例えば、冨岡義勇が仕掛人だった際   作:聖獅

6 / 7
 新しい戦前と言う言葉を耳にしまして、本年はどういう年になるでしょう?

「もちろん、一般市民は戦争を望んでいない。貧しい農民にとって、戦争から得られる最善の結果といえば、自分の農場に五体満足で戻ることなのだから、わざわざ自分の命を危険に晒したいと考えるはずがない。当然、普通の市民は戦争が嫌いだ。
 しかし、結局、政策を決定するのは国の指導者達であり、国民をそれに巻き込むのは、民主主義だろうと、ファシスト的独裁制だろうと、議会制だろうと共産主義的独裁制だろうと、常に簡単なことだ。
 国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。とても単純だ。
 自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい。そして、平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。
 この方法はどの国でも同じように通用するものだ。」(ヘルマン・ゲーリング)



大正柱一腕相撲大会

 これは、冨岡義勇が柱に就任してから、1年程経った時。

 

 お館様こと産屋敷耀哉は冨岡義勇を警戒していた・・・。

 鬼殺隊に入った年齢は皆より比較的遅いものの、最終選別後は目覚ましい働きで誰よりも早く柱になったかと思えば、その後は余り戦果を挙げていない。耀哉子飼いのカラス達の報告では、普段の彼は縁側で寝てるか、時折鬼を斬った程度。自分の指令でも、3回に1回は他の柱に代わって欲しいと頭を下げ辞退する事がある。

 

 場合によっては、無惨が寄こした人間の間者ではないかと疑ったが、その可能性も低い。時折、警官と密会していた疑いもある。公にはせずとも、これだけの大組織であれば、何処かでその存在は分かってしまう、どういう組織までかは分からずとも。

 秘密裡にする為には政府の商売への助言、寄付などでそこの要人の数人とは懇意にしてある。その中の誰かが自分達の弱みを握る為、鬼殺隊への内偵調査か?とも考えたが判然としない。

 彼の心眼を以てしても、義勇の胸の内は今一つ推し量れない。

 

 普段の行動は他の柱とは一線を引き、胡蝶以外とは必要以上に会話をしようともしない・・・彼女が一方的に話しかけているとも言えるらしいが。

 耀哉を信頼していない訳でも無さそうだが、やはりはっきりしない。

 

 彼なりの使命感に燃えて鬼殺隊に入ったが、理想と現実の落差に落胆し、やる気を失ったのかもしれない・・・最終選別や指揮に関する耀哉の方針への不満なのか、或いは、同じ柱同士に不満があり、人間関係のこじれでやる気を削いだのもかもしれない。

 

 彼の心情を推し量る為にも一つ揺さ振りを掛けてみようと、最も信頼を置く柱、悲鳴嶼行冥を呼んだ。

 

 

 

 そして翌日、胡蝶しのぶが、義勇を連れて産屋敷邸の一室に来ると、そこでは文机の上で柱達が腕相撲をしていた。

 

「なんだこれは?」

 

 義勇は、胡蝶によると産屋敷耀哉が火急の用があるから来て欲しいと言われたので来たのだが・・・。

 

「はい、腕相撲です♪」

 

 彼は、表面的にはそこまで変化は無いが、判る者には判る憤怒の顔で彼女を睨みつける。だが、胡蝶はまるで応えていない、寧ろ・・・。

 

 ああ・・・、義勇さんの怒り顔・・・素敵です!ずっと睨み付けられていたい・・・ふふふ、まずは私の一任務達成です。

 

 

 普通に“腕相撲します”と言っても断られる可能性があったが、わざわざ嘘を付かずに、“柱会合があるので来てください”と一応嘘ではない範囲で言えばよかったものを・・・。

 

「失礼する」

 

「おや?敵前逃亡は士道不覚悟、でしたか?冨岡さん」

 

「知らん、俺は侍では無いから関係ない。お館様が火急の用と言うから、来たものの・・・」

 

「嘘を付いたのは申し訳ありませんが、お館様のお願いと言う点では間違ってはいませんよ?」

 

「何・・・?」

 

「本当は内緒なのですが、お館様が冨岡さんの事、案じておられていたので・・・。冨岡さんの笑った顔を見たいとの事です!」

 

 笑顔で語り掛ける胡蝶に、義勇は一瞬嫌な顔になる。

 

