ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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 嘘です。

 今回試験的に後書きが本編に組み込まれています。不要な方は飛ばしてください。
 【後書き】と記載されておりますので。不評でしたら戻します。
 本編に入れたら文書置換・整形めちゃ楽でした。


セリカの不幸な一日

 

 翌日、アビドス住宅街。

 閑静かつ人の皆無な住宅街は、ゴーストタウンの煽りを直に受けた区の一つ。比較的綺麗な外観を保ってはいるものの、良く見るとあちこちに砂が溜まっていたり、植物が四方八方伸びていたりする。

 流石にアビドス校に寝泊まりする訳にもいかないので、アビドス郊外にあるビジネスホテルを連泊で確保した先生。アビドス校から辛うじて徒歩で通える距離で、ルートは何度も暗記し万全。バッテリーの充電も済ませ体の疲労も抜いた先生は、からっと晴れた空の下、遭難の心配もなく機嫌良さげに歩いていた。

 そしてふと前から現れた影に気付き、足を止める。

 

「うっ………!」

「? あ、セリカ」

 

 そこには昨日、部室を出て行ったきり戻らなかったセリカの姿があった。先生を見て一瞬顔を顰めたセリカからは、気まずそうな雰囲気と、申し訳なさそうな雰囲気、そして僅かな警戒色が透けて見える。昨日、あんな形で別れてしまった為、想う所があるのだろう。

 

「な、何よ……!?」

「おはよう」

 

 何を云われるかと身構えていたセリカは、しかし笑みすら浮かべて挨拶を口にする先生を見て、毒気を抜かれた。しかし、昨日あれ程の言葉を叩きつけた手前、素直に対応する事も出来ず――。

 

「な、何がおはようよ! 馴れ馴れしくしないでくれる!? 私、まだ先生の事認めてないから!」

「そんな、前は信頼しているって云ってくれたのに……」

「戦闘指揮! 戦闘指揮に関してだけだからッ!」

「私とは、遊びだったのか……?」

「ちょ、何その言い方!? や、やめてよ! そんな泣きそうな顔したって駄目だからね!?」

 

 先生が少しだけ落ち込んだように肩を竦めて俯けば、途端セリカの語気が弱まった。基本的に善人で、根っからの人情家である彼女はこういう表情に弱い。吹けば飛びそうな、今にも涙を零しそうな顔を見れば、おろおろと左右を見渡し、手を出したり引っ込めたりと忙しない。泣き真似は存外得意だった、何せ涙を流す記憶には事欠かない。泣き喚きながら、私の腹を撃ち抜いた生徒の顔を思い出すだけでも一発だった。

 

「まぁ冗談はさておき」

「なっ……ぐッ!」

 

 涙を引っ込め、けろりとした表情で笑みを浮かべる。

 唐突な切り替えに、セリカは揶揄われたと思ったのだろう。唇を噛み締め乍ら何かを言いたげに、先生を睨みつけた。

 

「もしかして、これから学校かい?」

「別に、私がどこに行こうと関係ないでしょ、朝っぱらからこんなところウロついていたら、駄目な大人の見本みたいに思われるわよ」

 

 それだけ云って、もう話す事はないとばかりに背を向ける。その腰に尻尾があったのならピンと一直線に立っていたに違いない。肌にじんわりと伝わる程の怒気を感じた。

 

「じゃあね! せいぜいのんびりしていれば? ふんッ!」

「あ、学校行くなら一緒に行こう」

「――は? 何で私があんたと仲良く学校に行かなきゃいけないわけ? ……悪いけれど今日は自由登校だから、学校には行かなくていいの」

「ん、それならどこに行くんだい?」

「……そんなの、教える訳ないでしょ!」

 

 少し黙り込んでから、セリカは顔を勢い良く逸らした。先生の眉が露骨に下がり、悲し気な雰囲気が漂い始める。

 

「そんな、先生哀しい……」

「なっ、も、もうその手には乗らないからッ!」

 

