ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝を捧げますわ!
まぁ一日空いたので察している方もいらっしゃると思いますが、今回約18,000字ですわよ! 
クソなげぇですわ~!


強くなりたい。

 

「ごめんね、態々シャーレまで来て貰っちゃって」

「別に、近い内に顔は出そうと思っていたから、丁度良かった」

 

 シャーレ本棟――執務室。

 ヒナを連れて帰還した先生は、そんな事を口にしながら彼女を執務室の中へと招き入れる。ユウカやネルと云った面々が同行していないのは、ユウカ達は騒動の事後処理の為、ネルに関してはヒナが同行する為護衛を断り、そのままミレニアム自治区内で別れた。ネルには多少渋られはしたが、ユウカ達の方を手伝ってあげて欲しいと云うと不承不承ながら受け入れてくれた。

 まさか仕事を済ませる為に外出し、仕事を増やして帰って来るとは――我ながら難儀なものだと内心で思う。

 

「ちょっと座っていて、仕事のチェックだけ済ませるから」

「……うん」

 

 そう云って朝出掛けた時のまま、綺麗に整頓されたデスクの上に鎮座するディスプレイの電源を入れる。スリープ状態であったPCはマウスを軽く動かすと画面を点灯させ、パスワードの入力を終えればデスクトップが開いた。そして表示されるアイコン、メールの右上に並ぶ数字に思わず顔を顰める。

 シッテムの箱を通じてメッセージの管理は行っているので分かってはいたが、また他学園からの通知が増えている。これは、今日も徹夜かもしれない――そんな疲労で透けて見える先生の背中を見つめながら、ヒナは部屋全体をそれとなく見渡した。

 シャーレには良く足を運んでいる、しかしふと見慣れない色が視界を過った。

 

「先生」

「ん?」

「その、これって――」

「あぁ」

 

 ヒナが指差したのは、机の角などに施された衝突防止用のコーナークッションだった。先生はそれらを見つめながら、恥ずかしそうに口を開く。

 

「情けない話だけれど、視界が悪くなってから何て事のない動作でぶつかったり、転んだりする事が多くなってね、レッドウィンターの工務部がやってくれたんだ」

 

 おかげで怪我をせずに済むよと、先生はそう朗らかに笑う。シャーレ内部には先生が良く出入りする部屋が数多く存在する、それらの部屋を安全に利用できるようにと、彼女達は背嚢を担いである日突然やって来たのだ。果たしてどこから情報を掴んだのか、全くの謎ではあったが厚意を無下には出来ない。先生はふたつ返事で頷くと、彼女達は即日の内に主だった部屋の階段、角と云う角にカバーを施した。万が一にも怪我をしない様にと、何ならぶつかり防止用のクッションも張り巡らせようかという話になり、流石にそれは断ったが大分過ごし易くなったのは事実だ。

 

 目の喪失というのは、想像以上に影響が大きい。単純に視界が半分になると意識出来ない領域が増える。それに加えて片腕分の重量が常に傾き、先生の重心は今常にズレているような状態だった。少なくともこの感覚に慣れるまでは必要な措置だった。

 

「まぁ、最初の内は見慣れないとは思うけれど――ごめんね、この目に慣れたら外しても問題ない筈だから」

「………」

 

 日常生活で生徒に不安を抱かせる現状に先生は情けない気持ちを抱く。滲む出るそれを嚙み殺しながらそう告げれば、ヒナは目線を下げたままじっと黙っていた。

 新しい仕事が溜まっている事を確認し、これからの予定を大まかに立てた先生は執務室に備え付けられた給湯器の元へと歩き、背後のヒナに問い掛ける。

 

「ヒナ、珈琲と紅茶ならどっちが――」

「良い、私が淹れるから、先生は座っていて」

 

 ふと、ヒナの手が先生の右腕を掴んだ。ぐっと、抗えない力で引っ張られた先生は蹈鞴を踏む。振り向くと、表情の伺えないヒナが小さくもはっきりと聞こえる声で云った。

 

「え、いや、でも――」

「良いから、私にやらせて」

 

 やや強い口調で断じられ、先生はそのまま椅子に押し込まれる。何かを口にする暇すらなかった。ヒナは給湯器を手に取り、中身を確かめる。先生は何かを口にしようとしたが、ヒナの背中をじっと見つめる内に言葉を呑み込み、そのまま大人しく椅子に背を預けた。

 ヒナは湯を沸かす傍ら、並べられたティーパックの類を吟味する。そして以前より品揃えが増えている事に気付いた。良く見れば種類別に整理整頓もされているし、戸棚に仕舞われているカップの類も豊富だ。それらを眺めながらヒナはつい言葉を零す。

 

「……随分手が入っているのね」

「あー……多分C&Cの子達かな、有難い事に時々シャーレに来て色々と面倒を見てくれるんだ、後はトリニティの子なんかは紅茶が身近にあるからね、結構色々と差し入れで貰っちゃって……」

 

 そこに並ぶ紅茶の中にはトリニティで入院中、見舞いに来る生徒達から受け取ったものも混じっている。当たり前と云えば当たり前だが、トリニティで療養中に見舞いに来る生徒は大多数がトリニティ生であった。他学園からもちらほらと見舞いに来てくれた生徒は居たが、それでもゲヘナなどから態々足を運ぶ生徒は少ない。必然的に紅茶はその品数を増やし、結局病室で飲み切れない分はシャーレで保管する流れとなった。

 そんな事情を話せばヒナは肩を竦めながら、「そう」とだけ呟き、沸いた湯を静かにカップへと注ぐ。どうせこれだけ数があるのなら、紅茶を先に消費するべきだろう――そんな思考と共にパックを一つ手に取ったヒナは、その外装を剥がしながら安堵の息を吐いた。

 

「――少しだけ安心した」

「えっと……?」

「先生が、色んな生徒に守られているんだって分かったから」

 

