G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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 夏が終わった。合宿が終わり、学園へ生徒たちが戻った。

 当初九人で合宿所へと赴いたシンボリルドルフ達も、結局一人を欠いたまま学園へと戻ってきていた。

 

 それは学園での生活が再び始まってからも変わらない。休学し菊花賞に向けた調整を続けるスタートワンとトレーナーは、今も顔を出さないままだ。

 学園に顔を出さなくなった情報は既に世間へ出回っており、どうなっているか、菊花賞はどうなるのかという憶測が繰り返されている。

 

『では、やはり注目はハッピーミーク選手ですか』

『この夏の成長次第では残る秋華賞の獲得も難しくないでしょう。本人の語っていたエリザベス女王杯への参戦までは厳しいかもしれませんが、マイペースに、しかしハイペースにも耐えうる能力の高さは十分注目ポイントです』

 

 基本無表情の内の白い方。シリウスシンボリは食後の水に口を付けつつそう考えた。

 

 食堂で流れるテレビには秋のG1戦線に向けた特番。コメンテーターが語るのは、残るクラシックの冠、ティアラ路線の残り一戦についてだ。狙っている冠ではないが勝者には相応の期待をしていた。トレーニングの協力者でもある名の出た彼女が勝つのも悪い事ではない。

 

 最近増えてきた取り巻きの視線を無視しつつ、そして続けて始まる言葉に耳を立てる。

 

『こちらも注目の菊花賞ですが、やはり本命はシンボリルドルフですね』

『昨年度のミスターシービーに続いて無敗の二冠、そして迎える三冠目。ミスターシービーはマルゼンスキーとの対決を優先しましたが、シンボリルドルフは無敗の三冠を狙いに行くと宣言しています。夏を挟んだためセントライト記念で調整するそうですが、まず負けはありえないでしょう』

『あるとすれば、やはり菊花賞でのスタートワンとの対決でしょうか』

『三冠阻止の先鋒としてこれまで皐月、ダービー共に二着を残してきたスタートワン……ですが、今回は三千メートル。幾ら距離延長に耐えてきた彼女と言えどここまで距離が延びると厳しいものがあるでしょう。次走は神戸新聞杯に出走とのことですが、夏から長期休養との話も出ています。果たしてどうなるのか』

 

 組んだ足が不機嫌に揺れる。取り巻きが僅かに視線を逸らした。

 

 何としてでも菊花賞に行くために残る期間を全て練習に使う気概だった事は知っている。

 しかし、合宿が終わってみれば休養と休学。夏前を最後にその赤い髪を見る事も無ければ、彼女が音頭を取っていた合同トレーニング自体も現在はリトルココン、ビターグラッセといった同じクラシック期の二人以外との回数はがくりと減少。完全ではないが、明らかな停滞が始まっていた。

 

 コメンテーターは続ける。

 

『しかし長期休養の原因なども殆ど分かっていない分、復帰できるのかという声も出ているようですが』

『菊花賞までに復帰しない可能性も無くはないでしょう。もし復帰したとして、果たして以前までのような走りを見せられるのかというのも気になります』

『一部では年度末の体調不良と関係があるのではと言う話も出ているみたいですね』

『あの時は問題なく復帰し皐月賞でも好走を見せ、接触こそありましたが、スタートワンの持ち味でもある勝負根性も見せていました。今回の休養後も無事な姿を見せてくれると良いですが……』

 

 盆を返却口にもっていき、シリウスシンボリは食堂を後にした。取り巻きは遅れてついてこようとしたが、思い切り引き絞られたその耳を見て近づかない方が良いと再び席に戻っていく。

 

 シリウスシンボリは一人、そのまま当てもなく歩き続ける。苛立ちを収める場所を失い逆立て反った耳に、周囲は気付くと同時にその場からこそこそと逃げ出す。

 仏頂面という表現さえ聞こえがいいほどの圧を漏らしながら目的も無く進む彼女にかかる声が一つ。

 

「随分カリカリしてんなシリウス」

「あ? ……ンだ、アンタか」

 

 視線を送り、興味を無くしたように視線を切るシリウスシンボリ。その冷たい反応にカツラギエースも思わず苦笑が出ていた。隣で歩くも視線は交わらず、僅かにでも顔が動く事すらない。

 

「お前かって……。いつもより周り威嚇し過ぎだぞ? 一緒についてくる子達ビビっちゃってるじゃねえか」

「私が知った事か」

「おいおい…」

 

