ウマ娘、トミノブッピガン!!   作:左舷砲手、弾幕薄いぞ、何やってる!?

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偽りの野獣

 さんざんレースに出場することを覚悟しておいて、いざ、物静かな控え室へ足を踏み入れると、途端に力が抜けて行く気がする。今日は特に、その気が強い。

 目の前の大きな鏡に、真新しい勝負服を、母さんがデザインした勝負服を身につけた私が座っているのが映っている。私は結局、今日までこれを着なかった。サイズが間違っているだとか、そういうのは一切無い。

 それは、母さんが私を良く見てくれているってことなんだろうが。

 

 「……」

 

 ぱしんと音が響いて、両頬がじんわりと痛む。

 気圧されちゃいけない。今日は勝たなければいけないんだ。母さんのことだけじゃ無い。

 もう一つ、絶対に倒しておかなければならない奴がいる。

 

 「遅いおでましだな」

 

 陽気な声で出迎えたそいつは、冷たい薄暗さに沈む地下バ道のど真ん中で、腰に手を置き、野獣のような笑みを湛えていた。

 黄色基調の、性格を体現したかのような荒々しい勝負服を身につけたそいつの目の前まで近寄り、明確に視線が交差する。

 奴は私の肩に手を乗せ、

 

 「お前さんには期待してるんだぜ?負けられるかもしれないってな」

 「当たり前だ、私が負けるかよ」

 「そりゃ楽しみだな、ま、よろしく頼むぜ、トミノさんよ」

 

 にやついてくるコイツに、私は苦笑いしか出来なかった。どういう感情を向ければ良いのかよくわからないんだ、コイツ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ビタークレスが出ないならさー、今のトミノちゃんに勝てる奴なんていないんじゃない?」

 

 練習が終わり、寒空の下、ひんやりした空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出しながら、ピンと張り詰めたつま先に向けて身体を倒す。苦手な前屈をマヤノに手伝ってもらっている時、不意に頭上でそんな声がした。

 確かに、油断さえしなければ勝てない試合じゃないだろうが、そんなことが頭をよぎる。

 しかし、

 

 「いや……不確定要素はある」

 

 三人でトレーナー室に戻ると、トレーナーはすぐにノートパソコンを開いて、私とマヤノが背中越しに画面を覗き見る。

 映し出されるのは、前に行われていた、朝日杯FSのステップレースの映像であった。

 レースは終盤、喧騒の奥に覗ける固まったバ群を突き放して独走するのは、ブロンドの髪を靡かせるウマ娘。

 

 「このレースで一位になったのが“リリーブロンド”……唯一、地方バとして参戦してくる者だ。名前ぐらいは聞いているか?」

 「えぇ、中央のウマ娘がこぞって相手にならなかったとか」

 「これを見てみろ」

 

 動画のシークバーを弄って、レースが終わった直後の映像に飛ぶ。

 少し遠目で見にくいが、トレーナーの懸念を察するにはあまりある。

 

 「あれだけ飛ばしてて、息一つ切らしてないじゃん!」

 

 尻尾をビビビッとさせるマヤノの言う通り、他のウマ娘が地に伏したり、肩で息をしているのに対して、リリーブロンドだけが平然と二本の足で立って、笑っているかのようだ。

 

 「余力を残している、ってことですか」

 「そう考えておくのが賢明だろう。しかし、地方ウマ娘にこれほどの逸材が埋まっているとは、……何故中央に在籍しなかったのだ」

 

 そう呟くトレーナーの表情が、いつものように自信に満ち溢れているのが、画面の反射で見て取れる。

 

 「しかし、今更やることは変わらん。型にはめつつ、臨機応変にやれば良い」

 「分かってます」

 

