「世界の終わり、か」
「……あぁ、そうだ」
先生の言葉に、重々しく頷くセイア。
世界の終わり――口にすれば何と軽々しく、空虚な響きか。しかし、その声には彼女の確かな恐怖心と、そして絶望を感じさせるには十分な色を孕んでいた。セイアは自身の指先を摩り、努めて冷静な口調を装って続けた。
「終焉を迎えて滅亡したと云うべきか、結果的にそこへと至ってしまうのか、それは
「……難しいかもしれないけれど、もう少し具体的な様子は語れるかい?」
「そう、だな――」
俯き、思案する様子を見せるセイア。その光景を思い返す事は彼女にとって苦痛だろう。実際、その眉間に皺が寄り汗が滲んでいる。しかし、それでも尚仔細を語らねば始まらない事は彼女自身も理解していた。故に脳裏に刻まれた記憶を思い出し、その視界に映った映像を彼女なりにかみ砕いて言葉へと変換する。
「天から巨大な塔が飛来し、虚空が緋色に染められ、それらはまるで悲鳴を上げるかのように鳴動し、この世界を、キヴォトスを少しずつ削り取って世界の破片を『何か』に被せていった、削られた世界の欠片が嵐の様に吹き荒れる中で、黒い光が天から舞い降りて……世界が終焉に傾いていく、そうして世界は滅亡し――キヴォトスは塵一つ残さずに、万物は虚無へと消えた」
「………」
懸命に記憶を探り、それを何とか言葉として吐き出したセイアは額を撫でつけ、緩く首を振る。
「すまない先生、具体的と云われながら随分と抽象的な物云いになった、しかし私が思い出せる限りでは、これが限界なんだ」
「いや、大丈夫だよ――黒い光が、天から来るか」
先生は呟き、難し気な表情で考え込む。黒い光、そして天、その不吉な単語に思う所はあった、もしソレが自身の考える通りの代物ならば――忘れたくても、忘れる事は出来ない。
「私が視たこれが単なる悪夢なのか、それともこれから先、未来に起こる事なのか、或いは過去に起きたものを観測しただけなのか――今の所は何も分かってはいない、しかしその光景を目にしてしまったからには、私は真実を見極めなければならない」
焦燥を滲ませ、シーツを握り締めるセイアはそう云って唇を噛み締める。彼女にとって、その絶望的な予知は精神を削り、その弱々しい肉体に鞭打って何とか解決の糸口を見つけようと躍起にさせるには十分な効果を持っていた。
あの日から、そう――あの予知を見た日から。
セイアは意図して夢の中に潜り、僅かな希望を求め続けた。
「私は、あの光景が何かを明らかにする為に果てしない明晰夢の中を彷徨い歩いた、明晰夢は夢である自覚をもって意識的に微睡む行為だ、起こった事を記憶出来る事の代償として、夢と現実の境界が曖昧になってしまう……繰り返し夢と現実を行き来し過ぎた今、私は自分の立っている世界がどちら側なのかさえ知覚出来ていない、あやふやなのだ、現実と夢の境界線が」
「それは――かなりの危険を伴う行為だろう」
「……まぁ、否定をすれば嘘だろうね、しかし、それでも必要な事なんだ、以前の私であれば未来を知る事を恐れて狭間の世界に逃げ込んでいただろうけれど、今回ばかりはそうもいかない――あの光景がただの悪夢ではないと、私の直感が告げているんだ、いやこれは最早確信と云って良い」
「なら、本当にキヴォトスは……」
「可能性は高いと私は考えている、アレは本来キヴォトスに存在し得ない――キヴォトス外部から到来したものだ、私の想像を遥かに上回る、理解の及ばない存在……」
「外部から来た存在――か」
「あぁ、これは私の推測だが、恐らくアレを招いたのは【ゲマトリア】――彼らがキヴォトスに外部の存在を呼び寄せ、終焉に導こうとしているのではないかと考えている」