 普段見せる事の無い冷たさに流石にカツラギエースの眉が顰められる。一匹狼然としたシリウスシンボリも周りと合わせる事はあるし、機嫌が悪いからと無暗に当たるような事もまず無い。それは付き合いの比較的浅いカツラギエースにも、合同トレーニングの合間でさえ分かる事だ。

 そんな彼女がここまで不機嫌を露わにし、周囲に目を向ける事も無いというのはそうそう見る事が無い。シンボリルドルフによると以前はそれなりの頻度で見る事はあったそうだが、少なくともここ暫く……入学してからは非常に少なくなったとも言っていた。

 

「そんな機嫌悪いなら話くらい聞くぞ? 今度のトレーニングに合わせて擦り合わせもしときたいし」

「その時で良い。今は気分じゃねえ」

「だっ……、はあ。話くらいしろって! こっちは相談もされてんだよ!」

 

 そこでようやく足が止まり、視線が再び横を向く。剣呑な表情が僅かにだが薄くなった。一先ず止まった事に溜息が漏れる。

 

「同期の二人が相当心配してたぞ。さっきも言ったが周りの取り巻きもビビってこっちまで話が来るレベルだし」

「……べつに当たり散らしたりはしてないはずだが」

「見た目が怖くなってるんだよ。こういう時はマルゼンとかシンボリルドルフが声をかけるのが良いんだろうが、丁度あたしが今度一緒にトレーニングする予定だったし、先に会いに来たんだ」

「……そうか、そりゃ悪かったな」

 

 僅かに表情から剣呑さが薄れる。が完全には消え切らない。

 

「何が不満なんだよ? そんなに気になる事があるなら聞くって」

「…………」

「トレーニング……は、まああたしも最近はちょっと引っかかるな。やっぱそれか?」

「……」

 

 変化は殆ど無い。しかし、その目が虚空へ向く。

 カツラギエースにも、その視線の動きと意味はすぐ理解出来た。

 

「スタートワンはまだ暫く連絡しないと思うぞ。トレーナーと一緒に行方知れずだからな」

「…それは知ってる」

「菊花賞前に一回レースに出るらしいから、そこで見られるかもな」

「それももう聞いた」

「……会いたい、って感じではないっぽいな」

 

 不意に足が動き始める。真っすぐ進む先は校門。境を越え、そのまま校外を進んでいく。カツラギエースは「今日のトレーニング校内の予定なんだけどな……」と呟きながらシリウスシンボリに続いた。

 

 二人で道を歩く間、言葉も特になく。

 道の途中で、カツラギエースは行き先に僅かに心当たりが出来た。

 

「スタートワンの家か」

「……ああ」

「シリウスも行った事あるんだな」

「……私以外の二人と、一回だけだ」

「スタートワン結構飯作んの上手いよな。泊りに行くときは何が出るか結構楽しみだった」

「……私は一回しか食べてない」

「お、おう。なんかスマン」

 

 非常にむすっとした顔を向けられ思わず怯む。露骨な不機嫌さが戻り再び無言が始まる。

 

 部屋の前についた時、既に人が出入りしなくなってそれなりの期間が経過している事が二人にも分かった。トレーナーも居ないのだろう。

 

「やっぱダメそうだな」

「…そう、だな」

「まあさっきも言ったけどよ、今度レースに出た時にでも話せばいいじゃねえか。そんなに早く会いたいのか?」

 

 返答が無い。それ自体にカツラギエースは違和感を持たなかった。代わりにシリウスシンボリの視線の先、じっと見つめられたドアノブに同じく視線が向かう。

 

「二人とも居ないなら、ここは開かねえだろ?」

「そう、だな」

「……試すだけため、おい早いって!」

 

 その問いに答えるより早くドアノブを掴み開く。開いた。顔を見合わせる。鍵がかかっていない。

 

「入るのは不法侵入……ちょっとは聞けって」

 

 先んじたその後ろ姿に肩を竦め、後で怒られませんようにと祈りながら部屋へ入る。明かりが消えている事は特におかしい事では無い。ただ、合わせて幾つか記憶にあるインテリアの配置が変わっている事にカツラギエースは気付いた。

 

「スタートワンのトレーナーが何度か入ったのかもな」

「……いや、多分だがスタートワンも来てる」

「分かんのか?」

「今のアイツから離れると思えん」

「……それはまあ」

 

