「うーん、お姉ちゃん、遅いね?」
「そ、そうかな……?」
「途中でモンスターとエンカウントしたのかもしれません!」
「そんな、RPGじゃあるまいし……」
ゲーム開発部――部室。
ミレニアムの中でも比較的郊外に位置するその部室は、倉庫や準備室などに囲まれ人気はない。部の規模が小さいという理由もあるが、元より部長であるユズがその様な環境を望んでいたという事もある。部室内はあらゆる本、ビデオゲーム、ボードゲームの類が保管され、綺麗に整頓されているところもあれば遊んだまま散らかっている場所もちらほら散見される。
今日も今日とてゲームに囲まれた彼女達は開発に精を出して――いる訳ではなく、先日発売されたばかりの新作に熱を上げていた。ユズはひとりノートパソコンを操作し、アリスとミドリの二名はディスプレイに視線を注いでいる。現在ゲーム制作を行っているのはキーボードを叩くユズひとり、と云ってもこれには理由があり決して他の面々がサボタージュをしている訳ではない。ただ単純に、現在製作中の『ミレニアム・クエスト』の次章構想をユズが練っている最中なのだ。そして構想が固まるまでは手持ち無沙汰な為、モモイ、ミドリ、アリスの三名は新作ゲームで対戦を行っていたというのが現状であった。
壁際に設置された旧型ディスプレイの中では、巨大なロボットが縦横無尽に飛び回り銃器を乱射している。忙しなく手元を動かすアリスとミドリは時折連動する様に体を傾けながら鎬を削っていた。
「あっ、アリスちゃん! それズル! ジャマーでロックオン阻害しながらノーロック
「ズルではありません! ビーム照射中の隙を消す立派な戦術です! チャージ最大、最高出力の一撃は直撃すればワンパンです――光よーッ!」
「あーっ!」
アリスの操作する機体が紅色の極光を放ち、ミドリの機体を捉える。凄まじい威力を秘めた一撃に彼女の機体は憐れ、爆発四散。画面に表示された【Break Down】の文字にミドリはコントローラーを握ったまま倒れ伏し、アリスは両手を挙げて笑顔を浮かべた。
「やった! アリスの勝ちですッ!」
「うぅ、こんなのってアリ……? こ、こうなったらもう、こっちだって
「ならアリスはランスにパイルの格闘構成で行きます! 右腕は素手です! 真の強者は銃を使わないってトリニティの人が云っていました!」
「あ、あはは……」
ディスプレイの中で行われる機体の再構成。やいのやいのと言葉を交わしながらゲームをする二人を見つめながらユズは思わず苦笑を零す。この部の生徒全員に云える事ではあるが、対人ゲームとなると皆が皆熱くなりやすい。
そうこうしていると不意に、部屋の外から足音が響いて来た。部室の扉はモモイが出て行ったきり僅かに開いており此処の廊下は足音が良く響く。ぴくりと身を震わせたミドリは振り向き、扉に目を向けながら呟いた。
「ん? 足音……誰か来たのかな?」
「こ、此処の棟に来る人は殆どいない筈だけれど」
「きっとモモイです! モモイとはまだ数戦しかしていませんし、早く
そう云ってコントローラーを手放したアリスは扉まで駆け寄る。そして中途半端に開いたそれに手を掛け、満面の笑みで押し開けた。
「モモ――ッ!」
「おっと」
押し開けた扉を避けるように、一歩退く人影。ふわりと鼻先を擽った匂いはモモイのものとは異なり、アリスは数秒目を瞬かせ視線を上へと向けた。
「アリス、扉を開ける時はもう少しゆっくりね」
「……先生?」
扉の前に立っていたのはアリスの予想とは全く異なる人物で。モモイよりも高い背が影を作り、アリスは暫くの間自分の前に立つ人物――先生を見上げながら、その瞳を徐々に輝かせ諸手を挙げた。
同時に背後から扉を見ていたミドリ、ユズが驚愕の声を上げる。
「先生!?」
「せ、先生っ」
「わぁ、先生とエンカウントしました! レアキャラです!」
普段ミレニアムから離れる事のないゲーム開発部からすれば、先生の存在は正にレアキャラ。時折シャーレに足を運ぶ事はあったものの、此処最近は条約関連に忙殺され顔を見る事もなかった。故にその分喜びもひとしおで、アリスは先生に飛びつき室内に招き入れようとその腕を掴む。
