姉視点です。
玄関を開けると、前と比べて少し賑やかになった部屋が広がっている。ベッドを見れば可愛らしい熊のぬいぐるみが一つ、テーブルの上には牛乳を零したような形のコースターが二つある。質素な空間でそれらは異質ではあるが、私はそれを見て、今日も少しだけ気が楽になる。
二ヶ月前は、がらんどうだった。
異能課に苗字を変えられ、特殊な学校に通うよう強制された時は駒や犬にでもなったような気分だった。なにより異能課に縛られようがされまいが元々、妹を見捨てた私に自由意思など有り得ないと、そう思っていた。
部屋にはベッドを一つ。それだけに留めた。私に何かを欲する権利はないと思っていた。生きているだけで、妹が得られなかったものを享受してしまうから。
それが、今はどうだ。
学生鞄を放り投げ、ベッドにうつ伏せに飛び込む。制服は有事の際に防護服に変形するからまだ脱いではいけない。沈めた顔を持ち上げた先には、
最近は妹に火をつける悪夢も時々しか見ないようになった。
毎日自分を責めないといけないのは分かっている。一生をかけて妹への贖罪をすべきなのは分かっている。でも、茉莉といる間だけは、時々、ほんの少しだけ、それを忘れてしまう。
私は、少しだけなら幸せになっても良いのだろうか。
携帯が鳴る。立ち上がって鞄から取り出すと、茉莉からだった。
『明日の放課後、19:00から駅前のカフェで話さない?』
二つ返事だった。茉莉といる間だけは、自由意思がある気がしたから。
・・・
「で、改まってどうしたの?」
「いや、この前誕生日だったでしょ?お祝いがてらちょっと話そうと思って」
茉莉に誕生日の事を告げた記憶はないが、名簿を覗いたとかだろう。
折角機会を設けてくれた茉莉には悪いが、歳を重ねる事を祝わないのは七年前から続けていることだ。
「気持ちはありがたいけど……誕生日は祝わない事にしてるから、ごめん」
私がそう言うと、茉莉は一瞬寂しそうな顔をして、そっか、と呟いた。
失敗だ。適当に流しておくべきだった。
「……言いたくなかったら良いんだけど、もしかして、それも妹さんの為?」
「………うん」
私が肯定して、重苦しい沈黙が流れる。失敗続きだ。茉莉の前では取り繕うのが下手になる。妹の事を唯一伝えているからだろうか。
「あのさ!隠しててごめんだけど、私、今日は本当は別に話したい事があったんだよね!」
珍しく、事前に話題を用意していたようだった。最初の導入を挫いてしまったようで申し訳ない気持ちになる。
「その為に呼んだのね」
「半分はそう……でもお祝いしたかったのは本当だよ!まぁ、もう流石にするつもりはないけど……」
「本当にごめん」
「いいのいいの!でさ、その……話、なんだけど……」
途端に歯切れ悪くなる。触れにくい話題なのだろうか。
「最近、事後処理とか模擬戦も増えたじゃない?なのに、今まで以上に自主訓練も増やして、なんかずっと自分を追い込んでる風に見えてさ、その、蒼が大丈夫なら良いんだけど、疲れてないかなって……」
話題は、いつものような私への心配だった。ただ、いつもなら明るく行われるそれが今日はやけに強ばっていた。今度は失敗しないように、ちゃんと誤魔化す。
「別に、疲れてないよ。それに疲れていたとしても、茉莉には関係───」
「妹さんの為でしょ!?」
目の前から、いきなり大声が聞こえる。見ると、茉莉は強く此方を睨みつけて、目尻に涙を浮かべていた。こんなに怒っている相手を前にして、珍しい、等と思うのは場違いなのかもしれない。この所、余り人生に現実味がなかった。
「蒼っていつもそう!毎日毎日自分を苦しめるような事ばっかりして、人が心配したら『私はそれでいいから』とか『関係ない』とか言って無理やり話を終わらせて。心配しないでとか散々言うんだったら、苦しむような姿見せないでくれない!?」
茉莉は、そんな風に思っていたのか。
「二ヶ月前、機関に入って来た時からずっと!人を遠ざけてばっかり!こっちが押し付けなかったら物だって貰わない!今日だって!────妹さんがいなかったら祝ってたんじゃないの?」
茉莉が泣いている。それが、どこか遠いもののように感じた。
「もっと。もっと自分の為に生きてよ……」
茉莉はそういうと、何かを誤魔化すように咳払いをして、ごめん、と小さく呟いた。
携帯が鳴る。二人のものが同時に。仕事だ。私は急いでそれを確認すると、異能課から都市で発生した事件の事後処理、捜査が命じられていた。
パスワードを解除して詳しく見れば、ここ数年頻繁に事件を起こしているにも関わらず全くその手掛かりを掴ませないPSI犯罪者『雷火』による犯行だという。
茉莉を見れば、既に制服を変形させていた。事件は収まったように思えるが、今回に限ってその備えは間違いではない。
『雷火』。
対PSI犯罪の教師によれば、捕縛優先度は現状A+で更新待ち。行動原理も目的も掴めず、犯行は意味不明で小規模なものから残虐で大規模なものまで幅広いという。神出鬼没であり、今回犯行現場に戻ってくる可能性もないとは言えないだろう。
先に行く茉莉がレジに『異能課試験部隊A』の隊員証を見せて会計を後回しにするのを見て、私もそれに続く。
袖の認証板に人差し指と中指を触れさせると、そこを起点として白色の学生らしい服に細かな格子状の青い光が浮かぶ。続けて光を境に服が裏返り、肌に密着する黒色で光沢のないゴム質の軽量防護服に変質する。スカートもそれに続き、伸縮、変形して両足に貼り付く。最後に背中から強化布が展開し、動きを妨害しないように随所にスリットが入っているロングコートを纏う事で変形は終了する。
私達が本格運用された際の相手は危険な犯罪者やテロリスト、大規模な反社会組織になる為、防護服は異能課本隊のものと同じくらいに強固であるし、相手の情報は秘匿されるどころか積極的に教えられる。
雷火という名前は、犯行現場に雷と火災の痕跡が多く見られる事から名付けられたそうだ。
────嫌な事を思い出させる。正直行きたくなかった。
次回も姉視点です。変形の描写こんな細かくする必要あった?
感想全て読ませて頂いていますわよ。
お気に入り、評価もありがとうございます。
あと、展開遅くてごめんなさい!!!!!