ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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今回一万六千字ですわ~!


美食の矜持(Hunt and eat)

 

「ハルナ……?」

 

 先生の呟きは、吹き抜ける風音に溶けて消えた。空から注ぐ雫は小雨へと変化しており、視界はそれほど悪くない。帽子に滴る雨粒を指先で払い、ハルナは先生を――そしてアリウスを視線でなぞった。

 その瞳が引き絞られ、暗闇に浮かぶ赤を直視した瞬間、ぞわりと肌が粟立つのが分かった。

 

「これは、思ったより早く見つけられましたねぇ」

「ねぇ、ちょっとハルナ、こんな寂れた場所に料亭なんて本当にあるの?」

「うぅ、またお腹が減って来たよぉ、ご飯食べられるところはまだ~?」

 

 ハルナの後に続き、姿を現す美食研究会の面々。アカリは普段通り一見温和に見える笑みを、ジュンコは猜疑心に満ちた瞳で周囲を見渡し、イズミは腹を摩りながら項垂れていた。

 総じて普段通りの美食研究会、店を探し放浪する様は何て事の無い様子だと云える。

 しかし、何故だろう――妙に落ち着かない、嫌な予感が胸に燻っている。先生は無言で自身の胸元を握り締め、その表情を強張らせる。

 

「……何だ、この連中は」

「げ、ゲヘナの生徒みたいですけれど」

「――美食研究会」

「何……?」

 

 訝しむサオリを前に、ミサキは呟く。

 その表情は険しく、指先がセイントプレデターの引き金に添えられていた。

 

「あの背格好、見覚えがある、調印式襲撃の作戦前に配布されていた特記戦力資料に記載されていた筈……先頭に立つあの女、美食研究会のリーダー、黒舘ハルナだ」

「――ゲヘナの風紀委員会ですら手を焼く、生粋のテロリストか」

 

 美食研究会――その名はエデン条約調印式に先駆け事前に用意された特記戦力資料、その中に記載があった。ゲヘナ自治区のみならず、あらゆる自治区内での活動が確認されていた為、記載はされていてもその存在が実際に障害になる確率は低いと考えていたが……しかし、今こうして彼女達は自分達の前に立ち塞がっている。

 

「な、何でそんな人たちがこんな場所に――」

「この辺りはゲヘナの外郭区画と隣接している、ゲヘナの生徒が出歩いていても可笑しくはないけれど……」

 

 ヒヨリが戦々恐々とした様子で呟き、ミサキは身構えたまま険しい表情を保つ。

 こんな廃墟街に態々足を運ぶ理由など到底思いつかない。少なくとも、楽しくお喋りに来たという訳ではない筈だ。自然とその銃口が持ち上がる、しかし彼女達に狙いを定めるより早く、そのバレルに手が添えられた。はっとした表情で視線を向ければ、隣り合った先生が首を振る。

 

「皆、銃は下げて欲しい」

「先生、だが――」

「こんな所で、争って欲しくない」

「……分かった」

 

 その声には強い懸念の色があった。先生の言葉に、スクワッドの面々が銃口を下げる。どちらにせよ先に引き金を絞る訳にはいかない、少なくとも今はまだ。

 そうこうしている内に後続の面々が先生に気付き、その表情をぱっと喜色に染めた。

 

「あ~っ、先生じゃん! こんな所で何やってんのよ!?」

「えっ、先生? わっ、やった~ッ! 先生、何かおいしいご飯ちょうだい! もしくは奢って~!」

「ふふっ、イズミさん、ジュンコさん、先生に会えた事が嬉しいのは分かりますが――今はそれよりも重要な事があります」

 

 燥ぎ、駆け寄ろうとする二人を徐に手で制するハルナ。飛び出そうとした彼女の身体を抑え込んだその手に、ジュンコはあからさまに訝しむ表情を向けた。

 

「はぁ? 何、どうしたのハルナ、最近なんか変じゃない? 先生と一緒にご飯食べる事より重要な事とかあるの?」

「フフッ、気持ちとしてはジュンコさんと同じなのですが、今回だけは特別なのです」

「特別ぅ?」

 

 彼女の返答に表情を歪めるジュンコ。そんな彼女の視界にふと、見覚えのない生徒達の姿が映った。先生を囲う様にして立つスクワッドのメンバー、はためく白い外套に妙に薄汚れた格好。ジュンコは腕を組みなが彼女達を眺める、彼女の記憶に何か引っかかるものがあった。

 

「……というか、先生と一緒に居る生徒は誰よ? 何か見覚えがある様な、無い様な、そんな感じなんだけれど――?」

「ゲヘナの制服でもないし、トリニティっぽくもないよね? うーん」

 

 イズミとジュンコはスクワッドの恰好からゲヘナでも、トリニティでもない事を理解し、首を捻る。しかし、全く見覚えがない訳ではなかった。頭の片隅に引っ掛かる様な、何か大事な事を忘れている様な、そんな感覚が燻って仕方がない。一体どこで見た格好だったのか、うんうん唸る二人を他所にアカリとハルナは微笑を浮かべる。

 スクワッドの間を縫い、一歩前へと踏み出した先生はハルナへと視線を向け問いかけた。

 

「ハルナ、一体何故こんな場所に――」

「あら、先生ならばご存知でしょう? 私達が動く理由は常に一つ、それは絶対不変の法則……即ち美食の為ですわ」

「美食だと?」

 

 その答えにサオリはぴくりと眉を顰めた。何せ周囲を見渡せば一目瞭然、こんな廃墟の立ち並ぶ場所に美食など、どうして求められよう。廃墟の中に潜む隠れ家的店舗でもあれば別だが、生憎とその様な話など一度も耳にした記憶がない。