 元締が、俺を?・・・成程、警戒しているから俺の様子を探る魂胆か・・・仕方ない、(裏の仕事を明かす訳にもいかないが)最低限信用はさせておいた方がいいか・・・。

 

 うふふ、嫌な顔されているのも可愛いです。

 

 

 二人は互いに真逆な事を考えている。

 

「・・・分かった、俺もやろう」

 

「そうこなくては」

 

 胡蝶は悲鳴嶼を呼びに行く。義勇は、彼の一挙手一投足を改めて観察した。

 

 ・・・この男は柱でもかなりの手練れ・・・財力や権力という点では、元締に遠く及ばないが今まで聞いた話では戦闘や現場指揮では、組織内でも1,2位を争う。良い機会だ、その片鱗を少しでも見ておこう。

 

 そう思った義勇は、どうせやるならと、空になった酒樽を運んできて、部屋内の畳を傷めないように二重、三重に風呂敷を敷く。

 本当は外で行うのが良いのだが、空は生憎の小雨であった。

 

 周りの柱達の大半は産屋敷耀哉の意図を額面通りに受けとめたものの、義勇が殊の外やる気を出しているので、内心驚いていた。

 

 義勇は悲鳴嶼と相対し、両者が立った状態で腕を組み合うと、周りは自然に手を止め彼らの勝負を見守り始めた。

 

 「では、俺が審判を務めよう、位置は良いな?では初め!」

 

 審判役の煉獄杏寿郎が合図をした瞬間、空気に亀裂が走ったような感覚を周囲は感じた。

 

 義勇はいつもの能面顔だが、普段見せない変化を胡蝶は感じ、悲鳴嶼は簡単な相手ではないと改めて悟り、力を込める。

 

 悲鳴嶼行冥・・・身の丈220㎝もある大男と比べれば、義勇は小人・・・今の時代において決して小柄ではなく、寧ろ大柄な方だ。それでも、彼と比べると子供のような背丈だ。

 もし、今から100年程先の未来ならば、悲鳴嶼はネアンデルタール人の血を覚醒遺伝で色濃く受け継いだのではないかと推察される。一般人は当然、ホモサピエンスの血が濃く、身体能力においてネアンデルタール人の方が数段上であり、まともな力勝負では勝てる相手ではない。果たして義勇はどう対応するのか?

 

 義勇は無表情のままその手を握ると、成程、熊の手のような大きく頑丈な手、そこから伝わる覇気、やはり只者ではない。これほどの相手は錆兎以来だと考えていた。

 

 悲鳴嶼は普通に勝負に出るが、直ぐには決着が付かない。

 

 ほぉ・・・。冨岡は、私の力を体の外へ逃がしているのか・・・?

 

 彼の足への圧が畳へとめり込む。

 

 そこで拮抗した状態を先に破ったのは義勇だった。手を挙げ、待ったの合図を掛けた。

 

「む?どうした冨岡?」

 

「一旦仕切りなおさせてくれ」

 

 そう言って、手を放し、義勇は羽織を脱ぐと畳に下す。そこで布らしからぬ音がしたので、怪訝に思った宇髄天元が手に取ると、

 

「おい?なんだこりゃ?」

 

 彼はその葡萄色の羽織の重さに驚愕した。鎖帷子・・・より更に重く、恐らくその形状であるだろう拵えの上に羽織が縫い付けられている。彼も元忍びで重りを付けた鍛錬はしてはいるものの、今までの柱合会議などで冨岡と会った時にまさか、普段もこの重さで動いていて、周りにそれと気付かせない動きに思わず感嘆してしまった。 

 そんな宇髄の驚きの声を聞き流して、義勇は隊服のボタンを数か所外し、腹の底から地響く大きくは無いが低く長い気合声を発した。

 

 心なしか大気が揺れ、火花が飛び散るような空気感。

 

 それを見て黄色い声を上げる甘露寺蜜璃と、それを見て嫉妬して義勇にくだらないことをするなと怒り出す伊黒小芭内と、それを見て何故か鼻血を出す胡蝶しのぶ。

 

「あら?しのぶちゃん、鼻から血が出てるわ?大丈夫?」

 

「これは鼻血ではありません。鼻水がたまたま赤いだけなので、なんの問題もありませんよ。これが鼻血だという根拠はなんでしょう?」

 

「そ、そう?大丈夫なら良いんだけど」

 

