がありませんよね?」
「……擦れてんなあ」
「大人の気持ちを汲み取れると言ってください。しかも、あなたもお金が理由かって聞いてましたよね」
タマモクロスのシナリオで少し語られたように、レースへの出走は賞金やグッズ展開などによる収益も発生する。この世界での金額はかつての世界と比べるとそこまで大きくはないが、学生が手にするには結構な数字が入ってくるもので、一部の子達は生活費の他、家族への仕送りなどにも賞金を充てたいと言っている事もある。
まだ学生として生活の成り立つ彼女達がそうなのだから、より生活とお金が直結しているトレーナーの方がそこを重視するのは当たり前のことだ。どの業界でも金銭の為に働く者を敬遠する事は多いが、結果が出せないのなら結局は後で振り落とされていく。所詮はそのタイミングが早いか遅いかくらいの違いにしかならない。
トレーナーは高給取りという話もあったが、成果を出さねばただの給料泥棒と揶揄されかねない。お金の為というのは、言い換えれば己の評判にも繋がっているのだ。此方としては、それも一つの目標として割り切るくらいが丁度良い。
「で、結局あなたの答えは?」
誤魔化そうとしていた彼に、もう一度訪ね直す。時間はまだまだある。彼が折れるまではいくらでも待とう。
たっぷりと時間をかけた後、彼はぼそりと呟いた。
「……記録だよ」
「きろく?」
答えに、つい生返事をする。
彼はどことなく小恥ずかしそうに窓の方へ顔を背けた。
「G1勝利、三冠、レースレコード……。種類はいろいろある。最多勝利、最多敗北なんてのもまた記録だ。俺はそれを作りたい。今後百年は誰にも破れねえ、絶対の記録。それが俺の目標だ」
「……それはまた、中々のものを目指してますね」
「笑うか?」
「あなたがふざけて言ったのであれば」
「……もっと可愛げを持った方がいいぞ」
「余計なお世話です」
段々失礼さに拍車がかかってきたトレーナーに言い返す。人にあれこれ言うくらいなら、自分ももっと誠実さを出したらどうなんだ、シンボリルドルフのトレーナーくらい。
「まったく……。しかし、それなら何故私をスカウトする気に? こういうのもなんですが、記録を出すのなら、私よりシンボリルドルフさんの方が数倍相応しいだけの能力がありますが」
「出すだけならな。そりゃシンボリルドルフをスカウトする方が手っ取り早いが、それじゃあ面白くない。見て分かる才能の塊を選ぶくらいなら、俺は俺の手で育て上げた才能の成果を見たい」
「強者への対抗心、ですか。私の方がまだ手が出せるレベルであると」
「俺のやりてえことはそこらの奴じゃまず出来ねえ。必要最低限、能力は高くねえとな。お前が十分強いから選んだだけだ。……まあ、今回はお前の出したい記録に合わせてやるよ。シンボリルドルフを超えるっつー”記録”にな。……ただし、その後は俺の夢にも付き合ってもらうぞ」
にやりとしたその笑みは、私が引退するその時まで扱き使ってやるという意志がありありと見て取れる。
いっそ清々しいまでの発言。けれどその顔に悪意を感じないのは、彼自身の性根が腐っていないからなのか、それとも私のこの世界に対するバイアスなのか。
……なるほど。これは中々、楽しそうな人だ。
「会って二日も経っていないような相手に、よく色々と話す気になれましたね」
「一々隠すのが面倒なだけだ。それに、そりゃお前も一緒だろう」
「ふふっ、まったくです」
本当に、よく口の回る。
少しばかり言葉は多いが、このくらい明け透けな方が私は好感が持てる。とはいえども一々言い方や態度が気になるので、これからの付き合いを考えれば、私くらい面倒なウマ娘を相手にしてちょっとは性格を矯正した方がいいだろう。
「今回はありがとうございました。少しですが、あなたの事がわかりました。まだ契約を確定する事は出来ませんが、その時はまた、あなたに声をかけます」
「……は? おい、もう契約決まったようなもんじゃねえのか?」
「あなた以外にもスカウトをされているので、そちらの方達とも話をします。その次第によって契約を決めるので、あなたに決定したわけじゃないですよ」
「おいおい、そこまで引っ張るつもりかよ。何時終わんだそりゃ」
「最短でも一週間と四日後ですね。じっくり考えたいので」
それを聞くと、彼は溜息と共に項垂れる。まあ、こればかりは仕方ない事だ。
個別ストーリーではあまり描写されていなかったが、普通スカウトされて誰か一人を選ぶのなら、選ばなかった相手にはちゃんと断りを入れるべきだ。日程も決めた相手に「決まったからやっぱり無理」もさすがに身勝手だし。彼もそれがわかっているために何も言っていないのだろう。
それに、彼よりも好条件の相手が居るのならそちらを選ぶ方がいいという打算もある。こちらにも間違いなく気付いているだろうが、そこは互いに言う必要のない事だ。
ああ、でも。一応、最後に覚悟を決めてもらって、そのあとで契約に入った方がいいかな。
「そうですね……。本当に契約するつもりなら、ですが。一つだけ見せておきたいものがあります」
「見せて? 何をだ?」
「まあ、そのまま待ってもらえば」
そういって私は左耳のカバーを外した。不思議そうに此方を見ていた彼は、一瞬その顔から表情がなくなり、そしてまた少し遅れて鋭く左耳を見る。
「お前……それ」
「私について調べたという事なので、その時のものですよ。私的には、耳がこれだけで済んだ事の方が奇跡だと思っているんですけどね」
「まあ、そりゃあ…。だが、実物を見ると、流石にちょっとびびるな」
「まあ、そういう反応をされないように隠しているわけですし。目立つんですよね、半分無いと」
軽く左耳を触る。飾りをつけた右耳と違い、普段布に隠された左耳はその半ばですっぱりと先が無くなっている。歪になっているとかじゃなく、本当に途中からその先が、切断されたようになくなっているのだ。カバーの内側には耳の形に見えるよう綿を詰めているので、レース中に余程注視しない限りまず気付かないだろう。
少なくとも、これで顔に傷が出来ていないのが不思議なくらいには盛大に断たれている。そのあたりはきっと『ウマ娘プリティーダービー』としての何某の力が関わっているのだろう。
カバーを戻し、改めて説明する。
「本気で契約をするのなら、私はこれ以上のものをあなたに見せる事になります。何時かは世間にも見せるつもりではいますが、少なくとも、直近一年くらいはあなただけが知っているものになるでしょう」
「…………」
「それを見せるという事は、もう後には引けません。
「ああ、するよ」
「!」
「ただし。俺はトレーナーとしちゃ新人だ。設備やら待遇やら、バックアップはチームや有名なトレーナーに劣る。当然それは成長スピードが他より遅いってことだ。それで目標のシンボリルドルフに負けたら元も子もない。それが嫌で違う相手を選ぶってんなら、俺は潔く諦めるよ」
「……そう、ですか」
「ただし。それでもお前が俺を選ぶってんなら。お前も覚悟、決めろよ。共倒れしても責任はとれねえからな」
……なるほど、契約が決まれば、その時は互いに一蓮托生というわけだ。
「共倒れでもした時は、あなたの家にでも転がり込みましょうかね」
「おいおい、こっちは一人暮らしの生活費でもカツカツなんだぞ」
「そういうのなら、私を育てるために頑張ってくださいね」
溜め息に笑い返した。
アプリシナリオは時系列がバグり散らかしているので、独自の設定が火を吹くのはこのためなんですね。