ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、大変助かりますわ~!
日付が変わってからの投稿申し訳ねぇですの……!


善悪の彼方

 

「……周辺に目標の確認出来ず」

「この辺りからはもう離れたか?」

 

 廃墟街の一角。

 薄暗い闇夜の中で周囲を見渡しながら足を進める人影があった。白いコートを靡かせ、ガスマスクに顔を包んだ彼女達はアリウス自治区より派遣された追撃部隊。彼女達はスクワッドを追ってこの区画に足を踏み入れたが、未だ発見には至っていない。

 手にした端末で他の部隊と情報を共有しながら、彼女達は周辺に視線を向ける。雨は未だ止まず、視界は相変わらず悪い。他所の区画を捜索している部隊からも発見報告は無く、部隊を率いる隊長は小さく溜息を吐いた。

 気温はどんどん下がっている、秋の到来を感じさせる寒さだ、雨中での捜索は一層冷え込んだ。

 

「少なくとも痕跡は見当たりません、或いは雨で流されてしまったのかもしれませんが……」

「このまま周辺の捜索範囲を広げますか?」

「ふむ――」

 

 その問い掛けに隊の中程を歩いていた隊長は声を漏らす。周辺の廃墟は変わらず、特にこれと云った異変は感じられない。そもそもスクワッドの足取りを追うと云っても、その残滓は断片的だ。スクワッドがアリウスを離反した以上、潜伏できる場所は限られている。このトリニティとゲヘナの境界線、廃墟街区画もその一つ。

 以前のスクワッド交戦場所から考えて、そう遠くない場所に潜伏していると考えてはいるが――暫し思考を巡らせた後、部隊長は首を縦に振った。

 

「そうだな、もうすこし周辺を探ってみよう、隣接区画の部隊に連絡を入れてこの区画を隈なく捜索する、境界線付近まできっちりと、だ」

「了解」

「手早く済ませる為に部隊を分けるぞ、三人一組(スリーマンセル)で各ブロックを捜索する、第一班は――」

 

 そう云って班分けを行おうとして振り向き――その側頭部を、飛来した弾丸が強かに打ち据えた。

 隊長の顔面が横に弾かれ、雨粒が虚空に散る。

 耳に銃声が届き、全員が浮足立った。

 ――奇襲だ。

 

「ッ、狙撃!?」

「隊長!」

「まさか、捜索対象の……!」

「いや、違う! 今の銃声は近――ッ!」

 

 生まれた一瞬の混乱、焦燥と緊張が生んだ意識の空白、その間隙を突いた攻撃が再度飛来する。乾いた銃声が周辺に響き渡り、今しがた叫んだ生徒の顔面が跳ね上がった。それが銃撃によるものだと気付いた時には既に遅く、隣り合う生徒の喉元、胸元にも一発ずつ弾丸が突き刺さる。体を突き抜ける衝撃に肺の空気を漏らし、もんどり打って倒れ込むアリウス生徒。

 

 隊長に続いて二名の被害を出し、漸く彼女達は立ち直った。

 障害物の近い生徒は素早く物陰に隠れ、そうでない者は泥に塗れる事も厭わず素早くその場へと伏せる。瞬間、その頭上を薙ぎ払う様にして銃撃が行われた。飛来した弾丸が周辺にあったドラム缶、外壁、折れ曲がった標識などに風穴を穿ち、甲高い跳弾音を鳴らす。

 連続した銃声の轟く方向へと顔を向ければ、暗闇の中で走り込んで来る影が一つあった。

 

「ちッ、倒せたのは三人か……!」

 

 闇夜の中で踊る白の外套。その口元をマスクで隠し、長髪を靡かせ駆ける影の正体は――錠前サオリ。

 スクワッドのリーダー、彼女達の標的の一人だった。

 

「こいつは、スクワッドのリーダー……!?」

「敵襲、応戦を――ッ!」

「遅いッ!」

 

 突貫する影に思わず叫び、慌てて立ち上がりながら銃を構えるアリウス生徒達。しかし、一足先に距離を詰めたサオリは一発、二発と発砲しながら滑り込む様にしてスライディングを敢行。飛沫を撒き散らしながら生徒の足元へと潜り込む。彼女の放った弾丸は先頭に立つ生徒の銃器を弾き、サオリはそのまま無手となった生徒の足に勢い良く絡み付いた。

