めちゃ長くなったのでエピローグを二つに分けますの!
今回は生徒が日常に戻っていくパートですわ!
「よくも、よくもッ、このマコト様を騙したなぁああああッ!?」
「……うるさっ」
ゲヘナ自治区――万魔殿、執務室。
一人、執務机に積み上がった書類を前にして叫ぶ議長、マコト。そんな彼女をソファに座りながらペンを片手に眺めるイロハ。片方は顔を真っ赤にして怒り狂い、もう片方はそんな上司の姿に辟易とした態度を隠さなかった。
「イロハ! おい、イロハッ!? 今すぐアレを用意しろ! このままやられっぱなしでたまるものか……ッ!」
「アレと云われても何の事だかサッパリですし、というか何なんですか一体」
「何もクソもあるかッ! トリニティの連中、このマコト様に先生が死んだ等と誤情報を流しおってッ……!」
そう、彼女が憤慨しているのはシャーレの先生が死亡したという情報が誤りだった為だ。妙に真面目ぶった顔つきで今後の身の振り方、そしてゲヘナの在り方を真剣に考えていた彼女はしかし、つい先程トリニティから齎された、「えっ、先生ですか? 無事ですけれど?」みたいな布告を前に憤慨していた。
更に、その情報を前にしてパンデモニウムソサエティが目の仇にしている風紀委員会が微塵も驚かなかった事も、マコトの怒りに拍車を掛けている。ついでにマコトの目の前に居るイロハも驚いていなかったが、その事には全く気付いていない。
机をバンバンと叩き憤怒を露にする彼女を前に、イロハはこれ見よがしに溜息を吐き出しながら告げた。
「いや、別にそれはトリニティ云々ではなく、うちの情報官が――あぁ、聞いていないですね、はい」
「くそっ! 何が共同戦線だッ、トリニティの気に入らない連中の事だ、十中八九先生の負傷を餌にゲヘナの戦力を引き出していたに違いない! 内部戦力まで出して、このマコト様が秘密裏に運用する予定だった費用が、予算が……うぎぎぎッ!」
勝手に脳内で完結し、勝手にトリニティを悪者に仕立て上げるマコトを最早誰に止められる筈もなく。被っていた帽子を両手で握り締め、歯を食い縛るゲヘナ
「そう云えばコレ、今朝提出するのを忘れていました」
「ん……? 何だ、これは」
「何だって云われましても」
報告書の類にしては妙に厚い紙束。それを差し出されたマコトは無意識の内に受け取り、中身をぱらぱらと捲って確認する。視界に並ぶ数字の羅列、そして後半には妙に格式張った堅い物言いの文書。この書式には見覚えがある、憎きトリニティが用いているものだった。
「先日の戦闘で掛かった弾薬、燃料、食糧、被服……まぁ諸々掛かった費用、そのまとめです」
「………」
「あぁ、後
「お、おい、イロハ……?」
「では、私はお昼寝――こほん、格納した虎丸の整備がありますので、これで」
「ま、待てイロハッ! おい、イロハッ!?」
■
「ナギサ様、御身体の具合は――」
「最初はヘイローが砕けるかと思いましたが、今は多少落ち着きました」
救護騎士団、病棟――個室。
一般生徒の立ち入りが禁止されているその場所にて、一人ベッドの上で上体を起こすナギサ。そんな彼女の傍に立つのは同分派の行政官であり補佐官でもある生徒、その手には幾つかの書類を抱えていた。
「本当にご無事で何よりでした、今はどうかご無理をなさらず」
「いえ――私ばかりが寝ている訳にはいきません……件の最中、殆ど役立たずでしたから、せめて事態の収拾にはホストとして動かなければ示しがつかないでしょう」
「ナギサ様……」
そう云って用意されていたベッドテーブルの上でペンを走らせるナギサ。未だ体の傷は癒えていないが、かと云って寝たきりという訳でもない。腕と頭が動くのならば書類仕事位は出来る。目が覚めてからというもの、彼女はひとりこの病室で黙々と執務を行っていた。
「ところで、何か御用があっていらっしゃったのですか? 今朝に必要分の書類は頂きましたが――」
「あっ、そうでした、その、代行業務を行っているミカ様から手紙を預かっておりまして」
「ミカさんから……?」
その言葉に、ナギサはぴくりと眉を動かした。
現在、トリニティのホストはナギサのまま変更は為されていないが、彼女が動けない以上実質的にホストとして活動しているのはミカであった。と云っても、彼女は本来であれば拘束されている身の上な為、その行動は常に監視され権限の殆どは一時的に剥奪されている。ティーパーティーとしての権限を用いる場合は、一度ナギサの元に持ち込まれ認可を得るという形で行使されていた。
救護騎士団、シスターフッド、正義実現委員会、その何処も現在は多忙を極め組織再建に従事している。その為、一時的な措置として代行の肩書を持って貰っているのだが――。
