アイザック達を乗せた武装車両は、荒廃した街を抜け、国道を走っていた。
車内には、生き残った警察や特殊部隊の隊員、そして民間人が多数乗っていた。
アイザック達は、他の生存者と共に武装車両の貨物室の中にいた。アイザックとカーヴァーは武器の点検及び、弾薬の装填を行っていた。
「そう言えばカーヴァー、お前は何故、神宮司の所に?」
アイザックは武器を整備しながら訊いた。
「俺がこの世界に来たとき、神宮司に保護されたからだ。もっとも、話によればその時俺は神宮司のマンションの地下駐車場に倒れていたらしく、危うく俺は奴の車に轢き殺される所だったんだが・・・」
「そうだったのか。」
「そして、行く宛てが無かった俺を、神宮司が警察組織の特殊部隊へ推薦してくれたんだ。俺は入隊試験を無事に合格し、そこで実績も積んで、今や特殊部隊のエースと言われるほどになったよ。それに対し、神宮司の奴はよく仕事を抜け出して神姫バトルをしてるらしいがな。」
「ああ、俺も一度、その現場に出くわし、彼とバトルしたよ。」
アイザックは、初めて神宮司に出会った日を思い出す。
「確か、お前は裏路地であそこにいる4人に保護されたんだったな。運が良かったな。」
「そうでもないさ。確かに、彼女らに保護されたのは幸いだったが、俺の場合、お前が発見された地下駐車場の道路より人目がつきにくい場所だ。一歩間違ったら、俺はあのまま死んでいたかもしれないんだ。」
「フッ・・・どっちにしろ、命を落とす危険性はあったわけだ。お互い様だな。」
カーヴァーは微笑した。
「ああ、そうだな。」
アイザックはカーヴァーに微笑み返すと、ある一点に目を向けた。1人、壁際で体育座りをして両膝の間に顔を埋めているユミだった。
「気になるのか?彼女のこと。」
「ああ、薫が死んでからあんな状態だからな。」
「無理もないな、親戚や友人を失ったんだから。」
すると、アイザックはその場から立ち上がった。
「そっとして置いてやれ。今、お前が声をかけたって、彼女の心の傷を広げるだけだ。」
カーヴァーはアイザックがしようとしている事を察して呼び止めた。
「分かってる。ただ、薫が死んだのは、彼女のことをしっかり見ていなかった俺のせいでもあるんだ。せめて、彼女に謝っておきたいんだ。」
そう言ってアイザックはユミの元へ歩いていった。
「アイザック・・・」
カーヴァーは頭を抱えた。
「彼女が死んだのは、お前のせいでもなんでもない。こんな状況で生存者が居るだけでも奇跡と言えるくらいだ・・・」
「ユミ・・・」
アイザックが名前を呼ぶと、ユミは埋めていた顔を上げた。彼女は泣いていた。
「アイザックさん・・・」
「すまない、薫のことを守ってやれなくて。俺がもっとしっかり見ていれば、こんなことには・・・」
「違います!アイザックさんのせいなんかじゃ・・・」
ユミはかぶりを振った。
「気を使わなくて良いんだ・・・俺を恨んだって構わない。」
「・・・私が悪いんです。あの時、私が側に居ながら、薫のことをちゃんと見てなかった、私が・・・」
「ユミ・・・」
するとユミはまた顔を膝の間に埋めた。
「あの時だってそう、あの化け物に襲われた時、私は何もできなかった。その時、私はアルトに逃げてって言われて、ただ逃げることしかできなかった・・・薫を連れて逃げることしか。」
その時、アイザックはアルトレーネ型の神姫が居なかった理由を理解した。
ユミの神姫、アルトはマスターである彼女を逃がすために、1人ネクロモーフに立ち向かったのだ。少しでも彼女が逃げる時間を稼げるように、少しでも足止めが出来るように。
そして、恐らくアルトは犠牲になったのだろう。彼女の命と引き換えに。
アイザックには、ユミにかけてやれる言葉が無かった。
「どうしたんですか?」
振り返ると、そこには穂波がいた。