 表情を曇らせ再び泣き落としを使えば、セリカは一瞬怯むものの、嘘だと分かり切っているからだろう。気丈にも態度を崩さず、先生を睨み続けた。しかし先生も負けじと、その場に崩れ落ち、本当に涙を零しながら訴えた。

 

「このままじゃご飯も食べられない、セリカが何か、悪い事に巻き込まれないか心配で心配で、夜も眠れなくなりそうなんだ……ッ!」

「だ、ぐ、こっ……!」

 

 まさか本当に泣くとは思わなったのだろう。おーん、おん、おんと声を上げて泣き始めた先生に、セリカは慌てて周囲に人が居ないかどうかを見渡した。そして全力で悲観に暮れている先生を数秒見つめ、悩むように肩を震わせた後、空を見上げてやけくそ気味に叫ぶ。

 

「だぁぁぁあもうッ! アルバイト! アルバイトよッ! 別に危ない事はしないし、犯罪に巻き込まれるような事もないからッ!」

「あぁ、そっか、アルバイトか」

 

 すっ、と何事もないように立ち上がった先生は、安堵したように微笑んだ。

 セリカは何か、もう、堪え切れんとばかりに先生へと食って掛かり、その胸元を指先で叩きながら叫ぶ。

 

「あのね、あんたッ……先生には、一応感謝している! ヘルメット団を追い払えたのも、補給をしてくれたのも、全部先生のお陰だから――でも、これからの事は私達だけで何とかするから、首を突っ込まないで! それじゃあね、バイバイ!」

 

 それだけの言葉を先生に叩きつけ、脇目もふらず走り始める。砂塵を撒き散らしながら駆け出したセリカの背中を見つめながら「ふぅむ……」、と先生は唸った。

 そして徐に駆け出し、セリカの隣に並ぶ。体力が万全ならば、先生とてそこそこ早くは走れるのだ。無論、セリカが全力ではないというのも大きいが。

 隣に先生が並走して来た事に、ぎょっとしたセリカは身を仰け反らせ、慌てて足を止めた。

 

「ひゃあ!? ちょ、な、何でついて来るの!?」

「いや、どこでバイトしているのか気になったから……」

「何言ってんの!? あっち行ってよ! ストーカーじゃないのっ!」

「何ならGPSで位置追跡しても――」

「わかった! 分かったってば! 行き先を教えれば良いんでしょう!?」

 

 先生がシッテムの箱を取り出しながらそう云えば、セリカは顔を赤くしながら再三叫ぶ。「もう、何で私がこんな事ぉ……」、と若干涙声で呟いた彼女は懐からファンシーなメモ帳を取り出し、其処に住所を書き殴って先生に突き出した。

 

「はい! 御店の住所! あんたみたいにのんびりしていられないのよ、こっちは! 少しでも稼がなきゃならないんだからっ! それじゃあねッ! もうついてこないでよ!? ついてきたらぶっ殺すからね! あとバイト先に来ないでねッ! ダメ大人!」

「酷い云われようだ」

 

 今度こそ徹底的に先生をこき下ろしたセリカは、ついて来られない様全速力で走って消えた。メモを片手にその背中を見送った先生は、少しだけ悲しそうにぽつりと呟く。しかしまぁ、残当という気持ちはあるので仕方ない。

 メモを片手にうららかな日差しを浴びる先生。どこまでも青い空、白い雲。暫くそうやって立ち止まっていた先生は、ふっと息を吐き出して大きく伸びをする。

 

「さて、と……」

 

 気持ちよさそうに目を細めた先生は、徐に地図アプリを起動した。

 

「――セリカのバイト先を冷やかしに行こうかな!」

 

 ダメと云われたら行きたくなるのが人情である。

 秘密というものは――蜜の味なのだ。

 

 ■

 

「いらっしゃいませ、柴関ラーメンです!」

 

 店内に響き渡る溌剌とした声。前掛けを腰に巻き、三角巾で髪を纏めたセリカが笑顔を惜しみなく振る舞い、接客を行っている。場所はラーメン屋――『柴関ラーメン』。アビドスの中でも数少ない未だ営業中の飲食店で、安い、早い、美味いと周辺では評判の店である。セリカは仲間達にも内緒で、このラーメン店でのバイトに精を出していた。

