不良達のアジトへの強襲は、呆気ない程に上手く行った。そもそも三十人程を動員した今回の作戦、どうやらカタカタヘルメット団にとってもかなりの大攻勢だったらしく、撤退したと思わしき不良を除くと基地に詰めていた人員は十名程度。更には敗北の報せを聞き、戦力の再編と治療に走り回っていたのか歩哨の一人も立っていなかった。まぁその点は、補給も碌に受けられない筈のアビドス高等学校が攻勢に出るとは予測していなかったという所も含まれるのだろう。
兎角、抵抗らしい抵抗は殆どなく、アビドスによるカタカタヘルメット団の前哨基地強襲は、何の障害もなく果たされてしまったのである。
「敵の退却を確認、並びにカタカタヘルメット団の補給所、弾薬庫、居住区の制圧を確認しました!」
トラックにすし詰めにされ、撤退していくカタカタヘルメット団。その背を見送りながら、先生は何とも言えない気持ちに浸っていた。撃ち取ろうと思えば、撃ち取れる。しかし何というか、基地を強襲されたと知るや否や、泣き喚きながら逃げ出す不良達の姿を見ている内に、何だか弱い者いじめをしている様な心地となり――トラックに乗って逃げていく不良に関しては、敢えて追撃しない様指示を出した。
一応、彼女達の持っていた武器は徹底的に破壊し、サイドアームすらなくなった彼女達は戦力として数えられまい。補給して戻って来るにしろ、この基地は後ほど徹底的に破壊させて貰う。復興にはかなりの時間を要するだろう。
逃げ去って行く彼女達の背を見つめながら、隣に立つセリカはふんっ、と鼻を鳴らした。
「どーよ! 目にもの見せてやったわッ!」
「これで暫くは大人しくなる筈だね」
基地周辺をくまなくスキャンし、周辺に敵が居ない事を確認した後、先生はそっと戦術指揮モードを解除した。何気、このモードは電力消費が激しく、バッテリーが無いと長持ちしない。アビドスでの放浪にて最低限の予備バッテリーを残し全て使い切ってしまっていたので、今は節電を心掛けなければならなかった。
来る前に、少しでも充電しておけば良かった。いや、しかしアビドスの経済状況を考えると、僅かな電力ですら心が痛いというか、何というか――。
「セリカ、弾薬庫と補給所の物資は?」
「とーぜん、一片残らず全部かっぱらってやったわ、先生が指示した仮設集積所に今、シロコ先輩が全部持って行った筈よ」
「良し、私の方もトラックを一台確保したから、それに載せて帰ろうか」
「補給と前哨基地強襲の一石二鳥……何だか上手く行きすぎて怖いわ」
「今までの苦労が報われたと思っておくと良いよ」
余りこういう成功体験がなかったのだろう、セリカは後方に積まれる補給物資を見ながら何となく遠い目をしていた。
「よーし、作戦終了~……みんな、先生、お疲れー」
「ホシノも、お疲れ様」
最後まで不良達の背を見送り、警戒していたホシノが戻って来る。その姿を認めながら、先生は集積所で荷を纏めていたシロコとアヤネに指示を出した。
「アヤネ、シロコ、ドローンで一応周辺の索敵をお願い、ないとは思うけれど別動隊が居たら私に教えて、後は連中が戻ってきたりしないか、ノノミは敵を警戒して待機を、セリカ、ホシノ、私と積み込み作業を頼む」
「ん、了解」
「はーい☆」
「よし、任せて!」
「うへ、おじさんもうクタクタなのにぃ」
「ほら確りして先輩! アビドスの補給品になるんだから! ……あっ、これ読みたかった漫画の新刊!」
「……嗜好品まであるのか」
シロコとアヤネによって予め集積された物資を眺めながら、先生は呟く。セリカは目を輝かせながら次々と補給品をトラックの荷台に積み始め、ホシノも渋々といった動作で動き始めた。先生も手頃なミリタリーボックスの傍に屈み、抱え上げようと縁に手を掛ける。
「ん……あの、先生」
「? どうしたんだい、アヤネ」
不意に、ドローンを飛ばし終えたアヤネが先生の傍に駆け寄って来た。その表情は少しばかり影があり、何かを考え込んでいる様子。
「何か、おかしいと思いませんか?」
「……と、云うと?」
