いつの間にか、角が生えていた。
頭に一本、立派な角。軽く小突いたらこんこんと音がするし、先端はしっかり尖っていて刺さる。
きちんとした、ちゃんとした角だ。
ある朝、顔を洗ってから鏡を見たら、おでこの上あたり、細くてつるっとした角。
「なんだこれ」
夢かと思ったけど、そんなことはなかった。さっぱり目が覚めている。顔を洗ったから。
人間に角って生えたっけ、生えなかった気がするな。
とりあえずびしょびしょの顔を拭いて、化粧水つけて、保湿して。よし、朝のルーティーン終わり。
学校に行く前に軽く朝ごはんを食べよう。
角が生えてしまったものはしょうがない、だって私にはどうしようもないもん。多分これ、抜けたりしないよね。
片手で恐る恐る引っ張ってみるけど、思った通りまったく抜ける気がしない。おおきなかぶを引いてるみたい。
そんなことを思っていたら、朝ごはんにかぶのお味噌汁がでてきた。タイムリーだ。
「あらあんた、それどうしたの?」
「わかんない、なんか生えてた」
「あらそう、まぁ痛かったりしないんならいいんじゃない?」
「んー、今のとこ大丈夫かも」
私も大概だと思っているけど、私の母親も大したものらしい。この親にしてこの私ありって感じ。普通、娘にいきなり角が生えたらもっと驚くでしょ。だって人間に角は生えないんだもん。というか、角が生えてる生物の方が珍しいかも。かたつむりとかならかわいくていいかも。
でも、そんなにふわっとした角じゃないから残念。だってこれ、刺したら多分めっちゃ痛い。どうせなら、もっとかわいいのがよかったな。どうしてこんなのが生えてきたんだろう。
「うーん、ほんとに全然心当たりがないなぁ」
変なもの食べたとかじゃないし、こんな病気も聞いたことない。
もしかして、私が世界最初の人間なんだろうか。それなら歴史の教科書とかに載るかもしれないな。
それはそうと、早く学校に行かないといけない。
実は私、人生において無遅刻無欠席。たかだか角が生えてきたくらいでこの記録を途切れさせるわけにはいかない。
顔も洗った、ご飯も食べた、ときたらもう後やることは登校くらいしかない。
前日に用意しておいたリュックを背負って、玄関を開ける。いつもと変わらない光景が広がっていた。うん、今日も平和だ。
◇
「おはよ、はなちゃん」
「おはよ~」
教室にはいるとクラスメイトの一人が挨拶してくれた。
毎朝クラスに入るといつも誰かしらが私より先に挨拶をしてくれる。
そして、やれ忘れ物はないかだとか、宿題ちゃんとやったかだとか根掘り葉掘り聞いてくる。
けど、今日はみんなの視線が私のある一点に注がれていた。そう、ご存じ私の角。
「えっ!?なにその角!どうしたの?大丈夫……?」
「うん、なんかよくわかんないけど生えてたんだよね」
「そうなんだ……。何か困ったことがあったらなんでも言ってね」
「わかった、ありがと」
いきなりなんだと思われるかもしれないけど、正直に言うと私はかわいい。
小悪魔系とか妹系とかいろんなかわいさがあるけど、私は小動物系だ。背はちっさいし、顔もかわいい。声はちょっと間延びした感じがするけど透明感があるし、極めつけに名前が兎宮はな。うさ耳が生えてそうな典型的な小動物系女子だ。自分で言うかよ、って感じだけど仕方ない。実際そうなんだから。
だから、と言ってはなんだけど、私は人生で困ったことがあんまりない。正確に正確に言うと、困ったことはあるんだけど、ほとんど誰かが助けてくれる。別に、頼んでもないのに。私ひとりでなんとかできそうなことでも、必ず誰かか「大丈夫?」って助けにくる。だから、私は人生で自分で問題を解決したことがない。周りの人に生かされている。
まぁ悪いことじゃないし、むしろ周りから見れば贅沢でありがたいことなんだろうけど、私はちょっぴり気に食わなかったりする。だって、私がそのくらいのこともできないやつなんだ、って思われてるってことでしょ? ほんとにもう。
と、いうわけでこうなる。もうわらわらと私の周りに人だかりが。
「はーい、ホームルーム始めるよ。みんな、席についてね」
キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴って、先生が教室に入ってきた。
私の角について、ちょっとだけ話が弾んでるころだったから、いつもは席に座っているみんなが私の周りに群がっている。先生はそれを見てぎょっとした。
それから、その中心地にいる私を見る。私の角を見てびっくりしてるみたい。目を丸くしてる。そりゃそうだよね。いきなり教え子に角が生えてたらびっくりするし、夢だと思うよ。私もそう思ったもん。
「兎宮さん、それなんなの? おもちゃだったら外しときなさい」
「あーこれ、生えてきたんです。おもちゃとかじゃなくて。だから外せないです」
「生えてきた……? そう、なら仕方ないわね」
「はい」
