ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝ですわ!
今回一万五千字ですの、というかエデン条約後編はどう頑張っても文字数が増えるので、投稿間隔は三日がデフォルトになりそうです。二日に一回あったら「ラッキー」程度に思って下さいませ。


復讐(エデン)の名の下に

 

「ッ、次から次へと……!」

 

 思わず悪態を吐く、彼女――カヨコの視界には次々と現れる亡霊(ユスティナ聖徒会)の群れ。その頭部を、手足を丁寧に、冷静に撃ち抜き、素早く近場の裏路地に転がり込む。

 瞬間、幾つもの弾丸が壁に突き刺さりカヨコは立ち上る噴煙に顔を顰めた。

 此方が三発撃ち込めば、向こうは十発撃ち込んでくる。更にその威力も馬鹿に出来ないもので、削れた建物のコンクリート破片が直撃した場合のダメージを明確に表している。

 大抵、前線の生徒を数名、何なら奥に居座る司令塔の生徒を狙撃すれば、どんな組織・団体であっても動揺、若しくは指揮系統が乱れるものだ。

 しかしこの連中は幾ら仲間が打倒されようとお構いなしに戦闘を続行する。肝心な司令塔代わりの生徒も、一番最初の狙撃で警戒しているのか簡単に顔を出さない。徹底した戦い方だった。腹が立つほどに。

 

 戦闘を開始してどれ程の時間が経過したのか。カヨコは背負ったバッグの中から予備の弾倉を取り出しながら思考する。少なくとも便利屋だけで倒したユスティナ聖徒会の数は百以上に上るだろう。もしくは、もう二百を超えたか。あれ程詰めていた弾倉が残り少ない、一時間は戦い続けたか、或いはそこまで経ってはいないか。

 

「ぐぅ、ああアアアアッ!」

 

 前線で壁を張り続けるハルカが、血の滲んだ咆哮を上げる。はっとした表情でカヨコが視線を上げれば、幾つもの弾丸が彼女に突き刺さっていた。しかし、それでも彼女が止まる事は無く、ユスティナ聖徒会の群れへと単独で突貫し、至近距離で腰だめに銃を構え連射。二発、三発、銃声が轟く度にユスティナ聖徒会の上半身が消し飛ぶ。散り散りになり、霧散していくその影を睨みつけながら、ハルカは鬼気迫る表情で前を向く。しかし、その足が微かに震えている事に皆は気付いていた。

 

「ハルカッ! 下がりなさい!」

「この、いい加減さっさと消えてよねッ!?」

 

 アルが叫び、ムツキが壁にしていた自動車から身を乗り出してハルカ周辺のユスティナ聖徒会を愛銃(LMG)で薙ぎ払う。弾丸はユスティナ聖徒会を確かに捉え、その前衛を悉く粉砕した。しかし倒せど倒せど、その奥から新たな影が出現する。

 

「っ、私が側面から叩く! どうにか耐えて!」

「簡単に云ってくれるわね……!」

 

 彼女達の脇を、弾倉を切り替えたアズサが低い姿勢で駆けて行く。突っ込み、ヘイトを買ったハルカと入れ替わる形で前に出た彼女は、歩道を低姿勢のまま駆け抜け手摺越しに銃撃を開始した。疑似的なクロスアタック、側面からの攻撃にユスティナ聖徒会も反撃を開始するが、小柄な体躯と地面を這う様に駆ける彼女に中々弾丸は当たらない。その間にもアルの狙撃が、ムツキの援護射撃が銃声を轟かせ、ユスティナ聖徒会の戦力を削る。

 

 ――いや、違う。

 

 アズサは駆けながら違和感に気付いた。ユスティナ聖徒会の攻撃は、まるで警告するような威嚇射撃ばかり。アズサ自身を狙い、撃っている様には思えない。宛ら自身の機動力と矮躯により直撃を免れている様に見えるが、違う。連中は明らかに自身(アズサ)を見ていても、狙っていない。

 

「ハルカ、こっち!」

「ぅ、っ……!」

 

 敵の視線がアズサに移った事を確かめ、カヨコはハルカの腕を掴んで後方へと下がる。荒い息を繰り返し、血の滲んだ額をそのままにする彼女は特に反抗する事もなく、カヨコに腕を引かれるままアルの傍へと身を押し込まれた。銃を抱えたまま座り込み、呻くハルカの負傷は決して浅くない。カヨコは舌打ちを零し、バッグの中からメディカルキットを取り出す。

 

「便利屋68――予想以上の戦力だ」

 

 そんな様子をユスティナ聖徒会の後方から眺める、アリウス・スクワッド。

 サオリは轟く銃声と閃光に目を細めながら、感心した様な声を漏らした。高い射撃の技量、驚異的な連携、各々の役割を自覚し、怒りの感情に燃えながらも確りと理性を残している。一人ひとりが確かな戦力を持ち、彼女達は仮にチームでなくとも確かな戦果を挙げるだろう。しかし、全員が揃う事で更にもう一段、高い位に手が届く。

 銃を抱えながら想う。成程、これは手強いと。

 

「だが相手が悪かったな、持久戦で此方が負ける事は無い……その戦闘能力は認めてやる、しかし所詮はアズサを含め五人、私達の敵ではない」

 

