とある技師と神姫の物語   作:グレイ雪風

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chapter13

 

 アイザック達は、もうすぐコロニーと共に宇宙の塵と化す採掘艦USG石村から脱出する為にトラムに乗って採掘デッキを離れ、ブリッジへ移動していた。

 穂波の情報によれば、コロニーの反応炉の爆発までのタイムリミットはおよそ20分らしい。それまでには石村から離脱しなければならない。

 同時に、離脱する際に自身と石村との距離がある程度離れていなければ、コロニーの爆発に巻き込まれる恐れがある。

 彼らはトラムの中で時間を気にしつつ、ブリッジに到着するのを待っていた。

「マスター、本当に大丈夫なのですか?」

 アイザックの肩に乗っているルナが、不安そうな表情で訊いてきた。

「ああ、どうやら今は小惑星の嵐もやんでいるようだから、脱出するには丁度良い。このまま上手く行けば、時間にかなり余裕を持って脱出出来るかもしれない。」

 アイザックは口ではそう言ったものの、内心ではかなり不安を抱えていた。

 こういう時は大抵、何かが起こる。

 上手くいったと安堵したところで、何かしらのハプニングが発生する。これまでもそうだった。

 事実、全く上手くいったことなど殆どないに等しい。

 出発から約5分後、トラムがブリッジに到着し、アイザック達はハッチが開くと同時に素早く車両から降りてプラットフォームの左側にある扉の奥へ走った。

 中に入って通路を右に曲がった先にSTOREがあり、彼らは念のためにそこで弾薬やアイテムを補充し、左側にある大型の扉を開いてブリッジに入ると、中央にあるエレベーターに乗って3階へ昇った。

 しばらくしてエレベーターの扉が開き、再び周囲がビニールで包まれた空間が広がった。

 部屋の中と左に続く通路の壁にあるアイテムボックスから合計4000creditとヘルスパックを2つに、パワーノードを1つ入手した。

 通路の先には2つの扉があり、その間には何やら制御パネルがあった。

 アイザック達は左側の扉の奥へと進み、その先にあるエレベーターで最上階へ昇った。

「これでようやく、この地獄ともおさらばだな。」

「油断するなよ神宮司。一瞬の気の緩みが命取りになるんだからな。」

 一安心している神宮司に、アイザックが注意した。

 大きな脅威が去った後には、また何かが起こる。彼の感がそう語っていた。

 しばらくしてエレベーターが最上階に到着し、アイザック達は左に続く通路を進むとエアロックの前にたどり着いた。

 アイザックは、神宮司にヘルメットの確認を済ませると、隔壁を開いてエアロックの中へ進んでいった。

 神宮司が彼の後に続いてエアロックに入り、隔壁が自動で閉まると、アイザックは宇宙空間へつながる前方の隔壁を開いた。

<Entering vacuum.>

 そのアナウンスと共に、エアロック内の空気が宇宙空間へと吸い出された。

 吸着靴の無いルナとアトラは宇宙空間に放り出されないように主の身体に必死でしがみついた。

<Entering zero gravity.>

 アイザックは、宇宙空間に出る前にもう一度周囲を確認した。

 小惑星の嵐は情報通り治まっており、Markerが停止している為ネクロモーフの姿も無かった。

 このまま飛び出しても大丈夫と判断したアイザックが、神宮司に手で合図を出そうとしたときだった。

 突然、足場が大きく揺れ始めたのだ。

「何だ!?」

 神宮司とアイザックは、足が接地面から離れないように足場を固め、辺りを見回した。

 地響きが少しの間続いた後、壁の向こうから巨大な蟹のような怪物が現れた。

 丸い胴体から4本の触手のような脚が生えており、先端には蠍の毒針のようなものが生えていた。

 背中からは茶色い細長い触手が幾多も蠢いていた。

 アイザックですら見たことがない種類だったが、その姿はどことなくタウ・ヴォランティスで遭遇したThe Spiderに似ていた。

「何なんだコイツは!?」

 神宮司が叫んだ直後、怪物が前脚を腕のように構えて何やら左腕の棘の部分をくねらせた。

「神宮司!」

 アイザックは、咄嗟に神宮司を突き飛ばした。

 その直後、怪物の左腕の棘が先ほどまで神宮司が居た場所に高速で突き刺さった。

「すまない、アイザック。助かった・・・」

 神宮司は、アイザックに礼を言った。

 あと一歩遅れていたら間違いなくあの棘に串刺しにされていただろう。

「来るぞ!」

 アイザックがそう叫んだと同時に、2人はそれぞれ反対方向へ散開した。

 そして、彼らがいた場所に怪物の棘が刺さった。

 2人は体勢を整えると同時に、アイザックはパルスライフル、神宮司は惑星警察制式拳銃で攻撃を開始したが、怪物の殻は予想以上に硬く、全くと言って良いほど歯が立たなかった。

