ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

120 / 340
誤字脱字報告ありがとうございますわ!
やっぱり一万字前後で二日ペースが何だかんだ落ち着くんですわよね~……。


憎悪の螺旋

 

「ぐ、ぅうッ――!?」

 

 銃声、閃光、爆発音、飛び散る瓦礫片が皮膚を裂き、目の前で一人、また一人とユスティナ聖徒会が掻き消えていく。残された戒律の余力、それによって召喚されたユスティナ聖徒会はしかし、その数を大きく削られていた。ポケットの中に仕舞ったままの端末は常に振動し、各部隊から戦況悪化の報告が絶え間なく着信する。

 

 此処(古聖堂)だけの話ではない、周辺一帯のユスティナ聖徒会が押され始めている。投げ入れられた手榴弾、その爆発に巻き込まれ地面を転がりながらも、サオリは何とか活路を見出そうと足掻く。しかし、余りにも多勢に無勢、瓦礫に覆われた場所と云えど障害物は少なく、比較的開けた戦場と云うのも悪かった。スクワッド――サオリの本領は室内でこそ輝く。奇襲、破壊工作、あらゆるトラップ、地形を利用し少数で多数を相手取る。しかしそれも、事前にある程度の準備と作戦があってこそだ。

 

 そうこうしている間にも最後のユスティナ聖徒会が飛来した弾丸に倒れ、掻き消える。残滓となって空に消える輪郭、残されたのはスクワッドのメンバーのみ。構えていたアイデンティティ(愛銃)を降ろしながら、ヒヨリは苦笑と共に呟いた。

 

「さ、最後のユスティナ聖徒会の消滅を、確認しました……」

「……今度こそ、終わりかな」

「そう――ですね、これ以上は、もう……」

「ッ――……!」

 

 ミサキもまた、同じように抱えていたセイントプレデターを降ろす。二人の制服は所々が煤け、裂け、その表情には疲労が滲んでいた。抗っても尚、覆す事の出来ない戦況を二人は悟ったのだ。

 ジリジリと狭まる包囲網、彼女達――新しきETOの狙いは明白だ。先の先生の言葉から、スクワッドの捕縛を狙っているのだろう。そしてそれを許せば自分達の未来は閉ざされる。故に、諦める訳にはいかなかった。

 

「まだだ――」

「リーダー……?」

 

 矢面に立ち、ユスティナ聖徒会と共に壁を担っていたサオリは呟き、震える足で地面を踏み締める。擦り切れ、穴の開いた帽子を深く被り直し、その敵意に塗れた瞳で目前の脅威を睨みつけた。

 

「まだ古聖堂の地下には、アレがある……!」

 

 サオリの脳裏に過るのは、この戦いが勃発する前に目にしていた映像。あの木人形が作りあげたという、【戦術兵器】――確かにユスティナ聖徒会の複製は失われただろう、アリウスが勝利を手にする事は非常に困難になったと云える。しかしまだ抗う手段全てが喪われた訳ではない。

 例え敗北は免れなくとも、せめて一矢報いる程度の事は――。

 

「最後の召喚を通せ……ッ! 古聖堂地下に撤退する!」

「……了解」

 

 ミサキはサオリの言葉に、何処か諦観を滲ませながらも頷いた。その指先が虚空に文字を描く。途端、アリウスを囲う様に再び出現するユスティナ聖徒会――しかし、その輪郭はノイズが走り、あやふやで、気配は余りにも薄い。

 力の低下は歴然、だがその数は膨大であった。最後の召喚、残ったETOとしての力を使い潰すつもりで行使されたソレに、ヒフミは叫ぶ。

 

「ま、まだこんな余力が――!?」

「だが、これ以上の力は残っていない筈だ! これを凌げば……!」

 

 アズサがそう口にして、勇んで弾倉を切り替える。このユスティナ聖徒会を撃破すれば、アリウスの戦力は壊滅出来ると信じていた。しかし、飛び出そうとしたアズサを引き留める声があった。

 ハナコだ――彼女は険しい表情のまま消えかけのユスティナ聖徒会を睨みつけ云った。

 

「いえ、まだ何か手段が残っている様な云い方でした……っ! 古聖堂地下に、奥の手が――」

 

 ユスティナ聖徒会の影に隠れ、古聖堂方面へと撤退を開始するスクワッド。その背中を見つめながら考える。まだ、何か策が残っている。きっと碌なものではあるまい、その確信があった。

