婚約破棄されたので復讐するつもりでしたが、運命の人と出会ったのでどうでも良くなってしまいました。これからは愛する彼と自由に生きます!   作:柴野いずみ

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第五話 王都の市場

「手持ちの品は、たったこれだけだなんて」

 

 グレースがそう言って見つめたのは、真珠のネックレスだった。

 これは実母の遺品だ。高く売れば、そこそこの値段にはなるだろうと思われる。

 母との思い出を売るのは嫌だったが、しかし必要なことなので仕方ないと割り切るしかないだろう。

 

 継母に啖呵を切ったはいいものの、結局は怒鳴り合いになり、これしか持つことができなかったのだ。

 しかしネックレス一つでもないよりはマシ。ネックレスをお金に変えるとして、さてまず何をしよう。

 

 下町で働く? そんなことが元貴族令嬢であるグレースにできるだろうか。

 そもそも平民の暮らしがわからない。金を無駄に使いすぎてしまう、だなんてことになったら破滅するのは目に見えている。

 

 とりあえずは平民の市場にでも行って、必要な物を買い出ししながら平民の暮らしを学び、この先の生き方を決めなければならない。

 

 どうして自分がこんな目に。

 何度浮かんだかわからないその言葉が、グレースの脳裏をよぎった。

 

 彼女は王太子妃として生きるはずだったのに。

 王妃教育はもう完成していた。歴代の王妃で最速の期間で教育を終えたのだ。

 

 なのにその結果がこれ。笑ってしまう。

 いくら国の勉強をしたところで平民になってしまえば何の意味もないというのに……。

 

「例えば王家の秘密情報を反逆者に売り、金を得るという手もありますね。ああでも、そういった手の者に捕らえられてはたまったものではありませんし、それはとりあえず却下ということで……。さて、どうしましょう?」

 

 良案はどうにもこうにも浮かんで来ない。

 そうしているうちに、市場へ辿り着いた。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 王都一番の市場とだけあってか、活気に溢れている。

 人通りが多く細身のグレースは押しやられて倒れそうになってしまった。どうやら、ハイヒールにドレスというこの格好は歩くには向いていないらしい。

 

「ああもう。外出用のドレスを着ていたのが間違いでした」

 

 服装は、あの社交パーティーへ向かった時と同じだった。

 せめて普段着のドレスであれば幾許かは歩きやすかったかも知れない。そんなことを考えながら、まずは宝石商の店へ向かった。

 

 真珠のネックレスを見ると宝石商は「うぉう」と声を上げた。

 どうやらかなりの値段があるらしい。

 

「金貨何枚になりますか?」

 

「余裕で金貨十枚にはなるが……お嬢ちゃん、もしかしてどこかのお貴族様かい?」

 

 グレースは笑った。「ええ、今朝までは」

 

 金貨を受け取り、店を出る。

 店主に聞いたところ金貨十枚というのは、平民が五年は贅沢に暮らせるほどの金らしい。

 貴族でいえば金貨十枚など、一度の買い物に使うほどの金でしかないのだが……。グレースは貴族と平民の差に驚かされた。

 

 違っていたのは金だけではない。

 言葉も、まるで別の国の言語を聞いているようだった。身なりは皆驚くほどボロボロであり、可哀想になってくる。

 それほど金に困っているのだろう。ここはアグリシエの領地から離れているから来たことがなかったが、これが平民の普通なのだろうか。

 アグリシエ侯爵領は富んでいる。だから平民も割合裕福なイメージがあったのだ。

 

 平民はどれほど生活に苦労しているのだろう。金があったら恵んでやりたいが、生憎今は金貨十枚しか手持ちではない。

 

「他に必要な物は何でしょうか? 家? 食料?」

 

 食料はともかく、家を買うのは難しいだろう。

 金銭的には足りるかも知れないが、一体どんな家がいいのかとかは何もわからない。そもそも仕事を探さないと、失った分の金が取り戻せない。

 

 一体、グレースに平民の仕事ができるのか?

 パッと考えついた情報流しの仕事以外は、汚い男どもに体を売ることくらいしか思いつかない。

 

 でもさすがに妾以下に転落するのは嫌だった。グレースの女としての誇りがそれを許すはずがない。

 しかし状況は逼迫している。今日眠るのはどうするのか。もう昼過ぎである以上、夜へ向けて考えなければいけないのはそれだった。

 

「……いいことを思いつきました。とりあえず、宿を取りましょう」

 

 侍女たちの話で、宿というのがあるのは知っている。実際に泊まったことはないが。

 そこへ行けばおそらく一日くらいは休めるはずだ。今打てる手はこれしかない、と思った。

 

 グレースは少々の食料を買い込むと、次は宿屋を探し始めた。

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