地臥せりは今日も忙し   作:飛び回る蜂

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地臥せり「ゲンヴラ」

 

 

 

 アビス二層『誘いの森』

 

 そこは「大穴の街オース」から深度1350メートルから2600メートルに該当する。

 鳥類や虫類の原生生物が多く住み着き、正に自然を体現したこの層は、探掘家にとっての一つの線引きが行われる場所でもある。

 アビスへの無断侵入が行われた際、捜索されるのは通常一層までと定められていることからそれは察せられる。

 なぜか?二層への侵入はその危険性の高さから『自殺』扱いとなるからだ。

 

 その理由は、そこに住まう原生生物達によるところが大きい。

 誘いの森には一層とは一線を画す危険な原生生物達が闊歩し、探掘家達は幾度となくそれらに骸を晒してきたからだ。

 

 死者の声を擬態し獲物を狩場に誘い込む「ナキカバネ」

 外来生物にも拘わらず、アビスを住処とした膂力溢れる「オットバス」

 縄張り意識が極めて強く、群れで暮らす「インビョウ」

 

 極稀にベニクチナワやサカワタリという度を越えた生物も現れる二層は、やはり危険だ。

 無論、優れた素晴らしい探掘家なら、それらに十分な対処を行ったうえで、さらに深層へと足を踏み入れることは可能だろう。

 

 樹々、そして滝すらも逆さに流れる特殊な地形である「逆さ森」

 前述したオットバスが守る澄んだ泉「ロオハナ水源」

 そして第三層へと繋がる二層終点の大滝「天上瀑布」

 

 数々の試練を乗り越えた先に、アビスは美しくも悍ましき神秘の一端を覗かせてくれるだろう。

 深く潜れば潜る程にアビスへの情景は強くなり、しかし同時に強烈な上昇負荷が探掘家達を襲う。

 故に、見た者の多くは帰らぬ者となる。次へ、また次へと深く潜る。

 どれほど恐ろしくとも、アビスの申し子達はそれに憧れずにはいられないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 しかしほんの僅かな例外もある。

 その拠点は「地獄渡り」と呼ばれる、見ることすら躊躇する橋を越え、その先にある。

 

 

 

 二層終端近くにある『監視基地(シーカーキャンプ)』。

 

 その拠点の主は全探掘家の憧れにして至高である『白笛

 

 その名も『オーゼン

 

 またの名を『不動卿 動かざるオーゼン』である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「グゥ……グゥ……」

 

「もーっ!お師さまーっ!起きてくださーいっ!」

 

 

 彼女は深酒をして机に突っ伏して爆睡していた。

 残念なことに、これは一度や二度のことではなく、既に何度も繰り返されたことである。

 

 

「ふぎぎ……全然動かないぃ……!!」

 

 

 小さな青髪の子「マルルク」が必死にその体躯を動かそうとするが、まるで大岩を押してるかのようにビクともしない。

 それもその筈、オーゼンの背はマルルクのおおよそ三倍。

 オーゼンの特性を除いたとしても、自身の三倍の体重の人間はそう簡単には動かない。

 

 

「ふぅ……ふぅ……どうして起きないんですかぁ……!」

 

 

 額に汗をかく姿が艶めかしいが、本人は至って真剣そのもの。

 如何にして師匠をベッドまで連れていき、安息を得てもらうか。

 仮に放っておいたとしても本人は至って気にしないだろうが、マルルクは悩み続けている。

 

 

「困ったなぁ。皆さん探掘に出ちゃってますし……」

 

 

 滑車やカギ縄を用いても、まるで動きはしない。

 それどころかオーゼンの身じろぎにマルルクが引っ張られてしまうのだ。

 地臥せり(ハイドギヴァー)……不動卿直轄の探掘隊達がいたなら状況も違ったかもしれないが、現在は出払っている。

 マルルクはこんこんと頭を悩ませていると。

 

 

「……ぉーぃ」

 

「うん?あっ!帰ってきましたっ!」

 

 

 マルルクは普段、大望遠鏡で見ているのだが今日は離れていた。

 どうやら地臥せりの一人が帰って来たらしい。

 声の大きさから監視基地の外、ゴンドラの直下にいるのだろう。

 

 大きな声だが、監視基地周辺に危険性の高い生物はあまりいない為、その行為に大きな危険性は無い。

 急ぎ滑車装置を動かし、マルルクは出迎えに走る。

 

 

 

「お帰りなさいっ!ゲンヴラさんっ!」

 

「お出迎えありがとうございます、マルルクさん。ただいま戻りました」

 

 