 その言葉はヒナの本心だった。それは今回の騒動でもそうだし、こう云った身の回りの部分でもそうだ。先生は様々な生徒に想われ、守られている。少なくともその数は決して少なくない。

 

「そうだね、私は色んな生徒に助けられているよ、私ひとりで出来る事なんてほんの一握りなんだ」

「そういう事じゃなくて、私は……」

 

 かちゃりと、ソーサーがカップとぶつかり音を立てた。

 

 ――私は、ちゃんと先生を守ってあげられなかったから。

 

 ヒナは、口に出そうになったそれを呑み込む。

 それは彼女なりの懺悔、後悔の顕れ。けれどそれを口にする事に意味など無い、だって口に出してしまえば、まるで慰められるのを待っているみたいではないかと。だからヒナはその感情を、後悔を、一生引き摺って、この胸に秘めて生きていくのだ。秘めたまま先生の傍を歩いて行くのだ。それが彼女の選んだ道だった。それが彼女の選んだ償い方だった。

 それが彼女の信念だった。

 

「ヒナ?」

「……ううん、ごめんなさい、何でもない」

 

 動きを止めたヒナを訝しみ、声を掛ける先生。それに首を軽く振りながら、ヒナは今しがた出来上がった二つの紅茶を手に振り向く。

 

「――それで、先生からの話って?」

 

 カップを丁寧にテーブルへと置く。先生は差し出されたカップに指を掛け、ありがとうと告げひとくち。ヒナも先生の対面に座り、自身のカップに口を付けた。味は――悪くない、流石紅茶に拘るトリニティと云った所か。ヒナは不出来なものを先生に出さずに済んだと胸を撫でおろす。

 

「最近どうかなって、風紀委員会の仕事とか、学校生活とか」

「……別に、いつも通りよ」

「何かまた、ストレスを溜めたりしていない?」

 

 その言葉に、ヒナは自身の肩が跳ねるのを自覚した。それがいつかの醜態を晒した時の事を指しているのだと気付いたのだ。ヒナは僅かに頬を染めると、カップで口元を隠しながら声を漏らす。

 

「その……あの事なら忘れて、引退も、ただ少し弱音を吐きたくなっただけだから」

「分かった、ヒナがそう云うなら、でもまた何かあったら云って欲しい、私だってヒナの力になりたいからね」

「……ありがとう」

 

 ほぅ、と息を吐き出す。流石に、あの時自分がどれだけ酷い醜態を晒したのかは自覚している。だからこそ先生には忘れて欲しい――忘れて欲しいが、きっとこの人が忘れる事はないだろう。そんな予感がヒナにはあった。

 

「それで、私に聞きたい事ってそれだけ?」

「まぁ、ヒナの様子が聞きたかったというのが一番だから、それだけと云えばそれだけなのだけれど……その、セナの事も少し、相談したくてね」

「あぁ」

 

 先生が気まずそうに視線を逸らしながらそう云えば、ヒナは納得の声を上げる。

 

「そうね、あの子はまだ――」

「うん、どうにも避けられているみたいで」

 

 首を振って溜息を零す先生。ヒナは脳裏に最近のセナを描きながら紅茶を啜る。

 あの事件以降、どうやらセナは先生との接触を断っているらしい。最近は救急医学部の方で仕事に没頭していると聞いていたが――きっとそれが、あの子なりの逃避の仕方なのだろう。或いはただ、罪悪感に突き動かされているだけか。

 

「避けている……というより合わせる顔がないと思っているのでしょう、私もきっと同じ状況なら似たような事を思うだろうから気持ちは分かる」

「……ゲヘナの方は大分落ち着いて来たと聞いたけれど、ヒナの目から見てどうかな?」

「えぇ、負傷者も続々と退院しているし救急医学部の方も前と比べれば随分楽になったと思う、前は死んだような顔で働いていた部員も多かったし、先生と会う時間位は確保できると思うわ」

「そっか」

 

 それなら、少し強引にでも逢いに行くべきか――少なくともこのまま何もせずに、という事だけはない。

 腕を組み、難し気な表情を浮かべながら先生は唸る。

 

「それなら、私から動くべきだろうね」

「先生、ゲヘナに来るの?」

「うん、近い内にセナに会いに行ってくるよ、それに心配を掛けた子も多いから顔を見せに行かないと」

「……そうね」

 

 先生の言葉に頷くヒナ。

 あの事件以降、先生と会いたいと口にする生徒は多い。流石に全員が全員シャーレに雪崩れ込んだ場合その機能がパンクしかねない。その辺りは学生一人一人の自重が重要となって来るが、残念ながらキヴォトスに於いてそのハードルは非常に高い。実際は先生側から告知を出し、出入りを制限しているのが現実だった。

 

「ゲヘナに来たら是非風紀委員会に寄って行って、アコやチナツ、イオリも何だかんだ心配していたから」

「うん、約束するよ」

 

 言質を取り、ヒナは小さく拳を握り締める。空になったカップをソーサーに戻すと、彼女は軽く髪を払いながら立ち上がった。

 

「――御馳走様、そろそろ行くわ」

「もうかい?」

「えぇ、ゲヘナが落ち着いて来たのは事実だけれど、普段からあの学園は騒動が絶えないから」

 

 そう云ってヒナは壁に立て掛けていた愛銃に手を掛ける。行きは無理を通して来たが、本来であれば自治区間の移動にはそれなりに時間が掛かる。余り遅くなると徹夜になりかねない。

 名残惜しいがこの辺りで退散するのがベスト――ヒナの理性はそう判断していた。

 

「ヒナ」

 

 不意に名前を呼ばれる。振り向くと、小さく手を広げた先生が佇んでいた。ヒナは自身の鼓動が高鳴るのを自覚し、素早く周囲を見渡す。誰の目がない事、窓から誰も覗いていない事を入念に確認し、愛銃に掛けていた手を放すと彼女は迷いなく先生の胸元へと飛び込んだ。