「先生! 先生も一緒にゲームを――っ」
「アリスちゃんッ!」
アリスが先生の左腕に手を伸ばした時、背後から鋭い声が響いた。
しかしそれよりも早く、アリスは先生の腕を掴んでしまう。否、掴んだと思った。
だが予想に反し、アリスの手にあった感触は中身のない、布切れを掴んだような感覚で――思わず目を瞬かせる。
「……あれ」
アリスは自身の掴んだ手を見る。握り締められた先生の袖、すっかり皺くちゃになったそれは肝心の中身がない。二度、三度、握り直しても同じだ。ゆっくりとアリスが先生を見上げれば、どこか申し訳なさそうな表情で微笑む先生が居た。不意に先生の前髪が揺れる、その隙間から覗く傷跡を目視し、そこで漸くアリスは自分が何をしたのか、先生がどうなったのかを理解した。
「ぁ、そ……その」
「ご、ごめんなさい先生! その、アリスちゃんニュースとか余り見てなくて……!」
「大丈夫、気にしていないよ」
俯き、言葉を詰まらせたアリスに代わりミドリが焦燥に塗れた声で告げる。それに先生は軽く目を細め、寧ろ此方が悪かったとばかりに首を振った。
「さっき廊下でモモイと会ってね、久々に皆の顔を見ておきたくて――此処には義手の製作依頼で来たんだ、だから……ごめんねアリス、もう少しで私の新しい腕が出来上がるから、そうしたら一緒にゲームをやろう」
「は、はい……」
先生のいつも通りの、何て事のない穏やかな声にアリスはぎこちなく頷く。
先生は優し気な笑みを浮かべながら中腰になってアリスの頭に手を乗せた。丁寧に撫でつけるその動作は紛れもなく先生のものだ。目の前の先生は偽物なんかじゃないし、先生はアリスの知る先生のままだった。
ただ、その片腕と瞳だけが、アリスの知る彼と異なっていた。
彼女は掴んだままの袖を凝視しながら、その瞳を揺らす。その胸中には今まで存在しなかった強い動揺が生まれていた。それがどういった感情から齎されるものなのか、彼女は理解していない。カテゴライズできない強い衝動、或いは恐ろしさ。それを秘めたまま彼女は想う。
先生の肉体が脆い事は情報として理解していた、このキヴォトスに於いてヘイローを持たない先生の肉体強度は最弱の領域に足を踏み入れている。弾丸一つで死に至ると云うのは比喩でも何でもない、アビドスの時も、調印式前だってそうだ、その危機に先生は何度も陥っている事をアリスは知っていた。
けれど、アリスは大丈夫だと思ってたのだ。
だって先生は、先生だ。
他者にとっては理解出来ないかもしれないが、アリスにとって先生とは『そういうもの』なのだ。希望の象徴、自分達を導く光、大きくて暖かくて、肉体的に弱くとも最も強い者。
アリスは、魔法の存在を信じている。
このキヴォトスに、その
そして先生は、その魔法を行使できる唯一無二の存在だ。
だから――。
アリスは先生が
「先生、その腕は、やっぱり報道されていた事件で……?」
「まぁ、そうなるね」
ユズが手元のノートパソコンを畳み、恐る恐ると云った風に問いかける。アリスが力強く握り締めている左袖は、どこか空虚で寒々しい。本来あった筈のものが存在しない、その現実はユズ達の心に拭いきれない深い不安を抱かせた。
「も、もうその事件は解決したんですか……?」
「んー、半分終わった所……かな? まだ事後処理とか後始末が残っているから、解決とは云い難いかもしれない」
――そして、その黒幕との決着も。
「けれど、そう遠くない内に片付くと思うよ、今は大きな後片付けに備えて少し休憩中なんだ」
「そ、そうですか」
先生の言葉に胸を撫でおろすユズ。少なくとも山場は越えたと捉えたらしい。実際の所は次が最後の大仕事となる訳だが――先生はそれを表に出すつもりはなかった。生徒を不安がらせる必要はない、物騒な事柄など知らぬ内に終わるのが一番良いのだ。
「あの、大して力にはなれないかもしれないですけれど、助けが必要な時はいつでも呼んで下さい、直ぐ駆けつけますから……!」
