ウマ娘、トミノブッピガン!! 作:左舷砲手、弾幕薄いぞ、何やってる!?
ブランコに、一人で小さな女の子が座って、ゆらゆらと揺れている。真っ白な頭には人ならざる耳が生えていて、彼女は私と同じだということがわかる。
私は、少女の隣のブランコに腰掛けた。振り向くと、無垢な視線と目が合う。
「……一人、なのかい?」
「ひとり!」
帰ってきたのは元気のいい言葉。そして、満面の笑み。構ってもらえたのが嬉しいんだ。
「友達みんな帰っちゃったからさ、待ってるの」
「……お母さんを?」
「うん」
きぃ、きぃ、と、錆びついたブランコの音が耳をつく。
私は、分かりきっていることを口にする。
「寂しく、無いのかい、こんなに一人にされているのに」
「迎えにくるもん!」
「……」
私は、眩しくて目を逸らした。
そうだ。彼女は健気だから、疑わない。健気なのは、わかっているからだ。
親が迎えにくるって。
親が、愛しているって。
ブランコの音が止まった。
「お母さん!!」
少女がブランコを降りて、何かに駆け寄って行く。
「ごめんね……いつもいつも遅くなって」
「いいの!」
私には、少女が笑いかけている人が見えない。
当たり前だ。
「____!」
「___?___」
何を喋っているかもわからない少女が、虚空に溶けていく。
ブランコの鎖から手を離して、虚空へ伸ばしてみても意味はない。
そして、甘く不愉快な幻想は掻き消え、現実が私を飲み込む。
「……」
じんわりと感じる蒸し暑さ、暗い天井、隣から聞こえてくる寝息が、私が夢を見ていたことを実感させてくる。寝汗で蒸れた布団が、寝巻きが気持ち悪い。
布団を押し退けると、刺すような冷たさが私を包んで、思わず身を震わせる。月光に照らされるタンスの上の目覚ましを見れば、時刻は1時を指していた。
随分逃げ出したかったんだな、私は。
「……」
……寒い。
この夢をみると、身も心も寒くなる。
虚しい、空しい。
温もりが欲しい。
「……む、まだ授業中じゃ無いのか」
半年弱も入れば、この部屋の匂いに何も感じなくなるのは道理で、そして、デスクで作業しているトレーナーを見るのも、半ば日常だった。
だからなんだろうか、寒さに耐えかねてここに来たのは。
そんなことが思考回路を右往左往する中、ちらりとトレーナーの方を見てみれば、既に、パソコンのキーボードから音が鳴り始めていた。
私は、扉から見て、一番奥側のソファに腰掛けた。
「……」
「……」
かたかた、ぱちぱち。
そして、たまに紙が捲られる音。トレーナーってそんなにすることがあるんだろうか。まるで、自分以外この部屋には居ないような。
なんだか、とてもそれは悔しい。
「トレーナー」
「……」
「……の、親って、どんな人だったんですか」
話題はなんでも良かった。キーボードを叩く音が止まったことに、私は安堵していた。
すると、トレーナーは立ち上がって、私の目の前に置いてある棚から、カップを二つ手に取り、
「母は、優しい方だったと記憶している。正直、あまり覚えてはいないが」
ふわり、と、コーヒーの香りが鼻をくすぐる。
しばらくして、私の前のテーブルに、湯気を立たせる黒々としたコーヒーが淹れられたカップが置かれて、目の前のソファに、ゆっくりとトレーナーが腰掛ける。
「父は……そうだな、あまり褒められた人間では無い人なんだろう。地方トレセン学園のトレーナーであった父は、理想主義者で、それを押し付ける人だった。」
「じゃあ、トレーナーになったのは……」
「これしか、飯の種がなかったからさ」
しかし、トレーナーは穏やかな表情だった。
「歯向かうことはいくらでもできたし、機会もあったのだろうが、荒み切った父の哀れな願望を、私は肯定してやりたかった」
「……優しいですね」
「優しさではないよ、哀れんで同情しただけさ。君のように、声を大にして反抗するのが、親に対する優しさだ」
ただ、と付け加えたトレーナーは私を見て、
「私はトレーナーとなって、良かったと思えている。初めは父の押しつけでも、トレーナーを志さなければ得難い経験や出会いがあった。そして、今も尚経験し続けている。それは掛け値無しに喜べることであったからだ」
「……」
「君も、私と近いのではないか?」
「……」
そうだ。間違っていない。むしろその通りだ。
そして、私はまだ、期待しているんだ。
「今日まで迷っていたんです。次のレース、朝日杯FSに出場するかどうか。私の中であやふやになっていることが、ハッキリしてしまう気がして」
「……」
「でも、私は“走りたい”。これからも、だから出ます」
なんで、トレーナーにはこんなことが言えるのか、今日でハッキリと分かった。
トレーナーが、母と同じ目をしていたからだ。
トミノ君が求めているもの。それが、私にはよくわかる。
私は、それを渇望してしまう自分から逃げるために、ひたすらに勉学に励んだ、トレーナーになるために。
だが、それは私だからできたことで、彼女にできる道理は無いし、させるべきでもないと分かっている。
彼女が“それ”を得ることができるかどうか、間違いなく、次走で決定するだろう。得ることができればそれで良い。
だが。
「……私に、親代わりは難しい」
すっかり冷たくなったコーヒーを飲み込んで、カップを机に置く。
その音は、誰もいなくなったトレーナー室に、妙によく響いた気がした。