例えば、冨岡義勇が仕掛人だった際   作:聖獅

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申し訳ございません。錆兎の漢字修正しました。


仕事が済んでも、仕事だぜ・・・

 胡蝶しのぶ

 彼女の髪の色は濃い紫掛かった、或いはぬばたまであり、それは肩まで掛かり癖毛なのか先の部分は少々波打っている。唇は可憐で紅を指しており、顔全体にも薄っすらと化粧を施し、顔立ちも美女と分類されるのは間違いない。

 その彼女が座りながら、義勇の警官服に顔を埋めている。

 

「胡蝶・・・何をしている?」

 

 義勇は静かに抜刀し、距離を縮める。

 胡蝶が此処に居て自分の物を見つけ出したのは恐らく今朝、産屋敷の館に向かった際に忍び込んだのだろう。義勇の屋敷は彼一人しかいない。

 この鬼殺隊の集落で盗みを働く者などほとんどいない。金目の物は目立たぬ所に隠している。それ以外は盗まれても問題無い・・・が、その服は不味い。自分が警察の内偵で鬼殺隊に潜入したと疑われかねない。気を抜き過ぎた・・・。

 

「くんくん・・・駄目ですよ、義勇さん?このお召し物、何カ月洗ってないのですか?もう匂いが・・・仕方ないので私が代わりを用意しますので、お待ちくださいね」

 

 彼の日輪刀が胡蝶の首に突き付けられたのだが、それでも動じず彼に微笑みかけた後に再び服に顔を埋めている。

 

 義勇はいつもの能面顔だが、内心は酷く驚いていた。胡蝶しのぶは一体何者だ?まさか、自分同様何か裏でもあるのか?そうで無ければ、これだけ脅しを掛けたら動じるはずだ。それがほとんどない。

 昨日、捕縛した時も本当はいつでも俺を殺せた?いや、流石にそれは無い。刺そうとした時には胡蝶は観念していた。もし、あのまま刺していたら奴を絶命させれてた・・・。そうなると、余程胆力が備わっているだけか?

 

「胡蝶・・・お前はまさか商売人か?」

 

「?・・・私は特に物の売り買いはしてませんよ?」

 

 彼女は小首をかしげ、義勇を見つめ返す。彼も一瞬、その瞳に見入ってしまうが直ぐに心を切り替え思案する。

 

 商売人とは、商人の意味ではなく昔はその筋の者、即ち所の地回り(ヤクザ)や裏の世界に足を踏み入れた人間を指していた。

 そういう意味では、仕掛人もその中に含まれる。

 

 自分と同じく鬼殺隊という表稼業の他に裏稼業をしている訳ではない・・・? 

 

 ・・・かつて江戸の頃、お試し御用役・山田浅右衛門が居た。彼は、本来町奉行所の役人が当番で請け負わなくてはならない罪人の斬首刑を代わって引き受けた。

 なるべく一太刀で首を落とさねばならず、技術も要し、一説によるとその斬首刑に立ち会う役人に罪人の血が万に一つ浴びせてしまえば、その首斬り役が今度は切腹しなくてはならない。

 生と死が紙一重な精神と体力共に重いこの役を簡単に引き受けようとは誰もが思わない。だが、その役を代々こなし、市井の人々に首斬りの朝と恐れられたその彼を以てしても、たじろがせた相手の一人に某女性がいた。彼女は彼に惚れていたのか、これで自分の最後の願いの一つが叶うという内容の言葉を呟き、刑に臨んだ。

 泣いて叫ぶ者、暴れる者などを時には一刀に首を斬るよりもつらい、首の皮を瞬時に削いで苦しませ大人しくしてから、落とす事もある。その彼をして彼女の惚れた強さなのか、内心は動揺したのだろう。

 義勇はその話を思い出していた。

 

 まさか、胡蝶は自分に惚れている?いや、そんな事は無い。事あるごとに揶揄(からか)ってくるだけだ・・・なら何故今、俺の服を嗅いでいる・・・いい加減に止めろ!

 

「おい・・・いつまで嗅いでいる?何故そんな事をする?」

 

 はっとなった胡蝶は取り繕い始める。

 

「・・・、こ、これは・・・コロリ・・・いえコレラ菌がいないか調べてただけです!決して疚しい気持ちは微塵もありません!」

 

 義勇はじっと胡蝶の顔を見つめている。何を考えているか分からない、どういう感情の現れなのか彼女も分からず困惑し、内心冷や汗を大量にかいた。

 

「・・・わ、私は炭次郎君とは違い、病原菌を匂いで探して当てる事が出来る柱で唯一のちょっと凄い人なんですよ、義勇さん・・・?」

 

 ・・・な、何か仰ってください!そ、そんなに見つめられると、心拍数が上昇し過ぎで死んでしまいます!

