ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝しますわッ!


私達の■■(ものがたり)

 

 古聖堂、地上――崩壊した広場。

 

「こっち、やったわッ!」

「此方も何とか……!」

 

 銃声が轟き、閃光が瞬く。目前に立ち塞がる輪郭のあやふやなユスティナ聖徒会が次々と倒れ、霧散し、消えて行く。セリカは手にしていた愛銃の弾倉を素早く取り外し、新しいものをバッグの中から引っ張り出して装填した。

 

 立ち塞がるユスティナ聖徒会の数は多く、未だ周辺を覆い尽くす程。しかし、その脅威度は大きく下がっていると云って良い。放たれる攻撃も散発的、殆どのユスティナ聖徒会は呆然と立ち尽くすばかりで、時折思い出したかのように発砲するのみ。数は多いが戦力としては機械人形(オートマタ)以下、正に壁としての機能だけが存在しているようなものだった。

 だが、その攻撃力だけは侮れない。ホシノは自身の盾に刻まれた弾痕を見つめながらそう思考する。込められた神秘は当たり所が悪ければ数発で意識を断ち切られるだけの威力がある。攻撃が散発的になったとは云え、慎重な立ち回りが求められているのは変わっていない。

 

「ん、トリニティ側も何とか押し込んでいるみたい……!」

「今の所、酷い負傷をした生徒もいません!」

 

 シロコとアヤネが周辺を見渡しながら叫び、アビドスの面々は五人で固まりながら前進を続ける。物陰から物陰へ、積み上がった瓦礫を利用し遮蔽を取る彼女達は少数精鋭である事を利用し、ユスティナ聖徒会をあらゆる角度から強襲する役割を担っていた。

 

 遠目に見えるトリニティ生徒達も整然と隊列を維持しながら、恙なく戦線を構築している。敵の数は多いが、それでも尚重傷者を出さずに戦闘を行えているのはその指揮故か――見た所、現在戦っているトリニティの中に突出した武力を持つ生徒は見られない。多少のバラつきはあるものの、極ごく一般的な生徒による集団であった。

 しかし、それでも尚弱体化したとは云えユスティナ聖徒会と渡り合えているのだから凄まじい。徹底した分析と卓越した戦術眼の為せる業――生徒達の中程に立ち、声を張り続けるハナコを見て思う。或いは眼ではなく知識によるものかもしれないが。

 

 トリニティと自身の位置を確認したホシノは防弾盾のグリップを握り締めながら思考を巡らせる。戦況は極めて順調だ、もう十分、或いはニ十分もあれば古聖堂広場のユスティナ聖徒会を殲滅する事が出来るだろう。そうすれば、アリウスを追って地下に向かった先生の援護に行ける。

 

「よし、この調子なら多分、掃討までそう時間は――」

 

 ――掛からない筈だよ。

 

 そう口にしようとして、しかし彼女は唐突にその場で膝を突いた。それは、本当に突然の事で、直ぐ後ろに身を隠していたセリカが目を見開き、困惑する。自身の前を覆っていた盾が音を立てて地面に転がり、ホシノがその場に蹲ったからだ。

 

「えっ……せ、先輩? 一体どうし――」

 

 声を上げ、ホシノに手を伸ばそうとして――けれどその指先がホシノの肩に触れるよりも早く、セリカもまた悲鳴を上げ蹲った。

 

「うぁッ……!?」

「ッ……!?」

「いっ……!?」

 

 まるで胸元を狙撃されたかのような衝撃。しかし攻撃はなかった、それは物理的なものではない。ホシノに続き、ノノミ、セリカ、アヤネと云った面々も同じように背を丸め脂汗を流し、その場に蹲って顔を顰める。トリニティの生徒達に異常は見られない、その見えない何かはアビドスのみを襲っていた。

 

「う、くッ……!」

「な、なに、これっ……!?」

 

 何の前触れもなく訪れた痛み、苦しみ、制御できない何かが胸の内を駆け巡り、まるで小さな悪意が胸元で暴れ回っている様な感覚だった。その体験した事の無い様な苦しみに彼女達は困惑し、焦燥し、声を荒げる。セリカは自身の胸元を強く握り締めながら、地面を見つめ大きく喘ぐ様に息を吸った。