 

「うわ――ッ!?」

 

 股で相手の片足を挟み込み、膝裏を脛で打って器用に相手を崩す。仰向けになった相手の胸元に踵を押し付け、そのまま奥に立っていた生徒二人に銃口を向け、素早くトリガー。鈍い金属音が鳴り響き、反動がサオリの肩を打つ。弾丸は吸い込まれるようにして奥で構えていた二人の生徒に着弾し、その頭部を強かに弾いた。

 

「こ、の……っ!?」

 

 組み敷いた生徒が咄嗟に胸元のサイドアームに手を伸ばすが、それよりも早くサオリは銃口を動かし、頭部、喉、胸元に一発ずつ撃ち込む。至近距離からの射撃に組み敷いた生徒は着弾の度に大きく体を震わせ、悲鳴を上げ、意識を手放す。サイドアームに手を伸ばしていた指先が、力なく地面に転がった。

 

 残りは三人。

 初手の交戦は、ほんの十秒足らずの出来事であった。

 

「貴様――ッ!」

「っ……!」

 

 流石に九人相手だと手が足りない。サオリが六人目を無力化すると同時に、残った三人全員がサオリに銃口を定めた。視界に出現する赤い予測線(レッドライン)、放たれるだろう弾丸の軌跡はサオリに重なる。

 咄嗟に組み敷いた生徒、その襟元を掴みながら体を逸らしたサオリは、そのまま横合いへと地面を転がる様にして回避行動を取る。その一拍後に銃声が轟き、薄汚れた砂利道に弾丸が跳ねた。

 雨水と泥に塗れながら素早く転がったサオリは、地面に膝を突いた状態で再び愛銃を構える。しかし、射撃のタイミングは相手の方が早い――アリウス生徒達は再度引き金を引き絞ろうとして、しかし弾丸を放つ事が出来なかった。

 サオリは失神した生徒を抱え、肉壁としていたのだ。

 

「なっ――!?」

「くそッ!?」

 

 サオリは一瞬動揺した相手に構わず、盾にした生徒の脇下から銃口を突き出し、引き金を絞る。マズルフラッシュが網膜を焼き、弾丸は正面に立っていた一人の生徒、その顔面に命中した。ガスマスクが弾け飛び、後方へと倒れ込む影。

 残りは二人。

 

「おぉッ!」

「っ……!」

 

 視界の端にアラート(警告)、咄嗟に振り向けばサオリ目掛けて突貫して来る生徒の影。視界に閃光が瞬き、弾丸がサオリのマスクを掠め火花を散らした。咄嗟に肉壁を突き出すも、アリウス生徒は勢いそのままにサオリへとタックルを敢行。

 衝撃で抱えていた生徒諸共後方へと吹き飛ばされ、サオリは転がりながら生徒()を手放し跳ね起きる。 

 

「接近戦ならば、仲間を盾には出来まい――ッ!」

「ちっ……!」

 

 長物(ライフル)を構えながら再度突っ込んで来るアリウス生徒、突き出されたそれから弾丸が吐き出され、サオリは低く屈む事で回避する。足を突き出した格好から愛銃(アリウス製アサルトライフル)を構え、射撃。

 銃声が届き、弾丸は駆け込むアリウス生徒の胸元に着弾し鈍い音を鳴らした。

 

「ぐゥッ――!」

 

 衝撃で仰け反り、呻き声を漏らすアリウス生徒。しかし防弾ベストが役割を果たした、衝撃は突き抜けたが足は止まらない。続けて引き金を絞ろうとするも、サオリは視線を右下に落とし舌打ちを零した。

 先生の支援により表示される自身の残弾――弾倉が空だった。

 残弾管理を怠るとは疲労で頭が鈍ったか、思わず自身に悪態を吐く。

 

「くたばれッ! スクワッド!」

 

 至近距離で引き金が絞られ、閃光が暗闇の中で瞬く。サオリはサイドアームに手を掛けようとして、しかし間に合わないと判断。手にした愛銃を咄嗟に相手の顔面目掛けて投げつけた。唐突なそれはアリウス生徒の突き出した銃に当たり、弾丸はサオリの僅か左方向へと逸れる。

