「あ、あぁ……そんな、嘘――!」
先生を見つけた時、絞り出した声は情けない程に震えていた。
体中を凄まじい悪寒が突き抜け、背中に氷柱を突き入れられた様な悍ましさを覚える。ほんの十数メートル先に倒れる先生、その青白く、炎に照らされた表情を見れば分かる。
重傷だ――致命的なまでに。
「このっ、瓦礫が――邪魔ぁッ!」
らしくもない怒声を発し、ヒナタは両腕で先生と自身を隔てる瓦礫を押し退ける。掴んだ瞬間、怒りに我を忘れ、全力で押し出されたそれは地面に叩きつけられて、轟音を立てた。押し出した瓦礫に目もくれず、ヒナタは四つん這いになって先生の傍へと身を寄せる。先生の血に塗れた頬を拭い、その呼吸を確かめる為に顔を近付けた。
「――先生ッ! 先生っ、しっかりして下さい! こ、こんなに血がっ、それに、め、目が……あぁ!」
血の気の失せた顔色のまま、ヒナタは倒れ伏した先生を見て泣き言を漏らした。出血が酷い、頭部、肩、背中、俯せでは見えないが、もしかしたら腹部や胸からも――見える箇所の傷は深く、何から手を付ければ良いのか分からなかった。
シスターフッドとして、負傷時の応急処置の類は学んでいた。学んでいた筈なのに、何をすれば良いのか分からなかった。傷が深く、多過ぎた、加えて彼女の心構えが出来ていなかった事が大きい。何でもない事の様に学んでいたそれが、いざ自身の一挙手一投足に先生の命が掛かっていると理解した途端、指先が固まり、身体全体が鉛の如く重く感じられたのだ。
荒い呼吸を繰り返すヒナタは、大粒の涙を流しながら先生の肩に手を伸ばし、引っ込めるという事を繰り返す。
傷口を抑え、止血しなければならない――それを理解しているのに。頭では分かっているのに。力の強い自分が傷に触れた瞬間、先生が死んでしまいそうで、恐ろしかった。
「ぅ、ぅう、ぁ……」
「ぅ……――」
先生は、ヒナタに視線を向けながらも声を発する事が出来ない。慰める事も、強がることも、それだけの余裕が無かった。ただ額と頬に大量の汗を掻き、苦し気に呻くのみ。笑いかけようにも、引き攣った口元は苦悶のみを漏らしてしまう。
「先生!? 先生っ、どこですか!?」
「先生―ッ!」
「っ、正義実現委員会の皆さん……!」
遠くから聞こえて来る先生を呼ぶ声。ヒナタはその声に気付き、顔を上げ目を見開く。
彼女にとって、自分以外の生徒の到来は希望に感じられた。這い蹲り、先生の手を戦々恐々とした様子で握り締めた彼女は、あらん限りの声で叫んだ。
「こ、こっちですっ! は、早く、早く来てくださいッ! お願いしますッ! 先生がっ、先生が……ッ!」
「! 此方から声が――」
ヒナタの声に反応し、足音が段々と近付いて来る。
軈て立ち昇る煙を切り裂き、現れたのは正義実現委員会のトップ二人――ツルギとハスミだった。
彼女達は所々血の滲む箇所を他所に、焦燥を滲ませながら瓦礫を乗り越え、やって来た。
「先生ッ! 御無事で――」
「ッ……!?」
ヒナタの姿と先生を確認した二人は、言葉を呑み込んで絶句する。涙を流すヒナタの前に倒れ伏した、先生の姿。素人目にも分かる程、その傷は深く多い。地面を濡らす赤色が炎に照らされ、鈍く光っていた。
「そ、そんな――……!」
「……………―――」
悲鳴を呑み込み、二人は慌てて先生の元へと駆け寄る。ハスミは震えそうになる指先で先生の脈拍と呼吸を確認し、ツルギは周囲の瓦礫や影に目を向けた。
容態を確認したハスミは視線を左右に揺らしながら、力なく呟く。
