前回深夜投稿だったのでめっちゃ誤字脱字していましたわ……。
申し訳ねぇですの~!
それは、余りにも唐突に現れた。
最初に感じたのは強烈な振動。足の裏から伝わる地響き、重なり合っていた瓦礫がカタカタと音を立て地面に転がっていた破片が弾む。次いで、立っていられない程の揺れが周囲一帯を襲い、アリウスも、補習授業部も、ミカでさえも地面に膝を突き、困惑の声を上げた。
「ッ!?」
「な、何、なんなの!?」
「先生!?」
唐突な地震、何か良くない事が起こっているのは確実であった。
次の瞬間――衝撃が走る。
それは、物理的な破壊を齎す音。凄まじい轟音と共に周囲の壁が、中央区画を塞いでいた瓦礫の山が吹き飛ぶ。まるで爆発したかのように、何の前触れもなく。飛来する瓦礫片から先生を庇い、ヒフミは先生を抱え蹲る。アズサは揺れで動けなくなっていたコハルを引っ張り、共に地面に伏せた。肩を、背中を、無数の瓦礫片が殴打する。しかし、キヴォトスの生徒にとってその程度は致命傷にならない。ヒフミの場合は、その殆どが背負っていたペロロバッグに命中し、肩や足元を打ち付ける破片は僅かだった。
「っ、サオリさん!」
また、揺れと同時にヒヨリも行動していた。彼女は揺れによって皆が動揺した瞬間、これ幸いとサオリの元へと駆け出したのだ。そして降り注ぐ瓦礫をガンケースで防ぎながら、必死に彼女の身体を壁際へと引き摺る。アツコもまた、未だ足元の覚束ないミサキを庇い、何とか吹き抜ける衝撃をやり過ごそうとした。捲れ上がるフードをそのままに、壁に背を預けたアツコは叫んだ。
「ヒヨリ……!」
「だ、大丈夫です!」
表面に幾つもの傷と凹みを携えたガンケースを構えたまま、ヒヨリはサオリをスクワッドの元へと引き摺る事に成功した。そのままガンケースを遮蔽代わりに手放すと、サオリを丁寧に地面の上へと横たわらせる。揺れは、ほんの数秒程度で収まった。
近場で見たサオリの負傷は、酷いものだった。
「サッちゃん……!」
アツコは悲鳴染みた声で彼女の名を呼び、悲壮に塗れた表情を浮かべる。折れ曲がった左腕に青痣だらけの顔。先生の登場で気が抜けてしまったのか既に意識は無くなっており、小さく上下する胸元だけが彼女の生きている証拠だ。ヒヨリは自身の背負っていた巨大な背嚢を降ろすと、側面に取り付けてあった救急キットを取り出す。こんな場所では碌な手当ては出来ないが、それでも何もせずにはいられなかったのだ。
「ひ、姫ちゃん」
「私がやる、ヒヨリは、添え木代わりになる何かを――」
「あっ、は、はい……!」
救急キットをアツコに手渡し、ヒヨリはバッグの中身を検める。添え木代わりとなる何かを見つけようとしたのだ。途中、ミサキの方にも視線を向けたが彼女は軽く首を振ってサオリを見つめる。その表情は何処までも苦り切っており、自身の鼻から垂れる血を拭いながら吐き捨てる様に云った。
「私の事は良い、今は、リーダーを……」
その声に、ヒヨリは唇を噛み締めながら頷いた。雑誌やら弾薬やらを掻き分け、外側に差し込んであった銃のバレル、予備パーツであったそれを引き抜きアツコに差し出す。棒状で、ある程度頑丈で、真っ直ぐなもの。他にそれらしいものは見つけられなかった。
「こ、コレ、使えませんかね……!?」
「無いよりは、全然良い……と思う」
アツコはそう云ってバレルを受け取ると折れ曲がり青紫に腫れ上がったサオリの腕に予備パーツのバレルを添える。本当は患部を氷水などで冷やすべきだった、しかしそんな便利なものは何処にもない。腕に添えたバレルごと、サオリの腕を丁寧に、けれど素早く包帯で巻き付ける。そのまま首元と胴体で固定出来る様、包帯をぐるりと首に回し、その上から脇腹と上腕部分をテープで固定する。
