ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、ありがとうございますわ~!


貪食

 

「……で、さっきの爆発の仕掛け人が彼女?」

「えぇ、どうやら食堂で稼働していた全自動調理(人形)の提供した食事が気に入らなかったとの事でして……」

「ふふっ」

 

 広い食堂内、散乱したテーブルや椅子が転がる中、拘束された美食研究会が輪になって座り込んでいる。爆破の犯人であるハルナは自ら投降した後も澄まし顔で、他の部員達も基本的にいつも通り。

 先程騒ぎを聞きつけ合流したばかりのユウカが爆破された周囲を見渡しながら顔を顰め、これ見よがしに溜息を零す。現場にはノア、ユウカ、ネルの三名、そしてモモイを除いたゲーム開発部が集合している。尚、モモイは未だユウカを恐れて身を隠しているとの事。ミドリ曰く、多分ゲームセンター辺りでほとぼりが冷めるのを待っているのでは? という話だった。

 

「仮に食事が気に入らなかったとして、それで何で爆破するのよ……?」

「美食を探求するが故です、例えば誰も使っていない流し台で水が流れっぱなしになっていたらどうしますか? 当然蛇口を締めるでしょう? つまり、そういう事ですわ」

「ちっとも意味が分からないのだけれど!?」

 

 そう云って憤慨するが、当の本人は「何故分からないのか?」とばかりに首を傾げて見せる。それが尚更ユウカの怒りを煽っていた。彼女にとっては蛇口を捻る行為と店や食堂を爆破するのが同じ感覚なのだろうか。先生はその事を考え、遠い目をするしかなかった。

 

「あっ、ありました!」

 

 そんなやり取りが行われている中、アリスは爆発し煤と粉塵に塗れた残骸から何かを引っ張り出す。まるで伝説のアイテムの如く掲げられ、アリスの手に握られたそれはパッケージされた保存食らしきもの。どうやら爆発で食材の殆どが吹き飛んだらしいが、奥側に保管されていたソレは無事だった様子。表面にやや焦げ跡は見えるのの袋自体は破けていないし、中身も粉々になっていたりはしない。アリスは折り重なった残骸を飛び越し、先生の元へと駆け寄って来る。

 

「先生、無事な保存食がまだあったので、これでお腹を満たしましょう!」

「……ありがとうねアリス、でも今は他にやる事があるから――もご」

「アリスが食べさせてあげます!」

 

 先生がやんわりと断りを口にするが、それよりも早くアリスはパッケージを剥き、中身の食品――乾パンを先生の口へと突っ込んだ。残念ながらキヴォトスの生徒に力関係で敵う事はまずない。口の中に凄まじい力で入れられたそれを、先生は死んだような瞳で咀嚼する事しか出来なかった。

 

「ど、どうしよう、止めた方が良いかな……?」

「う、うーん、でも一応善意からの行動っぽいし……」

「先生、美味しいですか?」

「むぐ……うん、まぁ、そうだね、うん」

 

 ミドリとユズが戦々恐々と見守る中、口を動かす先生。当たり前の話ではあるが乾パンそれ自体に味はない。殆ど無味乾燥なビスケットである、せめて塩か何かでもまぶしてあったのなら別だったろうが、これは元々別の料理のベースとなるものだったのだろう、味付けはなく美味いも不味いもない均一な味だけが広がっていた。

 

「まだ残っているので、全部食べて下さい!」

「うん、ありがとう、気持ちだけ――むご」

「あ、アリスちゃん……」

 

 言葉を全て紡ぐ前に次の乾パンが突っ込まれる。最早どの様な言葉も彼女には届くまい。流石に止めようと踏み出したユズであったが、輝く瞳と何やら真剣な表情を浮かべる彼女を前に掛ける言葉が見つからない。先生も此処に来て悟りの境地に至り、兎に角彼女の手持ちの乾パンを如何に消化し切るかに思考をシフトした。

 

「他校の食事が気に入らないというのは分かるわ、味の好みは人それぞれだし、ただ何故そこから爆破という結論に至るのかが全く分からない、どういう理論よ……! というか此処(第四食堂)の設備は最近導入したばっかりなのに、修繕費用に幾ら掛かると思って……!?」