「ありがとう、その言葉だけで嬉しいよ」
ミドリの言葉に、心から嬉しそうに笑う先生。その言葉に嘘はない、それは知っている。ただその言葉を口にしたミドリの胸中には、云い表す事の出来ない焦燥と恐怖が渦巻いていた。
そんな何とも云えぬ空気の中、不意に先生の腹が鳴る。
先生は自身の腹を見下ろし、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「……っと、しまったな、朝食を抜いて来たから――」
「先生、お腹が減ったのですか?」
先生の空腹の合図を聞いたアリスは顔を上げる。そして暫し何かを考え込む様な素振りを見せたあと、彼女は先生の右手を掴み告げた。
「食堂に行きましょう! アリス、先生に食べさせてあげますっ!」
「あっ、ちょ、アリスちゃん……!」
声を上げるも、止める間もなく先生を連れて部室を飛び出すアリス。長い髪を翻し駆け出した彼女と先生の姿は直ぐに扉に遮られ見えなくなる。ややあって廊下の向こう側から誰かの声が響き、ユズとミドリは顔を見合わせた。
「ユズちゃん、アリスちゃんと先生を追いかけないと……!」
「う、うん! あ、じゅ、銃――わ、私の、ど、何処に仕舞ったっけ……!?」
■
「あら?」
「ん……あっ、おい!」
ゲーム開発部、部室より少し離れた廊下で待機していたノアとネルの両名。
ゲーム開発部が先生と会う時間に水を差さない様にと配慮し、所在なさげにヤンキー座りをするネル、そして何事かをメモ帳に記入していたノアであったが――そんな彼女達の視界に、先生の腕を掴んで部室を飛び出すアリスの姿が映った。思わず面食らった二人であったが、ネルは即座に立ち上がり叫ぶ。
「チビてめぇ! 先生連れて何処に――」
「アリスは先生と食堂に向かいます!」
そう云うや否や凄まじい勢いで駆けていくアリス。先生は腕を引っ張られたまま、抵抗らしい抵抗も見せずに引き摺られていく。一応加減はしている様子だが、それはそれとしてかなりの速度で駆けていた。瞬く間に離れていく背中を見つめながら、ネルは頭部を掻きぼやく。
「……ったく、仕方ねぇ、追いかけるか」
「ユウカちゃんにも連絡を入れておかないとですね」
そう云ってノアはポケットに入れた端末を取り出し、移動先をメッセージアプリで予め伝えておく。どうやらモモイとの追いかけっこは未だ継続しているらしく、モモトークに既読は付かなかったが――後から確認出来る状況ならば問題はないだろう。
序に今しがた起きた事をメモ帳に書き込み、ふっとノアが一息吐いた瞬間。
不意に爆発音が周囲に響き渡った。
「あら、今のは――」
「何だ、爆発……?」
ガタリと、近場の窓硝子が振動する。ネルが訝し気な表情で近場の回廊から硝子越しに外を見れば、遠くで煙が吹き上がっているのが確認出来た。ノアもネルの傍に駆け寄り同じように外を覗き込み、思わず目を細める。
「何だありゃあ、また実験か何かやってんのか?」
「いえ……あの区画に部室は割り当てられていなかった筈ですし、実験を行うという届け出も受けていません」
ノアは手帳を捲り、ネルの言葉に首を振る。記憶の中でも申請を受けた覚えはないし、やはり手帳に記入もなかった。
ミレニアムに於いて爆発事故というのは珍しくない。ケミカル系の部活が調合や実験に失敗して部室が吹き飛んだという例もあるし、技術開発・研究部門の部活がパワー・スピードを追求し過ぎてマシンが暴走、大破、或いは攻撃によって部室が吹き飛んだという例もある。何ならあのエンジニア部すら定期的に爆発事故を起こしているので(と云っても彼女達の場合、故意に限界値を超えて運用しようとする場合や自爆機能のテストによるものが殆ど)、寧ろどこの部活であっても爆発を起こして漸く一人前――みたいな風潮があったりなかったりする。
その被害の補填や修繕費も馬鹿にならず、セミナーとしてはこの手の風潮は早めに消し去りたいと常々思っているが、それはそれとして部活動責任者に説教を行うユウカが可愛いので暫くはこれでも良いとノア個人は思っていた。
