ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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思ったより書けたので投稿致しますわ。
次こそ三日後かもしれませんわ。


夢見た明日の(それでもと叫んだ)終着点。(その終わり)

 

「はぁッ、はぁ……! 先生……!」

「ひゅー――は……ぁ――……」

 

 先生を担ぎ、走り続けるヒナ。その腕の中で、ゆっくりと呼吸を繰り返す先生。ヒナの身体が大きく揺れる度、その口元が痛みで引き攣る。

 ヒナの体中が軋み、弾丸を受けた彼方此方が鈍痛を発する。本来であれば、撤退が必要な程の負傷――しかし彼女は、自身の精神力のみで痛みを呑み込み、肉体を動かす。その支柱は、先生を助けると云う強い想い。自分が此処で倒れてしまえば、先生が道連れになるという恐怖。

 それが彼女の足を前へ前へと押し出させる。

 

「大丈夫、私に、任せて……!」

 

 声は、力強く聞こえた。

 けれどその実、不安が胸に渦巻き、焦燥に塗れている事を彼女自身が自覚している。

 腕の中で、どんどん先生の息が弱々しくなっていくのが分かった。

 滲み出た血は巻き付けた布を沁みだし、ヒナの肩を濡らす。その赤が広がる度に、ヒナの中にある弱い自分が顔を出す。

 恐怖で足が止まりそうだった、歯を食い縛るのは、そうしなければ無様に音を鳴らしてしまいそうだからだ。

 

「絶対に、生きて帰すから……ッ!」

 

 強く足を踏み出し、告げる。

 それは最早、自分に云い聞かせる為の言葉だった。

 

「―――」

「ッ、邪魔を、するなァッ!」

 

 進路上に現れる、ユスティナ聖徒会。ヒナタやハスミが離れて尚、彼女に影の如く纏わりつく存在。

 彼女達に向かってヒナは愛銃を突きつけ――一斉に薙ぎ払う。

 規格外の神秘と破壊力を以て放たれたそれらは、ユスティナ聖徒会を一掃し、轟音と共に瓦礫諸共粉砕する。その結果を見届けながら、彼女は額から汗を流す。

 これで四度目――彼女が先生を託され、駆け出してからユスティナ聖徒会と交戦した回数である。一体追撃はいつまで続くのか、どの領域まで追って来るのか、ヒナには皆目見当が付かなかった。

 

「ッ!」

 

 不意に――彼女は素早く身を反らす。

 それは長年の勘から。

 瞬間、一拍遅れて彼女の頭部があった場所を一発の銃弾が通過した。銃声が鳴り響く前に弾丸を回避した彼女は、先生を抱き寄せながら素早く身を翻す。虚空を穿った弾丸は傍の街灯に着弾し、その支柱が中程から吹き飛ばされた。軋んだ音を立てて崩れ落ち、硝子片を撒き散らす街灯。

 ヒナの視界に映ったのは――巨大なガンケースを担いだ、見覚えのある生徒(アリウス・スクワッド)

 

「え、えへへっ……また逢いましたね、ヒナさん……」

「さっきのッ!? 性懲りもなく……!」

 

 締まらない笑みを浮かべながら現れたのは、アリウス・スクワッドのヒヨリ。片腕に担いだ愛銃から硝煙を漂わせ、傷だらけの顔で笑う。ミサイルの着弾直後、ヒナを強襲し返り討ちにあった彼女であったが――ヒヨリの背後には無数のユスティナ聖徒会が列を為し、佇んでいた。

 

「さ、さっきは負けちゃいましたけれど、今度は守護者も一緒ですから……」

 

 呟き、彼女は手を振り下ろす。

 それを確認したユスティナ聖徒会は指示に従い、黙々と前へと足を進めた。

 数は――少なくとも百以上。先生を庇いながら前進するには、余りにも多すぎる。多少は間引かなければ、この先には進めない。

 忌々しいとばかりに表情を歪め、血の滲んだ手で愛銃を握り締めたヒナは、銃口を聖徒会へと向ける。

 

「これで、終わりですね」

 

 ヒナをじっと見つめるヒヨリは、そんな言葉を呟いた。

 如何にキヴォトス最強の一角と云えど、連戦に次ぐ連戦、補給も休息もないまま戦い続けて平気な訳が無い。彼女(ヒナ)にも限界が迫っている――そしてそれは、決してそう遠くない未来の話だ。それを彼女の顔色から感じ取ったヒヨリは、この守護者たちが最後の一押しになると思っていた。