まさか、現状の体制を批判する声が上がっているのか? 一時的な措置とは云え、彼女を復帰させたのが拙かったか。そんな思案と共に手紙を受け取り、そっと封を切る。中には何枚かに分けられた上質な便箋が入っていた。
『やっほ~ナギちゃん! これを読んでいるって事は、もう目が覚めたんだよね? ミサイルが撃ち込まれてからずっとぐっすりだったもんね! あんなに色々あったのに気楽にスヤスヤ寝ていたなんて、ホストとして中々皆には見せられない姿じゃんね? まぁ、ずっと頑張っていたんだし休んで欲しいとは思っていたけれどさ、そこまでぐっすりだなんて思わなかったよ!』
『取り敢えず起きたならちょっとお願い聞いてくれない? 早めにホストに復帰して、どうにかしてくれると嬉しいんだけれど! 今、ティーパーティーって私しか居ないから、代理として色々執務というか、会議とか決裁? とかやっているんだけれど、面倒くさすぎて半日で飽きちゃった! 独房から特例措置で一時的に出して貰えるのは有難いけれどさ、こういうデスクワークっていうの? ホントきら~い! だから早く帰って来てナギちゃんが代わりにやってくれると嬉しいな☆』
『あ、あと前の戦闘で手が荒れちゃったから、ハンドクリームとか買って来てくれる? 私がいつも使ってる奴、売ってる場所は後で教えるね? 流石に私も外出までは許されていなくてさ~、ちょっと位良いと思わない? あ、どうせならヘアドライヤーも買い換えようかな、ナギちゃんがいつも使ってる奴! あれ、凄く高い会社の最上級モデルでしょ? ナギちゃんの髪質が良くなったタイミングで変えた奴、私知っているんだから! あとさ、部屋のバスタオルが――』
ぐしゃりと、ナギサの手の中で手紙が握り潰された。
小刻みに震える指先が、彼女の内面をこれ以上ない程に確りと表現している。彼女の無言の怒りを感じ取った行政官は、恐る恐ると云った風に問いかけた。
「な、ナギサ様……その、どうしましょう? やはり、監獄ではなく――」
「ミカさんのお食事は今後、全てロールケーキだけで構いません」
「はい――はいッ!?」
■
「うぅ……」
「……あ、アル様」
「戻って来てからずっとあんな調子だね」
便利屋68――アビドス自治区事務所。
そこにはひとり執務机にへばりつき、グズグズと鼻を啜るアルの姿があった。向かい合ったソファに座るハルカ、カヨコ、ムツキの三名はそんな自分達のリーダーの姿を見つめ、不安げだったり、心配そうだったり、或いは不思議そうだったり。
いつも通り、とはいかないものの、それに近しい雰囲気の仲間達を見たアルは、その赤く腫れ上がった目元を拭いながら恨めしそうに声を上げた。
「寧ろ、何であなた達はそんなに平気な顔をしているのよ……? だって、先生が、先生が――……」
「いや、確かに大怪我はしちゃったけれど……」
カヨコがそう口にすると、アルはその目つきを鋭く変化させ机を叩き立ち上がった。
「大怪我どころじゃないわよッ!? 先生は、せんせいは、しっ、死――ッ!」
「えっ、先生は生きてるよアルちゃん?」
何処か鬼気迫る表情で叫ぶアルを前に、ムツキは目を瞬かせながらそう宣う。
数秒、部屋の中に沈黙が降りた。
「……えっ」
「社長、聞いていなかったの? 先生、死亡判定受けた後に奇跡的に息を吹き返したって」
「は、はい、確かにそう、トリニティのハナコさんという生徒から教えて頂いて――」
「あ~……そう云えばアルちゃん、ずっと戦闘終わってから上の空だったもんね? 私達が喜んでいる時もずっとそんな調子だったし、もしかして聞き逃しちゃってた?」
「な、な……なっ」
然も当然の事の様に皆がそう云って、それが質の悪い冗談でも何でもない事を理解したアルは。
その身体を小刻みに震わせながら天を仰いだ。
「なんですってぇ~~ッ!?」
「くふふっ、アルちゃんてばずっと勘違いしてたんだ?」
白目を剥き、絶叫するアルを前に腹を抱えてケラケラと笑うムツキ。本人からすれば笑い事ではないのだろうが、てっきり皆知っているものだとばかり思っていた為、どうしても間の抜けた格好に映ってしまう。びりびりと窓硝子を震わせる絶叫に、不穏気だった部屋の空気が一変した。
「はぁ、本当に聞いていなかったんだね、道理で様子がおかしいと思った」
「あわわっ、あ、アル様……!」
カヨコは気だるげに溜息を吐き出し、ハルカはおろおろと右往左往している。何となくアルの様子がおかしいとは思っていたのだが、まさか聞いていなかったとは思わなかった。アルは頭を抱えたまま机に突っ伏し、続けて叫んだ。
「し、知らないわよ、そんな事ッ! えっ、え、先生本当に無事なの!? 生きているのッ!?」
「今は治療と諸々の事情でトリニティに居るらしいよ? 風紀委員会も無事だって云っていたし……」
「シャーレのアカウントもちゃんと動いているよ」
