ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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先生だけを苦しめたい、けれどエデン条約は皆が苦しんでしまいますの。
新しく来たストーリー読みたいので、次は三日後になると思いますわ。


命のリレー

 

「はぁッ、はぁッ……!」

 

 古聖堂を抜け、広間を駆ける。爆発の跡が色濃く残るその場所は、破砕された地面と崩れ落ちた建物の瓦礫が周囲に散らばっていた。先程まで存在した街並みが、ほんの一瞬で廃墟と化す。その恐ろしさに肝を冷やしながらも、ハスミとヒナタは足を動かす。

 

「ぅ……ごほッ――」

「っ、先生……!」

 

 不意に、先生が咳き込んだ。僅かに開いた口元から、泡の混じった血が垂れる。喀血だ、肺に何か、良くない傷を負ったのかもしれない。先生の身体に負担を掛けないように駆ける――それが出来ればどれ程良い事か。

 瓦礫の散乱する足場に、今なお止まらない流血。今は何よりも早さが求められていた。

 

 そんな彼女達の直ぐ脇を、一発の弾丸が掠めた。

 銃声が鳴り響き、ハスミは弾丸の飛来した方角を即座に確認し、先生を自身の身体で庇う。

 

「―――」

「ッ、攻撃……!」

 

 ヒナタがホルスターから素早く愛銃を抜き放ち振り向けば、瓦礫の上に立つ青白い人影が見えた。炎に照らされ影になった姿の輪郭、しかし強い光に照らされた人影は確りと視認する事が出来ない。

 

「っ、ハスミさん、先生を! 私が攻撃しますッ!」

 

 両手でグリップを握り締め、咄嗟に引き金を絞る。ダブルタップ、銃撃は二回、放たれた弾丸が人影の頭部に着弾し、人影が後方へと流れるようにして倒れるのが分かった。そのまま瓦礫の上に転がる筈だった影は――しかし、一瞬で霧のように、忽然と姿を消す。

 

「っ、消えた――!?」

 

 予想だにしないその結末に、ヒナタは思わず驚愕する。

 瞬間、別方向から銃声、弾丸が飛来しヒナタの肩を掠め、後方の瓦礫へと着弾した。

 

「また……!」

 

 ヒナタはハスミと先生の盾となる位置に立ちながら、弾丸の飛来した方向へ銃を構え、引き金を絞る。兎に角、弾幕を張る必要があった。無意識の内に放たれた弾丸は四発、内一発は対象の横合いを掠め、残りは足、胸、腹と着弾した。

 そして撃ち抜かれた人影は――やはり、霧のように消えてしまう。

 

「何なのですか、あれは……!?」

「わ、分かりませんっ!」

 

 先生を抱き締めながら、ハスミは困惑を露にし、ヒナタも戸惑った様に自身の銃を見つめる。弾は発射されている、弾丸も命中している筈だ――だと云うのに。

 

「命中している筈なのに、まるで手応えがなくて……!」

 

 まるで、実体のない虚像を撃っている様な感覚だった。

 唐突に現れ、唐突に消える、宛ら影の如く。

 

「そもそも、あれは人なのですか? まるで――」

 

 ――幽鬼の様。

 その言葉を口にするより早く、新たな人影が出現する。瓦礫の上に、唐突に、何の予兆もなく。

 顕れた数は三人、それぞれが異なる衣装、銃器を手にし、ハスミとヒナタ、先生を見下ろす。

 炎に照らされたその姿が、二人の視界に映った。

 

「ッ……! あの、衣装は――」

 

 その、特徴的な姿を目にしたヒナタは息を呑んだ。

 幽鬼の如く現れた人物――その姿に覚えがあったから。

 脳裏に過るのは古書の内容、いつか戯れに手にしたシスターフッドの歴史。古典とすら呼べる、遥か昔の出来事。

 

「シスターヒナタ?」

「あの装い、本で見た事があります……!」

 

 黒に統一された、特殊礼装。引き裂かれた長いウィンプル、肉体の半ばまで同化した黒い衣装。ある者はレオタードの様な衣服を、ある者は全身を覆う修道服を、ある者はスリットの入ったドレスの様な衣服を――。