「というより、あの建物は確か……」
「あっ、い、居た! C&Cのネル先輩っ!」
「あん?」
ノアが何事かを呟こうとした時、何やら焦燥を滲ませた生徒が廊下を駆けて来た。よれよれになった白衣にズレた眼鏡、彼女は荒い息をそのままに額の汗を拭うと、煙の立ち昇る方角を指差しながら叫んだ。
「あ、あのっ、第四食堂にゲヘナの生徒がやって来て、全自動調理機を爆破しはじめて……っ!」
「――はぁ?」
■
「けほっ、ケホッ! ちょ、ちょっとハルナ、あんた一体何して……!?」
「あらぁ、見事に粉々ですね」
「あぁっ!? 私のデラックス・ハンバーガーが~ッ!?」
ミレニアム――第四食堂。
数百人の生徒が一斉に食事を摂っても問題ないスペースを誇るその場所は、今や煙と煤、そして粉々になったテーブルや椅子、機械部品が散乱していた。自身に圧し掛かっていたテーブルを押し退けながら声を上げる――美食研究会の面々。
この爆発の犯人であるハルナは頬に付着した煤をハンカチで拭いながら、いつも通りの澄ました笑みを浮かべ告げた。
「ふふふっ、全く、ミレニアムの誇る全自動調理人形、どれ程のものかと期待してみれば……やはり人の手に勝るものはありませんね」
その声には確かな落胆と失望が混じっている。そう、何を隠そう彼女が食堂を爆破した理由は、この食堂で提供されたミレニアムの学食が彼女の基準を満たさなかった為である。風の噂でミレニアムが全自動調理人形なる設備を導入したと聞き、キヴォトス最先端を謳うミレニアムの料理、その腕前はどれ程のものかと期待してきたものの、結果はこの有様。
周囲に漂う粉塵を手で払い、立ち上がった彼女は埋もれた愛銃を引っ張り出しながら尻尾を揺らす。
「モニタをタップすれば即座に料理が提供される利便性、成程、確かに素晴らしい調理速度でした、そこは認めましょう、何も私は機械すべてを否定する訳ではないのです、例え血の通わぬ器具を用いようとも、其処に確かな食材への知識と食べる者への想い、それらが存在すれば美食と成り得ます、しかし……」
カッ、と目を見開いたハルナは足元に転がる自動調理人形だったもの――妙にデフォルメされた笑顔の頭部を足蹴にし、言葉を叩きつけた。
「料理、相手、そして時期、そのどれが欠けても真なる美食には程遠い――そしてこの食事に、圧倒的に欠けているものは食べ物に対する敬意!」
「ん~、まぁ確かに、多少味気なくは感じましたけれど」
「安くて早くて、まぁまぁ美味しかったじゃん……!?」
髪に付着した煤を叩き落としながら叫ぶジュンコに向け、ハルナは溜息と共に首を横に振る。
「まぁまぁの食事で満足してはいけませんジュンコさん、美食家たるもの常に探求心を忘れてはいけませんわ」
「わ、私は普通に美味しいと思ったんだけれどなぁ……」
「イズミさんが食事をマズイと口にした事ってありましたっけ?」
「ん~……ないかも!」
アカリの言葉に笑顔で答えるイズミ。彼女は口に放り込むもの全てを、「美味しい!」と称する生徒である。恐らくパンに歯磨き粉を塗りたくった食事であっても笑顔で完食する。残念ながら彼女の味覚及び意見に関しては一切信用できない。
「お、お前達、一体なにをしているんだ!?」
そうこうしている内に騒動を聞きつけたのか、食堂の入り口から複数の生徒が駆け込んで来るのが見えた。ついでに巡回中であった
「あら、騒ぎになってしまいましたね」
「そりゃ、あんな爆発を起こせばそうなるでしょ!? じゅ、銃、私の銃どこ……!」
「わわっ、何かロボットが一杯来たよ!?」
「ふふっ、どうしますかハルナさん?」
ジュンコが焦燥と共に叫び床に転がっていた愛銃を抱え、イズミは並ぶロボットに目を白黒させる。こんな状況にも関わらず薄らと笑みを浮かべるアカリ、そして凛とした態度を崩さないハルナ。アカリの言葉にハルナは制服のスカートを軽く払い、泰然とした態度で告げた。
「決まっています、こういう時は――」
息を吸い込み、足元の破損したテーブルを踏み越え――彼女は一息に叫んだ。
「優雅に撤退致しましょう!」