 ふわりと自身を抱き締める暖かな温もり。こればかりは最高のストレス軽減方法だと云わざるを得ない。この体が、どれだけ冷たくなったかを知っているからこそ――ヒナはその暖かさに心底安堵するのだ。

 ヒナは先生の胸元に顔を埋めたまま、絞り出した様な声で告げる。

 

「……先生、私、頑張るから」

「ヒナはもう十分頑張っているさ」

「ううん、もっと――もっと、頑張らないと」

 

 強さが足りないと思った事は無かった。

 けれど、今回の一件でヒナは自身の弱さを痛感した。

 強く、もっと強くならなければならない。

 もっと、強くなければ。

 そうでなければ――先生を守れない。

 

 唇を噛み、目を瞑るヒナは心の中で呟く。そして最後に大きく息を吸い込むと、先生の香りを肺一杯に詰め込み、先生の背中に回した腕をそっと離した。意図を察した先生が抱きしめていたヒナの身体を優しく開放し、ヒナは肩をゆっくりと落とす。

 

「――うん、ありがとう先生、少し元気が出た」

「なら良かった」

 

 微笑み、ヒナの頬を優しく撫でる先生。ヒナはその一本だけになった大きく暖かな手に頬を擦り、息を吐き出す。暫く余韻に浸っていた彼女は徐に壁際の愛銃を担ぎ上げると――いつも通りの凛とした表情を浮かべ云った。

 

「また来るね、先生」

 

 そう云って去って行く彼女の背中に向けて、先生は手を振る。ヒナはシャーレの長い廊下を歩き、時折名残惜し気に振り返りながら――軈てその背中は廊下の角に遮られ見えなくなった。

 ヒナを見送った先生は小さく息を零し、口を結ぶ。少しだけ、腹に活力が戻った様な気がした。

 

「……良しっ!」

 

 片手だけで頬を張り、気合を入れる。仕事は山の様に残っている、恐らく今日も徹夜作業になるだろう。

 しかし、負けてはいられない。

 

「私も――頑張らないとね」

 

 だって、他ならぬ生徒達が頑張っているのだから。

 

 ■

 

「――進捗はどうですかチーちゃん」

 

 ミレニアム自治区、ヴェリタス・メインルーム。

 幾つもの機器とモニタ、筐体に囲まれたその部屋は常に冷房が稼働しており肌寒い。モニタの前に座ってキーボードを叩いていたチヒロは、ふと掛けられた声に振り向き驚いた様に目を見開いた。

 

「ヒマリ」

「此処は相変わらず肌寒いですね……ふふっ、少し気になったので来てしまいました」

 

 視界に入ったのは、車椅子に膝掛けをした儚げな少女。しかしその印象をそのまま伝えれば本人が非常に面倒な態度を取る事を知っているので、死んでもそれを言葉にする事はしない。彼女――ヒマリは駆動音を鳴らしながらチヒロの直ぐ傍まで寄って来る。チヒロは脇に避けていた缶珈琲を手に取り軽く呷った後、モニタを睨みつける様にしながら云った。

 

「……駄目だね、それらしい情報は彼方此方に散乱しているけれど確かなものは一つもなかった、各学園もそうだし、連邦生徒会もカタコンベについての情報は殆ど持っていないみたい――少なくとも私が調べられた範囲では」

「そうですか、ある程度出所の限られる情報だとは思っていましたが……」

 

 チヒロの言葉に落胆の色ひとつ見せる事無く、彼女は頬を指先で撫でつけながら呟く。

 

「謎の多いトリニティのカタコンベ、いつか解析し解き明かしたいとは思っておりました……しかし、此処まで頑なに秘匿されているとは」

「水は罅割れを見つける――って訳じゃないけれど、情報を制限しようとしても必ずどこかで漏れ出る筈、それが此処まで完璧に秘匿されているのなら、それは……」

「情報源であるアリウスの生徒が頑なに口を閉ざしているのでしょう、或いはキヴォトス全域に手を伸ばせる程の勢力なのか、だとしても此処まで来ると最早統制というより洗脳という方が正しい気がしますね――アリウス自治区、非常に興味深い存在です」

 

 薄らと笑みを浮かべながら告げるヒマリに、チヒロは吐息を零す。決して笑える状況ではないが彼女のこの不敵な態度はこういう場面だからこそ心強くもあった。

 それが鼻に付くという生徒も多いが――例え真正面からその様な言葉を叩きつけられても、彼女は決して変わるまい。その確信がある。

 

「この時代に何をと思うかもしれないけれど、私達が入手できる情報は電子媒体のものに限る、それこそ先祖代々紙媒体や口頭で伝えられてきた情報に関してまでは手が伸びない」

「えぇ、勿論です、そちらの分野についてはトリニティの方が寧ろ詳しいでしょう、あちらには古書を専門に扱う部活動も存在していた筈ですから、データベースにも存在しない情報が眠っているかもしれません」

「……必要なら、そっちに協力を要請した方が良いんじゃないの?」

「難しいですね、古書となると扱いもそれなりですから、他学園の生徒においそれと閲覧許可を出して頂けるかどうか」

 

 顎先を指で撫でつけ、そう零すヒマリ。古書というのは中身の記載に関してもそうだが、その書籍自体を希少な存在として扱っている。それもカタコンベに関して言及している書籍となれば百年、それ以上前の代物であったとしてもおかしくはない。トリニティ側もおいそれとそんな代物を貸出、乃至閲覧許可を出すとは考え辛かった。

 ましてやミレニアムの非公認部活として悪名高いヴェリタスならば尚更。

 

 或いは――此方の事情を明かし、協力を求める事をすれば道が開ける可能性もあるが。しかし、その協力体制が整うまでどれ程の時間が必要か。それを思い僅かに目を細めた時、チヒロが伸びをしながら声を零した。

 

「……こういう時、シャーレの肩書がどれだけ有難かったのか実感するよ、契約を取る時もそうだし、他校の協力を引き出す時もそう、名前で勝てる様になったら楽――何て言葉もあるけれど、先生は正にそんな感じ」

