地臥せりは今日も忙し   作:飛び回る蜂

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監視基地応接係の仕事

 監視基地応接係である俺の仕事は主に、アビス内の探掘、そして監視基地に訪れる探掘家の接客対応です。

 二層終端ということもあり、ここにくるのは優秀な青笛、または月笛以上の手練れが来ることが主。

 その為、俺が相手にするのは、マルルクさんでは手に余り、オーゼンさんが相手するには及ばない、といった方々です。

 

 

 

「ゲンヴラ、近々客が来るから準備しておきな」

 

「分かりました。ちなみにどなたがいらっしゃるんですか?」

 

 

 「近々」という表現をするからに来客は時間にルーズ……というわけではありません。

 アビスの中と地表、オースでは時間の流れが違うからこのような表現となってしまうのです。

 地表で一週間後と約束しても、アビスで待っている側は三週間経っている、ということが往々にして起きえます。

 故に、監視基地に訪れる際には、時間にゆとりを持った約束が推奨されています。

 

 

「ハボルグさ。定期報告の書類を取りに来るから渡しておいておくれ。私はマルルクで遊んだら少し出てくるよ」

 

「分かりました。お気をつけて」

 

 

 マルルクさんには同情を禁じ得ないが、かといって助けることもできません。

 無力な私を、どうか許していただきたい。

 割って入って成人男性の裸吊り、などという誰も得をしない事態だけは俺も避けたいんです……

 

 

「さて、ハボルグさんか。お腹空かせて来るでしょうし、食事の用意をしなくては」

 

 

 今日も一日、頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定にある来客の対応だけが俺の仕事というわけでもありません。

 監視基地には一時的な安全地帯として利用しに来る探掘家も来ます。

 今も1層から降りてきて、準備を整えた方々が出ていこうとしている。

 

 

「───では、ご武運を」

 

「あぁ、世話になったな。行ってくるよ!マルルクちゃんにもよろしくなっ!」

 

「ご飯美味しかったわ。オースに戻ったらお礼させてね!」

 

 

 行ってきます!の声に、一礼を以て応える。

 歩きながら、時折振り返ってこちらに手を振ってくださるのを見ると、無事を願わずにはいられない気持ちになります。

 

 こうして監視基地で気力を回復し、意気揚々とまた探掘に向かっていくのを見るのは、嫌いではありません。

 いいことばかりではありませんが、帰って来てくれた時の明るい顔は、何度見ても嬉しいですから。

 

 

「無事に、帰ってきますように……。さて、戻って」

 

「ゲンヴラさんっ。ハボルグさんがいらっしゃいましたよ!」

 

「もうそんな時間ですか!分かりました。ゴンドラは下げたままで構いませんので」

 

 

 大望遠鏡から周辺を監視しているマルルクさんから、通信を通して報告が上がりました。

 いくらこの辺りの上昇負荷が緩いとはいえ、短時間に何度も昇降を繰り返すのは無視できません。

 このまま待ちましょう。

 それにしても、遠くの方から大荷物を抱え、陽気に手を振りながら歩いてくるハボルグさんの姿は、いつ見ても気持ちがいいものです。

 

 

「久しぶりだなぁゲンヴラ!!元気にしてたか?」

 

「お久しぶりですハボさん。お陰様で元気にやらせてもらってます。さぁ、ご案内しますよ」

 

「助かる。ところで、オーゼンはいるのか?」

 

「申し訳ありません。今日は席を外していまして」

 

「そうかぁ。聞きたいこともあったんだが、残念だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 黒笛『ハボルグ』

 生粋の白笛マニアで、探掘家の中でも指折りの実力者であり、同時にかなりの古株の方です。

 その長い探掘家歴によって培われた知識やノウハウは、多くの探掘家達に引き継がれています。

 ご本人自身も探掘家としての実力は凄まじく、恐らく地表からここまで体感速度で二日程で到着したのではないでしょうか?

