白い。何もかもが白い。あらゆる色が白に上書きされた銀世界。
しんしんと雪が降り続ける森の中。まつげも凍り付いてしまうような寒さ。
小さな衣擦れの音一つ起こしてしまわないように、雪の中をじっと耐えている。
自分の心臓の鼓動だけが聞こえる世界で、その時を待っていた。
頭上に現れた魔道針は森の奥、ここからでは見えない遠くに奴らがいることを示している。
そのうち、爆発音が森の奥から響いた。
「──掛かった」
急いで魔道針で探知する。
5はいたはずの敵は2に減っていた。
「上手くやらないと」
確認するようにつぶやいた。
戦えるのは自分だけ。誰にも頼れない。
散弾銃を持つ手に力が入って小さく軋む。
けれどその音は森の奥から近づいていてくる轟音にかき消された。
森の木々をなぎ倒し、現れたのはネウロイ。
大きなクモのような八脚を蠢かせ、魔法力を辿られたのか、こちらを探している。
通り過ぎそうになったところでその背中に向かって走り出した。
こいつらの弱点はよく知っている。背中の上。そこに弱点のコアがある。
魔法力で強化した足で飛び、背中に乗り移った。
「くたばれっ!」
散弾銃の引き金を引き、装甲を剥がせばコアが露出する。腰の拳銃を引き抜いてありったけの弾を叩き込めば十発目でやっとコアが砕けた。
爆散するネウロイ。ネウロイの破片に紛れ急いでその場から逃げる。
今ので込めていた弾は全部だから、どこかで込めなくてはいけない。
しかしもう一体のネウロイがそう簡単に逃がしてくれるはずもなく、後ろで足音を均しながら追いかけてきている。
「森の罠はもうないから……、後は山のところ!」
森の木々や地形の上下を使って距離を稼ごうと走る。
後ろで爆発が一つ。どの程度効果があるか分からないけれど、無いよりはマシのはず。
村が昔、鉱山で良かった。おかげで爆発物にだけは困らない。
なんとか山の麓、岩が転がる一帯に逃げ込めた。
凍える手で銃に弾を込めながら、残ったネウロイを待つ。
近づく重たい足音。まっすぐにこちらに向かっている。
きっと魔法力を辿っているんだ。隠れていた大岩を砕かれた。
飛び散る破片。切れ味鋭く、顔や服を裂いていく。
「うわああ!」
叫び。飛び。食らいつく。
隠れ場所はもうなく、後は殺すか殺されるだけだ。もし俺が負けてしまえば、村に残っているのは戦う力がない人だけだ。
どうなるかなんて、想像したくもない。
しがみつかれ、こちらを振り落とそうとするネウロイ。
大きく動かされる八脚。その重量を脆い地盤は支えきれず、一部が崩れた。
足を大きく埋めてしまったネウロイ。身体を持ち上げようとしている隙は見逃せない。
もう一度散弾銃を放ち、装甲を剥がす。
煌々と赤く光るコア。
「これを潰せば……、っ!」
とどめを刺そうと腰の拳銃手を伸ばし。しかし手は空を切った。ベルトに挟んだはずの拳銃はどこにもない。しがみついている間に何処かに飛んでいったようだった。
「だったら!」
やったことはないが、仕方ない。ありったけの魔法力を拳に流し込み、それを暴力の限り叩き込んだ。
強化されているはずなのに、コアは鋼のように硬い。
攻撃しているはずのこちらの拳が逆に軋む。
一瞬、振り下ろそうとしていた拳が止まり、意を決して振り下ろす。
拳が割れ、飛び散る血が雪を染めていく。
「これでっ!」
何度も、何度も、何度も拳を振り下ろし、感覚もなくなった頃、コアが砕けて散った。
我慢比べの勝ちだった。
コアを失ったネウロイは爆散して、地面にたたき落とされた。
積もっていた雪がクッションになったが、雀の涙程度。叩きつけられた衝撃は、肺の中身を全部絞り出させた。
再び静寂を取り戻した銀世界。動けず、雪の上で浅く息を繰り返す。
──あと、どれ程こんなことを繰り返せば良いのだろうか。
カールスラントは酷く侵攻されてしまったという。ウィッチや兵隊の殆どはそちらに割かれ、こんな国境の寒村には助けは来ない。