「……ふふっ、考える事は同じですか、独立連邦捜査部シャーレの評判は既に広く知れ渡っていますからね」

 

 そう、ヒマリも今チヒロが口にした内容と同じ事を考えていた。

 この問題は、両者の間に先生が介在していれば簡単に解決する問題だと。

 トリニティとミレニアムの間に先生が立ち、互いに事情を話せば古書だろうが何だろうがトリニティ側は最大限の協力を約束してくれるだろう。その確信がヒマリにはあった。

 

 しかし、残念ながら先生に協力を仰ぐ事は出来ない。この問題に自分達が関与しようとしている事を彼に知られてはならない。

 先生は生徒がこれらの騒動に巻き込まれる事を、決して良しとしないだろう。

 故にもし実行するとしても、協力は秘密裏に行わなければならなかった。

 ふと、振り返ったチヒロは疲労を滲ませながら言葉を紡ぐ。

 

「というより、この手の情報収集ならヒマリがやっても良かったんじゃない?」

「私には私で為すべき事があったので、此方も多忙なのです」

「多忙って、具体的には」

「――主に調印式に撃ち込まれた弾頭の解析など」

 

 その一言に、チヒロの表情が強張るのが分かった。音を立てて背筋を正した彼女は椅子を回転させヒマリと向き直る。纏う雰囲気は寒々しく、その瞳には真剣な色が灯っていた。

 

「……残骸を入手出来たの?」

「えぇ、件の飛翔体、と云っても飛び散った破片を少々ですが」

「現場は既に封鎖されているのに、良く入手出来たね」

「当時現場に居合わせた不良生徒達が散乱した破片を複数回収し、ブラックマーケットに流したものを全て購入しました、少々高く付きましたが想定の範囲内です、幸い予算はあの女のポケットマネーから出ていますし、私個人に支給はされずとも部活動としての研究ですからね、使わねば損というものでしょう……ふふっ」

「……随分危ない橋を渡った様に聞こえるけれど」

「この程度のリスクは必要経費です」

 

 髪を指先で払い、ふふんと鼻を鳴らしたヒマリは自信を持ってそう告げる。ブラックマーケットだろうが何だろうが、この超天才清楚系病弱美少女ハッカーに掛かれば手に入らないものなどない。電子上でやり取りを行い、実際に取引現場へと出向いたのはエイミではあるが、資金の準備から交渉の段取りまで全て整えたのは自分なのでこれは自身の功績と云って良いだろう。

 鼻高々なヒマリを前に何とも云えない表情を浮かべるチヒロは、その頬を掻きながら淡々と問いかける。

 

「はぁ……それで、肝心の結果はどうだったの?」

「そうですね、これを認めるのは大変業腹なのですが――『分からない』という事が分かりました」

 

 視線を流し、チヒロを見つめるヒマリはやや不満げな声で以て告げる。ぴくりと、チヒロはその瞼を震わせた。全知の学位を持つと公言して憚らないヒマリが分からないとは――無論、彼女とて完璧超人と云う訳ではない、疲労すれば計算ミスだってするし、この世全ての知識を修めている訳でもない。しかし、その知識量が膨大である事は変わりなく、そして彼女の情報精査能力に関しても信頼している。

 その彼女がそう口にするとすれば、それは。

 

「全体から見れば所詮は破片に過ぎませんから、断言する事は出来ません、しかし解析された材質の内凡そ九割は未知の物質で構成されていました、いえ、正確に云うのであれば酷似した素材は存在しているのです、鉛合金、ステンレス鋼、アルミ、硝子繊維……しかし」

「――既存の数値と合わない?」

「えぇ」

 

 チヒロの言葉に頷いた彼女は、腕を軽く組んだま指を立て言葉を紡ぐ。

 

「新素材開発部の設備をお借りして出た結論は限りなくそれらの物質に近い性質、数値を持っている筈なのに、明確に異なる結果を持つという事です、さらに云えば破片から推測される全体構造、動作原理、推進体、設計に至るまで全てが解析不能……正に、『オーパーツ』と表現すべき代物でしょう」

「そこまでのもの、か」

「勿論、分からないままにしておくつもり等ありません、しかしこれ以上の分析には相応の時間が必要であると結論が出ています」

「今は後回し、って事ね」

「えぇ、そういう事です」

 

 オーパーツ――その言葉はチヒロに暗い影を落とす。ましてやそれを用いたのが嘗て歴史の闇の中に沈んで行った学園の一つともなれば、穏やかではいられない。

 ミレニアムサイエンススクールはキヴォトスに於いて『最先端』、『最新鋭』と呼ばれる多くの開発を行ってきた。事科学技術という分野に於いてこの学園に勝る場所は何処にもないと自負する程に。千年難題と呼ばれる現技術では解答不能な七つの難題に立ち向かう研究者たちが興したこの学園は、今尚進化を続けている――しかし、そんな自分達が科学や技術で証明出来ない代物があると云う。

 そしてそれは大抵、【神秘】や【恐怖】と呼ばれるものだ。ヒマリやチヒロは、オーパーツやロストテクノロジーと呼ばれるものには『科学』や『技術』を超えた、自分達の見出す事が出来ていない【何か】が含まれている事に薄々気付いていた。しかし、認識できないものを研究する事は出来ない。その領域に、ミレニアムは未だ至っていない。

 

「これはまだ推測に過ぎませんが、この件には【特異現象】が絡んでいると私は睨んでいます、そうでなくともそれに比肩し得る――何か大きなものが潜んでいると」

「特異現象……それって例の、デカグラマトンだっけ」

「そうです、聖なる十文字――神性を探し出す人工知能、自らを絶対的存在と嘯く誇大妄想に囚われた知性」

 

 ヒマリは嘗て対峙した存在を脳裏に描き、唇を湿らせる。特異現象捜査部として調査を行い、漸く見つけ出した人工人格、正確に云えば呼び出されたと表現出来るが――彼との接触により感化され、預言者へと変貌した幾多もの人格モジュール(人工知能)。ミレニアムの超高性能演算機関である「ハブ」を僅か0.00000031秒で突破したホドを始めとする、十の預言者達。その内、特異現象捜査部として接触したものは四つ。