「クソッ、何て硬さだ・・・」

「どうするんだアイザック!?これじゃ全弾撃ち尽くしても、アイツの殻を壊しきれないぞ!」

 神宮司は無線を通してアイザックに問う。

 だが、彼らがそうしている間に怪物はまた両腕をくねらせ、攻撃態勢に入った。

 2人は回避行動を取ろうとしたが、その時アトラが神宮司の身体から手が離れてしまった。

「アトラ!」

 神宮司はその事に気づくと、慌ててアトラを回収しに戻った。

「っ!?神宮司!」

 アイザックは、アトラを回収する神宮司とその2人に迫る怪物の棘を見て叫んだ。

 神宮司はスラスターを噴かして間一髪、怪物の棘を避けた。

「大丈夫か、アトラ!?」

 神宮司は、すぐに手のひらにいるアトラの身を案じた。

 アトラはぐったりしており、顔色も悪かった。

「す、すみません・・・マスター・・・。私・・・もう、エネルギー・・・が・・・」

「何だって!?」

 神宮司は、それを訊いてこれまでのことを思い返した。

 コロニーから脱出するときも、石村で探索しているときもずっと戦闘続きで、ルナは一度その場にあった設備である程度充電していたが、その時アトラは充電していなかった。

 何よりあの時は、ADSの故障で一刻も早く復旧させなければこちらの人命に関わる状況だったため、そこまで気を配れなかったと同時に、そんなことをしている余裕もなかった。

「おい、どうしたんだ!?」

 アイザックもアトラの異変に気づいて神宮司の元へ駆け寄る。

「バッテリー切れだ。ルナはともかく、アトラはこれまでずっと充電していなかったからな・・・」

「バッテリー切れだって!?・・・まずいな。」

 アイザックは、状況を把握して首を傾げた。

 今から充電設備を探し出している暇などなく、仮に時間があったとしても怪物が石村の破壊活動を始める可能性が高く、どちらにしてもアトラを充電することは極めて困難だった。

 だが、怪物は彼らにそのようなことを考える時間など与えてはくれなかった。

 怪物はそうしているうちにも再び攻撃態勢に移っていた。

「っ!」

 2人は自らの神姫を抱えながら怪物の棘を紙一重で回避した。

 このままでは、まだバッテリーが残っていると思われるルナを連れたアイザックはともかく、エネルギー切れでもはやまともに動けないアトラを抱えながら神宮司が戦闘を継続するのは難しかった。

 惑星警察制式拳銃なら片手でも撃つことは不可能ではないが、リロードする際にどうしても両手が必要になる。

「ルナ。君のバッテリーはあとどれくらい残っている?」

 神宮司がルナに訊く。

「え?・・・は、はい。あと30%ですが・・・」

「充分だ。アトラ、お前の飛行ユニットをルナに渡すんだ。」

「?・・・わ、わかりました。」

 アトラは、神宮司の意図が分からずにいたが、主の言葉を信じて、言われるがままに飛行ユニットを切り離し、それをルナに渡した。

「ルナ、飛行ユニットを取り付けたら、アトラを抱えて万が一ヤツが君たちを襲ってきたときに回避できるようにしておいてくれ。」

 その時、ルナはようやく神宮司の意図を理解し、彼からアトラを受け取った。

 アイザックや神宮司としては、本来はそのままこの領域から離脱する方が望ましいのだが、またいつ小惑星帯が襲ってくるかわからないどころか、離脱した瞬間怪物が2人を狙う可能性が高かった。