 

 聖徒会が銃口を向け、その引き金に指を掛ける。

 そして、その銃口がヒナに火を噴く――直前。

 

「――いいや、違うね」

 

 声がした。

 鋭く、確かな敵意を孕んだ声だった。

 銃声が轟き、マズルフラッシュが周囲を照らす。先生を抱えながら衝撃に備えたヒナであったが、その目前に立ち塞がる人影があった。

 

 彼女はその身の丈を超える盾を構え、飛来した弾丸を悉く逸らし、弾き、防ぐ。分厚い防弾盾、そこに弾丸が着弾する度に衝撃と甲高い跳弾音が鳴り響いた。ヒナの目前で、昼と夜が切り替わる。そう思ってしまう程の激しい集中砲火。

 それでも、射撃時間はほんの三秒ほど。攻撃を受け切った盾は蒸気を吹き上げ、表面に幾つもの弾痕を刻まれる。

 しかし、それでも尚――彼女の盾(託された遺志)は健在。

 全ての弾丸を防ぎ切った彼女は小さく息を吐き出し、立ち塞がるヒヨリとユスティナ聖徒会を睨みつけ、告げる。

 

「――終わりに何てさせないよ」

 

 彼女、ホシノは愛用の盾を構えたまま、超然とその場に立っていた。

 

「っ、小鳥遊ホシノ――?」

「………」

 

 よもや、アビドスの生徒が来ているとは思わなかったヒナが驚愕と共に彼女の名を呼ぶ。予想もしていなかった救援だった。ホシノは盾を油断なく構えたまま、愛銃を脇に挟んで後方に居るヒナと先生を見る。

 銃弾によって解れ、裂け、ボロボロになった外套。血の滲んだ制服に、赤の混じった髪。激戦であったのだろう、常の威厳ある風紀委員長の姿が影も形もない。しかし、それよりも目を引かれたのは彼女の腕の中で項垂れる――先生の姿。

 血に塗れた制服、青白い顔色、か細く絞られた吐息、捲り上がった右半分の顔に、幾重にも布が巻き付けられた左腕。

 その先にあるべき腕は――喪われていた。

 

 何があったのかなど分からない。分かりたくもない。

 けれど一つ分かる事があるとすれば、それは。

 自分達が間に合わなかったという、その純然たる事実のみ。

 

「……よくも」

 

 腹から、唸るような声が出た。

 彼女自身も驚く様な、憎悪と嚇怒の混じった声だ。

 彼女自身喪っていたと思っていた、思い込んでいた過去の自分。冷徹に、容赦なく、他者を傷付け排除する。投げ捨てた筈の、喪われた筈の感情――ホシノの根源(オリジン)

 それが、ゆっくりと首を擡げ肉体を駆け巡る。

 ぎちりと噛み締めた歯が軋み、色の異なる眼光が、危うい光を孕んだ視線を向けた。

 

「――やってくれたね、お前等……ッ」

「ッ……!」

 

 吹き上がった蒸気を振り払い、彼女は一歩を踏み出す。普段の温厚な彼女を知っている者程、思わず委縮してしまうような威圧感。

 或いは――殺意。

 それを滾らせ、彼女はアリウスの前に立ち塞がる。

 

「ホシノ先輩!」

「先輩、急に走り出して――って……ッ!」

 

 後方から、騒がしく声を上げる者が四名。瓦礫を乗り越え、現れたのはアビドス対策委員会のメンバー。彼女達はひとり駆け出したホシノを追って来たらしく、全員が息を弾ませ汗を流していた。

 瓦礫を滑り落ちる皆はホシノの背後に立つ人影に視線を向け、驚きの表情を浮かべる。

 

「ゲヘナの風紀委員長?」

「それより――」

 

 セリカがいち早くヒナの抱えている影に気付き、焦燥に塗れた声を上げた。

 

「せ、先生ッ!?」

 

 その声に反応したのはシロコ、ノノミ、アヤネの三名。顔を見合わせるや否や素早く駆け出し、ヒナの元に集う。アビドスの面々に囲われたヒナは、唐突な事に目を白黒させながらも、警戒心を抱く事はない。彼女達は味方であると、心の深い部分が叫んでいた。