村にはもう、老人や子供ばかりで、戦える者は殆どいなくなってしまった。
ネウロイの出す瘴気のせいで畑は使い物にならなくなり、食料だって減るばかり。
あと、どれだけ戦えばこの日々が終わるのか。あと、どれだけ戦えるのか。
どうにもならない。そんな予感が増すばかり。
仰向けのまま、鈍色の空ばかりが目に映る。
雪ばかりがしんしんと積もっていく。
●
目を、覚ました。
身体を起こす。目に映るのは自分に振り分けられた一室。ベッドとタンス、机とランプがあるだけの質素な部屋。
眠っていたようだ。
腕時計を見れば、まだ太陽が昇る前の時間。寝坊せずに済んだようだ。
「なんだって今さら、昔の夢なんて……」
目覚めは快調という訳にはいかなかった。
まだ故郷の村があった頃の夢。久しく見ていなかった。
「忘れるなってことか……」
ベッドの脇に置いた水を一口。喉をぬるい水が流れていく。悪いものが落ちて、少しだけ気が楽になった。
「……さて、こうしているわけにもいかない」
ベッドから立ち上がり、軍服に着替える。
毎朝、起床のラッパを吹くことが仕事の一つだった。
ラッパの入ったケースを取り、大きな足音を出さないよう部屋を出た。
音楽隊の隊舎の外。しかし人の動いている気配は一つもない。
まだ太陽が地平線を登り切っていない黎明。空は青紫色で、雲がゆっくりと流れていく。
時計を見れば、起床には少し早い。
ラッパを磨いて時間を潰すことにした。
「あれ? カレンさん?」
ぼんやりラッパを磨いていると声をかけられた。
パジャマ姿のジニーだった。
まだ少し眠たいのか、しきりに目をこすっている。
「起こしてしまったか?」
できるだけ足音は立てないよう気をつけていたつもりだが。
「あっ! 違うんです。家が農家だから朝早くて、お手伝いをしてたので……、今でもたまに早く目が覚めちゃうんです」
「ああ、そういう……」
子供が家の手伝いをする。田舎ではよくある話だ。
「軍隊での生活には慣れたか?」
紆余曲折あってウィッチとして音楽隊に加入したジニー。モフィーの仲間捜しをするために軍隊に加入した訳なのだが、その生活ぶりは大きく変わったことだろう。
生活リズムが変わってしまうと、思わぬ支障があってしかるべき。
五年前、自分がそうだったからこそ、ジニーが困ってないか気になった。
「はい! みんな良くしてくれますし、歌もたくさん歌えるからすっごく楽しいです」
「──そうか」
それを聴いて安心した。
自然と口角が上がってしまうのを押さえ、時間が来たのを見計らって立ち上がる。
大きく息を吸って、ラッパに音を載せる。
今日も一日、朝がやって来た。
●
大きく手を叩き、ジニーが拍手をする。
「カレンさん。ラッパ上手!」
ただのラッパの演奏に随分と喜んでもらえるものだ。
「そんな大したものじゃないさ。それよりも、もう朝だ。今日の担当はシブヤ軍曹だったかな? 朝食を作っているだろうから、食べてきなさい」
育ち盛りの音楽隊だ。しっかしと食事を取ることも、彼女たちの重要な任務だ。
ジニーはそれにうなずき、
「うん! カレンさんも行こう?」
こちらも誘ってきた。
けれど、俺は首を横に振り、
「大丈夫だ。何と言うか、そんなに食べる気がしなくてね……。いつも、これくらいで済ませてしまうんだ」
ポケットの中に忍ばせていた缶ケースを開いて見せる。中には乾パンが数枚と切った干し肉が入っている。
食べているから大丈夫だと伝えるつもりだったが、むしろジニーはたったこれだけなのかと心配そうな顔をする。
「いのりちゃんのごはん美味しいんですよ? カレンさんが来てくれたら、きっとみんな喜びますし……」
「……そうかな?」
「そうですよ!」
そう強く断言されると何も言えない。
時間が都合出来れば行くよと伝え、ジニーを隊舎の方へ送った。
──もうっ、お兄ちゃん! また朝ご飯食べずに出て行ったの?