 互いにあのコンビの事をどこまで知っているかと言われると、そこまで多く知っているとは言えないだろう。それでもあの口の悪いトレーナーが言葉とは裏腹に繊細なケアを行っている事は、担当ウマ娘の薄い表情の中に見られる多彩な喜怒哀楽が、彼の隣にいる時だけより濃くなる事からも見て取れた。

 

「しかし不用心だな。鍵開けっ放しとかドロボー入られんぞ」

「仮に入ったところで盗るモノがあるとは思えんがな」

「空き巣くらいならくる事だって……いや、うーん……」

 

 半ば鼻で笑うシリウスシンボリへの言葉に困ったのは、視界にある部屋の中それ自体が彼女の言う通りと言っても良かったからだった。

 

 

 テレビとソファ、二つ並んだ大きな本棚にビデオケース。一人用のサイドデスクに座椅子、小さめのテーブル。テーブルには幾つかのぱかプチが並んでおり、特にシンボリルドルフのものは良く触れるのか他のものより僅かに布の変形などが滑らかになっている。

 写真は無い。本も増減無く、隙間なく置かれている。机の上のライトスタンドは汚れが無い。床には埃がようやく落ちてきたようにさえ見える。

 

 綺麗好きや潔癖症、あるいはミニマリストなどもある。スタートワンの部屋は、生活感が抜けたモデルルームのような空間だった。

 

 物持ちが良いとしても、本には折り目が入っていない。キッチンに油汚れの層も無い。窓の溝に土の塊さえ見られない。本棚のねじに埃すら乗っていない。

 本人に曰くこの部屋に来たのは一年前。それにしては人の痕跡を感じさせない。今すぐにでもこの部屋を出ていく事も出来るだろうと思えるほどの物の無さ、或いは己の痕跡を少しでも残すまいとするかのような執拗なまでの徹底。それを感じさせる。

 部屋の中には物が無い、というだけでは説明がつかなかった。

 

「スタートワンって、綺麗好きって言う程では無かったよな」

「多分な」

 

 そんな会話すら上滑りする程の異質な空気を漂わせる室内。泊りに来た事のある二人にさえ、初めて見た時の感覚を思い出させた。

 空気を変えるようにシリウスシンボリがスマートフォンを取り出し、どこかに連絡を入れる。

 

「……私だ。スタートワンは? ……ならこのまま話す、連れも居るから少し変えるぞ」

 

 カツラギエースが電話の相手は誰だと聞くように耳を寄せると、ちらと見たシリウスシンボリがスピーカーに切り替えた。

 

『ツレ? 誰だソイツは』

 

 電話越しの声は男の声だった。しかし見せられた画面には『スタートワン』の文字。恐らく彼女のスマートフォンを借りているのだろう。

 

「スタートワンのトレーナーか。あたしだ、カツラギエース」

『……カツラギエースとシリウスシンボリか。揃ってどうした?』

「ざっくり言う。スタートワンの部屋、鍵が開きっぱなしだ」

『………………』

 

 溜息ともとれる深い息が電子音を混ぜながら聞こえてくる。

 

「あたしとシリウスが来た時にはもう開いてた。今は部屋ンなか入っちまってる。ごめん」

『……いや、開けっ放しにしたのは俺のミスだ。気にするな。管理人には俺から話をして閉じてもらう。暫くそこにいてもらえるか?』

「そのつもりだ。今のところ空き巣に入られたりはしてないらしい。運が良かったな」

『そりゃどうも。俺がそこに居て空き巣扱いしなくて良かったな』

 

 皮肉に皮肉が返り、一瞬の沈黙。『連絡助かった』とトレーナーが言い切るよりも早く「ちょっと聞かせろ」というシリウスシンボリが遮った。

 

『なんだ?』

「ニュースは見たな?」

 

 再び声が止まる。

 

『……ああ。見た』

「出られるのか?」

『出す。止めても出るから期待するな』

「顔は出せないのか?」

『無理だ。そっちが来る方が手っ取り早いだろうが来られても困る』

「……何処に居る?」

『悪いが自分で調べてくれ。最近の山で少し調べればわかる』

 

 そこで電話は終わった。

 熟考するシリウスシンボリに声を掛け辛いにも関わらず共に部屋で管理人が来るまで待つ事になったカツラギエースは、手持無沙汰に机に置かれたシンボリルドルフのぬいぐるみに手を伸ばしたところで止められた。

 

「触るのはやめておけ」

「なんでだ?」

「スタートワンが嫌がる。汚したら事だ」

「そんなレベルでなのか?」

「そんなレベルでだ。アイツのルドルフへの執着は筋金入りだぞ」

 

