「……到着した、此処が目的の通路だ」
廃墟区画北東、廃棄地下道前。
そこは廃墟区画の中でも更に奥まった、殆ど人の通らない様なひっそりとした場所だった。廃墟区画と云っても中程や表層部分には不良達の溜まり場になっている様な場所も多い。しかし、この辺りとなると人が滅多に通らないのか植物が生え放題となり、廃墟の中でも一際不気味な場所となっている。
文明崩壊後の街とでも表現するべきか、アスファルトを覆い隠す雑草、倒れ伏した小さな樹々が道路を封鎖し、彼方此方に樹々が生え揃っている。錆び付き、蔦と苔に覆われた建物は強い緑の匂いを発している。
そんな街の片隅に、他所の建物と同じように苔がむし、錆び付いた金網で隔離された地下通路への入り口があった。直ぐ脇にあった薄汚れた小さな看板を指先で擦り、その文字を確認したサオリは頷く。
目的地は此処で間違いない。
「まさか、本当に接敵なしで此処まで辿り着けるとはな」
「時間は多少掛かってしまいましたが、戦闘時間を考えればトントンくらいでしょうか……?」
「何より、弾薬を節約できたのは大きいね」
「あぁ」
メンバーの言葉に頷きながら、サオリは徐に足を上げ、入り口を封鎖していた金網を蹴飛ばして開ける。ガシャン、という甲高い音を立てて開いた扉は蔦の中に埋まり、生い茂ったそれを手で払いながらサオリが通路入り口を覗き込めば、地下へと続く薄汚れた階段が視界に映った。空気の唸る様な音が地下から響き、生温い風が頬を撫でる。
「……随分暗いね」
「足元に気を付けろ先生、この辺りは管理が行き届いていないから足場が悪い――全員、明かりは?」
「持っている」
「だ、大丈夫です」
「足元だけを照らせ、なるべく遠くには向けるな」
そう云ってサオリは懐からほんの小さなペンライトを取り出すと、階段を照らしながら先行する。サオリに続いてミサキ、三番目に先生が地下に足を踏み入れる。縦一列になって階段を下る一行、通路には時折水滴の落ちる音が周囲に反響していた。地下であるからか、地上よりも肌寒く、先生は小さく身を震わせる。
「此処から地下道を通ってカタコンベの入り口に踏み込む、問題はこの先の緊急避難通路を防衛している部隊についてだが……」
「
「あぁ、十中八九――待ち伏せがある筈だ」
階段を下り終えると、剥き出しのパイプ管と打ちっ放しのコンクリート壁に囲まれた場所へと出る。壁には赤い非常灯が薄らと光を発しており、それが唯一の光源として機能していた。
三人はライトを頭上に掲げながら、なるべく光源が広く視認されない様足元を照らす。ライトを体から離した位置で構えるのは、確か光源を狙われた際に被弾しない様にする為だったか。そんな事を考えながら、先生は彼女達の背中に続く。
念の為シッテムの箱で周囲の索敵を適度に行っているが、ごく近辺に限って反応は見られない。どうやら緊急避難用の入り口は複数存在するらしく、そこに分散して兵力は置いていない様子だった。
ある程度通路を慎重に進んでいくと、曲がり角付近で不意にサオリが足を止めた。
「止まれ、此処から先は緊急避難経路の隔壁間近だ」
そう云って角から先を覗き込むサオリ。
彼女の視界には、真っ直ぐ伸びた通路と開けた地下空間が広がっていた。緊急避難経路は隔壁でブロックが区切られており、この先を少し進んだ場所に第一隔壁がある。そこを潜ればカタコンベ内部へと通じている地下通路に到着する筈だ。暗く、等間隔で設置された非常灯に照らされた通路は見通す事が出来ない。
サオリは慎重に通路を観察しながら、背後のミサキに問い掛ける。
「ミサキ、お前はどう見る?」