後ろ姿を見送りながら、ふと妹のことを思い出した。
そういえば、良くこんな小言を言われてたんだっけ?
望郷に思いをはせるのも良いが、世話をいなきゃいけない妹分は他にもいる。
「さて、うちの寝坊常習犯は、と……。ああ、やっぱり。ぐっすりだ」
魔道針を展開し、隊舎の人の動きを確認すると、動く気配のない影が一つ。
予想通り、まだ寝ているようだった。
荷物を片付けて移動し、彼女の部屋の戸を叩く。
「ディートリヒ曹長。マリア・マグダレーネ・ディードリヒ曹長。朝ですよ!」
戸を何度か叩き、呼びかける。
しかし返事はない。どころか動きがある気配もない。
「入るぞ」
女性の部屋に入るのはどうかと思ったもの、最初の数回。今はこうしてため息を吐きながらずかずかと立ち入る。
「初めの方は遠慮してたんだがな……」
わざと大きく物音を立てて入ってみるが、特に変化は無し。規則的な寝息だけが聞こえる。
彼女の使い魔のモモンガ、フロッケはもう起きていて。目が会うと、お願いしますと言いたそうに頭を下げられた。
良くしつけが行き届いているなと感心する。むしろマリアの気質をフロッケが真似しているのか。
「起きてる時間なら、しっかりしてるんだがな……。ほら、起きろ曹長。朝だぞ」
声をかけて見るがたまに寝返りを打つだけ。軽く揺すっても変化無し。仕方無しと軽い往復ビンタ。
「ヌワァ! 敵襲でありますか!」
目を白黒させて飛び上がる寝坊常習犯。きょろきょろと周囲を見渡し、朝の日差しとこちらの姿を確認して安心したのかベッドの上に座り込む。
時計をのぞき込み、嬉しそうな顔。
「やった……。まだ朝食の時間……! マリアは成し遂げたのであります!」
「起こされた。の、間違いだろう。まあ、いい。早く着替えて食堂に行きなさい。みんな待ってる」
「りょー、かい……。なので、あります」
返事が怪しい。眠気が覚めてないのか、戻したのか。声色は浮ついて、船をこぎ出そうとしていた。
流石に着替えている最中に立ち会うわけにも行かず、一度部屋を出て。しばらく待ってからノックする。返事がない。また起こさなければいけないのか?