 地下に大型の爆弾でも隠しているのか、はたまた別の戒律か何かを持ちだすつもりか。しかし、ユスティナ聖徒会と同時に運用しなかった観点からして、アリウス側にも何らかのデメリットが生じる代物の可能性が高いとハナコは推測する。

 そうなると本当に、諸共自爆という線が濃厚だった。

 

 散発的に開始されるユスティナ聖徒会の銃撃、その弾丸を瓦礫に隠れやり過ごしながら、ハナコは周囲を見渡し、思案する。時間は敵だ、もし自爆紛いの策が本当ならば直ぐにでも追撃しスクワッドを阻止しなければならない。

 戦力を分散させる事は避けたかった、しかしそうも云っていられない状況にある。ハナコは息を大きく吸い込み、何かを決断した様な素振りを見せ叫んだ。

 

「先生、此処は私達に任せて下さいッ!」

 

 直ぐ傍で屈んでいた先生は、ハナコの言葉に少しだけ驚いた様に目を見開いた。現状の戦力で二手に分かれるのならば、大多数の生徒でユスティナ聖徒会を抑え込み、少数の生徒でスクワッドの追撃に動くのが最も効率的だ。そして、百人を超える生徒の部隊指揮が可能な人材はこの中ではハナコと先生のみ。ハナコは集ったトリニティ生徒を指揮し、目前のユスティナ聖徒会を抑え込むつもりだった。

 

「大丈夫です! 私はもう、道を踏み外したりしません……ッ!」

 

 そう云ってハナコは、ずっと鞄に仕舞っていたリボンを、その純白の証を取り出し、そっと髪に取り付けた。風に揺れる桃色の髪、そこに輝く白のリボン。鞄に揺れる補習授業部人形、それを見下ろしながら彼女は先生に云った。

 

「此処で待っていますから……! 皆さんの帰りをッ!」

「――分かった、ありがとうハナコ!」

「いいえ、御礼を云いたいのは此方の方です!」

 

 飛び出す先生の背中を見送りながら、ハナコは叫んだ。

 

「戻って来てくれて、ありがとうございます……先生っ!」

 

 先生は彼女の声に手を挙げながら、古聖堂方向へと駆け出す。その姿を見たアビドスの面々は、直ぐ傍で共に銃撃していたヒフミ達に向かって声を張り上げた。

 

「ヒフミちゃん、此処はおじさん達に任せて!」

「この程度、私達だけでも余裕よ! 余裕っ!」

 

 器用に防弾盾で銃撃を逸らし、弾き、ユスティナ聖徒会を相手取るホシノ。その背中にぴったりとくっついたセリカは、ホシノの脇から顔を出し射撃を続ける。息の合ったコンビネーションで次々と立ち塞がる敵を薙ぎ倒す二人は、疲労を微塵も見せずに前進を続ける。この程度は手慣れたもので、アビドスのメンバーならばホシノは誰とでもツーマンセルを組むことが出来た。

 突出した生徒に火力が集中すれば、後方の生徒は安全に射撃を敢行出来る。ドローンを組み合わせながら火力支援に徹していたアヤネは、直ぐ隣で嬉々として愛銃(ミニガン)を撃ちまくるノノミの銃声に負けない位声を張り上げ、云った。

 

「大丈夫です、トリニティの方々と協力すれば、この規模の攻勢であっても防ぎ切れますッ!」

「これが、最後の足掻きみたいですからね……!」

「問題ない、行って、ヒフミ!」

 

 アヤネに、ノノミに、シロコにそう告げられたヒフミは、ぐっと深く頷いて見せる。そして直ぐ傍で同じように戦っていたコハルとアズサの肩を叩き、立ち上がった。

 

「っ、ありがとうございます、皆さん!」

「――先生をお願いねッ!」

「はいッ! 行きましょう、アズサちゃん、コハルちゃん……!」

「う、うんっ……!」

「あぁ……ッ!」

 

 声を張り上げ、駆け出すヒフミ。その背中に、コハルとアズサも続き、アビドスに向けて礼を口にした。

 

「ハナコちゃん!」

「此処は、任せて下さい! 先生をお願いします!」

 

 ヒフミ達の進む道、そのルート上に立つユスティナ聖徒会へと、ハナコの合図と共に弾丸が降り注ぐ。その中を掻い潜り、ヒフミたちは先生と合流を果たした。

 

「先生……!」

「あぁ、行こう――!」

 

 ■

 

「はぁ、ハァ……う、ぐッ――」

「リーダー」

「さ、サオリさん……」

 