 普段と異なり、早口でまくし立てる胡蝶の顔を義勇はじっと見つめている。

 

 ・・・義勇に刃を突き付けられ、下手をすれば命を落とすのにそれにはほぼ動じず、彼に真摯に(?)見られる方が動揺するようだ。

 

「・・・そうか・・・」

 

 良かった・・・俺は胡蝶が匂いを嗅ぐのが好きな乱心者(変態の意味・義勇の偏見)かと思いそうになった。もしそれであれば、医者に連れて行くように元締に相談しようかと考えていた。

 恐らく日々の任務で疲れが溜まり、俺の脅しで更に心を乱したのかと思ったが・・・まさか、病の元を匂いで探し当てるとは・・・胡蝶こそこの国に必要かもしれないな・・・。

 

 突き付けた刀を鞘に納め、とりあえず彼女が持っている服を取り戻した。

 

「あ・・・」

 

「病の元・・・病原菌か?それは付いていたのか?もし、そうなら余り長い時間持っていない方が良いだろう?」

 

「い・・・いえ、付いていないので問題ありません」

 

「そうか・・・なら俺は用事があるから出かけてくる」

 

「だ、ダメです!」

 

「・・・?」

 

 胡蝶は自分の本心でつい、言葉にしてしまったが止める理由が見つからない。

 

「だが胡蝶には驚いたぞ、病の元を嗅ぎ分けれる力があるとはな・・・」

 

「いえ、それ程でも・・・」

 

 義勇は胡蝶の近くに来て、肩に手を乗せ語り掛ける。

 

「いや、素晴らしい事だ・・・俺には出来ない。そう考えれば胡蝶は人を治し、病の根源を断ち切る力をも持っているんだ。誇りに思って良い・・・この事はもと・・・お館様にも伝えておこう」

 

 胡蝶も見つめられ、つい頷いてしまった。

 後ほど、産屋敷が知る事となり、それ対し取り繕うとしたり嘘をついたり謝ったりと自身の発言に後悔する事になる。

 

 そして、本来は胡蝶しのぶが勝手に自分の屋敷に侵入し、物色していた事は拷問を掛けてでも問い質す気もあったが、すっかり忘れてしまい、彼女もまた、何故警官服を持っているのか彼を弄り倒そうと思ったが、その事等どうでもよくなってしまっていた。

 

 義勇は警官服を風呂敷に包み、脇に抱え歩いていく。日輪刀はサーベルの代わりにするつもりだ。首は傾げてもそこまで目ざとく咎める市井の人は居ない。

 鬼殺隊敷地内を離れたら、誰も居ない適当な御堂で着替えるつもりだ。

 

「義勇さ~~~ん!」

 

 元気の良い声の主は、竈門炭次郎だ。義勇は彼に任務帰りかと尋ねると、いえこれから向かう所ですと言って、鬼である妹を中に入れた霧雲杉で作られた箱を背負い、少し振って見せた。

 

「そうか、気を付けて行けよ・・・」

 

「はい!ところで、義勇さんは先程までしのぶさんと一緒にいらっしゃいましたか?」

 

 特段そこまで驚く事では無くなった、彼の嗅覚の鋭さは義勇も認めている。単純な匂いだけでなく、相手の感情などを見破れる。だが、その人の思想信条までは分からない。

 義勇も炭次郎の能力の裏をかき、相手の僅かな緊張の汗で真偽を見抜いていると察しているからだ。そして自身の裏稼業の事は隠し通している。 

 

「ああ・・・、先程まで胡蝶と居た。他愛の無い話をしてだがな・・・」

 

「そうなんですね!俺も頑張ります!」

 

 何を頑張るのかよく分からないが、彼なりの挨拶の一つだろう。そして、並の相手なら嘘をついていると見破る炭次郎ではあった。

 

「俺はこれから担当区域の鬼の調査に行くところだ」

 

「はい、それではまたお会いしましょう!」

 

 溌剌した声で別れを告げ、互いに背を向けた瞬間、義勇は風呂敷を空高く宙に上げ、低く小さく気合声を発しながら即座に抜刀し、左肩超しに切先を炭次郎の後頭部で止める。

 何かに気が付いて後ろを振り返った炭次郎は声を出さずに驚いた。

 

「義勇さん・・・?」

 

「お前は匂いに頼り過ぎだ、音を出して手加減したから辛うじて気が付いた。俺が本気ならお前は突き殺されてたぞ」

 

 そう言っている間に、義勇の頭に先程の風呂敷が落ちてきて垂れ下がり、前が見えているのかいないのか分からないが話し続ける。

 

「不意打ちを掛けてくる鬼はそこまで多くは無いが、必ずしもそうでは無い、気を付けていけ」

 

「はい、有難う御座います!」

 