 

「み、皆――!?」

 

 唯一、シロコだけがその難を逃れていた。

 突然苦しみ出した仲間達の様子に驚愕し、彼女は銃口を彷徨わせながら急ぎ周囲を見渡す。今尚攻撃を仕掛けている敵がいるのか、自分達の知らない何かが使われているのか、それを見つけようとしたのだ。

 しかし、周囲にはユスティナ聖徒会以外の影は確認出来ず、大掛かりな装置や特別目につく様なものは何もなかった。攻撃らしい攻撃の影すら見えない。

 汗を滲ませ、表情を歪める彼女達は呟く。

 

「わ、っかん、ない……ッ! けれど、な、何か……!」

「っ、い、痛くて、苦しい……? 悲し、い……? は、肌が、燃える様に……っ」

「む、胸が、妙に、締め付けられるみたいで、こ、これは、一体――」

「ッ、兎に角、こんな開けた場所は拙い……!」

 

 原因不明の苦痛、それに犯された彼女達は動く事もままならない。その状態を理解したシロコは、周囲に居るユスティナ聖徒会に素早く射撃を加えると、愛銃を肩に掛け近場に居たホシノとセリカの襟を掴み遮蔽の影へと引き摺った。続けてアヤネとノノミも同じように引き摺って、一先ず射線の通らない場所へと身を隠す。苦し気に息を絞り出す彼女達の表情を覗き込み、シロコは不安を覗かせ呟いた。

 

「トリニティの医療班を呼んで来る……! 直ぐ、戻るから……っ」

「ッ、し、シロコちゃ――」

 

 冷汗を流し、トリニティの元へと駆け出そうとするシロコ。そんな彼女に手を伸ばすホシノ。

 

 不意に彼女達を照らす様に、罅割れた石畳の下――古聖堂地下から強烈な光が立ち上った。それは積み上がっていた瓦礫の隙間を突き抜け、遥か彼方の空へと伸びていく。周辺に居る全員の視線がそちらに吸い込まれ、ホシノは唐突に聳え立ったソレに目を見開く。

 青と白の混じったそれ(光の柱)には、見覚えがあった。

 トリニティの生徒達も唐突に現れた光に驚き、一瞬、戦場に静寂が訪れる。ホシノは未だ痛み、早鐘を打つ胸元を抑えながら立ち昇る光を見上げ、呆然とした様子で呟いた。

 

「――先生?」

 

 ■

 

 光が収束する。

 眩い光はその光量を徐々に落とし、周囲に飛び散る煌めく粒子が彼女達の色を鮮やかに映し出す。ゆっくりと踏み出す足、靡く髪、ふわりと翻る制服。次いで安全装置を弾く音、そして弾丸を薬室に送り込む音が鳴り響く。

 先頭に立つ少女――ホシノは先生の前に立ち、告げた。

 

「――速攻で沈める」

『……了解っ!』

 

 肩口で短く切り揃えられた髪を手で払い、肩に掛けていた防弾盾を勢い良く展開する。ガチン、という硬質的な音を共にロックボルトが撃ち出され、内部に収納された弾倉を目視で確認。背後に続く残りのメンバー――アヤネ、ノノミ、セリカが声を張り上げる。

 

 胸元にぶら下げた、焼け焦げたアビドス高等学校の学生証。

 自分の知っているアビドスの皆よりも少しだけ大人びていて、僅かに異なる恰好をした彼女達。けれど、その面影は確かに残っていて、先生の背中越しに彼女達を目視したヒフミは驚愕の表情を浮かべていた。

 

「前衛二枚、セリカちゃん、いつもの奴!」

「りょーかいっ! シロコ先輩居ないから、アヤネちゃんとノノミ先輩は気を付けて!」

「任せて下さい!」

 