 

 第一セフィラ・ケテル ――【最も煌びやかに輝く至高の王冠】

 第三セフィラ・ビナー ――【違いを痛感する静寂の理解者】(理解を通じた結合)

 第四セフィラ・ケセド ――【慈悲深き苦痛を持って断罪する裁定者】(権力を通じて動作する慈悲)

 第八セフィラ・ホド  ――【輝きに証明されし栄光】(名誉を通じた完成)

 

 未だ見ぬ五つの預言者、そして――。

 

「全ての預言者を導く最後のひとつ、『マルクト』――彼の者の予言した存在が、或いはこの出来事の裏に潜んでいてもおかしくはない」

 

 呟き、ヒマリは思考を巡らせる。彼らの存在もまた、ミレニアムの解析できない代物の一つである。デカグラマトンの語った天路歴程、彼の者の神性を証明する過程――セフィラ。

 

 ――もしくは、あの報告書に記載されていた【ゲマトリア】と呼称される存在か。

 

 ヒマリは口内で呟き、目を閉じる。どちらにせよ双方共に実在すら確認出来ない代物である。推察する事は出来ても、断言する事は出来ない。

 

「無論、それだけで彼の存在が絡んでいると考えるのは早計でしょう、ですがこの件には私達のまだ知らない、『特異な存在』が潜んでいる事は確かです、組織か、個人か、人か機械か、それはまだ不明ですが……彼らは明確に、【先生】に対して強い感情を抱いています」

「その根拠を聞いても良い? ヒマリがそう云うのなら、弾頭に関してだけが理由じゃないんでしょう」

「えぇ、勿論です」

 

 理解出来ないモノ(オーパーツのミサイル)を使うのなら、理解出来ない存在(超技術を扱える誰か)が潜んでいる。その結論は実に短絡的であると云える。しかし、ヒマリにはそう考えるに足る根拠が存在していた。

 

「アビドス事件、トリニティ襲撃事件、そして今回の調印式襲撃事件――」

「……全部、先生が巻き込まれた事件だね」

「そうです、現場には必ず先生が居合わせています、そして後者になるにつれ先生は身体的な負傷度合いが増加する傾向にありました」

 

 ヒマリの言葉に、チヒロはゆっくりとした動作で頷いて見せる。件のアビドス事件では弾丸による負傷、一ヶ月以上前に起きたトリニティ内部でのクーデター事件では爆発に巻き込まれ重傷。そして今回、調印式襲撃事件に至っては致命傷を受け、身体の欠損にまで至った。

 

「今回の一件で、先生は心肺停止に陥ったと聞いたけれど――」

「あら、それは公開された情報ではなかった筈ですが」

「……悪いとは思ったけれど、トリニティの救護騎士団のデータベースに潜らせて貰った」

 

 そう、苦々しい表情でこぼすチヒロにヒマリは薄らと微笑を浮かべる。

 

「そうですか、常日頃正しいハッカー倫理を説くチーちゃんらしからぬ行いですね」

「茶化さないで、ヒマリ」

「ふふっ、ですが気持ちは分かります――公開された情報ではありませんが、私も同じような情報(もの)を入手していますので」

「……なら、やっぱり」

「えぇ、寧ろ息を吹き返したのが奇跡という状態だったと」

 

 先生の負傷、及び欠損に関しては既に広く知られている事実である。欠損に関しては公的な報道こそされていないものの、人の口に戸は立てられない。人から人へ、現実での噂、ネットワーク問わず彼は常に話題にされている。彼の負傷について悲しみ、憤る生徒は多い。しかし実際にどれ程の奇跡が重なって彼が命を繋いだのかを知る生徒はごく一部だった。

 先生が襲撃でどれ程危険な状態であったかを知る者は少ない。

 

「――何者かが、確かな害意を持って先生を殺害しようとしている、組織か群体ならばその一部、若しくは全体が先生に対し何らかの異常な執着を持っているのです、これまでの行動からそう考えるのは自然な事でしょう」

「……でも、偶然という可能性だってある、行動だけを根拠にするには弱い」

「えぇ、ですから――此方をご覧下さい」

 

 ヒマリが虚空に手を翳し、車椅子に搭載されていたホログラム機能を起動する。虚空に投影された複数の写真――そこに写る幾つかの人影を認め、チヒロは疑問の声を上げる。

 

「これは?」

「一枚目はアビドス事件の最中、辛うじて動作していた防犯カメラの映像を切り抜いたものです、どういう事か当時先生を中心とした一キロ圏内のカメラは全て動作を停止し、記録も残っていませんでしたが――遠方のカメラは一部、生きていましたので其処からデータを抽出しました、アビドスは人も少なく生きているカメラの類も僅かでしたので、これの入手には大変苦労したんですよ?」

「……これって、狙撃手?」

「えぇ、かなり不明瞭ではありますが、彼女は『アリウス』に所属する生徒のひとりです」

 

 アリウス――その名前に、チヒロの纏う空気が揺らぐのが分かった。

 写真の中に写っているのは寂れた屋上で大型の狙撃銃らしきものを構える生徒の姿。隣接する屋上の防犯カメラによるものなのか、映像は荒く輪郭もぼやけている。給水塔の下に潜り込んでいる為か、色合いも定かではない。しかし、顔は分からなくとも服装と背丈程度は認識出来た。

 

「そして二、三枚目はトリニティで起きたクーデター、その際撮影されたもの、四枚目以降は調印式襲撃時、一般生徒が撮影してSNSに掲載していたものを収集しました」

「………」

 

 続けて表示される写真。噴煙の中を駆ける、長髪の生徒。マズルフラッシュの中で辛うじて視認出来る複数の影。その中にはアビドスでの写真に写っていた生徒らしき姿も見える。睨みつける様な視線でそれらを眺めるチヒロは無意識の内に唇を指先で擦る。