「ですよねっ☆」
「お先にっ!」
「あっ、ちょ、待ってよぉ!? へぶっ!?」
自分達のリーダーが何を云い出すのか、それを予測していたのは二名。ハルナ、アカリ、ジュンコの三名は散乱した残骸を飛び越え出口目掛けて一目散に逃走を開始。いつもの如くイズミは出遅れ、駆け出した皆に続こうと踏み出し破片に足を捕られ転倒する。
しかし、彼女達の足は即座に止まった。正確に云えば先頭に立って駆けていたハルナが足を止めた故に後続の彼女達も足を緩めた。
「っ、あら?」
「……やっぱりか」
彼女達の視界に入ったのは――食堂入り口から顔を覗かせた一人の男性。額に汗を滲ませ、息を弾ませている彼は呼吸を整えながら肩を落とす。その見覚えのある背格好に彼女達は目を見開き、呟いた。
「あれ、先生?」
「何故この様な場所に――」
ジュンコとアカリがそう言葉を漏らし、一瞬空白が生まれる。
そして、それを待っていたとばかりに一つの影が彼女達の中に飛び込み、叫んだ。
「オラァッ!」
「ふぐッ!?」
小柄な人影が凄まじい勢いで三人の中に突貫し、勢いそのままにドロップキックを敢行。運悪く標的になったアカリは脇腹に全体重、加速を乗せたドロップキックを受け凄まじい速度で壁に叩きつけられた。コンクリートすら砕く様な爆音と衝撃に軽く建物が揺れ、その一部始終を見ていたジュンコが血の気の失せた顔で叫ぶ。
「わぁーッ! アカリが大変な事にっ!?」
「テメェら動くんじゃねぇぞッ! 全員纏めて床を舐めたいってぇなら別だがなぁッ!?」
両手に構えた愛銃をジュンコとハルナに付きつけ、そう叫ぶのはネル。呼び出されてから全速力で駆け付けた彼女は僅かに跳ねた髪をそのままに、苛立ちを隠す事無く食堂中に声を響かせた。
特徴的なスカジャンにメイド服、それがミレニアム最強と呼ばれるC&Cである事は明らかで。ジュンコは壁に叩きつけられたアカリの腕が明後日の方向に折れ曲がっている事を確認し、ハルナの傍に後退しながら問いかけた。
「は、ハルナ、どうしよう!?」
「……流石に、先生を巻き込むのは気が引けます」
ちらりと、苦笑を浮かべながら佇む先生を見つめ声を零す。このような場所で銃撃戦を行って彼に万が一があっては後悔してもし切れない。ハルナは抱えていた愛銃を静かに降ろすと、片手を挙げて微笑み云った。
「――大人しく投降致しますわ」
本編が始まると一気にこういう生徒同士の掛け合いというか、日常の一幕――みたいなものを書けなくなるので、今の内に幸せな彼女達を書き綴るのですわ。些細な幸福を噛み締め、これからの未来に想いを馳せ、「明日もきっと、こんな日が続くよね? 先生」と問いかける生徒からの、先生の無言の微笑みが最高に儚く素敵なんですの。
因みに幕間初期をミレニアム主軸にしたのは彼女達の出番が少ないからというのもありますし、義手製作にマイスターの助力が必須というのもありますわ。美食研究会? 私の趣味ですわ!!!(威風堂々)
エデン条約編は基本的に「トリニティ」と「ゲヘナ」が主軸ですが、後編二章は殆ど「アリウス」と「トリニティ」の物語になりますの。もっと云えば本編は「サオリ」と「ミカ」の物語だと勝手に思っておりますわ。
そして当小説はそれに加えて先生とベアトリーチェの決着、そしてミカの内に潜む未来ミカと銀狼の行方、最後に「先生」が己の罪悪と直面する章となっております。
私は各章を書き綴る前に凡そのテーマというか、題材な様なものを定めていますが、今章のテーマは『贖罪』ですの。
それはミカの事であり、サオリの事であり、セイアの事であり、そして先生の事でもあります。
今章で漸く、先生は自身の歩んで来た道の代償を知るのです。
そして、今回一番苦しむのは生徒ではありません。
このエデン条約後編二章、長きに渡る三部の物語最後に一番苦しむのは先生自身ですわ。
腕と瞳を捥いで終わりなんじゃありませんの。
捥いでからが始まりなんですわよ。
一度壊れた肉体は取り返しがつきませんが、一度壊れた心だって取り返しはつかないのですわ~!