「……緊急避難経路は全アリウス生徒が知っているし、警備が居ないのはあり得ない、寧ろかなりの数が配備されているだろうね、現在進行形で私達を捜索している部隊も、此処での交戦が明らかになれば一斉に戻って来る可能性があるよ」
「そ、そう聞くとかなり厳しそうですが、どうしましょう……?」
ミサキが淡々とした様子で自身の考えを述べれば、ヒヨリは不安げに呟く。しかし、そうは云っても此処まで来て戻ると云う選択肢もないだろう。サオリは少し考える素振りを見せ、「先生、索敵は出来るか?」と問いかけた。先生は静かに頷き、出力を絞って前方に限った索敵を行う。するとシッテムの箱、そのモニタに複数の反応が表示された。それを覗き込み、サオリは声を漏らす。
「十、二十、三十、四十――凡そ五十か」
「数だけ聞くと小隊規模だけれど、後ろにまだ控えているかも」
「サオリ、一応聞くけれど周辺に迂回路とか、隠し通路の類は?」
「……無い、隔壁まで此処から一本道だ」
「となると、他の入り口を探す訳にもいかないか」
――最初からスクワッドに選択肢はない。
その言葉を呑み込み、サオリは静かに愛銃を抱え直した。
「正面から、強行突破するしかないな」
「――だね、どうせ向こうも私達も考えは同じ、異なる点があるとすれば」
その言葉に同調し、頷いたミサキの視線が先生に向けられる。
「シャーレの先生が居るかどうか」
「へ、へへ……そ、そうですね、唯一の勝ち筋がそれくらいですし……よろしくお願いします、先生」
「出来得る限り、支援するよ」
彼女達の言葉に先生は頷き、シッテムの箱を強く握り締める。
分かっていた事だが、これから先の戦いは厳しいものになるだろう。
時間との勝負だ、増援が駆け付ける前に防衛部隊を退ける必要があった。
「先程の配置、見覚えがある、恐らく待ち構えているのは防衛隊の連中だ」
「……選抜組か、厄介だね」
ミサキが舌打ちを零し、露骨に表情を歪めた。
防衛隊――それはアリウスの中でも自治区の防衛に特化した部隊を指す言葉である。基本的にアリウス自治区内では訓練成績と適正によって部隊の配属先が異なるが、特に成績上位の生徒達は『選抜組』と呼称され、一般的な部隊ではなく特務や分野に特化した部隊に配属される事がある。防衛隊と呼ばれる部隊も、その中の一つであった。普段はカタコンベ内部の警備や防衛を主な任務としているが、今回に限っては態々外まで出張って来たらしい。恐らく『彼女』の指示によるものだろう、サオリはそう考える。
「だが、相手が何処の誰であれ、やる事はいつも通りだ、私が突貫し攪乱する、ヒヨリとミサキは支援を頼む、それとミサキ、悪いが中衛を任せて良いか?」
「それは別に良いけれど……リーダーのバディが居ない、大丈夫?」
「何とかする、それに今は先生の指揮があるからな」
告げ、深く息を吐き出す。本来ならば前衛、中衛はサオリ、アズサ、アツコの三名で担っていた。その内の二人がこの場に存在しない為、サオリ単独で前線を張る必要がある。その負担はかなりのものになるだろう、しかし無いもの強請りは出来ない。その場に存在する装備、人材で対処するしかないのだから。
サオリは体ごと先生に向き直ると、帽子のつばを下げながら云った。
「先生、私達が先行して敵を殲滅する、こうも狭いと跳弾の恐れがあるから、暫く此処で待機していてくれ、安全が確保され次第合図を出す、それを確認したら後に続いて欲しい」
「私も一緒に行動するというのは――」
「いや」
先生の進言に、彼女は首を横に振った。