「いや、彼女に謝っておこうと思ってな。友人である薫を守ってやれなかったのは、俺の責任でもあるし。だが、本人は頑なに自分のせいだと言うんだ。自分のせいで薫やアルトが死んだんだと・・・」
「アルト?」
穂波はその名前に反応した。
「どうかしたのか?」
「アイザックさん。それって、アルトレーネ型の神姫の名前じゃないですか?」
「あ、ああ。話が正しければな・・・そうなんだろ?ユミ。」
アイザックはうずくまるユミに訊ねた。
「はい・・・」
ユミは小さな声でそう言った。
「その名前のアルトレーネ型、アイザックさんや警部達を探している途中で見つけたわよ!どうもマスターとはぐれた様子だったから回収したんだけど・・・」
「本当なのか!?」
「はい。今、ここに連れてきましょうか?」
「ああ、頼む!」
だが、穂波が連れてくる前にその神姫が現れた。
奥を見ると、アーンヴァル型の神姫がアルトレーネ型の神姫を引き連れながら何か周りに呼びかけていた。
「すみません!高島ユミさんはいらっしゃいませんか!?アルトさんが探しています!」
周りにそう呼びかけているのは、穂波の神姫のアニーだった。
「アニー!あなた、こんなところで何してるの!?」
穂波は2人に駆け寄った。
「ごめんなさい、穂波先輩。でも、この神姫さんが高島ユミという人に会いたがっていましたので・・・」
「もう、そんなこと、私に言ってくれればすぐ対処したのに・・・」
2人が話している間に、そのアルトレーネ型がユミを見つけると、直ぐにユミの元へ駆けていった。
「マスター・・・」
ユミはその神姫に声をかけられると、埋めていた顔を起こした。
「・・・アルト!?」
「はい、アルトです!あなたの神姫の。」
彼女は、ユミの神姫のアルトだった。
「アルト・・・無事だったのね。」
「はい。怪物との戦闘で、武装を失ってしまいましたが。」
「良いのよ、そんな物・・・そんな事より、アルトの方が一番・・・」
ユミはそこまで言うと、アルトを両手で抱え上げ、泣きながら軽く抱きしめた。
「ま、マスター!?どうしたのですか?そんなに私が居なくて寂しかったのですか?・・・あっ、マスター!髪が乱れてるのです!ほら、後ろ髪がボサボサなのです!」
ユミの後ろ髪は出会った時から少し乱れていた。大きくて少しルーズな感じになってしまうのは髪の長さと量の都合なのだが、それ以前にシニヨンの所々から髪の先端が引っ張り出されており、それ以外の部分からも細かく髪が跳ねていた。
「君、アルトって言ったね?後は任せたよ。」
そう言ってアイザックは穂波やアニーと共にその場をあとにした。
「あの方、確か昨日の大会で対戦した・・・」
アルトは立ち去っていくアイザックの後ろ姿を見ながらそう呟いた。
だが、直ぐに意識をユミの方へ戻した。
「ほら、マスター。私が結い直してあげますから、早く髪を解くのです!」
そう言ってアルトはユミの髪を整えにかかった。
その後アイザックは、穂波に頼まれて操縦席の見張りをすることになった。
見張ると言っても、車両のコントロールは自動で行っているため、操縦席及び助手席の人間は基本的に手を出す必要はなく、万が一の時に対応できるようにそこに待機しておくという内容だった。
操縦室に入ると、助手席に座っていた軍人が立ち上がり、アイザックと入れ替わりで操縦室から出て行った。
操縦席の方には、神宮司が座って何かを見ていた。
「アイザックか。」
神宮司はアイザックに気づいて振り返った。
「ああ、あんたの部下に頼まれてな。」
そう言ってアイザックは助手席に座った。
「穂波ちゃんのやつ、アイザックにも頼んだのか・・・」
神宮司はそう言って右手に持っている端末を見た。端末の画面にはどこかで撮った画像が表示されていた。