「カタカタヘルメット団は、何処からこんな物資を集めたのでしょう?」
先生は一瞬、言葉に詰まった。
彼女ならば或いは――という思考はあった。けれど、こうにも早く気付くとはという驚きが勝る。それを表面に努めて出さない様、己を律しながら続きを促す。
アヤネは思考に没頭しているのか、先生の表情の変化には気付かず、淡々とした口調で己の思考を漏らした。
「住民の居なくなったアビドスの廃屋目当てで不良が集まるのは分かります、目障りな私達、アビドスを攻撃するのも、まぁ、理解は出来ます、治安維持の名目で不良を取り締まったりしていますし……でも――」
そこまで口にして、アヤネは周辺を見渡した。不良達のアジトは、使われなくなった公民館が利用されていた。三階建ての、それなりに大きな建築物。内部にはキッチンやトイレ、シャワールームなども存在し、レクリエーションルームなど、それなりに寝床となる場所もある。
何より廃墟と呼ぶには――存外以上に清潔で、整備されていた。
水道は未だ機能し、電力に関しては裏口の倉庫で大型の発電機が複数見つかった。燃料タンクもずらりと並び、食糧や武器、弾薬の類も倉庫別に潤沢。そこまでくれば、彼女が何を言いたのかは察せられる。
「このアジト、上手く廃墟を利用してはいますが、妙に整備されていますし、あちこちにある物資の量は明らかにおかしいです、生活の痕からして四~五十人規模で寝泊まりしている様子ですし、それを支える補給源は、財源は一体どこから来るのでしょう? 弾薬も、食糧も、無料ではありません、ましてや此処はアビドス――まともなお店はもう、殆ど無いんですよ? 奪うにしても限度があります」
「……そうだね」
「それに、此処はアジトの一つに過ぎません、不良グループはまだありますし、これは実際に見てみないと分かりませんが、万が一にも他に同規模の基地があると考えると、明らかに彼女達だけで運用出来るとは……背後に、何か大きな――」
そこまで口にして、彼女ははっと口を噤んだ。自身を真っ直ぐ見る先生の視線に気付き、恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「……いえ、すみません、これはあくまで推測で、考え過ぎかもしれませんし」
「いいや、常に最悪を想定して動いているのだろう? 流石だよ、アヤネ」
「そ、そんな、私何て!」
先生の言葉に首を振り、端末を胸に抱いたまま恐縮するアヤネ。
「私、前線で戦う事が出来ませんし、こんな事でしか皆の役に立てなくて――」
「そのサポートが、皆にとって重要なのさ、それに……」
先生は掴んでいたミリタリーボックスを持ち上げ、そっと呟いた。
「――戦えないのは私も同じだ」
アヤネのその気持ちは、良く分かるとも。
戦えない自身の姿を自覚する度、暗然たる心地に襲われる。
何度、己に戦う力があればと思った事か。
生徒達の背に隠れ、背中ごしに命令する事しか出来ない己は――酷く無力だ。
脆弱な肉体、銃弾ひとつで簡単に失われる命、先生という存在は一度戦闘に巻き込まれてしまえば、戦術指揮という項目を除いてお荷物以外の何物でもなく。せめて自衛の為にと磨いた銃の腕は、それでも生徒達に敵いはしない。
そういう風に、出来ているのだ。
だから――仕方がない。
――そう諦められたら、どれ程楽な事だろうか。
「――さて、考えるのは良いけれど、此処はまだ敵地だ、早く積み込みを終えてアビドスに帰ろう」
「あ、は、はい!」
アヤネに微笑み掛け、互いに互いの役割を果たす為に動き始める。考えたって仕方が無い、今はただ、身体を動かす事が先決だった。
トラックに積み込まれていた補給品は大量で、生徒達を乗せて帰る事を考えると本当に積載限界が近い。一際大きなミリタリーボックスを積み込んだセリカは、額に流れた汗を拭いながら先生に報告する。
「先生! こっちの弾薬物資は全部積み終わったわよ!」
「お、早いね、ありがとう!」