そう云ってカヨコが手に持っていた端末をアルに見せれば、そこにはシャーレの公式アカウントからお知らせという形で、先生の所在が現在トリニティにある事を告知していた。急ぎの御用は此処まで――という文言と共に綴られるそれに、アルはわなわなと唇を震わせる。
「な、何でっ、あぁもう! じゃあ今からでもトリニティに――」
「騒動の影響で今は復興作業中だし、あの戦闘以降ゲヘナとトリニティの関係はいつも通り険悪だから、今はやめておいた方が良いと思うけれど」
「確かゲヘナの機甲部隊がトリニティの建物とか吹き飛ばしたんだっけ? あははっ、面白~い」
「あ、アル様のご指示があれば、トリニティの道中を邪魔する全員を吹き飛ばしますが……!」
「それはやめてッ!?」
恐ろしい言葉と共に銃火器を取りに行こうとするハルカを止め、アルはその場に突っ伏す。自分の不注意とは云えまさか、そんな重要な言葉を聞き逃すとは痛恨のミス。歯ぎしりし机に頬を引っ付かせながら頭を抱えるアルは思う、逢いたい、先生に逢いに行きたい――だが相手はトリニティ、敵地の中の敵地とも云える場所である。そう易々と許可が出るとは思えない。こんな事ならトリニティに留まって先生に会いに行けば良かったと後悔する。
「それに今からトリニティに戻るって云っても、交通費は足りるの?」
「あははっ、向こうで色々散財しちゃったもんね~、生活費くらいはあるけれど、往復分のチケットを四人分買ったら厳しいんじゃない?」
「え、えっと、ギリギリ……ですね」
「ぐ、ぐぅう~ッ……」
皆の言葉に、アルは涙を呑んで歯ぎしりする。どちらにせよ、今はただ待つ事しか出来ないのが現実だった。
■
トリニティ中央区――救護騎士団本棟。
患者に埋め尽くされ、多くの団員が忙しなく動き回る病棟と渡り廊下で繋がったその場所。そんな喧騒の中に、ふと差し込む人影があった。彼女は本棟へと繋がる通路へと運ぶと、不器用に扉を開け放つ。彼女の持つ盾が床に擦り、音が鳴った。それに釣られて視線を向けた団員たちが――ぎょっと目を見開く。
「皆さん」
「えっ……だ、団長!?」
「団長!?」
声を上げたのはセリナとハナエ。医療品を両手に駆け回っていた彼女達は、その額に汗を滲ませながら驚愕の表情を以て彼女――救護騎士団の団長、蒼森ミネを見つめていた。彼女は愛用の盾と愛銃を片手に、深く頭を下げる。その淡い蒼の髪が揺れ、彼女の羽が小さく折り畳まれた。
「何も云わず行方を晦ませて、ごめんなさい」
「だ、団長ぉ~ッ!」
「い、今まで一体何処に……!? そ、その、団長が不在の間に、本当に色々な事があって……!」
「えぇ、存じています」
ハナエが一も二も無く彼女に飛び込み、ミネはその豊満な胸を以て軽々と彼女を受け止める。体の芯は微塵も揺らがず、色々な伝えたい事に口をまごつかせるセリナを前に、彼女はいつも通り力強く、しかし慈しむ様な笑みで以て応えた。
「随分とお待たせしましたね……遅ればせながら、ただいま戻りました」
■
「アコ、次の書類を」
「は、はいッ……!」
ゲヘナ自治区――風紀委員会本部、執務室。
そこで凄まじい勢いでペンを動かすヒナと、アコの姿があった。山の様に積まれた未決裁書類を片っ端から目を通し、分類していくヒナ。そんな彼女の姿にアコは何処か困惑の表情を浮かべ、問いかける。
「ひ、ヒナ委員長、今日は一段と手が早いようですが――」
「ミスはしていない筈」
「はい、それはそうなのですが……」
呟き、決裁済の書類を手に取るアコ。全てきちんと目を通した上で判断しているのは理解しているし、その辺りは信頼もしている。しかし、普段よりもペースが二倍近く早い。これは何かあると疑るのは当然の帰結とも云えた。
「その、何かご予定でも――?」
「午後から先生のお見舞いに行く、だから今の内に午後の分も終わらせたいの」
「え、あ、し……しかし、現在のトリニティは」
「ティーパーティー、まぁ正確に云えばシャーレ側からになるけれど、認可は取り付けてあるから問題ない」
「そ、そうですか……」
相変わらず隙の無い解答。現在トリニティ本校舎は正式なトリニティの学籍を持つ生徒以外出入り禁止になっている筈だが、いつの間に段取りを整えたのか。アコは臍を嚙む思いで言葉を呑み込んだ。思うのはただひとり、先の騒動で負傷した先生の事。
心配する気持ちは勿論ある、息を吹き返したと云っても欠損はそのままで、眼球と腕を喪ったと聞いた。今後の生活にも大きく影響が出るだろう、普段は多少なりとも世話になっているので助力できる事があれば、まぁ――手を貸す事も吝かではない。
しかし、それはそれとして、
「どうしたの、アコ? 何か、凄くこう、過酷な顔をしているけれど……?」
「いえ――ただ心が、二つあるだけですので」
「……?」
■
「此方も、酷い状態ですね――」
