とある技師と神姫の物語   作:グレイ雪風

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chapter08

 

 アイザックは、コロニー側から燃料パイプをキネシスで引っ張り出すと、石村の給油口へと向かった。給油口の場所までたどり着くと、燃料パイプを神宮司に任せ、石村の給油口のハッチをハッキングして開いた。そして、燃料パイプをそのまま石村の給油口へ差し込んだところ、ピッタリとはまった。燃料パイプと給油口を固定することができないことを除けば、給油に支障は無かったので、アイザックは、神宮司が燃料パイプを押さえている間に燃料パイプのアームが伸びている給油設備の一部に近づき、パネルの1つを剥がして制御回路をハッキングし、石村への給油を開始した。

「よし、燃料パイプのアームを固定した。キネシスを解除して良いぞ。」

 アイザックは、燃料パイプを押さえていた神宮司に言った。RIGスーツの酸素残量が少なかったため、アイザック達は、すぐさまエアロックまで戻った。

 エアロックの入り口を潜り、隔壁を閉じて船内に入ろうとした、その時だった。突如、エアロック内の照明が一斉に消え、先ほどまで前方の隔壁のロックを解除中だったシステムがダウンした。

「何だ!?」

 神宮司は、暗闇の中、辺りを見回す。

<警告。補助電源の電力残量、0%。非常用システム、オフライン。全システム、オフラ───>

 艦内に流れる警報も、最後まで伝えきる前に停止した。

「クソッ、一足遅かったか!」

 アイザックが、右の拳で壁を叩いた。

「アイザック、まさか・・・」

「ああ、そのまさかだ。・・・補助電源が停止した。」

 アイザックは、拳を壁に当てたまま神宮司に言う。船内の殆どの設備が電動で稼働しているため、メインエンジンに加え、非常用の補助電源が停止したということは、今いるブロックに閉じ込められたことを意味していた。

「じゃあ、もうここから出られないということか!?」

「この区画からはな。エアロックの隔壁の方は非常時を想定して、手動で開閉できるようになっている。」

 アイザックは、後方の隔壁が完全に閉まっていることを確認すると、前方の隔壁の手動開閉レバーを回し、神宮司に協力を得て左右の扉を開いた。

 室内は当然、電源が落ちているため真っ暗だった。

「すまない、俺がもたもたしていたせいで・・・」

 急に神宮司が、アイザックに謝った。

「気にするな。どちらにしろ、エンジンルームにたどり着く前に停止していたと思う。お前が責任を感じることはない。」

 アイザックは、入ってきたエアロックの隔壁を閉じながら神宮司に言った。

「だが、どうするんだ?これじゃ、メインエンジンに火を入れることすらできんだろう?」

「メインエンジンを点火するには、膨大な電力が必要だ。それを直ぐに実行できるように、予め点火に必要な電力がコンデンサーに蓄電されている。だから、補助電源が停止していても、あと1回は起動できるはずだ。問題は、ここからどうやってエンジンルームまで行くかだが・・・」

「マスター、あそこからエンジンルームまで行くことはできませんか?」

 アイザックは、ルナが指した方を見た。配線用の通路だった。その通路を辿っていけば、エンジンルームへ行くことが可能だったが、人が通るには通路の幅があまりにも狭くて通れないという問題があった。

「確かにエンジンルームまで繋がってはいるが、人間が入るには通路が狭すぎて通行できないんだ。」

「私では通れませんか?」

 ルナが言う。

「お前が行くのか!?・・・お前は石村のメインエンジンの起動方法も知らないのに、どうやって────」

 その時、アイザックはふと、スーツに備え付けた新たな機能のことを思い出した。

「いや、可能だ。ライドオンして俺がルナを操作してエンジンを起動させれば・・・」

「ライドオンしようにも、どうやってルナとライドオンする気だ?ライドギアも無いのに。」

 神宮司がアイザックに訊いた。

「ライドギアなら、このスーツに内蔵してある。」

 アイザックは、そう言ってスーツのある機能を起動させると、ヘルメットのセンサーが消灯し、アイザックの視界が違う視点へ変わった。低い位置から自分の身体を見上げている映像が彼の視界に映っていた。ルナにライドオンしたのだ。