 そんなヒナを横目に、彼女の腕の中で力なく俯く先生を認めたアビドスは、その顔を歪め声を荒げる。

 

「せ、先生ッ、う、腕が……!」

「アヤネちゃん!」

「す、直ぐにッ――!」

 

 セリカが愛銃を取りこぼし顔を蒼褪めさせ、ノノミが険しい表情で叫ぶ。アヤネは頷くと、背負っていた背嚢をその場に降ろした。

 先生が危険な目に遭う事は想定していた、故に準備自体はしていたのだ。

 背嚢の中から救急キットを取り出し、開く。キットから一本の注射器を抜き出すと、プラスチックの容器、そのキャップを引き抜き先端を先生の肩に突き立てた。親指を押し込めば空気の抜ける様な音と共に鎮痛剤が投与され、僅かだが猶予が出来る。

 

「処置しますッ! 警戒をっ!」

「任せて!」

「はいっ!」

「一発も通さない」

「………――」

 

 アヤネの言葉に、先生とヒナを守る様に立ち塞がるアビドスの面々。毛を逆立て、怒り心頭と云った様子のセリカ。普段の温厚な雰囲気を消し飛ばし、鋭い視線でアリウスを睨みつけるノノミ。無言で口元を一文字に結び、敵意を滲ませるシロコ。

 その先頭に立つ、キヴォトス最高の神秘――小鳥遊ホシノ。

 

 ユスティナ聖徒会は動かない――不気味な沈黙を守っている。

 

「ヒナさん、先生の身体を支えていて下さい……!」

「え、えぇ……!」

 

 空になった注射器を放り捨てたアヤネは、続いてメディカルシザーで慎重に巻き付けた布を切断する。黒く血に染まったそれは、とても清潔な布とは云い難い。恐らく色合いから正義実現委員会の誰かが、応急処置として施したのだろう。

 兎に角目に付いた所から、消毒布で汚れを拭い、スキンステープラー(医療用ホチキス)で傷口を縫い留める。只の応急処置に過ぎないが、幾分か出血を抑制する効果はあった。処置を終えれば素早く傷口をガーゼで覆い、清潔な包帯を巻きつける。しかし手を進めれば進める程、彼女の表情は蒼褪めていく。

 

「こ、こんな量の傷……――」

 

 この場では、どうしようもない。

 傷が、余りにも深く、多い。少なくともきちんとした環境で医学を学んだ訳でもないアヤネにとっては、手に余る外傷の数々。何より、即座に先生を発見出来た訳ではないのが痛かった。先生が爆発を受けた直後に処置を行えたのなら、まだ希望はあった。しかし、粗雑な布を巻いただけの状態で此処まで退避して来た先生の肉体からは、既に大量の血が流れ出てしまっている。加えて出血を抑えられても、内臓や脳などの傷は今のアヤネにはどうする事も出来ない。臓器に大きなダメージが生じていれば、腹腔内出血が発生し腹の中に血が溜まる。これは、外から確認する事が出来ない。そして現状、先生の肉体の中がどうなっているのか、アヤネには想像も出来なかった。捲り上がった皮膚、腫れ上がった体の節々、刻まれた爆発の痕、打撲傷に擦過傷。

 先生の顔色が酷い、その体が小刻みに震え、呼吸は弱々しい。鎮痛剤が幾分かその苦痛を和らげてくれている様だが――直ぐにでも適切な治療を行わなければ、先生は長くは持たない。

 それが実感出来たからこそ、アヤネは焦燥と共に叫んだ。

 

「駄目ですッ、此処では碌な手当ても――早く近場の病院か何処か、お医者様の居る場所に運ばないとッ!」

 

 この場にはあらゆるものが足りていない。

 知識を持った医者も、必要な施設も。

 その悲鳴染みた声に、ホシノは即座に判断を下した。

 

「風紀委員長ちゃんッ!」

「っ!?」

私達(アビドス)が退路を切り開くッ!」

 

 この連中を押し退け、先生が脱出する為の道と時間を稼ぐ。そう決めた彼女は、盾を構えながら突貫を開始する。その背中を見たアビドスの皆は互いに頷き合い、銃を手に続いた。

 

「あ、あの制服――」

 