 確かに強い、しかしそれは空崎ヒナや剣先ツルギの様な、異次元染みた強さではない。キヴォトスの中では上位に食い込む程に優秀、しかし云ってしまえばそれだけだった。ETOとスクワッドを止められるだけの戦闘能力は有さない。

 

 アズサ相手にユスティナ聖徒会を巻き込む事になるかと肝を冷やしたが――便利屋の連中が混じってくれた事で、戒律には抵触していない。そしてやはり、アズサ相手ではETOの動作に不具合が出る様だった。良く観察しなければ分からないが、動きが何処かぎこちない様に思う。

 しかし、問題はなかった。アズサをフリーにした所で所詮はひとり分の火力、じきに弾倉も底を突く。

 何せETOは不死身の軍団、無尽蔵の残機を持つ存在。幾ら影に弾丸を撃ち込んでも意味はない。その元を断たなければ、何度でも産み落とす事が出来る。故にサオリは余裕を崩さず、自身の背後から続々と再顕現するユスティナ聖徒会を見つめ、静かに前方へと手を振った。

 

「一息に圧し潰す、行くぞ」

「―――」

 

 音も無く、ぬるりと前進を開始するユスティナ聖徒会。

 前方から鳴り響く銃声、瞬く閃光。それらに制服を靡かせながら、戒律の守護者は十人十色の銃を構える。サオリ達スクワッドもそれに続くように、各々の愛銃を手に一歩を踏み出した。

 

「……社長、これ以上は拙い」

「っ……!」

 

 ハルカの止血と消毒を行っていたカヨコは、不意にそんな言葉を呟いた。滲んだ血を消毒液の沁み込んだガーゼで拭い取れば、ハルカは滲んだ痛みに顔を顰める。

 前方に見える第何波かも分からないユスティナ聖徒会の群れ。そしてアリウス・スクワッドの進軍。

 それを確認したアズサは強張った表情と共に後退し、アルもスコープ越しに歯を食い縛る。ムツキは空になった弾倉を投げ捨て、予備のバッグを覗き込み舌打ちを零した。

 残りの弾倉が、余りにも少なかった。

 

「ハルカの傷も浅くない、今は興奮で分からないかもしれないけれど、ふとした瞬間に絶対ぶり返しが来る、皆の弾薬も心許ないし、向こうも本腰を上げて来た……これ以上戦闘を続けるのは危険――」

「でも、カヨコ――っ!」

「アル!」

 

 どこか喰らい付く様な声で叫んだアルに対し、カヨコはそれ以上の怒声で以て答えた。今まで聞いた事も無い彼女の怒声に、アルは思わず息を呑む。目を見開いて体を震わせた彼女を真っ直ぐ見つめながら、カヨコは努めて冷静な声色で続けた。

 

「気持ちは同じ、悔しい思いも、腹立たしい思いもある、本当なら何発でも鉛玉をぶち込んでやりたい……でも、便利屋の皆だって大事、これ以上は私達の身も危ない、違う?」

「ッ……」

 

 それは、正論だ。

 悲しい位に正論で、残酷な現実だった。怒りに身を任せて、全員を道連れにする様な道は選べない。

 それは彼女の在り方ではない。

 先生に弾丸を撃ち込んだ、その恨みを晴らしたい。しかし、その過程で誰かが失われる様な事は決して許せない。

 仲間として、友人として――便利屋のリーダーとして。

 

 数秒、アルは自身の愛銃を握り締め顔を歪めた。苦悩する様に、或いは自身の力不足を嘆くように視線を落とす。胸の内、腹の奥から湧いて出る激情を自覚しながら、彼女はそれを必死で呑み込んだ。

 そして大きく息を吸って、吐き出す。再度目を見開き、ユスティナ聖徒会を睨みつけたアルは、感情を押し殺した声で告げた。

 

「――撤退するわ、皆、準備しなさい」

 

 その言葉に、カヨコは静かに頷いて見せる。

 ムツキは何も云わず、新しい弾倉を銃に嵌め込みながら不機嫌そうに唇を噛んだ。

 

「あ、アル様……!」

「ハルカ、悪いけれど今は我慢して頂戴……次は、必ず仕留めるから」

 

 どこか悲しそうに、或いは後悔を滲ませながら声を震わせるハルカ。恐らく、自身が力及ばなかったからだとても考えているのだろう。しかし、それは違う、相手の戦力が余りにも想定外の代物だった。あの亡霊染みた連中は普通じゃない。

 或いは、何か絡繰りがあるのだろうが――それを解き明かすための情報も、戦力も、時間も足りない。今は一度退き態勢を立て直すのが最善だった。

 

「はぁ、ハッ、次が来るぞ……!」

「分かっているわ、けれどそろそろ限界よ、弾も体力も足りない」

 

 アズサが息を弾ませ帰還し、アル達に声を掛ける。彼女はそれに淡々とした様子で答えながら、言葉を続けた。アズサが素早く便利屋の面々を視線でなぞる。一番負傷が酷いのはハルカだが、全員がどこかしらに被弾し血を流していた。アズサも同じ、ユスティナ聖徒会に受けた傷はないが、代わりにサオリから受けた傷がある。その状態で駆け回り射撃するのは中々に辛いものがある。

 この辺りが限界――アズサは正しく現状を理解していた。

 

「私達は撤退するわ、あなたも――……」

「――いや、私は残る」

 