 

「この辺りに食事を摂れる場所など、聞いたことが無いぞ」

「えっと、一応廃墟区画ですし……お店の類は無いと思いますよ?」

「………」

 

 サオリが至極真面目な表情で、ヒヨリはどこか申し訳なさそうな表情で告げる。ミサキは我関せずを貫き、それとなく先生の傍に身を寄せた。

 ミサキの視線はハルナとアカリに向けられている、その表情は警戒の色を強く放っていた。彼女の勘が告げているのだ、何か、良くない事が起こるだろうと。

 

「えーっ!?」

「ど、どういう事よハルナ!? この辺りに美味しい隠れた料亭があるって……ッ!?」

「ふふふッ、でも直ぐそこに『美食』の為に必要な人が居るではありませんか~?」

「えぇ、アカリさんの云う通りです」

 

 騙されたと知り、非難の声を上げるイズミとジュンコ、しかしそんな声にも微動だにせずアカリは深く頷きながらそんな言葉を投げかけた。

 

「美食の為に必要な人……」

「えっと、それって――先生……って事?」

 

 美食の為に必要な人、それは彼女達にとって酷く限定的だ。美食を探し出し、口にするだけならばこの四人で完結する。料理人を含めるのであれば給食部にもう一人、含むべき生徒が存在するがこの場に彼女の姿はない。

 そうなると、その言葉に当てはまる人物は――たった一人。

 全員の視線が先生に注がれる。それを感じながら先生は静かに口を噤み、じっとりと背に汗を流した。

 背筋をなぞる様な悪寒が、止まらない。

 

「えぇ、先生の存在は真なる美食の探求に必要不可欠、究極の味、至高の味、それは先生なしでは完成し得ない、それは皆さん共通した認識の筈です――違いますか?」

「そ、それは、うん、まぁ……先生と一緒に食べるご飯は、特別だし」

「ふふっ、沢山御馳走してくれますしね♡」

「確かに、先生と一緒にご飯食べると、いつもよりずっと美味しいよねーっ!」

 

 ハルナの問い掛けに全員が肯定を示す、彼女達の美食に先生と云う存在は必要不可欠。その言葉に異論はない、食卓は好ましい人と共にするのが彼女達にとっての正義なのだ。美食とは口に含む食物だけで成立するのではない、時間、場所、シチュエーション、あらゆるものが整って初めて生まれる至高の体験。

 故に彼女達にとって先生と美食とは、切っても切れぬ存在だった。

 

「そう、先生と席を共にする食事は正に至高のお味、そしてもし、そんな先生を奪う存在が居るとすれば――それは」

 

 すっ、と。

 徐にハルナの指先が持ち上がり、スクワッドの面々を捉えた。

 細く、しなやかな指先。

 その奥に煌めく彼女の瞳が、暗闇の中で妖しく蠢く。

 

「即ち――究極の美食を探求する障害と云えるでしょう」

「ッ……!」

 

 気を抜いたつもりはない、目を瞑った覚えも。

 ただ銃口を下げながらも、警戒を解かなかったサオリは気付けた。

 視界の中で余りにもなめらかに、そして機敏な動作でアカリが銃口を構えていた事に。その指先が引き金を絞り、弾丸が発射される瞬間までがハッキリと知覚出来た。マズルフラッシュが網膜を焼き、銃声が轟く。

 サオリが膝を抜き、全力で顔を逸らすのと、弾丸が頬を掠めたのは殆ど同時だった。マスクと弾丸が火花を散らし一瞬視界が光に眩む。唐突な銃撃に全員の意識が切り替わり、浮足立つのが分かった。ミサキがセイントプレデターを構え、ヒヨリがその身を竦ませる。

 

「ひ、ひぇっ!?」

「ッ……本当に撃って来た!」

「何のつもりだッ……!?」

 

 スクワッドの面々が一斉に戦闘態勢へと入り、思わず叫ぶ。

 

「ちょ、ちょっとアカリ!?」

「うわっ、な、何で撃ったのー!?」

 

 何の前触れもない銃撃にジュンコとイズミの二人は目を白黒させ、今しがた銃撃を敢行したアカリに非難の声を上げる。しかし暴挙に走った当の本人は薄ら笑いを浮かべたまま、硝煙を漂わせる銃口を突きつけ告げた。

 

「何のつもり……? ふふっ、面白い事を云いますね~? 貴女方アリウスの為した事を考えれば、当然の対応になるんじゃないですか~?」

「それは――」

 

 やはり、目的は先生か。

 サオリは言葉を詰まらせながらも内心で呟き、マスクの奥で歯噛みする。どういう訳か彼女達には先生が此処に来る事が分かっていたかのような素振りがあった。先生が漏らしたとは考え難い以上、何者かが情報をリークしている可能性がある。そして、少なくとも先頭の二人は自分達がアリウスである事を知っている。

 和解は、望めそうにない。

 

「――アリウス?」

 

 唐突な仲間の暴走に焦燥を見せたジュンコだったが、アカリの口から出た学園名にその動きをぴたりと止めた。

 

「ちょ、ちょっと待ってアカリ、アリウスって、確か――」

 

 彼女の視線が、先生を囲うスクワッドに向けられる。その瞳にはどこか、信じられないものを見たような色があった。

 

「先生の腕と目を奪った連中の学校……だよね?」

「えっ!?」

 

 その、突拍子もない言葉にイズミが驚愕の声を上げる。目を見開き、先生とジュンコ、アカリと視線を彷徨わせた彼女はどもりながら問いかけた。

 