先生も持っていた補給品を積み込み、食糧や嗜好品の類も詰めるだけ詰め込んでいく。積み込めない分は生徒達のポケットやバッグにこれでもかという程に詰め、弾薬に関しては水やら泥を被せて使用不可能になる様細工を施す。食料に関しては流石に勿体ないので特に手は加えず、嗜好品は一部を除き――電子煙草や青年誌と思われるアレコレ――食料と同上。発電機に関してはまた居座られても困るので徹底的に破壊した。
後は少々心が痛むものの、カタカタヘルメット団が戻って来た時に備え四方に彼女達の持っていた爆薬を利用してトラップを仕掛けさせて貰った。即席の代物で、効果としてはそれ程期待出来るものでもないが、トラップの仕掛けられた建築物で眠りたいとは思うまい。一応、無いとは思うが一般人が立ち寄らない様、出入り口付近に『トラップ注意』と書いた電子看板を設置しておく。これで万が一侵入して怪我をしても、それは自業自得という事で。
凡そ出来る事を全てこなし、荷を積み終えた先生は大きく息を吐き、作業を終えたホシノとセリカを労い、警戒していた三名に声を掛けた。
「積み込み終了、それじゃあ皆で学校に戻ろっか」
先生の言葉に笑顔で頷く生徒達。
こうして――アビドス高等学校来校初日、カタカタヘルメット団との初戦闘は終結したのであった。
■
「ただいまぁ~、うへ、やっと帰って来れたぁ~、疲れたよぉー……」
帰還後、鹵獲したトラックから荷物を下ろし、次いでトラックを車庫に入れ、漸く部室に戻って来たアビドスの面々。流石の連戦で肉体的にも精神的にも疲労したのか、愛銃を地面に立て、皆が一人残らず椅子にへたり込む。
「皆さん、お疲れさまでした……」
「アヤネちゃんも、お疲れ」
アヤネも疲労感を隠しきれず、長机にべたっと張り付いている。平気そうなのはシロコ位なものか。相変わらずノノミも笑顔を浮かべているが、少しだけ気怠そうな雰囲気が漂っている。
「何はともあれ、火急の事案だったカタカタヘルメット団の件が片付きましたね、これで一息つけそうです」
「そうだね、これでやっと重要な問題に集中出来る」
「うん! そこはまぁ、先生のお陰だね、これで心置きなく全力で借金返済に取り掛かれるわ!」
一先ず、大変であった事は変わりないものの、頭痛の種であったカタカタヘルメット団に関しては片が付いた。その事を考えると、疲労した甲斐はあるというもの。セリカが椅子に座ったまま笑顔で先生を振り向き、小さく頭を下げた。
「ありがとう、先生! この恩は一生忘れないから!」
「いいや、皆が頑張ったからさ」
心の底からそう思う。少なくとも、今こうしてアビドスが存続しているのは彼女達が頑張った成果なのだから――。
「――それで、借金というのは?」
「えッ……あ! わわっ」
しまった、という風に口を塞ぐセリカ。先生は既にその事を知っていると思ったのか、或いは単純に口が滑っただけなのか。
無論、先生は既にアビドスの事情について全て知っている。しかし、彼女達のいの一番悩んでいる問題を、然も訳知り顔で勝手に解決する事は出来ない。彼女達の信頼が必要だった。少なくとも、助けて欲しいと彼女達の口から言って貰える程度には。
「そ、それは……」
「ま、待って! アヤネちゃん! それ以上は――」
アヤネが僅かに顔を顰め乍ら、口を開く。
それをセリカが止め、そんな二人を見ていたホシノは背凭れに身を預けながら淡々とした口調で云った。
「良いんじゃない、セリカちゃん、元々先生はアビドスの事を調べて、その上で来てくれたみたいだし」
ホシノは先生を見る。その目は相変わらず眠たげなものだったが、どこか先生を計る様な意図が含まれている気がした。
「――借金の事も、凡そ見当はついているんじゃない?」
「で、でも、態々話すような事じゃ……」
「別に罪を犯したとかじゃないでしょ? それに、先生は私達を助けに来てくれた大人だよ――だよね、先生?」
「……あぁ、勿論」
ホシノの言葉に、先生は強く頷く。
徹頭徹尾、それだけは変わらない。先生という存在は、彼女達を救う為に存在しているのだから。
「……私はホシノ先輩に賛成、セリカ、先生に話しても良いと思う、先生なら悪い様にはしない筈」