 特に四枚目以降は一般生徒が撮影したものという事で、かなりの数が揃っていた。手ブレが酷く、辛うじて認識出来るという物も多かったが――それでも有力な情報に違いはない。

 

「そして、これらの情報を纏め割り出した、『アリウスに於いて作戦の中枢を担うメンバー』――それが彼女達です」

 

 最後に、ヒマリが指先で虚空をなぞればズラリと顔写真がチヒロの目前に並んだ。数は四、そのどれもが撮影された写真の中で見覚えのある格好と顔立ちをしている。

 眼鏡を指先で押し上げ、鋭い視線と共に――チヒロはアリウスの生徒を記憶に焼き付ける。

 

「彼女達はアリウス・スクワッド――アリウス分校の生徒会長が組織した、アリウスに於ける特殊部隊」

「アリウス・スクワッド……」

「えぇ、右から順にリーダーの錠前サオリ、秤アツコ、戒野ミサキ、槌永ヒヨリ、現スクワッドはこの四名で構成されています」

 

 ヒマリはそう説明し、写真を横合いにスライドさせる。本来であればアリウス・スクワッドは『五名』からなる部隊ではあるが――その一名は既に、トリニティ側の生徒として受け入れられている。その事に関し、ヒマリは敢えて触れずに捨て置く事にした。何しろ彼女の所属する『補習授業部』の担当顧問は先生、であれば口にするのは野暮というものだろう。

 チヒロは背凭れに身を預け軋ませると、詰まっていた息を吐き出し告げる。

 

「アリウスは、アビドスの時から裏に潜んでいた……って事で良いの?」

「これらの情報を見るに、少なくともアリウス自体が黒幕か、その黒幕と協力関係にあったという事は確かでしょう、アビドスでの一件にアリウスは噛んでいた、そしてトリニティ内部のクーデターに於いても彼女達が重要な役割を担った、そして今回の調印式に至っては主犯と目されています」

「………」

「アリウス分校が何故このような行動を取ったのか? この学園の歴史や成り立ちについて探ってはみましたが、到底先生と結びつく情報はありませんでした、トリニティやゲヘナに対して攻撃的な姿勢を見せるのは理解できます、クーデターの件や調印式の一件ならば、先生も『ただ巻き込まれた』と云い切る事も出来たでしょう――しかし、アビドスでの一件は違います、この件のみがおかしい、辻褄が合わないのです」

「……当時はまだ、シャーレの名前もそこまで知られていなかった、そしてアビドスで起きた事件に於いてトリニティやゲヘナと云った学園は表立って動いていない」

「そうです、ならばアビドス事件で彼女達が動く理由は何か? それを考えた時、私はアリウスの裏に隠れた何者かの『意志』に気付いたのです」

 

 成程と、チヒロは口の中で言葉を転がす。背を曲げ膝に凭れ掛かると、彼女は思考を巡らせる。確かにこれは、『何者かの意志』を感じざるを得ない。この場合はアリウスという学園そのものではなく、そのアリウスを使って先生を害そうとする『誰か』の意志だが――それは現在に近付けば近づく程、顕著であると云えた。

 

「なら、アリウスは……」

「はい、恐らくは黒幕にとっては駒――或いは尖兵でしょう、だからこそアリウスを探らなければならないのです、その裏で糸を引く黒幕を陽の下に引き摺り出す為に」

 

 ヒマリの言葉に、チヒロは思わず天を仰ぐ。考える事は多く、思考は茹るようだ。しかしはっきりした事もある、あやふやだった境界線が目に見える形になったような、そんな実感が腹に落ちて来た。

 

「理解した、アリウスを探る事が後ろに潜む連中を引き摺り出すのに一番早いって事も……前例を見るに物事の経過は確かに『そういう流れ』を感じさせる、そして今回先生が生きているのなら、三度事が起きたなら四度目も――って考えているんでしょう?」

「えぇ、この際私の考えが全くの的外れなものだったとしても、そうなる可能性は非常に高い、そしてこのまま順当に考えるのならば次は――」

「……先生の命に届き得る、か」

 

 声は低く、唸る様だった。最初は負傷、次に重傷、今回は致命傷を負った――回数を重ねるごとに目に見えぬ相手は、その牙を鋭く研ぎ澄ませている。ならば次は……そう考えるのも不自然な事ではない。

 

「そうならない為に備えるのも、この天才清楚系病弱美少女ハッカーの役目です」

「……相変わらずだね」

 

 胸元に手を当て、自身ありげに背筋を正す彼女を前にチヒロは苦笑を零す。しかし目標が明確になったのは確かだ。大きく首を回し、息を吐き出したチヒロは気持ちを改め問いかける。

 

「それで、一番重要なカタコンベに関する情報も、アリウス自治区の場所も、黒幕についても推察は出来ても断定は出来ない……この状況で次はどう動くの、部長?」

「そうですね――」

 

 チヒロの言葉にヒマリは頭上を仰ぎ、指先で頬を撫でる。その優秀な頭脳がどの様な結論を導く出すのか、チヒロは腕を組みながら次の言葉を待った。

 

「一番手っ取り早いのは、チーちゃんのバックドアを使う事ですが」

「………」

「ふふっ、冗談ですよ」

 

 茶目っ気を見せるヒマリに、思わず苦り切った表情を浮かべてしまう。

 バックドア――この場合はチヒロの持つ愛銃の事であった。そしてコレを使うという事はつまり、実力行使(アリウス生徒を捕まえて吐かせる)という事に他ならない。緊急時に躊躇う気はないが、その行動には聊か気乗りしない。

 

「手っ取り早いのは認めるけれど、余りそういうのは気が乗らないね」

「先生を傷付けた相手であってもですか?」

「……誰かを傷付けられたから、相手を傷付けても良い、そんな風に考えたらきっと、いつまでも恨み辛みが募るだけ」

「――あら」

 

