ウマ娘、トミノブッピガン!!   作:左舷砲手、弾幕薄いぞ、何やってる!?

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霞の奥へ

 “トミノブッピガン、デビュー戦勝利!”

 レースから一晩経つ。普段通りの日常に戻って、トレーナー室のソファに腰を沈ませて、机に広げられているのはスポーツ新聞。

 誌面を飾っているのは、ポカンと拍手喝采に沸いていた観客席を眺める私だ。何故この写真なんだだとか、思うところはあるが、ともかくだ。

 勝利という形で、私のデビュー戦は終わったのだ。

 

 「想定外も含めて、十分すぎる戦果だ」

 「想定外?」

 「マヤノ君の言が正しいのであれば、だがね」

 

 デスクの上で手を組んでいるトレーナーの言葉を聞いて、思わず、目の前に座っている、ブラックコーヒーに挑戦中のお子様に目を向ける。

 たまに、“マヤわかっちゃった!!”なんて言って、異様な勘の良さを見せることがあるのは知っているが、これもそういうことか?

 

 「ビビビッてさ、最終コーナー抜けたあたりかな、“プレッシャー”みたいのを感じたの。トミノちゃんから……うげぇ」

 

 コーヒーを口に含んだぐらいで耳が萎びるようだから信用は無いが、トレーナーの方を見てみれば、茶化しているような様子は無い。

 

 「トミノ君の方が知っているだろうが、マヤノ君の感覚は尋常では無い。であれば、あの時君が領域(ゾーン)へ一時的に踏み込んだのだとするのが自然だろう」

 「領域(ゾーン)って……」

 

 聞いたことがある。今まで歴史に名を残すような活躍をしてきたウマ娘が経験してきたという、極限を超えた集中状態。それを私が。

 

 「感覚は覚えているか?」

 「……あの時は必死で、すみません」

 「ふむ……」

 

 はっきり言ってあの辺の記憶はあやふやだ。それこそが、私が領域(ゾーン)を掴みかけた感覚なのかわからないが。

 顎を撫でるような動作をした後、トレーナーは再び手を組み直す。

 

 「そもそもが極度のトランス状態のようなものだ。だが、これでビタークレスは益々要注意だな。考えようでは、君が領域(ゾーン)に入るほどまで“追い込まれた”、と解釈できるのだからな」

 「……」

 

 ふと、レースの後が頭をよぎる。

 歓声の中、はやる気持ちと呼吸を整えている時、私は自然とアイツの方を向いた。吸い込まれたようにと言っても良い。

 そして、それは向こうも同じだった。

 視線が交差した。汗まみれで、小動物なら射殺すことができそうな表情だ。まるで、考えていることが互いに筒抜けになっているような、現実の境界線が曖昧になっていくような感覚だった。

 初めて私は人の心に触った気がする。アイツが“似たもの同士”と評したのは、ある意味で正しいと、今なら思える。

 

 「ん?」

 「いや……少し、感謝しているんです」

 

 思った通り、トレーナーは面白そうに口元に笑みを浮かべる。私だって、柄じゃ無いと思う。

 

 「ほう……君が私にそう言うか」

 「多分、八つ当たりみたいなものだったんだと思います。今までの私は。今、すごく楽しくて、もっとレースに出てみたくて」

 「それは、君の母の__」

 「スルースキルを身につけろ、って言ったのはあなたでしょ。私だって、いつまでも子供じゃないんです」

 

 すると、トレーナーは立ち上がって、後ろの窓を覗いた。行き場を無くした手はポケットに収まって、片手はカーテンにかかっている。

 

 「私はただのきっかけだよ。礼を言いたいのならば、マヤノ君やビタークレスだろう」

 

 そう言うトレーナーが、何故だか面白おかしく見えてしまうのは、どうやら私だけじゃ無いらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日は休め、と言った筈だ。ビタークレス」

 

 こうなるだろうとは思っていた。プライドが高い奴が負ければどうなるか、手を引いて塞ぎ込むか、熱くなりすぎるか。コイツは後者らしい。

 秋も深まったというのに暑苦しいトレーニングルーム、そこのベンチプレスを利用していた私の担当ウマ娘は、身体を起こして、ギラついた黒い瞳を向けてくる。

 

 「……気圧されたんだよ、このオレが」

 「……」

 「母さんが見てるんだ、次は絶対に____」

 「そうだ、次は負けない」

 

 思わず、私はビタークレスの大柄な手を取った。こんなの柄じゃない。柄では無いが。

 あの時、間違いなくビタークレスは勝っていたんだ。どうにも、私のちっぽけな心では、あのレースを納得できそうに無い。

 いや、この子を勝たせてあげられなかった、私自身にか。

 

 「トミノブッピガンを侮っていた私のせいだ、信用は無いかもしれない……だが、今は抑えるんだ」

 「……」

 

 黒い瞳は、相変わらず私に向けられるままだ。その奥の心情を、私は未だに計りかねている。

 だが、今はそれで良い。

 

 「……」

 「……悪かった、悪かったよ。八つ当たりしてたのさ」

 

 静かに私の手から離れて、立ち上がったビタークレス……いや、“クレス”は、初めて、私に笑顔を向けてくれた。

 

 「汗を流してからトレーナー室に来い、今後の方針を早めに決めておきたい」

 「わかった。オレンジジュースの用意はあるのかい?」

 「しておくから、急げよ」




 錆びていた歯車に油がさされて、ゆっくり回り始めた感じ
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