「時間の都合上、かなり強引な突入になりかねない、ましてや今の私達は三人、相手が雑兵ならばまだしも訓練された精鋭だ、先生に火力を集中するという判断を取られた場合、私達が身動き出来なくなる、正直先生の護衛に割く戦力すら惜しい状況だ――なら一、二分時間が取られるとしても進行タイミングをズラすべきだ、その方が私達も気兼ねなく動けるし、リスクも減る」
「……分かった、サオリの判断を信じるよ」
彼女の言葉に、先生はやや思案の表情を見せたが、しかし最終的には頷いて見せる。実際に戦うのは彼女達だ、であるのならばその意見を無視する事は出来ないと判断した。幸いリンク自体はある程度離れていても維持出来る、戦術指揮もタブレット越しに可能だ。此処からでも指揮自体に支障はない。
「厳しい戦いになるだろうが、此処を突破すればアリウス自治区に侵入出来る、気を引き締めて行くぞ」
「うん」
「は、はい」
リーダーの言葉に頷き、真剣な表情を浮かべる両名。
此処がアリウス自治区に入る為の、最後の砦。逆に云えば、此処を突破できなければスタート地点にすら立てないという事になる。それを自覚すると同時、心臓の鼓動が大きく鳴り響いた。
「……ふーッ」
頭上を仰ぎ、サオリは一度深く息を吐き出す。肺が萎む、血が凍る様な感覚があった。重要な場面ではいつもそうだ、この緊張がサオリに生の実感を与えて来る。自分はまだ生きている、生きているのならば足掻ける、まだ、戦える。
二度、三度、空っぽの手を開閉させ、最後に強く握り締めた。
「準備は」
「だ、大丈夫です……!」
「いつでも」
ヒヨリ、ミサキが応える。
既に手の中には愛銃が握られていた。
「先生」
「うん」
最後に先生へと視線を向けた。
暗闇の中で、一際強い光を放つ瞳がサオリを射貫く。先生の瞳は、いつ見ても変わらない。力強い意志と想いが灯っている。どんな逆境でも、絶望的な場面でもそうだ。
あの時もそうだった。
今更、本当に今更な事ではあるが。その信頼に、善意に、今度こそ応えたいと思う。もう裏切る事など考えない、先生が斃れた時、それがスクワッドが壊滅する時だ。
頷き、サオリは安全装置を指先で弾くと、力強く告げた。
「よし――アリウス・スクワッド、出撃するぞッ!」
■
――緊急避難通路、第一隔壁前
防衛隊としてこの場所の防衛任務を受け、二日ほどの時間が経過していた。頭上に輝く薄暗い非常灯、通路を照らす為に持ち込まれたスタンド型の簡易照明、それがこの場に在る光源の全てだ。薄暗く冷たい地下通路の防衛任務は、想像以上に精神的な負担を強いて来た。自治区内部の警備が主な任務であった彼女達にとって、こんな場所の防衛任務に選ばれた事は貧乏くじとすら云える。
しかし、それに反発する気も、意思もない。彼女達はただ淡々と下された命令に従い、この場に立っている。
「………?」
「どうした」
「あぁ、いや、今向こう側に、何か――」
ふと、歩哨として立っていた生徒が通路の奥を指差す。カタコンベとは逆方向、地下通路の側だ。其処に何か、ちらつきが見えたような気がした。しかしそれが照明の光が何かに反射しただけなのか、或いは単なる目の錯覚なのか、それ以降何かが見える事は無く、彼女はガスマスク越しに額を指先で打ち、吐息を零す。
「……すまない、気のせいだと思う、少し気を張り過ぎた様だ」
「状況が状況だ、仕方ないさ――しかし、本当に来るのと思うか? 隔壁閉鎖まで後一時間もないというのに」
担いだ銃を揺らしながら、そんな軽口を叩く同胞。彼女の視線はカタコンベ内部、その最奥にあるアリウス自治区に向けられていた。
暗く、非常灯によって薄らと赤に彩られている通路は、彼女達の母校であるアリウス自治区へと通じている。
「連中だって自分の状況は分かっている筈だ、離反した連中が自治区に戻る何て……自殺行為だろう」