画像には、神宮司と穂波、それに2人の神姫のアトラとアニー、あと神宮司の近くに10代から20代くらいの髪の長い少女が映っていた。場所は、見たところ空港のようだ。
「娘さんか?」
アイザックが神宮司の端末の画面を見ながら訊いた。
「いや、違う。彼女は死んだ俺の相棒の義理の娘だ。」
画像に映っている神宮司に寄りついている少女の名は羽鳥小夜。神宮司の嘗てのパートナー、神崎十吾が引き取った義理の娘だった。
彼女は神崎の恋人相手の娘で、籍は入れてなかったものの、小夜にとって神崎は父親のような存在だった。
神崎の恋人、もとい小夜の母親はとある事件の捜査中に神崎と知り合ったことがきっかけで彼と恋人同士になり、既に結婚していた夫は離婚して行方不明になっていたらしい。
2人が出会ってからはお互いの都合で会う機会が無かった。しかし、出会って5年後に偶然再開して以降、神崎は生活に苦しんでいた小夜の母親を手助けするようになり、それと同時に定期的ではあるが小夜に会いに行くようになったという。
そしてその後、小夜の母親は謎の事件により死亡した。一般には急性アルコール中毒が死因と公表されていたが、彼女の死を不審に思った神崎は、これが何者かによる殺人だと推測し、犯人の捜索を始めた。
そして、事件発生から1年と半年後、神崎は自宅のアパート内でガス漏れによる一酸化炭素中毒により死亡した。
小夜はその直後、銀城不二雄という銀星会病院の院長に誘拐され、旧病棟に隔離された。
神姫
「そして、俺は彼女を救出したんだ。神崎が残した相棒と共に。」
神宮司は端末の画面を見つめたまま話した。
「相棒?」
「ああ。神崎が死んだ後、事件の参考人として、その頃俺が勤めていた警察署に現れたんだ。名前は、メイリーという。」
「事件の参考人?小夜の母親の死亡事件のか?」
「いや、違う。神崎の死亡事件のだ。」
神宮司は、辛そうな表情で話を続けた。
「彼女は、神崎の死因が事故ではなく、殺人だと主張してきたんだ。神崎が何者かに殺されたんだと・・・俺もその事件については不審に思ってたんだ。神崎は今までに見たことがないほど神経質で几帳面なヤツなのにガス栓の閉め忘れなんて有り得ない話だ。おまけに神崎は、寝る前に自宅周辺をパトロールしてから床に就くような男だと言うのに、いくら疲れていた、調子が悪かったのだとしても、そんな凡ミスをするとは考えられないと思ったよ。」
「その気持ちは痛いほど分かる気がするな・・・」
アイザックは苦笑して言った。
「そして、俺とメイリーは衝突しながらもコンビを組むことになったんだ。・・・だが、俺は神崎の形見とも言えるメイリーのことも、守ってやれなかった。」
神宮司は全く笑わず、辛い表情のまま話し続けた。その話を口にした瞬間、彼はさらに辛そうな表情になった。
「俺は、犯人が残した違法改造を施された神姫と大量の火薬がある地下へ向かったんだ。だが、違法改造された神姫達は予想以上に強くてな、俺が危うく殺されそうなところを彼女が助けてくれたんだ。」
「メイリーがか?」
神宮司は頷いた。
「そして、彼女のサポートのおかげで、1体を覗いて全ての神姫達を回収することに成功したんだ。」
「1体を覗いて?」
「その最後の1体が、火薬を爆発させたんだ。小型の爆弾で。その神姫は助からなかった、爆弾と火薬の両方の爆発に巻き込まれて。俺は直ぐに脱出を試みたんだが、その時に左足を負傷していて、歩くことすらままならなかった。」
「最後の1体にやられたのか?」
「ああ。俺は炎が広がっていく地下の中、左足を引きずりながら必死で出口へ向かったよ。神姫達を入れた重たいケースを持って・・・だが、炎は予想以上に速く広がっていって、亀のようにノロい俺なんかあっという間に追い越していった。そんな中、俺はもう少しで出口というところで力尽きて倒れた。負傷していたのと、重たいケースを持っていたこと、あと空気中の煙を大量に吸い込んでいたことが原因でな。そこでメイリーは、通路の途中にあった防火シャッターを閉じて俺を助けてくれたんだ。自分は炎が迫るシャッターの向こう側に残って・・・」