「・・・アイザック?おい、どうした!?」

 神宮司は、ヘルメットのセンサーが暗くなり、全く動かなくなったアイザックに動揺していた。

「大丈夫ですよ、神宮司さん。今、マスターは私とライドオンしているんです。」

 ルナが笑顔で神宮司に言う。

「何だって!?RIGスーツにこんな機能があったのか・・・」

「いや、違う。俺がこのスーツを改造して装備したんだ。」

 ライドオンを解除しながら、アイザックが言った。

「ああ、そう言うことか。確かにお前なら、それくらいできそうだしな・・・」

 神宮司は、納得した様子で言った。最も、それ以前にアイザックがいた世界に神姫は存在していないため、ライドオンギアがRIGスーツに装備されているはずも無かった。

「とはいえ、1人で行くのは危険すぎないか?確か、小型のネクロモーフもいるって言ってたよな?」

 神宮司は、アイザックに言う。

「ああ。だから、通気口やこういった狭い通路を進むときには細心の注意が必要だ。」

 神宮司が言うように、単独でエンジンルームまで行くには危険が大きかった。神姫ですら狭いと感じる通路を通るため、万が一、ネクロモーフに遭遇した際に応戦がしにくい。

「それでしたら、私も行きます。今、マスターとライドオンはできませんが、ルナさんの護衛くらいはできますので。」

 急にアトラが、自ら同行を志願してきた。

「だが、良いのか?さっきも言ったように、これまで以上に注意を払いながら進まなければならないし、神宮司が君の同行を許すかどうか────」

「そうだな、確かに作業中の護衛が必要だろう。アトラ、ルナの護衛を頼む。」

 神宮司は、意外にあっさりと了承した。彼も、今できることをやっていかなければ、ここにいる全員の身が危険だと判断したのだろう。

 こうして、アイザックと神宮司が操作室に残り、ルナとアトラが配線用通路を通ってエンジンルームへ向かうことになった。

「2人共、気をつけろよ。」

 アイザックは、ルナとアトラに言った。

「はい!行って参ります、マスター!」

 ルナは元気そうな様子でアイザックに言うと、アトラと共に配線用通路の中へと消えていった。

 

 

 

 アイザックと神宮司がいる操作室から出発してしばらく薄暗い通路を進んでいると、奥から何かが動き回っているような音が響いた。

 ルナは、後ろにいるアトラに止まるよう手で合図した。

「何かいます。」

 そう言ってルナは、暗闇にプラズマカッターを向けた。通路の奥からは、神姫より若干小さめのサイズの蛭のような生物の大群が回転しながらこちらに向かってきていた。

 ルナは直ぐ様、プラズマカッターの引き金を引いた。この蛭のようなネクロモーフ、Swarmは耐久力が低いため、大概の武器なら1発で倒せるが、集団で襲われると脅威である。特に身体に噛みつかれた時は1体1体を倒すのに時間を要するため、その間に命を削られることになる。

 ルナが発砲したプラズマの刃は、的確にSwarmの1体に命中し、真っ二つに切り裂いた。

 アトラも直ぐにハンドガンを構え、援護射撃を開始した。

 だが、目の前にいるSwarmはおよそ50体以上おり、いくら1発で倒せるといってもキリがなかった。ルナがプラズマカッターのリロードをしている隙を狙って、Swarmの大群のうちの1体が彼女目掛けて飛びかかってきた。

 ルナは、リロード用のスライドレバーを離して直ぐに銃口をSwarmに向けたが間に合わず、飛びかかってきたSwarmに組み付かれ、さらにそれに続いて3、4体のSwarmに組み付かれて身動きが取れなくなった。

 ルナは直ぐに組み付いてきたSwarmを切り裂こうと、主翼にマウントされているビットを飛ばそうとしたが、Swarmの身体に押さえられていて切り離すことができなかった。プラズマカッターを撃って1体だけでも切り裂こうと思ったが、銃口が外を向いていたため、それもできなかった。

 もはやこれまでかと思った、次の瞬間、身体中に組み付いていたSwarmが血しぶきをあげて切り刻まれ、地面に落ちた。見ると、アトラがビットを展開して、通路の奥のSwarmを撃っていた。どうやら彼女が、ルナを助けてくれたようだ。