 それに、まだ2人は宇宙での戦闘に慣れておらず、動けないアトラを抱えながら戦うのは危険な上にルナもエネルギーがそれほど残っていない。

 仮に石村から離脱できたとしても、カーヴァーや穂波の待つシャトルまでエネルギーが保つかわからない。

 その事を考えれば、まだエネルギーが残っているルナにアトラを任せて、万が一攻撃が2人に向いたときに回避できるようにして貰った方がまだ安心だった。

 だが、当然怪物の攻撃を神姫の機動性で避けきれる保証は無いため、怪物の意識が2人に向かないようにこちらで引きつけなければならない。

 2人を失うようなことはアイザックや神宮司としてはなんとしても避けたい。

 ルナがアトラを抱えて怪物から距離を取ると、アイザックはパルスライフルを、神宮司は惑星警察制式拳銃を怪物に再び向けた。

「さあ来い、化け物め。」

 神宮司は、怪物に向かってそう呟く。

 すると、まるでそれに応えるかのように触手の棘が2人を襲った。

 2人はギリギリのところで攻撃を回避し、怪物に再び攻撃を開始した。

 しかし、2人の攻撃に対して怪物の殻はビクともせず、このままでは弾薬が尽きるのも時間の問題だった。

 せめてあの棘だけでもどうにかできれば───神宮司がそう考えていたときだった。

 怪物が突然、アイザックの攻撃に怯みを見せた。

「神宮司、触手の裏側にある黄色い部分を狙え!そこからならダメージを与えられるようだ!」

 神宮司はアイザックに言われたとおりに、怪物の触手の棘の根本の裏側にある黄色い部分を狙って撃った。

 棘の裏側はほんの僅かしか見えていなかったため非常に当てにくかったが、自慢の射撃の腕でどうにか当てて見せた。

 すると、今までビクともしなかった怪物が呻き声を上げて怯んだ。

「良いぞ!確実にダメージを与えられている!」

 2人はこの調子で黄色い部分を集中的に狙って攻撃し、少しずつだが怪物にダメージを与えていった。

 それから何十発当てた頃か、怪物が左右の棘を足場に突き刺し、胴体の口のような部分を開けると、中から何やらオレンジ色の球体が5つ並んだ臓器のようなものを出してきた。

 アイザックと神宮司はそれも怪物の弱点の1つと見て、その球体を一斉に攻撃した。

 弾丸が球体に命中すると、オレンジ色から乾いた血のような色に変色し、夥しい血を撒き散らしながら破裂した。

 2人掛かりで分担して攻撃したため(アイザックは複数を一気に攻撃できるようにパルスライフルからラインガンに持ち替えた)、球体を4つ一気に破壊することができた。

 ところが、破裂した球体の中からLeaperが複数現れ、アイザック達に襲いかかってきた。

 2人は透かさずLeaperの掃討を開始した。

 早くしなければまたいつ怪物が攻撃してくるかわからない。

 アイザックは、Leaperを掃討する中、頭の中である1つの疑問を抱いていた。

 何故、ネクロモーフがまだ動いているのか───?

 確かにあの時、神宮司の手によってMarkerは破壊された筈だった。

 精神的にも、物理的にも。

 だがもし、Markerがまだ生きているのだとすれば───あるいは、石村のどこかにMarkerがもう1つあるのだとしたら───

 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。

 今は、目の前の敵を倒さなければならない。

 もうじきここはコロニーと共に爆発するのだ。

 時間もあと10分を切っていた。

 真実を確認している時間など残されてはいなかった。

 それに、仮にまだMarkerが石村のどこかに残っているのだとしても、コロニーがこの石村ごと爆発するのであれば丁度良かった。

 コロニーの反応炉の爆発には幾らMarkerでも耐えられない。

 これによって人類の住処が1つ失われることになるので、アイザックとしても本望ではなかったが、もはや暴走したコロニーの反応炉を止める方法など無かった。

 今は一刻も早く目の前の怪物を倒し、この石村から安全圏まで離脱しなければならない。

 そんなことを頭の中で考えながらLeaperを掃討していると、周辺が急に暗くなった。

「!?・・・神宮司、上だ!」

 何が起きたのかいち早く察したアイザックは、神宮司に伝えて素早く影から逃れた。

 影が映った場所に怪物の触手が勢いよく落下し、残っていたLeaperを踏みつぶしてしまった。

 怪物は残った球体を体内へ引っ込めると、今度は口のような部分から長い唇のようなものを出し、それで神宮司を上から覆い被せ、そのまま飲み込んでしまった。

「神宮司っ!」

「神宮司さん!」

「マスター!」

 アイザックとルナ、そしてアトラが叫んだ。

 だが、彼から応答はなく、そのまま少しずつ怪物の体内へ向かって飲み込まれていった。

 