 義勇はいつもの足音を立てながら、彼の感謝を背で感じその場を後にした。頭と顔には変わらず、垂れ下がった風呂敷をそのままにして。 

 

 だが、炭次郎は彼には言わないもう一つの疑問を持っていた。どうして任務でも無い時でも時折、義勇さんから死んだ人の匂いがするのだろうと。

 

 

 

 

 義勇は、警官服に着替えた後に周りを特に気にした。再び胡蝶に尾行されていないかを。もしそうならば次こそは、縄でがんじがらめに縛り上げ、蝶屋敷の木に吊り下げて晒し者にし恥をかかせようと思っていた。そして、居ないことを確認終えた後、市井に紛れていく。

 

 同様に巡回していた錆兎と出くわし、互いに目配せで人混みの多い表通りの路地で話す事にした。建物を背に錆兎は日の当たる表通りに、義勇は直ぐ傍の日影の路地裏で。

 

「義勇、あの女はどうするつもりだ?」

 

「昨日の事か、問題無い・・・奴も大人しくしている」

 

「本当か?」

 

 真菰も含め長い付き合いの三人であり、多少の嘘など見抜いてしまう。とはいえ、それ以上追及しても埒が明かないのでその程度にした。

 

「それで、あの大臣のその後はどうなった?」

 

「・・・真菰が締め上げた従者の男、今朝になって目を覚ましたら主が死んでいるのを見て、驚天動地の勢いで警察に駆け込んできた。現役の大臣が殺された。しかも無様な姿となっては、軍人としての威信に関わる。だから、今の所はまだ公表しないが病死扱いで数日後、盛大な葬式が行われるだろう。政府の筋は今そう動いている。だが裏では、犯人を捜しているぞ」

 

「動きが速いな・・・それに盛大な葬式か・・・、悪党が英雄扱いとはとんだ滑稽な話だな」

 

 そう言った後、義勇は自分が他人を悪党と言う資格が果たしてあるのか、と無表情で語るに対し錆兎も同じ感情で否定はしない。

 

 周りは、人力車や大八車、せわしなく行きかう人々で溢れ、誰も彼らを気に留める者は居ない。

 

「従者の・・・仙二はどうなった?」

 

「奴は俺達の所に駆け込んで来たは良いが、調書を取った後牢に入れた。上の判断で余計な事を喋られたら困るからな。適当な罪状でな・・・婦女暴行だったな」

 

「・・・真菰が納得するだろう」

 

「あいつは実行はしていない。ただ、大臣の蛮行を何人も黙って見殺しにはしてきたがな」

 

「主である大臣の罪を明かせば、逆に自分が適当な罪で捕まるか、消されるか・・・だな」

 

 しばし二人はこれからの事をどうするか考え、今の所は自分達への追手は無さそうな事、気がかりなのは真菰の風体は多少記憶にあるだろうという事。

 とはいえ、彼らが100%完璧な仕事は行うのは簡単ではない。多少の綻びがあっても覚悟せざるを得ないと腹を括っている、それが掟よりも感情を優先しがちな彼らだからだ。

 

「頼み人はどうなった?」

 

「ああ・・・」

 

 錆兎は普段は着ない和服と狐面で顔を隠し、声色も変えて仕掛けの依頼をしてくる頼み人と交渉を行う。

 彼は今朝直ぐに頼み人である彼女の元へ、見知らぬ童に菓子を渡して手紙の受け渡しを頼み、人気の少ない墓地で落ち合う事にした。

 頼んだ仕事の結果が世間に明るみになるのは、数日後であろうと。

 

「ありがとうございます・・・これで、死んだ夫も浮かばれます・・・」

 

 この頼み人は、余り人を疑わない。当然だが中には仕掛人と偽って、金銭だけ受け取って依頼を果たさない者もいる。義勇達はそういう外道を見つけた場合は始末している。 

 逆に頼み人が嘘の依頼をした場合はその者は死を以てその報いを受ける。

 

 錆兎の中で真菰の言葉が蘇る。本来彼の仕事はそこで終わりだが、つい必要以上に聞いてしまう、この後どうするつもりかと。

 

「・・・女一人、裁縫仕事でも何とか・・・」

 

 そう言うが、錆兎は頼み人の身辺調査で見た時のその借りた部屋の中には家財道具は最低限しかなく、化粧道具も無かった。色々苦労して頼み料を工面した事は分かる。

 錆兎の感性の判断で、死相が見えた。ああ・・・やはり、死ぬつもりだと。

 彼の今回の仕事の取り分は200円だった。とはいえ、それが全て手元に残る訳ではない。標的の大臣への身辺調査やそれに近い人間への聞き取りなどで数十円は掛かっている。

 その手元に残った金額の半分を錆兎は頼み人の前に置いた。

 