「せ、先生、腕と目が無くなっちゃったの!?」

「……イズミさん、気付いていなかったんですね」

「ふふっ、イズミさんは良くも悪くも常に食事の事で頭が一杯ですから」

 

 その反応に、どうやら冗談ではないらしいと感じ取ったイズミ。焦燥した彼女は先生を爪先から頭の天辺まで観察する。恰好に変な所は無い、しかしよく見れば確かに以前はしていなかった手袋をしているし、前髪も片側だけ覆う様に下ろされている。それは明確に現れた過去との差異だ――しかし、肝心の腕はきちんと二本揃っていた。ちゃんと指も五本あるし、形だって同じように見える。それを指差し、イズミは主張する。

 

「で、でも、先生の腕はちゃんとあるよね!? ほ、ほら、ちゃんと二本、あそこに……!」

「アレは義手です、以前ミレニアムの食堂で先生にお会いした事があったではありませんか」

「あの時、義手の制作依頼に来ていたという訳ですね~」

「ぎ、義手……? そ、そんな――」

 

 愕然とする。

 だが、嘘を云っている感覚はない。美食研究会の仲間達の様子は極めてフラットだ。何より他ならぬ先生が、反論を口にしない。暗闇の中では良く見えないが、その表情が強張っている事だけは分かった。

 嘘じゃない――つまり、これは本当の事?

 先生の瞳と腕は、無くなっちゃったの?

 さっと、イズミは自身の顔から血の気が引いて行くのが分かった。

 

「彼女達は先生から腕と瞳を奪ったアリウス――そして、その中でも先生に直接鉛玉を撃ち込み、その命を奪おうとした元凶も元凶、【アリウス・スクワッド】の皆さんです」

「ふふッ」

「ッ……!」

 

 腕を奪い、瞳を奪い、その果てに鉛玉まで撃ち込んだ。

 それは一体、どれ程の罪悪か見当もつかない。少なくとも、そう易々と許せる様な行いでない事は確かだった。二人の視線が危険な色を帯び、銃のグリップを握る手に力が籠る。

 空気が、張り詰めるのが分かった。

 小雨程度では鎮火出来ない、強烈な怒りの波動。

 その起こりをサオリは肌で感じ取る。

 

「そんなスクワッドが先生を連れて、一体何をしようとしているのか――大変興味深いとは思いませんか?」

「――くっ」

 

 ハルナが煽る様に、或いは何処か誘う様に問いかけた。それは明確な挑発行為だった、彼女達の目的は分かり切っている、ならばいち早く動かなければならない。

 そう思考したサオリが咄嗟に銃を構えようとし――しかし、その腕を掴む者が居た。

 先生だ。

 銃口を美食研究会に向けようとしたサオリを、先生は咄嗟に止めていた。

 はっとした表情でサオリは叫ぶ。

 

「先生……!」

「駄目だ、サオリ……!」

「だがッ!」

「私達が戦うべきはアリウスだ! 決して彼女達じゃない!」

 

 此処で本格的に戦闘が勃発しようものならば、スクワッドはどれ程の不利を背負う事になるか。先のワカモの襲撃、それに合わせて美食研究会も加わった場合――ただですら厳しい戦局は、絶望的になるだろう。

 その予感がある。

 どれ程厳しい状況であろうと、和解の道を投げ捨ててはいけない。少なくとも、その意思を失ってはならない。それは先生の信条だけの話ではない、これからスクワッドがこのキヴォトスで生きていく上で、避けては通れぬ問題だった。

 

「……そんな悠長な事、云っている余裕はないと思うよ、先生」

「―――!」

 

 すぐ横から、ミサキの冷めきった声が聞こえた。咄嗟に視線を前に向ければ、既に銃口を構えるジュンコの姿があった。斜めに構えられた両手のアサルトライフル(ダイナーズアウトロー)が、照明に照らされ鈍く光る。

 

「っ、待――ッ!」

 

 咄嗟に手を突き出し叫んだ、しかしそれよりも早く凄まじい力が先生を引っ張り、後方へと投げ飛ばされる。地面を転がった先生をミサキが抱え、同時に暗闇の中でマズルフラッシュが瞬いた。

 

「散開しろ!」

「!?」

 

 サオリの声と、弾丸が地面を叩くのは同時だった。固まっていたスクワッドは広く間隔を取り、各々の愛銃を構える。それを油断なく睨みつけるジュンコは、犬歯を剥き出しにして吼えた。

 

「あんた達、また先生を傷付けようって云うの? 腕に目まで奪って、あんな傷だらけにして、まだ足りない訳ッ!? 冗談じゃないわよッ! そんなの、私が絶対許さないからッ!」

「ジュンコ……ッ!」

 

 先生は地面に這い蹲ったまま思わず彼女の名を呼ぶ。その激昂した様子は、先生をして未だ嘗て目にした事が無い程に苛烈に見えた。

 

「よ、良く分かんないけれど……っ! あの子達が先生に酷い事したんだよね? なら、そんな子達が先生と一緒に居るって、おかしい事だよね……? 何か、企んでるって事で良いんだよね――!? 先生を捕まえて、悪い事するつもりなんだよね!? もし、そうなら、先生はすっごく優しくて、すっごく良い人なんだから……ッ! そんな人を傷つけるなんて、絶対駄目なんだよッ!?」

 

 ジュンコの激発に促され、イズミもまた釣られるようにして担いでいた愛銃を構える。擦れた弾帯と銃身が金属音を鳴らし、先生は思わず息を呑む。事態が切迫していく、自身の手を離れていく感覚――それに抗う様に、先生は喉を震わせる。

 