 共通しているのはウィンプルと、罅割れ、点滅するヘイロー、そして顔を覆うガスマスク。青白く光る肉体が、その瞳が、ヒナタを射貫いていた。

 

「……あれは、『聖徒会』の服装です」

「聖徒会――?」

 

 ハスミは一瞬、頭の中で生徒会の文字を思い浮かべる。しかし、違う、彼女が指しているのは既存の組織の事ではない。シスターフッド、そして生徒会の響き――であれば、それは彼女達の前身である、『聖徒会』を指しているのだろう。

 そして、その名を冠する組織はこの広いキヴォトスの中でも、たった一つ。

 

「まさか、ユスティナ聖徒会の事ですか!?」

「はい……!」

 

 ユスティナ聖徒会――戒律を破る者に懲罰を、その目的でのみ組織された戦闘集団。嘗てのトリニティ、その暗部と云っても良い。暴力を躊躇わず、戒律とその守護を絶対とした者共。

 しかし彼女達は、最早遥か昔の存在である。ハスミの表情に困惑と驚愕が滲む。

 

「ユスティナ聖徒会、数百年前に消えた戒律の守護者……それが、どうして此処に!?」

「っ、下がってッ!」

 

 ヒナタが叫び、ハスミの肩を押し出した。先生を抱きかかえたままハスミは数歩横へ蹈鞴を踏み、ヒナタが入れ替わる様にしてその場に立つ。瞬間、幾つもの弾丸がヒナタの身体に撃ち込まれる。銃声が轟き、鈍い痛みがヒナタの身体を貫いた。

 見れば、ユスティナ聖徒会の面々が銃口を向けており、銃口から硝煙が立ち上っている。

 

「ぐぅッ……!」

「っ、シスターヒナタ!」

「大丈夫、ですッ!」

 

 両手で頭部を守り、身を縮こまらせていたヒナタは叫ぶ。見れば、撃ち込まれた箇所から蒸気が噴き出していた。凄まじい神秘濃度――何発も受ければ、急所に当たらなくても戦闘不能になりかねない。皮膚を焼く様な鈍痛に顔を顰めながら、ヒナタは拳銃を構える。

 そして、瓦礫の向こう側から続々と出現する人影に気付き、息を呑んだ。

 

「っ……尋常ではない数……! 奥に数十、いえ、数百規模――!?」

 

 ■

 

「死ねェエエッ!」

 

 ツルギの拳が顔面に突き立てられ、地面を何度もバウンドしながら瓦礫に衝突するアリウス生徒。その散り際を見つめながら、小さく息を吐き出すミサキ。肩に担いだセイントプレデターを横目に、彼女は呟く。

 

「……このままだと、こっちが全滅かな」

 

 周囲に居るチームの残りは十人前後、あれだけ居た筈の仲間はそこら中に倒れ伏し、失神している。甘く見積もっていたつもりはないが、やはり一筋縄ではいかないらしい。あの爆発を受けて尚、ツルギの肉体は大したダメージを見せず。何十発という弾丸を受けても怯まないタフネスと精神性――いや、そこには純粋な怒りも含まれているのだろう。

 

 最悪、セイントプレデター(これ)を撃ち込んで、諸共生き埋めになるか――そんな風に考えていた彼女の耳に、朧げな風音が届いた。

 

「……!」

 

 ミサキの背後に出現する人影、まるで地面から生え出るように、彼女達はゆっくりと姿を現す。黒いウィンプル、罅割れたヘイロー、顔を覆うガスマスク。それを認め、ミサキは頷く。

 

「あぁ――聖徒会の複製(ミメシス)、間に合ったんだ」

「………」

 

 彼女の声に何も答えず、聖徒会はツルギに銃口を向ける。

 ミサキは燃え盛る古聖堂、その火の粉に照らされた曇天を見上げ、呟いた。

 

「――条約に調印出来たんだね、アツコ」

 

 ■

 

「これで、調印は完了した」

「………」

 