必死に手を動かすアツコは、直ぐ傍で唖然とした表情を浮かべるヒヨリに気付いた。
「姫ちゃん、あ、あれは――……」
「っ……!」
そう云って、彼女が見上げる視線の先。其処には中央区を封鎖していた瓦礫の山、それを吹き飛ばし、中を覗き込むように佇む巨人の姿があった。
長く、弛む赤い布地、本来顔のある場所には真っ暗な空洞があるだけで、まるで透明な何かがフードを押し上げている様にも見える。その大きさは巨大な空洞となっている中央区画、その半ばにありながら地上にすら頭が届いてしまいそうな程。
その容貌には、見覚えがあった。
「まさか、あの『教義』が完成した……?」
アリウスの持つ戦術兵器。ユスティナ聖徒会に次いで用意されていた切り札の一つ。聞き及んでいたものよりも――ずっと強大で、おどろおどろしい気配を放つソレに、アツコは無言で冷汗を流す。
「何、これ……!」
先程までスクワッドに向けていた注意が全て上書きされてしまう程の衝撃。ミカがそう思わず声を漏らしてしまう程の――圧倒的な力と波動。それは彼女が今まで生きて来た中で見た、最も恐ろしいものの一つに感じられた。
「ヒフミ、先生、無事か!?」
「だ、大丈夫です……! コハルちゃんと、アズサちゃんも……ッ!?」
「っ、すまない、ヒフミ……ありがとう」
「いえッ、それよりも――」
先生を瓦礫から守っていたヒフミは、自身の肩や背中に被さった瓦礫片を押し退け、立ち上がる。そしてアズサとコハルの無事を確認し、ほっと胸を撫でおろしたのも束の間。
――自分達を覗き込む
「ぅ、ぁ……」
それは、嘗て味わった事のない類の恐怖心だった。ユスティナ聖徒会を見た時も、その不気味さに恐怖を抱きはしたが、目の前のそれはそういう次元にはなかった。力の強大さ、放つ不気味さ、外見の威圧感、そして何よりその大きさ――どれもこれも、ヒフミの知る常識とはかけ離れた存在。
「ひっ……!?」
「っ、こ、これは……!」
ヒフミは目を見開きながら声を上げる事も出来ず、思わずその場に尻餅をつく。コハルはそれを見た瞬間、思わず悲鳴を上げかけた。アズサは驚愕と恐怖を滲ませながらも、即座に愛銃を手に構える事が出来たが、果たしてこの化物に弾丸が通用するかも謎だった。そして、数秒もしない内に
自分達を見下ろす怪物、その存在が放つ余りにも巨大な
聖園ミカであれば、まだ理解の範疇だった。
しかし、目の前のコレは、最早その範疇にない――理外の存在。何故其処に在るのかも、どんな存在なのかも、どの様な意思を持つかも不明。ただ、その暴力的なまでの重圧だけがアズサを圧し潰さんと放たれている。
アズサは震えそうになる足を叱咤し、構えていた愛銃のセイフティを弾きスリングに垂らす。そして直ぐ傍で震えるコハルの腕を引っ張り、それから先生の外套を掴むとあらん限りの声で叫んだ。
「先生、アレは駄目だ! 直ぐに、逃げないと……ッ!」
そう云って焦燥を滲ませ、アズサは脳内で古聖堂地下の地図を必死に思い出そうとする。アリウスに所属していた時、まだ裏切る前の事ではあるが、彼女はこの周辺一帯の地図を何度か目にする機会があった。中央区画を通っての脱出は無理だ、あの巨人に叩き潰されて終わる、だから別のルートを探し出す必要があった。
「先生ッ――!」
動かぬ先生を前に、アズサは声を荒らげる。
ミカでさえも、その圧倒的な威容を前に呑まれかけている。それでも補習授業部の中で一人立ち上がり、
先生はアズサに見上げられたまま、自身の前に立ち塞がる巨人を見つめていた。その巨躯は人の何倍もの全長があり、この巨大な地下空間であっても圧迫感を覚えさせる程。先生や生徒など、まさに小人の様にしか感じられないだろう。
それ程の相手を前に、先生は焦燥を微塵も見せない。