「それでも任務は任務だ、来ようが来なかろうが、此処を守るのが私達の役割だからな」
頭をゆっくりと左右に振り、そう口にする生徒。何とも模範的な解答にもう片方の生徒は肩を竦める。その態度にはどこか、不満が滲み出ている様に見えた。
「なぁ」
「何だ、任務中の度を過ぎた私語は隊長に――」
「私達は」
顔は真っ直ぐ前を見たまま、彼女は何かを云いかけた。しかし、その言葉が結局口から発せられる事は無く、ゆっくりと俯いたまま口を噤む。その言葉を口にする事に意味など無いと、そう思ったのだ。
「……いや、なんでもな――」
言葉は、最後まで続かなかった。
彼女が云い終わる前に、一条の光が白煙と共に彼女達の視界に過った。
それは余りにも唐突で、身構える暇さえなかった。
暗闇の中で灯る茜色は、弾頭を前へと推し進める為の炎色。その光が真っ直ぐ、自分達の方向へと飛んできたと、そう認識した瞬間――飛来した弾頭は空中で複数の子爆弾に分かれ、連鎖的に爆発を巻き起こした。
コンクリートが爆ぜ、爆音が周囲に反響する。室内に於いての爆発物は、彼女達の聴覚と三半規管に無視できないダメージを齎した。爆音が脳を揺らし、爆炎と衝撃波が肉体を物理的に突き抜ける。同時に閃光が網膜を焼き、直ぐ傍に立っていた筈の同胞が虚空に打ち上げられるのが見えた。衝撃で照明が次々と転倒し、何もかもが一瞬にして混沌へと突き落とされるのが分かる。
世界が、一瞬にして暗闇に支配された。
――奇襲だ。
爆発に意識を断ち切られそうになって尚、兵士として積み重ねて来た訓練が彼女を生かした。爆発と同時に身を屈ませ、頭部を保護した彼女は幾つかの破片が体に叩きつけられる程度で済んだ。炎に肌を焼かれ、痛みに歯を噛み締めながら思考を回す。
この手の砲撃を行う生徒を、彼女達は知っている。
「っ、スクワッド……!?」
「本当に来たのかッ!? 総員、戦闘――」
「遅いッ!」
爆炎と爆風を裂き、暗闇の中で疾走するひとつの影。地面を這う炎が彼女の影を内壁に映し出し、宛ら影絵の如く演出する。
ミサキの砲撃と同時に切り込んだサオリは、既に防衛隊の懐へと潜り込んでいた。握り締めた愛銃を即座にアリウス生徒へと向け、至近距離でトリガー。マズルフラッシュと銃声が轟き、理想的なフォームから放たれた弾丸は彼女達の頭部を強かに弾く。
「いぎッ!?」
「ぐッ――!」
衝撃で身体を逸らし、ヘイローを点滅させる生徒。彼女達は反撃する間もなく崩れ落ち、そのまま意識を失う。他の銃声はない、サオリが一方的に射撃を加え、立ち直る暇を与えずに次々と生徒を薙ぎ倒していく。周囲にはサオリの発する銃声だけが響いていた。
爆発による混乱、そこに空かさず突入して来る胆力と技量、同じ選抜組として彼女達の強さを良く理解している防衛隊は、何とか建て直しを図ろうとする。
「く、そ……! 錠前サオリ……! 気を付けろ、屋内戦闘のスペシャリストだッ! 距離を取れ、白兵戦の間合いでは絶対に――」
部隊長である生徒が叫ぶ。爆発の衝撃で罅割れたガスマスクのレンズを指先で擦り、吹き飛ばされ地面を転がっていた生徒を掴み起こしながら、何とか小隊を立て直そうと声を張り上げる。兎に角、反撃に転じなければならない、思考はその一点のみに支配されていた。
それが仇となった。
周囲に響き渡る声は、部隊長の存在を示すものに他ならない。
「―――」
不意に何か、金属を弾く様な音が耳に届いた。音の鳴った方へと視線を向ければ、地面に転がる手榴弾が二つ。同時に弾む安全ピン、それを見た瞬間、ぞっと、隊長の顔から血の気が引いた。
「っ、手榴――ッ!」