 古聖堂、地下。

 がらんと開いた空洞の中に佇む、アリウスと不気味な二つ頭の木人形。罅割れた頭部に口と目を描いた、タキシード姿の人物。彼は凛とした佇まいのまま、冷たい光沢を放つ指先で襟を正す。

 

「木の人形が、喋れるのか」

「――無作法だな」

 

 アリウスの一人が、思わずと云った風にそんな声を漏らした。

 瞬間、淡々とした様子を見せていた彼の声に苛立ちと怒りが滲み出す。その不気味な容貌も相まって、彼の放つ雰囲気は薄暗く恐ろしい。

 

「私を呼ぶのであれば、芸術への敬意を込めて、『マエストロ』と呼んで欲しいものだ」

「……っ」

 

 ゲマトリア所属――マエストロ。

 黒服、ベアトリーチェ、ゴルコンダ&デカルコマニー、各々が自身の道を探し続ける求道者であり、その中の一人である彼もまた、自身を芸術家と称する者のひとり。木の擦り合う軋んだ音を立てながら、彼は朗々と唄う様に告げる。

 

「ふむ、しかし、そなたらにはまだ芸術の何たるかは尚早だろうか……? ならば済まないが、そなたらとは愉しい対話は成り立ちそうにない、知性、品格、経験、そして信念――それらを携えて来るが良い、キヴォトスの生徒達よ、どうかわたしを落胆させてくれるな」

 

 彼にとって、彼女達は良き言葉を交わす相手になり得ない。彼の目からすれば、何もかもが不足している様に映っていた。しかし、それで切り捨てる様な真似はしない、今は原石であっても、いずれ長い時を経て美しい宝石へと変貌するかもしれない。

 その可能性が僅かでも存在するのであれば、彼はそれ相応の振る舞いを見せよう。

 他ならぬ――かの者(聖者)が、そう信じているのだから。

 

「本来であれば、この様な事に手を貸すのは不本意なのだ、されど、あの守護者たちの、『威厳』を複製(ミメシス)出来るという一点には興味が惹かれた、故にそれに免じて、今回限りはそなたらを助けよう、戒律を守護せし者の血統――そのロイヤルブラッドの、『戒命』が動作する様を見届けられたのは、幸甚であった」

「………」

「おかげで私の実験は、更に『崇高』へと近付く事が出来るだろう」

 

 彼の前に立つアリウス生徒――アツコ()は静かに頷く。

 スクワッドのメンバーである彼女の役目は、この場所でロイヤルブラッドの名の下に、条約に調印し戒命を動作させる事。そして守護者の威厳を複製するその工程は、目前の人物(マエストロ)にしか出来ない。故に、彼女(マダム)は多少の対価を支払ってでも彼の助力を仰いだ。

 そして今、数百年前に存在した戒律の守護者は再びその力を取り戻し、戒律に背く者を懲罰する為、銃を手に取り行進を開始する。

 

 これこそがアリウスの狙い――決して斃れる事のない、不死身の軍団との契約。

 

「……ふむ、説明は退屈にして由無し事だろうか、では約束通り、この地下にある教義の下まで案内して貰う事にしよう」

「………」

 

 両手を広げ、仰々しくその様な言葉を発するマエストロに、姫は静かに踵を返す。目指す先は薄暗い通路、空洞から繋がる秘密通路。彼女の背中を頭部を揺らして眺めていた彼は、静かにその一歩を踏み出す。

 

「さぁ、いざ往かん――」

 

 ――我が芸術の最果てへ。

 

 ■

 

 幾つもの銃弾が瓦礫を叩く。破砕された破片が周囲に飛び散り、粉塵が周囲を覆う。

 先生を庇いながら近場の瓦礫に身を寄せるハスミは、遠目に見えるユスティナ聖徒会の一人を狙撃し、その体が弾け飛んだ事を確認して叫んだ。

 

「リロードを行います、援護をッ!」

「はい……っ!」

 