 古聖堂地下――カタコンベの入り口となるその場所は、天然の鍾乳洞の様な形をしていた。大きく吹き抜けとなった天井に、地面に滴る水。所々人の手が入った痕跡はあるものの、その殆どは手付かずのままだ。

 中央に大きな区画があり、その隣り合った場所には木材で補強された小さな小部屋らしき区画が幾つか見られた。恐らく資材置き場か何かだろう、蜘蛛の巣が張ったそれらを横目に、肌寒く、薄暗い地下を歩くスクワッドの面々。サオリは青痣と血が滲む剥き出しの腹部を抑えながら、苦し気に息を吐き出した。

 

「リーダー、少し手当した方が良い、そのままだと……」

「大丈夫、だ……この程度――」

 

 心配げに此方を覗き込む二人に向け、軽く首を横に振って見せる。今は一分一秒が惜しい、足を止めること自体をサオリは嫌っていた。負傷の度合いで云えば、決して重傷などではない。ただ少し、弾丸を受け過ぎた。力の喪失したユスティナ聖徒会で、あの戦力と真正面からぶつかったのは誤断であったと云える。寧ろ、あの場面ではユスティナ聖徒会を囮にしてスクワッドだけでも離脱するべきであった。

 それを、激昂し判断を間違えるなど――。

 

「ッ……!」

 

 自身に対する失望、苛立ちが胸内に湧き上がる。しかし、それを消化する暇もなく、背後から何者かの足音が響いて来た。

 

「――サオリッ!」

「……!」

 

 その声の主は、振り返らなくとも分かる。サオリは痛みで曲がっていた背中を正し、虚勢を張りながらゆっくりと振り向く。そこには想像通り、砂利と泥に塗れながらも、決して光を喪わない瞳をしたアズサが立っていた。サオリは目を細め、眉間に皺を寄せながら声を荒げる。

 

「追って来たか、アズサ……!」

「私だけじゃない……!」

 

 そう云って立ち止まった彼女の背中から、アズサの友人――補習授業部の面々が顔を出す。彼方此方に汚れが見えるものの、その体力と精神状態は十全。現状のスクワッドとしては、正面からぶつかるのも厳しい相手だった。

 

「もう、諦めて下さい!」

「こ、これ以上の騒ぎは、私が許さないんだからっ!」

「……サオリ」

 

 阿慈谷ヒフミ、下江コハル――浦和ハナコは地上の指揮を執る為に残ったか。冷静にそう分析しながら、アズサは愛銃のグリップを握り締める。生徒達を引き連れ、スクワッドの前に立った先生は静かに、けれど力強い意志を秘めた声で以て告げた。

 

「もう、終わりにしよう」

「ッ……!」

 

 その声に、サオリは目を見開く。

 終わり――だと?

 それは、諦めろと云う事だろうか。敗北の二文字がサオリの脳裏にちらつく、こんな、憎悪に対し希望で以て応えるような人間に。

 私達(アリウス)は――負けるのか?

 

 それは、断固として認められない事であった。サオリはマスクの奥で歯を剥き出しにして、叫ぶ。

 

「まだだ、まだ、私は……戦えるッ!」

「リーダー……!」

 

 声は地下の中に響き渡り、青痣と擦り傷だらけの腕を震わせ、再び先生に銃口を突きつけるサオリ。それを遮る様にコハルが、ヒフミが、アズサが射線へと立ち塞がった。そうして三度突き合わされる銃口。天井から差し込む微かな光が、皆の顔を照らす。

 

 ――そんな一触即発の状態に在る彼女達の耳に、第三者の足音が届いた。

 

 硬い石床を叩く、靴音。それは地下の中では良く響き、全員の耳にハッキリと聞こえていた。アリウスの増援か、或いは先生側の増援か、どちらも警戒を滲ませながら音のの方角へと視線を向ける。咄嗟に振り向くサオリ、足音は古聖堂地上方面ではない――スクワッドが撤退しようとしていた奥側から響いていた。

 そうして暗がりから踏み出す、白い人影。

 ぼんやりとした青白い光が、彼女達の視界に映った。

 

「………」

「っ、姫……!?」

 

 その露になった姿に、サオリは思わず声を上げる。

 目の前に現れた人物、それはスクワッドのメンバー――秤アツコであった。

 アズサの爆発に巻き込まれ、所々負傷の跡が見え隠れしているものの健在。彼女は罅割れたマスクをそのままに、確りとした足取りでサオリの、スクワッドの元へと足を進めた。

 