「大丈夫ですか、ルナさん!」

 アトラは、前を向いたまま訊く。

 被害は、胸部装甲が少し削れた程度で、素体本体には問題無かった。

「はい、ありがとうございます。助かりました!」

 ルナは、アトラに礼を言うと、直ぐに援護射撃を再開した。

 それから数分後、ようやく全てのSwarmを撃退し、2人は再びエンジンルームへ向かった。

 エンジンルームの真上に到着すると、配線のメンテナンス用のカバーを蹴破り、室内へ降り立った。

「マスター、聞こえますか?こちらルナ。応答して下さい。」

 ルナは、通信機を通して操作室で待機しているアイザックに通信を行った。

≪こちらアイザック。無事か、ルナ?≫

 アイザックから直ぐに返事が返ってきた。

「はい。アトラさんも無事です。」

≪エンジンルームには、ちゃんとたどり着けたのか?≫

 アイザックは、一番重要なことを訊いてきた。

「はい。今、それの目の前にいます。」

 ルナは、目の前にそびえ立つ巨大なエンジンを見ながら言った。

≪分かった。今、お前にライドオンする。≫

 そう言って、通信が切れた。

 一方、操作室で神宮司と共に待機していたアイザックは、ルナからエンジンルームに到着したとの連絡を受け、今からライドオンを行うところだった。

 スーツに備え付けたライドオンギアを起動させると、モニターに映る風景が一変し、全く別の場所の映像に切り替わった。今、アイザックは、ルナが見ているものをライドギアを通して見ているのだ。

 だが、神姫が見ている視界をモニターで見ているという表現には少し語弊がある。正しく言えば、アイザックの目の前のモニターにルナの視界が映っているのではなく、彼の視界にルナの視界が映っているのだ。

 つまり、今、ルナとアイザックの視界が一体になっていることを表していた。

 視界以外にも、聴覚、動作や思考までほぼ完全に一体化しており、2人は一心同体の状態だった。

「ライドオンを完了した。そっちは問題ないか、ルナ?」

『はい、マスター。むしろ、いつもより調子が良くなったように感じます。』

 ルナの声が、アイザックの聴覚を通して鮮明に聞こえた。

 通常のライドギアは、マスターと神姫が一体化する際に、一瞬だけ静電気が走ったような痛みをお互いが感じ、それがシンクロ率を低下させる原因になっているという欠点があったが、アイザックはそれらの問題を解決しており、一体化に支障を来さないようにしていた。

「よし、始めよう。」

 アイザックがそう言うと、ルナはメインエンジンの操作パネルに近づいた。それと同時に、アイザックがエンジンの操作方法らしき説明を始めた。

 アイザックがライドオンしている間、動けない彼の身体を守るのは神宮司の役目で、今、ルナの側にいるアトラと同じ役目だった。

 神宮司は、アイザックとルナのやり取りを見て、今から9年前に、メイリーと協力して小夜を救出した時のことを思い出した。

 その時は、まだプロトタイプのライドギアを使用して、メイリーに指示しながら非常用バッテリーを停止させていた。

 お互い、何度も反発し合ったが楽しかったあの1週間を、神宮司は懐かしく感じた。出来ることなら、あの頃にもう一度戻りたいとすら思った。

───そう。短い間だったけれど、楽しかったあの時間。私も、出来ることならあのまま、あなたと一緒に居たかった。あなたの、ハチローの神姫になりたかった・・・ハチローの神姫で居たかった。・・・でも、私にそれは許されなかった。実のマスターであるトーゴを殺した上に、沢山の人たちを傷つけた私に、そんな幸せな人生を送る資格なんてなかった。だけどね、ハチロー。私だって、本当は死にたかったわけじゃ無いのよ?ただあの時、私はハチローに死んで欲しくはなかった。あなたを救うには、どちらにしてもああする以外、方法はなかった。だから、私があそこに残って、あなたと神姫達を逃がし

     アトラ

た。今のあなたの神姫も含めてね。

 脳裏に、メイリーと思われる声が聞こえた。だが、神宮司はこの声を、メイリー本人のものだと確信してしまっていた。

「メイリー・・・」

 神宮司の声は、殆どの神経をルナと一体化しているアイザックには聞こえていなかった。

「お前はさっき、俺の無念を晴らすチャンスだと言ってたな。あれは、どういう意味なんだ?」

 神宮司は、宇宙空間に出た際に彼女が言っていたことを思い出していた。

───あなたが今度こそ、私を救えるチャンスってことよ。

「どうしたら、お前を救えるんだ?」

 神宮司は、なおも問いかける。

───私の言うとおりにすれば大丈夫よ。それよりも、今はあなたの仲間を守ってあげて。あなたも含めて、あなたの仲間に危険が迫ってるわ。

 それだけ告げると、彼女の声は聞こえなくなった。

 仲間に迫っている危険とは何だろう、と神宮司が考えていると、突然、後ろに殺気を感じた。

 振り返ると、5体のネクロモーフが立っており、そのうちの1体が神宮司の近くに迫っていた。銃を構える暇もなく、ネクロモーフが神宮司に組み付き、首元に噛みついてきた。首元から激痛が走る。