「イズミ! 待ってくれ、違うんだ、話を――ッ!?」

「先生、危険だ、下がれッ!」

 

 此処に来て尚、それでも言葉を云い募ろうとする先生であったが、その視線を遮る様にしてサオリが立ち塞がった。まるで、先生を自分達から庇おうとする仕草。それを前に、ジュンコは怒りのボルテージを上げ地団駄を踏む。

 

「はぁッ!? 何それ、私達が先生に銃口向けると思ってんのッ!? ふざけないでよ、倒すのはアンタ達だけだからッ!」

「ならば銃を引け、先生は戦う事を望んでいないッ!」

「どの口で……ッ!? 先生って優しいから、色んな生徒に手を貸すけれど、アンタ達は絶対に駄目ッ! あの会場で起きた事、知っているんだからね……ッ! アンタ達が何をして、先生がどんな目に遭ったのか――ッ! 少しでも罪の自覚があるなら、先生を私達に返しなさいよッ!?」

「それは……出来ない」

 

 ジュンコの言葉に、サオリは首を横に振る。アツコ救出には先生の助力が必要不可欠、今先生に抜けて貰っては作戦遂行が不可能になる。それ故の拒否だったが、ジュンコにその辺りの事情は汲み取れない。それ見た事かとばかりに眉を吊り上げ、軋む程にグリップを握り締める。

 

「ふふっ、お二人もやる気になって頂けた様ですし、此方も総力を挙げて参りましょう、全ては美食の、先生の為に」

「これでも私、少し――いえ、かなり怒っているんですよぉ? なので~」

 

 イズミ、ジュンコと並びハルナ、アカリが足を進める。全員が戦闘態勢、美食研究会の全力――アンダーバレルに装着したグレネードランチャーのトリガーに指先を絡めながら、彼女はその口元を三日月の様に歪めた。

 

「――宣言通り、ほんの少しだけ、グロテスクにやらせて貰います」

 

 重圧。

 

 肩に圧し掛かる、殺意と憎悪を伴うプレッシャー。美食研究会から放たれるそれは、疑いようもなく強者のソレだった。サオリは額に冷汗を滲ませ、先生と美食研究会を素早く一瞥する。先生は苦渋に満ちた表情で歯を食いしばり、何とか言葉を絞り出そうと足掻いている。しかし、最早この状態からの和解は不可能だとサオリは判断した――だが正面から戦う事は出来ない、先生がそれを望まない。

 何より自分達には時間がない。直近の隔壁閉鎖まで残された時間は僅か、であれば此処は――。

 

「撤退するッ!」

 

 即断即決。

 叫ぶと共に銃を構え、引き金を絞った。迷いは無かった、閃光と共に吐き出された弾丸は正確に美食研究会の面々の元へと飛来し――虚空を穿つ。銃声が鳴り響くと同時、美食研究会の全員が銃口から逃れる様に散開していた。手慣れた動きだ、全員が各々の役割を理解し自然な形でフォーメーションを取っている。

 

「ヒヨリ、先生を担げッ!」

「えっ、あ、は、はいッ!」

「待っ、ぐ――ッ!?」

 

 サオリがヘイトを引き、ヒヨリに先生を担がせ即座に後退を促す。そしてサオリは満遍なく銃弾をばら撒きながら、予備の弾倉を片手に前進する。

 その背中に、ミサキの声が届いた。

 

「リーダーッ!」

「殿は私が受け持つ、行けェッ!」

 

 その叫びにミサキは表情を歪める。しかし、今は他に選択肢がない。先生を担いだヒヨリは一目散に撤退を開始し、ミサキは数秒迷った末にヒヨリの後方へと付いた。暗闇の中で乾いた銃声が轟き、一瞬だけ昼間の明るさを取り戻す。

 

「ひッ!?」

 

 風切り音と共に、ヒヨリの足元を銃撃が掠めた。それはヒヨリの足止めを狙ったものなのだろう、弾けたアスファルトが肌を叩き、思わずヒヨリの口から悲鳴が漏れる。弾丸は大橋の彼方此方に廃棄された寂れた車両、その遮蔽越しに飛んで来ていた。ボンネットに愛銃を乗せ、ヒヨリの脚部を狙っていたハルナは弾丸が外れたと見るや否や溜息を零す。

 

「あら、外してしまいましたわ、流石に動き回る相手だと暗くて敵いませんわね――先生を担がれると迂闊に撃つ事も出来ませんし」

「万が一先生に傷を負わせてしまえば悔やむに悔めませんから、幸い時間はたっぷりありますし、少しずつ追い詰めれば良いと思いますよ?」

「えぇ、アカリさんの云う通りですね、それならば――」

 

 ぐるりと、スコープを覗いていたハルナの瞳が未だ残るサオリを捉えた。

 

「個人的な恨みも含め――先に、彼女達の(リーダー)を潰すと致しましょう」

「っ!」

 

 即座に銃口が向けられ、引き絞られるトリガー。独特な発射音と共に暗闇の中で閃光が迸る。光の軌跡となったそれを、サオリは身を反らし紙一重で避けた。なびく外套の一部が消し飛び、黒ずんだ煤が虚空に舞う。それを横目にサオリは思わず歯噛みする。

 

 ――どういう神秘濃度だ、バイタルラインに直撃を許せば一撃で意識が飛ぶぞ……!?