「――!」
セイアがぽつりと漏らした単語――ゲマトリア。
その名に先生の瞳が剣呑な色を帯び、握られた拳に力が込められた。
「もしかしたら、あの破滅を防ぐ方法があるかもしれない、だから、私は……」
「セイア」
彼女の名を呼ぶ、先生の声。普段ならば柔らかな音と共に鼓膜を震わせたそれは、普段よりも重々しく、力強い響きを伴ってセイアの意識を揺さぶった。はっとした表情で顔を上げたセイアの視界に、先生の顔が映る。その表情は嘗て彼女が見た事がない程に険しく、どこか刃物の様な鋭さを内包しているように見えた。
「ゲマトリアと、今君はそう口にしたね」
「……せ、先生?」
「あの連中に関わる事ならば、今直ぐ手を引いた方が良い――その道は、余りにも危険すぎる」
それは実体験からか、或いはセイアの知らぬ情報を既に掴んでいるのか。その真剣で、イノセントで、何処までも真っ直ぐ自身を見つめる瞳にセイアは思わず視線を横に逸らした。
「……あぁ、確かに、あの集団の痕跡を追うのは自殺行為に近いかもしれない、しかし先生、私にはこんな事しか――」
「それは、きちんと情報を集めた上で皆と協力して行うべき行動だ――セイアも、本当は分かっているんじゃないかい?」
「………」
「そういう事は大人に任せて、セイアは目の前に居る人をちゃんと見てあげて欲しい――それを欲している人が、すぐ傍に居る筈だから」
「……それは」
どこか遠回しでありながら、しかし道を示すような言葉。先生が何を云いたのか、聡い彼女は理解していた。俯きながら思い返し、脳裏に過るのはひとりの友人の姿。
「ミカの事――だね」
セイアの声に、先生は静かに頷いて見せる。良く考えずとも分かる事だった、セイアは自身の態度を恥じる様に目元を手で覆い呟く。その小さな口から、深い吐息が漏れた。
「まだ何の情報もない状態で夢に圧倒され、私は自分を見失っていたのかもしれないな……今の私に何かが起きてしまえばミカが――彼女がまた選択を誤ってしまうかもしれないというのに」
「それだけ予知の内容が衝撃的だったのだろう、誰にも相談できず、ずっと思い悩んで来たセイアを責める人は居ないよ」
「いいや、先生……私が、私自身が許せないんだ」
両手を握り締め、セイアはくしゃりと歪んだ表情を浮かべたまま言葉を続ける。
「先生、あの子は、今まで甘やかされながら生きて来たんだ、皆が彼女を崇め、讃える――まるで童話に出て来るお姫様の様な存在として、そんな彼女が今や少なくない生徒から憎悪の対象として見られている、特に私の派閥からは……恐らく生まれて初めての体験だろう、私個人としても勿論思う所はある、しかし人の口には戸が立てられない上に、私がこの体たらくだからね、全く儘ならないものだよ」
「セイア……」
「彼女が背負う運命としては聊か以上に過酷だ――けれど、決して最悪ではない」
トリニティの情勢は刻一刻と変化している。セイアが予知した未来に圧倒され、体調を崩しながらも夢に潜り続けていた間、ミカは自分を責め派閥間の対立は深刻な状態にまで悪化していた。しかし、まだ決定的に分かたれた訳ではない、取り返しのつかない分水嶺には至っていない。
「今は、ミカをこの泥濘から救う事が最優先事項、そういう事だね、先生」
「――あぁ」
「ならば、まずは一歩ずつ解決していこう、きっと先生の協力があれば上手くいく筈だ」
「勿論、協力は惜しまないよ、出来れば近い内にミカと会ってあげて欲しい、セイアに謝りたいって、そう云っていたから」
「謝る……?」
その一言に、セイアはまるで異国の言葉を聞いたかのような、面食らった表情を浮かべた。
「一体今更何を、私は既に彼女を許した筈だが……」