 少しして、私はトレーナー室から離れ、帰路についた。いつもならしつこいほど引っ付いてくるマヤノはついてこず、トレーナー室に残っている。珍しいこともあるもんだ。

 そんな取り止めもないことを考えながら、一人分の足音が遠くまで響く、薄暗い廊下を進みながら、紫色の空の下の練習コースに目を滑らす。

 自主練習なのか、どこかのスポーツウェアなのか、知らない体操服を着た二人がちらほらと走っている中、ふと、一人のウマ娘に目がいく。

 

 「……あれは」

 

 見たことのない制服を身につけている、ビタークレスよりも明るい金髪のウマ娘。

 

 「リリーブロンド、か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒玄関まで来た私の視界に、久しぶりの背中が見えた。

 

 「おう、トミノ!」

 

 と、気づくなり声をかけてきたクレスは、嬉々として駆け寄ってきて、

 

 「悪いな、先に二勝、重賞も取らせてもらってよ」

 「逃げでだろ、脚は持つのか?」

 「当たり前だ、オレはタフなんだよ」

 

 あれ以来、未勝利戦、ホープフルSのステップ競争である“東京スポーツ杯ジュニアステークス”と、立て続けに走っていた彼女に疲れは見えない。つまらない嘘をつく奴じゃないから当たり前だ。

 校舎を出ると、少しの綿雲と、落ちてきそうな星空が見えていて、かけた月の光が私たちを照らす。

 

 「お前は朝日杯に直行か、オレとの勝負はクラシックまで持ち越しってか」

 「その方が、お前は勝ちを重ねやすいんじゃないのか」

 「負けっぱなしは癪だろうが」

 

 なんて、和やかに軽口を叩き合っていると、あっという間に玄関前の広場を抜けて、道を隔てて寮が覗ける正門前にたどり着く。

 何故だか、見たことのない制服を身につけたウマ娘が仁王立ちで待ち構えている。

 

 「なんだ、地方ウマ娘か?____」

 「お前がトミノブッピガンなんだろ?、当然、私のことは知っている筈だな」

 

 クレスの言葉を遮って、ギラギラと焦茶の瞳を輝かせるウマ娘は、私を指差して言う。

 ……クレスの時もこんな感じだったか?

 

 「……リリーブロンドでしょ、私に何の用です」

 

 隣で不機嫌そうにしている輩も相まって、凄まじい既視感に襲われながら返事をすると、

 

 「世代最強に興味があってな、お前はホンモノそうだ」

 「おいおい、オレには何もねえってのかよ」

 「負けてるじゃねえかよ、お前は」

 

 あぁ!?なんて言って、今にも飛びかかりそうな体勢のクレスに目もくれず、リリーブロンドは私に近寄ってきて、私が見下ろすような構図となる。

 

 「地方の雑魚に合わせていたアタシが、お前となら本気を出せそうだから楽しみなんだよ」

 

 言い放たれたのは、不愉快な言葉だった。

 奴の笑みが、まるで私の内面を汲み取ったかのように深まる。

 

 「お前、レースで遊んでいるっていうのか?」

 「楽しむためにはそれしかねえさ」

 「なら、なんで地方に居るんだ、弱い者いじめで楽しもうってことかよ」

 「あぁ?……そりゃ____」

 

 その時だった。

 

 「あー!!いた!!」

 「げっ」

 

 私たちの後ろから、二人のウマ娘が走って出てきたのだ。

 彼女達は目の前のアイツと同じ服装をしていて、何より、

 

 「……さっき、コースで練習していた」

 

 そして、苦い顔をしたアイツが、二人にいとも容易く拘束される。

 全く状況がよくわからない。隣を見てみれば、クレスはゲンナリしてるようだった。

 

 「中央の人に粗相はダメでしょ!!」

 「バカちげえ!!はなせ!」

 「すんませんした〜!!!」

 

 暴れるリリーブロンドが、二人のウマ娘に物凄い勢いで引きずられて、あっという間に寮の敷地の奥の方へと消えていく。

 それを唖然と見送った私に、ふと、クレスが話しかけてきた。

 

 「なんだったんだよ、アレ」

 「聞くなよ」

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