古聖堂地区、中央地区へと通じる大通りにて。
スズミは灰色の制服を靡かせ石畳の床を歩く。周囲には爆発によって崩れたり、弾丸が残ったままの建物が多く見られた。公道も罅割れ、抉れた石畳も散見され、圧し折れた外灯や標識が横たわる様にして道を塞いでいる。それらを見つめながら、スズミは思わず呟いた。
「あれ程綺麗だった街並みが、こうも簡単に……」
砲撃や爆発によって崩れ落ちた建物群、特に遠目に見える古聖堂の辺りは酷い。調印式会場で大きな爆発があった事は知っていたが、これほどまでの破壊跡を刻みつける爆発とはどの程度のものだったのか。考えるだけでも血の気が引く。
トリニティによる復興作業は既に始まっていた。しかし、まずは人口と機能の集中している中央地区からの着手となっており、半分以上が崩落した古聖堂本棟や、その周辺に関しては後回しにされているのが現状である。戦闘の影響によって崩落の危険性がある建築物などもあり、一時的に古聖堂周辺は避難区域に指定されていた。
「………」
足元に転がっていた瓦礫を跨ぎ、スズミは唇を噛み締める。
やはり争いは何も生み出さず、不幸な結果しか残さない。
争いなど起こるから――先生だって、あんな。
「っ……!」
咄嗟にスズミは自身の頬を軽く叩いた。要らぬ思考を交えそうになった、今はパトロール中、気分を沈ませ判断を誤る様な事はしたくない。スズミは自身の感情を噛み締め、飲み下す。そっと愛銃のグリップを握り締め、二度、三度深呼吸を行った。
「あっ、居た、スズミさん!」
「……レイサさん?」
人通りのない道に、聞き覚えのある声が響く。振り向くとカラフルな髪色を靡かせ駆ける生徒、レイサの姿があった。ずり落ちそうになる銃と鞄を手で押さえながら、彼女は焦燥した表情で叫ぶ。
「あのっ、あっちの方で何か揉め事があったみたいでしてッ!」
「揉め事? この一帯は避難区域に指定されている筈ですが、一体誰が――」
「何でも、不良生徒が勝手に無人の公共施設を占拠し、アジト宣言したとか何とか……」
「――直ぐに向かいましょう」
告げ、即座に判断を下す。避難後の建築物を無断で占拠し、あまつさえアジト宣言等、一体どういう神経をしているのか。スズミは銃を抱え直しレイサの指差した方向へと足を向ける。
「復興作業が進む中で、そのような事は論外です、直ぐに鎮圧します」
「は、はいッ!」
スズミがそう告げ駆け出せば、レイサも嬉々として後に続く。何事かあるかもしれないと出向いて見ればコレだ、本当に正義の道は程遠い。
しかし。
「正義とは、小さな一つを正す事から始まるのですから……!」
例え自身のこの行動が、ほんの些細な影響しか持たないとしても。
小さな一つを正す行為に、意味は確かにある筈なのだ。
■
「セナ部長」
「……チナツですか」
ゲヘナ自治区――救急医学部本部、病棟。
ゲヘナ側の負傷者が運び込まれていたその場所は、大勢の生徒達の影によって埋め尽くされており、忙しなく部員たちが駆け回っている。その病棟の端に簡素なスチール机を置き、執務と指示出し、時折治療を行う救急医学部の部長、セナ。彼女の元に何枚かの書類を携え現れたのは、風紀委員会のチナツであった。
彼女は多忙を極める病棟内を軽く見渡した後、手にしていた書類をセナに差し出す。
「此方、風紀委員会の方で使用した医療備蓄のリストです、先の戦闘の規模が規模なだけに、かなり消費が激しく……」
「確かに、後で確認して消費分を倉庫から運ばせておきます」
「ありがとうございます」
差し出されたそれを受け取りながら、セナはチナツを一瞥していた視線を机の上に戻す。机上には幾つものファイルが収納、積み重なっており、救急医学部の部長として決裁を必要とする書類もまた纏めて置かれていた。
彼女の補佐官らしき生徒の姿は見えない、どうやら自分ひとりで処理するつもりの様だ。それも仕方ない事かとチナツは内心で零す、風紀委員会も此処最近は似たような状態で、周囲の駆け回る救急医学部の部員達を見ればその現状は察して余りある。エデン条約での騒動に触発され、暴れ回るゲヘナの生徒も一定数存在し、その取り締まりと負傷者の発生で何処も手が足りていなかった。
ずらりと並んだ病床、そして其処に伏せる負傷者の数々を見つめながら思わず呟く。
「……まだ、ベッドの空きは出来そうにありませんね」
「仕方ありません、あの事件から然程日も経っていませんから」
告げ、セナは軽く自身の目元を揉み解す。チナツの知る彼女は鉄人も斯くやという人物であるが、流石にこうも連日多忙が続くと疲労が滲むらしい。然もありなんとチナツは肩を竦める。彼女の目元には薄らと隈が見えた。
「この様な時に云うのも何ですが、戻って来ても良いのですよチナツ? あなたは即戦力ですから、手伝って頂けるなら大変心強い」