 彼女はその一瞬を好機と捉えた。

 

 サオリは姿勢を低くしたまま一気に肉薄し、突き出された銃口を下から押し上げる。続けて放たれた銃弾は空へと吸い込まれ、閃光が二人の影を浮かび上がらせた。

 

「――ッ!」

「悪いが、この間合いは私の得手だ」

 

 ――余程の怪物(怪力)でもない限りは、競り負けん。

 

 呟きは届かず、打撃音に掻き消される。

 極近距離に於ける膝蹴り、アリウスの生徒、防弾ベストに覆われていない下腹部に一発、臓器を圧迫する様な一撃だった。膝が腹部にめり込み、アリウス生徒の身体がくの字に折れ曲がる。そこから下がった顎先目掛けて、下から掬い上げる様な掌打、鈍い音が響き顔面が跳ね上がる。ガスマスクのフィルターが弾け飛び、生徒は膝から崩れ落ちた。しかし、完全に崩れ落ちるより早くサオリは生徒の身体を抱え、そのまま愛銃を投げ捨てサイドアームを抜き放つ。

 

「お前で最後だ」

「っ……クソッ!」

 

 銃口の先に立つのは部隊最後のアリウス生徒。彼女は銃口を向けられた瞬間、遮蔽の裏に転がり込んだ。一拍遅れて角を掠める弾丸、頭を抱えながら彼女は思わず叫ぶ。

 

「たった一人に、部隊が――ッ!」

 

 アリウス・スクワッドの実力は知っていた、彼女とてアリウス所属の生徒だ、訓練の過酷さも、その選抜されるに足る素養の高さも知っている。だが連中は既に追い込まれ、疲労困憊の筈だった。だというのに、此処まで差があるものなのか――?

 ガスマスクの奥で表情を歪めながら、銃を抱えて思考する。しかし、それも長く続く事はなかった。

 

 廃墟街に、独特な射撃音が木霊する。

 

 同時に、遮蔽に隠れていたアリウス生徒、その顔面が弾かれた。ガスマスクが虚空を舞い、その身体が横合いへと吹き飛ばされるように転がる。跳ねた弾丸が外壁に突き刺さり、その角を抉り粉砕した。それは突撃銃の威力ではない、想像を絶する大口径のみが持つ威力だった。

 

「っ、今の銃声は――」

 

 自身のものではない銃声に一瞬警戒を見せるサオリ、しかしその耳の奥に残る、聞き慣れた銃声にはっとした表情を晒した。

 それを証明するように、直ぐ傍の裏路地から身の丈はある愛銃を抱えたヒヨリが恐る恐る顔を出し、路地を見渡す。そし路地の只中に佇むサオリを見つけた彼女は、暗闇の中でも必死に目を見開き問いかけた。

 

「り、リーダー……ですか?」

「ヒヨリ! 良かった、無事だったか……!」

 

 自身の仲間、その無事を喜ぶサオリ。抱えていたアリウスの生徒を地面に転がし、愛銃を拾い上げながら彼女の元へと駆け寄る。ヒヨリの格好はサオリ程ではないとは云え所々薄汚れ、手足や肩、頬には僅かな怪我が見て取れた。外套の所々には穴が空き、被弾した様子もある。恐らく散り散りになった後も、ひとりで戦闘を行いつつ逃げていたのだろう。

 ヒヨリはサオリと同じように仲間の無事を喜び、その表情を綻ばせる。

 

「ど、どうして私の居場所が分かって……?」

「あぁ、それは――」

「サオリ」

 

 サオリが何かを口にするより早く、彼女の名を呼ぶ先生が路地へと足を踏み出した。銃声が止み、アリウス生徒全員が戦闘不能になった事を確認した先生は、月明かりの下にその姿を晒す。

 そしてその姿を見た瞬間、分かり易い程にヒヨリは狼狽した。

 

「ひ、ひぇっ!? しゃ、シャーレの先生!?」

「やぁヒヨリ、無事でよかったよ」

 