「それは、ちゃんと口にしての事かな?」
「ん、確かに私は――あぁ、いや、すまない先生、この記憶も或いは、夢の中での話だったかもしれない」
自身の目元を抑え、首を振るセイア。明晰夢を揺蕩い、数多の時間を夢の中で過ごした彼女にとっては現実で起こった事と、夢の中で起こった事が綯交ぜになっており、確かにミカと言葉を交わし謝罪をきちんと受け取ったつもりであったが――それは彼女の見た未来か、過去か、或いは別の世界での出来事に過ぎなかった。
「そうか、まだミカは私に許されていないと思っているのか……」
呟き、セイアは彼女が未だに自責の念に苛まれているミカを想い、俯く。
「――何とも、愚かだね」
「セイア、ミカは……」
「分かっているよ先生、これは只の感傷だ、我儘で、浅慮で、衝動的で――欲張りなくせに自傷的でもある彼女は、童話に出て来るような生意気で傲慢な令嬢がお似合いだったというのに、よりによって童話ではなく、寓話の主題となる愚かな存在へと成り果ててしまった、もし彼女に唯一救いがあるとすれば、彼女が辛うじて人殺しには堕ちなかったという点か――それは、先生に云える事ではあるが」
「………」
「ミカがこの様な状況に耐えていられるのは、その事実があるからなのかもしれない」
そう、セイアの思う決定的な一線。
もう後戻りが出来ない状況、それは即ち、誰かの命を奪われた時か。
或いは、自分が誰かの命を奪ってしまった時だけだ。
その一線を文字通り死に物狂いで――先生は守ろうとした。
「先生と私の安否が、彼女にとっての心の拠り所になっているのだよ、現に先生が倒れた時彼女は――」
告げ、セイアは言葉を呑み込む。彼女の見た未来、その無数に分岐した果てで哄笑するミカを知っているからこそ、セイアはその先を言葉にする事が出来なかった。緩く首を振って、セイアは自嘲を口にする。
「いずれにせよ、私は彼女に優しくなどなかった、しかし、彼女は私のせいであのような――はぁ、全く、子どもじゃあるまいに、私もミカも『ごめんね』の一言すら伝えられずにいるなんて、恥ずかしい限りだよ」
「セイア……」
「大丈夫だよ先生、どうか心配しないで欲しい」
そう、何も心配する事などない。百合園セイアは既にミカを恨んでもいなければ、責めもしない。彼女は既に、友人であるミカの事を許している。それだけは夢だろうと現実だろうと決して変わらない、セイアにとっての真実だった。
「――今直ぐ、ミカを呼んで来て貰うとしようか」
背筋を伸ばし、やや草臥れた自身の衣服を指先で正した彼女はそう告げる。先生を見上げたセイアはふっとその表情を優しく崩し、部屋の扉に目を向けた。
「彼女と言葉を交わし、そして明日の聴聞会にも参加する、現状ミカの罪状の中で最も重いのは私に危害を加えた事だろうから……その当事者である私が一緒に居れば、多少罪は軽くなるだろう、後は――」
「私も、勿論弁護するよ、きっと二人で、いやナギサを含め三人で弁護すれば――」
「あぁ」
先生の力強い言葉に頷き、セイアはベッドの脇に設置されていた呼び鈴を鳴らす。すると扉の前で待機していた行政官が扉を控えめにノックし、恭しい態度で以て扉を開けた。
「御呼びでしょうか、セイア様?」
一礼し、部屋の中程まで足を進める行政官。先生とセイアを一瞥した彼女は、自身の愛銃を肩に担いだまま直立不動を保つ。そんな自身の傍付きを見つめたセイアは、努めて穏やかな口調で云った。
「悪いがミカに会いたい、今直ぐ此処に連れてきて貰えるかい?」
「は、ミカ様ですか……?」
「あぁ、そうだ、頼むよ」
「……分かりました、ナギサ様に確認を取って参ります」