 

 

 

 神宮司は、怪物が伸ばしてきた長い唇に抵抗する間もなく捕まり、そのまま体内へ向かって飲み込まれていた。

 唇の中は非常に狭く、身動きが殆ど取れない状態だった。

 しかも、何やら誰かの声のようなものもボソボソと聞こえてきた。

 唇の内側の表面は粘液で非常にヌルヌルしており、手足などを使って体内への進行を妨害することもできなかった。

 このままでは、あと1分も掛からないうちに怪物の体内へ到達するだろう。

(俺は死ぬのか・・・?こんなところで───)

 神宮司が死を覚悟していた、その時だった。

 奥で、黄色い光が見えた。

 それは、まるで何かが弾けたかのようだった。

 その直後、今度は先ほど黄色い光が見えた場所より手前の位置に黄色く光る物体が表面から膨らんできた。そして、ある程度の大きさまで膨らむと、黄色い液体を散らしながら爆発した。

 神宮司はそれを見て、もしかしたらそこから直接ダメージを与えられるかもしれないと思った。

 上手くいけば、体内に到達する前に怪物に吐き出させて脱出することも不可能ではないだろう。

 神宮司は、右手の惑星警察制式拳銃の銃口を奥で膨らむ黄色い物体に向け、発砲した。

 黄色い物体は液体を撒き散らして爆発し、それと同時に唇の中が大きく揺れた。

 黄色い物体が自然爆発した際には無かった現象だった。

 確実にダメージを怪物に与えているのは間違いなかった。

 神宮司は次々に黄色い物体を撃ち続け、6個程破壊した瞬間、唇の中が先ほどより大きく揺れたかと思うと、奥から流れてきた黄色い液体と一緒に外へ放り出されてしまった。

「神宮司!」

「神宮司さん!」

「マスター!」

 怪物の唇の中から投げ出された神宮司を見て、アイザック達は彼の身を案じた。

 神宮司は直ぐにスラスターを吹かして姿勢を制御し、回転する身体を安定させた。

「大丈夫か、神宮司!?」

「ああ、何とかな・・・」

 アイザックが神宮司の無事を確認しているうちに、怪物は長い唇を引っ込め、先ほど破壊し損ねた残りのオレンジ色の球体を出してきた。

 それを透かさず神宮司が破壊すると、球体が付いていた根元部分に黄色く光るものが見えた。

「神宮司、そいつが恐らくヤツの弱点だ!俺がアイツの相手をしているうちに止めを刺すんだ!」

 アイザックは、球体から出てきたLeaperにパルスライフルを向けながら神宮司に叫んだ。

 神宮司は、惑星警察制式拳銃からシーカーライフルに持ち替えると、銃口を怪物の弱点と思われる黄色い部分に向け、スコープを覗いた。

 怪物は蓄積したダメージで大分弱っているのかぐったりしており、動く気配がなかった。

 だが、またいつ怪物が動き出すか分からない。

 少なくとも、弱点部分が発光していることや、人間が息切れを起こした時のような動作を僅かながらしているため、まだ生きているのは明らかだった。

 それに、コロニーの反応炉の爆発までのタイムリミットもあと僅かだった。

 神宮司は、怪物の口から飛び出している臓器の根元部分にある黄色い部分に照準を合わせ、これで怪物がくたばることを祈りつつ、シーカーライフルの引き金を引いた。

 銃口から放たれた弾丸が弱点部分に命中し、黄色い液体を散らした。

 神宮司はさらに撃ち続け、7発程命中した瞬間、怪物が突然動きだした。

 口から出していた臓器を体内に戻し、地面に突き刺していた棘を引き抜いたかと思うと、アイザック達に反撃することなく壁の向こう側へ消えていった。

「やった、のか・・・?」

 神宮司が構えていたシーカーライフルを降ろしながら言う。

「さあな・・・退いてくれたってことは、ヤツもそれだけダメージを受けたという事だろうな。」

 アイザックも怪物から出てきたLeaperを退治し、神宮司の元へ駆け寄る。

 神宮司はふと、周囲を見渡してルナとアトラを探した。

 後方の約5m程離れた先に、アトラを抱えたルナが何やら彼女と話していた。

 怪物を見事駆逐した我が主の事で盛り上がっていたのかと思ったが、よく見ると2人とも非常に深刻な表情でかなり慌てている様子だった。