「そ、そりゃそうかもしれないけれど! でも、先生だって、結局は部外者だし!」
「確かに先生がパパっと解決してくれるような問題じゃないかもしれないけれどさ、でも、この問題に耳を傾けてくれる大人は、先生くらいしかいないじゃーん?」
どこか茶化したような口調で肩を竦めるホシノ。その目は真っ直ぐセリカを見ている。
実際、今の今まで手を差し伸べてくれる大人は誰一人として居なかった。だからこそ、これは彼女達にとってチャンスでもあるのだ。
シャーレという連邦生徒会組織である大人が、彼女達に関心を持ってくれた、手を差し伸べてくれた――その事実が何よりも僥倖。
「悩みを打ち明けてみたら、何か解決法が見つかるかもよ? 先生は色んな情報を持っているだろうし、頭だって良い、少なくとも私達よりはずっと、取り敢えず聞いて見て損はないよ……それとも他に何か方法があるのかな、セリカちゃん」
「うぐ、うぅ……」
思わず呻く。正論だと、セリカは思った。
現実問題、本当にアビドスを救いたいのならなりふり構わず、先生だろうとシャーレだろうと救いを求めるべきであると、頭では理解しているのだ。
しかし、それでも――胸に巣くう、この暗澹たる想いが邪魔をする。
「た、確かに、先生の事は……ちょっとは信頼しているわ! でもそれは、戦闘に関してだけだから! だって、だって今まで大人たちが、この学校の事を気に留めてくれた事なんてあった!?」
意図せず、声が大きくなった。それだけ心が揺れている証拠だった。
そうだ、今更――今更なのだ。
大人が今更、手を差し伸べたって、アビドスはずっと前からこんな状態で、砂漠に呑まれ始めた時からずっと、四方手を尽くして戦い続けて来たというのに。
「この学校の問題は、ずっと私達だけでどうにかしてきたじゃん! なのに今更、大人が首を突っ込んでくるなんてさ! そんなの……ッ!」
叫び、思わずセリカの目尻に涙が滲んだ。
自分達だけで何とかしてきたというプライド、矜持。アビドスが今の今まで残っているのは、自分達が努力し、死力を尽くして来たからだという自負がある。
助けてくれた事には感謝しよう、恩も感じよう、けれど――この借金問題は、アビドスの根幹に関わる問題なのだ。今の自分達の積み重ね、紡いできた想い、ちっぽけで、吹けば飛ぶような、小さな小さなプライド。
我儘と云えばそうだろう、現実を見ていないと云えばその通り。単なる独りよがりな癇癪、子供の叫びに過ぎない。
けれど
「私は認めないッ!」
「あっ、セリカちゃん!?」
吐き捨て、部室を走り去る。その背中を先生は、酷く辛そうな、今にも泣きだしそうな顔で見つめ――そんな横顔を、ホシノはじっと注視していた。
「っ、私に任せて下さい、様子を見てきますから」
そう告げセリカの後を、ノノミが追う。二人の背中が部室から消えた後、静謐な空気を破る様にしてホシノが声を上げた。
「えーと、ごめんね先生、何というか、先生を信頼してない訳じゃなくて、あー……」
「大丈夫、分かっているよ」
ふっと、先程までの表情を噛み殺し――先生は穏やかな笑みすら浮かべて見せる。椅子に座ったまま目を瞑った先生は、酷く平坦な口調で告げた。
「私が、大人だからだよね」
「……んー、まぁ、そんな感じ、かな」
頬を掻くホシノ、彼女からすれば何とも決まりが悪い話だろう。
「変な話でごめんね、大人を嫌っている癖に、大人に頼るなんて」
「まさか」
先生は彼女の言葉を否定する。彼女の決断を笑うつもりなど毛頭ない。それだけは、ない。
「えっと、簡単に説明するとさ、この学校、借金があるんだ……結構、ありふれた話」
「幾ら位?」
「あー……えー………」
知っていて尚、先生は静かに問うた。
ホシノは気まずそうに、或いは申し訳なさそうに、視線を左右に散し、それから観念したように項垂れ、正直に話した。
「……九億円、ほど」
口調は酷く落ち込んでいて、見たくない現実を見てしまったという雰囲気がありありと滲んでいた。
「……九億六千二百三十五万円、です、委員長」