 直ぐ傍の瓦礫に身を潜めるヒナタは、その声に応え即座に応射を開始する。

 気付けば、完全に押し込まれていた。

 蜃気楼の如く朧気に、音もなく出現する彼女達はヒナタとハスミの退路を断ち、静かに、しかし粛々と包囲するように動いている。感傷に浸る暇もない。波のように押し寄せるユスティナ聖徒会を相手取るだけで精一杯だった。

 ハスミはポケットに手を入れ、予備の弾薬を取り出しながら顔を顰める。

 

「っ、残弾が少ない……これでは――」

 

 掌に転がった弾薬を見つめ、彼女は表情を険しくさせる。到底十分な弾薬量ではない。真正面から戦い続ければ、三分と掛からず全て撃ち尽くしてしまうだろう。

 補給も望めない現状、弾薬が尽きてしまえば敵勢力を押しとどめる事すら難しくなる。ヒナタも同じなのか、腰に手を回し予備のマガジンを掴みながら息を呑む。

 弾倉は残り三つ――これで此処を突破するのは、とても現実的ではない。

 そして突破できなければ、希望はない。

 口を固く結び、弾倉を嵌め込んだ彼女は呟く。

 

「せめて、先生だけでも――……!」

 

 震える声を漏らし、ヒナタは先生とハスミを見る。

 ユスティナ聖徒会は倒しても倒しても、その数を減らさない。ならば此処で足を止める事自体が下策。連中の包囲網を突破し、一人が囮兼殿として残れば、或いは一抹の望みがあるかもしれない。

 分の悪い賭けだった、弾薬も無く、増援も望めず、単独であの不死身染みたユスティナ聖徒会を相手取る。十中八九、囮役となった生徒は此処で力尽きるだろう。

 

 けれど、そうしなければ全員――此処で死ぬ。

 そうなる位ならば、一人の犠牲で済むのならば。

 

「ハスミさんっ! 私が――」

 

 私が突破口を開き、殿を務めます。

 そう叫ぼうとして――けれど、その声量を上回る轟音が突如打ち鳴らされた。

 

 唐突に、何の前触れもなく飛来したのは弾丸の雨。

 特徴的な射撃音に、凄まじい神秘の込められたそれらが周囲一帯を薙ぎ払い、瓦礫諸共ユスティナ聖徒会を一掃した。砂塵と破砕音、それらを目前にヒナタは思わず悲鳴を漏らす。

 

「ッ、これは……!?」

 

 先生を庇う様に抱き締めながら、巻き上がる砂塵を見つめていたハスミ。

 数秒程して、砂塵が晴れ、確かな弾痕の身が刻まれた中、その銃撃を行った主――人影が瓦礫を踏み砕き、現れる。

 

「――先生ッ、無事!?」

「――ゲヘナの風紀委員長!?」

 

 現れたのは、血に塗れた髪を靡かせるゲヘナ風紀委員会、委員長のヒナ。彼女は愛銃のデストロイヤーを脇に挟みながら、鬼気迫る表情で叫ぶ。よもやゲヘナの風紀委員会、そのトップが現れると思っていなかったハスミは驚愕を表情に張り付ける。

 そして、その感情を抱いたのはヒナも同じであった。

 ハスミの抱える人影、その血に塗れたシャーレの制服を見つめ、思わず息を呑む。

 

「っ……!?」

「――ぅ………」

 

 小さな呻きを漏らし、苦し気に表情を歪める先生。その血に塗れた姿、布が幾重にも巻き付けられた左腕。その消失した先を認め、彼女は一瞬呆然とした表情を見せた。まるで恐ろしいものを見てしまったかのように、立ち竦み、表情を恐怖に染める。

 

「―――」

 

 数秒、間があった。

 ハスミはヒナを見つめながら、顔を歪める。

 怨敵とも呼べるゲヘナ、個人的な好悪で語れば手を結ぶなど論外。

 しかし――。

 

「先生……――」

 

 腕の中に居る先生を強く――強く抱き締め、彼女は声を絞り出す。

 ユスティナ聖徒会と先生の状態、今此処でゲヘナと争う事がどれだけ愚かな事か、ハスミは良く理解している。故に頼るべきは、目前の風紀委員長。

 正直に云えば、腸が煮えくり返る想いだった。

 自身の無力を認める様で、耐え難い屈辱と苛立ちを感じた。

 だが――。

 