 微笑む先生と対照的に、恐怖と焦燥を表情に滲ませるヒヨリ。その肩は大袈裟な程に跳ね、膝が小刻みに震えていた。

 しかし、その反応も当然と云えば当然である。何せ彼女にとって先生は何度も銃を交えた敵対者であり、自身に恨みを抱いていると絶対の自信を持って云える相手なのだから。どうしてそんな相手がこんな場所に――そんな疑問を抱きながらも、ヒヨリはサオリに向かって叫ぶ。

 

「ど、どうしてリーダーと先生が一緒に居るんですか!?」

「……それについては、私が先生に救援を頼――」

「わ、分かりました! ついに天罰の時がやって来てしまったんですね? やっぱり私は終わりなんだ! そ、そうですよね、よくよく考えてみたら先生は私達をアリウスから取り返したいですよね、自らの手で処罰したいでしょうから――わ、私達を捕まえて、シャーレにあると噂の地下牢に入れる気なんですよね!? シャーレに反抗した子達のすすり泣きが夜な夜な聞こえてくると云う、曰くつきのあの場所に……!」

「えっ、そんな噂があるの? えっと、知っているかい、サオリ?」

「……いいや、そんな噂は初めて聞いた」

 

 ヒヨリの言葉に困惑を滲ませるサオリ。シャーレについての情報は適宜収集してはいたが、その手の噂話は全く耳にした記憶がない。その辺りの井戸端会議とか、或いはネット掲示板か、それとも雑誌にでも掲載されていたのだろうか? どちらにせよ、とても鵜呑みに出来る情報ではないとサオリは判断する。

 そんな二人の反応を他所に、ヒヨリはひとりで誤解を深め続けた。

 

「うわぁあああんっ! もう終わりです! まだやりたい事も、読みたい雑誌も沢山あったのにぃ……!」

「………」

「でも、仮にそうだとして、リーダーと先生が一緒に居るのは何故でしょう……? あ、私完全に理解しました、リーダーはシャーレの先生に脅されているんですね!? リーダーも苦痛だらけの人生で、可哀そうに……!」

「ヒヨリ」

 

 彼女の言葉を遮る様にして、先生は声を上げる。びくりと肩を跳ねさせ、ぎこちない動作でヒヨリは声を発した先生に視線を向けた。

 

「な、なんでしょうか、先生……?」

「助けに来たよ」

「……え?」

 

 その一言に、彼女は目を瞬かせ、どこか呆然とした顔を晒した。

 

「えっと、助けって……わ、私をですか? せ、先生が?」

「うん」

「な――……何故?」

 

 言葉の間にはかなりの空白があった。

 予想だにしない事が起きたかのように、ありえない事が起きたかのように――実際、彼女からすれば到底信じられない出来事だったのだろう。両目を頻りに瞬かせ、雨の中でも分かり易い程に動揺の気配を滲ませながら彼女は言葉を続ける。

 

「せ、先生と私達って敵対していましたよね? け、結構冗談じゃ済まない位の怪我とか、被害とか、出しちゃいましたし、その腕も、目だって、私達(アリウス)が原因で……あっ、も、もしかして記憶喪失とかですか? 私達が誰なのか、分からないとか、そういう感じの――」

「サオリに、助けて欲しいと頼まれたんだ」

「うえっ……!?」

 

 ヒヨリが素っ頓狂な声を上げ、サオリを見る。その瞳には、分かり易く『嘘ですよね?』という類の問い掛けが混じっていた。しかし、サオリは先生の言葉に頷きを返す。

 

「あぁ、先生の云う通り――私が救援を求めた、一緒にアツコを助けて欲しいと」

「え、えぇ!? しょ、正気ですかリーダーっ!? きゅ、救援って、そんな……!」

「……先生が此処に居る事が、その証明だ」

 

 素っ頓狂な声でそう叫ぶヒヨリだが、サオリの真剣な面持ちに思わず先生とサオリを交互に見つめる。実際、先生はこの場に存在する。それはつまり、彼女の要請を先生が了承したという証に他ならない。

 

「た、頼むリーダーもリーダーですが、応じる先生も先生ですね……?」

 

 そう小声で呟き、ヒヨリは背を曲げ指先を擦り合わせる。そこに先生に対する後ろめたさが如実に表れていた。手を差し伸べてくれることは嬉しい、こんな状況で先生の助力は正に百人力どころの頼もしさではない、それ以上の価値があった。