 

「何名様ですか? 空いているお席にどうぞ!」

「三番テーブル、替え玉追加お願いします!」

「はい! 御注文は……はい、塩と味噌が並み、一つずつで――」

 

 あっちへこっちへ、忙しなく動き回りながら働くセリカ。店内は存外に人が多く――そもそも店自体が少ないので、住民は遠くとも通ってくれたりする――アビドス内でも極僅かな活気のある場所の一つである事が分かる。客は皆、思い思いに食事を楽しんでいた。

 不意に扉が開き、また新しい客かとセリカが笑顔を向ける。

 

「いらっしゃいませ! 柴関ラーメンで――」

「五名でお願いしま~す☆」

 

 古めかしい木製の引き戸を開けて中に入って来たのは、見覚えのある仲間の姿。一瞬、固まったセリカはその現実に意識を飛ばしかけたものの、背後から続々と入って来た委員会メンバーに再起動を果たし、注文用の端末で口元を隠した。

 

「わわッ……!」

「あ、あはは……セリカちゃん、お疲れ様」

「ん、お疲れ」

「アルバイト、頑張っているようだね」

 

 最初に入って来たノノミを筆頭に、アヤネ、シロコ、先生と姿を見せる。先生は一歩、店内に踏み込むと、どこか興味深そうに周囲を見渡す。生徒達はそれを、初めて来た店だからだと思っていたが――先生は懐古の念に浸っていたのだ。懐かしい匂いと、喧騒に。

 セリカは唐突に現れた皆を見渡しながら、愕然とした表情を浮かべる。

 

「み、みんな……先生!? どうしてここに……!? ま、まさかっ、先生!?」

「いや、残念だけれど私ではなくて――」

 

 よもや先生がアルバイト先を皆にバラし、連れて来たのかと睨みつければ、肩を竦めて背後を見る先生。すると一人、遅れて小さな影が店内に足を踏み入れた。

 

「うへ~、やっぱり此処だと思ったよ」

「ホシノ先輩!?」

 

 遅れて来た人物もまた、セリカにとっては見覚えのある人物。相変わらず眠たげに目を細めている彼女は、ふらふらと覚束ない足取りでセリカの傍に寄って行った。

 

「まぁ、セリカちゃんのバイト先といえばここしかないかなーって、だから来てみたの、そしたら大当たり~」

「う、ぐッ……!」

 

 まさか、予想されていたとは露知らず。セリカが呻き声を上げると同時カウンターの向こう側から二足歩行する柴犬としか表現できないような、この柴関ラーメンの店主が顔を覗かせ、声を上げた。

 

「アビドスの生徒さんか! セリカちゃん、お喋りはそれくらいで、注文頼むよ!」

「あ、うぅ……はい、大将、それでは広い席にご案内しますぅ……」

 

 大将に云われては逆らえない。大きく落ち込み、とぼとぼと席へ案内し始めたセリカの後を、ホシノとノノミは楽しそうに、シロコはいつも通り、アヤネは苦笑いで追った。

 案内されたのは奥側の六人席。ホシノとシロコ、アヤネとノノミという席順で座った後、不意にシロコとノノミが同時に先生を見た。

 

「はい、先生はこちらへ! 私の隣、空いています!」

「……ん、私の隣、空いている」

「むッ」

 

 殆ど同時に出た着席の誘い、ノノミとシロコが少しだけ驚いた様に互いの顔を見合わせ、それから再度先生に視線を送る。まるで、どちらを選ぶのかと言いたげに。先生は直立したまま動かず、腕を組み静かに顎先を擦った。まるで、熟考する姿勢。

 

「……? 先生、なにやっているの、早く座りなよ」

 

 奥に座るホシノが不思議そうにそう告げる。しかし、先生は難しい表情を浮かべたまま二人の隣を交互に見ていた。

 

「いや、だが、しかし……」

「ちょっと、先生?」

 