「ひ、姫、どうして、私は既に撤退指示を出して――……!」

 

 アツコに手を伸ばし、そう告げるサオリ。既に彼女にはスクワッドが撤退を始めた事、ユスティナ聖徒会の戒律が捻じ曲げられた事、そしてその訂正は困難である事を伝え、一時拠点へと撤退する様指示を出していた。元より前線拠点で処置を受けていたアツコである、最寄りの拠点、或いはアリウスに撤退する事だって出来ただろう。その時間も、余裕もあった筈だ。

 だと云うのに彼女は、戦場に近いこの古聖堂地下へとやって来た。

 その事実にサオリは困惑と焦燥を露にする。

 

 彼女――アツコは震え、伸ばされたサオリの手を取り、静かに息を吸い込んだ。

 

「――もう、やめよう、サオリ」

「ッ!?」

 

 凛とした声が地下に響く。

 それは、サオリにとって――スクワッドにとって、衝撃的な行為であった。スクワッドの全員が息を呑み、アツコを凝視する。それは彼女の口にした内容ではない、アツコが――ロイヤルブラッドである彼女が言葉を口にしてしまったという、どうしようもない事実から来るものだった。

 

「ッ、姫!?」

「ひ、姫ちゃん……!?」

「だ、駄目だ、姫! 喋ると、彼女が――ッ!」

「大丈夫」

 

 狼狽するメンバーを見渡しながら、彼女は酷く落ち着いた声でそう云った。ボロボロになったサオリの手を優しく握り締め、彼女は緩く首を振る。

 

「もう、全部終わりだから」

「……終わり? 姫、それは、どういう――」

「どちらにせよ、彼女は私を生かしておくつもりは無いと思う、だから……もう良いの」

 

 その声には何処か、諦観とは別の感情が混じっている様な気がした。実際、それがどんな感情なのか、サオリには分からない。しかし、何処か柔らかく、優し気な色を孕むその声に、サオリはそれ以上言葉を重ねる事が出来なかった。

 

「もう、やめようサオリ」

「……やめる、って」

「もう戦うのは――苦しむのはやめよう」

 

 戦う事を――やめる。

 それは、マダム(主人)からの命令に背く行為だ。他ならぬ彼女からそんな言葉が出て来るとは思っていなかったサオリは、アツコの言葉に表情を歪めながら問いかける。

 

「やめて、どうする? アリウスに帰還するとでも云うのか……?」

「こ、こんな状況で帰還しても、きっと……」

「殺されるだろうね、私達は……まぁ、別にそれでも良いけれど」

 

 サオリの言葉に同調するミサキ、そしてヒヨリ。彼女達は知っている、任務を果たせなかった者の末路を。おめおめとこのまま逃げ帰って、待っているのは独房入りか、或いはリンチか、それとも処刑か。

 どちらにせよ結末は変わらない――大勢の生徒の前でヘイローを壊されるか、路地裏で徐々に壊れていくか、その程度の違いだった。アリウスにとって、マダムにとって、生徒とは『替えの効く部品』に過ぎない。どれだけ損耗しようが、どれだけ苦痛に喘ごうか、関係ない。

 

「ううん、だから……」

 

 そんな結末を、そんな未来をアツコは否定する。

 サオリの手を両手で握り直し、スクワッドの皆を見て、彼女は強い口調で云った。

 

「だから、皆で逃げよう……一緒に」

「………」

「え……?」

「に、げる――?」

 

 それは――サオリにとって、スクワッドにとって、選択肢としてすら思い浮かばなかった行動の一つであった。思わず呆然としたサオリの代わりに、ミサキは何処か呆れた様子で問いかけた。

 

「逃げるって――一体、何処に?」

「何処でも、アリウスじゃない、何処かに」

「……私達だけで?」

「うん、私達四人で」

「物資も、伝手も無いのに?」

「うん、でもきっと何とかなるよ、そういう生活には子どもの頃から慣れているでしょう?」

「それは……」

 

 小首を傾げるアツコに、ミサキは云い淀む。彼女の云う通り、食糧も寝床も無い生活には慣れている。幼い頃から似たような境遇で生き残って来た、その事を考えれば成長した体がある分、まだマシだとすら云える。しかし、だとしても困難な道である事は違いなかった。ヒヨリはアツコとミサキを交互に見つめ、それから苦り切った表情を浮かべるサオリを見て、俯く。

