今回の主人公、黒澤コハク。
黒澤家長女で、ダイヤとルビィの姉。名前通りの髪色にエメラルドの瞳という、見る人の視線を奪っていく華やかさを持っている。良い所のお嬢様のはずだが、緩い(チャラい)性格のせいでそうは見えない。なお、文武両道は地で行ける。
妹からのメッセージで、地元に残してきた女の子を思い出した。静かな街には似合わないほど派手な金髪と、同色の澄んだ瞳。忘れていたわけでは無いけれど、忘れてしまいたかった思い出と一緒に蘇ったのは、彼女の花開くような笑顔。
『鞠莉は元気?』
『恋しいならご自身で連絡してくださいませ』
『したらしたで怒るくせに』
『必要以上に振り回すのはやめて欲しいだけです。鞠莉さんならお元気ですよ、お姉様の話題は聞きませんが』
『ダイヤって私のこと嫌いなの?』
『いえどちらとも』
つまりは愛ゆえに姉への鞭をぶん投げ、愛ゆえに姉をいじり倒したいという、なんとも可愛い妹ではないか。お姉ちゃんは泣きそうだよ。優しくして。
堅苦しい妹にしては珍しく、今日のやり取りは随分スムーズに返信が届く。そう思っていたのに、彼女から届いたのはメッセージではなく通話の呼びかけ。どういう風の吹き回しだと訝しみながら通話に出た。
「……もしもし?」
『もしもし、お姉様?』
「ん、聞こえてるよー。どうしたの?」
『……直接伝えた方が良いかと思って』
「改まって伝えるほどのこと?」
『というより……知らせなかったら、きっと貴女は私を責めるでしょうから』
妹、ダイヤは深呼吸をする。深く息を吸って吐いて、それでも1回じゃ足りなくて、何度も繰り返していた。電話越しでも緊張しているのがよく分かる。こんな時期に緊張するほどの告白だから、志望校にでも受かったのかとか浮かれていた、この時の私を殴りたい。
『鞠莉さんが、お見合いなされるそうです』
「……はあ?」
『聞こえませんでしたか?』
「いや、聞こえてたけど。嘘でしょ?だって鞠莉、まだ高校生だし」
『鞠莉さんはオハラグループのご令嬢ですわよ、お姉様。早めに身を固めることもあるのでしょう』
「……ダイヤは、なんでそれ教えてくれたの」
『鞠莉さんが。貴女を呼んでいたから』
ダイヤはそう言うと沈黙を挟んだ。私が何かを言うのを待っているようにも思えるその時間は、ぐちゃぐちゃに乱された脳みそを整理する時間なんだろう。どうしますか、控えめな声に、私は笑って答えた。
「ダイヤ、今から帰るよ。1週間もしないうちにぜんぶ捨てて、そっちに帰る。だから父さんの言い訳、お願いしていいかな」
『全く……だから私はあの時言ったのです。お姉様がこんなことで諦めるわけないでしょう?』
「あーはいはい、どうせ私はめんどくさい女ですよーっ」
『それと、お父様への言い訳ですが。必要ありませんよ』
「なんで?次期当主ってダイヤでしょ」
『いいえ、ずっとお姉様のままですわ。貴女以外に誰がいると言うのです?』
「あー……父さんってば、私のこと買い被りすぎなんだよ」
『それでは、私は内浦でお姉様の帰りを待っています。鞠莉さんのお見合いは1ヶ月後とのことですので、貴女の計画が上手くいくようお手伝いもいたしますわ』
「ありがと、ダイヤ。ワガママを許してね」
言い切って電話を切る。特にやりたいことがあって内浦を出たわけじゃない。私は大人気ないから、年下の女の子からの好意を逃げたかっただけだった。
でもその子が、私を待っているって言うのなら。
もう、我慢しなくていいよね。
お見合いなんてイヤ。最後まで拒否し続けていたのに、パパは体裁がどうのって言って断ってくれることはなかった。分かってる。私だって本当は、男の人と結婚していつか子供を産んで、オハラグループのためになることをしなくちゃいけないのなんて、分かってるの。
でもそれじゃ、女の私ではそれ以外で会社の役に立てないみたいで、酷くイヤだった。
10年近く燻らせた恋心も、当の本人がいないから枯れることも育つこともないし。かと言って素直に結婚に向けて心を整えるのも癪。私まだ高校生だから。それはそうとして、私はワガママだって自覚はあるけれど、好きな人を諦めて別の人だなんて、こんなにも心が苦しくなるとは思いもしなかった。
「……はぁ」
ついつい漏れてしまうため息。お相手の方は気さくな人で、向こうもこの縁談には乗り気ではないようだった。そのため、お互いを知るために会話するのではなく、お互いが苦労してきた話で少しばかり盛り上がっていたところ。
ふと、こちらに歩いてくる人を見つける。人払いをしていたわけではないけれど、うちのホテルで行われてるし、極力通らないようにと釘を刺してあった。