 しかし、だからこそ分からない。どうして先生は手を貸してくれるのか、自分達を助けてくれるのか。

 あらゆる罪を重ねた自分達を、悪い生徒を――どうして。

 

「先生は、一体どうして――」

「ヒヨリ、一緒にアツコを助けに行こう」

 

 先生が一歩を踏み出し、そう告げる。ヒヨリがふと視線を上げると、先生の表情が視界に入った。瞳の中の彼は真剣で、純粋で、そこには一切の混じり気がなかった。どこまでも真摯に生徒を想う大人の姿――それはヒヨリの遠くから眺めている事しか出来なかった、救われるべき生徒に向けられる視線だった。

 

「今私がやるべき事は、それだけだよ」

「――姫ちゃん」

 

 その言葉に、ヒヨリの意識が引き戻される。

 脳裏に過るのは自分達の為にアリウスへと連行されたアツコ、その後ろ姿。その事を思い出す度に、彼女の中で悲観的な感情が燻る。両手を握り締め、感情を抑え込もうとするヒヨリは表情を歪め、俯いた。

 

「ひ、姫ちゃんを助けたい気持ちは私も同じです、助けられるのなら助けたい」

「なら――」

「で、でも……」

 

 雨に打たれながら、ぼそりと彼女は呟いた。

 

「果たして私達だけで、姫ちゃんを助けられるのでしょうか……?」

「………」

「アリウスは、強大です、キヴォトス全体から見れば小規模で、取るに足らないかもしれませんが、少なくとも私達だけで一つの自治区(学園)を相手取るなんて、そんな事――」

 

 自分で口にしている内に、事の困難さを再度自覚したのだろう。ヒヨリの視線はどんどん下がり、俯いた表情は影に包まれてしまう。

 アリウスとして戦っていた頃ならば良かった。ゲヘナとトリニティを敵に回そうとも、キヴォトス全てを敵に回そうとも、どこか他人事の様に戦う事が出来た。そこにヒヨリの意志など介在しなかったから、ただ云われるがままに戦って、云われた通りに傷付いて、教えられた通りに苦しんで死ぬのだと――漠然とそう思っていたから。

 全ては虚しい、その教えのままに。

 そうなる筈の同胞(なかま)が、周りには沢山居た。

 

 しかし一度(ひとたび)その場所から逃げ出したら、自身の意志で全てを決めなくてはならない。自身の行動で自身の運命が決定する、当たり前の事かもしれないが、彼女からすればそれはこの上なく恐ろしく、悲観的な自身の感情を強く刺激した。

 この戦いは文字通り――私達(スクワッド)だけの戦いだ。

 隣り合った大勢の仲間は居ない、この目の前に立つ大人が唯一その声に応えてくれた存在、彼以外には誰も、手など決して貸してくれない。

 そんな戦いに、勝ち目はあるのだろうか? 奥底に潜む、臆病なヒヨリが問いかける。

 答えは、分かり切っていた。

 

「わ、私は……」

 

 唇を噛み締め、ヒヨリは震えた声で告げる。

 

「リーダーの居場所を教えれば、アリウス自治区に戻れるように便宜を図ると、彼女に云われました」

「っ……!」

 

 それはベアトリーチェの用意した狡猾な甘言。

 散り散りになったスクワッド、囮になったサオリを含め一人一人に追撃部隊は差し向けられた。そして捕捉され、逃げ惑う彼女達に追撃部隊は語り掛けるのだ。『条件を呑むのであれば、アリウス自治区に帰還を許しても構わない』――と。

 追撃部隊を通じて齎されたそれ(マダムの毒)は、彼女達にとって文字通り最後の希望だろう。サオリは先生の殺害を条件に、そしてヒヨリはサオリを裏切る事を条件にアリウス帰還を許される手筈となっている。

 少なくとも、表面上は。

 

「わ、私はリーダーの言葉に従っただけの存在だから、情状酌量の余地があるのだとか、何とか、そう云って頂けて……へ、へへっ」

「……そう、か」

 

 引き攣った笑みを浮かべ、指先を擦り合わせるヒヨリを前にして、サオリは静かに目を瞑る。

 暫くの間、雨が滴る音だけが周囲に響いていた。

 小さくマスクの奥で息を吐き出す、再びサオリが目を見開いた時――そこには穏やかな、仲間を思う色だけが残っていた。

 