「す、直ぐに手当てを――い、いえ、この出血……応急処置でどうにかなるレベルでは……っ」
「――ハスミ」
蒼褪め、息を詰まらせるハスミを前に、その不安を押し殺すような声色で、ツルギは口を開いた。その表情は真剣で、イノセントで、どこか能面の様な恐ろしさがあった。
「落ちつけ、取り乱せば本当に先生が死ぬ、今すぐ止血しろ、服に泥でも何でも沁み込ませて巻きつけろ、先生を守りながら撤退するぞ」
「っ、その場合、正義実現委員会の指揮は――」
「委員会は既に壊滅状態だ、人員もバラバラになった以上、指揮もクソもない、何より今優先すべきは先生だろう、先生を死なせる訳にはいかない、何が何でも――絶対にだ」
ツルギは先生の周辺に目を配りながら、そう続ける。積み上がった瓦礫に燃え盛る炎、加えて正体不明の攻撃を行った勢力。一刻も早く、この場を離れる必要があった。これ以上古聖堂が崩れてしまえば、この場で生き埋めになる可能性だってある。
「えぇ……えぇ、そうですね……!」
ツルギの何処までも冷静な言葉に、ハスミは幾らか理性を取り戻す。兎にも角にも、血を止めなければ危険である。正義実現委員会の制服、そのロングスカートに手を掛け、彼女は一気に引き裂く。
「シスターヒナタ、そちらの傷を抑えていて下さい!」
「はっ、はい……!」
ハスミの言葉に慌てて頷き、ヒナタは咄嗟に先生の傷口に手を添え抑える。力を入れ過ぎないように、十分に注意しながら。先程まであった恐怖が、僅かに揺らぐ。それは誰かの指示によって動いた為か、或いは理性を僅かながら取り戻した為か。
救急キット何て便利なものはこの場に存在しない。ヒナタの持ち込んでいた愛用の鞄も、爆発の衝撃で何処かに埋もれてしまった。
「っ、分かっていた事ですが、あまりにも状態が悪い……! 一刻も早く治療を受けさせなければ……!」
乱雑に、けれど確りと、ハスミは傷口を止血していく。しかし傷が多い事に加え、爆発物の破片が体に残留している可能性が高い。巻き付けた制服の布、その表面に滲み出す血液。ハスミの表情に焦燥が滲む、直ぐ急速注入器でも何でも使って輸血をしなければ危険だった。
その為にも、先生を動かさなければならない。
しかし――それには問題がある。
「あ、あのッ、先生の腕が、瓦礫に……!」
「っ――」
ヒナタが涙の混じった声で叫び、ハスミの視線が先生の左腕に落ちる。
――瓦礫に呑まれた腕が、先生をその場に釘付けにしている。
これをどうにかしなければ、先生をこの場から動かす事は出来ない。
「こ、これを全て取り除くのは――」
呟き、ハスミは積み上がるそれを見上げた。
古聖堂の天井と内壁が崩れ落ちたのだろう、高く聳え立つそれは上から順に瓦礫を撤去していくとして、どれだけの時間が必要なのか分からない。
ヒナタは先生の傷口を抑える自身の手を見つめ、考えた。恐らく、撤去する事自体は時間を掛ければ可能だ。それだけの力と体力を、彼女は持っている。
問題は――それだけの時間が、先生には残っていない事。
人体の総血液量は凡そ四から五リットルと云われている、これは体重の八パーセント前後に該当し、この半分が失われてしまえば確実な死が待っており、一リットル以上であっても生命に危険が及ぶとされている。
今、先生の周囲に滴るそれは、一体どれだけの量だ? ヒナタには分からない。まだそれに達していないのか、もう直ぐ達してしまうのか、或いは――もう超えているのか。
悠長に瓦礫を撤去している時間など、到底ある様には思えなかった。
なら、どうする――?