叫ぶより早く、彼女の足元に転がっていた手榴弾は炸裂する。無数の破片が彼女の身体を殴打し、その身体が後方のコンテナ目掛けて派手に吹き飛ぶ。騒々しい音を立ててコンテナに衝突し、半ば埋もれる隊長。その白いコートには焦げ目が残り、穴だらけの状態だった。至近距離で手榴弾を受けたのだ、然もありなん、恐らく数時間は昏倒したままだろう。
「っ、室内での爆発は、かなり堪えるな……!」
爆風に外套が靡き、酷い耳鳴りを感じながらサオリは思わず言葉を漏らす。部隊長の存在を知覚すると同時、手榴弾を滑り込む様にして投げ入れた彼女は比較的至近距離で爆発を受けた。衝撃や破片自体は遮蔽でやり過ごしたが、音ばかりはどうしようもない。何の備えも無しに受けていれば暫く耳が使い物にならなくなるだろう。
「やられるよりマシでしょ、それより次、来るよ」
「――あぁ」
弾頭の再装填を終えたミサキがサオリの傍へと駆け寄り、そう素っ気なく告げる。
ミサキは右手でセイントプレデターを構え、左手にはリボルバーを握っていた。彼女のそれは護身用の軽量小型モデルだが、使用する弾丸は.327フェデラル・マグナム弾、小口径ながら.357マグナム弾に負けず劣らずな威力を誇るものであり、頭部に撃ち込めば一撃で昏倒させるだけの威力はある。
ロングレンジを砲で一掃し、至近距離ではリボルバーで援護する。慣れないスタイルではあるが、苦肉の策だ。ミサキの声に応えながらサオリが銃を構え直すと、大勢の足音が耳に届き、隔壁内部から続々とアリウス生徒が姿を現した。先生の索敵結果通り、総数は五十近い。
しかし二十人近くは既に先の爆発とサオリの奇襲で戦闘不能になっている。決して勝機がない訳ではない。
「ヒヨリ、数を減らせッ!」
サオリが後方に向かって声を張り上げると同時、重々しい銃声が轟いた。風がサオリ達の傍を吹き抜け、前方を駆けていた生徒のガスマスクが弾け飛ぶ。ぐらりと傾いた身体が後方へと流れ、弾けたガスマスクが地面に音を立てて転がった。
倒れ込んだ生徒に巻き込まれ、後列の幾人かの生徒がその場に転倒する。
「っ、狙撃――!?」
「この暗さで当てて来るか……!」
「散開しろッ! 数では此方が上だ!」
ヒヨリの存在を悟った彼女達は、狙いを絞られない様に即座に散開する。しかし、それでも一際重々しい銃声が鳴り響く度にひとり、また一人とアリウスの生徒が頭部を弾かれ、地面に転がった。
通路の遥か後方、地面に這い蹲った状態でスコープを覗き込むヒヨリはその口元を歪ませる。構えたアイデンティティの下には背嚢とガンケースが即席の遮蔽として機能しており、ヒヨリはスコープ越しに見えるアリウス生徒に言葉を漏らした。
「へ、へへっ、悪く、思わないで下さいね――ッ!」
「がッ!?」
引き金を絞り、銃声を轟かせる。唸りを上げた銃身が軋み、強烈なマズルフラッシュが暗闇の中で瞬いた。先生の支援によって暗闇の中でも正確に相手の位置を把握出来るスクワッドにとっては、暗中戦闘であっても正確無比な射撃が可能である。
今しがた積み上がっていたコンテナの影に滑り込んだ生徒を、遮蔽越しにぶち抜いた。戦車の装甲を貫通する弾丸はそのまま生徒の背中を捉え、凄まじい衝撃と共にその肉体を吹き飛ばす。打ち上げられた生徒はそのまま地面を滑る様にして転がり、ピクリとも動かなくなった。
「こいつら、暗視装置も無しに……! 此方の位置が露呈しているのか!?」
地下通路はミサキの撃ち込んだ弾頭により、照明の類が殆ど機能していない。頭上に設置された非常灯の赤が唯一の光源である。そんな中で昼間と同じような感覚で弾丸を当てて来るスクワッドは、正に驚異的な存在に思えた。
どういう事だ、スクワッドは疲弊し装備も殆ど残されていなかったのではないのか。アリウスの生徒は遮蔽に身を潜めながら思う。