 神宮司は抵抗したが、ネクロモーフも相当の力を持っており、なかなか離れなかった。それでも抵抗を続け、胴体が離れた隙を狙い、相手の左肩の関節部分に惑星警察制式拳銃の銃口を押し当て、発砲した。

 ネクロモーフの左肩が吹っ飛び、組み付く力を失ったところを、神宮司は空いていた左腕で殴りつけ、完全に自分の身体からネクロモーフを引き離した。そして、相手が怯んでいる隙を逃さず、惑星警察制式拳銃を構え、残った右腕を吹き飛ばした。

 神宮司は、相手が動かないことを確認すると、左手首を振りながら、自分も、もう年だな、と思った。

 人は、年を重ねればどんどん身体が衰えていく。若い頃にできたことや、ついこの前までできていたことが、徐々にできなくなっていくのだ。きっと、それはアイザックだって同じだろう。

 だが、神宮司に休んでいる余裕は無かった。

 まだネクロモーフが4体残っている上に、奥の通気口からさらに増援が次々に出てきた。運が悪い事に、殆どがスーパースラッシャーだった。

 神宮司は、惑星警察制式拳銃にある2つのスライドのうちの前方にあるスライドを前にスライドさせ、プライマリモードからセカンダリモードに切り替えた。

 惑星警察制式拳銃のセカンダリショットは、弾速が遅くなる代わりに、通常よりも威力の高い弾丸を撃つことができるようになっていた。

 これで、少しは硬い身体を持つスーパースラッシャーを手際良く倒せるだろう、と思いつつ、神宮司は拳銃を大群に向けた。

 

 

 

<エンジン、点火しました。>

 石村のメインエンジンが唸りを上げて起動した。

「マスター、動きました!」

 作業を終えたルナが嬉しそうに言った。

『ああ、そうだな。きっと、直ぐにメインシステムも復旧するだろう。ルナ、アトラと一緒に操作室まで引き返してくれ。そこで神宮司と待っている。』

 アイザックがそう言ってライドオンを解除しようとした時だった。ルナの通信機に通信が入った。神宮司からだった。

「こちらルナ。どうなさいましたか、神宮司さん?」

≪こちら神宮司。メインエンジンは起動させたのか?≫

 神宮司が焦った様子でルナに訊いてきた。

「はい。ちょうど今、完了したところです。」

≪そうか。なら、アイザックに直ぐ、ライドオンを解除するように言ってくれ。俺だけじゃ相手にしきれない!≫

 それと同時に、銃声らしき音が聞こえた。

「・・・何かあったんですか?」

 不審に思ったルナが神宮司に訊いた。

≪ネクロモーフの大群から襲撃を受けてるんだ!いつまでアイザックの身体を守れるか分からない、早くしてくれ!≫

 そこで、通信が切れた。

「マスター、神宮司さんが危険な状況に置かれているようです。至急、援護をお願いします!」

 ルナはアイザックに言った。

『分かった。お前も気をつけるんだぞ。』

 その声を最後に彼の声は聞こえなくなり、アイザックとのライドオンが解除された。

「戻りましょう。マスターと神宮司さんが危険です!」

 ルナは、アトラの方を向いて言った。アトラが頷くと、配線のメンテナンス用の入り口に入り、来た道を引き返し始めた。

 暗い通路を、ルナのプラズマカッターの照準用ライトが照らした。

 ルナとアトラは、辺りを警戒しながら慎重に進んだ。

「大丈夫でしょうか、マスターとアイザックさん・・・」

 アトラが急にそんなことを訊いてきた。

「きっと大丈夫ですよ。マスターも神宮司さんも、とても強い方ですし。」

「だと、いいんですが・・・」

 アトラは、それでも何か気掛かりなことがある様子だった。

「どうか、したのですか?」

 ルナは、気になってアトラに訊いた。

「マスター、先ほどから様子が変なんですよ・・・」

「変・・・?」

 ルナが詳しく話を聞こうとした、その時だった。

 前方の通路の壁の一部を突き破り、中から触手が伸びてルナの脚に巻き付いてきた。

 ルナは、触手から脚を引き抜こうとしたが、ビクともしなかった。だが、ルナは焦らず、今度はプラズマカッターを触手に向けた。

 ルナの脚に巻き付いている触手、Tentaclesには黄色く膨らんだ瘤があり、そこが一番脆い部分で、弱点だった。そこを破壊すれば、瘤の部分から断裂し、Tentaclesは行動不能になるはずだった。