嫌な沈黙があった。息が詰まる様な、一瞬の逡巡。
打開策に思考は行き届いていた。けれど、それを切り出す事を皆が恐れていた。
だって、それを口にしてしまえば――。
「ぅ……――」
「先生……!」
先生の口が、吐息以外の音を出す。
皆の視線が集まり、それを感じながら、先生は譫言の様に何かを呟いた。声に気付いたヒナタは、それを聞き取る為に耳を寄せる。
そして、彼は告げた。
「せ、つ――断……し、て――」
「――えっ」
それは、余りにも無慈悲な言葉で。
同じように顔を寄せていたハスミが、唇を戦慄かせながら問い返した。
「今、なんと――?」
先生は、今、何と云った。
言葉としては理解した。
しかし、それを脳が拒んでいた。
或いは、それこそが皆の思考に過りつつも、皆が直視する事を避けていた唯一の方法だった。
さしものツルギでさえ言葉を失い、ただ茫然とその場に佇むばかり。その衝撃は如何程か、少なくともヒナタの人生の中で、最も動揺を引き起こした言葉である事は確かだった。
「切断――……?」
呟き、ヒナタの視線が、先生の左手に向けられる。
数多の瓦礫に挟まれ、圧し潰された左腕。
此処から先生を動かす為に――この腕を、切断する。
「う、腕を、切れと……? 先生の、腕を――?」
「う、で……は、もう――つ、ぶ……れた」
「ッ――!」
故に、躊躇する必要はないと。
先生は今にも閉じそうになる瞼を懸命に開け、懇願する。
ツルギが、ヒナタが、ハスミが、唇を戦慄かせながら目を見開く。
「た……の、む――」
「………」
先生のか細い声が、懇願が、皆の鼓膜を叩いた。
全員が先生の左腕と、自身の掌を見下ろす。
――私が、この手で、先生の腕を切断する?
「うっ……ぷ――」
その事を考えただけで、酷い吐き気がした。思わず口元を抑え、ヒナタは顔を背ける。
その、具体的な動作を己が行う想像が、妙な質感と現実性を以て去来したのだ。
周囲を照らす炎が、自身の恐怖を煽るかのようにゆらゆらと揺らめていた。
「はッ、はぁ……――!」
「っ……」
ハスミの目が見開かれ、その細い指先が震える。ツルギでさえ、言葉を失い冷汗を流していたのだから、余程の事だった。全員の心臓、その音が聞こえてきそうな程の緊張、強張り、
自分の手で先生の腕を奪う――切断する。
その余りの重さに、罪の巨大さに、彼女達は怯み、恐れ、言葉を発する事も出来ずに居る。誰も、何も云えず。動けない。
この場に、ナイフなんて都合の良いものは存在しなかった。
なら、どうやるのか。
どうやって先生の腕を切断するのか?