「これは・・・?」

 

「・・・俺が実行した訳ではない。頼みはある者に依頼した。だから俺の取り分はこれで十分だ」

 

 十分な訳ではない。一国の大臣級の相手ならば、当時の値段で3,000円でも安い位だ。

 

 

「いえ、受け取れません・・・どうかお受け取りください・・・」

 

「いらぬのなら、その辺の食い扶持に喘ぐ者達に配ればいい・・・」

 

 そう言い残し、有無も言わせずに錆兎は去っていった。

 これで本当に良かったのか、偽善の自己満足では無かったのか?いや、これ以上もう考えるのはよそう。生きるか死ぬかは彼女次第だ・・・もう俺の仕事ではない。

 

 

 義勇は一通り話を聞き、・・・そうか、と呟いたのみだった。

 

「あいつには、義勇から話してくれ・・・」

 

 彼は沈黙で了承した、錆兎もその件で真菰と正面から話すのを避けたかったのを察した。

 

 

 この街の中心部から少し離れた大通りに面した場所に、「カフェー・エテ」がある。

 2階建ての喫茶店であり、エテはフランス語で夏を意味する。1階はコーヒーや酒類、食事が出来る場所だけでなく小さいホールもあり時折芝居や演奏を行い、一般人だけでなく文化人、軍人や時には政治家も来訪する。

 2階は将棋や囲碁、ビリヤードも置かれ、希望者には有料で会合にも使われる。そこで真菰はウェイトレスとして働いている。

 

 天気のは良い日は、外の通りでもテーブル、イスを置き、注文が出来るようにしている。真菰は看板娘であり、彼女目当てに来る男性客や化粧の仕方を教わりに来る女性客もいる。

 

「いつもご贔屓にありがとうございます~ゆっくりしていってくださいね、ふふふ」

 

 真菰の外見だけでなく仕草、言動に癒されるという、但し昔から付き合いのある男にとってはその外ずらに内心吐き気を催す。

 

「・・・コーヒー一杯貰おうか?」

 

 男性客と談笑していた真菰は、その声に一瞬険しい顔になるが、彼らに一礼した後、その男の所へ注文確認へ行く。周りの客達から少し離れた場所だ。

 

「もう~お巡りさん?他にもご注文はないんですか?」

 

「・・・癒される・・・か・・・」

 

 ある男、義勇は先程の談笑の内容が聞こえている、外面はいつもの能面だが、内心大失笑しているのは付き合いの長いものであれば分かる。

 

「お巡りさん、あなた様には、一杯50円で提供しますね?」

 

「法外な店だな、後で摘発対象だ」

 

「モグリなお巡りさんに言われたくないです!」

 

 義勇と真菰は一しきり嫌味の応酬をし終え、注文のコーヒーを届けてから本題に入る。錆兎との話を伝えた、頼み人の事も。

 

「・・・生きてて欲しいな・・・奥さん可哀そう・・・」

 

「・・・死んだ方が幸福だと言う事もある・・・」

 

 その発言に憤慨された後、義勇は話題を逸らし、何故そんなに金を貯めたいか尋ねた。

 

「・・・あたしはこの店で何とかやっていけるけど、地方から売られてきた女の人もいるから・・・お金があれば体売らずに済んだのに・・・何とかならない?」

 

「無理だな・・・国が貧しい限り。地方も豊かにするには、それなりの者でなくては・・・」

 

「義勇も選挙権あるんでしょ、良いよね男の人は?」

 

「いや・・・」

 

 この時代、男で年齢25以上、現在価値で年間約1000万円程の直接税金を払えば選挙権を会得できる。義勇も錆兎もその年齢に達し、一度位ならば何とかその額を払えるかもしれないが、ただ彼らは仕掛人であり、資産家ではないので選挙管理から訝しがられると面倒な為、行わないだろう。当然だが女性も選挙権会得には1946年を待たねばならない。

 

「仮に選挙権があっても、変えられるのは衆議院の議員のみだ。貴族院は庶民・・・いや、資産家達の選挙でも変えられん」

 

「はぁ~・・・早く良い国になって欲しいね」

 

「無理だな、未来永劫そんな事は・・・」

 

「どうしてそういう事言うかな~!!」

 

 真菰は義勇の両頬を引っ張り、彼は早く別の客の所へ行けと言い返す。

 

「お巡りさん、またツケですか?もう二度と来ないで下さいね~」

 

 そう言って真菰は別の客の所へ給仕に行くが、実は今まで義勇の注文の料金を払わせた事が無く、彼女が全て立て替えている。

 

 

 

 その後、義勇は馴染みの死体置き場所に出向き、新鮮なそれらを何体か受け取った後、馬にその荷台を引かせながら人気の無い森の奥へと消えて行った。

 

 

 

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