 しかし、ルナがプラズマカッターの照準用ライトを黄色い瘤に向けようとした瞬間、目を見開いた。

 弱点である黄色い瘤が、穴から出てきていなかった。ルナとTentaclesの穴との距離が近かったため、触手がそこまで這い出てくる必要が無かったのだ。

「そんな・・・」

 ルナがそう呟いた次の瞬間、触手に身体を大きく振り上げられた。ルナは抵抗する事もできず、そのまま穴の中に引っ張り込まれた。

「ルナさん!」

 アトラが叫んだ。

 そして、彼女の足下にプラズマカッターだけが、音を立てて落ちてきた。

「どうしよう・・・」

 今のアトラには、どうすることもできなかった。

 その頃、アイザックと神宮司は、迫り来るネクロモーフの大群と戦闘を繰り広げている所だった。

 2人は既に、30体以上のネクロモーフを倒していたが、奥の通気口から次々に現れる増援に苦戦していた。

「クソッ、さすがにこのままだと弾薬が保たないぞ!」

 アイザックは、武器をフォースガンからフレイムスロワーに持ち替えて、大群に向けて炎を放った。

 アイザックだけでなく、神宮司の方も弾薬が底を尽きかけていた。

 先ほどの戦闘で倒したネクロモーフから弾薬に加え、creditも幾つか取得していたが、STOREを利用する暇など無かった。

≪マスター、聞こえますか!?マスター!!≫

 突然、神宮司のスーツの通信機からアトラの声が聞こえてきた。彼女は、酷く焦った様子だった。

「どうしたんだ、アトラ!?そんなに慌てて・・・」

 今、話をしている余裕がない、と文句を言いたい気分だったが、アトラがあまりにも落ち着かない様子だったので、何とか彼女の話を聞くことにした。

≪ルナさんが・・・ルナさんが、触手に捕まって・・・≫

 

 

 

「ん・・・」

 ルナの意識が戻り、瞳を開いた。

 周囲を見回し、ゆっくりとその場から立ち上がった。幸い、身体の各機能に異常は無かった。

 今、自分が居る場所が、機関デッキの何処かだということは認識していたが、詳しい位置は不明だった。

「マスター、こちらルナ。応答して下さい!」

 ルナは、アイザックとの通信を試みた。だが、電波状況が悪いのか、ノイズしか聞こえなかった。

 アイザックとの通信を諦めると、ルナは瞳のアイ・カメラを赤外線モードに切り替え、周囲の捜索を始めた。

 室内は薄暗く、周りにはいくつかのコンテナが置かれており、(危険物)と書かれていた。

 扉が開いているコンテナがあったので、中を確認してみると、オレンジ色の細長いボンベのようなものが大量に積み込まれていた。側面には、(火元に近づけたり、強い衝撃を与えないで下さい。爆発する危険があります。)と書かれていた。

 ルナは危険を感じ、直ぐにコンテナから離れた。

 壁の一画には、天井に届くほどの高さのコンテナなどでも通れるくらい大きな扉があった。

 しかし、その扉はロックされており、開けられる気配は無かった。

 アイザックならハッキングして開けるところだが、生憎、ルナにはそこまでの技術は無かった。

 通気口から出られないかと考えたが、それらしき入り口は無く、配線のメンテナンス用のカバーすら見当たらなかった。

 その時、ルナはふと、自分をここに連れてきた触手のことを思い出した。それならば、どこかに触手が通ってきた穴があるはずだった。

 穴は、室内の隅にぽっかりと空いていた。

 そこから外へ出れるのではないかと期待していたが、穴の奥は崩壊していて通れそうに無かった。

 しばらく室内を捜索した結果、ここは格納庫の何処かだということが分かった。置かれている物質から見て、危険物の保管庫だろう。だが、正確に石村のどのあたりなのかは分からないままなので、状況は大して変わっていないに等しかった。

 アイザックと連絡が取れない以上、ルナにはどうすることもできなかった。

 こんなことならロケーターも装備させるべきだった。きっと、アイザックは今頃そう思っているだろう。

 ルナは、溜め息をついて暗い天井を見ると、アトラが言っていたことを思い出した。

 彼女はあの時、神宮司の様子が変だと言っていた。

 一体、何が変なのだろう、と思った。ルナが見た感じでは特に異常は見られず、いつもと変わらないように見えた。だが、彼の神姫であるアトラは、そんな神宮司の様子がおかしいと言うのだ。

