婚約破棄されたので復讐するつもりでしたが、運命の人と出会ったのでどうでも良くなってしまいました。これからは愛する彼と自由に生きます!   作:柴野いずみ

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第七話 変装してみる

「いくら王都の人々がワタクシのことを知らないとはいえ、きっと富豪や商人であれば名前くらいは知っているはず。それに加えてワタクシの姿を見たことのある者もいるに違いありませんね」

 

 グレースは独り言を呟きながら、商店街を歩く。

 

「そのためにワタクシの正体を隠す必要があるでしょうね」

 

 グレースは社交界の華だった。

 それだけあって容姿は淡麗であるし、何より目立つ。

 

 栗色の髪は腰元までに切り揃えられており、なんともいえない輝きを放っている。

 空色の瞳は平民にはあまりない色だ。空を映したようだと評されたそれはかえって今は煩わしく思えた。

 そして日に焼けていない色白の肌。こんなのを持つのは貴族だけだ。

 

 薄黄色のドレスはあまりにも高級だし、頭上に躍る白いリボンはお嬢様特有のものだった。

 

 これらをどうにかしないと、そのうちグレースがただの平民でないことが明らかになり大騒ぎになってしまうだろう。

 そうならないためにはまず変装をしなくてはならなかった。そういうわけでグレースは、洋服屋へ行ってみることにしたのである。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 洋服屋に着き、しばらく観察していると、平民たちがどんな服を買っているのかがわかった。

 どうやらここは婦人服の店らしいが、客が手にするのは皆、男物のようなズボンやTシャツばかりだった。とてもとても女の服とは思えないそれらはおそらく平民の普通なのだろう。

 

 グレースはそれを興味津々で眺める。しかしさすがにズボンを買う気にはなれない。

 例え兵員堕ちしても、身だしなみくらいは気を使うべきだと思うからだ。

 

 動きやすく目立たず、しかし可愛らしい服。これが彼女の理想である。

 そしてその理想の服を求め、グレースは店へと足を踏み入れた。

 

 店の中、グレースの姿は周りの婦人たちの注目の的になる。

 「何あの子」「お金持ち?」「貴族のお忍びじゃない?」などとひそひそ声が聞こえてくるが、彼女はあえて気にしないことにした。そのまま店の奥へ行き、店主に声をかける。

 

「あの。ホームドレスなどを売っていただけますか? それと動きやすい靴をお願いします」

 

 店主もグレースを一目見てギョッと目を見開く。

 しかしさすがは商売人とあってかその動揺を声には出さず、こう言った。

 

「お客さん。ここではホームドレスってのは取り扱ってないよ」

 

「まあ」驚くグレース。「ホームドレスもないのですか」

 

 ホームドレスは、ドレスの中でも一番楽な物である。

 部屋着と言ってもいいだろう。そんな物すら、平民の利用する店にはないらしかった。

 

 「代わりに」ということで店主が持ってきたのは、丈の短い服だった。

 こんな洋服は見たことがない。首を傾げるグレースに店主は説明する。

 

「これはワンピースだよ。ちょっとしたお出かけには持ってこいさ」

 

 その洋服にはコルセットがなかった。

 ドレスには当たり前のようにコルセットがある。ホームドレスですらそうだ。それにすっかり慣れてしまっていたグレースの驚きと言ったら。

 

「これで外出するのですか?」

 

「そうだよお客さん、もしかしてお金持ちの商家の娘さんかい?」

 

 グレースは首を横に振り、ごまかしの笑みを浮かべる。

 そしてそのワンピースとやらの洋服を手に取った。

 

「これ、買います。どうぞお値段を教えてくださいまし」

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ワンピースとサンダルという靴を購入したグレース。

 とっととドレスやリボンを売り払い金貨に変えると、彼女は店を出る。

 

 その姿はまるで先ほどまでの彼女とは同じには見えなかったことだろう。

 黄色いワンピースは平民用のおしゃれ着だし、髪型もポニーテールでまとめたから、そこら辺の町娘にしか見えないに違いない。

 

 実際、彼女を注視する視線は大きく減っていた。

 

「歩きやすくなりましたし、これでもう誰もグレースだとは気づかないことでしょう。……できれば化粧などできればよかったのですが、どうやら平民にはそういう風習がないようですね」

 

 街の人々に尋ねてみたが、化粧屋はどこにもないらしい。

 ないものは仕方ないので諦め、変装はこれで完成ということにしておこう。

 

「……さてと。そろそろ」

 

 こうしてすっかり別人のようになったグレースは、昨日買い込んだ食料を片手に、この街を出ることを決意する。

 王都は便利がいいが、王都にいる限りは目的が果たせない。冒険者を募集しているギルドとやらがあるのは、王都からもっと南方の都市らしいからだ。

 女の一人旅は危ないと聞いたことがあるものの立派な護衛を雇うほどの金もない。そもそも、この辺りでまともな護衛を手に入れられるとは思えないし。

 

 とりあえずは用心して、一人で南へ行くことにする。

 旅の道中で何もなければいいのですけれど、などと思いながら、しかしきっと大丈夫だろうという根拠のない確信がある。

 復讐するまでは何があっても絶対に諦めない。なんとしてもあのクズ王太子たちを震え上がらせてやるのだ……!

 

「――ふふっ。ああ、想像するだけでウキウキしてしまいます」

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