神宮司はそこまで言うと、一度言葉を切った。
「俺はそれ以降、神姫に関する事件を担当するようになって、いつの間にか周りからは”神姫担当”というように呼ばれるようにもなった。だが、あの時の事がトラウマになって、一時期アトラにメイリーの面影を重ねることがあった。事件に関わったら、メイリーのようにまた大切な命を失うんじゃないかと思って、怖かったんだ。それはもう克服したんだが、未だにあの時の事が胸に突き刺さるんだ・・・あの時の自分の無力さに・・・」
「お前の気持ちはよく分かるよ。俺も昔、大切な人を失っているからな。」
神宮司は意外だという表情になってアイザックを見た。
「俺がまだ40代くらいだった頃、ニコール・ブレナンという愛人がいたんだ。当時、俺は彼女にUSG石村という建造62年の最初の採掘艦で、商業利用や外宇宙遠征目的のための大規模なショックポイント・ドライブを搭載した最初の大型宇宙船での仕事を奨めたんだ。俺は彼女が石村に乗れるように色々後押しもした。その艦を奨めたのは、石村が旧型の採掘艦なのに対し、とても良い艦だったことと、老朽化もあって1年後には退役が予定されていたからだ。そして、ニコールが念願の石村に乗船した後、石村共々、彼女と連絡が取れなくなったんだ。そして、俺は石村の改修作業に自ら志願した。彼女を救いたかった事と、俺が彼女に石村を奨めていなければこんな事にはならなかったという責任感があったからだ・・・だが、俺はそこで悪夢を見たよ。石村の船内は変わり果ててネクロモーフの巣と化していたんだ。俺は故障した設備を修理したり、襲いかかるネクロモーフを倒しながらニコールを探した。彼女が生きていることを信じて。だが、ニコールは既に死んでいたんだ。自分の腕に注射器を打って自殺してたんだ。その映像は、俺の元に送られてきたニコールからのメッセージ映像に映されていた。俺は幾多の妨害を受けながらも、命からがらその地獄から脱出した。そしてその日が、俺の人生が激変するきっかけになった。俺は石村でMarkerという未知の遺物に接触した際に、脳にシグナルを埋め込まれたんだ。」
そこまで言うとアイザックは、自分の右側のこめかみを右手の人差し指で軽く叩いた。
「俺は漂流していたところを、タイタン・ステーションの連中に救助され、拷問を受けたよ。俺の脳内に、Markerを作り出す為の重要な情報があったが為に・・・俺はそれから約2年間、そこで意識不明、さらにPTSDになった状態で隔離された。そして、ネクロモーフが群がる中、ある組織の人間に目覚めさせられ、再びヤツらと戦うことになったんだ。俺は脳内の情報を元に建造されたMarkerを破壊し、そのタイタン・ステーションから脱出した。俺はその時から、Markerを破壊できるようになった。それからしばらくの間、俺の命を狙うユニトロジストや政府から身を潜めるために、ろくな仕事も出来ず、1人落ちぶれた生活を送ったよ。その間にもMarkerは恐ろしい勢いで建造されていき、もう俺1人でどうにかできるような問題では無くなっていた。それと同時に、石村での出来事から地獄を経験し続けた結果、俺はMarkerやネクロモーフ、ユニトロジストや地球政府との戦いから逃げるようになっていた。何より自分が他の連中のいいように利用されるのが怖かったからだ・・・そんなある時、地球政府軍の最終部隊の軍人に協力を要請された。最初は断ったんだが、タイタン・ステーションで出会って一緒に生還した新たな恋人のエリーが行方不明と聞いて、俺は嫌々ながらも彼らに協力することにしたんだ。カーヴァーとは、その時出会った。そして、廃棄された宇宙ステーションでエリーと再会し、彼女が発見した宇宙人の壁画を俺が解読した結果、タウ・ヴォランティスという惑星にMarkerを止める鍵があることが分かったんだ。」