 アルの言葉に、アズサは銃に新しい弾倉を嵌め込む事で答えとした。その予想だにしない言葉に彼女は思わず目を見開く。カヨコはそんなアズサを見つめながら、どこか棘のある声で問いかけた。

 

「……正気?」

「うん、手伝ってくれてありがとう……でも、此処からはひとりでやる」

 

 表情を押し殺し、鋭い視線で以てユスティナ聖徒会を――その背後にいるスクワッドを睨みつけるアズサは本気だった。

 彼女の云いたい事は、分かる。

 これは傍から見れば自殺行為以外の何でもない。実際、アズサも勝算は低いと理解していた。しかし、それでも、その低い勝算を押して尚――アズサはアリウスに挑まなければならない。

 時間が経てば経つ程、被害は増える。

 これは、自身が成し遂げなければならない事だ。

 自分(アズサ)の、背負うべき責任なのだ。

 

「例え、刺し違えても、私は――……」

 

 彼女達(スクワッド)を、殺すと決めた。

 

「――さて、お友達ごっこは終わりか、アズサ?」

「……サオリッ」

 

 ほんの十数メートルの距離、そこまで距離を詰めたアリウス。便利屋と自身の目前に立ち塞がり、此方を見下ろすサオリを睨みつける。その背後に佇むETOが、一斉に銃口を向けた。ムツキが手元の鞄を握り締め、投擲体勢に入った。最初の奇襲と同じように爆発で攪乱し逃走する。身に染みた行動だった、最早アイコンタクトすら用いず、便利屋の皆はそれが合図だと理解している。

 アルは自身の前に立つアズサを一瞥し、その額に冷汗を流した。

 彼女は単独でこのアリウスに挑もうとしている。それは明らかな自殺行為、どう考えても勝てる筈がない。しかし、その意思は固く、揺るがない様に思える。であればこそ、此処は便利屋だけでも撤退するのが正しい判断だ。何なら残った彼女が殿として機能してくれる、逃走成功確率は格段に上昇するだろう。

 しかし――。

 

 ――それは、アルの信念に反する。

 

 誰かを見捨てて逃げるなど、誰かを犠牲に生き延びるなど、それは違うだろうと、本能が叫ぶ。

 少なくともアルの目指した在り方、生き方ではない。それを許してしまったら、それを為してしまったら、アルは自分がどうしようもない存在に成り果ててしまう予感があった。

 あの日、憧れと共に踏み出した一歩、心に誓ったアウトローへの道は、その夢見た未来の自分は――こんな姿ではなかった。

 アルは汗と血を流しながら、沈黙を守った。それは自身の中に一つの結論を導き出したからだった。

 小さく、アルは皆の名を呼ぶ。

 

「カヨコ」

「………」

「ムツキ」

「……なぁに、アルちゃん」

「ハルカ」

「……はい!」

 

 唇を湿らせ、アルは足元の瓦礫を蹴飛ばして胸を張る。

 肩に担いだワインレッド・アドマイアーは陽光を反射し、鈍い光を放っていた。

 そうだ、何を弱気になっている? 何故そんな事(見捨てる事)を考えている? そんな思考はそもそも――(アウトロー)らしくない。

 だから彼女は努めて気丈に、何でもない事の様に問いかけた。

 

「弾薬は後どれくらい? 仮に戦い続けるとして、体力は何分持つ? いえ、違うわね――何分、持たせられる?」

「……くふふっ!」

 

 アルの何処か吹っ切れたような横顔。風に髪とコートを靡かせ、胸を張って立ち上がる彼女の姿は確かな風格を放っている。そんな幼馴染の姿に、ムツキは忍び笑いを漏らす。

 そうだ、これこそアルちゃんだと。

 どうしようもなく小心者で、抜けているところが在って、純朴で、見栄っ張りで――けれど一番大事な所だけは、絶対に間違えない。

 そんな彼女だからこそ、一緒に居て楽しくて、大好きで、誇らしいのだ。

 

「弾倉は二つだけ、でも爆弾は沢山あるからまだまだイケるよ! あいつら全員ぶっ飛ばす位は簡単っ!」

「わっ、私も……私もまだ戦えますッ! 弾だって、あるんです……! あ、アル様の足を引っ張ったり、しません……!」

「……はぁ」

 

 ムツキとハルカは嬉々として声を返し、カヨコは小さく息を吐き出す。けれどそれは、呆れや怒りから来るものではなかった。バッグを閉じたカヨコは、銃に装填された弾倉を一度取り出し残弾を検める。

 持ち込んでいた弾は多くない、戦術からしてそもそも異色の相手だ、勝算は限りなく低い。更にこの、目の前の頑固な生徒を連れて撤退となると、殆ど消耗戦の様なものだろう。

 となれば――イチかバチか、賭けるならば敵の司令塔を叩く。

 視界に映るのは、アリウス・スクワッドと名乗った連中、あの四人組。どうやらこの白髪の生徒と関係があるらしいが、彼女はずっとスクワッドに敵意・ヘイトを向けている。

 勝ち筋があるとすれば、あの四人組、特にリーダーを戦闘不能にさせる、その一点のみ。

 そう思考し立ち上がる。

 

「カヨコ――」

「分かっている、分かっているよ……こうと決めたら曲げないもんね、知っているから」

 

 不安げに問いかけるアルの声に、カヨコは小さく頭を振って答えた。

 その口元に、小さな笑みを湛えて。

 