「シスターヒナタ、警戒をッ!」

「あっ、は、はい……ッ!」

 

 先生を抱え、駆け出すハスミ。行き先は瓦礫の上に立つヒナ、彼女の元に素早く駆け寄ったハスミは、血塗れの先生を一度だけ強く抱きしめ、彼女へと差し出す。抱えられた先生は力なく項垂れ、何処もかしこも傷だらけだった。

 

「先生を、頼みます――風紀委員長」

「……!」

「トリニティの首脳陣はほぼ壊滅状態です、シスターフッドも、ティーパーティーも居ない今、先生に万が一があっては、本当に収拾がつかなくなってしまいます……!」

 

 ハスミが取った選択は、ゲヘナの風紀委員長――ヒナに先生を託し、自身達が殿を務めるというもの。

 ツルギと並び立つと称される彼女の実力は、業腹だが信頼している。仮に先生を抱えながらの戦闘であっても、彼女ならば早々にやられる事はないだろうという確信があった。ならば単独での戦闘能力に優れた彼女に先生を託し、自分達が此処で囮兼殿として残るべきだ。

 先生の命を第一に考えるのならば――それが最善。

 先生の制服を、ぎゅっと握り締めたまま、ハスミは鬼気迫る表情で叫んだ。

 

「その身に代えても、守って下さいッ!」

「―――」

 

 その、強烈な感情に――先生の容態に。

 ヒナは言葉を失くす、或いは恐怖する。震える手を伸ばし、先生の腕を掴む。彼女の中の怯懦(弱い自分)が顔を出し、勇気と使命感を上回ろうとしていた。

 けれど、微かに動く先生の瞼が、その温もりが、彼女の背を強く押した。

 息を呑み、歯を食い縛り、腹の底に恐怖を沈める。

 

「ッ……任せて」

 

 恐怖を、苦痛を、後悔を押し殺し、彼女は力強く頷いた。自身よりも背の高い先生を軽々と片腕で抱え上げ、古聖堂とは逆方向へと駆け出す。目指すのはトリニティ中央区、本校舎。自身にとっては天敵とも呼べる場所だが、構いはしない、今は先生を救う事こそが先決。

 抱えた先生は、いつもより幾分か(腕一本分)軽く感じられた。その事を努めて意識から外し、ヒナは涙を呑んで足を進める。

 少しでも早く、少しでも強く。

 でないと、涙が溢れそうで――。

 

「シスターヒナタッ! 退路は私達で守りますッ!」

「は、はいっ……!」

 

 ハスミは駆けて行くヒナ、その背中から顔を逸らす。

 代わりに、ヒナタの声が響いた。

 

「せ、先生をっ……先生をよろしくお願いしますッ!」

 

 響いたその声に、ヒナは声を返す事をしなかった。

 しかし、その背中が雄弁に語っている。

 ――絶対に守ると。

 

 彼女から視線を逸らした二人は、近場の瓦礫に身を潜め弾薬を検める。先生を託した以上、少しでもこの場で敵を足止めしなければならない。

 

「……弾倉は、後幾つですか?」

「の、残りは三つ――あ、いえ、今装填されているものを除けば、二つだけです……私の鞄が見つかれば、まだ幾らか戦い様はあったのですが」

「無いもの強請りをしても仕方ありません、最悪は――素手で喰らい付く事になりそうですね」

 

 そんな言葉を交わす中――再び二人の前に立ち塞がる、ユスティナ聖徒会。

 ヒナの射撃で消滅した彼女達が続々と復活を開始したのだ。

 再び出現するには、僅かだがタイムラグが存在するらしい。しかし、まるで不死身の軍隊の如く蘇る彼女には、感情も、敵意も見えない。無機質な怪物が黙々と行進するような不気味さだけがあった。

 

「全く、本当に幽霊でも相手取っている気分で――!」

 

 そんな愚痴を漏らすと、不意に横合いから瓦礫の崩れる音が響いた。

 よもや別動隊かと二人が身を固くすれば、黒い制服に身を包んだ生徒達――正義実現委員会の面々が顔を覗かせる。前髪で目の隠れた彼女達は分かり易く肩を驚かせ、叫んだ。

 