 

「た、確かに逃げたい気持ちはありますが、で、でも、そんなの……」

 

 呟くヒヨリの声は震えていた。それは恐怖と不安からだった。アリウスから逃げ出す――それは自分の居場所を捨て、どんな結末になるかも分からない逃避行。見知らぬ土地で野垂れ死ぬかもしれない、アリウスの追手に追い詰められ無残に殺されてしまうかもしれない。寧ろ、その可能性の方が高いと云える。その未来を思えば、易々と頷く事は決して出来なかった。

 

「アズサが、教えてくれた」

 

 ヒヨリのそんな言葉に対し、アツコはアズサを見て云った。

 

「いつからか持っていたコレは、私達の憎悪なんかじゃない」

「………」

「この憎しみを、私達は習った、それしか習わなかった、だからそういう風にしか生きられなかった――でも」

 

 そっと、アツコの視線が足元に落ちる。罅割れた仮面、そこから覗く片側の瞳だけが今自分の立つ場所を、暗闇と光の境界線を捉えていた。自分の背中に広がる暗闇、一歩前に進めば光が降り注ぐ場所へ。

 何より自分(アツコ)に足りなかったのは勇気(意志)だったのだと、彼女はそう強く感じた。

 

「そうじゃない生き方もあるんだって、アズサを見て思ったの」

「……アツコ」

 

 アズサは小さく、彼女の名を呟く。アリウスでは習わない事、習えない事。知れない事を、彼女は外の世界で学んだ。だからきっと、【正しい】のはそちらなのだ。学校とは、多分――そういう、色々な事を学ぶ場所の筈だから。

 

「アズサは外の世界で色々な事を学び、様々な経験を得た、良い大人に出会えたんだね、アズサ」

「――うん」

「サオリ、アズサは私達の所じゃない、自分の居るべき場所を見つけたんだよ」

「っ……」

「だからサオリ、皆で逃げよう――この場所から」

 

 ――アリウスから。

 

「………」

 

 沈黙が降りる。サオリはアツコに手を握られたまま、何も口に出せずに居た。それは彼女なりの葛藤であった。マダムに指示された禁を破ってまで彼女から口に出された提案――アリウスからの逃走。

 一度も考えた事など無かった。アリウスが、そこだけが、自分達の生きる世界だと思っていた。けれど、そうじゃない生き方があるのなら。まだ、別の結末が残っているのなら、それを選ぶ事も出来ると彼女は云う。

 こんな汚れ切った手でも、まだ――。

 

「わ、私は――」

 

 サオリは喉を震わせ、言葉を紡ぐ。其処には強い懸念と不安、そして罪悪の感情があった。確かにアツコの云う選択肢もまた、一つの道なのかもしれない。

 けれど、その道は。

 アリウスから逃げ出すと云う、その道は。

 それは――この罪悪(大勢を傷付けた責任)からも逃げる事になるのではないかと、そう思ったのだ。

 

「アツコ、私は――……!」

 

 サオリが顔を上げ、声を発した。

 彼女の選んだ決断がどんなものか、それが皆の耳に届く前に。

 

 ――凄まじい爆音が、直ぐ隣から鳴り響いた。 

 

「ッ、なに……!?」

「ひぇッ!?」

「ば、爆発!?」

「っ、先生、下がって!」

 

 それは、サオリ達の隣にあった内壁が吹き飛ぶ音であった。石壁に木材で補強された壁が、支柱諸共吹き飛ばされる音。破片や木片が飛来し、スクワッドの肌を強かに叩く。埃に塗れた粉塵が周囲に立ち込め、スクワッドの面々が、ヒフミが、アズサが、コハルが驚愕の声を上げる中、朧げな人影が突き破った壁を乗り越え――ゆっくりと姿を現した。

 

「あは――ッ!」

「ッ……!?」

 

 粉塵の中から響く、甲高い声。人影は周囲を見渡し、そしてアズサ達に守られる先生を見て――その口元を大きく歪ませ、哄笑した。

 

「あはははハハハアッ! 先生、先生だ……っ! 本当に先生だッ!」

「っ、聖園ミカ……!?」

 

 地下の内壁を粉砕し、皆の前に現れたのは――白く清廉な制服を身に纏う、聖園ミカ。

 彼女は愛銃を片手にぶら下げたまま、先生だけを凝視し、酷く嬉しそうに嗤っていた。

 