 きっと、自分やアイザックが見てないところで、何かあったのかもしれない、とルナは思った。STOREの利用時、石村への給油など、異変が起きたと考えられる時間は充分にあった。

 ここを脱出したら、アトラに詳しく話を聞く必要があるな、と考えていた。次の瞬間だった。

 搬入用と思われる大きな扉が、突然大きな音を響かせて外側から突き破られた。そして、その中から巨大なネクロモーフが現れた。

 ゴリラのように大きく、硬い外骨格で覆われた身体をもつ、アイザックを何度も苦しめた存在でもある、Bruteだった。

 Bruteは、妙な鳴き声をあげながらルナに向かって突進してきた。

 ルナは、反射的にプラズマカッターをBruteに向けようとしたが、その右手には何も握られてなかった。

「!?」

 ルナは目を疑い、何も持っていない右手を見た。だが、Bruteはすぐそこまで迫っており、よそ見をしている余裕は無かった。

 ルナは、突進してくるBruteをステイシスで動きを封じ、その場から離脱した。

 そして、すぐに武装の収納スペースを確認したが、やはりその中にプラズマカッターは無かった。その時、ルナはふと、Tentaclesに捕まった時のことを思い出した。穴の中に引っ張り込まれた際、ルナはうっかりプラズマカッターを落としてしまっていた。

 ルナは仕方なく他の武装を選ぼうとした瞬間、彼女の目の前に黒い球体が飛んできた。それを紙一重で避けた。ルナに向かって飛んできた球体が壁に激突すると、血しぶきを撒き散らしながら爆発した。

 見ると、Bruteの腹部が縦に割れ、中から爆発物らしき黒い球体を発射していた。

 ルナはそれを避けると、すぐにハンドガンを呼び出し、攻撃を開始した。だが、Bruteの身体はルナが思っている以上に硬く、神姫のハンドガンに程度では傷一つ付かなかった。

 ルナは、武装をハンドガンから、より高威力なロングレーザーライフルに持ち替えた。

 地上で動き回るBruteをステイシスで止め、唯一の弱点である背中目掛けてレーザーを放った。しかし、それでもBruteを完全に倒せるほどのダメージは与えられなかった。

 ルナは、Bruteが再び動き出す前にもう一度ステイシスを放ち、背中を中心にロングレーザーライフルで攻撃した。

 ステイシスが効いている間に3発ほど撃ち込んだが、Bruteが沈黙する様子はなかった。

 Bruteが再びあの爆発物を撃ち出したので、ルナは回避行動を取ったが、先ほどまでの速度が出なかった。

 直後、ルナの目の前に警告アラートが表示された。見ると、ルナのバッテリー残量が10%しか残っていなかった。これまでに戦闘が立て続けに発生したことと、膨大なエネルギーを必要とするロングレーザーライフルを使用したことが原因だった。

「そんな・・・」

 ルナが警告表示に気を取られている隙に、Bruteがコンテナの山を這い上がり、頂上からジャンプして彼女に向かって飛びかかってきた。

 気づいた時には既にBruteは巨大な右腕を振り下ろすところで、ルナはそれを回避する事が出来ず、地面に叩き落とされた。

 背中の飛行ユニットが粉々に砕け散り、右手に装備していたロングレーザーライフルも真っ二つに折れた。素体本体は、幸いなことに飛行ユニットが衝撃を吸収したことで大きな被害はなかった。

 しかし、Bruteは攻撃の手を休めず、ルナに近づくなり彼女の身体を右手でつかみ上げた。このままルナを握り潰すつもりだった。

 あれだけ頑強な扉をいとも簡単に破壊できるほどの力を持つBruteは、玩具である神姫など容易く破壊してしまうだろう。

 だが、Bruteはルナを拘束した右手を離してしまった。

 Bruteの背後には、飛行ユニットの主翼にマウントされていたビットが浮遊していた。それがBruteの背中を斬りつけたのだ。

 しかし、それでもBruteは倒れず、すぐに全てのビットを叩き落としてしまった。

 ルナは、Bruteがこちらに意識を戻すよりも前にその場から立ち上がり、高速で迫り来る拳を避けた。その大きな拳は、壁の表面を大きくへこませた。

 ルナは、Bruteが振り向く前にステイシスを放つと、コンテナの方へと走った。

 コンテナの搬入口の前に立つと、中にあるボンベを1基、キネシスで引っ張り出した。そして、すぐにそれをBruteに発射しようとしたが、Bruteは既にステイシスから解放され、ルナの方へ走り出していた。