「そんな私達のリーダー(社長)を支えるのが、私の役目だからね」

 

 彼女はそう云って、静かに銃を構えた。

 

「……撤退、しないのか?」

「……えぇ、一緒に戦った仲間を見捨てる様な事、この便利屋68は断じてしないわ、それに先生への借りをまだ返せていないもの」

 

 訝し気に問い掛けるアズサに、アルは胸を張って応える。対峙するサオリが、どこか冷ややかな瞳で皆を見ていた。しかし、どう思われようと関係ない。本当の本当に危なくなったら、どんな手段を使ってでも全員で逃げ出してやる。でも、そうなるまでは一切矜持を曲げる気は無い。

 

 だって、それが(アル)の道なのだ。

 アズサの隣に並び、重なった瓦礫に足を乗せる。風を感じ、視線を感じ、疲労と不安に圧し潰されそうになる体を、意志で以て突き動かす。

 腕を真上に掲げ、天に指先を突きつけ、彼女は叫んだ。

 

「――我が道の如く魔境を往く! それこそが便利屋68(私達)のモットーよ!」

 

 あの、何時の日か出会った強盗団の様に。

 見ず知らずの困った生徒(貧困していた私達)に、全ての成果を黙って譲り渡してしまう様な。

 自由で、粋で、何者(何物)にも縛られない真のアウトロー。

 ただ自身の信じる道を往く、それがどれ程困難な選択であろうと、魔境の如く険しい道であろうと――それこそ。

 

 それこそが、本当の自由(アウトロー)なのだ。

 

「……ま、それも受け売りだけれどね」

「くふふっ、アルちゃん恰好良い~!」

「あ、アル様……! 一生付いて行きます!」

 

 声は、街中に響き渡った。その宣言は便利屋の皆を鼓舞し、各々が奮起する切っ掛けとなる。便利屋の皆が、銃を構える。戦況は絶望的だろう、勝算は限りなく低いと理解している筈だ。それでも尚、希望を胸に立ち向かおうとする彼女達を前に、サオリは顔を顰める。

 何故、こうも彼奴(アズサ)の周りにいる生徒共は――。

 

「サオリ、お前は――」

「………」

 

 便利屋の中から一歩、前へと踏み出したアズサがサオリへと銃口を向ける。

 その瞳に、決して折れぬ意志を秘めて。

 

「私が……ッ!」

 

 ■

 

「いいえ――ひとりにはさせませんよ(ひとりで人殺しにはさせませんよ)、アズサちゃん」

 

 ■

 

「ッ……!」

 

 声がした、聞き覚えのある声が。

 それは、本当に予想もしていなかった声で、思わず肩を大きく跳ねさせる。その場に居た全員が声のした方向へと視線を向ければ、いつも通り穏やかな笑みを浮かべたハナコが便利屋の直ぐ後ろに立っていた。髪を飾っていた白いリボンが無くなって、少し素朴な印象になってはいるが見間違う筈もない。

 アズサは思わず目を瞬かせ、声を上げる。

 

「は、ハナコ……!?」

「えぇ、アズサちゃん、無事で良かった……いきなり飛び出すから吃驚したんですよ? コハルちゃんも、ヒフミちゃんも、皆心配していました」

 

 そう、朗らかな口調で告げるハナコ。その態度は柔らかく、普段と変わらない様に思う。

 けれど、違う――何かが、決定的に。

 アズサはハナコを見つめながら、その云い表す事の出来ない不気味さ、歪さを感じ取った。彼女の外見上のの何かではない、もっと内面的な、彼女らしさとも云うべき要素が欠けていた。

 そしてそんな彼女の背から、人影が躍り出る。

 

「やっほ~☆ 何だ、皆元気そうじゃん! よかったぁ!」

「……聖園ミカ」

 

 溌剌とした声と共に姿を現したのは――トリニティで拘束されていた筈の聖園ミカ。彼女は純白の制服を靡かせ、満面の笑みで周囲を見渡す。唐突な大物の登場にアズサも、そしてサオリも微かに驚きを露にする。サオリの背後に立つスクワッドの面々も僅かな困惑の気配を漂わせていた。ミサキが口元を覆っていた黒いマスクを指先で摘みながら、静かに声を漏らす。

 

「ティーパーティーの……トリニティで拘束されていた筈じゃないの?」

「あぁ、トリニティの独房で疾うに腐り果てたと思っていたが」

「あはは~、まぁ半分はそうかもね? でも何だか私にも追い風が吹いて来たみたいでさぁ……親切にも私を釈放してくれた仲間達が居たんだよ! やっぱり持つべきものは友達だよね、うん!」

 

 そう云って隣り合うハナコの肩を叩くミカ。ハナコは何も反応を見せず、ただ微笑んで佇むばかり。その、何とも云えない奇妙なやりとりがサオリの危機感を煽る。二人の自身を見る瞳が、酷く粘ついて見えた。

 

 何かが――おかしい。

 

 彼女(ミカ)がこの場に現れた事も、そして浦和ハナコが彼女を解放したという話も。

 鋭い視線でミカを見つめ返すサオリを前に、彼女はボロボロのアズサと便利屋の面々に目を向ける。そして相変わらず軽薄な笑みを浮かべながら嬉々として言葉を紡いだ。

 

「……アズサちゃんと、そこのゲヘナ生徒を虐めていたの? うんうん、そう、あなた達はそうでなくっちゃ! でないとさぁ!」

 