 2人のことが気になった神宮司は、直ぐに通信を入れた。

「どうしたんだ2人共、何かあったのか?」

「マ、マスター、大変です!今、穂波さんから───」

 アトラがそこまで話した時だった。

 突然、大きな地響きがアイザック達を襲った。

 見ると、コロニーの奥が妙に明るく、それに加えて点滅しているようだった。

 それを見た瞬間、ルナとアトラが 何に慌てていたのかを理解した。

 反応炉が暴発し、コロニーの崩壊が始まったのだ。

 神宮司は時間を見た。

 爆発までのタイムリミットは、まだ3分程残っていた。

 しかし、これはあくまで目安に過ぎない。

 実際に爆発するタイミングが数秒、あるいは数分遅れることもあれば、早まる場合もある。

 今回は、どうやら予測より早く反応炉が爆発してしまったようだった。

 何にしても、反応炉が爆発したとなれば、のんびりしている余裕はなかった。

 もうすぐこのUSG石村もコロニーの爆発に巻き込まれ、宇宙の塵となってしまう。

「2人とも早く来いっ!脱出するぞ!」

 アイザックも事態を察し、遠くにいるルナとアトラに呼びかけた。

 ルナは、直ぐに背中のスラスターを最大出力で吹かしてアイザックと神宮司の元へ急いだ。

 飛んできた2人を神宮司が受け止めると、アイザックは彼からルナを受け取らずそのまま宇宙へ飛び出した。

 神宮司も彼に続いてスラスターを吹かし、石村から離脱した。

「神宮司、スラスターを最大出力にするんだ!推進剤を使い切るつもりで吹かせ!ルナとアトラを絶対に離すなよ!」

「分かってる!」

 アイザックは神宮司の方を向かず、カーヴァーと穂波達が待つシャトルを探した。

 正直なところ、スーツのスラスターではコロニーの爆発から逃れることはほぼ不可能だった。

 仮に爆発から逃れたとしても、コロニー及び石村の破片が爆発の余波で超高速で4人に襲ってくるだろう。

 それをスーツの機動性で避けきるのも不可能に近い。

 だが、それでもアイザックは諦めなかった。

 否、諦めるわけにはいかなかった。

 シャトルには、アイザックと神宮司の帰りを待つ仲間がいる。

 地球には、羽鳥小夜という神宮司のかつての相棒の義理の娘が、唯一の身寄りである彼の帰りを待っている。

 そして何より、今神宮司の手元にいるルナとアトラを死なせるわけにはいかない。

 それに、アイザックと神宮司には、もう1人頼れる相棒がいた。

 そう、今着用しているRIGスーツだ。

 これまでアイザックが着用してきたスーツ達は、理論上では不可能とされることをやってのけてきた。

 本来できるはずのない大気圏内での飛行、太陽光発電アレイからコロニーの政府区画へ急降下して施設内への着地、エリーの待つガンシップへの並列飛行などを成功させ、彼を生還させてきた。

 今は、このスーツに賭けるしかなかった。

 アイザックは、コロニーの方を見た。

 コロニーは、反応炉がある後方部から爆発し、石村がドッキングしているエアロックに向けて次々に爆発を始めていた。

 間もなく石村も巻き込まれるだろう。

 あの怪物も追ってくる気配は無かった。

 アイザックはそれだけ確認すると、再び進行方向を見た。

 その時だった。

 進行方向に、青白い小さな光が1つ見えた。

 それは次第に大きくなっていき、その光がこちらに近づいていることがわかった。

 シャトルだった。

 アイザックと神宮司の横を通り過ぎ、大きく旋回してこちらに戻ってくる。

 側面には警察のマークがあり、カーヴァー達が乗っているシャトルであることに間違いなかった。

 だが、カーヴァー達には先に安全圏まで退避するように言っていた筈だった。

 アイザック達がなかなか戻ってこないことに痺れを切らして、迎えに来たのだろうか。

 あるいは、彼らの状況を察したというのか。

 どちらにしても、今はそんなことを考えている暇も、カーヴァー達に訊く暇も無かった。

 今は一刻も早くシャトルへ向かわなければ───

 

 

 