 それに感化された悲鳴嶼も僅かに笑みを浮かべ、持っていた数珠を打ち鳴らし、その反動で珠が砕け散り、周りの空気へ振動させる。

 

 両者再び、勝負を再開するが、先程とは明らかに違う。

 

「うおおおおおおお!!!」

 

「ぐぬぬぬぬぬぬうおおお!!!」

 

 互いに声を発し、本気を出し始める。

 肘を付けた所から樽にひびが入り、周りの空気が本当に振動し始め、互いに一歩も譲らない。純粋な力ならば悲鳴嶼の方が義勇よりも数段上だが、それを技術力で補っている。

 

 義勇は油断させて悟られない範囲で力を抜き、悲鳴嶼が一気に畳みかける所を逆襲し追い詰めるもそれを寸でで食い止め、再び元に戻されるなどの合気の技と力の応酬が激突し、義勇の足元がめり込み、畳に足跡が付いてしまう。

 

 胡蝶は何故か鼻血と涙を流し、甘露寺が更に黄色い悲鳴を上げ、観戦している男連中は、物事に無関心な時透無一郎ですら二人の勝負に見入っている。

 

 そろそろ決めようと悲鳴嶼が勝負に出た所で、義勇は熱くなり過ぎたと悟り、悲鳴嶼の戦い方の一端が分かったのだから、もう十分だ、この辺で終わりにしようと決着に出た。

 その瞬間、樽は真っ二つに割れ、義勇の足元の畳も曲がり、二人の腕が地面に着いた。

 

「・・・む!!勝敗は・・・?」

 

 

 

 勝者は悲鳴嶼。彼は稀に見ない大汗をかいていた。

 

 義勇はむっくりと立ち上がると、羽織を着て退出しようとする。

 

「いやぁ、中々ド派手で良かったぜ!冨岡がまさか此処までやるとはな・・・。だが、やっぱり悲鳴嶼の旦那だな、流石だぜ!」

 

「いや・・・」

 

 宇髄の賞賛をよそに、冨岡はまだ全力を出していなかった・・・そんな気がする。確証がないので、悲鳴嶼はその言葉を飲み込んだ。

 

 男達は今の試合ぶりを見て感化され、心の中で武者震いをし、女二人は拍手をしている。

 

 そんな中、義勇はさっさと身支度を整え、気配を消して割れた酒樽を風呂敷に包んでとっとと退散しようと襖を開け、気付かれないように退出しようとする。自分が傷ませた畳は皆が帰った後でも、こっそり後で代えればで良い。

 

 だが、胡蝶がその風呂敷を捕まえる。

 

「どちらに行くんですか?まだ帰っちゃだめですよ?」

 

「・・・用を足しにだ」

 

「嘘です、このまま用が済んだから逃げようとはそうはいきませんよ?私とも腕相撲してください」

 

 義勇は心底面倒そうな顔をしたが、

 

「それよりも胡蝶、鼻血が出ているが大丈夫か?」

 

「え?きゃ!?私とした事が・・・これは、鼻血ではありません。鼻から赤い水が出ていただけです」

 

 しのぶは懐から懐紙を取り出し、恥ずかしそうに鼻を拭く。

 

 義勇は、鼻血ではない赤い鼻水とは一体なんだ?医者である胡蝶がそう言うのだから、そうなのだろうか?と思ったが面倒なので言うのをやめた。 

 

「いよぉーーーし!俺も冨岡に負けてられねぇぞ!悲鳴嶼さんに負けねぇよお、ド派手に樽をぶち破るぞ!!・・・え?おい!とみおかぁああ、何地味に帰ろうとしてやがるんだ!」」

 

 段々、この会の趣旨がブレ始めている。

 

「そうです、宇髄さん。冨岡さんは疲れたとか言って、帰ろうとしてるんですよ?困ったものです」

 

「柱がこの程度で疲れてどうすんだ!呼吸出来てんのか?柱降ろすぞ!」

 

 出来れば降ろしてくれ、とも思ったが柱だからこそ出来る権限もある。それに宇髄の独断で義勇の柱の地位を剥奪は出来ない位の事は分かっているが、その背後にいる産屋敷耀哉の存在を思い出すと、そうだ、警戒を多少なりとも解くために俺はこの茶番に参加したのだったと、その事を思い出した。

 

「ぐうおおおお!!なんで樽割れねぇんだよ!とみおかぁあ!てめぇ手抜いてるのか!!」

 