 通路に立つセリカが、訝し気な表情で急かす。先生は二度、三度、四度と二人の隣を見つめながら表情を険しくし、それから強く目を瞑り、云った。

 

「シロコの隣も、ノノミの隣も――捨て難いッ!」

「えぇ……」

 

 迫真の表情で、それこそ血を吐く様な酷烈さを以て告げる先生に、アヤネが顔を引きつらせる。そんなに悩む事だろうかと。実際、たかが席順である。アヤネの反応は実に正常であった。

 

「シロコもノノミも、私にとって大事な存在なんだっ、そんな簡単に決断出来ない……ッ!」

「ただ隣に座るだけじゃん」

「それでもッ!」

「先生って、何て言うか……その、結構、アレだよね」

 

 テーブルを掴みながら苦悩する先生に対し、言葉をぼかしながらホシノが呟く。その表情は苦々しいと云うか、呆れ気味と云うか――しかし、先生としては決して軽視出来る問題ではなかったのだ。どちらかを選ぶという事は、どちらかを選ばないという事。その選択は今の先生にとって、何よりも重い。

 そんな先生の熱意と好意が伝搬したのか、ノノミは頬に手を当てながら、シロコは指先で前髪を弄りながら、少しだけ頬に朱を散らしていた。

 

「先生、そんなに私の事を……」

「ん……まぁ、悪くない心地」

「――こっちもかぁ~」

 

 先生だけがおかしいのだろうと思っていたホシノ、二人のまんざらでもない態度に天井を仰ぐ。

 アヤネはそんな二人に視線を送り、小さく溜息を吐き出した後、そっと席を立ってシロコとノノミに座席移動を促した。

 

「わ、分かりました、先生、私とホシノ先輩が向こうに座りますので、先生は此方の席で、真ん中に座って頂ければ……そうすればホラ、二人と一緒に座れますよ」

「ッ!? 良いのか、アヤネ!」

「え、あ、はい」

「恩に着るッ!」

 

 まるで子供がサンタからプレゼントを貰ったかのような、純真無垢で嬉しそうな表情。そんな顔を浮かべた先生に、アヤネは呆気にとられ――もしかしたら、二人と一緒に座る事に、何かしら意味が在るのかも……何て深読みをしながら座席を移動。勿論、下心以上のものなど存在しない。

 結果的に先生が真ん中、左右にノノミ、シロコが座る形で決着した。

 

「――ふむ」

「――えへへ」

 

 先生を挟むように着席した二人が、頬を緩ませながらどんどん中央(先生)に寄って行く。満足そうな表情で先生は二人の擦り寄りを許容していたが――その内、先生の両肩がミシミシと軋みを上げ始めた。

 心なしか、先生の顔色が蒼褪めていく。というか先生の体積が通常の半分ほどまで圧縮されていた。縦長先生である。

 それを見たセリカが慌てて二人に叫んだ。

 

「ちょ、シロコ先輩、ノノミ先輩、狭すぎッ! 先生がプレス機に掛けられた鉄屑みたいになってるから! 凄く窮屈そうだから! もっと端に寄ってッ!」

「いや、私は平気、ね、先生?」

「はい、あ、もし窮屈なら、私の膝の上でも――」

「人の店で何やってんの!?」

「あはは☆ 冗談ですよ~、セリカちゃん」

 

 縦長になった先生も、「大丈夫だよ、生徒に好かれて幸せさ」と口にするが、その顔色は青を通り越して白になっていた。流石に不味いと思ったのか、シロコとノノミはそっと身を離し、足が触れる程度の距離に収まる。

 何度か深呼吸し、生命の危機を脱し安堵している先生を横目に、ノノミはセリカの制服について言及した。

 