動かないのは、恐怖や不安に駆られたからなどでは決してない。
銃を握り締め気丈にも巨人を睨みつけるミカ、サオリを抱き締め、恐怖に身を竦めるスクワッド、何とかこの場から離脱する為に動き出そうとするアズサ、目前の怪物が放つ重圧に呑まれてしまっているヒフミとコハル――守るべき
「……いいや」
アズサの言葉に先生はゆっくりと首を横に振る。そして徐に一歩を踏み出すと、自身の胸元に手を当てながら云った。
その決断を下す事は、余りに
「下がっていて、皆」
声は、部屋の中に居た全員の耳に届く。
自身の袖を引くアズサを、そっと後ろへと押し出す。その言葉に、行動に、アズサは思わず目を見開き驚愕の声で以て先生の名を呼んだ。そんな彼女に目を向ける事無く、先生は生徒達を庇う様に前へと進む。
聖徒の交わりを率いる受肉せし太古の教義。
その神秘から作り出された人工の天使――ヒエロニムス。
その姿は先生の知る、過去のソレと重なっている。
だと云うのに何故か、その放つ気配だけが余りにも異なっていた。
一体何を混ぜ込んだというのか? この感覚、太古の教義だけではない――もっと、悍ましくも清廉な何か、光であり、闇であり、同時に肌を刺すような痛みがあった。過去の遺物を取り込んだのか、或いは別な何かか。
それを知る術は先生にない。
「っ、先生!? な、何をするつもりなんだ!? あんな怪物、とても敵う筈が……!」
「けれど此処で逃げたとしても、【アレ】は地上に這い出て来る筈だよ」
地上にはまだ、ハナコとアビドス、そしてトリニティの生徒達が居る。
そしてその周辺には、ヒナやツルギ、ハスミと云った面々も。
彼女達は強い、その強さを先生は良く理解している――理解しているからこそ、それでも尚敵わないと知っていた。
ならば、選択肢は一つ。
「何人の生徒が巻き込まれるかも分からない、それなら――此処で戦う」
「た、戦うって、一体どうやって……!?」
先生に戦う術はないだろう? アズサは言外にそう口にしていた。先生が戦うとすれば、それは生徒を指揮してという事になる。だが、自分達がアレに敵うとはとても思えない。あれは、足掻いてどうにかなる領域に存在しない。仮に挑んだとしても蟻の様に踏み潰されるだけだ。戦いと云うものは近しいレベルのものでしか発生しない、余りにも隔絶した力の差で行われるのは――蹂躙だけだ。
しかし、先生は足を止めない。皆に背中を向けたまま、ゆっくりと崩れ落ちた壁を跨ぎ中央区画へと踏み出す。大きくぽっかりと空いた空洞、遥か地下まで続くその奈落から聳え立つ巨躯。
それを見上げ、しかし僅かな怯えも見せず前を往く。
「先生、まさか――」
座り込んだまま、ヒフミはぽつりと呟いた。先生は戦う力を、術を持っていない、その言葉に嘘はなかった。けれど一つ、たった一つだけ例外がある事を彼女は知っている。
唯一、ヒフミだけはその瞳に焼き付けていたのだ。
思い返すのはアビドスでの一件、遠目ではあったが彼女は先生の起こした【奇跡】を目視していた。光り輝く何か、先生の取り出したソレが周囲を太陽の様に照らし、あの巨大で恐ろしい怪物を打倒した。砲兵隊を率いて遠目に確認出来たのはそれだけだった。
だから漠然と、先生には何かしらの手段があるのだと思った。
それがどの様なものなのか、どのような形で使われるものなのか、それは全く知らない。けれど積み重ねていた信頼が、その時間が、先生ならばという底のない希望を与えてくれる。ヒフミは力が抜け座り込んでいた姿勢から、何とか立ち上がろうと足掻く。せめて先生の足枷にならない様に、未だ震えるコハルの腕を掴み自身を叱咤する。
「ひ、ヒフミ……」
「大丈夫、です」
不安げに涙を浮かべ、自身を見るコハル。
震えそうになる歯を噛み締め、ヒフミは気丈に云ってみせた。