「あー、ほら、つってもよ、別に厨房周辺が吹き飛んだ程度だろう? ビル一棟に比べりゃ別段――」

「それはC&Cがいつも、いつも、いつも周囲の被害を考えずに戦うからッ……!」

「うぉ、やべっ」

 

 軽率に言葉にしたそれがユウカの地雷を踏み抜き、彼女の怒りゲージが更に上昇する。それを感じ取ったネルは素早く距離を取り身構えた。幸い爆発する前に大きく息を吸って再び鎮火したものの、その火種はぐつぐつと腹の中で煮え滾ったままだ。ノアはそんなユウカの様子を横目に厨房全体の被害を一つ一つ確認していく。

 

「シンクと調理台、コールドテーブル、冷凍保存庫、加熱テーブルやレンジ周りも全滅ですね、自動調理機器もそうですが厨房全体の修繕工事が必要だと思います、電気系統周りも不安ですし、骨子にダメージがあったら大事ですから、点検と万が一の場合は――」

「さ、流石に建て替えって事はないでしょうね……!?」

「うーん、どうでしょう、詳しい検査結果が出ないと何とも云えませんが、万が一建て替えになった場合は以前第四食堂を建築した際の費用がこれ位なので……」

「――うわっ」

 

 ノアはぱらぱらと手帳を捲り、第四食堂を建築する際に話し合った議事録、そのメモをユウカに見せる。それを覗き込んだユウカは目を見開き、思わず口を覆った。

 

「嘘でしょう、こ、こんなに掛かるの……?」

「ベース自体は第一から第三食堂と変わりませんが、厨房周りには試験的に導入していたシステムや機器が幾つかあったので、結構高価なパーツなんかも使っているんですよね」

「ちょっと待って頂戴、この前予算審議会が終わったばかりなのよ? 厨房の修繕ならまだ何とかなるかもしれないけれど、食堂丸ごと建て直す費用なんて……」

 

 考え、頭を抱えるユウカ。厨房という限られた一区画を復旧させる程度の予算ならばまぁ、何とか用意出来なくはない。先進的な技術が導入されていた分、通常の厨房より遥かに高い金額となったが修正の範囲内だ。しかし食堂という建物丸々一つとなると話は別だった、何処か別な場所から予算を引っ張って来なくてはならない。

 研究というものは兎に角金食い虫なのである、そして得てして研究者というものは現実的な予算に無頓着な場合が多い、採算が取れない事などしょっちゅうだ。残念ながらミレニアム内部に於いて比較的自由に動かせる金銭というものは多くない。せめて、せめて予算審議会の前であればどれ程良かった事か――そう考えずにはいられない。

 

「あっ、パンがなくなってしまいました……アリス、また探しに行ってきます!」

「あっ、ちょ、アリスちゃん!?」

「むぐ、むぐ……」

 

 口の中がぱさぱさする。空になったパッケージを握り締め、再び厨房へと突貫するアリスを見送りながら先生は思った。また残骸を引っ繰り返し、食べられるものを見つけ出すつもりなのだろう。正直まだ崩落やら引火やらの可能性があるのでやめて貰いたい。

 というより何故アリスは自分に食事を押し付けてくるのだろうか、そんなに腹ペコだと思われているのだろうか――いいや、それが彼女の不安から来る行動である事は薄々理解していた。彼女が妙に真剣な理由も、その見つめて来る瞳から察する事が出来る。

 私はそう簡単に居なくなったりしないよ――そんな風に言葉に出来たら、どれ程良い事か。

 

 先生は口に付着したパン屑を拭い、ハルナ達の前へと静かに足を進めた。縛られたまま床に座り込む彼女は、薄らと笑みを浮かべながら先生を見上げる。

 

「ふふっ、奇遇ですわね先生、このような場所でお会いするなんて」

「うん、そうだね……出来れば、こんな形では会いたくなかったけれど」

 

 これは本心だ、出来ればもう少し違った形で会いたかった。というか彼女達と予想外の場所で出会う時は大抵何かしら騒動が起きている最中な気がしてならない。そして大体は彼女達が巻き込まれた側ではなく、騒動を起こした側なのだ。