 経験から来るルート選びもさることながら、移動速度も尋常ではない。

 はっきり言って、黒笛の中でもこれほどの方はそういないでしょう。

 

 

「……と、この事はマルルクさんもご存じかと思います」

 

「おいおい、なんだよぉ、急に誉めてもなんも出ねぇぞ?」

 

「いやいや、俺は思ってることを言ったまでです」

 

「オースからここまで二日で来たんですかっ!?す、すごいですね……っ!」

 

 

 実際、ハボルグさんの実力は黒笛の中でもとても高い。

 ハボルグさんの強みは探掘家としてだけでなく、人を纏め上げるその手腕にもあります。

 探掘家同士がチームを組む必要に駆られた際、ハボルグさんがいるかどうかでその探掘が上手くいくか決まると言ってもいい。

 それくらいハボルグさんのカリスマ性は確かだ。

 

 

「へへ、まぁな。これくらいは軽いもんだ」

 

 

 応接用のソファに座って、ハボルグさんは得意げに大きな胸を張っている。

 探掘家としての自信と誇りに満ちたその姿勢は、嫌味に感じないのだからまた素敵だ。

 

 

「ジルオも来たがってたんだがな。次行った時は顔見せに行ってやってくれ」

 

「もちろんです。次オースに行くときはベルチェロ孤児院にも顔出しますよ」

 

 

 ジルオ君は元気にしているかな。

 月笛になってからというもの、随分頼もしくなった気がする。

 次の孤児院への寄付は少し多めにしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあな!オースに来るのを楽しみにしてるぜ!」

 

「はい!ハボさんも道中お気をつけて!」

 

 

 ワッハッハッハ!と豪快に笑って歩くあの人が、アビスに足を取られることなどまるで想像できない。

 その姿に安心を覚え、ゴンドラを起動して監視基地へと戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続けて届いた定期便の中のチェックをマルルクさんと行う。

 オーゼンさんにそのまま渡してもいいんですが、あの人見ないでその辺に捨て置いてしまうことも多いですから……

 ですので、重要そうな箇所だけ抜き出しておいて、報告するまでが一環となっています。

 

 

「へぇ、黎明卿が1級遺物の解析に成功。更に新規ルート開拓……相変わらず凄まじい速さですね」

 

「うーん……他は笛の昇級制度についてとか、遺物の競り落とし価格とかですね。あまり新しい情報はなさそうです。あっ、この遺物は……確かシムレドさんが持ち帰ったものです」

 

「おぉ、すごい価値になったんですね。素晴らしい」

 

 

 こうしてオーゼンさんの為に情報の精査をしていると、まるで子供が食べる魚の骨取りをしている気分になります……。

 しかし、この過程で俺達もアビス外の情報を得られるので、一概に悪いことでは決してありません。

 ちょっとめんどくさいですけど。

 

 

「ゲンヴラさんは、他の白笛の方に会ったことあるんですか?」

 

「ええ、黎明卿と殲滅卿に。お二人とも監視基地に直接いらっしゃったことがあるんですよ」

 

「へぇー……!」

 

 

 どっちももう会いたくないですけどねっ!

 黎明卿は俺の遺物に勝手に変な名前付けるしっ!!

 殲滅卿はオーゼンさんと組んで全力で無茶ぶり振り回してくるしっ!!

 

 

「……とか言ってたら、黎明卿は5層で前線基地(イドフロント)を設立。ライザさんに至っては絶界行き(ラストダイブ)ですもんねぇ。まったく、あの人には最初から最後まで振り回されっぱなしでした」

 

「あ、あはは……元気な方だったんですね」

 

「えぇ本当に。ですが、あの人ほど探掘家らしい人もまた、いないと思いますよ」

 

 

 黎明卿は探掘家というより、研究者や学者と言った面が強い。

 あらゆる手段で道を拓き(伝統も矜持も踏みにじり)、それを元手にさらに先へ(夜明けをもたらす)

 百の犠牲の元、万金を得る。

 そんなやり方はお世辞にも褒められたものではありませんが、彼の行いは間違いなく探掘家の歴史に載るでしょう。いい意味でも悪い意味でも。

 