 謳う様に。

 踊る様に。

 その場で裾を翻し、緩く回って見せた彼女は。

 両手を広げたまま、黒く、渦巻く瞳で以てアリウスを射貫いた。

 

「――奪い甲斐がないもんね?」

「っ……!」

 

 ぞわりと、その視線を受けたサオリの背筋が疼く。暗い、昏い、奈落の様な色、込められた感情は煮え滾り、凝縮され、最早想像も出来ない程。無意識の内に手にしていた銃を握り締め、彼女は掌に流れる汗を自覚する。

 以前の彼奴とは違う、今の聖園ミカは本質的に――私達側だ。(陽の当らない場所の存在)

 

「は、ハナコ、どうして此処に……!?」

 

 アズサはハナコの顔を見つめながら、震えた声を上げる。その声には、僅かな非難が籠っている様な気がした。彼女は補習授業部の皆に傷付いて欲しくない、危険な目に遭って欲しくない。だから、こんな場所には来て欲しくなかった。

 見て欲しくなかった。

 自分が――誰かを殺す瞬間なんて。

 

 けれどハナコは、そんなアズサを見つめながら淡々と、けれど何か強い意志を込めた視線で以て応える。その唇が、ゆっくりと言葉を発した。

 

「――先生が、息を引き取りました」

「ッ……!」

 

 その衝撃的な言葉を前に。

 アズサは言葉を失った。

 そしてそれは、アズサだけではない。その背後に佇んでいた便利屋の面々にも、強烈な衝撃を残す。まさか、という想いが皆の胸を駆け巡る。その唇が震え、震えた喉が音を漏らした。

 

「先生――?」

「う、そ……」

「っ……」

 

 各々が表情を歪め、その色を喪う様。予測できていた事だ、あれだけの負傷、銃弾を受けたら――死亡する事だってあり得る。否、寧ろ助かる事の方が稀だろう。それをアズサは分かっていた、理解していた。

 けれど心の何処かで、先生なら、彼ならきっと大丈夫だと――そうも思っていたのだ。

 だって。

 だって、あの人は。

 こんな風に、こんな場所で斃れるべき人なんかじゃ、なくて……。

 

「――そうか、死んだか」

 

 ぽつりと。

 サオリは、無感動に呟いた。

 ただ確認する様に。

 それを噛み締める様に。

 

「……そ、んな――」

「……最早、後戻りできる状況ではありません、アズサちゃん、私達の気持ちは同じです」

 

 項垂れ、呆然とするアズサの肩を叩き一歩を踏み出すハナコ。 

 彼女の足が、アズサ(陽の当らない場所)の隣に並ぶ。

 

「人を殺してでも果たしたい願いがある、それを先生が望んでいないと理解していても、この感情を飲み下す事は出来ません」

 

 そうだ、それが先生を悲しませる事になるとしても。正しくない事であると理解していても。

 渦巻く感情が、共に過ごした思い出が、その優しさの記憶が。

 

 ――許せないと叫んでいるから。

 

「だから、私も一緒に手を汚します(私も人殺しになります)

 

 それは、ハナコにとっての意思表示。小さく視線を横に動かした彼女は、隣に立つミカへと問いかける。

 

「ミカさん」

「ん? あぁ、良いよ、好きにして~」

「……では」

 

 意図を汲んだミカは、気だるげに肩を竦め手を払う。了承を得たハナコは佇まいを正し、担いでいた愛銃を抱え直して告げた。

 

「此処に、アリウス分校に対して、トリニティ総合学園は正式に宣戦布告致します」

「………」

 

 声が、響く。

 ゆっくりと構えられる彼女の愛銃――オネストウィッシュ、その銃口がサオリに突きつけられる。色褪せた願い、既に叶う事のないそれは決してブレず、曲がらず、折れない。皮肉な事だとハナコは思った。願いは砕け決意となり、白は黒と転じて尚その純真さを喪わない。

 ただ、その向きが逆さまになっただけだ。

 

「――あなたは、私が殺します」

 

 ハナコの声が、サオリの鼓膜を震わせた。

 その引き金に、力が籠る。

 正面からそれを見据えるサオリは微動だにしない。

 

 けれど突き出されたその腕を、掴む手があった。

 抱き込むように、自分の腕で抱きしめ、震える人影。ハナコの視線がゆっくりと、その人影を見下ろす。

 

「ま、って――」

「………」

「待って、ハナコ……!」

 

 強張った表情で、今にも泣き出しそうな顔で。

 アズサはハナコの腕に縋りつき、懇願する。

 震えた体が、その強く掴む指先が、彼女の真摯な想いを代弁している。苦しみと悲壮、その感情に彩られた表情を向けながら、アズサは叫んだ。

 

「殺す、のは、私だけで……良い!」

「………」

「私が、サオリを殺す……! ヘイローを壊すッ! だから、ハナコは――ッ!」

「……アズサちゃん」

 

 どこか、視線を揺らがせながら答えるハナコ。アズサはそんな彼女の瞳を真っ直ぐ見上げ、歯を食い縛る。

 人殺しになるのは、自分だけで良い。

 自分だけが、その地獄(陽の当らない世界)に耐えられる筈だから。自分は元々、あの世界の住人だった。だから平気だ、気にする事は何もない。

 