 ホシノが叫び、盾を構えたまま駆け出す。その背後にセリカはぴったりと、影の様に張り付いた。ホシノの指示を聞き届けノノミとアヤネは自身の愛銃、そしてドローンに手を伸ばす。

 

「ふふっ……それじゃあ、お仕置き開始です♠」

「ステータスチェック――アクティブ・ドローン!」

 

 風を巻き起こし虚空へと舞い上がる中型ドローン、そしてバレルを回転させるノノミ。ヒエロニムスは自身の元へと急行する二つの影を見つめ、直感した――目前の脅威は、早急に排除せねばならないと。

 

 特に盾を構えた生徒、その身から迸る神秘の密度は崇高を目指して造られた彼をして悍ましさを覚える程。

 彼の本能は正しく、目の前の危機を認識していた。

 

 ヒエロニムスはその感覚に従い二本の手に掴んだ儀仗を輝かせ、全力で足元を打突する。瞬間、黄金色の光が弾け突貫するホシノとセリカの足元が何の前触れもなく爆ぜた。

 それはちょっとした爆撃並みの威力と衝撃を誇り、円形に抉れ、陥没した地面がその威力の高さを物語っている。通常の生徒であれば、掠めただけでも大きなダメージを負うだろう。

 しかし、その爆発を見越していたのかセリカは大きく跳躍する事で回避し、ホシノもまた地面に盾を叩きつける様にして爆発を押さえつける。くぐもった爆音、飛び散る瓦礫片を盾で弾きながら、砂塵越しにホシノの鋭い眼光がヒエロニムスを捉えていた。青と黄金の軌跡が虚空に線を残す。

 

「―――」

 

 ぞくりと、背筋が凍った。

 此方を見据えるホシノの瞳に、何処までも寒々とした殺意を感じ取ったのだ。彼奴等に足止めなど意味がない、この生徒()は生半な攻撃では止まらない。

 

 ヒエロニムスの判断は早かった、小技による様子見を一瞬にして止め、自身の持つ力の中でも一等威力のある代物――大技を切る判断を下す。

 

 儀仗を打ち鳴らし、ヒエロニムスの後方に在る円環が眩い光を放つ、祈る様に握り締められた二つの手が軋みを上げた。紅布が風に靡き儀仗が光を織る、それは宛ら宗教画の如き神聖さを持ち、遠目に戦闘を見守るしかない生徒達はその余りに荘厳な光景に息を呑んだ。

 

 ヒエロニムスの足元に黄金の紋章が浮かび上がる。地面が罅割れ、そこから光が幾条もの光が漏れ出ていた。直後に生まれるのは地面を引っ繰り返すような凄まじい爆発、しかしそれは力の余波に過ぎない。

 

 本命は掲げた二本の儀仗、その合間から放たれる――流星の一撃(獅子の救済)

 

「ホシノ先輩ッ! 攻撃、頭上より来ます!」

「ッ……!」

 

 アヤネの声がホシノの鼓膜を叩く。頭上を仰げば飛来する星が一つ、狙いは――ホシノ。

 

 更に重ねて、ヒエロニムスはその一撃に呪い(ウルガータ)を込めた。着弾した者に尽きぬ苦痛を齎す猛毒の神秘――他と変わらぬ生徒が喰らえば、十秒で肉が爆ぜ溶けて消える、そういう類の呪いだ。

 

 迫る巨大な力の波動、流星。

 

 二撃目にして全力の一撃、二重に練り込まれた策謀、後方の先生諸共消し飛ばす意気込みで放たれたそれを前に、ホシノは怯むどころか寧ろ勇んで飛び込んだ。頭上から飛来する黄金色の流星を前に盾を掲げ、突貫する。

 ホシノは目前に迫るそれの脅威を正しく理解していた。

 しかし、それでも尚彼女は断言する。

 

 ――絶対に防ぎ切れると。

 

 接触、衝撃――炸裂。

 凄まじい光が周囲に走り、空間が歪み盾と流星が擦り合う甲高い音が鳴り響く。ホシノの両足が衝撃で沈み、地面が罅割れた。しかしその表情は僅かも歪む事無く、犬歯を剥き出しにしてホシノは叫んだ。