「うへぇ、また増えてる……」
アヤネの正確な補足に、ホシノの落ちていた肩が更に深く落ちる。その姿を見てシロコは眉を下げ、アヤネは先生と向き直りアビドスの財政について話し始めた。
「これはアビドス、いえ、私達対策委員会が返済しなくてはならない金額です――これが返済出来ないと、学校は銀行の手に渡り、廃校手続きを取らざるを得なくなります」
「……それにしては、大分大きな借金だね」
「……はい、事実完済できる可能性は零に等しく、殆どの生徒は諦めて、学校と街を去ってしまいました」
「そして私達だけが残った」
シロコの悲しそうな呟きに、アヤネは目を伏せた。
「学校が廃校の危機になったのも、生徒がいなくなったのも、街がゴーストタウンになりつつあるのも、全てこの借金が原因です……借金をする事になった理由は――」
そうしてアヤネが語って聞かせたのは数十年前のアビドス校。
始まりは、学区郊外の砂漠で砂嵐が起きた事だった。
それもただの砂嵐ではない、想像を絶する規模の砂嵐だ。学区の至るところが砂に埋もれ、砂嵐が去ってからも尚、砂が溜まり続けてしまう程の。
その自然災害を克服する為に、アビドス校は多額の資金を投入せざるを得なかった。
しかし、土地だけが広い片田舎の学校に、巨額の融資を許す銀行は中々見つからず、時間も惜しいと四方八方に手を広げ、結果――。
「結局、見つかったのは悪徳金融業者」
「……はい、最初の内は、すぐに返済できる算段だったと思います――ただ、砂嵐はその後も毎年更に巨大な規模で発生して、学校の努力も空しく、学区の状況は手が付けられない程悪化の一途を辿って、結局アビドスの半分以上は砂漠に呑まれ、その度に借金も、その……」
「膨れ上がって、今の金額になった、という訳か」
「はい……私達の力だけでは、毎月の利息を返済するだけで精一杯でして、弾薬も補給品も、底をついてしまっていました」
「セリカがあそこまで神経質になっているのは、これまで大人の誰も、この問題にまともに向き合わなかったから……話を聞いてくれたのは先生、あなたが初めて」
「……そっか」
「まぁ、そういうつまらない話だよ」
椅子を軋ませながら背凭れに寄りかかり、ホシノが吐き捨てる様に云った。
シロコも、アヤネも、昏い雰囲気を纏っている。状況はかなり悪い、少なくともそれ程莫大な借金を、生徒の身分で直ぐにどうこう――というのは難しいどころの話ではない。
殆ど、不可能な話だった。
生徒達や住人が見限って街を去るのも責められまい、それが分かっているからこそ、彼女達は嘗ての生徒達を悪しき様には云わなかったのだ。
その雰囲気を悟ったのだろう、ホシノは努めて明るい口調で、おどける様に云った。
「だけど暗い話だけじゃないよ、今日漸くヘルメット団っていう厄介な問題が解決したから、先生のお陰で暫く借金返済に全力投球出来る様になったわけ……あ、もしこの委員会の顧問になってくれるとしても、借金の事は気にしないでいいからねー、話を聞いてくれるだけでも有難いし」
「そうだね、先生は十分力になってくれた、これ以上迷惑はかけられない」
「――いや」
告げ、先生は強く、強く拳を握った。
俯いていた顔を上げ、ゆっくりと目を開く。
そこには嘗て存在しなかった――意思がある。
先生は嘗て知った、覚悟だけでは足りなかった。重要なのは意思だ、何があっても挫けぬ鋼に勝る意思だ。嘗ての己が持ち得なかった、『最後まで生徒を信じる』という意思が足りなかった。
獲り零した筈の未来を掴み、今度こそ正しき明日を迎える為に。
「見捨てる事なんてしないよ、私は皆の――【先生】だからね」
微笑み、言い切る。
強い覚悟と、意思を灯した瞳で以て。
皆は先生を見つめ、どこか驚いたような、惚ける様な、そんな顔をしていた。
「え、ぁ、それって――」
「最後まで、一緒に頑張るって事さ」
先生がそう云うと、アヤネは椅子を蹴とばす勢いで立ち上がり、深く――深く頭を下げた。
「ッ! は、はいっ! よろしくお願いします、先生!」
