既読の方はご注意ください
提督室、午後。
午前の出撃から帰還し叢雲と庶務に取り掛かっていると、金剛がティーセットを両手に提督室を訪ねてきた。
急ぎのようもないし無碍に断る事もない、そう思って笑顔で了承する提督だったが、せっかくの二人きりの時間を邪魔されて渋い顔をする叢雲には気づかなかったようだ。
叢雲も仕方ないといったため息をついて同席すると、金剛は鼻歌を歌いながら紅茶を注いでいく。
そして金剛は提督が紅茶に一口つけるのを待って、今回提督室を訪ねた本来の目的を切り出した。
「疲労回復方法?」
「Precisely!」
と、金剛は花のように明るく微笑みながら答えた。
「最近提督は艦隊の編成に悩んでいまーす! その原因の一つに、私達の疲労も関わっているデース!」
「確かに、そのとおりです」
「それを解消する方法があるっていうの?」
「これデース!」
と、金剛は提督に提案書を手渡した。
表紙には『英国式艦娘疲労回復法』とやけに優雅な装飾と共に書かれている。
へえ、と渡された提督は期待する気持ちで提案書を開ける。叢雲も興味がひかれたのか、身を乗り出し肩を提督の肩につけて覗き込む。
そのさまを見て金剛が一瞬むっとした表情を作ったが、すぐに視線をあどけない提督の顔へ移し笑顔に戻った。
提案書の1枚目、要約するとこう書かれていた。
1,疲労が認められる艦娘を膝の上にのせ、優しく頭を撫でながらねぎらうこと。
「なっ」
「ぶっ!?」
しかも挿絵として白帽を被った男性が女性を乗せていちゃいちゃするさままで載っている。
提督は唖然とした表情、叢雲は顔を紅潮させてわなわな震え始める。
「あっあんた」
「Hey提督ぅ! これは英国で認められた由緒正しい疲労回復方法デース!!」
「そ……そうなんですか?」
「ちょ!? あんた騙さ」「さるぁーにぃ!」
金剛の突然の語気のこもった声に、叢雲は言葉を止めてしまう。金剛は提督と目を合わせニッコリと微笑むと、
「かわいい女の子を膝の上に乗せながら雑務もこなせる一石二鳥の回復法デース! 女の子達には強制せず、希望者だけでまずは実験するといいと思いまーす!」
と言いながら叢雲にちょくちょく視線を向けてウインクをパチパチと飛ばしてくる。
「な……なるほど。叢雲さんはどう思いますか?」
「へっ!?」
提督が本当に困ったように叢雲を見る。金剛は変わらず叢雲へウインクをパチパチパチパチと飛ばしてくる。
「くっ……!」
(……はっ!)
叢雲は思い出す。確か今週の出撃予定地は……。
「そ、そうね。疲労が出てきた娘に、こっ効果があるか試してみる価値はあると思うわ!」
少々声が裏返りながら言い終える。金剛は小声で「Yes!」と言いながら小さくガッツポーズし、提督は難しそうな顔から少し納得した顔になった。
「そうですね。別に艦娘達に強制するわけじゃないですし、効果が認められるなら費用もかからない良い案ですね。まあ、私の膝の上に乗っていい気分をする娘がいるかどうか……」
ははっと提督は困ったように笑う。叢雲と金剛は確信した。
(最初に"乗れば"……イケる!)
金剛は勝利を確信する。
(今の艦隊で一番の戦艦は私デース! 当然疲労度が貯まる度合いも……! うひひひひひひ。Hey提督ぅーHoneymoonはすぐそこネー!)
叢雲はニヤリと微笑む。
(策に落ちたわね金剛。提督の今週の予定は……!)
明くる日、命令書の省エネとして設置された掲示板にて、艦隊編成が発表された。
掲示板の前にはぞろぞろと艦娘達が集まってきている。
「うーし、第2艦隊集合しろよー」
「はいなのです!」
「はりきって、まいりましょー!」
天龍が駆逐艦達を引き連れて遠征準備にかかっていたり、
「おっ鳳翔さんよろしゅうなあ」
「こちらこそ龍驤さん、よろしくおねがいします。あとは、吹雪さん達ですね。迎えに行きましょうか」
「今回はもれちゃったクマー……」
「今日は演習ニャー」
と続々と自分の行動を開始していく。
そして栄えある第1艦隊旗艦は……。
(もちろん、私デース!)