「セリカちゃん、バイトの制服、とっても可愛いですね」

「確かにそうだねぇ、いやぁ、セリカちゃんって制服でバイト先決めちゃうタイプ?」

「えっ!? ち、違うって! 関係ないし! ここは行きつけの御店だったから……!」

「うーむ、私服でも制服でもないセリカちゃん、写真撮っちゃえばひと儲けできそうだねぇ……あ、先生どう? 一枚買わない?」

「――実践用、観賞用、布教用の三枚欲しいかな」

「変な副業はやめて下さい先輩、そして買わないで下さい先生……」

「ていうか実践用って何よ!?」

 

 黙秘する(言えない)

 涼しい顔で口を噤む先生に、犬歯剥き出しで威嚇をするセリカ。二人の様子を仲が良いのか悪いのかと思いながら見ていたシロコは、不意に疑問をセリカにぶつけた。

 

「ん、そう云えば此処のバイトはいつから始めたの?」

「え、あーっと、一週間位前から……かな」

「成程、そうだったんですね、時々姿を消していたのはバイトだったという事ですか☆」

「っ~! も、もう良いでしょう!? それで、ご注文はっ!?」

 

 セリカが恥ずかしそうにボード型の端末にペンを走らせれば、そんな彼女をにやにやと見ていたホシノが下から覗き込むようにして口を開いた。

 

「え~、そこはほら、御注文はお決まりですか、でしょー? セリカちゃぁん、お客様には笑顔で親切に接しないと~!」

「あ、ぐっ、ぬ……ご、ご注文は、お決まりですか……!」

 

 何て迷惑な客だ、先生は自身を棚に上げて思った。しかし、セリカ側としても今の対応は問題があると思ったのか、顔を真っ赤にしたまま丁寧に注文を聞き直す。ホシノは相変わらず楽しそうに顔を緩ませながら、いの一番に手を挙げた。

 

「私はねー、特製味噌ラーメン、炙りチャーシュートッピング付きで!」

「私は、チャーシュー麵をお願いします!」

「塩ラーメンを一つ」

「えっと……そうですね、私は味噌ラーメンで」

 

 次々と決まって行く注文。行き慣れた店なのだろう、誰もメニューを見ていない。先生は手元にあるメニューを指でなぞりながら、さてどうしようと思考を巡らせた。そんな先生を見てホシノは楽しそうに声を上げる。

 

「先生もジャンジャン頼むと良いよー、このお店めちゃくちゃ美味しいんだから、アビドス名物柴関ラーメン!」

「……うん、そうだね、それじゃあ――」

 

 取り敢えず誰も頼んでいなかった醬油ラーメンを一つ頼む。トッピングは味付け卵。

 セリカは皆の注文を端末に書き留めながら、不意に訝し気な表情で問いかけた。

 

「……ところで、みんなお金は大丈夫なの? もしかして、またノノミ先輩に奢って貰うつもりじゃ――」

「あ、私はそれでも大丈夫ですよ、カードの限度額までまだまだ余裕ありますし」

 

 そう云って不意に懐から取り出したるはゴールドカード。アヤネが、「眩しい!」と顔を逸らすほどの光を放っており、その存在感は正に一級品。まさしく黄金、ゴールド――しかし、そんなノノミの太っ腹宣言に、ホシノは首を横に振って応える。

 

「いやいや、また御馳走になる訳にはいかないよー、きっと先生が奢ってくれる筈――だよね、先生?」

 

 正面に座る先生に対し、にやにやと口元を緩めながらそんな事を宣う。無論、奢るなんて話を聞いていない先生は驚きと共に頭の中で財布の中身を心配した。今、現金幾ら入っているだろうか、と。

 

「えっ、初耳なんだけれど……」

「あはは、今聞いたから良いでしょ~! あ、私今日はめっちゃ食べるからよろしく~」

 

 えっ、そんな食べるの? 思わず周囲を見渡せば、アヤネは苦笑い、ノノミは相変わらず笑顔、シロコは無言でサムズアップしていた。隣に坐す、シロコのその瞳には強い食欲が宿っている――食う、こいつは喰う、恐らくとんでもなく食べる。そんな確信を抱かせる程に、食欲に塗れていた。