――千切るしかない、この手で。
幸い、先生の肉体は脆弱である。弾丸一発で死に至り、打撃の一発でノックアウトされてしまう身体。キヴォトスの生徒であれば切れかけた腕を千切る事など、造作もない。
赤子の手を捻る様に、誰でも簡単に、容易く為せてしまう事だ。
……だが。
――嫌だ。
心が、精神が、全力で拒否している。
敬愛する先生の腕を奪うような行動を、救命行為と理解していながら、感情的な理由で忌避しているのだ。誰が大切な人を傷つけたい等と思うものか。ましてやその傷が、以後彼の人生に於いて消える事のない負債として残ると理解しているのに。
視線が揺れる。心臓が早鐘を打つ。血の気の失せた表情で、彼女達は佇む。
時間が無いと理解しているのに――誰も、口を開けない。
「はッ、は……わっ、わたし――私が……ッ!」
「――!」
不意に。
ヒナタが両手を強く握り締め、震えながらも声を上げた。
先生の左腕を凝視し、自身の胸元を強く握り締める彼女は、恐怖と不安、そして罪悪感に顔を歪め、叫ぶ。
「わた、しが、やります……――!」
「シスターヒナタ……!?」
声は上擦っていた。額に流れる汗は大量で、その呼吸も荒く、明らかに緊張状態にあると分かる。
けれど、その瞳には確かな意思があった。
先生を救うという、強い意志だ。
その意思ひとつで、彼女は声を上げた。
力だけなら、自分が一番この中で強い。
そして、引き千切る時間が短ければ、短い程。
その分だけ痛みも少ないのではないかと、彼女はそんな風に考えたのだ。
だから、この役目は自分が行うべきだ。
「っ……ふーッ、ふぅ、ふッ、ふぅーッ!」
ヒナタは目を大きく見開き、歯を食い縛りながら先生を見た。
震える両手を先生の左腕に近付け、潰れた部分と先生の肩、その両方を掴む。ぐしゅりと、血に塗れた制服から嫌な感触が伝わって来た。その事に悲鳴を上げそうになるも、それを噛み殺し、唾を呑み込む。
このまま互いに引っ張れば、先生の腕は中程で千切れる、筈だ。
簡単に――いとも容易く。
「う、うぅ、ぅうううッ……!」
徐々に、徐々に、力を入れる。
嫌だ嫌だと叫ぶ理性を押さえつけ、万全の状態で、一瞬で、痛みなく終わらせる為に。
ガチガチと、歯が鳴った。涙で視界が滲んだ。
それは恐怖だった、嘗て感じた事のない類の恐怖。
大切な人の腕を奪うと云う、決して消えない罪悪を背負う事に対する恐ろしさ。
どれだけの正当性があっても、どれだけ重要な理由があったとしても、恐らく
きっと後から、あの時自分にもっと力があればと、他の方法があったかもしれないと、彼の失われた腕を見る度に、そう後悔する筈だ。
でも――誰かがやらなくてはならない。
先生を喪ってしまうより、何十倍も、何百倍も良い筈だから。例えどれ程の罪悪に苛まれるとしても、どれだけの恐怖に怯える事になるとしても。
他に、道はないから。
「ッ――い、いきます、先生……ッ!」
「―――」
視界の隅で、先生が静かに頷いた様に見えた。
ヒナタは鳴り響いていた歯を一層強く噛み締める、奥歯が砕けそうになる程に、強く。
両手に力を籠め、先生の腕と肩を確りと掴んだ。
一瞬だけ――震えが止まる。
恐怖を覚悟で踏み越え、目前の光景にのみ集中する。
世界から、音が消えたような気がした。
「――ッぅ!」
全力を籠め、腕を千切る。
先生の二の腕半ばから、一瞬で。
抵抗は、殆ど感じられなかった。
出来得る限り全力を出したからなのか、或いは骨が最初から砕けていた為か。
ほんの軽い綿を千切る様な、そんな感覚だった。
予想していた抵抗らしい抵抗も、感情の爆発もない。血が噴水の様に噴き出す事も無く、ヒナタは余りの呆気なさに一瞬、惚ける様に目を見開いた。