と自信満々で掲示板の前に歩み寄り、腰に手を当てキランと目を光らせて指令書を見る。
……。
「な゛っ……!?」
本部○月○日発令
以下第1艦隊
旗艦1番艦 島風
2番艦 叢雲
3番艦 夕立
4番艦 響
5番艦 時雨
6番艦 雪風
そう金剛は知らなかった。先週で駆逐艦達の経験値がたまり、キス島攻略作戦が本格化することを。
キス島攻略には駆逐艦のみの編成が必須だということを。
「oh……my……go」
そこで金剛は見た。島風が作る列の二人目、叢雲が一瞬だけこちらを見て、笑みを浮かべ口だけを動かしこういった。
『ありがとう』
「……!?……!!……Nooooooooooooo!!」
「ひえ!? お姉さま!?」
「私は入渠じゃないんですね」
「赤城さん。昨日ドッグ占領して全快してるはずですが」
そんなこんなでキス島攻略戦。
提督が指揮を取り、島風を先頭に単縦陣を作る艦娘達が敵艦を続々と轟沈させていく。
「敵の雷撃確認!」
『左方回頭。とーりかーじ』
「とーりかーじ!」
島風が通信で聞こえる提督の指令を復唱する。
「時雨と響が遅れてるっぽい!」
「むっ!」
夕立の叫びに島風が一瞬後ろを見る。
「私は大丈夫」
響からはすぐに返答があり、言葉通り何とか食らいついていた。が、
「む……!」
時雨が苦い表情で続く。
『雪風、援護を』
「了解! お守りします!」
「ごめん。ありがとう」
雪風が先行していた時雨に同航して手をかし、航行を助ける。
「敵艦接近だよ!」
島風の叫びに時雨と雪風が顔を前方へ向ける。一番近い敵艦は速度が遅れている時雨と雪風をターゲットにしていた。
『叢雲、援護射撃』
「まかせなさい!」
叢雲が艦砲を駆使し次々と敵艦に穴を開けていく。取りこぼして接近した敵影は響と夕立が処理し、時雨と雪風も体制を立てなおして艦砲射撃に参加。島風は速度を生かし危うくなった駆逐艦のカバーに回った。
順調に進む艦隊戦。しかし戦場たるもの例え多くのシュミレーションをこなし油断がなくてもカバーしきれない事態が起こる。
ただのラッキーショットもその一つ。
「しまかぜ、雷撃入ります!」
「止めよ、沈みなさい!」
一同整列し敵艦隊へ止めの雷撃。真っ直ぐに進んだ雷撃は敵艦を残らず爆散させる。その水飛沫の中、敵が最後に放った雷撃が水中を潜行していた。
「!」
一人の艦娘を中心に起こる小規模の爆発。島風達の目が一瞬驚愕で見開かれる。
『応答せよ、時雨』
「……大丈夫。機関を少し傷つけてしまっただけみたいだ」
言葉通り時雨は服と装備を焦がしていたものの、五体満足で血も流していない。他の娘達が安堵の息をつく。
『全艦撤退。帰投せよ』
「!」
時雨の体が一瞬ビクリと震えた。
「りょーかーい」
島風が気の抜けた声で応答する。全員が反転し、帰路についた。
少し下を向いた時雨に叢雲と響が近づいていく。
「時雨、今のは仕方ないわ。気にしないで」
「避けるのは難しいよ。むしろ無事でよかった」
「うん、ありがとう」
叢雲は他の艦娘たちを見渡す。夕立もあくびし、雪風も目をこすっていた。
(そういえば)
それを見て金剛との事を思い出す。はたして。
「皆さん、お疲れさまです」
港では帰投した第1艦隊を提督が出迎えた。
「MVPは叢雲さん。さすがですね」
「ふふ、当然よ」
「次は負けないっぽい!」
「司令! お出迎えありがとうございます!」
各々まだ元気があるのか言葉を発し、響も、
「うん、お疲れ」
と笑顔で提督に答えた。だが、
「……」
「時雨さん」
「ごめん、司令。僕が油断したばっかりに、早い帰還になってしまったね」
「いいえ。戦場でおこる損害は時に避けられないものです」
「でも」
提督は時雨の手をとり、そっと包む。
「あなたが無事で本当によかった。ドッグを開けて有りますので、今日はゆっくり休んでください。また一緒に頑張りましょう」