 先生が溜息を堪え視線をずらせば、同じように拘束された面々が体を揺らしたり足をバタつかせながら呻いていた。

 

「うぅ、何でこんな目にぃ……」

「お、お腹減った……安くて一杯食べられるからってついて来たのに、全然食べられなかったし」

「あ、先生、救護を呼んで頂いても良いですか? 腕が明後日の方向に曲がっちゃって☆」

「……直ぐ、呼んでくるね」

 

 腹を鳴らし涙目で項垂れるイズミ、本格的に食べ始める前に食堂を爆破されたジュンコ、右腕があらぬ方向に向いたまま笑顔を浮かべるアカリ。余りにも普段通り過ぎる、それが彼女達らしいと云えばらしいのだが――もう少しこう手心と云うか、何と云うか。

 

「せ、先生、宜しければ私が呼んできましょうか?」

 

 先生は額を指先で揉み解し、取り敢えずミレニアムの救護センターに連絡を入れようかと端末を取り出せば、控えめに引っ張られる袖。振り返るとユズが身を縮こまらせながら自身を見上げていた。

 

「うん? それは――助かるけれど、良いのかい?」

「は、はい、こういう時位しかお役に立てませんし……」

 

 そう云ってへらりと笑う彼女は食堂の外を指差す。ミレニアムには警備ロボットに負傷者の報告を行えば自動的に救護センターにも通知が届き、一番付近の救護ロボットが駆け付けるシステムが備わっている。既に食堂は警備ロボットに囲まれているので、走って彼らに伝えるのが一番早いだろう。

 

「ありがとう、それなら頼めるかな」

「は、はいっ!」

 

 先生がそう口にすると、嬉しそうに頷いたユズは小走りで食堂の外に配備されたロボットの元へと向かった。その背中を見送り、先生は開いていた番号入力画面を閉じる。

 

「――あの噂は本当だったのですね」

 

 そんな二人の会話を交わす姿を見つめながら、ハルナは呟く。その視線は先生の動きに合わせ揺れる衣服を捉えていた。しかし先生が振り向くより早く、ハルナはその視線を覆い隠す。アカリも見開いていた瞳を閉じ、いつも通りの不敵な笑顔の中に感情を押し込んだ。

 

「うぅ、取り敢えず悩んでいても仕方ないし、彼女達についてはゲヘナに連絡を入れて引き取ってもらわないと……あと今回の修繕費用については万魔殿に請求をしましょう」

「そうなると、費用が支払われるまでは第四食堂を封鎖ですかね?」

「片付けと点検だけは済ませておいて、そっちの費用は一時的にセミナー負担、点検の結果が分かり次第万魔殿から費用を回収、復旧作業に入るって形にすれば……これが一番負担が少ない、筈よ」

「分かりました」

 

 ユウカが一先ずの方針を定め、ノアが頷きながら手帳に記入を済ませる。そうして端末を取り出したユウカはこれらの惨状をどうにかすべく頭を回す。やるべき事は多岐に渡る、まずはこの騒動の収拾、第四食堂が爆破された旨を告知し周辺で食堂を利用していた生徒を他食堂に誘導する必要がある、文章や告知自体はノアが処理してくれる筈だが、その後の手配は自分の仕事だろう。

 

「取り敢えず安全確認の後瓦礫を撤去しないと、業者に連絡、あぁいやこれ位ならうちの生徒でも何とか――C&Cで此処の瓦礫の撤去(掃除)とか依頼出来たり……?」

「ざけんな、そういうのは他所に回しやがれ」

「はぁー……ですよね」

「お仕事が増えちゃいましたね、ユウカちゃん」

「全くよ、今日は終わり次第先生と一緒に街に繰り出そうと思っていたのに……!」

「ふふっ」

 

 地団駄を踏みながら呟くユウカを前に、取り繕う余裕もなくなったのかと笑みを零すノア。そうこうしている間に、先生がふと声を掛けた。

 

「ゲヘナには、私の方から連絡を入れておくね」

「えっ、良いんですか先生?」

「流石に放って置く事も出来ないし、今回はハルナ達も抵抗しなかったから、ちょっとだけ口添えも兼ねて――風紀委員会の生徒達が自治区に入る事になるけれど、大丈夫かな?」