「Markerを止める鍵?」
「大昔にエイリアンがMarkerを止める為のマシンを作り出したんだ。そして、俺がタウ・ヴォランティスに向かう約200年前に、ある科学者達がエイリアンの作り出したマシンを制御するコーデックスという装置を作ったんだ。最も、それは俺達がタウ・ヴォランティスにたどり着いた時には既に失われていたんだが、コーデックスを作るための設備と、それを作るための情報は残されていたんだ。俺達はそれらを全て発見して、コーデックスの作成に成功したんだが、それをユニトロジストに奪われた挙げ句、俺達が重大な思い違いをしていたことに気づいたんだ。」
「重大な思い違い?」
「俺達は当初、エイリアンが作り出したマシンがMarkerを制御していると思っていたんだが、本当はMarkerを制御しているのが月だったんだ。エイリアンはその月が完全体になるのを防ぐためにタウ・ヴォランティスを凍らせ、収束を食い止めたんだ。そして、もうひとつ、タウ・ヴォランティスはMarkerの故郷などでは無かったことだ。」
「Markerの故郷・・・?」
「俺達は、その惑星にMarkerを止める手がかりがあったことから、タウ・ヴォランティスはMarkerの故郷じゃないかと思ったんだ。だが、エイリアンは、俺達人類同様、Markerを発見して同じ過ちを侵していたんだ・・・俺は奴らがマシンを止めるのを防ぐために、後を追いかけてコーデックスを奪い返したんだが、エリーが人質に捕られていて、彼女の解放と引き替えに、マシンがユニトロジストの手により停止させられ、The Moonが蘇ってしまったんだ。俺はエリーを先に逃がして、カーヴァーと共にエイリアンの兵器を利用しながらThe Moonに立ち向かい、見事撃退することに成功した。そして、マシンの起動装置のところまでたどり着き、マシンを再起動させたんだ。だが、The MoonもMarkerも停止してはいなかった。詳しい原因ははっきりしてないが、恐らく一度停止させたことが原因で、収束を完全に止めることができなかったんだ。しかも、The Moonに加えてBrother Moonsを蘇らせてしまい、それらが地球に向かおうとしている事がわかったんだ。奇跡的に無事だった俺とカーヴァーは、この事をいち早く地球に伝えるために、タウ・ヴォランティスの衛星軌道上に廃棄されていた艦のひとつのUSMテラ・ノヴァに向かったんだ。だが、そこで俺はMarkerに惑わされて足止めを食らった挙げ句、カーヴァーと一時仲間割れを起こしてしまったんだ。戦いの末、奴らが最初から地球の位置を知っていたことが判明し、俺とカーヴァーはリアクター・コアをオーバーロードさせてショックポイント・ドライブを起動し、地球へ向かったんだ。」
「そして、地球がThe Moonに侵食されているところを目撃し、その直後にこの世界に飛ばされてきたわけか。」
神宮司は以前、アイザックの事情を聞いているので、そのことだけは知っていた。
「ああ・・・そして、俺は先に地球に帰投したであろうエリーのことを守ることができなかった。分かるだろう?俺は2度も恋人を守れなかったんだ・・・さっきだってそうだ、俺はユミの友人を守ってやれなかった・・・彼女は、恐らくユミにとっては一番の親友だった筈だ・・・それを、俺は・・・」
アイザックは、とても辛そうな表情だった。彼の最初の恋人であるニコールも、タイタン・ステーションで出会った2人目の恋人であるエリーも、アイザックにとっては自分の全てだった。それを2度も救えなかった事実が、自分の無力さをアイザックに痛感させていた。