「いえ、その、私は風紀委員会の所属ですから」
「そうですか、残念です」
最初からその返事を想定していたのだろう、セナはいつも通り淡々とした様子で答えた。
そうこうしている内に本部の入り口から、「急患です!」という声が響く。セナは手にしていたペンを机上に置き、立ち上がった。
「仕事です、私は死た――」
そこまで口にして、セナの身体が強張り、不自然に硬直したのが分かった。
彼女が患者や負傷者の事を、『死体』と口にしているのは周知の事実だ。チナツも何度も耳にした言葉だった。しかし、彼女はその言葉を途中で止め、何やら顔を顰めている。薄らと、その額に汗が滲んでいるのが分かった。それは誰の目から見ても分かる程の、彼女らしからぬ態度だった。
「……部長?」
「――いいえ、何でもありません」
チナツが問いかければ、セナは軽く首を横に振って息を吐く。二度、三度、まるで自身を落ち着ける様に。そうして数秒程目を瞑った彼女は、いつも通りの調子を取り戻しチナツに向かって淡々と言葉を紡いだ。
「急患の対応を行いますので、また今度」
「……はい」
告げ、颯爽と去って行くセナ。その背中を見送るチナツは、軽く首を傾げる。
思い違いだろうか? 何となくだが、今のセナからは妙な違和があった。しかし前を見据え確固たる歩調で部屋を後にする彼女の姿は、いつも通りだ。
結局、その違和感を掘り下げる事をせず、チナツは風紀委員会への帰路就く。背後からは変わらず、患者と部員達による喧騒が響いていた。
■
アビドス自治区――アビドス高等学校、対策委員会本部。
「ふは~ッ、やっと帰って来れたぁ~……」
「何だか、懐かしさすら感じちゃいますね☆」
「こ、校舎ってこんなに暑かったっけ?」
「ん、空調……」
「あ、あはは、確かに今回は色々ありましたから」
トリニティ自治区より、
ホシノは担いでいた防弾盾を部屋の隅に置き、ノノミは壁に設置されたガンラックに愛銃のリトルマシンガンⅤを立て掛ける。シロコとセリカもそれに倣い、アヤネは背嚢に仕舞っていたドローンを取り出し、デスクの上にそっと置いた。次いで空調のリモコンを手に取りボタンを押し込めば、暫くして冷風が皆の肌を撫でつける。疲労から動く気になれなくて、各々パイプ椅子に腰掛け暫しの休息を享受していた。
「はぁー、それにしてもトリニティの連中、何だってあんな突然、別に締め出すような真似しなくても良いじゃん……」
「まぁまぁ、セリカちゃん、向こうにも色々理由があるんだよ、特にトリニティみたいな大きな学園じゃどうしてもねぇ」
「先輩は寛容過ぎ! 私達だって先生の傍で護衛とかしたかったのに……! それに、私達って一応シャーレにも在籍している生徒って扱いでしょ!?」
「まぁ、確かにそうですが、向こうも一応は命令ではなく『お願い』という形でしたし」
「あそこで要らない波風を立てる必要はないよ~」
椅子に凭れ掛かりながら、自身の膝を拳で叩くセリカ。それに対してホシノは飄々とした態度で答える。
戦闘後、以前の様にトリニティ本校の敷地内に留まろうとしていたアビドスに対し、トリニティ側は組織再編及び復興作業とそれに伴う警備強化という文言で退去を要請して来たのだ。それはアビドスに留まらず、正式にトリニティに学籍を持たない生徒は残らず本校舎敷地内から放り出すという徹底ぶり、しかもアビドスの様なシャーレ所属の生徒ならまだしも、そうではない生徒に対しては正式な指示、或いは命令として校外へと追いやっていた。当初は抗議を行うつもりであったアビドスであったが、ホシノが代表として暫し行政官と交渉し、幾つかの問答を経た後、何やかんやの末にアビドスの面々は先生やヒフミとだけ挨拶を交わし、アビドス自治区へと帰還する羽目になった。
彼女達からしても色々と思う所はあるが、トリニティ側の事情も理解出来る。故にアヤネは苦笑を零しつつ窘める様に言葉を紡いだ。
「気持ちは同じですが、あのような事があったばかりですから……」
「ティーパーティーの方も色々な事情がありそうでした、元々トリニティは幾つもの分派が集まって出来た総合学園という話ですし、一枚岩という訳ではないのかもしれませんね」
「ん……それに、先生にはいつでも連絡して良いって言質も取った、ヒフミも先生に付いてくれているし、小まめに近況報告もしてくれるって」
「ま、今はそれで我慢するしかないよねぇ」
トリニティを後にする事にはなったが、何の収穫も無かった訳ではない。本来なら本校舎の近い場所に宿でも取って張り込みたい気持ちもあったが――アビドスは元々金銭事情が切迫している。何は無くとも金が無ければ生きていけない世の中、バイトの事もあるし、自治区をずっと空けておく訳にも行かず、暫くはアビドスに留まる事になるだろう。パイプ椅子を軋ませながら伸びをしたホシノは、どこか消化不良気味な皆を見渡しながら告げた。
