選抜レースが終われば、学園は学校としての姿を取り戻す。どれだけレースの為の場所だと言っても、そこは学びの場でもあるからだ。トレーナー達からスカウトを受けた私も、彼らとの面談を片手間に学業に励んでいた。
「スタートワンちゃん! ちょっとだけ時間、いい?」
「ええ、構いませんよ。さっきの授業の事ですか?」
「そうなの! 先生の言ってたレースの歴史なんだけどさ……」
「ごめーんスタートワン、こっちもお願いしていい?」
「わかりました、少し時間をおきますので、待ってもいいのなら」
授業のチャイムと共に教師が居なくなった途端、数人のクラスメイトが授業の復習と分からないところの質問を私に聞いてくる。かれこれ十度を超えると、クラスメイトの対応も慣れたものだ。
「……というわけで、このレースは元々人名から来たものなのです。偉大な成果を成し遂げた人だからこそ、その名に恥じないレースを見せるウマ娘がたくさんおり、そしてその走りを見て、また私達が勝ちたいと想いを募らせるのです」
「ほへー…。そうなんだ…」
「さ、これで質問の回答は終わりです。更に聞くのなら、先生に聞いてくださいね」
「うん! ありがとー!」
「おわった? じゃあ、こっちもお願い!」
「構いませんよ。本音を言えば先生に聞いてほしいところですが」
「だってスタートワンの説明の方が分かりやすいんだもーん」
そうにやっと笑うクラスメイトに苦笑交じりで質問の内容を促す。長い期間を生きているだけあって他の子より知識量が多いからか、こうして勉強の困ったところを私に聞くという体制が既に形成されている節がある。私にだってわからないところはあるし、そういうところはきっぱり分からないと断言しているのだけど、これが逆に受けるのか客足は増える一方だ。
「……結果、このレースはこの距離に変更されたのです。歴史を全部覚えろとは言いませんが、元の距離で行われた最後のレースの優勝者名くらいは覚えておいてもいいかもしれないですね。テストで出る可能性もあるでしょうし」
「いやー、すっきりした! ほんっとありがとう!」
「お役に立てたのなら構いませんよ。ですが幾つか情報が間違っている筈なので、そこは先生に改めて聞いてくださいね」
「はーい。……スタートワンさ、そんなに賢いのに、なんで小テストの点数は普通なんだろうね」
「余計な情報も詰め込まれてるからですよ。知識がたくさんあるからと言って、それを最適に使いこなせるわけじゃないんです。…余計な事を言ってないで、さっさと次の授業の準備をしておきなさい」
「うひゃー、怒った!」
にこにこした顔で自分の机に戻っていく様子を眺めながら小さく息を吐く。まったく…、私だって楽が出来るならしているところだ。科学数学は特に苦手とするところなので、前回の学生生活だけで終わりにしたかったなあ。
そんなこんなで今日の授業も終わり、ひとまず放課後が始まる。予定としてはスカウトをしてくれた相手と話し合うのだけど……内心では結果が殆ど決まっているようなものなので、私も相手も、実質無駄なことを互いにしている事になる。余計な手間を増やしているのは忍びないが、もしもを考えればしないという手はない。
次の面談相手のところまで移動していると、ふとシンボリルドルフが校内を歩いているのを見つける。その隣には、若い男性が共に歩いていた。談笑する彼女の顔は、いつもより少し和らいで見える。
「……ちゃんと、ストーリーは進んでるのか」
個別ストーリーの通り、彼女は専属トレーナーに出会えたらしい。これからは彼と二人三脚でトゥインクル・シリーズを駆け抜けるのだろう。彼の手腕がどうであれ、その選択が彼女にとって悪いものとならない事を願うばかりだ。
「さて、私もちゃんと面談しないと」
「何をするんだい?」
「ひっ、やっ!?」
真後ろから聞こえた声に思わず悲鳴がでた。慌てて振り向くと、そこにはくすくすと笑う白いシルクハット。
「み、ミスターシービーさん、あなた……!」
「ふふっ…! ごめんごめん! 思ったより驚かせちゃったね。あんまりぼーっとルドルフを見てるからつい」
「もうっ…、はあ。前々からそうですけど、私で遊ぶのはやめてください。G1ウマ娘らしく、あんまりちょっかいをかけないでもらえるとこちらとしても嬉しいんですけど」
「ま、そこはちゃんと考えておくよ」
軽く頬を掻きながらも、追加の苦言に彼女はやめると断言しない。そういうところが苦手だ。このままいけば無敗の三冠ウマ娘だというのに、もっと気を引き締めて欲しい。まあ、そういう所が彼女らしいとは言うのだろうけれども。
ちなみに、私達のキャリアについてだが。私とシンボリルドルフはデビューを控えたジュニア級、ミスターシービーは三冠獲得中のクラシック級、マルゼンスキーは一昨年がクラシック、現在はシニア級に移行し、次走への調整をしている所だ。
私をからかうのを一通り堪能した彼女は、一旦表情を戻し不思議そうに小首を傾げる。
「それで、何を探すって?」
「…トレーナーです。私もスカウトをされたので、相手を選ばないといけないですから」
「あー、そういう事。結構スカウトされたんだね。ルドルフなんか三人だけって言ってたのに」
「彼女は強いですからね。逆に敬遠されるようです」
「ん? 君も十分強かっただろう?」