 

 迸る弾丸に内包される神秘、掠れただけで衣服の端が消し飛んだ、サオリはそれを感じ取り戦々恐々とする。恐らく生半な装甲であれば諸共貫通し得るだけの威力がある。口径の大きさではない、これは彼女自身が持つ天性の才。

 ふと、サオリの視界に影が落ちた。咄嗟に頭上を見上げれば、両腕にアサルトライフルを握ったジュンコが街灯を背に飛び上がっているのが見えた。

 

「このッ! ぶっ壊してやるッ!」

 

 憤怒に塗れた表情で叫び、視界にマズルフラッシュが瞬く。反射的に横合いへと身を投げた瞬間、無数の弾丸が地面を穿った。跳ねた破片がサオリの背を叩き、二転、三転しながら飛び起きる。地面に滑りながら着地したジュンコは、自身の強襲を避けたサオリに銃口を向けながら叫んだ。

 

「あぁもうッ! 動くんじゃないわよっ!」

「無茶を云う――……ぅ!?」

 

 ぞわりと悪寒、勘に従って身を伏せた瞬間、轟音と共に弾丸が頭上を薙ぎ払う。帽子が風圧で吹き飛びそうになり、サオリは咄嗟に抑え込む様にして手を伸ばした。真後ろの手摺が粉々に吹き飛び、砕けたアスファルトがそこら中に転がる音が響く。

 

「っ、この威力――大口径か(7.62)!」

 

 アスファルトを粉砕し、抉り穿つ程の威力。視線を弾丸の飛来した方向へ向ければ、デイリーカトラリー(機関銃)を腰だめに構えたイズミがサオリを睨みつけていた。

 

「どんな所に隠れたって全部纏めてやっつけちゃうんだから! 覚悟してよねッ!」

「くっ……!」

 

 赤熱した銃口が再び火を噴き、視界が閃光で埋め尽くされる。凄まじい轟音と共に次々と弾丸が放たれ、周囲のアスファルトや手摺、街灯ごとサオリを粉砕しようと飛来していた。それは宛ら破壊の嵐、いつか見た風紀委員長のソレと比較すればまだマシだが、火力としては一線級である。一度捕まれば、数の暴力であっという間に削られる。

 

「見境なしか――ッ!?」

 

 的を絞らせない様駆け回りながらサオリは咄嗟に廃棄された車両、一際大きなトラックの影に飛び込む。一拍置いて甲高い金属音が鳴り響き、弾丸が錆びたトラックの外装を次々と穿ち始めた。飛び散る火花を横目に、サオリは愛銃に新しい弾倉を込めながら必死に声を上げる。

 

「聞いてくれッ! 私達は先生に危害を加えるつもりは――ッ!」

「今更、そんな言葉を信じられるとお思いで?」

「――ッ!?」

 

 ぽん、と。

 どこか空気の抜けるような音が響いた。

 同時に視界に影が過る。それは弾丸と比較すれば遥かに遅く、大きい代物。サオリの視界を過ったのはグレネードランチャーから射出される榴弾だ、そしてそれを認識すると同時、一条の閃光がトラックの外装諸共榴弾を貫いた。

 

 光線めいた狙撃と、爆撃。

 

 アカリの愛銃、そのアンダーバレルから射出された榴弾、それを空中で撃ち抜いたハルナの曲芸染みた一撃。サオリの頭上で炸裂したそれは、遮蔽に遮られていたサオリの身体を爆風で吹き飛ばした。

 

「ぐぁッ……!?」

 

 熱波が肌を焼き、破片が皮膚を殴打する。それでも辛うじて受け身を取れたのは訓練の賜物だった。激しく上下する視界に目を回しながら、サオリは銃のストックを地面に擦り付ける事で減速する。雨水の滴るアスファルトは良く滑り、サオリは白く濁った息を吐き出した。

 爆発によって立ち昇る噴煙を裂き現れる、ハルナとアカリ。二人は這い蹲るサオリを見下ろし、目を細める。

 

「あなた方アリウスは先生の優しさに漬け込んで、また騙そうとしているのではありませんか? 生徒の為に心身を削るあの人は、心の底から懇願すれば快く手を貸してくれる事でしょう、現に先生はその様に動いている――そもそも、話し合いの段階は疾うの昔に過ぎているのです、私達はあなた方を信じられない……いえ、信じたくない、これは合理ではなく感情のお話」

 

 告げ、ハルナは銃口を突きつける。その瞳には、微かな動揺も、慈悲も見られなかった。

 

「さぁ準備はよろしくって? 盛大にお出迎えして差し上げましょう――精々足掻き、惨めに這い蹲りなさい」

「ク、ソ――ッ!」

 

 このままでは、やられる。積極的に傷付ける気はなかったが、このままでは此方が危険だ。サオリはそう思考し、懐に手を差し込むと温存していた手榴弾を二つ取り出した。ヘイロー破壊爆弾ではない、通常の兵器として運用されるモノだ。アリウスからの逃走でこの手の兵器は使い果たし、持ち合わせは少ない。ここぞと云う所で使いたかったが――彼女はそれをハルナの目前へと投擲し、素早く銃を構える。

 唐突に目前へと投げつけられたそれに、ハルナは目を瞬かせる。

 

「あら――」

「悪く思うな……っ!」

 

 目を見開くハルナを狙い、引き金を絞る。しかし、それよりも早く庇う様にして一歩前へと出るアカリ。同時に銃声が木霊し、弾丸が手榴弾を捉えた。

 強烈な閃光と爆音、臓物が持ち上がる様な感覚。耳鳴りが響き、爆風と熱波、破片がサオリの外套を叩く。身を丸めて爆発をやり過ごしたサオリは立ち込める粉塵を見つめながら確かな手ごたえを感じた。至近距離での爆発、普通の生徒ならばこれで昏倒しても可笑しくはない。

 だが――。

 

「――温い攻撃ですねぇ」

「ッ……!?」

 