「……落ち着いたら、また皆で先生に会いに行こっか」
「えぇ、そうですね」
「あったりまえよ!」
「ん」
「はい!」
ホシノの言葉に、対策委員会の皆が賛同する。ホシノはゆっくりと椅子に身を預けながら、窓硝子越しに広がる青い空を眩しそうに見上げた。照りつける太陽は、今日も彼女達を見守っている。
■
「ッく、何故このような仕打ちを、私とあの御方の仲を引き裂く事など、何人たりとも許される筈が――ッ! あの方の御心を、真に理解出来るのは、このワカモのみだと何故……ッ!」
「な、何か、ワカモが凄く怖いんだけれど……?」
シャーレ居住区、休憩室にて。
ソファに座りながらも俯き、ぶつぶつと恨み言を垂れ流すワカモを前に、ミチルは何処か戦々恐々とした様子で呟いた。
シャーレの即応部隊として活動している彼女達は、常日頃百鬼夜行にある古い部室と、このシャーレの間を往ったり来たりしている。当初は大変だと思っていたが、いざこうした生活に慣れてみると中々どうして悪くない。そもそもシャーレ内にはコンビニや図書室、体育館にゲームセンターまで用意されているのだから居心地が良いのは当たり前だった。
特に教室や視聴覚室等、授業を受ける環境も全て整っているので、何ならBD関連の教育は全てシャーレ内で済ませてしまえる程。流石にそれは拙いと定期的に百鬼夜行の自治区にも戻っているが、最近は殆ど入り浸り状態だった。今は、先生が不在の為留守を預かっているという表向きの理由もあるのだが――。
「えっと、その、部長、イズナちゃんの方も……」
「あるじどのぉぉお~~ッ!」
ミチルがふと背後を見れば、テーブルに突っ伏して蹲っているイズナの姿。耳がしんなりと垂れ、尻尾が凄まじい勢いで床を叩いてた。傍で必死に窘め、背中を撫でつけるツクヨは背を曲げながらティッシュ箱を引き寄せる。イズナの頬は涙で覆われ、鼻水まで垂れていた。
「い、イズナちゃん、鼻水、ほら、ち~んしよ……?」
「イズナはッ、いずなは、肝心な時に、何も、何もぉお……――ぢ~んッ!」
先生の負傷を聞いて取り乱し、何故気付けなかったのだと泣き喚き続けるイズナ。甲斐甲斐しく世話を焼き、必死に元気付けるツクヨ。トリニティから追い出され恨み骨髄と云った様子のワカモ。そんなメンバーを見つめながらミチルは腕を組み唸る。
元々、エデン条約の会場が爆破され、大事になったという情報は広く報道されていた。当初その映像を見ていた時は、思わず大口を開けて呆然としていたものだ。シャーレ休憩室でその映像を見ていたイズナが我先にと飛び出し、ミチルとツクヨも慌ててその背に続き、現場に向かおうとしていたのだが――同じような考えの生徒が多かったのか、或いは爆発による影響か、トリニティ古聖堂地区、及びトリニティ中央区画に通じる交通網は軒並み麻痺し、鉄道や電車は勿論、高速道路の類も軒並み封鎖されていた。
それでも何とか生き残っている交通手段と自分の足を駆使して現地に辿り着いた頃には、殆ど事態は収束しており。
そうして呆然としている内にトリニティ側から、「人多過ぎだし、今他の学園に構っている暇ないから帰れ(意訳)」と他大勢の生徒達と纏めて告げられ蜻蛉帰りする羽目になり、今に至る。
そう、正しく今回シャーレ組である自分達はワカモを除き、何の役にも立たなかったのだ。
その事に思う所はある、最初は凄まじい罪悪感と自己嫌悪で項垂れていた程だ。しかし過ぎ去ってしまった事は煩悶してもどうしようもない。反省し、己を戒め、改める。それもまた真の忍者を目指す上で必要な道――しかし、それはそれとして、今はこの爆発しそうな二名を何とかするのが先決だった。
「う、う~ん、やっぱり先生殿に会いに行くしか二人を宥める方法が思いつかない……」
「で、でも、今トリニティ中央区は、身分証明と正式な手続きを行って認可されないと入れないと――」
「そうなんだよねぇ、私達は兎も角、ワカモは、えっと、ほら……」
告げ、ミチルは言葉を濁す。シャーレとして動いている自分達は、必要に応じて実働部隊としての権限を用いても構わないと伝えられている。その立場を使えば強引にトリニティへと押し入る事も可能だろう。しかし、残念ながらその権限を用いてもワカモだけはどうにもならない可能性がある。何せ彼女は七囚人、災厄の狐と呼ばれる大犯罪者、こうして実際に触れあって、少なくない時間を共に過ごしたからこそ彼女が存外に理性的で、ごく一部の事象――主に先生関連――が絡まなければ真面である事を知っているが、世間はそうじゃない。
ましてや保守的な学園代表格とも云えるトリニティに於いて、彼女の様な存在が押し入ってしまえばどのような騒動となるか考えたくもない。只ですら多忙な先生の時間を、更に削り取る結果となるのは火を見るよりも明らかだった。