その人はまっすぐ歩いてくる。どうしても気になっちゃってそれを見ていれば、琥珀色の髪にエメラルドの瞳をしていることにようやく気がついた。そんな目立つ色の綺麗な人なんて、私は彼女しか知らなかった。
「……コハク?」
「鞠莉」
熱を孕んだ声に、涙腺が緩くなる。今にも涙を零してしまいそうだ。
あんなに求めていた人が、私に黙って消えてしまった恋しい人が目の前にいる。
堅苦しいのは苦手なくせに、スーツを着てどうしたの?内浦に帰ってきたの?なんで居なくなってしまったの?とか、言いたいことはいっぱいあったのに、それよりも先に会えたことの嬉しさが大きく膨れてしまって、耐えきれずに涙が出る。涙を掬ってくれる優しさは、紛れもなくコハクのものだった。
「なんっ、で、今……」
「呼ばれたから、かな」
「コハク……っ」
見合い相手が見ていると言うのに、私は躊躇いなくコハクに飛び込んだ。彼はイマイチ状況が判断出来ていないようだった。私だってそうだ。受け入れてくれるコハクの手がゆっくりと頭を撫でる。小さい頃はこれが好きだったなぁって振り返ってみたけれど、好きな人に愛されている瞬間ってのは、いつになっても嬉しいものだ。
「……遅くなってごめんね」
「バカ」
「……えっと、すみません。どなたでしょうか」
すっかり置き去りにしてしまっていたお相手の男性が、意を決して尋ねてくれる。私がどうやって説明しようか悩む前に、コハクは綺麗な笑みを浮かべてこう言った。
「非礼をお許しください。私は黒澤家当主の、黒澤コハクと申します」
「ああ、黒澤の。小原さんとは古くからのお知り合いだと伺っています」
「待って、コハクってばいつ当主になったの?まだ叔父様だったじゃない」
「んー、いつからって言われても。今月から?」
「そんな大事なことを適当に決めていいの?」
「いいんだよ、あの人は私のこと信じすぎなんだ」
「どうして、帰ってきてくれたの?」
「それはまた後で。○○さん、今日のお見合いには乗り気では無いようですが、これで解散でも?」
「はい、構いません。しかし、私の父が何と言うか」
「なに、どうとでもなりますよ。こちらの手違いで取り次いだということにしておきます」
「黒澤さん、貴女は一体……」
「私は……そうですね、小原鞠莉の許嫁、ですかね」
コハクはサラりと、本心をひた隠す時に使う常套句のように。何の気もなしにそう言って見せた。
驚いて何も言えないでいる私を置いて、男性は帰ってしまった。また今度お詫びの品を贈るとのことだったが、詫びるべきはどちらかと言えばコハクと私の方。呆気に取られて見上げている私にようやく目を向けたコハクが、喉を鳴らすように笑った。
「コハク?」
「なに?」
「許嫁って、なに?」
「ああこれ、ほんとのことだよ。鞠莉って昔から私にベッタリだったでしょ?それを見た小原さんが言ったこと」
「ウソ、そんなのパパから聞いた事無いわ」
「そりゃ、当主にならない私に鞠莉を送り出すこと無いからね。小原さんも私を信じてくれてたんだよ、鞠莉を悲しませるようなことしないってさ」
「……結構、傷ついたわ」
「うん、分かってる」
コハクは私の手を取って躊躇いなく言い放つ。
「もう2度と逃げたりなんてしないよ。だから、笑って?」
「どうかしら、……コハクってば、ヘタレだもの」
「あっはぁ、辛辣ぅ」
「それに!まだ、コハクの気持ち聞いてないわ」
私が求めていたから帰ってきた、なんて。コハクらしい言い方だけれど。コハクが黙って内浦を出てからずっと求めていたんだから、今更になって帰ってきたことに文句を言ったってバチは当たらない。コハクはどうして、このタイミングで帰ってきたの?言外にそう尋ねれば、珍しく頬をほんのり染めて言った。
「……鞠莉が誰かのお嫁さんになるとか、嫌だったし」
「ふふ、嫌だった?」
「あんなに"コハクのおよめさんになる"ーって言ってたのに、私以外を選んじゃダメだよ」
「ちょっ、なんでそんなこと覚えてるのよ!?」
「だって、好きだからね」
またそうやって、サラりと言っちゃってまぁ。
あまりの恥ずかしさに言葉を飲んだ私を見て笑うコハクが、一段と優しい声で告げた一言。
「幸せにするから、鞠莉」
それが聞けただけで、長い間待っていた甲斐があったものだなぁと思えるのだから、恋愛って面白いのよね。
……ッスー、ひでぇなこれ。っていうのが私の感想です。
元々は1本、普通に投稿できるほどの長さの予定だったんですが、書きたいところ以外が出てこずに断念しました。結果として無念の供養という形に相成ります。南無。
おかげで短編でやる内容の濃さじゃないというか、文章がめちゃくちゃになりました。
まぁこの短編集自体、そういった作品の供養場所として設けただけですから、目を瞑って頂けると幸いです。