 

「この程度でぇッ――私達(アビドス)の盾を抜けると思うなよッ!」

 

 咆哮し、盾を全力で押し出す。瞬間、光は弾け、直線状に凄まじい風が吹き抜ける。流星を割る、真正面から。左右に裂けた極光(流星)はそれぞれ別方向の壁へと着弾し、爆発を引き起こした。剥がれ落ちた石壁が地面に叩きつけられ、爆風がアビドスの頬を撫でつける。そんな力技を成し遂げたホシノは、それを誇る訳でもなく抉れた地面の先で盾を構え佇む。

 弾けた周囲に眩い光の残滓が舞い散った。

 

「……ふん」

 

 表面が赤熱し蒸気を吹き上げた盾を構え直して、ホシノは小さく鼻を鳴らし飛び出す。そして追従する様にセリカも立ち昇る蒸気を掻き分け、現れた。その瞳に確固たる信頼を秘めて。

 

 ――ホシノ先輩ならば絶対に防げると、彼女は信じていた。

 

「バッシュッ!」

「合わせるっ!」

 

 ホシノが叫び、セリカが応えた。盾を構えたままぐっと沈み込んだホシノは、そのまま地面を踏み砕き跳躍。ヒエロニムスの顔面目掛けて飛び込み、驚愕に身を強張らせたその巨体を――正面から盾で殴りつけた。

 ガツン、という凄まじい轟音、そして空気の弾ける音。ヒエロニムスの巨体が仰け反り、その場から数歩蹈鞴を踏む。ほんの小さな生徒が、膂力で以て巨人を退かせる。それは酷く不格好で、目を疑う様な光景だった。

 

「セリカちゃんッ!」

「まかせぇ――てッ!」

 

 空中にて盾を頭上に掲げるホシノ、そこにセリカが走り込み、掲げられた盾を踏み台に更に跳躍。足場となったホシノは両腕に確かな衝撃を感じた直後急速に落下、そのまま足を地面にめり込ませ着地、罅割れ弾けた破片が虚空に打ち上がる。

 ホシノが素早く頭上を仰げば、空高く舞うセリカの姿が視界に映った。

 仰け反ったヒエロニムス、その不可視の顔面、頭部に銃口を向けるセリカ。風に靡く一つ結びのポニーテールが光を帯びて黒く輝いた。

 

「照準、よしッ!」

 

 空中に在りながら愛銃を確りと構えるセリカ、その銃口は全くぶれない。

 手入れの行き届いた彼女の愛銃、シンシアリティ。そのサイトを覗き込みながら引き金を絞れば、銃声と共に弾丸が吐き出される。頭上より降り注ぐそれは全てヒエロニムスの頭部を覆う赤布を撃ち抜き、その不可視の顔面を強かに叩いた。青白い光が瞬き、セリカの愛銃はあっという間に全ての弾薬を吐き出し終える。ガチン、と弾切れを知らせる引き金。それを確認したセリカは落下の浮遊感に身を任せながら、膝を小さく折り畳む。

 落下先はヒエロニムス、その頭部。

 

「吹っッ、飛びなさいよォッ!」

 

 空となった弾倉をそのままに、セリカは落下の勢いを乗せてヒエロニムスの頭頂部を踏みつけ、全力で蹴り飛ばした。

 穴だらけとなった赤布が歪み、一瞬だけ巨体が撓む。ヒエロニムスの巨体が壁に叩きつけられ、地下全体が揺れ動いた。凄まじい轟音が周囲に木霊し、砕け落ちる石壁、砂塵が舞い上がり暴風がセリカの身体を覆い隠す。バイトで鍛えた健脚は伊達ではない、何ならシロコ先輩であれば更に敵を押し込む事さえ出来るだろう、そんな事を考えて。

 

 セリカの視線が浮遊しながら、後方へと向けられる。

 彼奴にもう逃げ場はない――キルレンジに捉えた。

 それは彼女からの合図だった。それを受け取ったノノミは、即座にトリガーへと指を掛ける。回転し、唸りを上げ続けた愛銃。それに応えるように彼女は笑みを貼り付けた。

 