 シャトルの操縦室には、機長席にカーヴァー、副長席に穂波が収まっており、操縦はカーヴァーが担当していた。

 穂波は、窓から見える視界とレーダーの交互を見ながらアイザックと神宮司を探していた。

 事の始まりは、通信終了から10分以上経過してもアイザック達から何の連絡も無かったことだった。

 Markerが機能を停止したことによって、ネクロモーフは全て動かなくなり、彼らの行く手を阻む者は居ないはずだからだ。

 本来なら直ぐにエアロックから飛び出してコロニーと石村の双方から既に数キロメートルも離れ、彼らから連絡が来ると同時にレーダーあるいは視界で発見できてもおかしくはなかった。

 アイザック達の身を案じて7分前から通信を試みたのだが、4人とも通信には出ず、シャトルの周辺を飛行している様子もなかった。

 しかも、コロニーが予測より早く爆発してしまった。

 その直後、ようやくアイザックの神姫のルナと通信が繋がり、コロニーの爆発のことを伝えたが、今から脱出してもスーツのスラスターでコロニー及び石村の爆発から逃げ切るのは不可能だった。

 そんな彼らを救出すべく、カーヴァーの意見もあってシャトルで直接迎えに出ることになったのだが、一向に4人は見つからなかった。

 まさか、もう警部達は───

 穂波がそう思った時だった。

 レーダーが2つの生命反応をキャッチしたのだ。

 画面の端に水色の点が2つ表示され、ゆっくりだがこちらに向かっていた。

「か、カーヴァー軍曹!見つけました!警部達です!」

「何っ、本当か!?」

 穂波はすぐさま操縦席のカーヴァーに伝え、彼はそれを訊くと穂波の指示した方向へシャトルを急旋回させた。

 小惑星やデブリなどを巧みに避け、アイザック達の方へと急いだ。

 次第に彼らの姿が目視で確認できる距離まで到達した。

 アイザックの方は手ぶらだったが、神宮司は何かを両手で抱えていた。

 2体の神姫だった。

 1体はアイザックの神姫のルナで、もう1体は神宮司の長きに渡る相棒のアトラだ。

 カーヴァーは、2人の状態を確認すると、次にコロニーの方を見た。

 コロニーは既に半分が爆発で崩壊しており、直に石村も爆発し、こちらにも爆炎と大量のデブリが襲ってくるだろう。

 シャトルを停滞させる時間がないと判断したカーヴァーは、アイザック達の横を通り過ぎ、その先でUターンさせて彼らと同じ進行方向へ機体を向けると、コントロールを助手席側に回して席から立ち上がった。

「ちょっ・・・カーヴァー軍曹、どちらへ!?」

 穂波は、操縦席から離れたカーヴァーを慌てて呼び止める。

「2人を回収しに行く。アイツ等だって全速力で飛んでる筈だ、スラスターの推進剤がいつまで保つか分からない。操縦は任せたぞ!」

「そ、そんな!私にはこんなデブリの中を操縦するなんて・・・」

「甘ったれたことを言うな!このシャトルには生存者も乗せてるんだぞ!」

 カーヴァーはそれだけ言うと、時間が無いからか、まだ何か言いたげではあったが直ぐに操縦室から出て行った。

 穂波は、まだ頭の中が不安でいっぱいだったものの、ここでデブリなどに衝突してシャトルが大破するようなことがあれば、自分のみならず、アイザック達や生存者達までも死ぬことになる。