 チヒロの言葉に、ヒマリは少しだけ驚いたような目をした。

 

「勿論赦す赦さないは別、その罪が知られていないのなら周知させる為に行動は起こすかもしれない、誰も知らない罪をそのままにしておくなんて事はしたくないから――でも罪があるから私刑に走っても良いなんて理由はない筈、それが取り返しのつかない事なら尚更、然るべき場所で報いを受けるべき、そうじゃなきゃ、涙を呑んだ人が報われない」

「……チーちゃんらしいですね」

 

 ――善人過ぎる程に善人。

 他者の痛みに共感し、思い遣る心を持つ少女。曲者揃いのヴェリタスの中で、唯一の常識人とされるのは嘘でも何でもない。善悪の区別を持ち、正しく知識を生かそうと意思を持つ事の何と難しい事か。なまじ能力が高いからこそ、出来る事が多いからこそ、そう云った境界線は曖昧になり易いと云うのに。ヒマリは感心した様に頷き、微笑みを零す。

 

「……でも、目の前にその存在が現れたら自制出来るかはちょっと、自信がないかな」

「その時はその時です、時には感情の赴くままに振る舞う事も、決して悪い事ではありませんよ?」

「やめて、そっち側に引っ張ろうとしないで……はぁ、何でうちの部はこうも――」

「ふふっ、ヴェリタスとは『そういう場所』ですから」

 

 くすくすと笑みを零すヒマリに、チヒロはこれ見よがしに溜息を吐き出す。卓上の缶珈琲を一息に呷ると、中身は既に空だった。温い僅かな水滴を舌で感じ取ったチヒロは、その顔を僅かに顰め缶をゴミ箱に放る。カコン、と音を立てて転がったそれは今日で五本目だった。

 

「一先ず、これ以上情報を収集しようとしても効果は薄いと判断しました、これから先は実際に動く必要があるでしょう」

「実際に動くって、まさか本当に――」

「暴力を振るうつもりはありません、新雪のように高潔で、清水の如く透き通る私がそのような手段に訴える筈がないでしょう?」

「………」

「何ですか、その目は?」

「……いや、何でもない」

 

 何か云いたげな瞳にヒマリが首を傾げれば、チヒロは視線を彼女から逸らす。

 軽く背を曲げて足元の小型冷蔵庫を開けると、中で冷えていた新しい缶を取り出しながら彼女は改めて問いかけた。

 

「実力行使もしないならどうするの? ネット上で探るのも限界なら、出来る事は……」

「ふふっ、勿論考えてあります」

 

 ――結局の所、背後に居るのが特異現象だろうが、ゲマトリアだろうが、やる事は変わらない。

 

「ミレニアムの清楚な高嶺の花であり、みなさんの憧れである全知の学位を持つ眉目秀麗な乙女である私に不可能などないのですから♪」

 


 

 あと二話位で本編突入ですわ~っ!

 幕間は平和な事しか書けないから、すっごくムズムズしますの。大体いっつも「は~、此処で先生爆散しねぇかしら~」って思いながら書いておりますわ。そういう時は心の中で先生をボコボコにした後に好きな生徒の前に放り投げると、心がスゥっとして染み渡りますわよ。多分一年前の私も同じような事云っていた気がしますわ。

 

 そう云えばヒナちゃんに紅茶を淹れさせるシーン書きながら思ったのですが、彼女って料理出来るんでしょうか? 珈琲とか紅茶とか淹れるのは執務の片手間にやっていそうだから出来る気がしますが、休日とか草臥れたOLみたいにコンビニでお弁当とか買ってきてもそもそ食べているイメージしかありませんわ~! というか食生活そのものが不透明というか、仕事中に食べれるからって理由でパッケージされたゼリー飲んでいたり、カロリーメイトみたいなの齧っていてもおかしくはない気がしますの。

 

 そんなヒナちゃんが仕事に忙殺されて死にかけの先生にお弁当を作るシチュエーションがあるとするじゃないですか。

 シャーレに向かったら今にも死にそうな先生が居て、「せ、先生、どうしたの……?」って聞いたら、「今日で五徹目なんだ」って余りにも透明感のある笑顔を浮かべて、慌てて休ませようとするも、「これだけ、これだけ……」って云ってデスクに齧りついて、そうこうしている内に先生のお腹が鳴って、「先生、お腹空いているの?」って聞くと、「冷蔵庫が空っぽでね、はは……」と恥ずかしそうに頬を掻くのだ。

 

 そんな事があった後、ヒナも仕事で結局ゲヘナに戻って来るのだけれど悶々としていて。仕事中も上の空でアコに「ヒナ委員長?」って訝し気にされて、結局その日の昼前に、「今日は早退する」って云って学園を後にするんだ。「ヒナ委員長が早退ッ!?」、「い、一体何が……!?」って風紀委員会の生徒達が愕然とするのだけれど、ヒナは自室に戻ってから先生にお弁当を作ってあげようと考える。

 食糧を買い込んで、いざ! と意気込んでみたのは良いものの、料理なんて普段から全くしないし、全く経験がないものだから不格好も不格好で。出来たものはレシピの中にある写真とは似ても似つかない代物。流石にこれはと思うけれど、これ以上はお昼を過ぎてしまうし、かなり迷いつつも不出来な弁当を綺麗な布で包んでシャーレへ向かう。

 紙袋に入れたそれを大事に大事に抱えて、恐る恐るシャーレに向かうとそこには。

 

 フウカの手料理を満面の笑みで食べる先生が居るのだ。

 

 食堂でテーブルに並べられた綺麗な料理の数々、自分とは手間も、腕前も、何もかも違って完璧な食事と云って良い。「お代わりは沢山ありますからね」と微笑み、スープをよそうフウカ。「うまい、うまい」と笑みを浮かべながら料理を口に運ぶ先生。

 そんな二人を見てヒナは食堂の扉から中を覗き込んだまま動く事が出来ず、けれど先生の笑顔だけはハッキリと脳裏に刻んで、そのまま静かに踵を返してシャーレを後にするのだ。