 ユスティナ聖徒会の中へと突貫を開始したアビドスを見つめるヒヨリは、その見覚えのある彼女達の姿に声を漏らす。数ヶ月前の記憶、給水塔からスコープ越しに眺めた生徒、その顔と目前の生徒の顔が重なった。

 払暁、差し込む柔らかな朝日、輝く陽光を浴びながら佇む生徒達。砂に、傷に、血に塗れながら、それでも浮かべる表情は明るく希望あるもので。まるで彼女達の未来を、その後を照らしている様な、美しい光景だった。

 眩い光に照らされ、立ち塞がる壁を乗り越えたその景色を――彼女は確かに憶えている。

 

「そっか……えへへ、そうですよね? あなた達は――救われたんですから」

 

 愛銃を抱き締め、ヒヨリは俯き呟く。

 アビドスで行った先生の奮闘、死力を尽くした戦い。彼女達(アリウス)の主を跳ね退け、輝ける未来を勝ち取った五人の生徒達。無理だと思った、不可能だと思った、それでも彼女達は成し遂げて見せた。

 

 他ならぬ、先生(聖者)と共に。

 

 強く、激しく、怒りを抱きながら戦うアビドス。誰かの為に、皆の為に、一つとなって戦える。その事実をヒヨリは、どこか悲しみの混じった笑みと共に眺める。

 

「真っ直ぐで、眩しくて――羨ましいなぁ」

 

 それは、自分達には与えられなかったものだから。

 それは、自分達には訪れなかった幸福だから。

 青白い亡霊(ユスティナ聖徒会)に囲われた彼女は、ただ茫然とアビドスの面々を見つめる。

 その愛銃を掴む手に、少しだけ力が籠った。

 

「ノノミちゃんッ!」

「――一斉掃射しますッ!」

 

 叫び、リトルマシンガンⅤを腰だめに構え薙ぎ払う様に掃射するノノミ。凄まじい発射レートと火力は閃光と共に次々と聖徒会を消し飛ばし、掻き消す。散発的な反撃は、前面に立ったホシノが防弾盾で受け止め、ノノミに対する攻撃を許さない。

 ヒヨリは飛来する破壊の雨を前に、ガンケースを手前に押し出し、即席の盾とする事で凌いだ。普段通りの表情で、何でもないようにガンケースを構える彼女。その表面にノノミの掃射が着弾し、火花と閃光を生じさせる。頑強なケースはその表面を凹ませながらも健在、腕を伝わる確かな衝撃にヒヨリは目を細める。

 

「このッ、良くも先生に……っ!」

 

 ノノミの火力支援を背に、セリカが先陣を切って飛び出す。スライディングで銃弾を潜り抜け、滑ったままの姿勢から射撃。一体目の聖徒会、その頭部を撃ち抜き、弾けるように跳躍。

 

「ふざけんじゃっ――ないわよッ!」

「っ……!」

 

 瓦礫の角を利用した跳躍からの、飛び蹴り。

 ユスティナ聖徒会の顔面に炸裂したそれは、凄まじい衝撃と共に瓦礫諸共聖徒会を吹き飛ばす。受け身と共に着地したセリカは、姿勢を低く這う様にして銃口を振り回す。ユスティナ聖徒会は凄まじい数だ、だからこそ懐に潜り込まれてしまえば同士討ちの危険性があり、銃器が扱えない。

 

 そうでなくとも――何故かアビドスを前にすると、ユスティナ聖徒会の動きが鈍く感じられた。

 

「殲滅する……っ!」

 

 シロコは突貫したホシノとセリカを支援する為に、ドローンと連携して目についた聖徒会を片っ端から爆撃、銃撃する。この為に弾薬だけは豊富に用意した。アビドス事件の際に先生が持ち込んでくれた補給物資の余り、何なら事前に買い込んでいた分も全て吐き出す勢いで、彼女は火力支援を行う。

 

「北側の通りを抜けて下さいッ、そちらからは敵の反応が出ていませんッ!」

 

 アヤネが背嚢を背負い直し、ドローンを飛ばしながら愛銃のコモンセンスを抜き放つ。表示された周辺マップには、アリウスらしき赤い点滅は局所的に集中している。目前の亡霊染みた敵の詳細は不明だが、少なくとも北側にアリウス、及び聖徒会の反応はない。