 声は、極至近距離から聞こえた。

 視界を覆う粉塵を裂き、現れたのは微かに焦げ跡の残る制服を身に纏った鰐渕アカリ、彼女は驚愕に身を固めたサオリに笑みを浮かべながら肉薄すると、その腹部目掛けて全力の蹴撃を叩き込んだ。踏み込んだ足元のアスファルトが罅割れ、同時に着撃、サオリの身体がくの字に折れ曲がり、臓物が圧迫される。

 メキリ、と。

 サオリは自身の骨格が軋む音を聞いた。

 

「うぐッ――!?」

 

 直撃を許してはならない類の打撃だった。聖園ミカ程ではない、しかし普通ならば一撃で戦闘不能になるレベルの打撃。サオリの身体が後方へと吹き飛び、廃棄されていた古めかしい車両のフロント部分に衝突、バウンド。錆びた外装をへこませ、甲高い音と共にフロントガラスに突っ込んだ。粉々になった硝子片を浴びながら、サオリは喘ぐ様に口を開く。

 腹に、熱した棒を突き入れられた様な感覚があった。咄嗟に手を這わせ、自身の腹部に穴が空いていない事を確認する。大丈夫だ、胴は繋がっている、穴もない――致命傷では、ない。

 

「助かりました、アカリさん」

「この位はお安い御用ですよ☆」

 

 足を突き出した格好のままアカリは何でもない事の様に宣い、そっと足を地面に落とす。靴底がアスファルトを叩き、アカリは自身の制服に付着した煤を軽く手で払った。

 

この程度(手榴弾の火力)じゃ物足りませんね、正直力で解決するのは嫌なんですが、世の中には力でしか解決できない事もあると私は知っていますので――此処は、その様に振る舞わせて貰います」

「ごほッ、コホッ……!」

 

 ボンネットの上に転がったサオリは、フロントガラスを手で砕きながら上体を起こす。そして一歩一歩迫りくるアカリを見つめながら、その表情を苦悶に歪めた。

 

 ――コイツ、あの爆発を至近距離で受けて微塵もダメージがない。

 

 確かにあの瞬間、手榴弾はこの女の顔面に炸裂した筈だった。キヴォトスの生徒は頑丈だが、物には限度がある。頭部にライフル弾が直撃すれば意識が混濁するし、至近距離での爆発などもっての外。普通の生徒ならば数時間は失神してもおかしくはない。特記戦力としてマークされるだけはある、という事か。

 サオリのそんな思考を他所に、アカリは自身の頬を撫でつけ恍惚とした笑みを浮かべ、云った。

 

「あなた方を打倒して、先生も連れて皆で一緒に美味しいものを食べに行くんです、知っていますか? 勝利って甘い味がするんです、だから私、もっと食べたいんですよね、先生と一緒に、もっと、も~っと沢山……! ふふ、ふふふッ!」

「っ……!」

「では、覚悟して下さいねぇ?」

 

 ゆっくりと、緩慢な動作で向けられる銃口。腹部を抑えたまま表情を歪めるサオリ。

 そんな光景を先生はヒヨリに担がれたまま遠目に見ている事しか出来なかった。刻一刻と遠ざかる彼女達を前に、先生は必死に手を伸ばし叫ぶ。

 

「ぐッ、ま、待ってくれ、ヒヨリ、ミサキ……! 頼む! 私が、私が彼女達と話を――っ!」

「あの連中、言葉だけで止まるとは到底思えない……! その前にこっちが全滅したら終わり、それに陽の出まで時間も無いんだよ!? 悠長に説得していたら間に合わなくなる! それとも先生には数分で彼女達を説得出来る自信があるの!?」

「―――………っ、ぅ」

 

 直ぐ脇を駆けるミサキが苦痛に満ちた表情で叫ぶ。その言葉は正論だ、どれだけ言葉を尽くしても彼女達が思い留まる未来が見えない、或いは誠心誠意話し合えば可能かもしれないが、それだけの時間が自分達には許されていない。

 これは、自身の失態だ。先生はそう心の中で悔いる。

 自身の行動がこれ程生徒に筒抜けになるなど、想定していなかった。シャーレ棟外であったから油断したか。

 否、今はそれを悔やむ時ではない。感情に呑まれるよりも、為すべき事がある。先生は唇を噛み切る程に強く噛み締め、腕の中に抱えたシッテムの箱を叩いた。

 

「――サオリッ!」

「……っ!」

 

 叫び、同時に先生からサオリへ、青白い光が迸る。ヘイローが点滅し、手足に痺れるような感覚が走った。視界に投影されるあらゆる情報、サオリは自身と先生がリンク(繋がった)のだと即座に理解した。

 視界に、赤い予測線が伸びる――アカリの指先が、引き金に触れる。

 まるでスローモーションの様に映し出されるそれに、サオリの身体は独りでに動いていた。

 

「っ、あら?」

 

 銃声が轟き、マズルフラッシュが一瞬暗闇を払い除ける。

 しかし、弾丸は廃車の内装、そのハンドルに突き刺さり、サオリは至近距離での射撃を紙一重で回避していた。サオリの髪がひと房宙を舞い、彼女はボンネットに手をついたまま飛び上がる。

 

「悪いが、まだ斃れる訳にはいかない……ッ!」

「っ、ぐ!?」

 

 腕を起点とし、アカリを両の足で蹴り飛ばす。距離を取る事を優先し、そのまま蹈鞴を踏んだアカリに銃を向ける事無く、サオリは廃車の上を駆け後方へと飛びずさった。

 

「往生際の悪い奴――ッ!」

「全弾撃ち込むよっ!」

 