「ディートリヒ曹長?」
呼びかけてから扉を開けてみれば。着替えてはいるものの、うつらうつら頭を揺らして椅子に座ったままのマリア。
「まだちょっと眠いのであります……。むむう……」
一応起きようとはしているのか、焦点の合わない瞳が揺れながらこちらを見てはいる。しかし眠気に負けそう、というか現在進行形で敗北していた。
「まったく……。目を覚まして着替えるようになっただけ進歩したと考えるべきか。しゃきっとしろと、叱るべきか……」
当然後者なのだろうが。本人も改善の意思はあるらしく。起こしてもらえるよう、現に扉の施錠をしていないことを考えて、今後に要期待とするか。
仕方がないとため息一つ。腰を落として背中を開けると、マリアはのっそりとした動きでしがみついてくる。
背中に人一人分の体重。しっかりと持てたことを確認して歩き出す。
余り揺らしてやらないよう、ゆっくりお廊下を歩く。
目を覚ましてきたらしい、マリアがのんびりとした口調で話す。
「むむ……。面目ないのであります。起こしてもらったあげく、運んでもらえるとは……。音楽隊は良い職場なのであります……」
「反省をするのか、欲望に生きるのか、どっちかにしなさい」
「カレン大尉は厳しいのであります……」
馬鹿な話をしている間に食堂にたどり着く。
行儀が悪いが、足で扉を開けると既にマリア以外の面々は集まっていた。
背中に背負ったマリアを見られる。苦笑であったり、苦笑いと、反応は様々。共通しているのは、そのどれもが微笑ましいと言いたそうな表情。
顔が熱い。これ以上見られていると背中のむずがゆさに耐えられそうにない。
「ほら、ディートリヒ曹長。着いたのだから席に座りなさい。……ああ、もう。髪が跳ねている。みっともない……」
席に座らせたマリアは眠気から覚めきっていないのか。首があっちこっちに向いては船を漕いでいる。
髪はところどころが跳ねてだらしない。整えてやろうと手を伸ばし、止めた。
──お兄ちゃん。髪は手でやったらダメなのよ。
そうだった。手櫛は髪を傷めてしまうから、櫛を使わなきゃいけないのだ。
「あの、カレン大尉。よろしければ」
行き場を失った手をアワアワさせていると、見かねたシルヴィ・カリエッロ軍曹がポケットから櫛を手渡してくれる。
「これは……。いや、ありがたい。使わさせていただく」
「……もらい物なので、そんなお気になさらず」
手渡されたのは上品な鼈甲で出来た、素人目にも高級品と分かる代物だった。そんな代物がすんなりと出てくるとは思わず、気にするなと言われても気後れしてしまう。
まあ、しかし。わざわざ櫛を貸してもらった手前、ぼんやりしている訳にもいかない。
櫛を手に、船を漕ぐマリアの頭をしっかりと固定する。
豊かな金の髪に櫛を入れる。
「ふぁー……、気持ちいいのですー」
「ちゃんと喋られるくらい起きているなら、自分でやったらどうだ?」
「カレン大尉は上手なので、やってもらうほうがいいのです……。──もしや、これは役得というものなのでは……?」
もしかしなくとも、これは怒った方が良いやつなのだろうか。
考えつつ。油断しきってこちらに体重を預けるマリアに毒気を抜かれ、段々とどうでも良くなってくる。これも甘さか。
「ふふっ。カレン大尉、なんだかマリアちゃんのお兄さんみたい」
成り行きを見ていたジニーが、ふとそんなことを言われた。
端から見れば、だらしない妹を世話する兄のように見えているのだろうか。
周囲もなるほどと、こちらを見て頷いている。
「お兄ちゃん……? 俺が?」
「はい! マリアちゃんをお世話するカレンさん、すごく手慣れている感じがします。妹さんとかいるんですか?」
「それは……」
脳裏に過ったのは故郷での日々。安らかな日常。そしてその終わり。
その中で、最後まで一緒にいられたのは妹だけだった。
自分は出来ることはしたつもりだ。けれど、自分は良いお兄ちゃんだったのだろうか。
お兄ちゃんと呼んでもらえるような資格があるのだろうか。
「カレンさん?」
「いや、なんでもない。妹が一人、……故郷にいるよ」