「分かった、ヒヨリは私の居場所を彼女に伝えて、そのまま自治区に戻れ」

「……えっ」

「そうすればヒヨリ、少なくともお前に迷惑は掛からない」

 

 その、予想もしなかった言葉にヒヨリは思わず硬直する。

 彼女はもっと、こう、激昂するとか、悲しむとか、責めるとか、そういう反応を予想していたのだ。リーダーの事だ、突然銃口を向けるという事はないだろうが――それでも苦言を呈する位はあると考えていた。

 だというのに、現実は全てを受け入れ、優し気な表情で寧ろ裏切る事を推奨して来る。ヒヨリは大いに戸惑い、狼狽した。

 

「は、はい!? リーダー!? い、いえっ、あの、私は……!」

「いつかこんな日が来ると、分かっていた……お前は今まで良く私に付き合ってくれたよ、ヒヨリ」

「え、えっと、その、ちょ、ちょっと――?」

「せめて、お前だけでも――」

「あ、あの、リーダーッ!」

 

 頷き、儚げにそう語るサオリに対してヒヨリは声を荒げる。彼女らしからぬ自己主張に面食らったサオリに、ヒヨリは強い口調で告げた。

 

「えっと、その話はもう、断ったんですけれど……!」

「………」

 

 数秒、沈黙が流れる。

 そもそも、最初からヒヨリはサオリの居場所をアリウスに漏らすつもりなど毛頭なかった。そんな仲間を裏切る様な真似、出来る筈がない。そんな彼女の言葉にサオリは目を瞬かせ、当の本人は何処か不満げに唇を尖らせる。

 

「な、何ですか、その裏切り者に理解を示すみたいな行動(ムーブ)、私ってそんなに簡単に裏切ると思われていたんですか?」

「い、いや、決してそういう訳ではないのだが、その……」

 

 妙に歯切れの悪いサオリは、視線を左右に逃しながら呟く。決して彼女が簡単に裏切る様な人物であると思っていた訳ではない。ただ、状況が状況なのだから、そういう選択肢もあり得ると――そんな風に思ってしまっただけだ。

 

「そもそも、彼女の言葉を素直に信じる事は難しいです、姫ちゃんとの一件で一度裏切られてしまっていますし、それにもう、私達は同じ船に乗った運命共同体のようなものじゃないですか! 私ひとりで自治区に戻った所で……何の意味もないんです」

 

 そう、(ヒヨリ)ひとりが生き残っても、意味が無い。

 

「――皆で、一緒じゃないと」

 

 呟き、ヒヨリは両手を握り締めた。

 強く、軋む程に強く。

 

 ひとりぼっちは嫌だ。

 ヒヨリは、ひとりでは生きていけない。

 皆が一緒だから、こんな辛くて苦しい世界でも生きていけるのだ。

 生きて行こうと、思えるのだ。

 だから――。

 

「そうですよね、えぇ、皆でアツコちゃんを、姫ちゃんを助けられるのなら……その方が良いに決まっています、出来るかどうか、それは分かりませんし、正直云って不安で仕方ないです、きっと辛くて、痛くて、苦しい事が沢山待っていますよね……で、でも――」

 

 ヒヨリがその顔を上げ、強く、挑む様に前を見据える。

 その不安と恐怖に歪んでいた表情はしかし、それを呑み込み、噛み締め、その大きさに勝る勇気(強さ)で以て包まれていた。

 

「此処で進めなかったら、辛くて苦しいって分かっているこの道を選べなかったら……私はきっと、死ぬまで後悔してしまいそうだからっ!」

 

 ――此処で逃げ出してしまう事は、絶対に間違いだから。

 

「それは、リーダーだって同じじゃないんですか? だから、私を助けに来たんですよね……!?」

「……あぁ、そうだ」

 

 ヒヨリの叫びに、その訴えに、サオリはゆっくりと頷く。

 どれ程困難であっても、諦められない大切なものがある。彼女にとって、それは命よりも大事な仲間(家族)だ。それ以外には存在しない、それこそが全てだ。

 逃げる事なんて、出来ない。

 

「間違った道ばかりを選んできた私だが、それでも――」

 