 先生は無言で席を立とうとした。この負荷に、財布が耐えられるかどうか心配になったのだ。

 しかし、シロコとノノミが無言で腕を掴み、ブロック。残念ながらこの席を選んだのは先生自身である。そしていつの間にかホシノが先生の鞄から財布を取り出し、中身を吟味していた。思わずぎょっとし、ホシノの方へと手を伸ばす。

 

「お、先生~、大人のカードがあるじゃん、これは出番だねー!」

「ほ、ホシノ、人の財布を漁るのはやめなさい!」

「先輩、まさか最初からこうするつもりで、ご飯に誘ったのですか……?」

「んふふ、さぁてね? まぁでも先生としては、可愛い生徒達の空腹を満たしてあげられる絶好のチャンスだよ~?」

 

 先生の大人のカードをふりふりと揺らしながら、ホシノは挑発的な表情を浮かべる。それを云われると、痛い。確かに可愛い生徒の空腹を満たせるのなら、お金など幾ら飛んでも構わないという気持ちが先生にはある。

 だが、それはそれとして覚悟の時間は欲しいのだ。来月は水だけとか、パンの耳だけとか、色々覚悟する時間が……!

 

「――先生、これでこっそり払ってください」

 

 不意に、小さな声でノノミが云った。

 視線を向ければ先生のポケットにそっと、周りから見えない様にノノミが現金を差し入れる所だった。金額は良く見えなかったが万札が数枚、高校生四人の食事代にしては余りにも大きな額。これで足りないという事はないだろう、しかし、先生は彼女の差し出した手をそっと包み、押し戻した。

 

「先生?」

「……いや、大丈夫だよ」

「え、でも――」

「これくらいでどうにかなる様な小さい財布じゃないさ」

 

 笑って、ノノミの厚意に感謝する。大人として見栄を張りたいと云うのもある、生徒達の前で恰好をつけたいという気持ちも。

 けれど、まぁ何だかんだ言って一番は、ホシノの云った通り――生徒の為にご飯を奢ってあげる事が、先生は全く以て嫌ではないのだ。

 

 


 

【後書き】

 

 

 縛られる事も、傷つけられる事もないけれど、一人は寂しいから。

 もうね、カヨコのスタンスは全てこの言葉に詰まっていると云っても過言ではない。人の絡む場所には足を踏み出さないけれど、善意で以て絡みに来た人には律儀に返す。何だかんだ面倒見がよく、自分なんかに構ってくれる人は無碍には出来ないという、どこか自分なんかという思考が隅に在る。

 

 カヨコは、ハルカと似通った部分があると思うんだ。違うのは一人で生きて行けるだけの力が在る事と、アルを妄信していない事、大事な友人であるという意識はあっても、彼女にとって便利屋の皆はあくまで『守るべき対象』なんだ。顔つきが怖いと避けられてきた彼女を何でもない、気の置けない友人として扱ってくれる彼女達に心の中では感謝していて、便利屋みんなに共通する事だけれど、一緒に沈んでしまっても全く後悔しないような雰囲気があると思う。

 

 だからこそデロデロに甘やかしたい、何なら依存までさせてしまいたい! 自立心が強く、大抵の事は一人で済ませられるようなスペックがあるのに、世話焼きで、心の深い部分で一人を恐れていて、繋がりを求めている――一度懐に入ってしまえば、めちゃくちゃ甘い子になるに違いない! 私生活のだらしない、ずぼらな先生であればある程、「仕方がない」とか、「私がいないと」という気持ちになって、カヨコはお世話をしてくれるんだ。

 

 最初の内は、「もう、ちゃんとしてよ」とか悪態をつきながら、渋々シャーレで面倒を見てくれていたのが、時間が経つにつれてこの人は本当に自分がいないと駄目なんじゃないかという考えになり、自分が本当に必要とされているという妙な満足感と、それが憎からず想っている先生であるという事実と、必要とされている限り、自分の居場所は此処にもあるんだと、拘泥たる想いを抱いて欲しい。

 

