ウマ娘、トミノブッピガン!! 作:左舷砲手、弾幕薄いぞ、何やってる!?
ビタークレス、私の担当ウマ娘だ。
ジュニア級のウマ娘としては抜きん出た能力を持っていて、練習参加率も高い。優秀な子だと言えるだろう。
ただ、彼女はあまりにも真っ直ぐで、自分の力を信じ過ぎているきらいがある。自己評価が低すぎるのよりは良いが、自信過剰も手に余る。
「終わったよ、トレーナー」
ボードに目を落としていると、件のビタークレスが指定したメニューを終わらせたのか、私に駆け寄ってきた。体操着の裾で汗を拭うその姿は、まだまだ余力を感じさせる。
「まだまだ余裕はあるぜ?もう一本ぐらい……」
「調子に乗るな、デビュー戦まで1週間なんだ」
そう言えば、ビタークレスは何も言わずに従う。私の言うことは素直に聞くから扱いやすいが、これがもし、一度負けでもしたらどうなるのか。
夕暮れの日差しに沈むコースを走る数多の影。その中の一つ、白い影に目がいく。
トミノブッピガン。私がよく知る男、“ヤタテ”がスカウトした、悪い意味で有名だったウマ娘。
彼女こそ、今のビタークレスにとっての最大のライバルと言えるだろう。それは向こうも同じ認識のはず。
「何見てる?トミノブッピガンか?」
「お前もわかっているなら、慢心せずに臨め」
「言われなくても勝つよ、オレは」
ビタークレスに灯っている炎。これが、彼女と渡り合って、消えることなく、より強くなる。そうあってほしいと願うばかりだ。
綺麗な人がいた。
さっきコースを半周走っていた時私を見ていた、黒いスーツでしっかりきめた人。とても
「ん?……あぁ、彼女は私の大学時代の先輩さ。今はビタークレスのトレーナーをしていると聞いている」
熱い息を吐き出しながら、私が指で刺した方向に目をやって、首にかけた双眼鏡を向けたトレーナーは、昔を懐かしむように言う。私もそれに倣うと、確かに、あの時の金髪が見えた。
「とは言っても、彼女は四年生だったから一年だけの付き合いさ。彼女の周りには人が絶えなかったな……」
「トレーナーはどうなんです」
少しの悪意を込めて言うと、彼は双眼鏡を顔から下げ、
「いや、大学時代は勉強でてんてこまいだった。関わる暇などなかったよ」
薄く笑いながらそう言うトレーナーの顔、さっきのも含めて、初めて見る顔だ。
この人も昔を懐かしんだりするんだ。
「むふふっ!」
すると、急に私とトレーナーの間に、ひょっこりマヤノが生えてきた。その顔はしたり顔で、何を問いただしたいかが書いてあるみたいだ。
「そんなこと言っちゃってさ〜?トレーナーちゃ〜ん?」
「?」
「大学時代の先輩後輩なんて……きゃー!」
「うお、お……?」
自分の周りを飛び跳ねまくるマヤノに、あのトレーナーがタジタジになっている。
「……ふふっ」
だめだ、流石に面白い。あのトレーナーがこれなんだから。
すると、トレーナーが私の方に、助けを乞うような視線を向けてくる。
「トミノ君、これはどういうことなんだ?」
「……アンタ、マジでいってるんですか」
舞い上がっていたマヤノを引き剥がし、脇の下に腕を入れて拘束した私は、暴れる頭に辟易しながら、思わずため息を吐いてしまった。
この人、変なところで人間味がないんだから。
「無駄話はいい。一週間後に迫ったレースの話だ」
こういうところだ。沈みかかってルビー色の夕陽の逆光も相まって、切り替えが早すぎるトレーナーが、たまに機械に見えることがある。
思わず、赤いジャージの裾を握ってしまう。逃げ出したマヤノが何か騒いでいるが、気にならない。
「やはり、警戒するべきはビタークレスだろう。末脚はもちろん、スタミナに関しては君を上回っているとみていい」
「距離は2000m……」
「レース中常に見計らっておけ。逆に言えば、彼女以外気にする必要は無いのだ、後は仕掛けどころか。やれるか」
「やれます。それぐらい、やってみせます」
いつのまにか周囲は静まり返っていて、太陽は完全に水平線の下に沈み込んだ。空は紫色に染まっている。
しかし、私は自分の中の熱が、一層熱くなるのを感じる。
初めてかもしれない、こんな感覚は。
かつ、かつ、と、蹄鉄がついたシューズの足音が、白い電灯の光が溢れる薄暗い地下バ道に響く。耳をすませば、遠くから人のざわめきが聞こえる気がする。
パドック、私たちのお披露目会のようなものを消化し、いよいよ出走前。トレーナーは私に激励の一つもくれなかった。随分信頼してくれているらしい。
「____」
俯きかげんで歩いていると、遠くで凛とした女性の声がする。顔を上げると、そこには、この前のあの人。トレーナーの先輩らしい女性が、アイツと一緒に立っていた。
思わず立ち止まってしまって、すると、アイツがこっちに振り向いた。露骨に足を止めたから気づかれたんだ。
「……トミノブッピガンか、何しにここにきたんだよ」
「レースでしょ、お前も」
「勝つ気でいるのか?」
「聞く必要もないことを」
眉間に皺を寄せながら、口元には笑みを形作り、私を見下すビタークレス。大した自信家だ、自分の負けを微塵も考えないからこうなんだろう。
私に背を向けたアイツは、ずかずかとコースに向かって歩いていく。
「……アイツは、お前に声をかけにはこなかったか」
「うえっ」
その時、不意に声をかけてきたのは、ビタークレスのトレーナーだった。
すると、彼女は薄氷みたいに微笑んだ。
妖艶で、同情してくれているような。
「マシーンみたいだからな、アイツは……呼び止めてすまない」
「……あ、はい」
私の肩をぽんぽんと叩いて、彼女はスタスタと去っていってしまった。
思わず、私は叩かれた肩をさすった。
「……何かあるじゃないか、トレーナー」
歓声が大きくなった気がする。アイツがコースに出たんだろう。