 ルナはキネシスを解除してボンベを離し、すぐにステイシスを放とうとしたが、左手から青白い光は出なかった。ステイシスゲージを見ると、残量が0%になっていた。

 ステイシスは、半永久機関と言っても一度に使用できる回数には制限があり、残量が無くなるとリチャージしなければならない。

 1回分のステイシスをリチャージするのに5分以上掛かり、0%の状態から100%まで回復するとなると約20分以上要することになる。

 ルナはすぐに回避行動に移り、Bruteにぶつかるすれすれのところで避けた。

 彼女のそばにあったコンテナがBruteに跳ね飛ばされ、地面に落ちたと同時に大爆発を起こした。

「きゃあぁぁ!!」

 ルナは爆発の衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 Bruteの方は、大量の爆発物を積んだコンテナの爆発に巻き込まれたのにも関わらず、殆ど無傷同然の状態だった。そして、ゆっくりとルナの方へ方向転換し、再び突進を始めた。

 ステイシスはまだ1回分もチャージされておらず、こちらに突進してくるBruteの動きを止めることはできなかった。

 ルナは、Bruteの突進を避けるためにその場から立ち上がろうとしたが、身体に上手く力が入らなかった。

 直後、彼女の目の前にバッテリー切れを示す表示が空間に現れた。身体に力が入らなかったのは、非常用バッテリーで動いていたからだった。

 神姫は、通常のバッテリーに加え、非常用バッテリーを搭載されており、万が一バッテリーが切れても非常用バッテリーで補えるようになっていた。ただし、あくまで非常用ということもあり、出力が通常のバッテリーより低く、通常モードでの活動可能時間は15分程度である。

 前方からこちらに突進してくるBruteは、容赦なくどんどん近づいてきた。ルナにはもう走るだけの力も、Bruteに追突される前に避けるだけのスピードも出せなかった。

 ルナは、もはやこれまでかと諦めかけたその時、左前方に落ちているボンベが目に入った。

 コンテナに入っていた爆発物のボンベと違い、全体的に黒く、部分的に青白く発光していた。

 このボンベはステイシスボンベと呼ばれるもので、これをキネシスで引き寄せ、対象に発射してぶつけることで通常のステイシスと同じ効果を発揮するものだった。しかも、このボンベを使用した際のステイシスの効果時間が長い上に範囲も広い為、この環境で戦う者にはとてもありがたいアイテムでもある。

 ルナは、すぐにステイシスボンベをキネシスで引き寄せた。ステイシス及びキネシスモジュールは半永久機関であるため、出力の低い非常用バッテリーで稼働しているルナでも問題なく稼働した。

 ステイシスボンベが左手の近くまで引き寄せられた時には、既にBruteとの距離は3メートルほどだった。

 ルナは素早くステイシスボンベをBruteに向けると、近距離の状態で発射した。

 放たれたステイシスボンベは、空気が抜けるような音と共に青白い光となって爆発した。

 Bruteは青白く発光し、動きが封じられていた。

 ルナはステイシスが効いている内に、力が上手く入らない身体でBruteの背中まで移動した。そして、近くに転がっていた爆発物のボンベをキネシスで引き寄せ、Bruteの最大の弱点である背中目掛けて発射した。

 ボンベが爆発し、ルナは爆風で反対側に吹き飛ばされた。だが、Bruteの方は右腕が千切れていた程度で、完全に倒すまでには至っていなかった。

 ルナは、近くにボンベが落ちているのを見つけると、それをキネシスで引き寄せ、ステイシスが切れる前にそれをもう一度Bruteの背中に撃ち込んだ。ボンベの爆発と同時に、何か黄色い物がルナの方に飛んできた。power nodeだった。

 Bruteは、不気味な断末魔をあげながら右にぐったりと倒れた。

「やった、の・・・?」

 ルナは、Bruteをもう一度見た。横に倒れたまま、ピクリとも動かなかった。

 Bruteは今度こそ倒されたようだった。

 だが、まだ脅威は去っていなかった。

 コンテナの爆発によって発生した火災が拡大し、他のコンテナやボンベに引火しかけていた。

 この格納庫に保管されているボンベは、およそ500基以上だった。もしそれらが爆発すれば、この格納庫はひとたまりもないだろう。

 ルナはpower nodeを抱え、出口へと向かおうとしたが、もう立ち上がることすら出来なかった。

 非常用バッテリーの活動時間は、既に5分を切っていた。もはや、格納庫からの脱出は出来そうになかった。

 ルナは仰向けになり、天井を見た。

     これ

「せめてpower nodeだけでも、マスターに届けたかったな・・・」

 ルナは、スーツや武器の強化アイテムであるpower nodeをアイザックの下に届けられないことを惜しんだ。そして何よりも、アイザックにもう会えないのだという悲しみが湧き出てきた。