「じゃあ、行きますよ~ッ! 全弾発射~っ!」

 

 この瞬間を待っていたとばかりに、ノノミのリトルマシンガンⅤが盛大に火を噴く。毎分二千発以上を発射可能な彼女の愛銃は、凄まじい銃声と閃光を轟かせながら弾丸の雨をヒエロニムスへと送り込んだ。

 飛来するそれらはホシノとセリカの間を抜け、標的へと着弾。

 絶え間なく放たれる弾丸は嵐となってヒエロニムスの全身を打ち付け、その巨躯を壁へと徐々に押し込んでいく。組んだ両手をそのままに、ヒエロニムスは堪らず儀仗を交差させ防御の姿勢を見せた。儀仗に着弾した弾丸が甲高い音を鳴らし、彼方此方に跳弾する。薄暗い地下の中で、ノノミの周辺だけが昼間の明るさと喧騒を取り戻している様だった。その頭上を飛ぶドローンからアヤネの声が響く。

 

「敵の行動阻害を確認! PBF(Plan Barn Front)、爆薬投下しますッ、タイミング合わせ!」

「ホシノ先輩ッ!」

EX(必殺)!」

「――分かった!」

 

 力強いホシノの声に、セリカは最高の笑みを浮べた。

 

「綺麗に、お掃除しますね~ッ!」

 

 ヒエロニムスが何か行動を起こさぬ様に、ノノミの銃撃がその全身を抑え込み続ける。ただの銃撃と侮るなかれ、単純な火力だけであれば彼女単独でアビドスのホシノ、セリカ、アヤネの集中砲火にすら匹敵する。その分精度に難があったが、これほど大きな的であれば外す方が難しかった。彼女にとって巨大な敵と云うのは得意分野なのだ――いつ、如何なる時も。

 

 飛来する弾丸を前に身を竦め、防御に徹する事しか出来ないヒエロニムスは困惑の極みにあった。

 己の肉体に叩き込まれる弾丸、そこに込められた神秘濃度が段違いなのだ。気を緩めれば赤布諸共肉体を穿たれかねない。今なお、攻撃に回していた分の意識を防御に回している(苦行を経た悟り)からこそ貫通を許していないが、それが無ければ即座にこの肉体を穿たれる結果となるだろう。

 しかし、ただ防御に徹すれば良いという訳ではない。攻撃は徐々に、しかし確実にヒエロニムスの五体を削り取ろうとしている。

 

 そうこうしている間にも盾にしていた儀仗が中程から折れ曲がり、吹き飛ぶ。金属の圧し折れる甲高い音が鳴り響き、破砕された儀仗の残骸がヒエロニムスの足元に突き刺さる。足元に転がった自身の儀仗、その残骸を目視し、ヒエロニムスは己の劣勢を悟った。

 

 ヒエロニムスは自身の役割、それを十全に果たしていない。何の為に生まれ、何の為に戦い、何の為に存在するのか――彼はまだそれを知らぬ。

 

 瞬間、ヒエロニムスの中に存在した何か、表現できぬ何かが爆ぜた。それは本能の爆発か、或いは理性的な攻撃行為だったのか、彼自身にも分からなかった。

 見えぬ肉体から放たれる全力の咆哮、それは周囲の瓦礫を吹き飛ばし、飛来していた弾丸を一時的に弾き飛ばす。断層、音による衝撃波、その波はアビドスを一瞬のみ硬直させ足を止める。

 そして、それこそが彼の狙い。

 

 儀仗を投げ捨て、四本の腕を勢い良く組み、突き上げる。

 打ち鳴らされた手が凄まじい轟音を打ち鳴らし、彼の巨人の後方に浮かぶ円環が眩い光を放ち始めた。

 再度足元に刻まれる紋章、地面の底から吹き出す白き灯、古聖堂地下のみならず古聖堂地区全体が振動を始める。それは彼の者が持つ力の中で最も概念として崇高に近しいものの一つ。

 