「……先生も変わり者だねー、こんな面倒な事に自分から首を突っ込もうなんて」
「生憎と性分でね、それに困っている生徒を放っておくなんて、それこそ先生失格だろう?」
「――大人じゃなくて、先生として?」
「うん」
先生の言葉を聞いたホシノは一瞬顔を歪め、けれどそれは直ぐに掻き消され、少しだけ寂寥感の残る――儚い微笑みだけが浮かんだ。
「良かった……シャーレが力になってくれるなんて、これで私達も希望を持って良いんですよね?」
「そうだね、希望が見えてくるかもしれない、少なくとも先生が味方してくれるなら」
アヤネとシロコが笑顔を見せる。少なくともそれは此処半年ほど、ホシノにとって見た事もなかった晴れた、穏やかな笑顔だった。
それを見せられたホシノはそれ以上何も云えなくて、ただ小さく息を吐き出した後。両手を組んだままそっと椅子に沈み込んだ。
■
「………先生」
部室の外、隣り合う教室に身を潜めて、僅かに空いた扉から話を盗み聞いていたセリカ。先生の言葉に、微かに高鳴る胸がある。
この人なら、もしかして、或いは――本当に力になってくれるんじゃないかという、予感がある。
「……っ」
けれどそれを真正面から素直に受け取るには、余りにもひねくれ過ぎて。天秤に乗せられた小さなプライドは、未だ現実を直視して尚も重く傾いていた。
そっと唇を噛み締め、音もなく教室を去る。
「セリカちゃん――」
その背中をノノミは、何も云えずただ見守る事しか出来なかった。
此処好き機能、良く分からないのですが読者からすると便利なのでしょうか? 私は余り意識した事がないのですが、栞みたな感じなのかな。要望が多い場合は純愛文を本編に組み込んでも良いかなとも思います。ただ本編とはテイストが違うからなぁ、住み分けって意味だとこのままでも……。あと本編に組み込むと、多分本編の文字数が平均2,000程増えます。
どっちがええんやろ、悩みますね。
それはそうとアルちゃんはね、もうね、ポンコツ可愛い。多分ちょっと捏ね繰り回した理論と早口で捲し立てれば何でもしてくれそう。適当に作ったウェブサイトにを見せながら、「アル、今のハードボイルドのトレンドは、バニー服なんだよ、ほら見てくれミレニアム最高峰の戦闘力を持つC&Cの雄姿を、彼女達も、こんな風にキメているんだ、今のアルは時代に置いて行かれているよ?」と云えば、「なななな、なっ、なんですってー!?」と云って翌日バニー服を着て事務所に来そう。多分それを見てムツキは、「くふふっ、アルちゃんまた何か面白い事やってるぅ」となり、カヨコは、「……誰かにまた要らぬ事吹き込まれたんだろうな」と素知らぬ顔で、ハルカはハルカで全肯定マンだから、アルが、「これが今のハードボイルドのトレンドよッ!」と云えば、「そ、そうなんですか!? す、すみませんすみません、私、そんな事全然知らなくて、お、お似合いですよアル様!」と云ってくれる。それに調子づいて多分、一日位気付かない。それで後から先生に、「アレ嘘だよ」って云われて、一日バニーでふんぞり返っていた一日を思い出して、「むきーッ!」と憤慨して欲しい。可愛いね。
偶にはムツキと一緒にアルに嵌められて欲しい、先生から特別依頼という形で、「キヴォトスを裏から牛耳ろうとしている、巨悪の討伐を頼みたい、これは誰にも知られてはいけない【裏の仕事】――アル、君に最後まで戦い抜く覚悟はあるか?」とか電話口で云われて、「と、とーぜんよッ! この私を誰だと思っているのかしら!? この私に掛かれば、巨悪だろうと何だろうと簡単にボコボコにしてあげるんだからっ!」と張り切る。
で、いざ単身勇んで乗り込めば、見知らぬ高層ビルのロビーで、何かおしゃれな雰囲気に頭上に「?」を浮かべて待つ事になり、依頼主である先生がやって来て、「せ、先生遅いじゃない、もう、呼び出しておいて遅刻はないんじゃない?」と云えば、先生は先生で呼び出したのはアルじゃないかと云い。二人そろって疑問符を浮かべれば、あれよあれよの内にドレスコードされ、二人で最上階のレストランで食事する事になるんだ。
