G1目指して頑張ります   作:あかし/さんさい

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今回は短めです


73 対の暴虐

 スマートフォンが揺れる。

 通話が繋がり、お互いの声が入る。共に男の声だ。

 

『やっと繋がった……電話くらい出ろよ』

『何の用だ』

『何の用だじゃない。樫本トレーナーからの連絡も確認してないのか』

『悪いが見てねえな。暇が無え』

 

 ぶっきらぼうな返答に鋭い言い返し。二人の砕けた言葉から、短い期間では構築できない関係が見える。

 暇が無いという言葉に電話を掛けた男が僅かに声を落とす。

 

『……そこまでぎりぎりなのか』

『神戸新聞杯は見ただろ。あの通りだ』

『あれで何で出走させようとした、というより、すると言って聞かなかったんだろ』

『はっ、よくわかったな』

『お前ですら止められなかったのか』

『止めてたら二人とも今頃雪だるまだろうな』

『暴走状態じゃないか』

 

 ふざけた言い方に反して声音に笑いを含めていない。それだけでどれ程切羽詰まっているかを察する事が出来た。

 

『あれで何で勝つんだ』

『俺に聞くな。あれは俺がどうこうした結果じゃねえ』

『あくまであの子自身の力だと? 画面越しでさえあれが不味い状態なのが伝わってきたぞ』

『だろうな。俺は目の前でそれを見てるからよくわかる』

 

 当日も担当トレーナーとしてあの場に居合わせていた。そしての暴威に晒されていた。

 それがあって尚声に焦りは見えない。あるいは焦るという段階さえも越えてしまったのかもしれない。

 

『そっちは相変わらず調子が良さそうじゃねえか。圧勝どころか大差勝ちするとは思わなかった』

『…。正直、俺も少し驚いたさ。ある程度調整しているのは知っていたが、本気だとあそこまで力の差があるとは』

『去年の並走でもそうだったが、明らかに日本でだけ勝負するのが惜しいレベルだな』

 

 わざと逸らされた話題に、不服そうながらも声が乗る。

 それは神戸新聞杯より先に行われていたレース、G2セントライト記念。

 恐怖の下に他を縛り蹴落としたのが前者であれば、何の感慨も無くただ圧倒して全ての意志を捥ぎ取ったのが後者である。

 勝者はその勝利に何の感動も見せず、次の出走に向けた差し障りの無い言葉を並べ会見を終えた。菊花賞を勝つ者は己以外に居ない。それを誇示するでもなく、謙遜するでもなく、単なる事実を述べレース場を去った。

 

 それは努力や切磋琢磨という言葉さえ要さない力の証明。三冠を過程と称する彼女に反発心を抱く者達がその事実に閉口させられ、そしてレース後には心を折られ学園を去る事を選ばせる、正しさという暴力だった。

 

『そうはいっても、その反動で学園の在籍者が減るのは如何ともしがたい所だ…、これからの事を考えると、必ずしも良い結果だったとは言えない』

『それを電話越しの俺に言うかよ。こちとら出走者の過半数を引退させたレースの勝者だぞ』

『……悪かった』

『素直に謝んなこっちが困るわ』

 

 その数字も、神戸新聞杯の後学園を去った者の数には及ばない。

 心を折られた、という意味では、寧ろ此方の方が深刻だった。

 

 セントライト記念後に聞こえた声は「実力の差が分かった」だった。学園を去る者は居たが、残り別の目標を取る者、地方への転戦を選ぶ者も居た。中にはあの大差を受けて尚気力を燃え上がらせ、次の勝負を心待ちにする姿さえ見られた。

 神戸新聞杯後の声は「もうここで走りたくない」に変わった。大半は学園に残る事も避け、地方へ行くことすら諦める有様。残った者さえ菊花賞への出走を拒み、復帰未定の休養に入っている。

 

『あれを見たら冗談にしにくい……』

『…………』

 

 彼女達の意思から勝利への渇望は消え失せ、怯える様に学園から姿を消した。この二つのレースを各報道機関は大々的に取り上げ、二人の勝者の違いを面白半分に書き立てた。

 ゴシップ誌の一面に大文字で書かれた『皇帝対死神最終戦! 蹴落とし合いは死神の有利』という文字に険しい顔をしたのは通話越しに話すどちらも。一月程の差とはいえ、それぞれが担当と関わってきた期間よりも彼女達が触れあってきた期間の方が長いのだから当然である。

 

『後のライブに影響が無かった事が一番恐ろしいな……レース中は明らかに様子がおかしかっただろう』

『あれでもなあなあに手を抜かねえ根性があるからな。周りはそうとはいかなかったが。皐月賞での事忘れたわけじゃねえだろ?』

『確かにあれもそうだったが……』

 

 事情の大半を言わないままに始まったウイニングライブ。メインの歌唱二人にも負けない声量を立ち上がるのも難しいような状態のまま実行した根性は並外れた、という表現では足りない程のものだろう。

 結局その後入院した上にURAから実質的な制裁もあった事を考えると、それを良い行動と言う事は出来ないのだが。

 

『その根性が今は悪い方向に向かっているって事か』

『言えなくもないが、聞こえが悪いな。勝つために練習してるだけだ、後の事を考えずにな』

『それはお前が止めるべきだろ』

『…ま、そうだな』

『菊花賞で出し切るつもりか』

『ンなつもりは無えよ。俺もそれをやらせる気はねえ』

『……なら、お前は自分の担当が中傷されるのを黙ってみているつもりか?』

 