「先生殿の事は心配だけれど、それで騒動を起こしたりしたら本末転倒だし……う、うぅん」
「くッ……!」
「お、大人しく待っているしか、ないですよね……」
「あるじどのぉおお~ッ!」
ミチルが肩を落とし、ツクヨが賛同の声を上げる。その言葉にワカモは忌々し気に歯を軋ませ、イズナはより一層泣き喚くのだった。今しばらく、シャーレには泣き声と恨み言が響き渡りそうだと、そんな事をミチルは思った。取り敢えずワカモを窘め、イズナを元気づける為に、ミチルは奔走する事を決めるのだった。
■
トリニティ自治区――ティーパーティー、テラスにて。
「ふぅ、全くミカさんは――」
「あはは、ナギちゃんまだ全治って訳じゃないのに、めっちゃ元気じゃん!」
「ミカさんに執務を任せておけないだけです」
そう云ってナギサは、ティーテーブルに並んだ書類を手に取って、素早く目を通した。その対面では同じように書類に囲まれていたミカが、何が楽しいのか屈託のない笑顔を浮かべている。
ミカから手紙を受け取ったナギサは、その足でミカの元へと向かい執務の助力を申し出たのだ。てっきり割り当てられた執務室で仕事をしているのかと思えば、其処に居たのは大量の書類に囲まれた行政官が数名。ミカさんは何方にと問いかければ、戦々恐々とした表情でテラスを指差したものだから、てっきり仕事をさぼってティータイムにでも興じているのかと思えばコレだ。ミカは書類をこのテラスに持ち込み、紅茶片手にぶーぶー文句を垂れながら仕事をしていた。
何故テラスで仕事をしているのかと問えば、「だって今までずっと地下だったし、開放的な場所だったら気分も上がるかなぁ~って思って」と何の悪びれも無い返事が戻って来る始末。
ティーテーブルに重要な書類を持ち込むのは何事かと、隣り合うカップを見つめながら思考する。もし内容物が零れて書類に掛かったらどうすると云うのか、そうでなくとも風で飛ばされる可能性だとか、誰かに書類の内容を盗み見られる可能性があるだとか、そんな事を考えたが何の懸念も無いとばかりに笑うミカを見ている内に、そんな事に悩む自分が馬鹿らしくなった。
そうして対面に座り、無言でペンを要求したナギサは黙々と書類を捌いて行く。数分に一枚、嫌々目を通すミカとは雲泥の差だった。心なしか給仕の生徒の顔色が良くなり、雰囲気が明るいものに変わったような気さえする。
吹き抜けのテラスには、広場や学内の生徒達、その喧騒が良く聞こえて来る。特に復興作業と組織再編の只中にあるトリニティには、様々な音が溢れていた。本来であればその音は優雅なティータイムには相応しいものではないが、今の自分達にはこれくらいが丁度良いのかもしれないと、ナギサはそんな事を想う。
ふと、ミカは対面に座るナギサの表情、その変化に気付いた。積み上がった書類を読み進める内に不安や懸念が大きくなったのだろう。だからこそ彼女はふっと破顔し、肩を竦める。
「ナギちゃん、また眉間に皺が寄っているよ? 上手く行った――事はまぁ、少ないかもしれないけれどさ、でも何も得られなかった訳じゃないし」
「えぇ、そうですね……少なくとも、私が想定していたよりも騒動の収拾は早くつきそうです――ですが」
喪ったモノも、決して少なくはない。先のアリウス襲撃に加え、今回のエデン条約の騒動。結局
何より、今回の件で喪われた――先生の右目、そして左腕。
シャーレの先生、その負傷と欠損と云う分かり易い失態は、ナギサをして思わず目を覆いたくなる程のもの。エデン条約の調印式会場はゲヘナとの共同警備という形ではあったが、この条約を主導したのは自分自身。当然、強い責任と罪悪感を覚えてしまう。
果たして、自分はどのようにして償っていくべきなのか。
病床で横たわっていた時からずっと考えていたナギサは、その答えを未だ見つけられずに居た。
「――それでも、私達は前を向いて進むしかない……だろう?」
ふと、声が響いた。
それは二人にとって聞き覚えのあるものであり、しかし絶対にあり得ない筈の声だった。二人がはっとした表情で声の聞こえて来た方向へと顔を向ける。其処には酷く長い亜麻色の髪を靡かせ歩く、小柄な人影が一つ。肩に乗せたシマエナガが小さく鳴き、彼女の顔が陽光に照らされた。
「……やぁ、ナギサ、ミカ、久方振りの集合だね」
「せ、セイアさん!?」
「セイアちゃん……!」
余った袖を軽く振るい、微笑んで見せる少女――百合園セイア。
行方を晦まし、死亡したという偽りの情報で身を固めていた彼女は、久方振りにティーパーティー、その二人の前に姿を現した。記憶通り、寸分も違わぬ彼女の姿。怪我らしい怪我も見当たらず、その頭部にある大きな耳が小刻みに動いている。