 でもハナコは、彼女は違う。陽の当たる世界に生きる生徒だ、そう在るべき人だ、彼女にそんな世界は、そんな苦しみは似合わない。

 ――似合って、欲しくない。

 

「殺す、殺すと……容易く云ってくれる」

 

 そんな二人を前に、サオリはそう吐き捨てる。

 軽く鼻を鳴らした彼女は、指先でETOを動かしながら告げた。

 

「ETOの戦力を保有した私達に勝てると思っているのか、同じトリニティ、その厄介さは理解しているだろう」

「ふぅん? これがあのユスティナ聖徒会……だっけ?」

 

 徐に足を進めるミカ。ユスティナ聖徒会がその歩みに反応し、銃口を向ける。しかしその引き金が絞られるより早く彼女の爪先が跳ねあがり、突き出されていた銃口を真上に跳ね上げた。拉げたバレルが軋みを上げ、ミカの視線が不気味なガスマスクを正面から射貫く。

 

「何だか変なデザインの服だ――ねっ!」

 

 身体を捻り、下から抉る様な打撃――拳を振り抜く。

 無造作に放たれたそれはユスティナ聖徒会、その腹部を正面から撃ち抜き、大気を揺るがす轟音を響かせた。足元のアスファルトが軋み、ユスティナ聖徒会の肉体が弾かれた様に後方へと吹き飛ぶ。宛ら人形の如く、地面をバウンドし、駐車してあった乗用車のフロント部分に激突。衝撃で硝子が粉々に砕け、外装が拉げた。ボンネットに半ば埋まる様にして停止したユスティナ聖徒会は――腹部がごっそり抉れている。

 肉体の耐久限界によって徐々に塵となって消えて行く影を見つめたミカは、余りにも軽い手応えに眉を顰めながら呟いた。

 

「――何、銃を撃たなくて消えちゃったけれど? 本当に強いの、これ? ただ数が多いだけの雑兵じゃんね」

「………」

「あれだけ自信満々に云っていたからちょっと拍子抜けだなぁ……ねぇ、皆?」

 

 嘲る様に、或いは見下すように。

 そのような言葉を吐き捨てた彼女は、手を広げながら後方に目を向ける。

 すると公道の向こう側から、裏路地から、建物の内部から、続々とトリニティの制服を纏った生徒達が現れた。皆が一様に銃を手に、ミカとハナコの元へと集い始める。

 その様子を見ていたスクワッドのミサキは、どこか険しい視線と共に口を開いた。

 

「リーダー、トリニティの歩兵、かなり多い」

「……あぁ、これだけ動きが早いのは想定外だな」

「ふふっ、あなた達が暴れたせいで、今動けるティーパーティーは私だけだからね☆ 権限をフルに使って、連れて来れるだけ連れて来たよ!」

 

 そう笑顔で宣うミカの背後に、ずらりと並ぶトリニティの戦力。所属、役職問わず、ミカとハナコの思想に賛同し、アリウスに鉄槌を下す為に集った者達。古聖堂に派遣された救助部隊、そして本校舎を防衛する為に残した生徒を除き、ミカが動かせる凡そ全ての生徒を動員していた。

 その数は、決してETOにも負けず劣らず。

 何より――その意気込みが違う。

 誰もが嘗ての亡霊(ユスティナ聖徒会)を、アリウスを、スクワッドを憎悪の籠った視線で睨みつけていた。そこに至らなくとも、明確な敵意を孕んだ視線だ。悪意とは異なる、どこまでも純粋な排斥の意志。

 

「これだけ動かすと、また大変な事になっちゃうかもしれないけれどさ、関係ないよねぇ――あなた達を仕留められたら、それで良いもん」

「………」

「何、その顔?」

 

 サオリの口元はマスクで覆われている。

 故に、表情は目元の変化でしか察する事は出来ない。

 しかし、ミカはサオリの感情を正しく汲み取っていた。

 

「――これは、あなた達が始めた戦争(殺し合い)でしょう?」

 

 そう云ってミカは口元を大きく、歪に吊り上げた。

 黒く渦巻く瞳はサオリを見つめ、憎悪と歓喜と悲壮と憤怒を混ぜ込んだ感情のまま彼女は指差す。アリウスを、アリウス・スクワッドを、その背後に佇む先人の亡霊を、その憎悪を。

 

「云っておくけれど、私達はもう止まらないよ? 誰が死んでも、誰を殺しても――先生を殺した時点で、あなた達にも、私達にも、【落としどころ】(和解の可能性)なんて存在しない」

 

 そう――彼女達は、決定的な溝を作った。

 失われた命は、決して戻ってはこない。取り返しのつかない結末。それを齎した以上、その補填も、代償も、意味をなさない。アリウスを潰した所で先生は戻ってはこない、そんな事は百も承知だ。そして先生は、その復讐すら望まないだろう。

 

 けれど――けれど、それなら、残された私達(生徒)はどうなる?

 ただ憎悪を振り撒き、理不尽に、不条理に、私達の大切なものを奪った者を眺めるのか? 許すのか? その悪行を、蛮行を、見過ごすしかないのか?