「きっと、大丈夫です!」
声は、確かにコハルの心を慰めた。力なく垂れていた彼女の指先がヒフミの腕を掴む。互いに身を寄せ合い、先生の背中を見つめる二人。その視線を感じながら、先生は小さく呟いた。
「切らずに済めば、そう思っていたけれど……中々どうして、そうもいかないらしいね」
それは先生の独白。或いは、『そうならない未来』もあるかもしれないと考えていたが、どれだけ世界を跨いでも彼らの行動原理は変わらないらしい。
懐に差し込んだままのシッテムの箱に触れ、小さく息を吐き出す。左袖を靡かせ、巨人と対峙する先生は険しい表情で相手を睨みつけていた。天から差し込む陽光がその顔を照らし、滲んだ赤が白に映える。
――この状態で
「ふーッ……」
懸念点は幾つもある。補完状態でのカード使用など現実的ではない、しかし切らねばならない理由がある。サポートなしでも自身は十全に扱え切れるのか、そもそも切る事自体が出来るのか。いや、きっと発動自体は出来るだろう。問題はその後、自分がどうなるか。
――考えるな。
先生は、胸の内に生じたその不安を一蹴した。
他に解決する手段はない。どういう訳か目前の
「やれるかどうかじゃない」
先生は静かに、しかし確固たる意志を込めて告げる。
「――やるんだ、何が何でも」
その瞳に、決して折れぬ希望を抱いて。
そう、何度でも繰り返そう。
己の背中に、生徒達が居る限り。
――私は、斃れなどしない。
「見ているのだろう、ゲマトリア」
「あぁ……」
不意に、先生は虚空に向かって声を上げた。それは確信があったからだ。確実に見ていると――観察していると。そしてその予想は当たっていた。先生の目の前、ほんの数十歩先の空間が捻じ曲がる。まるで底なしの暗闇が出現したかのように、ぽっかりと穴が空き、穿たれた黒色の中から唐突に出現する人影があった。
硬い音を立てて着地する影、空間が正常な色を取り戻すや否や、その者は全身から軋む音を立てて一礼して見せる。
「お初にお目に掛かる、シャーレの先生――私はマエストロ、どうかその様に呼んで欲しい」
「………」
それは、奇妙な恰好をした木人形であった。タキシードらしき衣服を身に纏い、罅割れた双頭が音を立てて震えている。指先や爪先を見る限り人形である事は確かであり、ほんの僅かに身動ぎするだけで木が軋む音が周囲に響いていた。彼は生徒達の驚愕の混じった視線に気づき、自身を見下ろしながらそっと首を振る。
「あぁ、このような恰好ですまない、見るに堪えぬ姿だとは思うがどうか許して欲しい――しかし、そなたとこうして言葉を交わす事が出来、大変光栄だ」
声はどこか、子どもの様に弾んでいた様に思う。ぎこちなく指先を、腕を動かし、先生を歓迎するかのように広げるその様は言動に反して酷く不気味だ。その姿を視界に収めたミサキは、思わずと云った風に声を荒げ叫んだ。
「ッ、木人形、お前……!」
「あぁ、どうか今は声を慎んでくれ――この場所に於いて、雑音程煩わしいものはない」
まだ攻撃指示は出していない、自分達諸共屠る気か――そんな感情を込めて放たれた声はしかし、彼に届く事は無い。小さく指を立て、ミサキにゆっくりと突きつけた彼は彼女の声を冷たくあしらい、ただ先生のみを見つめている。ただの目の刻印、マークに過ぎないそれは、しかし確かに本人の意思を感じさせるものだった。
木人形――マエストロと対峙する先生は超然とした態度で問いかける。
「これはゲマトリアとしてではなく、あなた自身の暴走、そう取って構わないか?」