「は、ハスミ先輩……っ!?」

「! あなた達、無事だったのですね……!」

 

 生き残りが居た事に驚き、喜色を滲ませるハスミ。見れば僅かではあるが、シスターフッドのメンバーも数人混じっている。爆発で脱げたのか、ウィンプルを被っていない者もいたが、大きな怪我は見受けられなかった。

 

「シスターヒナタ……!」

「皆さん、御無事で――!」

 

 シスターの元に駆け寄ったヒナタは、彼女達の無事を喜ぶ。どうやら爆発が起きた後、近場の生徒達で固まって目に見えた負傷者を救助しながら古聖堂を抜けようとしていたらしい。そして、広場を抜けた先で此処に辿り着いたと。

 ハスミは彼女達の無事を喜びながらも、しかしその表情を意図して険しいものに切り替え、問いかけた。

 

「詳しく説明している暇はありません、皆さん、まだ戦えますか?」

「は、半分程は……もう半分は、銃を紛失してしまったり、負傷しておりまして――」

 

 問い掛けに、おずおずと答える正義実現委員会のメンバー。視線を後方へと向ければ、その理由が分かった。

 爆発の影響で大なり小なり全員が負傷しており、傷の無い者は皆無。後方には同じメンバーの仲間に肩を借りて、漸く歩けていたり、背負われている者が見受けられる。

 集った人数は三十人前後、内十五人程は銃を持っており、戦闘可能。五人程銃を紛失し、残りは全員が負傷し行動不能という内訳だった。

 戦力としては心許ない、しかし二人だけであった事を考えれば奇跡の様な増援。ハスミは彼女達を見渡し、「分かりました」と頷く。

 

「ハスミ先輩、これを――」

 

 正義実現委員会の一人が、腰のポーチを外しハスミに差し出した。

 

「弾薬です、私は爆発で銃を喪ってしまったので……」

「助かります」

 

 礼を口にして受け取り、それを腰に巻き付けるハスミ。

 そうこうしている内にも、次々と数を増やすユスティナ聖徒会。彼女達は瓦礫の上に立ち、此方を見下ろしている。気付いた生徒達の間に動揺が走り、前衛を担当していた正義実現委員会の生徒が銃を構えた。そんな彼女達の間を抜け、ハスミは前へと躍り出る。

 

「――私は今から、皆さんに酷な命令をします」

 

 愛銃のコッキングを行い、指先で残弾を確認する彼女は皆を鼓舞するように――痛烈な覚悟を秘めた瞳で、告げた。

 

「先程の爆発に巻き込まれ、先生が負傷しました――右目の失明、左腕は……この私の目前で、切断する羽目になりました」

「――ッ!?」

「先生は今、ゲヘナ風紀委員長が保護し、撤退しています」

 

 そう云って彼女は、古聖堂の外へと指先を向ける。その方角を見れば、遠目に見える、誰かの背中。小さく、徐々に離れ行くそれではあるが、担がれた白が視界に掠めた。

 先生だ――先生が誰かに背負われ、古聖堂を離れていく。

 

「敵の追撃を許せば、先生が命を落としかねません――何としても、先生の退路を守る必要があります、今、此処で……!」

 

 だから、この場で戦って欲しいと――彼女は言外に告げる。

 傷が痛むだろう、今直ぐ逃げ出したいだろう、恐ろしく、希望が見えず、俯いてしまいたくなる。その気持ちは理解出来る、同意もしよう。

 しかし、今だけは許されない。

 どれだけの傷を負っていても、どれだけの恐怖を感じていても。

 この場で、戦ってくれと。

 

 彼女の声に反応したユスティナ聖徒会が、一斉に攻撃を開始した。

 銃声を聞いた委員が銃を手に遮蔽に身を隠し、負傷者は皆大きめの瓦礫の裏へと退避させられる。銃撃の最中、雄々しくも身を隠さず、前線へと立ったハスミは応射を行い、全力で吼えた。