「アイザック・・・」
「神宮司。俺は、もうこれ以上大切な仲間を失いたくはない。だから俺は、この車両にいる仲間や生存者達を、今度こそ守り通したい。たとえ、この命に代えてでも。」
アイザックの目からは、決意と覚悟、そして強い意志が伺えた。彼は、もう何も恐れなかった。それは、エリーと別れるときに決心していた。大切な人を守るために、もう同じ過ちを二度と繰り返さない為に、そして、大切な人が平和に生きていけるように願って。
「そうか・・・お前も、辛い思いをしてきたんだな。だがアイザック、大切な人を守りたい気持ちはよく分かるが、お前が死ねばそれを悲しむ存在がいるってことを忘れるなよ?」
神宮司はそう言って背後に目を向けた。アイザックは後ろを見ると、扉の隙間から小さな陰が見えた。そこにいたのは、ルナだった。
「ルナ・・・!」
アイザックは、少し驚いていた。
「す、すみませんマスター。盗み聞きするつもりは無かったんです。でも、マスターが辛いお顔で話されていましたので、心配になって・・・」
ルナは、アイザックに叱られるのを恐れているのか、扉の陰に引っ込んでいた。
「良いんだ、ルナ・・・こっちへおいで。」
アイザックは右手を床に付けた状態で差し伸べる。ルナは怖ず怖ずと、アイザックの方へ歩み寄り、手のひらの上に乗った。
アイザックは、ルナの頭を優しく撫でた。
「すまない、ルナ・・・そうだな。俺がもし死んだら、お前を1人にすることになってしまうな。それに、俺にはもう一番守るべき大切な存在が居るんだ。それは、人間だろうが神姫だろうが同じだ。」
「その通りだ。だから俺も、困っている神姫達の為に全力を尽くすつもりだが、決して命を捨てようとはしない。それは、俺にも大切な相棒が居るからだ。そしてその相棒もまた、俺のことを大切に思ってくれているからな。」
神宮司はそう言って再び背後を見た。
「そこに居るんだろう、アトラ?隠れてないで出て来い。」
すると、扉の陰からアトラが出てきた。どうやらルナが来た時から、そこに隠れていたようだった。
「私が出る場ではないと思って、あえて姿を見せないでいたんですが、そうでもないみたいですね。」
アトラは意外というような表情で3人を見ていた。
「別に、お前に内緒の話をしていたわけじゃないんだ。遠慮する事はない。」
すると、神宮司は再びアイザックの方を向いた。
「だが、大切だからと言って、過剰に庇おうとしたり、危険なことから遠ざけようとしたりするのはよした方が良い。相手に隙を突かれてしまう。互いを気にしすぎるのは、逆に命取りになる。戦場じゃ自殺行為だ。」
それは、過去に滝岡との戦闘を経験しているからこそ言える事だった。
神宮司は当時、メイリーを救えなかったことがトラウマになっていて、アトラが同じ道へ行くことを恐れていた。そのため、アトラが危険な状況に陥ると、冷静さを欠いてしまうのだ。アトラも同様、マスターである神宮司が危険な状況になると、真っ先に助けに向かう。神姫としては当たり前の行動だとしても、その行為は、下手をすれば神宮司共々自滅することを意味しており、自殺行為そのものだった。
それが原因で、一度神宮司は滝岡に敗れたが、お互いの思いをぶつけ合い、覚悟を決め、そして信頼を取り戻したことにより、二度目の戦闘で滝岡に勝利し、彼の計画も阻止した。
「大丈夫ですよ、神宮司さん。マスターがどれだけ強い方か分かってますから・・・私は、マスターを信じています!」
ルナは、神宮司にアイザックのことを自慢げに言った。それだけ、アイザックのことを信頼しているということだった。
「強い・・・か。」