「悪いが――」
サオリは後方から援護するミサキやヒヨリにヘイトが向かない様、過剰なまでに前へと詰める。狙撃を警戒し頭を引っ込めた防衛隊の側面に回り、その機動力で以て散発的な射撃を全て躱す。暗闇によって碌に狙いも付けられない上に、同士討ちを警戒して大きく銃口を動かす事も出来ない。更には凡その着弾位置が視界に表示される以上、肉薄し一人ずつ確実に倒していく事は、今のサオリにとって非常に簡単な行いであった。
「今の私達は、一味違うぞ……!」
遮蔽の上を滑り、その裏に潜んでいたアリウスの生徒を蹴飛ばす。サオリの蹴撃は彼女の肩を強かに捉え、構えていた銃が地面を滑る。そのまま這いつくばり、咄嗟に顔を上げた瞬間トリガーを絞る。マズルフラッシュが瞬き、同時に顔面が弾かれ、ガスマスクが罅割れる音が耳に届く。即座に膝を突き、横合いで散発的に攻撃を行っていた生徒に狙いを変える、そのまま指切りで一発、二発、三発――吐き出された弾丸は咄嗟にサオリへと銃口を向けた生徒のバイタルラインを正確に射貫き、身体を強張らせ、苦悶の声を漏らした生徒はゆっくりと崩れ落ちる。
一連の流れは余りにもスムーズに、滑らかな動きで行われた。サオリの思考と動きが一致する、阻害するものは何もない。
肉体は疲労と痛みによって万全状態ではないというのに、精神だけはまだ戦えると叫んでいる。
既に半数は切り崩した。
もう半数、このまま削り切れば――!
そう考え、再び動き出したサオリの身体を――凄まじい轟音と共に飛来した瓦礫が、強かに殴打した。
「な、にぃ――ッ!?」
爆発が起きた、まるで戦車砲を撃ち込んだような衝撃だった。
爆発の予兆など何もなかった、しかし実際問題としてサオリの傍に存在した内壁が突如吹き飛び、崩壊した。飛来する瓦礫に押し出される形で地面を転がったサオリは歪む視界を振り払い、ぱらぱらと降り注ぐ破片を被ったまま後方を見る。
「ミサキ、至近弾――ッ!」
「違う、私は撃っていない!」
爆発の規模からミサキの砲撃だと咄嗟に判断したが、当の本人は焦燥を滲ませながら首を振る。実際彼女の担いでいるセイントプレデターに弾頭は装填されており、発射した痕跡もなかった。ならばアリウス側の攻撃かと前方を睨みつければ、どこか浮足立った防衛隊の面々が見える。見るからに彼女達の意図した攻撃でもない。
ならば、一体誰が――?
攻撃の主は、非常灯の赤に照らされながら、ゆっくりとした足取りで破壊した壁の中から現れた。
「もー、本当にさ、あなた達って暗い場所が大好きだよね?」
地下に、声が響いた。
どこか場違いで、明るくて、溌剌とした声だった。アリウスの防衛隊にとっては殆ど馴染のない声で、反対にスクワッドにとっては悪夢の到来を予期させる声で。
彼女は崩れ落ちる内壁を素手で掴みながら、その顔を覗かせる。
「ふふっ、でも大当たり、やっぱり此処に来たんだ」
その視線が、アリウスの生徒を――スクワッドを捉える。
頭上に輝く
「お、お前は……ッ!?」
咄嗟に、直ぐ傍に居た防衛隊の生徒が声を上げた。そのまま銃口を構え、引き金に指を掛ける――しかし弾丸が放たれるより早く、ミカの姿が掻き消える。暗闇の中で、その白い制服は良く目立つと云うのに、動きを捉える事さえ出来なかった。
ただ踏み抜かれ、罅割れた地面だけが彼女の移動、その痕跡を物語っている。
気付いた時、彼女、聖園ミカは防衛隊生徒の目前に迫っていた。
「――ぇ」
「邪魔」
反応すら許されず、防衛隊の生徒、その顔面にミカの拳が突き刺さる。打撃音とは思えぬ爆音が響き渡り、風が周囲を吹き抜けた。