 アヤネはヒナの手を一度握り締めると、真っ直ぐヒナの目を見て云った。そして腕の中で目を閉じる先生を見下ろし、くしゃりとその表情を悲しみに歪める。

 それを振り切るように――視線をアリウスに向けると、安全装置を弾き交戦へと参加する為に駆け出した。

 

「早く行って……っ!」

「先生を、お願いしますッ!」

「絶対に死なせるんじゃないわよッ!?」

 

 シロコが、ノノミが、セリカが叫ぶ。硝煙に彩られ、正体不明の数に勝る相手を前にしても、アビドスは微塵も怯懦を、恐れを見せない。ヒナはアビドス対策委員会の背中を呆然と見つめながら、ゆっくりと立ち上がる。

 先生を抱え、覚束ない足取りで。

 

「早く行けェッ! 風紀委員長ッ!」

「――ッ!」

 

 ホシノが、血を吐き出すような怒声を発した。

 ヒナの足に、力が籠る。

 先生を抱え直した彼女は、アビドスに背を向け駆け出した。

 目指すは、トリニティ本校舎。

 

 そこに救いがあると――そう信じて。

 

 ■

 

「ハァッ、はッ、ぐぅ――……!」

 

 トリニティ中央区、郊外――大通り。

 爆心地から離れ、古聖堂地区から中央区へと繋がる郊外の大通り。その道へと踏み込んだヒナは、大量の汗を流しながら頭上を仰ぐ。どれだけ走り続けただろう? 傷の刻まれた肉体で行うマラソンは、予想以上の負荷と苦痛を彼女に齎した。

 けれど、それも遠くない内に終わる。

 見上げた視界の先に表示される交通掲示板、その表記を見てヒナは微かに安堵の笑みを浮かべた。

 

「古聖堂の地区を、抜けた――……ッ!」

 

 未だ銃声や爆音の鳴り止まぬ古聖堂、そこへと続く道からは既に人気が消えており、街は静寂に支配されていた。有事の際はトリニティ本校舎、及び指定された避難区域へと移動が指示される。トリニティが緊急事態宣言を発令しているのであれば、市民もその様に動く筈だ。それはヒナにとっては朗報であり、悲報である。

 朗報である点は、戦闘で無辜の生徒を巻き込むことがない事。

 悲報である点は、他者に助けを求める事が出来ない事。

 先生を担ぎ、歩む足を緩めないヒナは息を弾ませながら呟く。

 

「先生、もう少しでトリニティ本校舎だから……! もう少し、もう少しだけ我慢してね――」

 

 先生へと掛けられる声に、希望が滲む。あらゆる生徒に想いを託され、逃げ延びた先。少なくともその献身は、行動は無意味ではなかったと、ヒナは先生を抱える腕に力を入れ再び一歩を踏み出す。

 

「いや――その(我慢の)必要はない」

 

 誰も居ない筈の街に、その声は響く。

 それは冷たく、鋭く、無機質な声だった。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に反応出来たのは、奇跡だった。

 鈍った体を全力で動かし、先生の身体を自身の腕で覆う。瞬間、肩、腕、背中と衝撃が走る。

 銃撃だ、銃声と共に飛来した鈍痛にヒナは歯を食い縛り、苦悶の声を漏らした。

 

「ぐッ、ぅ――」

「……先生を庇ったか、呆れた頑丈さだな、良くその傷で動けるものだ」

 

 人気のない大通り、その裏路地から姿を現す――一人の生徒。

 口元を黒いマスクで覆い隠し、深く帽子を被った彼女は、純白のアリウスコートを靡かせ姿を見せる。片手には硝煙を吐き出す突撃銃、もう片手には罅割れた端末を掴んで。

 端末を見下ろし、何事かを確認した彼女はポケットの中にそれを押し込み、吐き捨てる。

 

「ミサキはトリニティ、ヒヨリは――例のアビドスとか云う連中と交戦中か、想定外、だが修正の範囲内だ」

 

 その言葉と共に出現するユスティナ聖徒会。ヒナを囲う様に生まれるそれは、変わらず不気味な気配を放っており、ヒナは先生を強く抱きしめながら愛銃の引き金に指を添える。その痛みに歪められた表情に、確かな憎悪が滲んでいた。

 