「そちらに関してはセミナー名義で許可を出しておきます、彼女達を此方で勾留しておく理由もありませんから」

「ありがとうノア、ゲヘナとの間には私が入るから、ごめんね色々と」

「い、いえっ! 先生が謝る事では……っ!」

 

 告げ、頭を下げる先生にユウカはぶんぶんと首を振る。今回の件に関しては完全に先生は巻き込まれた側だ。こんな事で頭を下げられても困ってしまう。そんな感情を滲ませるユウカに、先生は尚更申し訳ない感情を抱いた。

 その後、幾つか今後のやり取りを経て先生はゲヘナ――正確に云えば犯人の受け渡しという事で風紀委員会に連絡を入れる事にした。連絡用の小型端末を取り出し、一覧の中から風紀委員会の項目を探し出す。そうして並んだ名前を見つめながら暫し逡巡した先生は、そのトップに表示されていたヒナの名前をタップした。

 

 以前、「何かあったら風紀委員会の中でもまず、私に連絡して」という言葉をヒナから受け取った事を思い出したのだ。他の生徒であっても彼女に情報は伝達するだろうが、どうせならば彼女の言に従っておいた方が良い。

 

 因みに使用している端末は、シッテムの箱の消費バッテリーを僅かでも抑える為に用意した通話用端末である。以前はシッテムの箱が充電切れになった場合を考え、別の端末を用いる事も一考していたが結局後回しにしたままだった。一元管理の利便性に抗えなかったのである。

 しかし、シッテムの箱がシステムダウン(充電切れ)になった場合、これからは冗談でも何でもなく自身の破滅が約束される。ほんの僅か、一分、二分の残量が生死を分けるかもしれない。それを思うと、こういった手間も苦にはならない。無論、シッテムの箱自体にも通話アプリの類は残してあるので、小型端末が破損しても通信手段が無くなる事は無い。

 

 端末を耳に添え、数歩生徒達から離れた場所に立った先生は耳を澄ませる。電子音のコールが始まり、恐らく今日も仕事に忙殺されているであろうヒナを想い溜息が零れ――そして二回目のコール音がなる寸前、聞き慣れた彼女の声が食い気味に発せられた。

 

『――どうしたの先生、何かあった?』

 

 まさかこんなに早く出るとは思わなくて、少しばかり面食らう。しかしそれを表に出す事無く、先生は口を開いた。

 

「あー、うん、まぁ、何かあったと云えばあったのだけれど、ごめんね急に、今大丈夫だった?」

『執務作業中だったけれど別に構わないわ、先生が連絡してきたって事は何か大事でしょう?』

「そうだね、大事かな? 実は……」

『今居る場所は?』

「えっ、場所? ミレニアムの第四食堂だけれど――」

『すぐ行く、待っていて』

 

 それだけ告げ、ブツリと音が途切れる。そして規則正しく鳴り響く電子音。先生はそれを耳にしながら呆然とした様子で端末を見つめ、思わず呟いた。

 

「……切れちゃった」

 

 ■

 

「先生、無事っ!?」

「は、早い……」

 

 そして連絡してから十分程後。救護ロボットに手当をされたアカリが包帯で釣られた腕を所在なさげに揺らし、イズミが空腹の限界で喚き、厨房から食料を漁って来ては先生の口に突っ込もうとするアリスを説得、渋る彼女に何度も頭を下げ乾パンをイズミに詰め込み一段落ついた頃――第四食堂の扉を蹴り開け、突入して来る人影がひとつ。

 響き渡る彼女の声に生徒達は振り向き、人影は外套の裾を靡かせながら食堂内部へと一気に踏み込む。その到着の速さに驚きを隠せず、ネル、ノア、ユウカと云った面々は思わず呟いた。

 

「すげぇな、もう到着したのか」

「まだ連絡から十分程度しか経過していませんが――」

「ミレニアムとゲヘナ自治区って、結構離れているわよね……?」

「マップ移動魔法を使ったのですか? 是非教えて欲しいです!」

「むぐむぐ――」

「あ、アリスちゃん、そんなに一杯詰め込んじゃ……み、ミドリからも云ってあげて……!」

「というか、これでパッケージ十個目なんだけれど……?」

 