砂漠(アビドス)の苦痛】――是を以て周辺諸共、この古聖堂を更地にする。

 

 明らかな大技の準備を前に、アビドスの全員がその目を鋭く変化させる。ヒエロニムスを中心に莫大な神秘の収斂を、収束を感じ取った。恐らくこれから放たれる一撃は過去類を見ない類の一撃、それこそ地区の一つを吹き飛ばして尚余りある爆発。真面に受ければ召喚された彼女達は兎も角、この場に居るアリウス、補習授業部、そして地上の生徒達は皆消し飛ぶ結果になるだろう。

 

 ――そんな事は、絶対にさせない。

 

 後方にて観に徹していた先生が、タブレットを取り出し一歩を踏み出す。

 吹き抜ける熱波が、その頬を焼いた。

 直ぐ後ろに立っていたミカが咄嗟に手を伸ばす。けれど、その指先が届く事は無くて。

 

 その姿を横目に捉えたホシノが静かに、けれど深い笑みを口元に湛え愛銃――Eye of Wadjetを構える。嘗て用いていたショットガン(Eye of Horus)とは異なる、もう一つの固有武器(彼女の過去)。片手に持っていた防弾盾を勢い良く地面に深く突き刺し、ホシノは全幅の信頼を込めて叫んだ。

 

「――先生ッ!」

「あぁッ!」

 

 ――応えるとも、その声に。

 

 掲げたタブレット(シッテムの箱)を通じ、先生の体から青白い光が滲み出す。同時に、ホシノのヘイローが煌々と輝き、折り重なった青と白が彼女の身体を、愛銃を包み込む。懐かしい、泣きたくなる程に懐かしく、愛おしい感覚。

 まるで先生が直ぐ隣に居るかのような温もり。

 その暖かさを噛み締め、両手で愛銃を握り締めたホシノは両足を思い切り踏ん張る。

 目前にて輝くヒエロニムス、その光を真っ直ぐ、蒼と黄金の瞳で以て捉えた彼女は。

 

 けれど、その輝きに負けぬ光を以て叫ぶのだ。

 

キヴォトス最高の神秘(先生と一緒の私)は――伊達じゃないよッ!」

 

 そうして放たれる――キヴォトス最高濃度の神秘砲。

 青白い光はその銃口に集い、輝く銃身から放たれる極光は宛ら一条の光の如く駆け抜けた。

 眩く地下を照らし、突き抜ける軌跡(ライン)。足元の地面が捲り上がり凄まじい衝撃と熱波が先生の、生徒達の肌を打ち据える。弾丸は螺旋を描きながら壁に押し付けられたヒエロニムスの胸元へと着弾し、そのまま壁ごと空間を抉り、炸裂する。

 直後凄まじい閃光と爆炎が網膜を焼き、熱風が儀仗の破片を舞い上げた。

 ヒエロニムスの一撃が拡散する力ならば、ホシノのそれは一点集中した力の波動。しかし、収束して尚その密度は余りにも高く。傍目には砲撃か何かにしか見えない。正しく必殺(EX)の一撃。

 

「ッ、なんて――……」

 

 呆然とその戦いを見ているしかなかったアズサ、そしてコハルは思わず息を呑む。地面に這いつくばり、自分達を襲う熱波をやり過ごしながらしかし、その目だけは離せずにいた、その光から――その圧倒的な力から。

 

 そうして砂塵が晴れた頃に現れるのは、祈っていた四本腕を諸共抉り穿たれたヒエロニムス。その胸元は円形に抉れ、奥に見える石壁もまた大きく陥没し、貫かれていた。ぎこちなく震え、焼き切れた赤布を被ったその頭部が、消し飛んだ自身の胴体に向けられる。嘗てのベアトリーチェと戦った時よりも深く、大きく、最早存在しない空洞を暗闇が見つめる。後方に浮かぶ円環から光が失われ、音を立てて地面に崩れ落ちた。集っていた力、神秘の波動が失われ、霧散する。

 

「このタイミング――逃しません!」

 