「ありがとう、それとミカと二人きりで話したいと伝えてくれ、どうにも他人が同席するのは恥ずかしいからね」
「――かしこまりました」
一瞬困惑の表情を見せた行政官ではあったが、自身の首長である彼女の言葉に従い一礼、そのまま部屋を後にする。恐らくナギサに連絡を取りに行ったのだろう、先生はそんな彼女の背中を見送りながら静かに云った。
「なら、私もナギサの所に行って来よう、色々と報告しないといけないから」
「あぁ、ありがとう、先生――少し、人と接し過ぎた様だ、ミカと言葉を交わすまで、横になって休ませて貰うよ」
「うん、無理だけはしないで」
セイアの頭を右手で優しく撫でつけ、微笑む先生。彼女はそんな先生の手癖を何処か恥ずかしそうに、しかしまんざらでもない様子で受け入れ、首を竦めた。
「セイア」
「うん……?」
「――お休み、また聴聞会で」
「……あぁ、お休み、先生」
柔らかく、暖かな言葉を交わし再びベッドへと身を横たわらせるセイア。そんな彼女を暫く見守り、先生は部屋の外へと足を進ませる。静かに扉を押し開け部屋を出ると、左右に立つサンクトゥス分派の生徒に声を掛けた。
「セイアの事、見ていてあげて」
「あっ、はい――お任せください!」
その言葉に背筋を正し、声を張る生徒。先生は一つ頷き、そのまま彼女の病室を後にした。渡り廊下を歩き、救護騎士団本棟へと歩みを進める先生。このまま一度ナギサの執務室へと顔を出し、報告をしようと考え――連絡用端末の振動を感じ取った。
「――……?」
足を止め、懐から端末を取り出し画面を覗き込む先生。しかし、表示された通知は見慣れたモモトークの画面でもなければ、シャーレ公式SNSアカウントに対するメッセージでもない。先生個人に宛てられた身元不明のメール、名前は記号の羅列であり、先生は一瞬悪戯かスパムの類を疑った。
しかし、開封し内容を検めれば――記載されていたのは、詳細な位置情報のみ。
それは先生の記憶に残る、とある生徒からの悲痛な叫び。険しい表情で端末を見下ろす先生は、指先に力が籠る事を自覚しながら呟く。
「今日、このタイミングか――」
『……先生』
目を伏せ、深く息を吸い込む先生に対し、シッテムの箱よりアロナが声を上げる。先生の視線が表示された彼女のホログラムに向けられ、画面の向こうに立つアロナは両手を握り締めながら告げた。
『送信場所と、端末を操作してメッセージを送信した生徒の特定を完了しました、記載されている内容と発信位置は殆ど同じです』
「そうなると、やはりこのメールは」
『はい、先生が考えている通りの生徒さんかと……』
その言葉に、先生はぐっと唇を噛む。それはあらゆる覚悟を決める為に必要な一瞬だった。アロナは画面の中で視線を様寄せながら、どこか云い辛そうに口を開く。
『以前と比較して、先生の心肺機能、及び運動機能は著しく低下しています、万が一の事を考えると、この呼び出しに応じるのは、その――……』
「それでも、私は行くよ」
遠回しに推奨しない旨を伝えるアロナに、先生は首を横に振る。『行かない』――という選択肢は、先生の中に存在しなかった。
生徒が助けを求めているのであれば、それが何処であろうと、誰であろうと、絶対に手を差し伸べる。
それこそが彼の信念だった。
「――私は、先生だからね」
■
不意に、懐に仕舞っていた端末が振動している事に気付いた。とある廃墟区画、その荒廃した屋上に佇んでいた彼女は、それに気付き端末を取り出すと通話ボタンをタップする。途端電話口から、どこか焦燥を孕んだ声が響いて来た。
『姉御!』
「……この端末に連絡を入れたという事は、先生の身に大事が?」
『それが、えっと――』