 

 そんな事は許されない、許せない――他ならぬ私達が。

 命を奪ったと云うのならば是非もない。命は、命によって禊されるべきだ。

 

 私達が、そうさせる。

 私達が、奪うのだ。

 アリウスから、先生を奪った者共から。

 

 ――遍く希望(全ての光)を。

 

「だからやらないと、徹底的に、どっちかが壊れる(死ぬ)まで――アリウスか、私達が、このキヴォトスから消えるまで! アリウス(あなた達)は、それ(殺し合い)を望んでいるんでしょう? ほら、喜びなよ? 笑顔で銃を構えなよ? 漸く夢が叶ったんだからさぁ!」

 

 叫び、ミカは哄笑する。不気味なソレがスクワッドに精神的な重圧を加えた。とても真面な精神状態ではない。それは誰の目から見ても明らかだった。その執念が、妄念が、物理的な重さを伴ってアリウスを取り巻く。

 ミカの指先が、サオリを、ミサキを、ヒヨリを、アツコを――順に指差した。

 

「――もう地下に籠って逃げられるなんて、思わないで」

 

 キヴォトスの何処に逃げようと、地下深くに潜伏しようと、空の果てに逃げようと逃がしはしない。何処までも追って、探し出して、引き摺り出して――殺してやる。

 そんな意思を込めて放たれた言葉。

 その宣言に対して無言を貫くサオリに向かい、ミサキが小声で囁く。

 

「リーダー……」

「――撤退する」

 

 判断は、早かった。

 

「ユスティナ聖徒会は確保できた、此処はプラン通りに動く」

「……了解」

 

 数歩後退し、サオリは命令を下す。

 元々この場に来たのは先生と空崎ヒナの排除が目的であった。そして、最重要目標の一つであった先生の殺害は為した。であれば、最低限の目標は達成している。アズサの件は少し懸念点ではあるが、問題はない――サオリは生徒達の中で呆然と佇むアズサを見て、そう判断する。

 撤退の意思を感じ取ったミカは、挑発する様に破顔し嘲る。

 

「あは、何? 此処までやっておいて、尻尾を巻いて逃げるの?」

「あぁ、此処は退かせて貰う」

「――させる訳ないじゃん」

 

 愛銃を構えたミカが、即座にその銃口を向ける。サオリはそれを視認するより早く、ETOへと指示を下した。

 

「行け」

 

 短く、単純な言葉。しかしユスティナ聖徒会は正しくその意図を理解し、スクワッドが撤退する為の壁となる。その数は公道を埋め尽くす程であり、ミカの放った弾丸は悉くユスティナ聖徒会の肉体に被弾し、後方へと下がったサオリへ届く事は無い。

 目前に聳え立つETOの壁を前に、ミカは舌打ちを零す。

 

「っ、邪魔だなぁ……!」

「総員、射撃準備――ミカさん」

「私ごと撃って良いよ~、大して効かないし」

「――射撃開始」

 

 前に飛び出したミカは銃撃での突破は不可能と判断、強引に体ごと突貫し、ユスティナ聖徒会の壁に穴を穿つ。幾人ものETOが宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 その背後から、ハナコの号令と共に一斉射撃が行われる。

 並んだトリニティ生徒が前列、後列に分かれ発砲。けたたましい銃声と閃光が周囲に轟き、弾痕がそこら中に刻まれる。弾倉が空になったら後方の生徒と後退し、宛ら弾丸の雨が降り注ぐ。それに対しユスティナ聖徒会も応射を開始するも、中に入り込んだミカが暴れ回り、視線が二分される。ミカを見ればトリニティによる射撃が、トリニティに注視すればミカが、それぞれ的確にユスティナ聖徒会の壁を削り取り、霧散させる。

 戦闘時間は、ほんの数分程度であった。スクワッドが新たなユスティナ聖徒会を顕現させなかったという点もあるが、それでも十分な戦果。静まり返った周囲を見渡したハナコは、淡々とした口調で問いかける。

 

「……前列の生徒は警戒態勢のまま待機、負傷者は?」

「軽傷が十一名、前列の生徒が被弾しました、しかし全員救護騎士団の治療で戦線復帰可能です」

「分かりました、重傷を負った生徒が発生した場合は予備隊に連絡し救護騎士団本棟へ搬送して下さい、護衛部隊の随伴を忘れずに」

「はっ」

 

 短く言葉を交わし、ハナコは弾痕が散らばった公道に視線を散らす。そこに、スクワッドの姿は何処にもない。目を細め、拳を軋ませたハナコは低く唸る様に呟いた。

 

「……逃げられましたか」

「みたいだね……はーっ、ホント、逃げ足だけは速いなぁ」

 

 戦闘を終えたミカが、まるで散歩でもする様な足取りでハナコの元へと戻る。その制服には所々被弾した箇所が見られるものの、肌には傷一つ付いていない。寧ろ本人は髪に砂利が付く事の方が嫌なのか、「うわっ、髪に匂い沁みついちゃうよ」と自身の髪を手で払っていた。

 

「アズサちゃん、大丈夫ですか?」

「………」

 

 ハナコは、自身の傍で呆然と立ち竦むアズサに声を掛ける。しかし、彼女は何の反応も返さない。ただ、蒼褪めた表情で俯くばかりだった。

 そんな彼女の耳に、靴音が響く。

 大勢の生徒が行進するような、そんな音だ。

 よもやETOの増援かと視線を向ければ、公道を進む黒い集団が目に入った。

 

「……トリニティの皆さん」

「……ゲヘナの」

 