 その点、殲滅卿は清々しい。

 未知の景色に胸をときめかせ、その目で見ずにはいられない。

 まだ見ぬ未来に心を煌めかせ、前に進まずにはいられない。

 苦難を前に期待を寄せ、どんな困難も乗り越えずにはいられない。

 そんな探掘家魂をその身で体現したような、尊敬に値する方でした。

 

 えてして白笛のやることというのはどれもこれも前代未聞ですが、何を考えてるかわかりやすいライザさんの方がずっと好感が持てる。

 黎明卿はあの仮面の下で何を考えているのか、きっと俺が理解する日は来ないでしょう。

 というか理解したくありません。なんなんですか人の遺物勝手に弄り回して、その挙句名付けまでしてくれちゃって。俺の主武装なんですよ?「これは遺物目録にありません、ですのでこういうのはどうでしょう」じゃないんですよ。ああもうっ、思い出すだけで寒気が……!

 

 

「ゲンヴラさんのお顔の皺が……あわわ……!」

 

「す、すみません!仕分けを続けましょうか」

 

 

 いけません。物思いにふけるて手が止まるどころか、マルルクさんの手も止めてしまっていました。

 怯えるマルルクさんもかわいい……じゃなくて、まずは仕事をこなさなくては!

 

 

「戻ったぜー。おっ、そうかもう定期便の時期か」

 

「シムレドさん、イェルメ!ちょうどよかった、手伝っていきませんか?」

 

 

 背が高く、目つきがちょっと悪いけどりりしい顔つきのシムレドさん。

 やや幼げで、手癖と酒癖は悪いですが手先の器用さはピカイチなイェルメさん。

 普段はザポ爺さんもいるのですが、今日はいらっしゃらないみたいですね。

 

 

「おうよ。さーて、なんかおもしれぇ話はあるかねっと」

 

「前から思ってたけどなんで俺だけ呼び捨てなの?」

 

「自分の胸に聞けよ」

 

「口調まで違うじゃんかよぉ!」

 

 

 俺は決めているんです、こいつにだけは敬語を使わないと。

 部屋の片づけで出てきたものを見てから、俺はそう決めたんです。

 

 

「だからーっ!あれは事故だってっ!ノーカン!ノーカン!つか、机の上に並べんのはおまっ……それこそダメだろっ!?」

 

「知るかよ。見つけたマルルクさんとあれの処分を任せられたシムレドさんの気持ちも考えてくれ」

 

「いやぁ、俺は別にいいんだけどよ」

 

「うひゃあぁうぅ……!」

 

 

 探掘家からすれば『探掘』そのものが趣味と実益と生計を兼ねているから関心が薄れがちだが、オースには娯楽と呼べるものが確かに少ない。

 だからでしょうか、オースでは芸術作品の需要がとても大きい。

 

 つまりエロイラストの需要は無くならない。

 そう、この男はその手の絵を大量に部屋に飾っている。

 可愛い女の子が触手に絡めとられている絵も飾っている。

 飾っていない物もそこら中に散らばっている。

 

 

「けっ、兄貴面しやがってよ。しょうがねぇじゃん、生きがいなんだから」

 

「開き直り方がいっそ清々しいな」

 

「シムレドさんもですよ。虫が湧いてた服は全て処分しました」

 

「……マジで?」

 

「マジです。クロビカリまで沸いてたんですからね」

 

 

 シムレドさんはかなりショックだったらしく、どんよりとしてしまった。

 クロビカリは不衛生な場所に多く、群れて生息する。

 つまりそういうことだ。

 

 

「二人とも、長期探掘に出る前はもう少し掃除して下さい。はっきり言ってヤバいです」

 

「「はーい」」

 

「はいは伸ばさない!」

 

 

 ワハハと笑う二人に、吊られて笑うマルルクさん。

 おかしいな、今俺二人を叱ってたはずなんですけど。

 なんとも、おかしくって俺まで笑ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「入らなくてよろしいので?」

 

「私がいちゃ楽しめるものも楽しめないだろ。それくらい気を利かせてやるさ」

 

 

 こうして監視基地の一日は賑やかに過ぎていく。

 穏やかに、緩やかに、優しい時間となり、アビスはそれすらも受け入れる。

 




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