 息を弾ませ、やや乱れた前髪を払うヒナ。彼女は肩に担いだままの愛銃を脇に挟み込み、周囲を鋭い視線で見渡す。見た限り、何かしらの爆発があった痕跡が散見される。特にあの、煤に塗れた厨房――此処で戦闘があったのか? 兎に角油断する事は出来ない、いつでも先生を庇えるような位置に移動しつつ強張った口調で問いかける。

 

「それで先生、一体何が――」

 

 そんな彼女の視界にふと、一つの塊として拘束されている一団が目に入った。

 

「ふふっ、お疲れ様です、ヒナ委員長」

「もごっ、んぐ、美味しいけれど量が少ないよ~!」

「ちょ、ちょっとイズミ、暴れないでよッ! 締め付け強くなるんだからッ!」

「うーん、やはりあそこで注文するべきはお寿司だったのかもしれませんね~」

 

 全く悪びれる事もなく、普段通りに振る舞う諸悪の根源――美食研究会。

 彼女達の姿を見た瞬間、ヒナの頭の中に稲妻が走った。此処はミレニアムの『第四食堂』、美食研究会と食堂、そして爆発の痕跡に粉々厨房、この組み合わせでピンと来ない筈がない。数秒程硬直した彼女は美食研究会の面々を見て、厨房を見て、周りの生徒の様子を伺い、そこから総合的な判断を下し――その表情をこれ以上ない程に歪めた。

 

「――……はぁーッ」

 

 ヒナは構えていた愛銃の銃口を床に下げ、それはもう重々しい溜息を絞り出す。まるで腹の底から失望し、肺に詰まった空気を全て吐き出すかのような長い長い溜息だった。先生はそんなヒナの様子に、大変申し訳なさそうな表情で声を掛ける。

 

「えっと、その、実はね……?」

「良い、大丈夫、大体理解したから……どうせ提供された食事が納得いかないとか何とか云って此処を爆破したのでしょう」

「まぁ、大体そうだな」

 

 壁際で腕を組み、寄り掛っていたネルが辟易とした様子で頷く。暫くすると食堂の出入り口から次々とゲヘナ風紀委員会の生徒達が雪崩れ込み、周囲の被害と拘束された美食研究会の面々を見て、何処か察した様な表情を浮かべていた。恐らく彼女達にとっては日常茶飯事なのだろう――それこそ自治区問わず駆り出されるその苦労を想い、先生は少しだけ涙が出そうになった。

 

「……先生、怪我はなかった?」

「うん、爆発に巻き込まれたりはしていないよ」

「そう、良かった」

 

 ヒナは先生の姿をじっと見つめながら問いかけ、その言葉に嘘がない事を確かめると今しがた到着した風紀委員会の面々に指示を出す。彼女達も手慣れたもので、既に指示を出される前から搬送の準備を整えていた。

 

「拘束したまま搬送する、手順通りに」

「はいっ!」

 

 そうして風紀委員会の生徒達に確保された美食研究会の面々は、何ら恥じるものはないとばかりに胸を張って連行されていくのであった。

 

「それでは先生、お手間をお掛けしました、またお時間がある時にでも一緒に御食事を――」

「えっ、あっ!? ちょ、ちょっとまって、せめてもう一品、折角ミレニアムまで来たのにぃ!」

「治療ありがとうございました、今度シャーレにお伺いしますね☆」

「あっ! その鞄の中には私の特製バーガーがっ……! お願いだから丁寧に扱ってぇ!」

 

 段々と遠くなっていく声、風紀委員会のメンバーは厳戒態勢を維持したまま食堂の外へと去って行く。その背中を見送った先生、そしてヒナは同じタイミングで吐息を漏らした。恐らく思う事は同じだろう――そしてヒナの懐から不意に電子音が鳴り響き、その小さな指先が携帯端末を取り出す。

 応答ボタンをタップすると、途端に向こう側から聞き慣れた声が響いて来た。

 