 ジュンコとイズミが愛銃を構え、サオリの視界に無数の予測線が表示される。弾丸の数は凄まじく、全てを躱しきれる自信はない――だが、今ならば。

 視界の端でアラートが表示され、直近の廃車(遮蔽)が表示される。

 凄まじい轟音と射撃音が響き渡り、視界が昼間の明るさを取り戻す。サオリは転がっていた廃車のボンネットを目敏く見つけると、それを蹴り上げ即席の目晦ましとした。ボンネット一枚では防弾効果など望むべくもなく、ものの一秒足らずで穴だらけとなる。甲高い音を鳴らし地面に跳ねる金属板、それを尻目にサオリは地面へと着地し、そのまま横合いへと駆け抜ける。薙ぎ払う様に放たれる弾丸の雨、進行方向へと伸びる赤い予測線、それを掻い潜る様にしてスライディングを敢行し、指示されていた次の廃車へと飛び込む。二人の放つ弾丸は数発廃車の外装に穴を空けたものの、撃ちっ放しだった弾倉は程なく払底し、弾丸の雨は唐突に終わりを告げた。

 空になったそれを見下ろし、ジュンコは忌々し気に顔を歪める。

 

「ッ、やるじゃない……!」

「わわっ、た、弾切れちゃった、えっと予備の弾倉……!」

「成程――流石は先生」

 

 あの弾幕を無傷で切り抜けるとは、ハルナは唐突にキレを増した動き、その裏に先生の助力を嗅ぎ取った。恐らく弾丸の来る位置が予め分かっている、未来予測染みた動きだ、そうなると攻撃を当てるだけでも一苦労だろう。思考し、ハルナはアイディールのバレルを宙に向ける。

 

「ん――あら、アカリさん?」

「……制服に、泥が」

 

 ふと、ハルナはサオリに蹴飛ばされたまま動かずに居たアカリに気付いた。アカリはサオリに蹴りつけられた箇所を凝視したまま、ぴくりともしない。

 彼女の制服、その胸元には靴型の泥が付着している。先程サオリが繰り出した蹴撃によるものだ、ぬかるんだ道を走り回っていた彼女の靴は相応に泥に塗れ、それを押し付けられた彼女の制服も悲惨な事になっていた。アカリは暫くの間無言でその場に佇んでいたが、不意に空を仰ぎ深い息を吐き出す。

 

「ふぅ――ちょっと、頭にきました」

 

 髪を掻き上げ、自身の胸元を手袋越しに叩くアカリの目は、完全に据わっていた。それを見たハルナは肩を竦め、潔癖症ですものね、と心の中で呟く。

 

「ミサキ、支援攻撃を……!」

「――!」

「一先ず距離を稼ぐ、横合いに放置されている車両群を狙ってくれ、なるべく広く、攪乱する……!」

 

 先生のその言葉に、ミサキは足を止め振り向く。視界に廃車を捉え、此方に向けて駆けるサオリの姿を認めた。

 ミサキは素早く反転し、セイントプレデターを担ぎ引き金に指を掛けた。搭載されているのは一定の高度で炸裂し、子爆弾が放出される弾頭。この状況にはお誂え向きだった。

 

「リーダーッ!」

「――視えているッ!」

 

 ミサキの叫びに、サオリは即座に応える。視界に見えるセイントプレデターによる爆撃範囲――車両の爆破を含め、三秒後には誘爆範囲外だ。

 その声を聞くと同時、ミサキはトリガーを引き絞った。

 瞬間、ボシュ! と眩いバックブラストが砂塵を巻き起こし、弾頭が砲口より飛び出した。ほんの僅かな対空時間を経て、弾頭後部から火が噴き出す。そのまま白煙の尾を引いて上空へと飛び出した弾頭は上へ上へと高度を稼ぎ、一定の高さにて炸裂する。

 夜空の中で、花火の如き明るさは良く目立った。

 一瞬、視界に瞬く光に美食研究会の面々は顔を顰め、叫んだ。

 

「ッ――!」

「っ、砲撃!?」

「わわッ!」

「わぶっ!?」

 

 一拍遅れて飛来する小爆弾、それが次々と大橋に着弾し爆発を巻き起こす。放棄されていた廃車を巻き込んだそれは、相応の爆発と噴煙を撒き散らし視界と聴覚を錯乱する。

 

「今だ! 裏路地へ、早くッ!」

「はっ、はいッ!」

 

 ヒヨリの背中を叩き、横合いを指差す先生。ヒヨリが全速力で影の中へと飛び込み、続いてミサキ、最後にサオリが駆け抜ける。濛々と立ち上る砂塵は中々収まらず、地面には少量ではあるが火も舐めている。どうやらガソリンか何かが残っていた車両があった様子だった。そんな中で地面に尻餅をつき、目を回していたジュンコは頭を振って憤慨する。

 

「あいたた……もう、吃驚したじゃない!」

「イズミさん、大丈夫ですか?」

「けほっ、けほッ、なにコレ、け、ケムイんだけれど!?」

「……どうやら、煙幕代わりの様ですね」

 

 全員、直撃は免れ怪我らしい怪我も無い。元々子弾頭程度ならば直撃しても戦闘不能までは行かないだろうが――我に返ったジュンコは飛び上がり、周囲を隈なく見渡す。

 

「っ、あの女は!?」

 

 しかし、彼女の視界にサオリの姿はなく、影も形も残ってはいなかった。

 

「あら、逃がしちゃいましたか~……」

「しかし既に大まかな位置は捕捉しました、追撃するのは容易でしょう」

「なら早く追いかけようよ! 早くしないと、先生が……!」

「ひ、酷い事されちゃうかもしれないんだよね!?」

 