殴打の直撃を許した生徒はガスマスクが砕け、凹み、その肉体がサオリの直ぐ脇を水平に吹き飛び、通過。そのまま後方のコンクリート壁に衝突すると、派手な衝突音を打ち鳴らして停止した。背中が壁の半ばまで埋まり、その腕はあらぬ方向へと曲がっている。まるで切れかけの蛍光灯の様に、彼女のヘイローが点滅し、軈て消失した。
辛うじて息はあった、だがそれだけだった。
誰も、声を上げる事が出来ない。唐突に現れた暴虐の存在に、固唾を呑んで硬直する事しか出来ない。
そんな雰囲気の中でミカは持っていた愛銃を掲げ、小さく伸びをする。
その表情には何処までも不気味な、薄らとした笑みが浮かんでいる。
赤く、非常灯に照らされた彼女の横顔が――スクワッドを見つめていた。
「さてと――真打登場☆ って所かな!」
「……聖園、ミカ」
「――……?」
トリニティ自治区――本校舎、周辺。
その日、ハナコはトリニティの中で何とも表現できない胸騒ぎを覚えた。時刻は既に深夜を回ろうとしている、あと一時間もすれば日付も変わるだろうと云った頃。
本校舎の外れを競泳水着姿で闊歩するハナコは、全身で世界を感じながら上機嫌に散歩を楽しんでいた。
しかしふと、風に乗って時折耳に届く喧騒を訝しみ、足を止める。
「何でしょう、今日は妙に騒がしいですね……?」
深夜帯の散歩は彼女にとって既に日課と化している。深夜のトリニティは実に静かなものだ、特に本校舎周りとなると残っている生徒は残業に追われている行政官くらいなもので、時折見回りに出る正義実現委員会に気を付ければゆったりのんびり徘徊する事が出来る。
シスターフッド管轄の区画も静かで徘徊には良いのだが、やはりこのトリニティ特有の空気感を肌で確かめながら歩くのがハナコは好きだった。お淑やかで、閉鎖的で、表面だけを綺麗に取り繕った様な世界をぶち壊すような、尊厳破壊的な意味合いで、大変興奮出来るのだ。
そして、いつも通り散歩道を楽しんでいたハナコであったが、どうにも今日はノイズが多い。視線を本校舎の方に向ければ、普段明かりの消えている部屋も軒並み電灯が点いたままで、何やら云い争う様な声まで耳に届いてくる。
流石に、何かが可笑しいと勘付くハナコ。よくよく耳を澄ませば、銃声らしき乾いた音も遠くから微かに響いて来る。キヴォトスに於いて銃声など珍しくもなんともないが、トリニティに於いて銃声は他所の自治区と比較すると珍しい部類に入る。
街や正義実現委員会の本部周辺ともなると別だが、この時間帯、更に本校舎近辺となると話は変わって来る。
行政官を含む彼女達は銃声を響かせる前に、まず口で相手を云い負かそうとするからだ。それでも尚話がこじれたり、或いは片方が激昂してどうしようもなくなった時、初めて銃を抜く。その段階の中で誰かが仲裁に入ったり、或いは頭を冷やしたりするものだが――今回は銃を抜き放つまで悪化したらしい。
思い当たる節はミカを糾弾するサンクトゥス分派、或いはそこと衝突したパテル分派による発砲か――どちらにせよ、その関連で揉めているのだろうとハナコはあたりを付ける。そしてその予測が、然程間違っていない事を彼女は確信していた。
しかし、どうにも解せない事が一つある。
「こんな夜中まで対立が――?」
ミカを巡った分派間の対立は既に多くの生徒が知るところであるが、だからと云ってこんな時間まで続いているとは到底思えない。或いは、続けるだけの『何か』があったとも考えられるが――そこまで思考を巡らせ、ハナコは自身の胸に渦巻く違和感の正体に気付いた。
「……少し、探ってみましょうか」
補習授業部の事を思えば、
ハナコはその表情を僅かに変化させ、本校舎の方角へと足を進めた。