「報告が来た時は本当にビックリして、嘘か何かだと思ったんだけれど……! 万が一って事もあるし、私だけ持ち場を離れて此処まで来ちゃった……! でも、あぁ、まさか、本当にこんな事ってあるんだね……!」

 

 自身の手を頬に添え、一歩、二歩、先生へと歩み寄る彼女。その瞳は大きく見開かれ、目尻からポロポロと大粒の涙が零れ落ちていた。その様子からは、先生の生存を心から喜んでいる事が分かる。

 

 だというのに、何故だろう。

 

 一歩、一歩、彼女が近付く度に何処か、身の毛もよだつ様な危機感を煽られる。アズサが、ヒフミが、コハルが、強張った表情で愛銃を握り締める。その何処までも何処までも昏い瞳が――狂気染みた彼女の内面を露呈させていた。

 大きく歪んだ口元が笑みを象ったまま、安堵の息を吐く。

 

「あぁ、良かったぁ、生きていたんだ……! 本当に、本当によかったぁ――……!」

「ミカ――」

 

 先生が彼女の名を呼ぶ。それだけでミカは酷く嬉しそうに微笑む。へにゃりと力なく緩んだその笑みは、いつも通りの天真爛漫としたもので。

 

「――じゃあ、ソイツ殺すね?」

 

 ぐるりと、ミカの首が捻じ曲がり、サオリを捉えた。

 それは余りにも唐突で、脈絡なく、そして予測できない行動だった。

 

「ッ……!」

 

 その自身に向けられた瞳を直視した瞬間、ぞっと、サオリの背筋に悪寒が走る。

 否、悪寒程度では済まない、脊椎に氷柱を突き入れたかのような感覚が一瞬でサオリの身体を支配した。それは他ならぬ、彼女の第六感が告げる危険信号だった。幼少期より戦いのイロハを叩き込まれ、死が身近にあった彼女が磨いて来た生存本能。

 

 それに従い、咄嗟に腕を畳み、防御態勢を取れたのは奇跡だった。

 

 ドン、と大きな音が鳴ったと思った瞬間、聖園ミカ――彼女の顔が直ぐ其処まで迫っていた。周囲に居た生徒達に見えたのは、地面に残る踏み砕かれた破片のみ。

 同時に振り上げられた拳、それが空気を裂く音と共にサオリの脇腹へと着弾する。大気を揺るがす轟音、差し込んだ腕に凄まじい衝撃が走り、サオリの身体はくの字に折れ曲がった。

 

「ぐ、がァッ!?」

 

 拳一つとは思えぬ威力、まるで至近距離でロケット砲を喰らったような衝撃だった。両足が地面から浮き上がり、サオリの身体が玩具の様に水平に吹き飛び、直ぐ横合いの壁に叩きつけられる。丁度、倉庫か何かの小部屋に繋がる内壁であったらしい、石と木で補強されたそれに叩きつけられ、それを突き破ってサオリの肉体は隣の区画まで吹き飛んだ。響く破砕音、鈍い苦悶の声、朦々と立ち上がる埃を払い、ミカは嘲笑う。

 

「ッ、サッちゃん!」

「リーダーッ!?」

「さ、サオリさんッ!」

 

 直ぐ脇を凄まじい勢いで吹き飛び、壁の向こう側へと消えたサオリ。彼女の名を呼び、顔を蒼褪めさせるスクワッドのメンバー。補強していた木材、そしてコンテナに埋もれたサオリは、口と鼻から血を垂れ流しながら地面に蹲る。先程まで握っていた筈の愛銃が、直ぐ傍に転がっていた。手が痙攣し、真面(まとも)に動かない。

 

「ごほッ、お、ぐっ――……」

「あははははッ! 良い気味だねサオリ? どう、冷たい地面の味は? 美味しい? 今の感触だと、骨も折れちゃったかなぁ?」

 

 そう云って今しがたサオリに叩き込んだ右拳を開き、握り、その動作を繰り返し、殴りつけた時の感触を反芻するミカ。見ればサオリの腕、ミカの打撃を防御した左腕は、青紫色に腫れ上がり、あらぬ方向を向いていた。弾丸程度ではビクともしないキヴォトスの生徒、その肉体を拳一つで粉砕する――それは一体、どれ程の力があれば為せる事なのか。それを見たヒヨリは、ぞっと肩を震わせた。

 

「ミカ……ッ!?」

 