「・・・これが今の俺の全力だ、どうしてもと言うなら、またの機会にしてくれ」

 

 義勇は柱としても先輩であり、年齢も上の宇髄にぞんざいな言葉使いをしている、他の柱にも同じようにしているのは好かれないように、距離を取る為に行っている。

 

 勝負は宇髄の勝ちだが、先程の勝負と比べ、明らかに義勇の覇気が落ちている。本人は体力消耗しているからと取り繕うが宇髄は疑っている。

 彼も暇では無いので、その内再戦の事など忘れてしまう。

 

 続いて煉獄、不死川実弥と勝負し、義勇は負ける。煉獄は素直に義勇は疲れているので止む無しと受け止めるも、不死川は奴は自分達の事を見下していて、全力を出さず負けても良いと思っているだろうと見ている。

 

 この間、流石に汗をたらしている義勇。何故か胡蝶が自分を凝視していて、感情が目まぐるしく動いていたような気がする・・・。何やら女二人で騒いでいる。

 真菰も胡蝶達位の年齢の時は、中々騒がしかった。いや・・・今も騒がしいが、あの頃はもっとだった・・・。長い付き合いの真菰ですら理解不能な事がある。それ程の付き合いでもない、この二人など俺の理解が及ぶところではない。胡蝶一人ならまだ普通だが、甘露寺と二人になるとうるさくなってくる。これで仮に真菰が加わったらと思うとぞっとする、その騒がしさに。

 

「・・・わが生涯に一遍の悔いはありません・・・甘露寺さん、後の事は頼みます」

 

 胡蝶は涙を流しながら、満足気に畳の上で手を合わせ倒れている。

 

「しのぶちゃーーん、どうしてこんな事に!」

 

 ・・・他の男連中も何事かと一瞬注目すれど、良く分からないので無視している、では俺にも分かる訳が無いのだから無視しよう・・・伊黒だけが温かい眼差しで甘露寺を見ているが、あれは例外だな。

 

 彼女達が一通り騒いだ後、次に甘露寺が相手となる。

 

「・・・胡蝶と一体何を話していたんだ?」

 

 彼女らの奇行につい関心を持ってしまう。

 

「・・・それって、しのぶちゃんの事?」

 

「・・・?そう言っているんだが・・・」

 

「しのぶちゃんのことーー!!あたし、負けないよ!」

 

 全身から気合が迸る・・・彼女の桜餅色の髪の毛が一瞬、金色に見えたのは気のせいだろう。そして、怒っているのか楽しんでいるのか、よく分からない甘露寺は、もう俺には理解が不能だ。唯一理解してそうな伊黒を見たが、本人はどうやら理解しているというより元気な甘露寺を視ていて満足しているだけのようであり、今は俺に怨嗟の念を送ってきている。形の上では甘露寺と手を握っているからだろう。腕相撲位、広い心で見れないのか?

 

 流石に、女相手に負けたら明らかに手を抜いていると思われるか?とそう思ったが、実際組んでみると並の男よりも筋力がある。

 話には聞いていたが、中々のものだ。腕の筋肉だけなら俺と余り差はないか・・・。

 

 

 甘露寺は顔を真っ赤にして全力で、勝ちにいこうとしている。義勇は無表情のまま、どうするか思案した。普通に勝つか、それとも負けようか・・・そして、必死な彼女を見て、つい悪戯心が芽生えた。彼女だけが聞こえるように顔を少し寄せて、囁いた。

 

「・・・甘露寺、樽がたるんだ・・・」

 

 一瞬、何が起こったか分からず、義勇の顔を凝視したが数秒後その意味を理解し、それを言った本人は無表情のままでいる事も加味され、言葉そのものはそれ程では無くても、その意外性に辛抱溜まらず、甘露寺は豪快に吹き出し力が抜けて、義勇は腕の重さのみで勝利した。

 

 手が離れた後は、畳の上で転がりながら腹を抱えて笑いを必死に噛み殺していた。

 そこに伊黒が義勇に怒り出す。

 

「とみおかあ!貴様、甘露寺に「甘露寺さんに何をされたのですか?」

 

 先程まで倒れていたしのぶが、立ち上がって伊黒の前に進み出てきた。顔はいつもの微笑だが、何故か怒っている気配がする。

 

「・・・俺は何もしていない」

 

「ふざけ「嘘です、何か仰いましたよね?わかってますよ?」

 