「彼女程じゃないですよ。少なくとも、トレーナーが多少手を出せそうだと思うくらいには」
「なんていうか、そこまでいくと嫌味に聞こえるね」
反応に困る言葉に肩を竦めるしかない。
確かに、私の能力はシンボリルドルフの同級生として頭一つ抜けているかもしれない。だがそれはシンボリルドルフと競わなければの話で、さらに言えば『ウマ娘プリティーダービー』の中に組み込まれなければという意味も含む。この世界にウマ娘として存在している競走馬達、彼らは一人残らずバケモノだ。
G1を一つ取るだけで一流中の一流、出走した時点で正しく抜きんでた能力を持っている。G1未勝利としてアニメでまとめられていたチームカノープスの面々ですら出走は出来ているのだ。例外中の例外、ハルウララも強さの代わりに怪我無く百戦を走り切って余生を過ごす競走馬としての大金星を挙げ、更にその人気で潰れかけていた一つの地方競馬を再興させている。これが出来たからこそ例外としてウマ娘になれたと言ってもいい。
私は強いのだろう。だが他より強いだけだ。それは真の実力者が並ぶこの世界では大した意味を持たない。
「とにかく、私はこれからトレーナーとの面談なので失礼しますね」
「はいはーい。…っと、トレーナーがつくってことは、これからは一緒に本格的なトレーニングも出来るって事だね」
「まあ、そうなりますね」
「遅かれ早かれレースにも出られるし…いいね、楽しみだ。早く君たちとレースがしたいよ!」
そういってミスターシービーはうきうきした足取りで去っていった。いきなり現れて言いたい事だけ言って消える……なんとも自由人な。
そんな出来事もありながら、組んでいた予定は恙なく進んでいき。ついにスカウトをしてくれたトレーナー達との面談を終える。
それは言い換えれば、彼らの中から一人を選び、残り全員に断りを入れるという事だ。
「私をスカウトしていただきありがとうございます。今回はあなたとの面談を踏まえ、いろいろ考えた結果をお話しに来ました」
「ええ。それで、どうかしら? 私のチームに加入してくれる?」
「……すみません。あなたのチームへの加入は、しない選択を取りました」
「……そう。わかったわ」
「チームにお招きいただき、本当にありがとうございました。スカウトしていただけたこと、嬉しかったです」
「そういってもらえたのなら嬉しいわ。でも、これであなたはライバル。私の育てた子達に負けても、文句は言えないわよ?」
「勿論です。ですが私も容赦はしません。もしその時が来たら、我が身に懸けて勝利して見せましょう」
「……ふふっ、ええ。私もその時、楽しみにしてるわ。でも、無茶はしちゃだめよ」
「ご心配ありがとうございます。それでは」
トレーナーの一人に深く一礼し、その場を去る。一人ひとりとの面談を終え改めて考え直した結果から、私はトレーナー達に断りの行脚をしていた。全員にノーを言いに行くというのは正直精神に来るものがあるが、誰もが優しく冷静に理解を示し、そして少しだけ背中を押してくれる。一人二人冷ための対応をされる事もあったが、殆どは優しく私の言葉を受け入れてくれた。
前世では度々言われていた事ではあるが、この世界の人間は大体が善人だ。その優しさを無碍にしたのだから、相応の活躍を見せねばならない。やっぱり強引にでもスカウトしておけばと、そう思わせるくらいでなければ。
予定をすべて終えた私は、まっすぐ一つの場所に向けて進む。学園に存在するトレーナー室。ノックすれば、低い声で返事が返ってくる。扉を開いたそこに居るのは、気の抜けた顔で此方を見るトレーナーが一人。
「こんにちは。お久しぶりです」
「おお。なんだ、どうした?」
「こちらで一つ予定がありまして。必要な書類に記入を行わないといけないので、それを用意して欲しいのですが」
「………そうか。ちょっと待ってろ」
直ぐに察した彼は机の引き出しを開けると中を漁り、一枚の紙を取り出した。よく見てみると端の方が折れ曲がっていて、長期間雑にしまわれていた事が伺える。
「…もっと綺麗な状態のものはないんですか」
「これ以外も全部跡がついてるが、他のがいいか?」
「わかりました。貸してください」
もっと物の保存くらい丁寧にしたらどうなんだか。
そんな事を考えつつ、私は書類につらつらと名前を書き込み、彼に手渡す。
「はい。これで私はあなたの担当ウマ娘です。これからよろしくお願いしますね」
「ああ。これからよろしく」
「……」
「……」
「こう言ってはなんですが、何かもっと、無いんですか?」
「何かって何が」
「いえ、あなたに求めても仕方ないですね」
「お? ずいぶん含みのある言い方だな」
なんでもないですよと返して、私はトレーナー室に置かれた二人用ソファに座る。これから最低でも一年はこの部屋が私達の活動拠点だ。
予定が終わり少しぼーっとしていると、ふと大事な事を聞き忘れていた事に気付く。
「そう言えば、これで私達は正式な契約を結んだわけですが」
「ん?」
「名前。忘れてませんか」
「……あー、そういやそうか」
「教えてください。あなたの名前」
「ああ、俺の名前は―――」
急遽行ってきた毎日投稿も無事契約にこぎつけました。
ここからは週一くらいのゆるゆるペースで行こうと思います。