「その通りだ、今この瞬間に限って云えば、ベアトリーチェにも無断で動いている、特にあの、銀の狼に見つかればどれだけの顰蹙を買うか……しかし、残念ながら己の芸術、その畢竟たる輝きを目にする機会があると聞けば黙っていられる筈もない――彼女には暫くの間、足止めを喰らって貰っている、尤もベアトリーチェを血眼になって探している彼女にそんな余裕はないかもしれないが」
答え、マエストロは自身のタキシード、そのラベルに指を掛ける。上から下まで静かに指先をスライドさせながら姿勢を整えた彼は、どこまでも歓喜を滲ませる声で以て続けた。
「それ故に横槍はない、これは正真正銘――私と先生、そなただけの舞台となろう」
「……舞台、か」
その言葉に先生は顔を顰めて見せる。そこにはマエストロとは異なる、はっきりとした不快感が現れていた。生徒の前では決して見せない表情だった。
「私の【生徒達】は、決して見世物などではないのだけれど」
「観測できぬ芸術品に果たして価値はあるのか? 否、そんな問いは要らぬ世話か……しかし、私はどうしても見たいのだよ、そなたの作品を、芸術を、文字通り魂の逸品を」
先生の立場、マエストロの立場、それは余りにも異なる。マエストロ曰く、その
その芸術の畢竟を目にする機会を得られるというものは。
「故に――」
マエストロの手が持ち上がり、それに応じてヒエロニムスが組んだ二本の手をそのままに、もう二本の腕で儀仗を打ち鳴らす。周囲に金属同士がかち合う音が響き渡り、強い衝撃が空間を突き抜けた。生徒達が目を瞑り、先頭に立つ先生の制服が強く靡く。
それでも瞬き一つせず先生はマエストロを、ヒエロニムスを見つめていた。
「今の私に作り出せる最高の作品を贈ろう、嗚呼、どうか先生――応えて欲しい」
「……あなたが生徒達では対処できぬ危機を、このキヴォトスに振り撒くと云うのなら」
声は小さく、呟く様。
けれど不思議と全員の耳に届き、先生は静かに右手を虚空に伸ばす。見えない何かを掴む様に、或いは空の彼方にある星を掴む様に。
伸ばしたその先で、先生は決意を込めて告げる。
「――それを排除するのも
途端、風が吹いた。
先生を中心に渦巻く様な、しかし心地良い風が。
同時に掲げた右手に向かって青白い光が集う。先生の掌に収斂するそれは軈て一枚のカードの形を象り、その輝きを皆の前に晒した。
眩い光、蒼と白のコントラスト――煌々と輝くそれを目にしたマエストロは体全体を震わせ、両手を広げながら感嘆の声を響かせる。
「おお、おおおおッ……! そうか、それが例の『カード』……!」
その双頭が光り輝くソレに釘付けとなり、まるで恋焦がれる様に手を伸ばす。先生の手の中にある、ほんの十数センチほどの四角形。そこから放たれる莫大な神秘の波動に、マエストロは感動すら覚えていた。
自身がこれまで目にして来たあらゆる神秘、そのどれをも凌駕し、量、質共に恐ろしさすら感じてしまう。背後に佇む皆が、先生の手の中に現れたそのカードに目を奪われていた。その輝きに、その美しさに、その存在感に――けれどそれ以上に、何か胸を揺り動かす強い感情に。
しかし、その中で唯一、ミカだけがその表情を蒼褪めさせ震えた。
皆と同じように先生の手の中へと現れたカードを凝視しながら、彼女は呟く。
「っ、あ、れは――」
息を呑む。腹の中にずしりと、沈み込む様な何かがある。
それが何かをミカは知らない、知らない筈だ。あの光が何なのか、どうやって生み出されているのか、何の知識も持ち合わせてはいない。
だというのに何故か――酷く嫌な予感がした。取り返しのつかない事をしようとしている予感、この行動は駄目だと心が、本能が叫んでいる。
「ぅぐ……ッ!?」
唐突に、ミカは呻き声を上げた。それは痛みによるものだった。
胸が軋む。まるで内側から刃を突き立てられたかのような鋭い痛み、そして頭部を襲うノイズ音。視界に何か、黒い影がちらつく。
何だ、一体何なのだ?