 上半身を吹き飛ばされたヒエロニムス、しかしアビドスは決して油断などしない。アヤネのドローンが素早く上空に位置取り、それを確認するまでもなく退避するホシノとセリカ。

 ドローンが警告音を発し、その下部ストレージがパージされる。それは人の頭程の大きさで、黒い外装にて補強された――特製爆弾。

 ゆっくりと落下していくそれを見つめながら、ホシノは空になった弾倉を愛銃から取り外し、告げる。

 

「まさかとは思うけれど、それ(ヒエロニムス)、先生の真似? ……ははっ」

 

 口元を歪め、嘲笑い、ホシノは空になった弾倉(マガジン)を項垂れるヒエロニムスに向かって軽く投げつける。そして空の弾倉が地面に当たって跳ねるのと、アヤネの投下した爆弾が炸裂するのは、殆ど同時であった。

 

「――泥人形以下だね(消えろ 贋作)

 

 瞬間――爆発。

 凄まじい爆炎が周囲を照らし、ホシノ達の背中を熱波が照らす。瓦礫片が周囲の石壁を殴打し、臓物が浮き上がる様な衝撃が先生達を襲った。

 地面に這いつくばりながら爆風をやり過ごした生徒達が目を見開けば、ヒエロニムスの立っていた場所は大きく抉れ、黒ずんだ煤の様な残滓が、あの恐怖を体現したような怪物の存在した唯一の証明だった。

 

 燃え盛る炎を背に歩く四人の影――アビドス対策委員会(嘗て業火に焼かれた少女達)

 大敵をいとも容易く屠った彼女達の視線は、ただ真っ直ぐ。

 

 先生だけを見つめていた。

 


 

 次回「三分だけの逢瀬(奇跡)

 

 この小説の最終編を書き終えて、まだ私が力尽きていなかったら。

 いつか後書きに書いた、何かの間違いでキヴォトス着任した約束の日ではなく、先生が死んで動乱が起こった世界線に飛ばされた話とか書きたいですわね。まぁ、その前に各グループ内でのバッドエンド世界線の話が先かもしれませんが。

 

 確かに死んだ先生が、喪った手足どころか命すら取り戻して自分達の前に現れたら、きっと彼女達は死に物狂いで先生を手に入れようと足掻くのでしょう。素晴らしき愛ですわね……。最近は本編で先生がクソ程ボコボコにされていましたから、久方振りに純愛心を満たす事が出来ましたわ。

 以下、完結後に生きていたら書きたいものリストですの。

 

 ・先生が死んだ後の世界に、生きてる先生をぶち込む世界線。

 ・各グループ(セミナーとか、風紀委員会とか、そういう括り)に寄り添った先生のバッドエンド世界線。

 ・「ブルーアーカイブ」ならぬ「ぶるあかっ!」的な平和な世界線。

 ・更に過去に遡って、幼い頃のアリウス・スクワッドと共に歩む世界線。

 ⇒これで正史通りのストーリーライン辿って、先生の腹をぶち抜いた後で、自分に向かって微笑む大人が嘗て自分達に寄り添ってくれた先生だと気付いて「――先生?」ってなる展開とか考えたけれどこれまたウン十万字になりそうでサクラコ様の過酷な表情になりましたわ。

 

 大事な人を手に掛けてしまった瞬間の、どうしようもない過ちを犯してしまったという衝撃と、現在のこの光景を否定しようとして揺れる瞳と、どうしてこんな事をしてしまったのだという罪悪の入り混じった表情は確かな愛の証明ですのよ。その人が大切だからそういう顔をするんですの、だからこそ其処には紛れもない愛があるのですわ。時間的で移ろいゆく見かけだけの、表面をなぞる様な好意ではない、真に想っているが故の感情の発露というのは残酷で、そして取り返しのつかない瞬間にこそ一際強く輝くのです。

 その時、あなたは美しいのですわ~ッ! 愛とは、斯くも素晴らしいものなのですわ~! ラブ&ピースなのですわ~ッ!

 

 信仰、希望、愛――これらの内で最も偉大なものは、愛です。

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