 言えた口かよ。という言葉をこそりと飲み込みつつ、代わりの質問を投げる。

 

「やった事あるのか?」

「と言うより、この部屋の中の物は殆ど触られたがらないな。シービー達によると部屋の中に入れる事自体相当嫌がってたらしい。言いはしないが今も嫌ではあるだろうがな」

「やっぱ潔癖症なのか?」

「……多分違う」

 

 カツラギエースは彼女の言葉を口の中で反芻する。

 多分。部屋に入る前にも出たそれは、スタートワンとそのトレーナーに対する曖昧な予測が言語化されたものなのだろう。彼女の中にある、ある種の信頼……というよりも、確信に近いものがそこには含まれている。

 それは少なくとも、一宿一飯ではない期間を過ごしたカツラギエース以上のものとしてシリウスシンボリの思考に混ざっている。

 

「……なんでスタートワンにそこまで首ったけなんだ?」

「……あ? 別に首ったけじゃねえ」

「言う程では無いだろ」

 

 降って湧いた疑問、よりももう少し前から引っかかっていた疑問。

 カツラギエースはそれをぶつける。

 

「スタートワンは子供じゃない。一人暮らしだってやってるんだし、少なくとも自立出来る。シリウスもだけど、ルドルフもなんつーか、子供を心配する親みてえな感じがすんだよな」

 

 なんでかは分かんねえけど。そう付け足しながら腕を組む。

 シンボリルドルフに聞いた時、彼女は「スタートワンは友人だからな」と言った。困ったように眉を下げる表情に、子供に手を焼く親のような表情と感じた。

 

「親……はっ、親か」

 

 シリウスシンボリは冷たく笑う。皮肉そうに、けれど何処か納得もしたように。

 

「アイツを子供だと思えるとはな。あれは子供じゃない。言葉を覚えた獣と同じだ」

「……なんだその例え」

「餌が貰えるなら従順なフリも出来る。首輪を脱ぐ小細工だってお手の物。自分が納得していれば自分のルールが破綻していても構わない。そういうヤツだ」

 

 半ば自身に言い聞かせるように呟くその顔は揶揄う様子が無い。本心か、事実を言っているだけという程の冷たさ。

 

「私はただ見たいだけだ。猟銃を躱す術を覚えるアイツが、自分を狙う弾をわざとルドルフに当てる瞬間を」

「……なんだそりゃ」

 

 カツラギエースの記憶が正しければ、スタートワンと出会ってからの期間は同じはずだ。感謝祭当日、自身が先に出会い、後に彼女と二人で話すためシリウスシンボリが声を掛けた。

 スタートワンは確かに強い根性を持っている。執念とも言えるそれはシンボリルドルフを追い続け、今も菊花賞の為不調からの再起を目指している。彼女の姿はシリウスシンボリが言うような、小賢しく荒々しいものだっただろうか?

 互いに抱いた印象が、違う。

 

「感謝祭の日に何話したんだ? 確か皐月賞の後にも話してたよな」

「…………」

 

 違いがあるとすれば、あの二つだろう。

 あの時話し合っていたその内容が、シリウスシンボリに獣と言わせるだけのものを抱かせている。

 問われた彼女は少しの間窓の外を眺め、そして僅かに視線を向ける。

 

「スタートワンは勝つことに執着が無い、といったら、どう思う」

「……なに言ってんだって感じがする」

 

 闘争心、レースに出ようという意思の薄い者は少数だが一定数居る。しかしそれはスタートワンには当てはまらないだろう。そうした者が勝つ事は珍しく、G1クラスに出走するとなれば更に数は絞られてくる。

 己を鍛える事が好きなだけ、と言うにはこれまでのスタートワンの練習に対する意欲が肯定を遮る。

 

「あれは勝ちたいから走ってるんじゃねえ。負けたくないから走ってるだけだ」

「…それは、同じ事じゃねえのか? 負けたくないんなら勝つのが普通だろ?」

「似ちゃあいるが別だ。一着を目指すのと最下位を避ければ何でもいいのは別物だろ」

「それは……確かに違うかもしれねえけど」

 

 定期試験を受ける時、追試となるか成績上位を目指すかでモチベーションは変わるだろう。ひたすら問題への理解力を問われる後者と違い、最低限さえ確保しておけば済む前者はモチベーション自体がそこまで必要とはならない。

 

「んな事言っても、スタートワンはこれまで全連対だぞ? 勝つ気じゃねえとそこまではならねえだろ」

「……そこが問題なんだよ」

「は……?」

 