 返答無く、押し黙る。

 

『困った事があると口を閉じるのはお前の悪い癖だぞ』

『人が言いたくない時に限ってずけずけ首を突っ込む癖は治ってねえみてェだな』

『このまま置いてはおけない事だろう。お前の担当に対しても良い事じゃない』

 

 再び沈黙。痛い所を突かれたというような押し殺された溜息が僅かに通る。

 最初のG1、ホープフルステークスからレースの度にその評判は悪化し、そして中傷も少なからぬ数になっていた。

 挑戦者、暗殺者、そして死神。呼び名の変化はその齎した結果によるものだ。勝負の世界は実力主義、成果を出した者が上に立ち、勝てなかったものは跪く。重賞、そしてG1という最高峰にさえ届くその能力は貶められるものでこそ無かったが、それ以上に足を引っ張ったのはその容姿と実力を発揮するために必要となる力だ。

 

 スポーツの世界それそのものには芸能の側面が必ず入り込む。ただ一人の行動が取り上げられ、それが大きな経済効果を生み出す事も珍しくない。それはウマ娘か人間かという事に大した違いを生まない。

 ウマ娘はその大半において優れた容姿をしている。それゆえにレースの世界にも一種芸能の世界としての面があり続けた。華やかな印象を与えるがゆえに、アスリートでありながらタレントでもあるのだ。皇帝と呼ばれる少女も、その優れた容姿と才故の振る舞いをうまく扱い人気を集めている。

 

 しかしライバルと称される側にその要素は数える程も無かった。表に立つ事も少なく、話す事を厭い、宣材写真にさえ事欠く始末。顔立ちの良さを扱おうにも、今度は傷が語りを鈍くする。月刊トゥインクルの記事によって表に立つこと自体を好まないという事情こそ分かったが、それが尚更に集客としての取り回しを悪くしていた。

 

 見目麗しく、強く、志も高い人気者と。容姿に劣り、力も劣り、勝ちへの執着のみが強い者。王たる世界を見せる者と、それを脅かす世界を奮う者。

 二人を並べた時、どちらを良しとし、どちらを悪しと見るか。結果は二人が見た記事の並びを見れば分かる。

 

『このままだと、菊花賞の後のレースでさえ厳しい目を向けられるぞ』

『だろうな』

『なら猶更』

『お前は』

 

 被せた、というよりも、思わず出てしまったかのような呟き。一瞬互いに言葉が止まった事からも、言った当人が少しの困惑を見せている事が見える。

 それでも、声は呟きをはっきりとした言葉に変えていく。

 

『今ようやく全ての力で走ろうとしてるアイツに、俺の口からそこで止まれと言わせるのか』

『……っ』

『セントライト、あの勝ち方はそれまでのとは違う。お前も言ったんだろ、本気出せってよ』

『それは……だがそれは神戸新聞杯の前だった。今はまた状況が違う』

『状況が違おうがなんだろうが、走る決定邪魔される謂れはねえ。そりゃお前のとこのにも言った』

『だとしてもだ。勝負は菊花賞じゃなくていいはずだ。この後の目標を教える、それなら』

『それが出来ねえのを分かって言ってねえだろうな』

『まず万全に戻す事を優先するのもお前のやるべき事だろう……!』

 

 言い合う声が途切れる。平行線が続く事を互いに理解し、これ以上言い合う事の方が無駄だと互いの思考が重なった。

 

 間は三十秒近く続き、そして再び始まる。

 

『あるんだな。方法が』

『俺が知るか。やるだけの事をやるだけだ』

『どうなんだ』

 

 問う声の重みが、返答を遅らせる。

 有無を言わさない、答えのみを求めたそれに、返答は確かにあった。

 

『何があっても何とかする』

『……何だその曖昧な言い方は』

『タネ言ったらバレるからな。そろそろ起きてもおかしくねえ』

『近くに居るのかよ』

『今抱き着いたまま寝てる』

『どういう状態なんだそっちは……?』

『言ったろ暇ねえんだよコッチは』

 

 タネがばれる。恐らくはこれからの方針にも関わってくる事というのはあるだろう。そしてそれは同時に、今眠っている彼の担当に聞かれては不味い事でもあるという事だ。

 それほどに、細い糸を手繰り寄せている事だけは伝わった。

 

『菊花賞の後、必ず休養を作るならもう言いはしない』

『言う通りにするつもりはねェ。ついでに言や休養はそこで作るつもりだったわ最初から』

『……まあ、それなら』

『オメーが指示出したみてえな反応すんな』

『相変わらず言葉がきつい。それを続けてたら担当に嫌われても文句は言えないぞ』

『うるせ』

『…………どんな結果になったとしても、俺は菊花賞を全力で走らせる』

『こっちはハナからそのつもりでやってきた。今更宣言か?』

『そんなわけあるか。中途半端な結果にしたくないだけだ』

『言ってくれんじゃねえか。こちとらテメエの担当が遊んでる時も必死で走ってたっつーのによ』

『なら、次はもう勝機が無い事を改めて教えてやる』

『『…………ふっ』』

 

 笑み。

 どちらでもなく、どちらもが思わず吹き出しそうに小さく漏らした声。

 話し合う事によって擦り合わせられた認識が、余裕の無い今で尚空気を緩ませる。

 

 示し合わせる事無く、声が重なる。

 

『『お前にだけは絶対負けねえ』』

 

 そこで通話は切れた。

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