「――ァアアッ!」
「ッ!?」
けれど、その反応は劇的で。
先生の喉から、罅割れた悲鳴が漏れた。その事に肩を跳ねさせ、涙を流しながら息を吸い込んだヒナタは、思い出したかのように呼吸を再開する。慌てて手を離せば、千切れた先生の腕が力なく床に垂れ落ちた。
「っ、はぁ、はァッ! はッ、ハァッ! せ、せんせいッ、先生……!」
「ぅ……ぁ――……」
涙と汗で滲んだ顔をそのままに、ヒナタは先生の顔を覗き込む。痛みで意識が一瞬飛んだのか、その目は虚ろで、反応は無かった。
覗き込んだ両手には、先生の血がべったりと付着していて、ヒナタは漸く自身の行動が齎した結果を実感する。
瓦礫の下に残された、先生の左腕だったもの――先の存在しない、先生の左腕、その断面。
そこから滴る、血が――。
「ッ、処置を、早く!」
「分かっています……!」
それを見て呆然とするヒナタの代わりに、ハスミが素早く先生の腕を布で覆い隠す。何重にもきつく縛り上げ、止血を試みる彼女は手を動かしながら必死に叫ぶ。視界の横に、酷い顔をしたヒナタが幽鬼のように佇んでいた。
「シスターヒナタ、確り……! 先生を、生きて此処から連れ出さなくてはなりません! あなたの力が必要なんです!」
「はっ、ぅ、ぁあああ……あ、ぁああっ――」
ヒナタの心が軋みボロボロと崩れていくのが、ハスミには分かった。
喉が、引き攣る。
肺が、熱い。
心臓が、痛い。
先生の血が付着した手で、自身の頬を挟むヒナタ。濃い、血の匂い。脳裏に千切った瞬間の感触が、先生の悲鳴が、確かな実感として刻みつけられる。無我夢中であったからこそ、それを終えた後の感情、その濁流が彼女を襲っていた。
恐怖、嫌悪感、不安、絶望、悲しみ、怒り――それは自分自身に向けたものであったり、この状況に向けられたものであったり、先生に向けられたものであったり、様々だった。ただ自身の手を見つめ、涙を流しながら悲鳴を上げる彼女は、今にも壊れてしまいそうな顔をしていた。
その重責を背負わせた自覚があるからこそ、ハスミは彼女に向かって懸命に声を掛けた。その精神が揺らぐ理由も、心が粉々になりそうになる事も、十二分に理解出来る。だから必死に、何度でも呼びかける。
「シスターヒナタ……ヒナタッ!」
「っ、ぅ、うぅ――ぅ……わ、分かって、います」
血塗れの両手を握り締め、震えた声で答えるヒナタは。
俯き、懸命に恐怖と戦いながら立ち上がる。
「大丈夫、わたっ、私は、大丈夫、です……ッ!」
血の気の失せた顔で、今にも消えてしまいそうな小さな声で。
大丈夫、大丈夫と、そう何度も自分に向けて呟いた。
震えを押し殺す、悲鳴を呑み込む。砕けそうになる心を、先生を助けるためだと云い聞かせ、必死に補強する。
けれど、涙が止まらない――涙だけが、止まらない。
「っ、止血が終わりました!」
「ッ、良し、先生を連れて此処から――」
ハスミが腕の処置を終え、先生の身体を抱き起す。意識があるのか、無いのか、小さく吐息を漏らしながら薄く目を開ける先生。その指先が、ヒナタに伸びていた事に、彼女達は気付かない。
ツルギは大粒の涙を流しながら荒い呼吸を繰り返すヒナタを見て、自身が前に出る事を決める。今、戦力として数えられるのは自分ひとりだと。それが何も出来なかった自身、声を上げた
彼女自身にも分からなかった。
不意に、瓦礫が落ちる音がした。最初に反応したのはツルギだ、彼女は素早く先生を抱くハスミ、ヒナタの壁になる様に動き、両手を低く構える。
四人を見下ろす誰かの影――炎に揺られ、姿を現した
「作戦地域に到着、正義実現委員会の残党――いや訂正、残党じゃなくて真髄だ……ツルギにハスミを発見、兵力をこっちに回して、これより交戦する」