 

 先生が元気になってくれるのなら、それが一番。

 

 帰り道、そんな事を考えながら俯き歩くヒナ、けれど幾らそう自分に云い聞かせても先生のあの笑顔が脳裏にちらついて、自分の胸元に抱きしめた紙袋をくしゃりと強く締め付ける。

 あの笑顔を向けられるのが自分ではない事に、彼女は自分が思っていた以上にショックを受けていた。けれど仕方ない事なのだ、あの美味しそうな料理を前に、自分のこの不出来な弁当を差し出す気にはどうしてもなれなかった。

 

 力なく、透けた背中でとぼとぼと帰宅するヒナ。学園の傍まで戻って来ると、アコがどこか焦燥した様子で周囲を見渡している。そしてヒナを見つけると、かっと目を見開いて駆け寄って来る。そしてヒナの肩を掴むや否や、「委員長! 具合が悪いんじゃないんですか!?」、「もしかして、何処か怪我をしたのですか!?」、「或いは気疲れとか――」と言葉を捲し立て、面食らっているヒナを頭の天辺からつま先まで眺める。

 

 そしてふと、彼女の抱えた紙袋に気付くのだ。そしてそれを指差し、「委員長、これは……?」と問いかけると、ヒナは何とも云い難い表情を浮かべた後、どこか吹っ切れたような表情で、「アコにあげる」とそれを手渡す。

 アコが驚いたような表情で受け取り、紙袋とヒナを交互に見て、「あの、これは一体?」と問いかけると、ヒナは薄らと笑みを浮かべながら、「お弁当」と答えるのだ。「お、お弁当!? えっ、まさかヒナ委員長の手作りの……!?」、「一応、そう」そんなやり取りを経てアコは紙袋を宛ら家宝の如く抱え、業務も全て放り捨てて風紀委員会の休憩室に飛び込むのだ。

 

 部屋に鍵を掛け、誰にも邪魔されない事を確かめながら戦々恐々と紙袋から弁当を取り出す。清潔なランチクロス、素朴なお弁当箱、少し大き目な気がしたがそれもまた良し。ヒナ委員長の手作りお弁当――その響きはアコにとって、何物にも代えがたい素晴らしいものに聞こえた。

 溢れ出そうになる唾液を呑み込み、慎重に弁当の蓋に手を掛ける。その瞬間、ふと布の隙間から一枚の紙片が落ちて来る。それに気付いたアコは落ちた紙片を手に取ると、そこには『ちゃんと休んでね、先生』と丁寧な文字で書かれていた。

 

 その瞬間、アコは全てを悟る。何故ヒナが早退などと口にしたのか、何故あのように意気消沈した状態で帰って来たのか。まさか先生に弁当を突き返されたのかと考えた瞬間、ぶちんとアコの額から音が鳴る。お弁当に手を伸ばし、『しかし、要らないのなら私が貰っても良いのでは?』と悪魔が囁いて来るが、アコは血涙を流しながら歯を食い縛ってお弁当を紙袋に戻す。

 そして休憩室を飛び出し、「あ、アコちゃん、午後の業務は――」、「今日は早退しますッ!」、「エッ」みたいな会話をこなし廊下を疾走。そのままシャーレまで全力で走行し、食堂でお茶を飲みながら休憩している所にアコが突貫するのだ。

 

「シャオラッ!」みたいなノリで食堂に突貫してきたアコに、「えっ、何、何!?」と狼狽する先生。湯呑片手に狼狽する先生へとズンズン近寄るアコは、やや草臥れた紙袋を突き出す。皺はヒナが抱きしめた際に出来たものと、アコが惜し過ぎて抱き締めた為に出来たものだ。

 紙袋を突き出したまま、「これを食べて下さい、今直ぐにッ!」、「えっ、何、何で!?」、「良いからッ! 米粒ひとつ残す事は赦しませんよ!?」と凄まじい剣幕で叫び、先生はその気迫に逆らえずお弁当を恐る恐る受け取る。

 

 食事を済ませたばかりだったが、アコの般若も斯くやと云う表情には文句を口にする事も出来ず、お弁当を取り出す。そしてそれが市販のものではなく、手作りだと気付いた先生は、「もしかして、アコが作ってくれたの?」と少しだけ驚いたような顔をする。

 アコはどこか苦虫を嚙み潰したような、とても難しい表情をした後、「……良いから食べて下さいッ!」と一喝。慌てて箸を掴んで食べ始める先生、暫くしてアコが「どうですか」と問いかける。

 先生はお弁当を頬張りながら、「うん、凄く美味しいよ!」と満面の笑み。アコはふんと鼻を鳴らし、「当然です」と吐き捨てる。そしてちゃんと全部完食した事を確かめ、米粒ひとつ残っていなことを入念にチェックし、そのまま弁当箱を回収。「ごちそうさま、アコ」と告げる先生に対し、「……それは後日、ちゃんと本人に伝えて下さい」と口にしてシャーレを後にする。首を傾げる先生に対し、アコはとても悔しそうなぐぬぬ顔で退散。

 

 翌日、いつも通り風紀委員会へと顔を出したヒナに紙袋を差し出すアコ。それに気付き、「どうだった? その、不出来なお弁当だったでしょう?」と苦笑するヒナ。アコはそんな彼女を真っ直ぐ見て、こほんと咳払い。

 そして淡々とした様子で、「凄く美味しいよ! だそうです、まぁ当然の事だと思いますが」と告げる。その他人の感想染みた言葉に首を傾げるヒナに、「……次は、ご自分で渡せると良いですね」と微笑む。そしてその言葉に全てを悟ったヒナはカッ、と目を見開き顔を真っ赤に染め、そのまま視線を左右に揺らしながら恥ずかしそうにアコから空のお弁当を受け取るのだった。

 

 みたいな事がエデン条約調印式の前にあったと考えると非常に心躍りますわね~! 

 

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