 ゴンドラから降りてきたのは、マルルクよりやや薄い蒼色の髪を束ねた、人当たりの良さそうな青年。

 その男の首から下げられているのは『黒笛』。

 黒笛は階級に当てはめると白笛の一つ手前であり、それを持つ彼もまた優秀な探掘家であることを示している。

 

 ゲンブラと呼ばれた彼も地臥せり(ハイドギヴァー)の一員である。

 脛に傷を持つ者の多い中で、珍しくその経歴に大きな傷がないことも特徴だ。

 

 

「今回はどうでしたか?」

 

「4級は数が集まりました。それに3級も複数、運良く2級も一つ回収できました」

 

「わぁっ!すごいですっ!おめでとうございますっ!」

 

「ありがとうございます」

 

 

 遺物はアビスやその表層の街『オース』においても価値が高い。

 が、なによりそれが利益を出すのは海外諸国との取引だ。

 未知の素材、未知の原理、未知の構造からなるそれらに外の国は大きな価値をつける。

 学術的にもそうであるし、遺物そのものが齎す利益も非常に大きい。

 特に1級遺物ともなれば、国が動く。その為盗掘も後を絶たない。

 だからこそ、探掘家達は遺物を追い求めてるのだ。

 

 

「随分汗をかいていますね。何か作業中でしたか?」

 

「あっ、そうなんですゲンヴラさんっ!お師さまがまたお酒飲んだまま寝ちゃってっ!」

 

「それは……成程、マルルクさんの手に余りますね。俺が行きましょう」

 

 

 苦笑いを浮かべながら、二人はオーゼンの食卓へと足を運ぶ。

 やはりそこには相変わらず机に突っ伏して眠るオーゼンがいる。

 

 

「後は俺が。食器の片づけをお願いしても?」

 

「はいっ!お師さまをお願いしますっ!」

 

 

 ゲンヴラの背はマルルクより確かに高い。

 が、それでも2メートル半に届き得る巨躯を背負い動くのは楽ではない。

 肩を担ぎ始めてすぐ、ゲンヴラの笑みが固まる。

 

 

(これは……ヤバい……ッ!)

 

「だ、大丈夫ですか……っ!?」

 

「え、ええ、問題ありません。さっ、マルルクさんは片付けをお願いします」

 

 

 今にも背中から腰にかけて壊れてもおかしくない負荷がかかるが、いけなくはない。

 そう自分に言い聞かせ、ゲンヴラはオーゼンの私室へと、決死の覚悟で歩みを進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっ……こいせっと!」

 

 

 ドズンッ!と、およそ人がベッドと接触して出す音ではないが、必死の思いで運び終える。

 先ほどまで探掘に行っていたゲンヴラは、既に体力の限界を超えて活動していた。

 流れ出た滝のような汗も相まって、脱水状態ですらある。

 そこへ洗い物を手早く片付けたマルルクが、パタパタと足音を立てて戻ってくる。

 

 

「ゲンヴラさーんっ!ありがとうございましたっ!」

 

「いえいえ、お安い御用です……」

 

 

 口ではそういうが、目は虚ろ、腰と背をさすりながらいう姿はマルルクから見れば相当に痛々しく映っただろう。

 

 

(探掘から帰ってきて疲れてる人に、僕はなんてことをぉ……っ!)

 

「遺物の換金は……すみません、後日纏めてから行ってきます。俺は休みますね……」

 

 

 ふらふらと、しかし確実にやり遂げた男の顔をして、ゲンヴラは歩き出す。

 マルルクが大変な目に合わなくてよかったと、それだけで彼は報われていることだろう。

 

 

「あっ、あのっ!もしよかったらなんですけど……」

 

「ん、どうしましたか?」

 

 

 それはなんとか感謝を形にしたい、そんなマルルクの想いからの提案だった。

 ゲンヴラは一刻も早く自室に戻ってベッドに倒れ込みたかったが、マルルクを弟妹の様に想う彼にはそれを無碍にするなんて、とてもではないができない。

 顔を赤らめ、しかしやる気に充ちた顔であるなら猶更だ。

 

 

「マッサージをさせていただけませんかっ!」

 

「……できるんですか?」

 

「はいっ!」

 

 

 疲労により思考が回らなくなってきたゲンヴラは、頷くことしかできなかった。

 今は少しでも水と休みが欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 監視基地(シーカーキャンプ)の役割はいくつかある。

 赤笛や蒼笛による深界3層『大断層(だいだんそう)』への侵入阻止、訪れる探掘家達の一時拠点、1層から4層に渡る遺物の収集が挙げられるだろう。

 だが、この拠点の一番の目的はそこではない。

 