 ハルナの言葉にジュンコとイズミが声を上げ、焦燥を滲ませていた。

 

「一応、先生に危害を加えるつもりはないと云っていましたが……」

「そんなの、単なる口から出まかせに決まっているじゃない! あんなヤバいテロリストの云う事なんか信用出来ないでしょ!?」

「えぇ、そうですね、ジュンコさんの云う通りです、テロリストなんて碌なものでは――っと、少し失礼します」

 

 ハルナがジュンコの言葉にしみじみと頷きを返す中、不意に彼女の外套にあるポケットが振動している事に気付いた。手を伸ばしポケットの中に仕舞っていた端末を取り出せば、画面には無名での着信表示。ハルナはその口元を僅かに緩め、応答ボタンをタップする。

 

「はい」

『首尾は?』

「申し訳ありません、逃走を許してしまいました」

『構いません、一度の接触で戦闘不能に追い込めるとは思っておりませんでしたから』

 

 開口一番、世間話も何もなく単刀直入なもの云い。しかし自身と彼女は友人でもなければ知己でもない、単なる利害の一致で繋がっているだけの間柄だ。その辺りに関して、ハルナに思う所は何もなかった。

 

『あぁ、断っておくとこれは皆さんの戦闘能力を疑っているという訳ではありません、全てはこの超天才病弱美少女ハッカーの計算の内……という事です、何より向こうには先生がいらっしゃいますから』

「……それで、私達は次にどう動けば?」

『その周辺は妙なノイズが多く、正確なマッピングは難しいですが私に掛かればスクワッドの辿るルートを割り出す程度は造作もない事、端末に予測される経路を送信しておきます、追撃にお役立て下さい』

「それは――ご協力に感謝致します」

 

 そう云って端末を見れば、即座に詳細なマップデータが表示される。どうやらこの短時間で周囲のマッピングと彼女達の進行ルートの予測を立てたらしい。流石と云うべきか、何と云うべきか。その情報技能には舌を巻くしかない。

 

「そう云えば、今更ですが何故私にお声を? 確か其方にもこの手の荒事が得意な部活動があったと記憶しておりますが――」

『あぁ、C&Cの事ですか、確かにこの手の依頼は適任と云えますが――』

 

 そこまで口にして、通話の向こう側に佇む彼女は言葉を選ぶような素振りを見せた。

 

『原則として他学園の自治区内にて戦闘行為を行うのは非常にリスキーな行為です、特に現在のトリニティはいつ爆発するかも分からない爆弾の様なもの、万が一でも起爆剤となるのは御免ですから、学園間の関係や規則を鑑みても特段おかしな話でもないでしょう?』

「ふふっ、その云い方だと私達ならば爆発しても構わないと聞こえますわ」

『元より爆発させるのは得意でしょう、美食研究会の皆さんであれば……ね?』

「――そこに真なる美食に至る道があるのであれば、どんな場所であろうと関係ありません、私達はただ突き進み、その先にある究極の美食を探求するのみ……ただ、それだけの事ですもの」

『だからこそ、私は貴女方に話を持ち掛けたのです――この事は、くれぐれも内密に』

「えぇ、理解しております」

 

 呟き、同時に想う。

 きっとこの通信記録すら残る事はないだろう、と。しかし、それで構わない。ハルナがこの通信主に多くを望む事は無い。言葉を胸中で反芻し、静かに頷く。

 

『私がサポート出来るのは情報面のみ、その事はお忘れなく』

「勿論です――それでは、また後程」

 

 告げ、ハルナは端末をタップする。通信が切れた事を確認し、彼女は再びポケットの中へと端末を戻した。視線を上げれば、ジュンコは訝し気な視線で、イズミは何処か不思議そうな目で此方を見ている。

 

「ハルナ、今の通信相手誰よ?」

「それはですねぇ、今回の情報提供者とでも云っておきましょうか~」

「情報提供者……? っていうか、何でアカリが答えるのよ」

「私も一枚、噛ませて頂いていますので」

 

 ジュンコの問い掛けに飄々とした態度で答えるアカリ。今回の件を知っているのはアカリとハルナの二名のみ、イズミとジュンコに関しては一切何も知らされていない。

 

「先生がこの区画に足を踏み入れたと教えて下さった生徒さんです、正確に何処の誰と明かす事は出来ませんが……」

「……それ、信用出来るのよね?」

「少なくとも、アリウスよりは」

 

 肩を竦め、そう答えるハルナ。尤もこのキヴォトスに於いて、現在のアリウスよりも信用出来ない存在など居るかどうかも疑わしい限りではあるが。これは彼女なりの軽口でもあり、同時に発破でもあった。

 

「それに信用出来なくとも構いません、畢竟、私達のやるべき事は一つ――違いますか?」

 

 そう問いかけるハルナに対し、ジュンコは思わず黙り込む。重要な事をはき違えてはならない、ジュンコは自身を決して利口等とは思っていないが、目で見たものを信じない程愚かでもないと思っている。

 この場所に先生が居て、アリウスと共に行動している。

 

 先生を、あの連中から取り返す――事情を聞くのは、その後で良い。

 今、重要なのはそれだけだ。

 

「さて、では参りましょう――美食研究会の活動としては稀な事ではありますが」

 

 ハルナが外套を翻し、アイディールを肩に担いだまま踵を返す。夜に靡く銀髪が照明を反射させ、彼女の歩く背に輝きが残る様だった。

 その後ろに、三名の仲間達が続く。

 ハルナはその赤い瞳を以て煌々と周囲を照らし、力強く告げた。

 

「此処からは、狩り(狩猟)の時間です」

 

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