云い淀む電話口の相手。彼女――ワカモは端末を片手に周囲を見渡す。薄汚れ、苔に塗れた廃墟の屋上には彼女の他に、もう一人不良生徒が待機していた。彼女の視線は唐突に掛かって来た端末に向けられているが、気にする素振りはない。
『シャーレの先生が、トリニティ自治区を離れて、その、外郭区画に向かっているみたいでして……』
「―――」
その報告に、一瞬ワカモの動きが止まる。
そうして次の瞬間、ぶわりと滲み出す不穏な気配。それを感じ取った横合いで待機していた不良生徒はびくりと肩を跳ねさせ、ぎこちなく首を回しながら問いかけた。
「姉御、一体どうし――」
「しッ」
その不良生徒の問い掛けに、ワカモは指を立てる事で口を噤ませた。暫く手にした端末を凝視し、彼女は疑問の声をあげる。
「こんな時間に、あの御方が外郭区画に……?」
『は、はい、本校舎を見張らせていた奴が、間違いねぇって、中央線のバスに乗ってそのまま――気合でバスに追いついて、確かに街外れで降りたのを見たって云ってました! そこからはまるで何かを警戒するように、雑踏と裏路地を使って撒かれちまった様なんで、目的地は分からなかったんですけれど……』
「………」
ワカモはその話を聞き、無言でスケジュールアプリを開く。びっしりと埋まっているそれは彼女のものではない、シャーレの執務室、そのPCから抜き取った先生のスケジュールそのものである。この時間は、本来であればシャーレに戻って執務に取り掛かる筈。だと云うのに先生の向かった方角は――シャーレではない。
更に、尾行を警戒する様な素振りだと? ざわりと何か、良くない予感がワカモの胸を擽る。否、それは確信に近い代物だった。
「具体的な位置情報は?」
『え、あ、す、直ぐ端末に送信します!』
即座に端末のマップ情報が送信され、開いたキヴォトスマップが更新される。画面上には先生が最後に目撃された場所が表示されていた。位置情報が示すのはトリニティ自治区外郭、ゲヘナとの境界線付近、此処を真っ直ぐ行けば人の寄り付かぬ廃墟群へと辿り着く――どうやら自身の予感は当たっているらしい、それを確認し立ち上がるワカモ。
「少し用事が出来ました、あなた方はアリウスの監視を続けて下さい、何かあれば随時連絡致します」
「りょ、了解っす……!」
その言葉に戦々恐々とした様子で頷く不良生徒。ワカモは通話を切ると建物の屋上を飛び跳ね、隣り合う廃墟、その屋上へと飛び移った。指名手配犯として各地を逃げ回っていたワカモの俊敏性は、キヴォトスの生徒の中でも群を抜いて高い。その気になれば建物から建物へ飛び移る事さえお手の物。
そして飛び跳ねながら片手間に端末を再び操作し、登録されている数少ない生徒、その一人へと発信した。コールは四回、向こう側から間延びした声が響く。
『――もしも~し、此方ミチルぅ……』
「あの方に不審な動きがありました、どうか集合を」
言葉は簡素に、そして端的だった。その言葉を聞いた瞬間、電話口の向こう側より何かが転がり落ちる音、ドタバタという忙しない音が響いて来る。ワカモはその音に小さく吐息を零しながら、淡々と告げる。
「位置情報を送信しますので、現地で合流しましょう」
『わ、分かった! イズナっ! ツクヨ! 出番、出番だよっ! 今から出陣だから準備してっ!』
「念の為、完全武装での集合を、最悪戦闘を想定して動くべきです」
『りょ、りょうかいっ! シャーレに詰めていたから、そっちに到着するのはワカモより少し遅れると思う……!』
「えぇ、構いません、しかしながら出来得る限りお早いご到着を」
『任せて!』
その言葉を最後に通話を切り、ワカモは端末を握り締めた。