 カヨコはね、雨の日に電気も点けずに、二人で身を寄せ合って珈琲なんかを飲むんだ。

 砂糖は控えめで、ミルクを少量、黒と僅かな白の混じったそれを見ながら、私にはこれくらいが丁度良いなんて思いながら。時折二人でイヤホンを分け合いながら、種類問わず音楽何て聴いて、けれどそれ程会話がある訳ではなくて、でもその沈黙を許せる関係性が心地良いと、内心で微笑んで欲しい。

 

 不意にカヨコの目尻を撫でながら、カヨコの目は綺麗だねって褒めてあげたい。顔が怖いから人に避けられて、それに対して沈黙を守っていた彼女にとってのコンプレックスが、実は何でもない、先生にとっては寧ろチャームポイントですらあるという事を、これでもかと力説したい。最初は、「やめて、先生」とか云ってそっぽを向くのだけれど、二十分も三十分も如何にカヨコが素晴らしいかを力説している内に、何も言えなくなって、小声で、「ほんと、もう、やめて……」って真っ赤な顔で云って欲しい。

 

 気恥ずかしいから、先生とそういう関係になっても、便利屋の面々の前ではいつもの調子を貫いて欲しい。ポンコツ社長とハルカは気付かず、多分ムツキは薄々勘付いている。それで、多分カヨコもムツキに勘付かれている事に気付くと思う。でもその事に言及しようとすると、「くふふっ、ムツキちゃんは何もしらないよぉ」とはぐらかされる。おちょくり半分と、祝福半分、あとは僅かな寂寥感を湛えてムツキは知らんぷりをしてくれるんだ。相変わらずカヨコには便利屋の面々を仕方なさそうな、それでも愛おしそうな表情で見守って欲しい。

 

 カヨコは十八歳だから、いつも通り二人で珈琲を飲みながら静かに過ごしている最中に。不意に先生の裾を引いて、「ねぇ、先生、私さ、その……合法だよ」って云って欲しい。多分上目遣いで、けれど目線は脇に逸らしながら、真っ赤な顔で云って欲しい。今までの繋がりだけじゃない、もっと強い繋がりを求めて欲しい。

 

 でもねカヨコ、合法でも私の生徒でいる間はそういう事は駄目なんだと窘められて欲しい。その言葉で火がついて、多分カヨコは生徒扱いされると、「先生、私、もう十八だから」って何かとアピールしてくるようになる。遠回しに卒業したら待っていろと云っているのだ。真っ赤な顔で睨みつけながら、けれど二人で見つめ合った果てに、にこっと破顔して欲しい。きっと向日葵みたいに笑ったカヨコは、美しくて、可愛いんだ。

 

 そんなカヨコの前で首吊って死にてぇ~。

 

 いつも通りシャーレに来て、「こんにちは、先生」から、「ただいま、先生」に挨拶が変わった頃に、不意に部屋の中心で首吊って死にてぇ~。

 

 電気が点いていない事に不審がって、「先生……?」と訝し気に部屋の中に入って来たカヨコの目に、天井から吊り下げられたロープに全身を脱力させ、括られている先生の姿を見せつけてぇ~。

 多分先生と一緒に飲む為の珈琲を買って来ているから、呆然とした表情でその買い物袋を足元に落として欲しい。多分最初は何が起こっているのか分からなくて、何分もその場に立ち尽くすんだ。自分の感情を押し込む事には慣れている、出来る筈だと。

 

 でも先生と一緒に過ごした時間で、カヨコは素直に自分の感情を吐露する事にも慣れてしまっていて、不意に自分の目尻から流れ落ちた涙に感情を自覚するんだ。幾つも幾つも流れ落ちるそれをそのままに、小さく唇を震わせて、一歩、踏み出すんだ。

 

 下ろさなくちゃ、って。早く、先生を下ろさなくちゃ。

 生きているかもしれない、まだ間に合うかもしれない、直ぐに措置を行えば、まだ、まだ、と内心で叫んで欲しい。けれど気持ちに反して足は全然動いてくれなくて、全く進まない両足を震わせながら、唐突に、「動いてよぉ!」と叫んで欲しい。

 