 伊黒が罵倒する前に、胡蝶が先に言ってしまうため、彼も憤りを失い、甘露寺が笑い堪えながら何でもないと彼を止めた為、引き下がらざるを得なかった。

 

 この間、義勇は胸の内で、水の呼吸 拾壱の型 凪 を行った。

 凪とは、風が無く穏やかな海の状態を言い、これを文字通り心の中を平静に保つために行った。

 

 次は、伊黒が相手となり、

 

「冨岡!甘露寺を笑わせた罪、万死に値する!お前如きには負けん!」

 

 とんでもない暴君だなと思い、理不尽な物言いに少々腹を立てたので、義勇は伊黒を瞬殺した。

 

 次の時透にも普通に勝ち、そして・・・。

 

「とうとう、此処まで辿り着かれましたね・・・最後は私が・・・もう!帰ろうとしないでください!」

 

 しのぶは義勇が再び風呂敷担いで逃げようとするのを捕まえる。

 

「・・・お前の勝ちで良い」

 

「何を仰るのですか!勝負はやってみなければ分かりません!」

 

 何故か頬を紅潮させて、やる気をだす同役・・・。

 

「それに・・・甘露寺さんに一体・・・何を言われたのですか・・・?」

 

「・・・俺は何も言っていない」

 

「大丈夫ですよ?実は俺も甘露寺の事が好きだ、なんて言われてたとしても、優しい毒で殺して差し上げますからね?」

 

 そう言って笑顔でいうしのぶに、この恐ろしさは真菰のそれに匹敵するなと思い、仕方なく勝負に応じる。

 

 案の定、胡蝶は突く筋力は中々だろうが、鬼の首を斬るのに必要な刀を引く力・・・は弱い。その点では身長と同じ一般女性と大差は無い。

 

 それでも、しのぶは本気を出さず勝とうとする気が見えてこない。何故か自分を凝視し、あろうことかしのぶは両手で義勇の片手を覆う。他の皆はどうやったら腕相撲だけで樽を壊せるのかと色々熱中し始めたので、義勇達には誰も注目していない。これではただ手を握って話しているだけになっている。

 

「・・・胡蝶、反則だぞ」

 

「知りません。伊黒さんというお似合いの方がいる甘露寺さんに手を出す方には、反則しても良いんです」

 

「俺は何も言っていない」

 

「嘘です!私、義勇さんの口を見てたので分かります」

 

 読唇したのか、と苦虫を潰す。

 

「良いんですよ、そうやってだんまり決め込まれるのでしたら、今度お茶をお出しする時には、苦しむ毒を入れて差し上げますから」

 

 こいつが言うと、冗談ではなく本気でやりかねない。何故俺はこんな女に絡まれているのだろうと理解に苦しむ。仕方ない、そう思った義勇はしのぶに耳打ちした。

 

「・・・・・・」

 

 義勇は言った後、視線を反らす。しのぶは両手を離して、口を抑えながら笑いをかみ殺していたので、心の中で再び 凪 を発動させたが、今度は自分の羞恥心を防ぎきれず、顔に出てしまった。

 

「む?すまん、審判である俺がうっかり見過ごしていた!冨岡と胡蝶、どっちが勝ったのだ?」

 

「煉獄さん、私が負けました。勝負につい力が入ってしまい、両手を使ったので私の反則負けです」

 

「胡蝶らしくないな、まぁ仕方がない。次から気を付けるんだ」

 

「はい、うっかりです、ふふふ」

 

 義勇はそんな胡蝶の姿をみて、戦慄を覚えた。この女は一体何者なのだと。そして、そもそも自分は一体何故ここに来たのかという当初の目的を忘れてしまう所だった。

 

 向こうの方では、宇髄が肘打ちで樽を壊し、それでは方法が違うと窘められたりと騒いでいる。もう、ほとんどの者が義勇へ関心はいっていない。

 

 鬼殺隊の任務でいつ命を落とすか分からない、此処に居る全員がその心でいる。だが、ある鬼が自分の親しい鬼を殺されたからと復讐して来る事はほとんどない。しかし仕掛人である自分の場合は、いつか誰かの恨みで、復讐で殺される日が来るだろうという予感がある・・・。

 いつか来る死を前に、時にはこういう戯れに乗るのも悪くは無いかとふっと笑みが漏れ、風呂敷を担いで去ろうとするその表情を、胡蝶しのぶに見られていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。