 唐突な蛮行に呆気に取られていた――しかし、これ以上は拙い。

 先生は思わず叫び、急ぎ彼女の元へと駆け寄ろうとした。しかし、その前に立ち塞がり、背中で先生を抑える影があった。アズサだ、彼女は本能的にミカの脅威を感じ取り、先生を彼女の元へと行かせない様に動いた。

 

「っ、アズサ……!?」

「駄目だ……駄目だ、先生っ!」

 

 その頬に冷汗が流れる、聖園ミカは潜在的に此方の味方だと頭で理解していながらも、彼女のその表情が、行動が、余りにも攻撃的過ぎて、その拳が先生に振るわれる事をアズサは恐れたのだ。

 

 勝てない――アズサの本能が叫ぶ。

 

 それはアズサの、兵士としての本能だった。戦術や技能どうこうではない、肉体的なスペックが余りにも違い過ぎる。幼い頃よりアリウスで育ち、幾度も痛めつけられ、地面を這った仲だからこそ分かった。サオリの身体は頑強である、それこそライフル弾の弾倉を丸々一つ撃ち込まれても行動が可能な程度には鍛え抜かれている。

 そのサオリが、拳で一発だと――?

 

 まるで悪い夢でも見ている気分だった。ゲヘナ風紀委員長、正義実現委員会の委員長、アビドスの副生徒会長、ミレニアムのC&Cリーダー、アズサが本能的に勝てないと感じる生徒は僅かだが存在する。彼女もそれに類する存在、或いはその精神性、攻撃性を考えれば凌駕さえし得る。

 

 いいや、いいや違う――重要なのはそこではない。

 アズサはミカを凝視し、想った。

 

 ――聖園ミカは、あの瞬間、相手を殺すつもりで(最後の一線を越えるつもりで)拳を振るっていた。

 

 アズサはサオリと対峙した時、何度も、何度も何度も、「お前を殺す」と口にしていた。それは相手に対する憎悪の発露でもある、けれど何より、「自分はこれから、殺人という大罪を犯すのだと」云い聞かせる為の儀式でもあった。人を殺すという覚悟を持つ事は、その意思を持つ事は生半な事ではない。だから自分に云い聞かせ、その覚悟の輪郭を何度も再確認するのだ。そうしなければ、殺人という罪悪の前に心が、精神が摩耗し、折れる。

 

 だと云うのに、目の前の彼女は何て事のないように、まるで日常の一幕の様に、ごく自然に相手を殺そうとしていた。その、余りにも異質な精神性が、その在り方が、アズサには何よりも恐ろしく映ったのだ。

 

 ミカは残ったスクワッドの面々をぐるりと眺め、それからゆっくりと先生に視線を向けた。そこには何処か恥ずかしがるような、気まずそうな色があって。

 まるで乙女の様に頬を掻いた彼女は、はにかみ、告げた。

 

「あはは、うん……ごめんね、先生」

 

 ミカは静かにスカートを翻し――その姿が掻き消える。

 否、ただ先生の動体視力で捉え切れぬ程の速度で動いただけだ。まるで影の様に、けれど的確に動く彼女の残影、先生にはそれを捉えるのが精一杯だった。

 

「ぐぅッ!?」

「あぅ……っ!?」

「ッ……!?」

 

 ミサキ、ヒヨリ、アツコを順に掴み、力にものを云わせて崩れた壁の向こう側へと投げ込む。コンテナ同士がぶつかる金属音、そして木製の何かが粉砕される音が鳴り響き、最後にミカは自身も壁の内側に立ち、愛銃を構え――粉砕した内壁を支える、直ぐ傍の支柱に狙いを定めた。

 先程の一撃で亀裂が入り、半ば折れ曲がったそれは銃弾一発でも粉砕されてしまうだろう。それが分かっているからこそ彼女は其処に銃口を向け、小さく微笑んだ。

 

「――ちょっとだけ、目を瞑っていてね?」

 

 銃声、マズルフラッシュ――そして支柱が折れ曲がる破砕音。途端、内壁と天井の一部が崩れ落ち通路を封鎖する。鳴り響く轟音と肌を撫でる風、鼻腔を擽る埃の混じった粉塵に噎せ返りながら、ヒフミは叫んだ。

 

「げほっ、コホッ、か、壁が……!?」

 

 目前に横たわる、無数の瓦礫。ミカの突破した内壁を埋める様にして崩れた天井と壁が行く先を封鎖している。これでは通る事は出来ない。コハルが慌てて壁に駆け出すも、僅かにある隙間すら通る様な余裕は存在せず、巻き上がった粉塵から向こう側を覗く事も出来なかった。

