会話というのは、対話であって、独白とは違う。だから、気の利いた会話というのはあまりに少ないのだ。足りていなくて、二人の知的な話し手が出会うことは滅多にないのである。
──トルーマン・カポーティ

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チェケヒル「知らない人と話すのが得意」

嘘ナリ。

貴洋は暗闇でうつむきながら思う。ずっと嘘をついていた。仕事でも知人にも親にも、そして自分にも。小さな目が無意味に暗闇を走っている。止まらない。緊張のあまり貴洋は、人の目を見て話せないのだ。

相手の目を見て話すというのは、コミュニケーションの基本である。相手の目を見て、付随する動きを見て、そういった反応が会話の流れを自然と作りだす。

頭で分かっていても、できない。うまく話が噛み合わない。

それが個性と呼ぶものなのか、相手の目を見れないからか、ともかく当職は人との出会いに緊張する様になった。人と出会うたびに手に汗を握る。人に出会うたびにキリキリと胃が痛む。会話が止まる。当職のせいかな。当職のせいかな。疲れる。

でも、周りの目がある、親の目がある。だから無理してでも話をしなければ。人の輪に入らなければ。必死に考える。話に追いつかなければ。無理してでも話を続けなければ。

相手の目を見れない貴洋は、代わりに一言一句逃がさない様にした。一度聞いたものを、何度も会話の中で繰り返す。流れを逃がさない様に。何回も、何回も、まるで確認する様に。

貴洋にとって人との出会いは戦いであった。流れに置いてかれるダメな自分との戦いであった。いつも必死に繰り返すその行動は、いつしか貴洋に類稀な記憶力を与えた。貴洋は引っ込み思案だけど、頭が良いと評価された。貴洋は努力が認められた様で嬉しかった。子供の頃ならそれでよかった。

成長していくにつれて、子供達は自分の意見を発表する様に教育されていく。変わっていく。周りと合わせてふざけ合うだけだった子供達は、周りと合わせて意見を言う様になった。目を見てお互いの機微に敏感になり、自分の意見を、周りの意見とすり合わせ、或いはぶつけあった。その時からだ。貴洋が決定的にずれたのは。人の機微に疎い貴洋は、自分の考えを周囲とすり合わせることがなかった。今までと同じく、周りの意見をオウムの様に繰り返した。その意見の理由も考えず、ただ記憶する。更に彼が捉えているのは、字面だけである。字面だけで判断し、字面の上でおかしいと思ったなら、意見を言う様にと急かす教育のままに、自分の感じたままを言った。周りの目も見ずに。字面だけで考えていない人に。

しかしそれは自分の意見ではない。ただの指摘である。周りからすれば自分の意見の揚げ足とりにしか思えない。わだかまりの中、人の目を見ずに話す貴洋。ズレが大きくなっていく。しかし貴洋は思った。人の意見を聞けてそれを判断できる当職って大人だな。やっぱり頭いいんだな。そうして記憶力だけが成長していく。

そうして貴洋はいつしか弁護士となった。記憶力バンザイ。自分の人生間違ってなかった。貴洋は弁護士となった。挫折の無い人生だと貴洋は感じていた。エリートの自分に満足した。相変わらず人の目は見れないけど、"意見"はしっかり言えるから、まあいいか。

しかししばらくして、貴洋は違和感に気づいた。コネ以外で仕事が来ないのだ。周りより記憶力が良い、頭の良い当職がなぜ。

それは貴洋が会話できなかったからだ。というのも、会話の意味を履き違えていたということだ。貴洋は自分の意見を相手に納得させる術を知らなかった。相手の目も見ず、字面だけで判断する。貴洋の"会話"には、相手がいないのだ。知らない人と話すのが得意なのではない。知ってる人も知らない人も、いないも同然なのだ。当然弁護士には、ちゃんと周りとのコミュニケーションをとって、その上で努力してきた方がいる。貴洋の記憶力は、ここでは武器にはならないのだ。ならば、字面だけで判断する弁護士はもはや。

貴洋は暗い部屋で溜息をついた。


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