やっぱり。学校にきてから思ったけど、みんな思ってたよりすんなりと私の角を受け入れている。母親の反応が特殊だったわけじゃないようだ。最初は驚くけど、最終的にはそういうものとして認識しているみたい。どうしてだろう。
もしかしたら、これは超常的な何かの前触れなのかもしれない。となると、そのうち空とか飛べるかも。
いや、その路線でいくと私が怪獣になる確率の方が高いかも。がおー。
◇
その後、特に何事もなく学校が終わった。
いや、ほんとになんにもなかった。テロリストが襲ってくるとか、突然理科室が爆発するとか、ありがちな事件は一個もおきなかった。いや、別にありがちな事件でもないか、これって。
安心したような、がっかりしたような気持ちで帰路に着く。みんなは昨日のテレビはどうだったとか、今はどんな曲が流行っているだとか、隣のクラスのあの子がかっこいいだとか。そんな話ばっかりしていた。中身はあんまり覚えてないや。
家に着くまであと5分もない、そんなところ。買い物の帰りだと思う。母親らしき人と、小学生くらいの男の子が一緒に歩いていた。道の反対側。私とすれ違うとき、男の子が私の方を指さした。
「見て!あのおねーちゃん、角生えてる!」
「こらっ!そんなこと言わないの!」
「えーなんで!だってかっこいいじゃん!いーなー、ぼくもほしい!」
母親さんは男の子の腕を引っ張ってそそくさと行ってしまった。
呆然とする私に、周りのみんなが次々と声をかけてくる。
「大丈夫?気にしない方がいいよ、子どもだし」
「そうそう、はなちゃんは角があってもかわいいよ」
そんな言葉は、私の耳に一切はいってこなかった。
私が……かっこいい?
生まれて初めてそんなことを言われた。かわいい、ちいさい、小動物みたい、守ってあげたくなる。常に被保護対象として見られていた私が、かっこいい?
衝撃だった。ショックだった? 悲しい? いやな気持ち?
違う、多分、嬉しい。
私はかっこいい。私の角はかっこいい。
少なくともあの名前も知らない男の子の目には、私はかっこよく映ったんだ、かわいいじゃなくて。
それがなんだかたまらなく嬉しくて、私は道路に立ちぼうけになってしまった。
その夜は、なんとなく眠れなかった。
別に、寝返りをうつのに角が邪魔だからとか、そういう理由ではなかった。
なにか考え事をしているのだけれど、でもただ考えているだけで、その実一切結論に近づいていない。
ただぐるぐると思考が回っているだけの状況。地球の回転と同じように、私の頭はゆっくりと回っていた。
◇
結局、ちょっとしか眠れなかった。
その中で昔の夢を見た。かわいいから、似合うからと言われて、フリルのスカートを履いていた。昔はピンクのランドセルを背負っていた。みんながくれるものはかわいいものばかりだった。だけど、私自身がそれを好きなわけじゃなかった。みんなは『かわいい私』がすきだけど、私は『かわいい私』はすきじゃないんだ。
いやべつにかわいいのがいやなわけじゃなくて、それはむしろ私のいいところなんだけど。
でもそれは、私が選んだものではなかった。
朝、学校に着いたはいいものの、私はずっと上の空だった。
友達からの挨拶も生返事。宿題だって忘れたし教科書も一つ忘れてきちゃった。私がこんなミスをするなんて珍しいから担任の先生もそんなに怒らなかった。むしろ心配されてしまった。別に、熱とかないよ。
そして運の悪いことに、今日は私の日直だった。どうしてこんな時に、と思っても仕方がない。今日私はどんがらがっしゃんと色んなものを落としまくる化け物になってしまった。
「ねぇ、大丈夫? もしかして今日体調悪い? 私代わりにやっとこうか?」
「体調悪いなら言ってよ~。私たち全然代わるからさ」
「ううん、全然。大丈夫だよ」
……あれ?
初めての拒絶だった。すべてを受け入れて、なすがままに楽な方へと流されていた私の、初めての自由意志。少しの逡巡もなかった私自身に驚いた。どうしてだろう。でも、ずっと思ってた。多分私は私で生きていきたいんだと思う。一人でなんでもできるだなんて思ってない。けど、誰かに頼るか頼らないかも、私が決める。
だって私は私で、私が私なんだから。ちゃんとしないとね。よくわかんなくなってるや。
あの時、あの男の子がかっこいいって言ってくれた私のままでいよう。いつか角がなくてもそう言ってくれるように。
◇
ある朝、顔を洗ってから鏡を見たら、角がなくなっていた。
理由はなんとなくわかっていた。
朝ごはんを食べて、身支度をする。慣れ親しんだ通学路を通り、学校へ着く。そして、教室の扉を開けた。
「おはよ」
またいつもと同じ日常が始まる。強いて言うなら、もう角はなくなったことと、それについて誰も気がついてないってのが変なところだけど。
結局あれがなんなのかは全然わからないし、なくなってしまった以上調べようがない。周りの人はまったく変わっていないし、なくなったからといって困ることも一切ない。
けれども、うん、まぁいいや。
これからも、これからは私は私で、兎に角私だ。変わることはない。そういうことで。