「あなた様――このワカモが、今参ります」
■
「ん……通知?」
ミレニアム自治区――ヴェリタス部室。
薄暗い部屋の中でモニタと睨み合っていたチヒロは、ふと視界の端でポップアップする通知を捉えた。表示は『一件の新着メッセージあり』というもの、マウスを動かしてクリックすれば即座に表示されるメッセージの内容。
それを目線でなぞっていく内に、彼女の視線は鋭く変化する。
「これ――もしかして」
そうして同封されていた位置情報、時刻などを確認する。そして確信を深めたチヒロは眼鏡を指先で押し上げ、静かに呟いた。
「そう、動いたんだね……先生」
内容は先生がスケジュールに無い動きを見せたというもの、そしてその足取りが明らかに何かある地区へと向かっている事。時刻と位置情報を見つめ、間違いがない事を何度も確かめた彼女はデスクの横合いに放っていた携帯端末を操作する。同時にPCよりとある人物に通知を送った。
「予定通り繋ぐよ、部長」
声はひとりきりの部屋で、小さく響いていた。
■
「ハルナさん」
「ん――?」
とある屋台――今日も今日とて素晴らしい美食を求め飲食店を渡り歩いていた美食研究会の面々。やや寂れ古びた外観ながらも、中々どうして悪くない蕎麦屋で舌鼓を打っていたハルナの耳に、アカリの声が届いた。隣で勢い良く蕎麦を啜るジュンコ、最早啜るというより口の中に放るというレベルのイズミ。そんな彼女達を横目にアカリは片手に端末を持ち、静かに口を開いた。
「通知が来ました、どうやら先生に動きがあったようです」
「……成程、今日になりましたか」
口元をナプキンで優雅に拭い、一つ頷いて見せるハルナ。彼女は手にしていた箸を静かに置き、両手を合わせる。
「むぐ――ん、どうしたのハルナ?」
「もぐ……んぐ?」
何やら店を出る支度を始めたハルナに、ジュンコとイズミの二人は疑問の声を上げる。同時にアカリも残っていた蕎麦を一瞬で口に放り、立て掛けていた自身の愛銃――ボトムレスを担ぎ上げた。
「ジュンコさん、イズミさん、出立の準備を――」
「え、何処に行くの?」
「あ、もしかして次のご飯!?」
この屋台に入ってからまだそれほど時間も経過していない。爆破していないという事は不味いという訳ではない筈だが――そんな思考と共にジュンコが首を傾げれば、イズミはもう次の食事に想いを馳せていた。
「……そうですね、食事と云えば食事になるのでしょうか?」
「やったぁ~! ごっはん、ごっはん! 美味しいご飯っ! 次はこってり系がいいなぁ~!」
「あっ、ちょっと待って、も、もうちょっとで食べ終わるから!」
急ぎ残った蕎麦を掻き込むジュンコ、空になった器を重ねて片付けるイズミ。そんな彼女達を見つめながらアカリはハルナにそっと問いかける。
「良いんですかハルナさん、本当の事を云わなくても?」
「ふふっ、ある意味これも食事と同じようなものでしょう、仕事を終えた暁には先生と共に料亭に寄って祝杯をあげるのも悪くありません」
「あら、勝利の美酒というものですか? 確かに、勝利と共に頂く食事は大変魅力的ですねぇ」
「えぇ、お酒の味はまだ知りませんが――……」
呟き、ハルナはその銀髪を掻き上げ払う。差し込む月光は、彼女の朱い瞳を煌々と照らしていた。
「究極の美食に至る為の戦い、これを経た後に頂く食事はきっと――素晴らしい一品になる筈ですわ」
次回がゲマトリアの会議。
そしてその次がセイアの垣間見る未来の話ですわ。
区切る場所が難しいので一万五千字とかになるかもしれませんの、二日ではなく三日目に投稿なった場合はよろしくお願いしますわ~!
今章は最終章への前段階みたいな部分もあるので、結構色々動き回りますの。