「……アリウス・スクワッド」

「あぁ、私達を知っているのか――自己紹介でもしてやりたい所だが」

 

 そう云って、お道化た様に肩を竦めた彼女――サオリは嘲笑う。

 

「今から死ぬ貴様には不要だろう」

 

 その指先が、静かにヒナを指した。

 ヒナの肌が、粟立つ。

 

「攻撃開始」

「―――」

 

 鳴り響く銃声、周囲を照らすマズルフラッシュ。

 ヒナは銃声が耳に届くよりも早く、先生を抱えたまま駆け出した。一拍遅れて着弾した弾丸が地面を抉り、破片が飛び散る。

 

「ッ、もう少しなのに……!」

 

 吐き捨て、素早く周囲の敵、その位置を確認する。先生を抱えたまま正面切っての戦闘は不可能。流れ弾が先生に当たる可能性があるし、自分もそう何度も被弾を許せる程体力が残っている訳じゃない。

 

 近場に停車していた車両の裏へと身を滑り込ませたヒナは、ドアや硝子が破砕される音を耳にしながら、ボンネット脇、前輪タイヤに身を隠す。この場所ならば仮に貫通するとしても、エンジン部分、或いはホイールが障害物となって弾が貫通し難い。

 

 先生を最も安全な場所に降ろした彼女は、素早く身を横たわらせ、車両下部、サイドシルから覗き込むように向こう側を視認し――射撃。

 凄まじい轟音と閃光に目を焼かれながら、迫っていたユスティナ聖徒会の足を刈り取る。足を撃ち抜かれ、転倒した彼女達の頭部を即座に破壊し、残弾を確認してから先生の腕を取って抱え上げる。

 そのまま車両を蹴り飛ばし横転させると、車両の拉げる破砕音を耳にしながらバックステップを踏む。狙いは後部座席下――燃料タンク。

 その場所に纏めて弾丸を送り込み、放たれた弾丸は簡単に車両下部を貫通、車体を爆散させた。破片や熱波を障害物で防ぎながら、巻き起こった噴煙と炎に紛れて逃走を開始するヒナ。聖徒会の放った弾丸は、噴煙に巻かれて見当違いの方向へと着弾する。

 

「ぅ、ごほッ、コホッ……!」

「先生ごめん! 少し耐えて……!」

 

 炎と煙に噎せ返り、血と唾液を零す先生にヒナは呟く。

 今、自分が為すべき事は彼女達を討ち果たす事ではない。

 先生を安全な場所に送り届ける事、延いてはトリニティが敷いたであろう防衛区間に到達する事だ。

 そうすれば、仮に自分が倒れたとしても先生の回収が望める。

 

「―――」

「っ、次から、次へとッ!」

 

 大通りを逃走するヒナの前に、ユスティナ聖徒会が唐突に出現する。出現位置を自在に変えられるのか、或いは逃走ルートを読まれているのか。右腕に持った愛銃で出現した聖徒会を片っ端から狙い撃ち、惜しむことなく弾丸を送り込む。立ち塞がっていたユスティナ聖徒会の面々は、その銃口をヒナに向ける事も出来ず、音もなく消滅していく。

 

 鎧袖一触――ヒナのデストロイヤーは、その巨体に見合う破壊力、装弾数、神秘を秘める。しかし、だからと云って決して余裕がある訳ではない。ヒナは現れるユスティナ聖徒会を消し飛ばしながら、目線で自身のマガジンをなぞる。繋がれたベルトリンク、そこから靡く残弾は決して多くなかった。

 

「……ッ」

 

 この分を撃ち切ってしまえば、銃火器はデッドウェイトになる。愛銃をこの場に投げ捨てる事に躊躇いはない、問題は護身手段がなくなる事。風紀委員長として近接格闘の心得はある、しかし先生を担いだまま徒手格闘など――。

 相手の装備を鹵獲し使用しようにも、このユスティナ聖徒会の持つ火器は使用者の消滅と共に霧散する。先の戦闘で打倒したアリウス生徒ならば、まだやり様はあったが――。

 

 そんな風に思考にリソースを割いていたからか。

 その違和に気付くのが、僅かに遅れた。

 