「っ……アリウス分校!?」
瞬間、炎を突き破って突入してくる白いコートの集団――アリウス。
その校章に見覚えがあったハスミは、一瞬で彼女達の所属を見破った。
生徒達はガスマスクで顔を覆い隠し、その銃口はハスミ達に向けられている。その数は十や二十ではない。先生を自身の影に匿いながら、思わずハスミは叫ぶ。
「何処からこれ程の兵力が……周辺地域は全て警戒態勢だったのに――!」
「まさか、地下か……? 古聖堂の地下にある、カタコンベから――」
ツルギはアリウスを油断なく見つめながら、訝し気に呟いた。カタコンベ――確か、調印式に先んじて補修作業が行われた古聖堂、その地下に関しては全くの手付かずだった筈だ。何があるのか、何処に繋がっているのかも不明。或いは、何処からか古聖堂地下に侵入出来る経路があったのかもしれない。
しかし、もしそうだとすれば。
彼女達は事前に、この襲撃を計画していた事になる。
「………なるほど、つまり」
ツルギの言葉を聞き、凡その予測を立てたハスミは。
ミシリと、愛銃を握る手に力を込めた。
正義実現委員会が壊滅状態に陥ったのも。
先生がこの様な傷を負ったのも。
「――この状況は、あなた達アリウスの仕業という事ですかッ!?」
「へぇ……運が良い、もう一人の対象――先生は虫の息」
ハスミの激昂、その怒声を無視し、スクワッドのメンバー――ミサキは血塗れの先生を見下ろし、嘲笑う。その嘲笑、明らかな挑発にハスミの目が見開かれ、ぶわりと髪が怒気と共に広がった。自分の中にある、明確な一線。その境界線が千切れる音が聞こえた。
「このッ――! 良くも、良くもッ……! そのようなッ!?」
先生を地面に横たわらせ、立ち上がったハスミは目前に立つアリウスをあらん限りの憎悪と共に睨みつける。握り締めた愛銃が軋みを上げ、ハスミは気炎を上げて叫んだ。
「絶対に許しませんよ、アリウスッ! その代償、今、此処でッ――!」
「――ハスミ」
「っ!」
今にも駆け出そうとしたハスミを、隣に立っていたツルギの静かな声が止めた。
激昂するハスミに反し、ツルギは何処までも自然体。
スカートの中に仕込んでいた愛銃――ブラッド&ガンパウダーを抜き放ち、指先で回転させながら構えたツルギは、その鈍く光る銃口でアリウスを捉えながら告げる。
「役割を果たせ――暴れるのは、私の役目だ」
「ツルギ……!」
ハスミが何か、声を上げようとした瞬間――
一拍遅れて彼女の足元、石床が砕け、一陣の風が吹き抜けた。
「――殺す」
「はッ……」
一呼吸、たった一呼吸の内にツルギは最前列に立っていたアリウスの生徒へと肉薄していた。気付き、視線を向けた時には既に遅い。赤い眼光が軌跡を描き、その顔面に強烈な回転蹴りが叩き込まれる。
インパクトの瞬間、何かが砕ける様な音がした。頭部が石床に叩きつけられ、表面を破砕し食い込む。半ば折れ曲がる様にして倒れ伏した生徒を前に、ツルギは髪を扇状に靡かせ云った。
「お前らは皆殺しだ、残らず、生きて帰れると思うな、私の、わ、わたしの、先生、せん、せせせせッ、あ、あああん、あんな傷を、う、ううで、腕、うででええに、め、めぇ、目までぇ……――きひッ!」
「ぅ――」
滲み出る狂気――強烈な敵意。
鼻を突くのは血の香りだ、普段より暴力と闘争に明け暮れた彼女が放つそれは、目に見える恐怖としてアリウスに精神的圧迫感を与える。
口元が裂けているのではないかと思う程の狂笑。限界まで開いた瞳孔がアリウスを直視し、その銃口が素早く左右に開いた。
銃撃――左右、ツルギを挟むようにして立っていたアリウス生徒が直撃を受け吹き飛び、後方の瓦礫へと突っ込んだ。硝煙を吐き出す愛銃を振り回し、彼女は叫ぶ。