え、あれ、何でと混乱するアルと、あー、これムツキかぁ、と早々に察して楽しむ方向に舵を切る先生。(な、な、なんなのこれぇぇぇ)とテンパって白目を剥くアルを宥めながら、穏やかな雰囲気の中で食事を終えるんだ。帰ったら、「くふふッ、楽しかったぁ? 先生との、で、ぇ、と?」とムツキに揶揄われ、また「むっきー!」となって欲しい。
でも内心で先生とデート出来た事に喜んで、や、やるじゃない、ムツキ! とか思っていて欲しい。
何かにつけてアルに「可愛い」と云いたい、その髪型良いね、可愛いよ。今日も決まっているね、可愛いよ。その度に、「せ、先生! そこは恰好が良いではなくてッ!?」みたいな事を云うのだけれど、顔は赤いし内心ではめちゃ嬉しそうにして欲しい。そうこうしている内に先生との時間を、とても、とても大事なものであると自覚し始めるんだ。共同経営者としても、パートナーとしても、そしてアルという個人としても、いなくてはいけない人で、大切な人で、失いたくない人だと感じて欲しい。
先生の前ではずっと恰好をつけていた筈なのに、ふとした瞬間に何の変哲もない少女らしく、たおやかに笑って欲しい。自分は社長だからとか、皆引っ張って行かなくちゃだとか、ハードボイルドらしくしなくちゃとか、そういう、本人が重荷とは思っていなかった筈の色々が抜け落ちて、本質だけになった自分の、本当になんの気負いもない笑みが零れた事に自分自身驚いて――あぁ、そんな笑みを引き出してくれるこの人は、私にとって、本当に大事だったんだって、便利屋の皆に負けない位の信頼と愛情をいつの間にか抱いていたんだって自覚して欲しい。
で、そんなアルに『先生の殺害依頼』を頼みたい。
最終章でキヴォトスと生徒の為に全てを裏切った先生、その殺害依頼をアルに押し付けたい。勿論、依頼主は先生自身。
最初は先生が裏切ったという話に、何かの間違いだと言い聞かせて、その内段々と先生と生徒達の戦いが激化していく内に信じるしかなくなって。それでも先生と戦いたくないと思って、事務所で引き籠っていたアルに、手紙で依頼文を届けたい。
最期はアルの手で死にたいみたいな事を書いて、アルが過呼吸になる位悩ませたい。便利屋の皆に心配されながら、三日三晩寝ずに考えて考えて考えて。
その果てに静かに愛銃を手に取ったアルの表情は、きっと美しいのだろうなぁ……。
あーッ、覚悟を決めて、誰かに殺されてしまう位なら、最期は私が――みたいなヤンデレともメンヘラともいえる、極限の選択の狭間で揺れ、銃を手に先生の元にやって来たアルがッ! 血塗れで、今にも死にそうで、それでもアルが来てくれた事に安堵した表情を見せた先生に動揺して欲しいィッ! この愛しい人を今から自分が殺さなくちゃいけないという現実と、けれど殺さなければ便利屋の皆と共にキヴォトスが危機に陥るという選択と、このまま何もしなければ、ただ血を流し先生は一人で死んでいくという虚しさに、銃口を震わせながら、唇を噛みながら、涙とか鼻水でぐしゃぐしゃになった、「便利屋のアル」と「本質のアル」の中で揺れ動いて欲しいィ!
心の中で全力で嫌だと叫びながら、それでも先生の為に、便利屋の為に、最期は自分が終わらせたという一途な事実な為に引き金を引いて欲しいィィ!
白目を剥いても終わらない現実があるって悲しいねアルちゃん可愛いよ。
でもほら、先生は皆が立ち直ってくれるって信じているのだから、立ち上がらないと。
立ち上がらないと、先生が浮かばれないよ。立ち上がって進まなきゃ。
自分が居なくなっても、きっとアルちゃんなら立ち上がって進んでいけるって信じているんだ、先生は。だから最期を託したんだ、『それでもきっと、アルなら』って。
信じてくれたんだから、ね? 泣きながらでも良いから、立って、歩かなきゃ。
歩きなよ、引き金を引いたのは君なんだから。
あはー、先生撃ち殺した後に呆然とするアルちゃんに、「クロノススクール、報道部です! 今のお気持ちは!?」って勝利者インタビューしてぇ~。