 射線の通り易い大通り、敵方が数に勝るのであれば狭い路地に入り、射線を切りつつ少数同士の戦闘に持ち込む事が定石。トリニティの土地勘はないが、それでも最低限の大通りと地形は頭に入っている。そこから凡その見当を付け、大通りから余り離れない路地に駆け込んだのは決して間違いではなかった筈だった。

 

 ――それが、サオリの狙いでなければ。

 

 ピッ、と甲高い電子音が耳に届いた時にはもう遅かった。

 踏み込んだ路地裏。駆けた姿勢のまま、ヒナの視線が自身の足元に向けられる。粉塵の中、微かに目視出来る赤外線センサー――そこに繋がれた、IED(即席爆発装置)。そのランプが赤に点灯した時、ヒナは自身がこの場に誘導されたのだと理解した。

 

「しまッ――」

 

 爆発、衝撃、閃光。

 視界を覆う真っ白な光、爆発のタイムラグは一秒あるかどうか。

 角に差し掛かる瞬間であった事が、生死を分けた。

 抱えていた先生を角の向こう側へと押し出し、爆発は自身のみが受ける。外套が吹き飛ばされ、熱波に髪が焼かれる。衝撃がヒナの矮躯を吹き飛ばし、彼女の身体は大通りの中程まで吹き飛ばされた。

 

「ぐぅぅうッ……!?」

「がッ――!」

 

 地面を転がり、アスファルトが皮膚を削り取る。血を流しながら呻きを漏らした彼女は、腕の中からすり抜け音を立てて転がった愛銃を横目に、その場から動く事が出来なかった。

 揺れる視界、地面が唸るような錯覚、耳を叩く甲高い音、酷い痛みに吐き気、息が詰まり肺が鈍痛を発する――積もりに積もった負傷が、肉体的な負荷が、限界に達しようとしているのが分かった。

 それでも彼女は足掻こうと地面に腕を突き立て、上体を起こす。しかし、その自重すら支えきれず、彼女の腕は折れてしまう。再び地面に突っ伏し、苦し気な吐息を漏らすヒナ。

 

「はぁ、はッ……ぅ、ぁ……!」

「ヒ……な……っ」

 

 地面に放られた先生は、受け身を取る事も出来ず――地面に叩きつけられた瞬間、衝撃で息を詰まらせる。

 しかし、それが功を奏した。朧気だった意識が一時、一瞬だけ明瞭となり、僅かながら意識を取り戻したのだ。鎮痛剤が、効力を発揮していた。痛みが遠のき、思考の余裕が、言葉を発する猶予が生まれる。

 

 或いは、消える前の蝋燭、その一瞬の輝きなのか――彼には分からない。

 

 先生は這い蹲った姿勢のまま倒れたヒナに目を向け、必死に手を伸ばす。苦悶に満ちた表情で倒れる、自身の生徒に。

 罅割れ、剥がれ落ちた爪先、血塗れの指でアスファルトを掴み、残った右腕だけで必死にヒナの元へと進もうとする。擦り切れた肌に再び血が滲み、僅かに体を進ませるだけで酷く息が上がった。それでも先生は、足掻く、進む。

 

 ――それを、遮る影があった。

 

 自身を覆う影、それに気付いた先生は、ゆっくりと視線を上げる。

 

「……先生」

 

 先生の目前に立ち塞がり、冷酷な瞳で以て此方を見下ろす生徒。影に覆われた目元、空を思わせる透き通った瞳。

 先生は絞り出すような呼吸音と共に、彼女の名を呟く。

 

「――サ……オリ……」

「あぁ、そうだ――トリニティで会ったきりだったな」

 

 告げ、彼女の手が懐に差し込まれる。

 そうして取り出されたのは、武骨な拳銃。キヴォトスの生徒には致命傷にならずとも、先生を殺害するのならば十分すぎる威力を持つ――人を殺すための道具。

 

 その銃口は地面を向いたまま、安全装置(セイフティ)が弾かれる。

 サオリの細い指が引き金に掛けられるのを眺めながら、先生は悲し気に顔を歪めた。

 

 ぽつぽつと。

 雨が降り始めた。

 

 それはいつか、アズサと彼女が対峙した時のように。

 先生とサオリが、睨み合った時のように。

 その再現を――為すかのように。

 

 その銃口が先生に向けられる。

 

「此処が、貴様の終着点だよ――先生」

 


 

 次回 「最後の審判」

 

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