 

「――先生の退路を死守しますッ! 各員、死力を尽くしなさいッ!」

 

 銃声が、轟く。

 返答は、攻撃でのみ行われた。

 

 正義実現委員会、シスターフッドの混成即席部隊。射程の短い(シスターフッドの)面々が前に立ち、後衛に正義実現委員会の生徒が付く。先程まで圧倒的な数の差に押し込まれていた生徒側は、しかし数の力で一時的な拮抗を成し遂げる。

 高台(積み上がった瓦礫)の上から此方を撃ち下ろす聖徒会の面々は、次々と飛来する弾丸を前に掻き消えた。

 

「痛ッ……!?」

 

 しかし、此方も無傷とはいかない。前衛を担当していたシスターフッドの一人が被弾し、もんどりうって倒れる。頭部に一撃、額から血が流れ、一瞬で意識を持って行かれた。後方に待機していた銃を持っていない生徒が、慌てて引き摺って回収を試みる。

 しかし、数秒して意識を取り戻した彼女は、引き摺られている事を自覚すると、流れる血を拭う事もせず鬼気迫る表情で射撃を続行した。

 

「わ、私が……私が、先生を守るんだ……ッ!」

 

 銃を持たず、影で震えていた正義実現委員会の生徒が徐に立ち上がる。銃を持たない生徒に、戦う術はない。けれど、何も出来ず片隅で怯えている事だけしか出来ない何て――嫌だった。

 弾丸の全てを同僚に託していた彼女は、何も持たず、丸腰で瓦礫を飛び出し叫んだ。

 

「う……うわぁあァアアアアッ!」

「っ――?」

 

 声で敵の注意を惹きつけ、瓦礫を駆け上り――突貫。

 幽鬼の如く佇む聖徒会の腕を掴み、そのまま全力で拘束した。僅かに、ほんの僅かにだが、拘束したユスティナ聖徒会が困惑した様な感情を漏らす。

 

「早く撃ってッ! 早くッ!」

 

 銃がないなら、無いなりに、自身の為せる事を為す。

 敵を拘束し、一瞬で良い、隙を作る。

 そうすれば仲間が敵を撃つ一呼吸を生み出せるから。

 それを見た他の面々も、息を呑む。互いに顔を見合わせ頷いた彼女達は、内心の恐怖を押し殺し飛び出した。

 

「ぅ、ぅう、わあああッ!」

「ま、負けるもんかァーッ!」

 

 次々と背後から駆け出す正義実現委員会のメンバー、先陣を切った生徒に倣い、素手でユスティナ聖徒会へと飛び掛かる。銃を持っていない生徒、負傷していた生徒、それらが一斉に、足を引き摺ってまでユスティナ聖徒会に立ち向かう。

 

「死んでも、守るんだッ――!」

「ぅぁ……ぅうッ!」

 

 目に見えるユスティナ聖徒会に立ち向かう彼女達は、しかし膂力も、神秘も、比較にならない。簡単に振りほどかれ、地面に叩きつけられ、辿り着く前に銃撃で倒れる。悲鳴を上げ、アスファルトの上を転がる生徒達。

 けれど血を吐きながら、涙を流しながら、苦悶を漏らしながら――彼女達は立ち上がり、再び駆け出す。

 

「撃てッ、撃ち続けろっ!」

「げほッ、ごほッ……ぐ、ぅううッ!」

 

 銃を構える生徒達は、どれだけ傷付いていても発砲を止めず。

 銃を喪った生徒達は、その身を擲って道を切り開く。

 

 彼女達は――決して諦めない。

 

「その身を盾にしてもッ……! 先生だけは、絶対に逃がすんだッ!」

「絶対に、い、かせない……!」

「―――!」

 

 戦場は、乱戦の模様を呈していた。

 銃を掴まれ、取っ組み合いへと転じる(聖徒会)。抱き着かれ、拘束を解こうと足掻く(聖徒会)。次々と迫る正義実現委員会にたじろぎ、後退する(聖徒会)

 銃を持たぬ生徒が銃撃を引き受け、壁となり、後方の仲間を支援する。

 