 

 感謝祭のあの日、シリウスシンボリは問いかけた。「シンボリルドルフに競りかける理由はなんだ」と。幼少より知る彼女に競技者として気に入られるには、それ相応の実力と気迫に怯まない精神力が無ければ歯牙にもかけない相手と判断される事は知っている。仮に学園に行くまでにある程度丸くなったのだとしても根本は変わらない。あの横暴な本質が牙を剥く事を止め、近くに侍る事を許したという事そのものが既にシンボリルドルフがスタートワンを気に入っているという証左だ。

 

 そしてスタートワンは答えた。「手伝う事が楽しいから」。

 走るからには全力を出す。しかし勝つ気は無いし共に練習だってする。己の勝利は二の次、三の次。シンボリルドルフの目的が達成されるなら、その後悔が少しでも無くなるなら自分を優先しなくていい。ただ楽しそうだから。だから己の体さえ使い潰して勝利を目指す。

 

 シリウスシンボリは「シンボリルドルフに勝とうとする理由」を聞いた。

 スタートワンは「シンボリルドルフを喜ばせる理由」を答えた。

 その返答が歪だという自覚はあったのだろうか。無かったのなら……否、あったのだとしても、彼女はそれを言うことは無いのかもしれない。己の勝利はシンボリルドルフの勝敗に関係が無い。のだから。

 

 それでは。それではまるでスタートワンは。

 

「ダービーの後の週刊誌を見たか」

「…死神がどうのってやつか」

「学園…いや、最近のレース界隈で聞くスタートワンの噂はもっと聞いたことあるだろ」

「観客席でも聞いた……あれはシリウスも聞いてたのか」

 

 どこか不服そうに、吐き捨てるようにカツラギエースが答える。シリウスシンボリも頷きに代わり少しだけ眉を顰めた。

 

 ダービーの日、あの観客席にいた者の殆どはその言葉を聞いた筈だ。

 

『なんだよあの走り方。あれで二着とかふざけてんのか』

『シンボリルドルフに負けて清々した。他の子の邪魔するなんて汚いやつだ』

『菊花賞で惨敗するのをもう期待してる』

『死神退治ありがとう! 流石俺たちの皇帝!』

 

 全ての声が同じ言葉を発していたわけではない。賞賛の声もあった。知る限りの映像記録にはこれらの声は入っていなかった。

 しかし、この耳が聞いた言葉は全て覚えている。

 

「あたしも似たような事言われたりした。SNSでも何度か見たこともある」

「……私も経験が無いわけじゃない」

「見返してやりたいって気持ちにはなる。でもさ、やっぱもやってしちまうよな。しかも自分に言われたわけじゃないから、それに言い返しても本人がすっきりするわけでもねえし」

 

 息を切らし語らっていた二人が聞いていない事は祈るしかない。書き込み等ともなれば、猶更見ないで欲しいものだ。シンボリルドルフはウマッターにアカウントを持っているが、幸いスタートワンはそういったものを持っていないらしい。

 しかし、シリウスシンボリは再び笑う。

 

「アイツ自身が、それを嫌がらないかもな」

「……どういう意味だ?」

 

 シンボリルドルフの評価を上げる為なら自分の事を気にしなくなっていく彼女がそれを気にするとは思えない。それどころかより押し上げる為更なる手を打とうとする可能性もある。ただでさえクラシック最後の一戦。それこそ何か、決定的な事を起こすのではないかとさえ思えてしまう。それが死神の名を揺るぎないものにしたとしても。

 

 お気遣いなく。行動を強要されるのは嫌。

 その言葉が今もスタートワンに残り続けているとすれば、菊花賞で彼女はこれまで以上の気勢と覚悟をもってシンボリルドルフに相対するだろう。自らの発言に意味を持たせるべく、突き放した事を笑われないために。そこに外野の声が届くとは思えない。

 あるいは、声などずっと届いていないのかも知れないが。

 

 

 カツラギエースの問いに、シリウスシンボリは答えない。答える気も無かった。

 暫く待ったカツラギエースもやがて諦め、無言で管理人を待つ。窓越しに聞こえていた蝉の声が一つ消えた。何処かへ飛び去ったらしい。

 残暑は少しずつ弱まりを見せる。秋が、そしてその先の冬の寒さが近づいていた。




ああああ~~エミュ難易度が上がって情報の矛盾も増えた~~~~~^^
周年前に一話でも多く投稿しておきます(白目)
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