「キヒハハハハハアッ! ころすゥッ! 殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅッ!」
「……全体、ツルギに火力を集中」
「――了解!」
絶叫し、駆け出すツルギ。周囲の銃口が一斉に彼女を狙い、マズルフラッシュと銃声が燃え盛る古聖堂に木霊する。
素早い身のこなしで飛来する弾丸の雨を掻い潜るツルギ、しかし余りにも数が多い。何発もの弾丸が彼女の顔面を、胸元を、腹部を、手足を強かに打つ。
しかし――。
「コイツ、止まらな……ゴッ!?」
「死ねぇッ!」
何発その身に受けようと、どれだけの集中砲火に晒されようと、彼女の笑みが消える事も、止まることも無い。宛ら重戦車の如く、弾丸を受けて尚も前進する。
至近距離で銃撃、直撃を受けた生徒が吹き飛び、石床の上を転がる。そこから銃器を逆手に持ち直すと、ストックで頭部を全力で殴打した。巨大なハンマーで頭部を叩きつけられた様な衝撃、攻撃を受けた生徒の額が床に打ち付けられ、半ばまで埋まる。
ぬらりと血の滲んだ
そして銃弾が無くなった――或いはバレルが歪んで使い物にならなくなったと判断した瞬間、彼女は愛銃を何の躊躇いもなく投げ捨てた。
そして長いスカートを翻し、その中から新たな
「お前たちは此処で死ぬッ! 当然! 当然だろうがッ! 先生が血を、血を流したァッ!? なら、同じ分だけ、いやァ、もっと血を流せッ! 死ねぇッ! 死ね死ね死ね死ねェエッ! 血を撒き散らしながら死んで行けぇェエエエッ!」
「ッ……!」
狂乱――血を浴びれば浴びる程、その激情が加速するかの様に。
彼女の動きや言動は激しくなっていく。その驚異的な戦闘能力、注意をせずには居られない根源的な恐ろしさ。それは確かに、アリウス全員をその場に釘付けにした。
今、彼女達の目にはツルギしか映っていない。
その様子を見つめながら、ハスミは強く歯噛みする。憎悪が、怒りが、彼女の胸に燻る。しかし、今の最優先事項は断じてアリウスを攻撃する事ではない。床に横たわらせた先生を担ぎ直し、ハスミはヒナタに目を向ける。未だ不安げな様子を見せながらも、幾分か呼吸を落ち着かせた彼女。
ハスミはヒナタに一つ頷きを見せ、立ち上がった。
「行きましょう……!」
「は、はい……――っ」
ハスミが先生を抱えたまま駆け出し、ヒナタがその背中を追う。瓦礫と炎に紛れながら離脱を開始する二人に気付く者は居ない。目前の
二人の背後から悲鳴と絶叫、銃声が絶え間なく鳴り響く。
徐々に離れていくそれを尻目に、ハスミは険しい表情を浮かべたまま呟いた。
「頼みましたよ、ツルギ……!」
最近めちゃ忙しくて、そんなに時間掛けられませんでしたわ。ちょっと地の文簡素過ぎるかなって思うので、その内加筆の可能性がありますの。
Q 何でヒナタに千切らせたのですの?
A 怪力で困っているから。力を籠める度に先生の腕千切った事を思い出すようになったら、力のコントロールも上手く行くようになるんじゃないかなぁっていう親切心ですのよ。これで両手に縄を付けて生活する事も、それで誤解されるサクラコ様も居なくなる、一石二鳥のパーフェクトな作戦ですわ。
ぶっちゃけ一番最初に先生を発見した生徒が腕を切断する流れでプロット書いていたので、おじさんルート、感情的になったハナコルート、ワカモルートもありますわ。誰が腕を千切っても美味しいので、正直かなり迷った事を此処に記しておきます。
まぁでも、もう一本ありますし、何なら下含めて後三本ありますから、「まだ私の推しが捥いでくれるチャンスは残っているな……!」って安心して下さいまし。
因みに此処で先生が諦めると、心停止状態で発見されて色彩ルート入りますわよ。おぉ、哀れ哀れ。