 最初に撃たれたシスターフッドのメンバー、シスターの一人がポーチに手を入れる。しかし、探せど探せど弾倉が見つからない。つい先程、撃ち放ったもので最後だった。

 ホールドオープンした愛銃を見下ろし、彼女はそっと地面に銃を落とす。

 

「ふぅッ、ふーッ……わ、私だって……!」

 

 頭部に銃弾を受けた影響で、震えの止まらない足。しかし、瓦礫に寄り掛りながら立ち上がった彼女は、渾身の力で両足を叩き、地面を踏み締め、震えを止める。

 それは一時的なものだろう、けれどそれで構わなかった。

 ポーチに手を入れ、弾倉の代わりに取り出したのは――二つの手榴弾。

 シスターフッドの一部にのみ支給される、擲弾兵装である。

 安全ピンを抜き、レバーを握り込んだ彼女は、深く息を吸って前を見据える。

 

 脳裏に過るのは――いつか、目の前で起きた惨状。(アリウスの生徒が行った、自爆攻撃)

 

「――どうか、主の導きがあらん事を……ッ!」

「――!?」

 

 彼女は自身を鼓舞するように叫び、ユスティナ聖徒会の元へと飛び込んだ。

 手榴弾を両手に握り締め瓦礫を駆け上がり、安全レバーを離す。なるべく連中の密集した場所へと突貫した彼女は、爆発する寸前に手榴弾を手前へと放った。

 虚空にて回転する手榴弾、咄嗟に聖徒会の放った弾丸がシスターの胸部を強かに打ち、痛みに顔を歪めた彼女は最後に、去り往く先生の背中に向かって叫んだ。

 

「先生ッ、ご無事で――!」

 

 瞬間――爆発。

 周囲に佇んでいたユスティナ聖徒会が数名程巻き込まれて消滅し、爆発の煽りを受けたシスターが地面に叩きつけられる。そのまま瓦礫の坂を転がり落ち、体中をぶつけながら地面に力なく横たわった彼女は、ぴくりとも動く事なく――そのヘイローを消失させた。(完全に意識を失った)

 

「自爆……!?」

「そ、そんな――ッ!」

 

 近くに居た正義実現委員会が愕然とした声を漏らし、ヒナタが悲鳴を噛み殺す。倒れた件のシスターを、周辺に居た生徒が慌てて回収する。引き摺られ、後方へと下がっていく彼女の衣服はボロボロで、肌には破片が突き刺さり、少なくない血が流れていた。

 

「ッ!? 馬鹿な真似を……っ!」

 

 思わず歯を噛み締め声を漏らすハスミ。素早く愛銃に弾を詰め込み、コッキングを行うと、目に見えた聖徒会の一人を撃ち抜く。多種多様な銃を手にする彼女達は、未だその勢いを弱めない。

 続々と迫りくるそららを前に憎悪を滲ませた視線を向ける彼女は、感情のままに息を吸い込み叫んだ。

 

「動ける者は敵の動きを止めなさいッ! 私が仕留めます! 銃のあるものは援護を!」

 

 瓦礫から身を乗り出し、足を掛ける。最早、守りに徹してどうなるものではない。

 全力で――ただ、全力で抗う。

 自身の命すら勘定に入れず、ただの一秒を稼ぐ為に。

 力強く愛銃を構えた彼女は、その深紅の瞳を滾らせ、云った。

 

「此処から先は一歩も通しません――残らず全員、撃ち抜きますッ!」

 


 

 生徒は意識を失うとヘイローが消失という公式設定があるので、死傷者は出ておりません。安心して下さいまし。

 

 先生は生徒の為に命を()し。

 生徒は先生の為に命を()す。

 

 これぞ純愛、なんて素敵で、素晴らしい関係性でしょうか。

 先生は生徒にその様な選択を取らせた事を未来永劫後悔し。

 生徒は先生を守る事が出来なかった事を未来永劫後悔する。

 互いが互いを思いやるが故に起きる、美しき循環……。

 素晴らしい、感動的だ、だが無意味だ(でも先生は助からない)

 


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