 静かに、手を差し出す。

 雨と砂利に塗れた、苦しみと痛みを約束する手だった。

 

「また力を貸してくれるか――ヒヨリ?」

「わ、私が役に立てるのなら……!」

 

 その手をヒヨリは、力一杯握り締めた。

 

「それで、具体的には一体どうやって――」

「詳しい話は全員が揃ってからにしよう」

 

 逸るヒヨリを前に、先生は穏やかな口調で以て告げる。

 

「まだ、スクワッドとして動くには一人足りない」

「あっ、そ、そうですよね……!」

 

 その言葉にヒヨリは何度も頷いて見せる。アリウス・スクワッドはアズサが離脱し、アツコが捕らえられ、人員は大きく欠けている。しかし、まだ一人――仲間が待っている。

 

「ヒヨリ、ミサキの行きそうな場所に心当たりはある?」

「ミサキさんの、行きそうな場所――」

 

 先生の問い掛けに対しヒヨリは考え込む様にして俯き、声を漏らした。

 

「そうですね、ミサキさんが行きそうな場所なら、何となく見当が付きます……!」

「あぁ、私もだ――恐らくは、あそこだろう」

「ミサキさんならきっと、今のこの状況を整理して、良い案を出してくれるかもしれません……!」

 

 どうやらヒヨリとサオリには、彼女が潜伏する場所に覚えがあるらしい。愛銃を抱え直し、巨大なガンケースと背嚢を背負った彼女は先頭を駆けながら云った。

 

「此方です、行きましょう、リーダー、先生!」

 

 ■

 

 トリニティ自治区――廃墟区画郊外、廃棄橋。

 その場所は、廃墟区画から奥まった場所にあった。区画間を隔てる大きな運河、その上に建築された巨大な廃棄橋。元は工業地帯か何かだったのだろうか、周辺には廃れたビルや工場が散見され、橋周辺には重機が行き来した痕跡も散見された。そんな建物群に挟まれた大通りを抜け廃棄橋へと踏み込む一行。

 一歩踏み出すごとに砂利が滑り、鼻腔を擽る古臭い香り。

 

「……随分錆びているね」

 

 呟き、先生は橋全体を見渡す。一応電気自体は通っているらしく、等間隔で並ぶ照明は光を放っていた。しかしその光の強さはバラツキがあり、完全に消えてしまっているものもあった。そして、その光に照らされた橋本体は――錆びに塗れ、薄汚れてしまっている。見れば手摺などは完全に朽ちて崩れている部分もあり、安全性に懸念があった。

 

「あぁ、かなり昔に建造されたらしいからな、周辺一帯の衰退によって廃棄が決定されて以降、碌に手入れもされていないのだろう」

「い、いつ来ても高いですね、此処……」

 

 ヒヨリが橋から下を覗き込み、思わずそう呟く。運河と橋はかなり高低差があり、高い場所が苦手な人物であれば眩暈を起こしそうな程だ。恐らく人間が落下すればひとたまりもないだろう。先生は暗闇の中で揺らめく水面を見つめ、そんな事を考える。

 

「――下を流れる川の水深は、五メートル以上あるからね」

「……!」

 

 不意に、声が響いた。

 サオリのものでも、ヒヨリのものでもない。

 薄暗い照明、その向こう側から足音が聞こえて来る。皆がその方向へと顔を向ければ、ゆっくりと歩いて来る人影が見えた。彼女は見慣れたアリウスの外套を揺らし、三人の前に姿を晒す。

 

「流れも速いから、落ちたらそのまま水底に沈む事になるよ」

「ミサキ」

「み、ミサキさん」

 

 二人が彼女の名を呼び、暗闇から現れた彼女――ミサキは三人をなぞる様にして見つめる。

 その瞳には何の色も見えない、強いて挙げるとすれば気怠さと、諦観か。

 

「リーダーにヒヨリ……そして、シャーレの先生か」

 

 サオリ、ヒヨリと視線を向け、そして最後に二人の奥に立つ大人へと視線を向ける。

 彼女は自身の愛銃、セイントプレデターを肩に担いだまま静かに、吐き捨てる様に云った。

 

「そっか――『そういう選択』をしたんだね、リーダー」

 


 

 次回 美食研究会、襲来

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