 戦闘を終えたトリニティに近付く影の正体。確かな靴音を鳴らし、現れたのはゲヘナ風紀委員会の制服を身に纏った一団。その先頭に立つのは、額にガーゼを貼り付けた一人の生徒。タブレットを手に神妙な表情を浮かべるのは、風紀委員会の次席であるアコ。彼女はタブレットを抱えたまま、静かに口を開く。

 

「確か、ゲヘナ風紀委員会の――」

「えぇ、行政官のアコです」

 

 ハナコの言葉に頷き、彼女はミカと、彼女の隣に立つハナコを見つめる。

 

「事情は既に、ヒナ委員長からの連絡で聞き及んでいます――シャーレの先生が、その……」

「………」

「誤報――では、ないのですね」

 

 全員の顔を見渡したアコは、何処か砂を噛む様な表情で呟いた。まさかという想いが在る、しかし古聖堂での一幕を知っている身としては決してあり得ない可能性ではないと理解していた。

 

「先生、ヒナ委員長……――」

 

 一瞬、彼女は俯き声を漏らす。思い返すのは、端末で自身の生存報告を行いながら、先生の件について話すヒナの声。それは涙と嗚咽に塗れ、途切れ途切れの告解だった。先生を守り切れなかった事への、寧ろ守られてしまった事への。その、確かな質感を伴った罪の告白を、アコは何も云わず聞き届けた。

 聞き届けたからこそ、彼女はこの場に立っている。

 タブレットを強く握り締め、目を見開いた彼女は強い口調で告げた。

 

「……既にパンデモニウムソサエティへの認可は取り付けてあります、万魔殿、ゲヘナ風紀委員会、救急医学部はトリニティとの共同戦線に参加する事を此処に表明します」

「ふぅん、あっそ……精々足を引っ張らないでね?」

「ミカさん」

 

 共に戦う者を相手に、どこか煽る様な言葉を送るミカ。そんな彼女を窘めながら、ハナコは小さく頭を下げた。

 

「トリニティ代表として、その参戦に敬意を」

 

 アコは特にミカの言動をどうとも思っていないのか、反応らしい反応はない。彼女からすれば、この程度の嫌味など万魔殿からの嫌がらせに比べれば優しいものだった。そっと差し出されたアコの手を、ハナコは握り返す。

 

 並び立つ(トリニティ)(ゲヘナ)――古聖堂、エデン条約の調印式で睨み合っていた両者の間に、最早敵意は存在しない。

 あるとすればそれは、共通の敵を前にした戦意の高まりのみ。

 それらを横目に、ミカは吐き捨てる様に言葉を漏らす。

 

「皮肉なものだね……先生が居なくなって、本当の意味でゲヘナとトリニティが手を結ぶなんて」

「えぇ……本当に」

 

 ミカの言葉に、ハナコは目を瞑って応える。

 これがもっと早く実現していれば、先生は――。

 

「その話」

「……!」

 

 横合いから声が掛かる。声の主はトリニティの生徒、その合間を縫ってアコの前に立った。黒いパーカーに見覚えのある顔立ち。彼女――カヨコはいつも通りの不機嫌そうな表情を更に鋭くさせながら声を上げる。

 

「私達にも一枚噛ませて貰える?」

「……カヨコさん」

 

 アコが少しだけ驚いた様に目を見開く。トリニティの中に埋もれて分からなかった。しかし良く見れば、便利屋68の面々が直ぐ其処に立っていた。彼女達が風紀委員会を見る目は複雑だ。けれど、確かな意思が見え隠れしていた。

 

「便利屋68が、何故此処に?」

「それ、今聞くの?」

「……いえ」

 

 彼女達の衣服を見れば分かる、戦闘があったのだろう。恐らくアリウスと。トリニティと共同戦線を既に張っていたのか、それは分からない。しかし瞳に映る色を見る限り、目的は同じである様だった。

 委員長であれば、此処は――そう考え頭を振る。

 ヒナ委員長から直々に風紀委員会の指揮を任された以上、最終判断は己が行わなければならない。便利屋の戦闘能力の高さは十二分に承知している。そしてアリウスの総戦力は未だ不明、少なくともあの厄介なETOがある以上、楽観視は出来ない。

 思考を回したアコは、小さく息を吐き出しながら頷いて見せる。

 

「今は少しでも戦力が必要な状況です、今だけ……今だけはあなた達の過去に目を瞑りましょう」

「……それで十分」

 

 呟き、カヨコは踵を返した。アルの傍に立った彼女は問いかける。

 

「これで良い、社長?」

「えぇ、十分よ」

 

 風紀委員会との一時的な休戦を取り付けた便利屋は、その裾をはためかせながら身を翻す。肩越しにアコに視線を投げたアルは、淡々と、酷く乾いた声で告げた。

 

「――一度補給に戻るわ、戦闘になったら連絡を頂戴、直ぐ向かうから」

「えぇ、了解しました」

 

 そうして、戦火は徐々に――徐々に広がっていく。

 それをアズサは只、呆然と見つめる事しか出来なかった。

 


 

 次回「摩耗の果て」

 

 少しずつ団結し、アリウス討伐に動き出すキヴォトス。

 その渦中、広がる戦火を眺めるアズサはただひとり決意する。

 これは自分の始めた物語だから、その責任は、自身が背負わなければならないと。

 まだ手の中に残っている、大切なモノの為に、彼女は単独でのアリウス襲撃を計画する。

 けれどそれは、補習授業部との決別を意味していた。

 

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