「あっ! やっぱりそうだったんですね。どんな子なんで──」
「ジニーちゃん! カレンさんの分の朝ご飯。できたよ?」
ジニーの言葉を、湯気立つ皿をお盆に載せたいのりが遮った。
それよりも気になったのは、
「朝食?」
ジニーはいのりが持ってきた朝食を俺の分だと言った。しかし、朝食の申請などしていただろうか。
「カレンさん、みんなのために毎朝早起きしてるのに、あんなちょっとしか食べてなかったから。いのりちゃんに頼んで、カレンさんの分も作ってもらったんです」
マリアの隣、ちょうど開いていた席に朝食が置かれる。
米をスープで煮るという、お粥という扶桑料理が湯気と共に美味しそうな香りを漂わせいた。
「これを自分に?」
「はいっ!」
輝かんばかりの笑顔で断言されては、断るのも難しい。
マリアの髪の手入れをほどほどに、促されるまま着席。
スプーンでひとすくい。口にする。
「ど、どうでしょうか?」
「これは……、凄いな。君が作ったか?」
「は、はい! オラーシャの人の口に合うように、ブイヨンみたいにお出汁をとってみたんです」
口の中一杯に広がる出汁の風味。一緒に煮込まれた溶き卵も良い塩梅だ。
「とても美味しいよ。あまり食事はしないようにしているんだけれど、これはまた食べたくなる」
「ありがとうございます! ……ん? お食事……、取らないようにしているんですか?」
最大限の賛辞を伝えると、帰って来たのは輝かんばかりの笑顔。しかし自分の言い回しの妙に気が付いたいのりは、不思議そうに首をかしげた。
しまった。また余計なことを言った。心が浮ついているのか、口が今までにないほど軽い。
「あ、アフリカは激戦地だったからね。満腹でいると満足に戦えない時があるかもしれないから、意図的に食べ過ぎないよう心がけていたんだ。その習慣が今も抜けてないみたいだ。うん」
「前線って、そんなに大変なんですね……。そんなことも知らず、すいません……」
たった今思いついた戯れ言だが、いのりは感心したのかしきりに頷いている。どうやら誤魔化せているようだった。
そういえばここにいるウィッチは前線の経験がないか、浅い子ばかりだ。いいぞ俺。その調子だ。
自分の機転の良さに上がりそうになる口角を抑えつつ、食器を握る。しかし、本当に美味しい。少しだけ胃が締め付けられる感覚を覚えるが、それでも構わず食事を続ける。昼食を抜けばバランスは取れるはず。
そんなことを考えながら、食事を続ける。
「──ん?」
視線を感じた。周囲は食事に夢中で、時々談笑をしているはず。目立たないよう、視線だけ動かし、周囲を見回した。特に誰とも目は合わなかった。
気のせいか? 分からず、そのまま食事を続けた。
●
太陽が天上に昇りきる頃。手が空いたら執務室に来るよう、グレイス隊長に命じられた。
どういった、要件だろうか。疑問に思いながら、戸を叩く。
「あっ、来たわね。入ってらっしゃい!」
扉の向こうから促され足を踏み入れてみれば、紅茶のセットを並べて待ち構えていたグレイス隊長。着席を促され、とりあえず手頃な椅子に座ろうとしたところ、距離が開いているのが気に入らなかったのか、激しく隣の椅子を叩く隊長。
そこに座れということだろうか。促されるまま座れば、満足そうに頷く様子を見るに正解のようだ。
「ちょうど紅茶を煎れたから、一緒に飲みましょう?」
「思いますに、自分が来てから紅茶を煎れたらよろしかったのでは?」
「細かいことは良いのよ。ささ、飲んで飲んで」
用意された紅茶に一口。良い茶葉を使っているようで、香りが芳醇だ。
「これならお腹も膨らまないから、カレン大尉も辛くないでしょ?」
「……お気づきになられてましたか」
「みんな言わないだけで、察してるわよ。カレン大尉分かりやすいから」
「──っ! ……分かりやすいですか?」
もしかして、さっき誤魔化せたと思っていたのは、周りが察して流してくれていたのか。そうだとしたら、少し落ち込む。
「みんなカレン大尉が自分で話してくれるのを待っているのよ。そう落ち込まない。良い?」
「……分かりました」