 多分足に力が入らなくて、その場に倒れ込み、這いながら先生に近付こうとするんだ。先生を見上げながら、泣き叫びながら、「せんせっ、先生ッ!」って何度も名前を呼んで欲しい。可愛いなぁ。

 

 で、そんなカヨコの姿を見ながら、先生とムツキは「どっきり」の看板を持ったまま蒼褪めるんだ。まさかこんなにガチ泣きするとは思っていなくて、先生もムツキも、「やっちまった」という顔で震えていて欲しい。

 

 吊られた先生人形に縋りつくカヨコが、全力で泣き喚きながら、不意に横合いを見てデスクの下で縮こまっている二人を見つけて欲しい。その後、生きている先生と「どっきり」の看板を抱えたまま、顔を引きつらせて、「ご、ごめん……」とらしくない程、声を震わせて謝るムツキを見て欲しい。

 

 多分カヨコは数秒位固まって、自分の抱き締めている先生が微妙に冷たい人形である事に気付き、もう一回生きている先生を見て、全力で先生に頭から突っ込んで欲しい。多分拳で先生の胸を叩きながら、「生きてでよがっだよぉおお!」ってなる。絶望と緊張と悲壮と暗澹が裏返り、安堵と感謝と希望で胸が一杯になって叫ぶんだ。シャツは涙と鼻水でボロボロになる。でもそれが良い。先生は必死にカヨコを宥めながら謝るんだ、その時ばかりはムツキもきっと全力でフォローしてくれる。

 

 その後は若干機嫌の悪いカヨコを必死で宥めて、便利屋の皆が居る時でも、遠慮せずに先生に引っ付く様になるんだ。アルとハルカが、「あれ、カヨコ? 何か、先生と近くない?」という目で見てきても、素知らぬ顔で先生の隣をキープするんだ。ムツキはムツキで、「まぁ、あんな事しちゃったしぃ」と少しだけしおらしくなる。でも隙を見て、またやろうと画策する。先生も悪ノリする。そんな便利屋とシャーレの間を行き来する日々を送りながら、幸せな青春を過ごして欲しいなぁ。

 

 まぁ最後はキヴォトスを裏切って死ぬんですけれどね。

 

 先生にとって死んでしまったドッキリはきっと、カヨコを『先生の死』に慣れさせる為の代物だったんだ。崩壊しかかったシャーレの中で、何発もの銃弾を喰らって死んだ先生の亡骸を見たカヨコは、きっとこれもまたドッキリなんだと自分に言い聞かせて、泣き笑いしながら先生の傍に、一歩一歩近づいて行くんだろうなぁ。「先生、ほら、起きてよ、知ってる、ドッキリなんでしょ? またそうやって、先生は私を揶揄うんだ、また、ムツキも一緒なの? ねぇ、せんせ……」って云って欲しい。可愛いね。

 

 本編の先生が辿って来た幾つもの世界線、こういう生徒を大人のカードで呼び出すと考えると、もう今から待ち遠しいよね。

 

 はー! 先生を撃ち殺した世界のアルとか、爆殺しちゃった世界のハルカとか、先生が自決を選んだ世界のカヨコとか、そういう世界の便利屋を纏めて大人のカードで呼び出して、とんでもない表情で先生を凝視させてぇ~。

 

 多分自分が辿れなかった希望ある未来を、自分達が手を伸ばしても絶対に届かない、この『今』の先生と歩んでいける背後の生徒達を、羨望と嫉妬と憎悪と絶望に染まった瞳で睨みつけるんだろうなァ! この人がどんな気持ちでキヴォトスを裏切ったのか、あなた達をどれだけ想っているのか、何も知らないくせにッ! とか思っちゃうんだろうなぁああ! 可愛いなぁ! まぁハルカの場合は謝罪マシーンになりそうだけれど。

 

 どれだけ謝っても先生は帰って来ないし、自分の世界に帰ってしまえば独りぼっちなのにね! でもそんなところも可愛いよ、一生そのままでいてね! ありのままのハルカが素敵だよ。

 

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