アイザックは、虚をつかれて俯いた。自分は、決して強くなどはない。USG石村でも、タイタン・ステーションでも、タウ・ヴォランティスでの時だってそうだった。あの時はただ、自分が生き残るのが精一杯だった。その間にも、多くの仲間を失い、恋人すら守れなかった。今、こうして生きているのも、悪運が強かっただけという可能性だってある。そんな自分が強いだなど、とても思えなかった。
そんなアイザックの右肩に、神宮司が手を置いた。
「自信を持て、アイザック。ルナは、こんなにお前のことを信じ、頼ってくれてるんだ。お前がそれに応えなくてどうする?」
アイザックは神宮司を見た。怒っている様子はなく、むしろ元気づけようとする者の表情だった。
「今度こそ、守りたいんだろ?大切な仲間を、命を。」
「・・・ああ、そうだな。」
アイザックは微笑しながら頷いた。
そうだ、自分は今度こそ大切な命を失わせない。守り通すと決めたんだ。自分がいつまでもこんな状態で居たって、誰も守れない。心の傷は広がっていくばかりだ。ルナだって、自分のことをこんなに頼りにしている。信じてくれている。だったら、自分もそれに応えられるだけのことはしなくてはならない。自分も、覚悟を決めなければならないのだ。そして、今度こそ守ってみせる。大切な仲間を。
アイザックは、心の中でそう決心した。
「そういえば、いつの間にか話が大きく逸れていたな、確か、小夜の話をしていたんだったな・・・」
アイザックは、本来の話題へ戻した。
「ああ、そうだったな。そして事件後、彼女はある神姫ショップでアルバイトしながら、まだ14歳にも関わらず、飛び級制度を使って大学に進学したんだ。凄いだろ?・・・彼女とは、あくまで何の繋がりもないが、事実上、俺は彼女の保護者代わりという立場でもある。むしろ、相談に乗ってもらってるのは俺の方なんだけどな。」
両親を失った小夜は、保護者が居ない、孤児の状態だった。いくら大学へ進学できるほどの実力を持っていたとしても、精神はまだ子供だ。彼女にだって、寂しい時はあるのだ。
現在は22歳になって、最近大学院を卒業し、高校の教員になったばかりらしい。そのことは、今から3日前、久しぶりにテレビ電話で通話した時に話していた。その時、まず目についたのが彼女の髪型だった。小夜は事件以降、髪を伸ばすようになり、神宮司が最後に地球で会った時点では腰に届くほどまで伸びていた。3日前にテレビ電話で通話した時は上半身しか見えなかったため全貌は分からないが、髪の所々が以前より伸びて髪型が変化している所から見て、小夜が髪を伸ばしっぱなしにしている可能性もあった。それは教員として不適切な身だしなみじゃないかと思ったが、あえてその事は触れないでおいた。
神宮司が、コロニー管理施設の従業員が行方不明になっている事件について話すと、小夜はこう言っていた。
───気をつけてね。勝手に死んだりしないでよ?事件が解決
地球
したら、たまには、こっちにも帰ってきてよね。私の身寄りって言える人、もうおじさんしか居ないんだから。
小夜は普段、1人でもやっていける。周りが思うほど子供じゃない。といったその容姿にそぐわない大人らしい雰囲気を醸し出しているが、実際は、思った以上に寂しがり屋で、孤独でいるのは辛いのだ。だから、小夜は神宮司に戻ってきてほしいと思っているのだ。何故なら、地球とコロニーとの距離はとてつもなく大きいからだ。
だが、今回の件で、このコロニーは壊滅状態に等しい状況に陥った。ほぼ間違いなく、地球に帰還することになるだろう。そうなれば、仕事の合間にでも、小夜に会いに行くことができる。彼女を1人にせずに済むのだ。
その為にも、ここを無事に生きて脱出しようと神宮司は思うのだった。
大変、お待たせして申し訳ありませんでした!
次話からは、ついにコロニー管理施設へ突入し、事件の原因である謎の艦へ突入します。