そういう、ものなのだろうか。
考え込む。村でのこと。今までのこと。そして、これからのこと。
暖かい紅茶を飲みながら、ぼんやり考え込む。
静かな昼下がり。ふと、大したことでもなさそうにグレイス隊長が呟いた。
「そういえば昨日の夜、飛んだじゃない? それで私の魔法力、完全に尽きたみたい」
「──ブォっ! ……ゲホッ、ゲホッ!」
吹き出しそうになった紅茶を反射的に飲み込み、思いっきりむせてしまった。というか、今自分はとんでもないことを聞かされたのでは。
「ま、魔法力が尽きた? そんな……」
「あっ、良いのよ。元々戦えないくらいに弱っていたのだもの」
「そういう問題では……。自分のせいで……」
グレイス隊長の魔法力が完全に尽きてしまった。それはつまり、ウィッチとしては完全にあがったということ。昨日のフライトか? だとしたら、それはつまり。
「俺のせいで、グレイス隊長が……」
「そういう風に思っちゃう? いいのよ。あんなに素敵だったもの。最後のフライトとしてはこれ以上ないくらい!」
「しかし……」
自分が断っていれば、グレイス隊長はもう少し長くウィッチでいられたはずだった。
罪悪感を感じないといえば、嘘になる。眉が下がってしまうのを抑えられない。
またしょうがないなと、グレイス隊長は小さく苦笑。
「そんな顔しないの」
「しかし……」
「そんなに気にするなら……。責任、とってもらおうかしら?」
冗談めかして、そんなことを言うグレイス隊長。
「責任……、ですか?」
ウィッチから翼を奪った。そんなとんでもないことの責任など、どうすれば良いのだろうか?
「……すいません。どうにも、ふさわしい方法が思いつきません」
「冗談よ。カレン大尉は素直ね」
俺の様子が面白かったのか、グレイス隊長はお腹を抱えて笑い出した。
からかわれていたらしい。段々と顔に熱が帯びていく。
しかしそれは同時に、こちらが気に病みすぎないようグレイス隊長がかけてくれた気遣いであることに気がついた。敵わないな。本当に。
窓の外。ストライカーに乗ったマリアやアイラが飛行訓練をしている様子が遠くに見えた。
「みんな練習に精が出てるわね」
「そうですね。村でので演奏会が終わったばかりですから、気合いが入っているようです」
「音楽隊の、初めての公演……。やっと、ここまで来たのね」
言うと大きく息を吐くグレイス隊長。遠く空を見る目は、感慨深い色を見せている。
音楽隊という前例のない舞台の設置。その経緯にどれ程の苦労があったのか、自分には推し量ることすらできそうにない。
「あっ、そういえば。ここだけの話なのだけれど……」
何かを思い出し、小さく手を叩く。机の上に置かれていた書類の束を見せられる。
その見出しをゆっくりと読み上げた。
「ワールド……、ツアー?」
「そう! 音楽隊に予算がついてたの。これからどんどん忙しくなるわよ!」
これからのことを考えて頬を紅潮させるグレイス隊長。
すごいな。素直にそう思った。小さな音楽隊から始まった部隊。これからそれを全世界に見てもらうのかと思うと、そのスケールの大きさに思考が追いつかない。
少し呆然として、何となく書類をめくっていく。予算の配分や移動経路など事細かに記されて、それが目の前に迫った現実なのだと意識させられる。
めくられるページ。その中で公演を行う国と地域が経路と共に記されている。
その中で一つの名が目に留まった。
「アフリカ……。キュレナイカ……」
よく知った地の名がそこには記されていた。
かつて、あれほど戻りたかったアフリカの地。
帰還は意図しない形で叶うこととなった。
●
砂漠の夜。青い月光に白砂の砂漠が照らされている。
静かな夜に、少女の叫び声が轟いた。
基地の一室、音楽隊のパンフレットを握りつぶし、震えている。それは怒りか、それとも喜びのためか。
「音楽隊……、来るのだな」
突然姿を消した同僚。その行く先が向こうからノコノコとやって来る。
好都合だと少女は長い金髪をかき上げ、不適に微笑んだ。
「黙って出て行ったんだ。覚悟はできているんだろうなカレン?」