 カーヴァーは、アイザック達のシャトル乗船の手助けをする為に後部ハッチへ向かわなければならないため、操縦はどちらにしても穂波が行わざるを得ない。

 宇宙服としての機能も兼ねたRIGスーツを着ているカーヴァーに対し、穂波が着ているのは何の生命維持機能もないビジネススーツだった。

 しかも、このシャトルには本来あるはずの船外活動用の宇宙服が備え付けられていなかった為、カーヴァー以外にアイザック達の回収は不可能なのだ。

 穂波は目を瞑って一度だけ大きく深呼吸し、覚悟を決めると目を開くと同時に操縦桿を握ってシャトルの制御を行った。

 一方カーヴァーは、操縦席を出てから客室内通路を一気に走り抜け、格納庫へ入った。

 そこには客室の座席に座りきれなかった生存者達がいた。

 その内の何人かはけが人で、医療班や医療知識を持つ者が治療を行っていた。

 生存者が連れていた神姫達も協力しており、その中にカーヴァーの神姫のベレッタも含まれていた。

 協力者の中には、見覚えのある人物がいた。

 市街地でアイザックに助けられ、友を失いながらも高校生で唯一生き残った少女、高島ユミだった。

 ネクロモーフとの戦闘で破壊されたと思われていた、アルトレーネ型の神姫のアルトと再会できたことで立ち直れたのか、今は元気を取り戻してけが人の治療にあたっていた。

 武装車両に乗っていた時から大きく乱れていた髪も、シニヨンの向きや余り毛の位置が変わってはいたがちゃんと結わえ直されていた。

 後部ハッチへ向かうカーヴァーに気づいたユミが、髪を激しく揺らしながら慌てて彼の元へ駆け寄った。

「カーヴァーさん、どこへ?」

「アイザック達の回収へ行く。スラスターの推進剤がいつまで保つか分からんし、シャトルに乗るには手助けが要るだろうからな。」

 カーヴァーは、後部ハッチの扉にあるパネルを操作する。

「それなら私も手伝います!コロニーではアイザックさんに命を助けて貰いましたし、今度は───」

「駄目だ。宇宙服も着てないのに宇宙空間に出て見ろ、即死だぞ?」

「そんな・・・」

「それに、お前にはお前のやるべき事があるだろ?」

 カーヴァーはユミにそれだけ言うと、扉を開いて後部ハッチへ入っていった。

 ユミは、扉が閉じるまで彼の背中を見届けていたが、直ぐに気持ちを切り替えて次のけが人の治療へ向かうのだった。

 後部ハッチにたどり着いたカーヴァーは、後方の扉が完全にしまっていることを確認し、壁の操作盤を操作して後部ハッチを開いた。

 室内の空気が一気に外へ吸い出され、カーヴァーは身体が床から離れる前に吸着靴をONにした。

 視界の先には、一生懸命シャトルに掴まろうとスラスター全開で飛ぶアイザックと神宮司の姿があった。

 カーヴァーは透かさず入り口の端まで移動し、左手で手すりに掴まると、2人に手を伸ばした。

「掴まれ!」

 アイザックは差し出された手を何とか掴もうと試行錯誤したが、なかなか2人の手は触れることすらできないでいた。

 そうしている間に、突然神宮司のスーツのスラスターの出力が低下し始めた。

 推進剤がもう残り少ないのだ。

「お、おい!嘘だろ!?」

 神宮司は慌ててスラスターの出力を上げようとしたが、速度は一向に上がらなかった。

 それどころかどんどん速度が低下し、アイザックから離れていった。

「神宮司!」

 アイザックは、慌てて神宮司に手を伸ばした。

 だが、届かない。

 ここで速度を下げれば、間違いなくシャトルには追いつけなくなる。

 アイザックのスーツの推進剤も、もうそれほど残ってはいなかった。

 しかし、神宮司の手元には、アイザックの神姫のルナと、神宮司の神姫のアトラがいる。

 彼を失えば、同時に2体の神姫の命も同時に奪われることになる。

 大切な仲間を3人も同時に失ってしまうのだ。

 もう彼らには、どうすることもできなかった。

 少しずつシャトルから離れていく神宮司は、瞳を閉じて今度こそ死を覚悟した。

 そして、アトラのみならず、ルナまで道連れにしてしまったことを悔やんだ。

 ところが、速度の低下が突然止まった。

 何が起きたのかと、神宮司があちこちを見回した。

 周辺に特に変化はない。

 ただ、減速が止まって一定の速度のままシャトルの方へ進んでいた。

 神宮司はふと、手元を見た。

 そこには、必死に背中の飛行ユニットのスラスターを吹かしているルナの姿があった。

 エネルギーもそれほど残っていないにも関わらず、これ以上速度を落とさせまいと全力を振り絞っていた。

 そんなルナの懸命な行動によって、奇跡的に速度の低下が止まり、同じ速度を維持していた。

