『月が綺麗ですね』
こんな小洒落た告白の言葉は、今では市場に出回りすぎて粗悪品に溢れてしまっている。
かつての凛とした気品はなく、現在でこの言葉が使われるのは小説の中くらいなものだろう。
有名税というかなんというか、残念なものである。
「聞いてる?ボクの話」
「聞いてる聞いてる。何の話だっけ」
「聞いてないじゃん!だからさ」
まるでもちもちと食べれそうなほど真ん丸な満月の夜。
世界中どこでもありそうな会話を繰り広げていた
片方は小柄で中性的な人物。
月光に照らされてキラキラと光る銀髪はまるでこの世のものとは思えない。
もう片方は対照的に夜のような長髪の女性。比較的背は高いが女性の平均的な身長と言えるだろう。
「あのね、気に入らないんだよ、あの言葉」
「あのって、どの」
「月が綺麗ですね、ってやつ」
「あー、満月じゃん、今日」
「聞いてる?ボクの話」
ぷくりと頬を膨らませて抗議する銀髪。
あざとい仕草も様になる容姿というのはずるいと思う。
「聞いてるって。で、なんで?」
「あれって告白の言葉でしょ?好きだよーって」
「まぁ、アイラブユーの和訳って言うよね」
「そう、それが気に食わないんだよね」
「だから、なんでさ」
「つまりね、人間の色恋のアテにされる月が可哀想と思わない?」
「まったく」
ぺちりと頭を叩かれた。ちょっと痛い。
「だって、月はまったく興味無いんだよ、人間のこと」
「まぁそうだろうね、あなたが言うなら」
そもそも月が意識を持っていて、なおかつ人間の言うことを逐一聞いているのかっていう話だけど、それはもうこの際おいておく。
「そう。なのに人間は月のことを引き合いにだしてえっちらおっちらするんでしょ?あーもうむかつくよね」
「同調させようとしないでくれる?私にはまったくわかんない感情だから」
いやほんとに微塵もこれっぽっちも全然わかんない。だって私は人間だもん。どちらかと言うと、使う側。
でも告白するときに月が綺麗ですねとも言わないし、てか文学にそれほど精通してないし。
どーでもいい。
なんて思ってると、その思考を感じ取ったのか不機嫌な顔がのしのし近づいてきた。
「君ねぇ、こんなにボクが真剣に話してるのに」
「はいはい。わかったわかった」
「わかってない。だってさ、考えても見てよ」
そう言って私からスマホと取り上げる。こういうのはしょっちゅうだから慣れてるけど、勘弁してほしい。こちとら一般人類さん、ぶっ飛んだ感性は理解できません。
「あのね、月が綺麗ですねって、そりゃそうなの」
「月は綺麗で当たり前だって?」
「そういうこと!」
はぁ、まぁそれはそうかもしれないけど、満月でも半月でも三日月でも、綺麗には綺麗だけど。
「だからね、その言葉は月だけに向けられるべきものなの。他の誰でもなく」
「あっそう」
「わかりやすくいうと! キミのことを好きって言う人がいたとして、『君って誰々っていう女優みたいに綺麗だよね』って言われたらどう思う」
「……、確かにちょっとむかつくかも」
「でしょ? それを無数の人間に言われる月の気持ち、ちょっとはわかった?」
「それはそれよ。だって、月って人じゃないし。ただの比喩表現じゃない?」
「………………」
どうやら怒ったみたいだ。
黙って私のことを床に押し倒してきた。
「ねぇ……」
まだ黙ってる。真っ赤な目で私のことを見つめている。
多分、まただめなんだろうな。こうなったら、私の話なんて全く聞かない。
さらさらと頬に当たる髪がくすぐったい。
私のことをじっと見ているけれど、その瞳の中に私はいない。
月は綺麗ですねって言葉、そうだったね。確か返答は……、私死んでもいいわ。だっけ。そんなわけにはいかないけど、でも、そう思ってしまう気持ちはわかるな。だって、こんなにも綺麗だから。