 

「ど、どうしよう……!?」

「っ……」

 

 コハルが動揺の余り声を震わせ、アズサはくしゃりと表情を歪ませる。放っておく事は出来ない、しかし――。

 

「ッ、アロナ――?」

 

 逡巡する先生の視界に、ふと青い光が過った。それは青白い軌跡を描きながら、地下の奥――暗闇の向こう側へと進んでいく。先生はハッとした表情でそれを見つめ、彼女の名を呟いた。他の生徒がその光に気付く事は無い、であればこれは彼女が自分に向けたメッセージに他ならない。懐に仕舞い込んだタブレットを強く抱きしめ、先生は駆け出す。

 

「えっ、あ、先生ッ!?」

「せ、先生!」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 駆け出した先生、その背中を捉えた三人が叫ぶ。その進行方向にはスクワッドの進もうとしていた道がある。しかし、先生がミカを放っておくとも考えられない。であれば、先生は迂回路を見つけたのだ――そう考えたアズサは、思わず焦燥を滲ませ声を荒げた。

 

「先生、隣の区画は危険だッ! 今の衝撃で、いつ崩れ落ちても……――!」

「ミカを止めなくちゃ駄目だッ! 彼女を――ミカを人殺しにさせる訳にはいかないッ!」

 

 叫び、暗がりへと消える先生の姿。シャーレの白は黒の中に飛び込み、軈て見えなくなる。それを見つめていたアズサは歯を食い縛り、愛銃を抱えて駆け出した。靴音が地下に響き渡り、鼓膜を叩く。

 

「あ、アズサちゃん!?」

「先生を一人で何て行かせられないっ! 行こうッ!」

「っ、わ、分かったわよ! ひ、ヒフミッ!」

「あ、は、はいっ!」

 

 先生の背中を追って暗がりに飛び込むアズサ。ヒフミの手を引いて、その後に続くコハル。三人の足音が周囲に響き、軈て反響だけが木霊する。

 

 騒動の決着は、直ぐ其処まで近付いていた。

 


 

 ・よわよわミカ

 セイアちゃんを殺しちゃったと思って道を転がり落ちている最中のミカ。人を殺すつもりなんてないし、何処かで罪を裁かれたがっていた側面がある。拳で壁を粉砕なんかしないし、ちゃんと銃を使って戦う。ティーパーティーの淑女が拳で戦うなんて、そんな事する訳ないじゃんね?

 

 ・涙目ミカ

 先生を傷付けてしまった為、メンタルに消えない傷を負ったミカ。基本的に戦う事は無い、自分を責めながら独房の中でずっと泣いている。親友や友人の前では虚勢を張り、何でもないかのように振る舞うも、その心はズタボロで、その罪悪を噛み締めて生きている。先生に対して並々ならぬ感情を抱いているも、どんな顔をして会えば良いのか分からなくてずっと避けていた。一般生徒にも負ける程に落ち込んでいて、戦闘力は皆無。

 

 ・激昂ミカ

 先生が殺されたと知って、全部が全部どうでも良くなったミカ。結局先生に礼も、謝罪も口にできず、自分の大切なものが全部無くなってしまったと思い込んだ末路。自分が云う権利は無いと理解しつつも、大切なものを全部奪っていったアリウス、サオリ、スクワッドに対して尽きぬ憎悪を燃やしている。仮にそれが元に戻ったとしても、また奪われるかもしれないという強い猜疑心が彼女の肉体を突き動かし、その息の根を止めるまで止まれない。だって自分ばかり奪われて、相手が何も奪われないなんて、そんなの平等じゃないもんね? 立ち塞がる全てを拳で粉砕する。銃とかは偶に使う位、でも多分殴った方が早い。

 

 ・覚醒ミカ

 自身の罪悪と向き合い、その憎悪と不安を呑み込んだ果てに到達するミカ。つまり光のミカ。は? ミカは全部光だが? それはそれとして、本編で「(いの)るね――」に至ったミカの事。因みに憎悪の方は、「()るね――」になる。

 分岐したり進化したりする。これに至れるかどうかは先生達次第。失敗すると4thPVの殺人の果てに涙を流すアズサが、ミカに変わる。エデン条約後編、ベアトリーチェ決戦までは激昂と覚醒の間を往ったり来たりするんじゃないかなぁ。

 

 ・究極のミカ(アンブロジウスをワンパン)

「私の王子様に、何しているの――?」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。