 だが、ルナだけでなく神宮司のスーツの推進剤の残りが少ないことには変わりはなかった。

 この現状を長く維持することはできない。

「穂波、速度を落とせ!アイザックと神宮司に手が届くまでだ!それ以上は落とすなよ!正面のデブリにも気をつけろ!」

 カーヴァーは、すぐさま穂波に連絡を入れた。

≪難しい要望を!≫

 穂波がそう言った直後、シャトルが急減速して機体が大きく揺れた。

 その影響で、後部ハッチにいるカーヴァー、そして、シャトルの中にいる生存者全員が強い衝撃に襲われた。

「あの馬鹿、俺を振り落とすつもりかっ!」

 カーヴァーが穂波に対して文句を垂れる。

 事実、もう少しで船外へ放り出されるところだった。

 アイザックの方は、自ら神宮司の近くまで減速し、あと少しで彼に手が届くところだった。

「踏ん張れ2人とも、あと少しだ!」

 カーヴァーも、必死に彼らへ手を伸ばした。

 アイザックは、両手が塞がっている神宮司の二の腕を何とか掴み、その状態でシャトルに向かってスラスターを最大出力にした。

 シャトルの方も、アイザック達を回収するために減速したものの、落とせる速度にも限度があり、安全に搭乗できる速度までは落とせなかった。

 それに、アイザックのスーツの推進剤ももうすぐ尽きる頃だった。

 今、搭乗に失敗すればもうシャトルに乗るチャンスはない。

 これが、ラストチャンスだ。

 神宮司とルナも、スラスターの出力は決して緩めず、全開のままだった。

 カーヴァーは、身を乗り出して必死にアイザック達へ手を伸ばした。

 アイザックの手がカーヴァーの手と交わろうとした瞬間、ついにスラスターの推進剤が底を尽きた。

 神宮司も推進剤が切れたらしく、噴射口から炎が出ていなかった。

 ルナの方はまだスラスターを吹かしていたが、出力が低下している上、神姫だけで2人の重量を支えるのは不可能だった。

 3人は力無くシャトルから遠ざかり始めたが、カーヴァーは、今度こそその手を掴むと言わんばかりに、アイザックの手が完全に離れる前にその手を掴んで見せた。

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 カーヴァーは、声を上げながらアイザック達をシャトル内へ引っ張り込んだ。

 カーヴァーを含めた3人は、勢いよく後部ハッチ内へ転がり込んだ。

「ハッチを閉じろ、早く!」

 カーヴァーはいち早く立ち上がり、格納庫への扉へと急いだ。

 シャトルのことをこの3人の中で一番知っている神宮司が直ぐに操作盤へ駆け寄り、後部ハッチを閉じ始めた。

「お前は!?」

 アイザックは、格納庫の扉に入ろうとするカーヴァーに問う。

「操縦室へ戻る。穂波じゃこの領域を高速で離脱するのは無理だろうからな。」

 カーヴァーは、それだけ言って格納庫の奥へと駆けていった。

 アイザックは、カーヴァーの姿を見届けた後、閉じてゆく後部ハッチの方を向いた。

 ハッチが完全に閉じる寸前、その隙間からついにUSG石村がコロニーと共に粉々に爆発する光景が見えた。

「(やっと、終わったんだな・・・)」

 アイザックは、今度こそ地獄とも言える因縁の艦から───人生を大きく狂わせたMarkerからようやく解放されたことに、安堵するのだった。

 穂波の未熟な操縦によって船体が大きく揺れる中、カーヴァーは先ほどよりも早足で格納庫と客室内通路を抜け、操縦室の扉を音を立てて開いた。

「か、カーヴァー軍曹!?」

 先ほどまでシャトルの操縦に集中していた穂波は、扉の音に驚き、思わずそちらの方に振り向いた。

「代わってくれ、ここから一気に離脱するぞ!」

 カーヴァーが機長席に収まり、コントロールを副長席から機長席側に戻した。

「全員、何かに掴まってろ!」

 カーヴァーがアナウンスを通して乗員にそう伝えると、スロットルを全開にして小惑星帯の中を高速でくぐり抜けていった。

 第7コロニー“エデン”から唯一生還したアイザック達と僅かな生存者達を乗せたコロニー警察所有の4番シャトルは、後方から迫るコロニーと石村の破片や前方に立ちふさがる小惑星を避けつつ故郷の星地球へ向かって進むのだった。

 

 




 皆様、大変お待たせしました!
 本来は6月中に完成させて投稿するはずが、予定より3ヶ月も遅れてしまったことを深くお詫び申し上げます。
 この小説も残すはエピローグのみですので、あともう少しだけお付き合いください。
 投稿が遅れて本当に申し訳ありませんでした!
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