 もう一度で良いからマスターに会いたい、とルナが思ったその時、

≪ルナっ、大丈夫か!?応答しろ!!≫

 通信機からアイザックの声が聞こえてきた。

「マスター・・・」

 ルナの瞳からは、涙が流れていた。アイザックの声が聞けたこと、願いが叶ったことに。

≪今、何処にいる!?≫

「よく分かりませんが、爆発物のボンベを保管している格納庫のようです。」

≪分かった。待っていろ、直ぐに迎えに───≫

 アイザックがそこまで言い掛けた時、ルナがいる格納庫にあるボンベの1基が爆発した。

≪何だ、今の音は!?≫

「火災が発生しているんです。・・・先ほどの戦闘で、コンテナごと爆発して───」

≪何だと!?・・・ルナ、そこから自力で脱出できるか!?≫

「残念ながら、自力で動けそうにありません。メインバッテリーが尽きていて、非常用バッテリーも、もうすぐ・・・」

 今現在、ルナの活動時間は2分を切っていた。飛行ユニットも失った今、爆発までに自力で脱出できる手段は残されていなかった。

「マスター・・・私に構わず、先に進んでください。」

 ルナは突然、そんなことをアイザックに言った。

≪何を言ってるんだ!?お前は必ず助ける!格納庫までもう少しだ、それまで───≫

「いけません、マスター・・・もうじきここは爆発します。ここは危険です・・・マスターがここに来られたら、マスターも死んでしまいます。」

 燃え盛る炎はさらに広がり、ボンベが密集している所にまで今にも引火しそうだった。

≪大丈夫だ、俺は死なない!お前だって死なせない!≫

「それでも、マスターが危険を犯すのはダメです。・・・マスターには、やるべき使命があるはずです・・・」

≪ルナ・・・≫

 ルナは、唯一Markerを破壊できる存在であるアイザックに、自分の為に危険な行為をして欲しくは無かった。彼を失うことは、人類の最期を意味するようなものだった。

「行って下さい、マスター・・・そして、・・・Markerを破壊して・・・皆さんを、救って・・・ください・・・」

 ルナの非常用バッテリーは、無くなりかけていた。通信機の音声も、途切れ途切れになりだしていた。

≪駄目だ・・・お前・・・を見捨て・・・くなんて・・・出来ない・・・≫

「マスター。私───」

 ルナがそこまで言った瞬間、通信が途切れた。通信機を稼働させるだけの電力がもう残っていないのだ。

 非常用バッテリーの活動時間は、1分も残っていなかった。

 ルナの目の前に、活動時間を示すタイマーが赤く表示された。

 ルナは、瞳から流れる涙が止まらなかった。本当は、まだ死にたくない、できることならもっとアイザックと一緒に居たかった、そんな思いが心の中で溢れていた。

 室内で燃え広がる炎が密集しているコンテナに燃え移ろうとした、その時だった。

<Entering vacuum.>

 その音声と共に、格納庫内の空気が外部へ放出され、真空状態となった。

<Entering zero gravity.>

 今度は重力制御装置も停止し、無重力状態になった。

 格納庫内の空気が無くなったことにより火災はほぼ一瞬で消し止められ、室内にあるコンテナやボンベなどがルナも含めて空中に浮かび始めた。

 ルナは、予想外の事態に混乱していたが、バッテリー切れ寸前の身体は殆ど動かせなかった。

 無重力空間の中、ルナの視線の先に何かがこちらに向かってくるのが確認できた。

 最初は目が霞んでよく見えなかったが、それがだんだん近づくにつれ、はっきりと見えてきた。

 ルナに向かってきたのは、アイザックだった。

 RIGスーツのスラスターを使用し、ルナがいるところまで真っ直ぐ飛んできた。

 アイザックはルナを両手で優しく包み、直ぐに来た道を引き返し始めた。

 ルナは、アイザックの掌の温かみを感じながら、ひっそりと意識を失った。




 今更ではありますが、あけましておめでとうございます。
 今年から何かと忙しくなり、投稿が今まで以上に遅れることが多くなると思いますが、この物語を無事に完結させ、もう1つの方も少しずつ進めて行きますので、この先も何とぞよろしくお願いします。
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