ミカは困惑を隠せず、しかしそんな状態でも先生から目を離す事が出来ない。
彼の掲げる手の中には、光り輝く【ナニカ】があって……。
その光の中で、先生はゆっくりと振り向き――微笑む。
それは幻覚の筈だった、妙に現実的で、質感があって、酷い胸騒ぎがあったとしても、幻覚なのだ。触れられもしなければ記憶にもない、ただの妄想、妄念の類――しかし、その背中が、その炎の中で佇む先生の背中が。
今のこの、先生の背中に重なって見えてしまって。
「駄目、だよ……! 先生、それはっ……」
胸の中の誰かが、騒ぎ立てる。
思わず叫んだ。
その感情に従ってミカは先生へと手を伸ばす。必死に、痛みに顔を顰めながら。けれど何故だろう、身体に力が入らない、足が前に進まない。行かなければ、進まなければ、止めなければと心は叫んでいるのに体が全く反応しない。
地面を掴んだ指先が、爪を立てて握り締められる。
「それ、だけはッ――!」
ミカの声は、巡る風の中に掻き消えた。
「人生を、時間を代価として得られる力……その根源も限界も、私達ですら把握できない不可解な代物……! 嗚呼、ゴルコンダであれば
「――御託は良い、その
「ッ……!」
掴んだ光、その
アビドスの時とは比較にならない、あの時の二倍、三倍――いや、もっとだろうか? ヒフミは余りの眩しさに目を細め、手で陰を作る。隣り合うコハルもまた、同じように手で目元を覆っていた。光は周囲を照らしながら罅割れた天を突き抜け、地上の遥か先、蒼穹にまで伸びていた。生徒達が光を視線で追い、その開けた天の先にある青を目視する。
遍く全てを照らす光の――輝きの中心で先生は告げる。
「私のこの力は、誰かに見せびらかす為のものでも、誇る為のものでもない、こんな事の為に切る事は大変不本意だよ……けれど」
その空色の瞳が――光の中でマエストロを捉えた。
「あなたが私の生徒を傷付けるというのであれば是非もない、その困難を何度でも、真正面から打ち砕いて見せよう」
「嗚呼、それで良い先生! 見せてくれたまえ、そなたが払ってきた【代価】を……! そうして手に入れたものの輝きをッ!」
その宣言に――先生にとっての宣戦布告に、マエストロの興奮が絶頂に達し、上擦った声が周囲に響き渡った。その興奮を表現するかのようにヒエロニムスは咆哮し、古聖堂地下全体が揺れ動く。衝撃が先生の衣服を揺らし、微かに緩んだ包帯がその先端を靡かせる。
「ッ――駄目っ、先生、やめてッ!」
その衝撃の中で、ミカは懸命に叫ぶ。悪寒が、絶望の予感が、すぐ傍までにじり寄っていた。胸騒ぎは収まらない、寧ろその光が強くなる程に大きくなり、心臓が早鐘を打ち始める。額に滲む汗は決して疲労や痛みから来るものではない、極度の緊張と恐怖心から齎されるものだった。
しかしその声はヒエロニムスの前に、振動する古聖堂の中に掻き消える。彼女の網膜にカードを掲げる先生の背中が刻まれる。何処までも勇壮で、輝かしく、まるで一枚の絵画の様に――美麗で儚い、その色が。
「先生ぇッ!」
彼女のその声が届く事は、終ぞ無かった。
「――私の作品に、全力で応えてくれたまえッ、先生!」
「――私は、私自身の信じる道をッ、此処に証明する!」
光が、臨界に達する。
輝きは最早直視できない程、先生は莫大な神秘を秘めた光を天に掲げ、叫ぶ。
負傷した右目から静かに血が流れ出る。零れ落ちる赤が、光の中で踊り消えた。
「私の持つ、全てを賭してッ!」
光の柱が天を穿った。吹き抜けた天井、その遥か向こう側に聳え立つ輝きの白、凄まじい風が巻き起こり古聖堂地区が振動する。嘗てない程の神秘が、風が、光が、アズサを、ヒフミを、コハルを、ミカを、サオリを、ミサキを、アツコを、ヒヨリを包み込む。
周囲を包む青白い光は先生の理想、その夢を具現化した世界――絶望と暗闇に覆われた世界を、青く透明なる世界へと塗り替える。
正面に立つマエストロやヒエロニムスには痛い程に
その手の中で、光は遂に弾けた。
「行こう、力を貸してくれ――皆ッ!」
弾けた光は先生の周囲を渦巻き、その莫大な神秘は軈て人の形を生み出す。輝きの輪郭、その光が生み出した人の形は四つ。彼女達は先生の直ぐ前に、少しずつ、しかし確実に象られる。それらを見つめ、先生は手を突き出し叫ぶのだ。
嘗ての
「――アビドス対策委員会、出撃ッ!」
原作のヒエロ君が
ストーリーのヒエロニムスの体力が大体
尚、先生が腕だけじゃなくて足までポロっていたら、難易度は『TORMENT』かそれ以上になっていましたわ。TORMENTの体力は
因みにストーリー沿いなので、勿論
現状の
という訳で
カードで出すのは一周目の世界の生徒だけだと云ったな。
最終編に向けて、風呂敷を畳む準備をしておかないといけませんからね。例えどのような結末に至ろうとも、放って置く事は出来ませんわ。
いぇーい、クロコ見てる~?