「……っ! うん。ありがとう。この分は、きっと取り返すから」
時雨は一瞬目尻に涙をため、笑顔で手を握り返す。
「いつまでやってんのよ」
と、叢雲は呆れた声で言った。提督と時雨は慌てて手を離し、「それじゃあ、休んでくるね」と時雨は顔を赤くしながらドッグに向かった。
「第二陣、編成するんじゃないの?」
叢雲の言葉に提督は頷く。疲労や損耗で欠員が出たときの補充も想定内だった。
ただし、今回想定外だった事が一つ。
「それで、あっあんた、私今日結構頑張ったし……」
叢雲が途端頬を紅潮させもじもじし始める。しかし提督が呼んだのは、
「島風さん」
「おうっ!?」
帰還してからすっかり目立たなくなっていた島風。連装砲ちゃんをなでていたその顔は、少し赤く見えていた。
「報告書をまとめたいので、提督室に来てくれますか?」
「りょーかーい。じゃあ提督室までかけっこですね? 負けませんよ?」
「えっちょ、はやっ!」
島風が言い終わるやいなや一目散に駆け出し、提督も慌てて追いかけていく。
「……」
「叢雲ちゃん、あてが外れちゃったっぽい?」
「うっさい!」
「はぁ……はぁ……」
「もうていとくー、おーそーいー!」
「全力疾走する必要は、はぁ、ないと思いますが……」
さて、提督室。提督は椅子に座り、今回の戦闘報告書にとりかかる。そのためには今回の旗艦島風の報告が不可欠であった。
(疲れているところ申し訳ないな)
と思うことは今までも多々あり、現に島風も普段とは違い少し息を切らしてしまっている。
「ええっと、たしかここの海域だと」
「島風さん」
「?」
「……あの」
金剛の提案、艦娘たちのためとはいえ、平静を保ちながら言うにはさすがに難しい。
「あの、私の膝の上に乗りませんか?」
「……へ!?」
「ああっいえごめんなさい。金剛さんから聞いた英国式の疲労回復方法で、膝の上で休めば、疲労回復につながるって……。失言でした。忘れてください」
提督が帽子で目線を隠す。しかし島風は、
「いいの?」
「はい?」
「本当に、乗っていいの?」
提督に対し、上目遣いで膝の上に手を乗せてくる一人の少女がそこにいた。
「……」
「……えへへ」
今島風は提督の膝に横から腰掛けてそのまま体ごともたれかかり、提督の鎖骨のあたりに頭を預けている。
「それでね、ここの海域に出撃した時にぃ……」
「はい」
しゃべるたびにお互いの吐息があたり、鼓動が聞こえるほどに近い。
「ねえ」
「はい?」
島風が頬を肩あたりにすりつけながら、耳に直接語りかけるようにつぶやく。
「いつから気づいてたの?」
(私の気持ちに)
「?」
提督はなにが?、と聞き返そうとしたがすぐに疲労のことだろうと答えを出した。
「島風さんの顔が赤くなってましたから、もしかしたらと思いまして」
艦娘達の疲労は顔に出る。また今回島風は駆逐艦達を指揮しながら縦横無尽に戦場を駆け回っており、体力と精神力の消耗は他の駆逐艦達にくらべ大きいように見えた。
一応それが提督が島風を誘った理由になっている。
提督が島風の髪を撫でる。
「おうっ!?」
「あっ嫌でしたか?」
「ううん。びっくりしただけ。もっと撫でていいよ」
「そうですか。それでは……」
静かに、壊れ物を扱うかのように撫でる。
「んっ……んん…………♪」
「……」
(よかった。あとで金剛さんに感謝しないと)
島風にとって温かく柔らかい時間。まるで雲のようなクッションに最高のリクライニングがついていて、それでいて人の温かい感情に包まれる、そんな時間。
(てーとく……)
「さて、こんなところですかね。あとは私がまとめておきます」
「てーとくはまだお仕事?」
「はい、まあもう少しですから、おかまいなく」
「……終わるまで、このままでいい?」