『ヒナ委員長っ! 今どちらに!?』

「……アコ」

『今直ぐ私も現地に飛びますのでっ、ちょ、ちょっとイオリ! 今私はヒナ委員長と話しているんですッ! そこの書類は後回しに――』

「対象は既に鎮圧済みだったから、今から戻る」

『えっ、あ、ちょ――』

「それじゃあ……」

「ヒナ」

 

 通話を切ろうと指先を伸ばしたヒナに、先生はそっと声を掛ける。ぴくりと眉を動かしたヒナは端末のマイク部分に手を翳し、それから問いかける様に先生へと視線を寄越した。

 

「少しだけ、時間良いかな?」

「……少し寄り道してから戻るから」

『今、先生の声がしましたよっ!? ヒナ委員長、まさか先生と逢瀬――』

 

 悩む素振りは無かった。

 即断即決、アコが何か噛み付いて来るような気配があった為、ヒナは即座に通話を閉じた。通話を切ってしまえば声は聞こえないし、アコはあれで仕事を放りだすような生徒ではないと彼女は知っている。自身が絡むと少しばかり暴走しがちだが――そこまで考え、ヒナは緩く首を振った。

 

「えっと、私から云っておいてなんだけれど、良いのヒナ?」

「ちょっと位は大丈夫、今日の分の書類、半分は終わらせてあるから」

 

 そう云って端末を懐に差し込んだヒナは、疲れの滲んだ表情の中に薄らと微笑みを浮かべ頷いた。

 

「取り敢えずミレニアム側の要求を万魔殿の連中に放り投げて来る……少しだけ、待っていて」

 


 

 ゲヘナ輸送機――内部にて。

 

「それで、収穫はありましたかハルナさん?」

「えぇ、いずれこの目で確かめる為、シャーレに伺うつもりでしたが……どうやらあの噂は正しかった様ですね」

 

「え、えっ? なに、何の話?」

「うぅ~……お腹空いた、お腹空いた、お腹空いた~!」

「あっ、ちょ、もう! 暴れないでよ! あれだけ乾パン食べさせて貰ってまだ足りないの!?」

「だってぇ~……」

「あぁもう、分かったわよ! ほらイズミ、鞄は取られちゃったけれど、私のポケットに飴が入っているから、これでも舐めてちょっと静かにしててっ!」

「えっ、良いの!? やったぁ、いただきま~……」

「ちょ、ちょっと待って! ポケットごと食べようとしないでよッ!? あぁもう、今出してあげるから……っ!」

 

「……調印式の際、トリニティで食べ歩きでもしていれば良かったですねぇ」

「過ぎた事を云っても仕方ありませんわ、過去を変える事は出来ない、私達美食家が見るべきは常に未来――そして私の、いえ、私達の美食探求の道に先生の存在は必要不可欠です」

「そうですね~、美味しいものが更に美味しく食べられるのなら、それに越したことはありませんから」

「えぇ、美食の為ならば手段を選ばない、『EAT or DIE』(食べるか、死ぬか)……このモットーが変わる事は決してありません」

「それなら――」

 

「はぁ、やっと大人しくなった――えっとそれで、二人して一体何の相談?」

「もごもご……」

「――ふふっ、これからの美食研究会(私達)、その在り方についてですわ」

「在り方ぁ? そんなの今更変える必要あるの? 美味しいもの食べる為に頑張る! 頑張って働いて手に入るならそうやって手に入れて、お金じゃ手に入らないなら邪魔なもの全部蹴散らして食べる! ……違うの?」

 

「……フフッ」

「いいえ、違いませんわ、ジュンコさん」

 

「んむ、バリボリ……んぐ、良く分かんないけれど、美味しいもの一杯食べられるのなら何でも良いよ! あ、美味しくない悪い店をやっつけるのでもオッケー! あと飴お代わり!」

「何でちゃんと舐めないのよ!? もっと味わって食べてよねっ!」

「えぇ、だってぇー……」

 

「……そうですね、何者かが真なる美食に至る道を邪魔するというのであれば、その障害を取り除くのも必要な事でしょう、ねぇアカリさん?」

「フフッ、分かりました、では……」

 

「次は、ほんの少しだけ――グロテスクにやりましょうか」

 

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