「長い時間が経ち、色々な事があったが――私達はそろそろ、お互いに話し合うべきだと思ってね、云わなかった事、云えなかった事、そして本当は云いたかった事、誤解もある筈だ、信じられない事もある筈だ、たとえどこにも到達できないとしても……それでも、他者の心という証明不可能な問題に向かうしかない」
円形のティーテーブル、久しく空席であった彼女の席へとセイアは足を進める。随分と使っていなかった筈だが、彼女の席は綺麗に磨かれ、埃一つ被っていない。その事に彼女は笑みを零しながら、二人に向けて言葉を続けた。
「私達は皆、進まなければならないんだ、与えられた宿題をずっと背負いながら、それでもこの闇の中を、ただ、その先を目指して」
「……相変わらず難しい事ばっかり、セイアちゃん、だから友達いないんでしょ? ちょっとは自覚してる?」
予想だにしていなかった人物の登場、その事に呆気に取られていた二人。しかし、あまりにも普段通り過ぎる彼女の姿、そしてその小難しい言動にミカは再起動を果たした。
久方ぶりの再会、だと云うのに口をついて出たのは何とも酷い悪態。最初、しまったと顔を顰めたミカであったが、しかしそれはそれとして本音でもある。
云えなかった事、云いたかった事を口にしろと云うのであれば是非もない、それがミカの本音だった。
ぴくりと、セイアの眉が跳ねる。良く見なくとも分かった、「あ、怒っている」と。セイアは自身の椅子に手を掛けながら、やや棘のある口調で言葉を返した。
「……まずミカは、その良く鳴りそうな頭に、教養と品格を入れて貰った方が良さそうだね?」
「えっ、あの、お二人共?」
「でもセイアちゃんより私の方が強いし~? 何、今からでもやろっか?」
「何事も力で解決しようとする、君の様な生徒にはお似合いの思考だ、羨ましいよ」
「そんな貧弱な体だから銃弾程度で寝込んじゃうんだよ! ちょっと運動したら良いんじゃない?」
「適度な運動と過度な運動をはき違えているね、そもそもミカ、君の想定する運動というのは常人の――」
「んんッ!」
今にも勃発しそうな喧嘩、剣吞とした気配。二人の云い合いがヒートアップする前に、ナギサはこれ見よがしに咳払いを挟んだ。給仕の生徒が後退り、戦々恐々としている中で大きく溜息を吐く。
全く、何故こうも、この二人は――。
「はぁ、確かに話し合う事は大切ですが……喧嘩をしたい訳ではないでしょう、お二人共? 取り敢えず座って下さい、ミカさんも、トリニティの生徒たる者常に優雅に、お淑やかに」
「……は~い☆」
「……ふぅ」
ナギサの言葉に、ミカは張り付けたような笑みで返事をする。セイアも頭に血が上っていた事は自覚があるのか、自身の心を落ち着ける様に手に乗せたシマエナガを撫でつけながら席に着いた。
久方振りに揃ったティーパーティ、最早揃う事は無いのではないかと思っていたテーブルに揃う三人。パテル、フィリウス、サンクトゥス、それぞれの分派代表。二人の顔を見つめながらナギサは背筋を正す。セイアが復帰した以上、ホストとしての権限は彼女に返すべきなのだろうが――兎角、今は自分がホストなのだ。
その意識を持ち、彼女は告げる。
「これから、私達ティーパーティー――いえ、トリニティは変革を強いられるでしょう、それが良いものであれ、悪いものであれ、今までのまま在り続けるには様々な事が起こり、多くのものを喪い過ぎました」
それはティーパーティーへの信頼であったり、各派閥への関係だったり、ゲヘナとの諸々だったり、トリニティ自治区の治安だったり、建築物だったり、目に見えないもの、目に見えるもの、双方共にだ。
故に変化が必要だった。その変化を受け入れなければ、トリニティはそう遠くない未来このキヴォトスから消え去る事になるだろう。先人の残したもの、前例、慣習というものは確かに大事。しかし、それに拘り滅び往く事を彼女は受け入れられない。
先のアリウス襲撃、そして今回のエデン条約でも、トリニティとティーパーティーは様々な間違いを犯した。
それは正す事が出来る。
正さず、放置する事こそが――
「私達は学んだ筈です、様々な事を、ですから――此処から始めましょう」
そう云ってナギサは静かにカップを手に取る。鼻腔を擽る紅茶の香りは、彼女の心を大いに慰めた。変化には痛みが必要だ、そしてそれを受け入れるだけの意志が彼女にはある。より良い学園の為に、この学園に集う数多の生徒の為に。
何より――自分達の思い描く、未来の為に。
「もう一度、私達の
余りにも長くなったのでエピローグを二つに分けますの。前半は主に生徒達が日常へと帰っていく描写がメインですわ、これだけで一万六千字になりました、ひょえ~って云いながら書いていましたわ。
先生パートは後半からです、シスターフッド周りとか、ヒナタとか、補習授業部とか、トリニティ云々はそちらに詰め込みますわ! どうぞよしなに!