島風としては気が引けたが、どうしてもこの空間を欲する感情を抑えきれなかった。
そのプラスマイナス入り混じりながら行われた懇願が少女特有の色気めいた強請りとなり、提督は思わず島風に"女"をかいま見て唾を飲み込んだ。
「い……いいですよ」
「うん……♪」
島風は安らかな笑顔でまた体重を預け、提督の胸元を軽く握る。
(自制しないと)
提督はこのまま島風をかき抱いてめちゃくちゃにしたい衝動が男性の平均並には沸き起こっていたが、そもそものきっかけが彼女たちの疲労回復である以上それはできない。
また彼女達の誰か一人に特別な感情を抱くことは、自分のもとで戦う艦娘たちへの裏切りとまではいかないものの、本当に追い込まれた選択を迫られた時に私情が絡んでしまうのではという軍人としての危機感があった。
無論、歴史からそういった私情絡みが美談として描かれることはあるが、それに付き合わされ血を流す事情を知らない兵士達からすれば冗談ではない。
「てーとく、あたたかいね」
島風が体をすり寄せ、提督の首に頬ずりする。提督も少し、島風を片手で抱き寄せた。
「……そうですか?」
(でも、今だけは)
この暖かさに浸るのもいいかな、とそう思ってしまうぐらいには提督はこどもだった。
「ありがとね。てーとく」
しばらくして提督の庶務が終わり、島風が提督の膝から降りた。
「いいえ、こちらこそ。疲労の方はどうですか?」
「ばっーちりっ! これもてーとくのおかげかな! ねえ」
「はい?」
「また、おねがいしてもいい?」
島風が後ろ手に手を組んで上目遣いで尋ねる。
「ええ、もちろん。こんなのでよろしければ」
「やった!」
島風はぴょんと跳ね上がると、
「ありがと、てーとくおやすみ!」
素早く提督の頬へと口付ける。そのまま電光石火の勢いで提督室から走り去り、島風を掴み損ねた連装砲ちゃんがテトテトと付いて行った。
提督はひとり残され、頬の感触を確かめる。心に残るは青少年としての純粋な高揚と、軍人としての罪悪感。
(彼女達の好意を、利用しているのだろうか)
いや、と疑問を振り払うため一度目線を落として思い出す。提督達の中には彼女たちを犠牲にしてもなんとも思わない者がいることを。自分が作戦に失敗して失脚すれば、そんな人間が後任についてしまうかもしれないということを。
(守ってみせる。なにを利用してでも)
コン、コン。
「? はい」
「叢雲よ。入るわよ」
と 叢雲が小袋を片手に訪れた。
「なに難しい顔してんのよ。どうせこんな時間まで仕事してるかと思ったら案の定ね」
「……叢雲さんこそ」
「私はちゃんと休んでたわよ。はい、間宮さんから余り物もらったから」
「あ……」
アイスクリーム。とても貴重で手に入れようと思っても中々手に入らないものだ。
「いいのですか?」
「いいのよ。あんたが労われたっていいはずでしょう」
「……ありがとうございます」
「溶けないうちに早く食べて寝なさいよ。明日もあるんだから」
「はい」
細かい気遣いが身にしみる。
「……」
「え」
叢雲が不意に、提督へ顔を近づける。
コツンと、額が合わさった。叢雲は目を瞑る。
「絶対に誰も沈ませないわ。皆そう思って戦ってる。だからもっと、私達を信用しなさい」
「……ええ。叢雲さんのことも、もう独断専行しないって信用してますよ」
「ちょっと! 今それ言うとこ!?」
「すみません」
「……もう、それじゃあおやすみなさい。あ、まちなさい」
「?」
額が離れる。すると、
「ん……」
「!?」
島風が触れた頬とは逆の頬に、柔らかい感触が残る。
「あまり手当たり次第にしてたら、酸素魚雷を食らわせるからね」
顔を真赤にした叢雲が早歩きで去る。
(……どこから見てたんだか)
彼女たちの信頼をまた別方面で失ってしまわないか、そんな不安が出てしまった一日だった。