雷・鳴   作:乙女竜

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ちゃお。
犯罪者仲間視点です。


雷火という少女

雷火が、血塗れで帰ってきた。

 

両手に金でいっぱいの麻袋を提げている。

遠目から覗いているチンピラ共に気づくと、雷火はその少し目尻が吊り上がった大きな目をどうでも良さげに向けて、右手に持っていた方を放った。

 

途端に群がるチンピラを見て

 

「欲しいなら奪えば良いのに」

 

と吐き捨てると、仲間うちでは『玉座』と呼ばれている落書きだらけの壁にもたれ掛かる。当然蔑称である。

 

……まだ、苛立ちは収まっていないようだった。

 

この子はついさっき、いつもの特等席で蹲っていたのをいきなり立ち上がると何も言わずにアジトを出た。勢いよく飛び出したことやそれまでの様子を考えると、鬱憤を晴らしに行ったに違いなかった。そうして組織に迷惑のかからない遠くの銀行を襲って帰ってきたという所だろう。

 

今更誰も咎めたりはしない。これだけ派手にやらかして何故かいつも足がつかないのもそうだが、皆自分の命が惜しいからだ。

 

私だけは唯一懐かれているようだから、こういう事があると皆視線で私に『様子を窺え』と訴えかけてくる。今もそうだ。誰かが見ておかないと勝手な事ばかりするので、私もやらないという選択肢はない。それに、私にとっては妹みたいなものだ。────私が、守ってやらないといけない。

 

見ていると、幸い座り込んでまたあの気持ち悪い『燃える姉妹』の絵を撫でている。少しは落ち着いたようだ。

 

「…その金、どうするつもりなの」

 

問いかけると、雷火は煩わしそうに顔にかかる二つ結びの毛先を、頭を振って後ろにやった。そしてその目で私を認めると一瞬嬉しそうに目を細めた。その後すぐにそっぽを向く。普段の行動を無視すれば、猫のようで可愛らしい仕草だと思った。雷火が口を開く。

 

「バウムクーヘンとか、食べる」

 

呆れた。これでは本当に猫と同じだ。それにしてもこの計画性の無さは、やはり見立て通り鬱憤晴らしの方が目的で、金についてはどうでも良かったんだろう。

 

「……もう、落ち着いた?」

 

聞くと、雷火は一瞬驚いたように此方を向き、ゆっくり恥ずかしそうに頷いて、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「壁、穴開けて、ごめん」

 

「私に謝っても意味は無い。それより周りにいた奴に謝るべき。私が庇わなかったら、みんな死んでたんだから」

 

先程壊された壁と天井。其方に目線をやると、コンクリートで囲われた大きな広場の一箇所だけ球を抜いたような空洞が出来ており、その周りが不自然に黒ずんでいた。壁に空いた穴から月光が差し込んでいる。

 

もしあの雷撃を直接食らっていれば、誰であっても即死しただろう。それにあれが全力でないのだから、一層仲間には怖がられている。もう、ただの十五歳の少女が、腫れ物のような扱いだ。

 

雷火は、暫くぼうっとしたかと思うと、再び『姉妹』の絵を擦り始めた。いきなり全ての表情が抜け落ちた顔が、熱心に絵を眺めている。

 

「ごめん……でも、え、嬉し、くって……え、えへ、お姉ちゃんに会えるって思うと、も、もう耐えられなくて、えへ、えへへ」

 

話しながらも視線は落書きに固定され、しかし次第に焦点が合わなくなって、言い終わる頃にはどこも見ていないようであった。恍惚としたように頬を赤らめて、しかし表情は無く目だけはどこまでも黒く濁っていた。この子は、もはや誰がどう見ても気が狂っている。痛ましくて、私は顔を顰めた。

 

 

 

……姉、か。

 

雷火は『お姉ちゃん』と頻繁に口にする。それは組織に拾われた時からずっとそうだ。普段は我儘で年相応な少女の振る舞いをするのに、姉の事を考えている時は豹変したように不安定になる。

 

先程のもそうだ。渡されたタブレットに表示された『隊員一覧』を見て急に硬直し、また例の暗い瞳になったかと思うと、この子は前触れもなくPSIを行使した。予備動作、制限範囲無しの雷撃。機嫌を損ねた時でさえ死なないように加減する筈のそれは、無差別、無配慮に放たれた。

 

雷火はタブレットを取り落とすと、頭を抱えて震える声で

 

「どうしよう……」

 

と呟き、力なく蹲って細い息を吐いた。

 

私がタブレットを拾い上げると、一人の隊員の項目が開かれていた。黒髪のショートヘアに切れ長の目。どことなく、雷火に似ていた。

 

ふと、雷火に視線を向ける。ずっと、身体が震えている。

 

私は、その様子を見て、何か思い違いをしているのではないかと思った。身体を覆う痛々しい火傷の痕。愛おしそうに撫でる『燃える姉妹』の落書き。狂気的な姉への執着。何があったのかを、なんとなく察した気でいた。

 

姉はもうとっくに死んでおり、彼女は大好きな姉の生存を祈る事でしか正気を保てないのだと思っていた。だが、ずっと、それでも何か違和感があった。彼女が姉をただ愛しているのなら、暗い瞳は何なのだと思っていた。

 

今、私のタブレットには雷火に似た女がいる。

そしてこの子は今、震えて蹲っている。

 

もしこれが姉なのであれば、もしこの状況が最愛の人との再会なのであれば、こんなに震えるだろうか。蹲って頭を抱えるだろうか。私は、この子の事を正しく理解出来ていたのだろうか。

 

ふと、視線をタブレットに戻す。『PSI』の項目が目に入る。

 

 

 

 

 

『蒼炎』

 

 

 

私は、彼女をもう一度見る。身体を覆う痛々しい火傷の痕。愛おしそうに撫でる『燃える姉妹』の落書き。狂気的な姉への執着。黒く濁った瞳。震える身体。

 

私は、この少女の事を、正しく理解出来ていただろうか?

 

勘違いしていた。この子はずっと、私が思っている以上にずっと、悲惨な目に遭っていた。

 

虐待だ、紛れもなく。両親はいないと聞いていた。二人暮らしで、頼る人もいない中、雷火は実の姉から炎でその身体を焼かれていた。そう推測するに難くなかった。

 

どうして気づいてあげられなかったのか。雷火に過去の事を聞いても姉の良い所しか語らないからと、深く知ろうとすることをやめた私の何たる愚かさか。

 

あの我儘さや身勝手さは全て私達へのSOSだったのではないか。あの猫のような仕草は私達に姉への恐怖を薄れさせて欲しかったことの証明ではないのか。そんな考えが頭を渦巻く。

 

戸籍もなく、名前も失って、組織にやらされた仕事の手口から『雷火』と名付けられた。以降ずっとずっと孤独で、仲間にも遠ざけられて、縋ったのは過去に憧れた姉の姿だけ。僅か十五の、女の子がだ。

 

小さい頃から虐待を受けていたに違いなかった。姉への盲信ともとれる執着はその証左だった。

 

だから私は、タブレットに記載されたその名前を決して忘れないように脳に焼き付けると同時に、雷火に声をかけようとして────。

 

雷火は急に立ち上がり、銀行を襲いに行った。

そして今、帰ってきて、狂ったように無表情で笑っている。

 

私が、これ以上この子を傷つけさせない。念動力のPSIで、誰からでも、何より彼女の姉から、守ってみせる。

 

そう硬く決心して、私は雷火に駆け寄って抱き締めた。

 

 

 




勘違いってめちゃくちゃに拗れるとコメディになりそうだわよね。

評価、お気に入りありがとうございます。
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