「どうですかぁー、痛い所はありませんかぁー?」

 

「大丈夫ですー……効くなぁ……」

 

 

 それこそが、今ゲンヴラの背に乗って甲斐甲斐しくマッサージをしてくれているマルルクだ。

 マルルクは体質で、肌が日の光に滅法弱く、そのせいでオースでの生活ができないのだ。

 本人は否定するだろうが、オーゼンはそんなマルルクがアビスで生活するうえで寂しくないよう、監視基地で共に暮らしている……と、噂されている。

 

 

「寝ちゃってもいいですからねぇー」

 

「ありがとうございますー……」

 

 

 それが噂ではないことを、少なくとも地臥せりのメンバーはそれをよく知っている。

 オーゼンは言動や性格に難はあるが、面倒見がよく、優しいことを地臥せりの誰もが知っていた。

 当然ゲンヴラも知っているが、それを表立って口にはしない。

 指摘すると不動卿にひどい目に合わされるからだ。

 

 

「いつもありがとうございます。皆さんには助けてもらってばっかりで……」

 

「いやいや、そんなことはありません。俺も今助けられてますしね」

 

 

 ゲンヴラはオーゼンやマルルクに強い恩義を感じている。

 自分を有効に使ってくれ、その上親身に接してくれる二人に大層なついていた。

 

 

「マルルクさんやオーゼンさんがいてくれるからですよ。だから俺達は安心して探掘に行けるんです。感謝してます」

 

「そ、そうですかぁ?えへへぇ……」

 

「マルルクさんもそうでしょう?オーゼンさんがいてくれるのは心強いでしょう」

 

「それはそうですよー!なんせ、私の大好きなお師さまですからねっ!」

 

「あははっ、違いありませんね」

 

 

 そうして笑い合う姿は傍から見れば髪色も相まって、兄の背に乗って遊ぶ弟妹の様に映るだろうか。

 少なくともザポ爺やシムレド、イェルメが見ればそう思っただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが現実は違った。

 

 

へぇ、面白そうな話をしてるじゃないかぁ

 

 

 この瞬間まで、部屋のドアが開いていたことに二人は気づいていなかった。

 

 

「今の話、もう一回聞かせてくれるかい?ゲンヴラ、マルルク」

 

「お、お師さまぁ!?起きてたんですかぁ!?」

 

 

 ニタリ、と人によっては寒気が走るかもしれない独特な笑い方で、オーゼンは部屋を覗いている。

 あたかも「いい酒の肴が見つかった」とでも言いたげだ。

 

 

「起きたのはついさっきだよ。直前まで飲んでたはずなのに、起きたら部屋だったからねぇ。シムレドかゲンヴラでも帰って来たんだろと思ったら大当たりさぁ」

 

「ってことは、俺が運んだ直後に起きたってことですかぁ!?なんですかそれぇっ!」

 

「ザポ爺さんやイェルメさんじゃ運べませんもんね……。流石お師様……」

 

 

 オーゼンに見つかってなお、ゲンヴラの背から降りていないマルルクと、そんなマルルクを振り落とさないゲンヴラを見て、オーゼンの笑みは深まる。

 

 

 

「なんだい、帰ってきて師匠が起きたって言うのに、随分な恰好じゃないか。ちゃんと挨拶くらい返したらどうだい?」

 

「その師匠が泥酔してて、それを頑張って運んだせいでこうなってるんですよ?」

 

「ごちゃごちゃうるさいねぇ。まだ報告を受け取ってないんだから、さっさと起き上がりな」

 

「相変わらずめちゃくちゃ言うなぁオーゼンさんは。……あははっ」

 

「うぅ、ごめんなさいゲンヴラさん……ふふっ」

 

 

 愚痴ったり謝ったりな二人が、急に笑ったことにオーゼンは首を傾げる。

 さっきまで顔を真っ赤にして慌てていた二人が、なにやら楽しそうに笑っている。

 マルルクが背中からピョンと降り、ゲンヴラもまた起き上がって姿勢を正す。

 

 

「ただいま戻りました、オーゼンさん」

 

「……あぁ、ご苦労さん」

 

 

 これは、監視基地における一幕。

 

 地臥せりの青年、ゲンヴラ。

 

 オーゼン直轄の探掘家にして黒笛『爪のゲンヴラ』の話。

 





・ゲンヴラ(オリキャラ)
 地臥せり。蒼髪を束ねた優男。一人で探掘を続けていたがオーゼンの強さ、優しさに惹かれ地臥せりを志望し、務めている。
 主な仕事は遺物探索と、監視基地で来客の応接。
 マルルクと髪色が似ているのもあり仲がいい。
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