ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

148 / 340
誤字脱字報告、ありがとうございますの~!
遅くなって申し訳ありませんわ!
代わりに今回約一万八千字ですの、お時間ある時に読んでくださいまし。



零れ落ちた(未来)

 

「ふぅ~、これで全部かなぁ?」

 

 大きく息を吐き出し、彼女は気怠そうに肩を竦めた。

 その足元には倒れ伏したアリウス生徒、防衛隊の面々が転がっている。正に死屍累々、積み重なる彼女達はつい先程までミカに挑み、敗れて行った者の末路。防衛隊総勢五十名、二十名前後はスクワッドによって戦闘不能に追い込まれていたとは云え、残りの三十名近い人数をたった一人で壊滅させたミカは、その制服に弾痕ひとつ残さずに佇んでいた。

 経過した時間は、恐らく三分も掛からなかっただろう――その間、スクワッドの面々は動く事が出来なかった。

 彼女の放つプレッシャーに圧倒されていたのだ。まるで両肩に巨大な岩石を背負っているような感覚だった。

 

「ほんと、無駄に数だけは多いよね、アリウスって、まぁ他の自治区と比べれば少ない方なんだろうけれど……」

「ぅ、ぁ……」

「ん? あ~、まだ意識あったんだ?」

 

 背を軽く逸らしながら非常灯を見上げるミカ、その視界にふと、這いずりながら必死に逃れようとするアリウス生徒が映った。気付いたミカは愛銃をぶら下げたまま軽い足取りで生徒の前に立ち、その銃口を向ける。

 緩慢な動作でミカを見上げたアリウス生徒は、罅割れ、曇ったガスマスク越しに懇願を口にした。

 

「や……や、め――」

「ごめんね? 今この場には、あなた達は邪魔だから」

 

 銃声――一発、二発、三発。

 無慈悲に放たれたそれは生徒の額と喉元を叩き、その身体は今度こそ地面に突っ伏す。輝いていたヘイローは力なく消失し、失神したのだと分かった。硬い地面に空薬莢が弾む甲高い音が響く。ミカは徐に弾倉を取り外すと、空になったそれを地面に放りながらスクワッドへと視線を向けた。

 

「さて、これで漸くお話出来るね!」

「………」

 

 輝く様な、屈託のない笑顔。暗闇の中でも良く分かるその表情は非常灯の赤に彩られ、より一層彼女達の感情を揺さぶった。

 互いの瞳に倒れ伏したアリウス生徒は最早映らず、ミカはスクワッドを、スクワッドはミカを凝視する。空気がひりつき、肌を焼く様だった。ほんの些細な刺激が導火線に火を点け、爆発する様な緊張感がある。

 サオリはゆっくりと身構えたまま後退し、額に冷汗を滲ませながら口を開く。

 口の中が、からからに乾いていた。

 

「……聖園ミカ、トリニティで監禁中と聞いていたが」

「あぁ、うん、そうだったんだけれど、無理矢理出て来ちゃった! あなた達にどうしても会いに行かなくちゃいけない理由があって! だってさぁ、ほら、前回は中途半端に終わっちゃったじゃない? 私達、まだお話しなきゃいけない事があるんじゃないかって、そう思って――それに、大事な友達に頼まれちゃった事もあるし」

「………」

 

 両手を広げて、心から嬉しそうに笑う彼女は底知れぬ不気味さを醸し出していた。恐らくその感情がプラスのものから生まれたものではない、マイナスの感情から齎されるものだからだろう。ミカの表情には表には出ない、何か深く寒々しい色が秘められている様に思う。

 ミカの言葉を聞き流しながら、スクワッドの面々はそれとなく陣形を整える。ヒヨリも既に計画が崩れた事を悟ったのか、愛銃を抱えたままサオリの下へと合流し、全員が固まった位置、ミカを正面に捉えたまま言葉を交わす。

 

「リ、リーダー……!」

「まさか、本当に出て来るとはね」

「……ヒヨリ、先生は?」

「こ、後方に居ます、戦闘の余波が絶対に届かない位置に、合図を出せば直ぐに合流出来ると思いますが……」

「合図を送ってくれ、コイツを止めるには先生の協力がなければ不可能だ」

「いやぁ、でも運が良いよね! 一発目からアタリを引いちゃったもん! ここの通路を聞いた生徒も直ぐに吐いてくれたし、やっぱり日頃の行いってヤツかなぁ?」

 

 その場で踊る様に制服を翻し、両手を掲げながら高らかに声を張るミカ。その瞳は暗闇の中で爛々と輝いている、危険な光だ、破滅を齎す眼光だった。長く生死の狭間に近い場所で戦い続けていたサオリは、その手の瞳を良く知っていた。

 サオリの愛銃を握る手が、軋む。

 

「通路封鎖まで時間は」

「第三隔壁閉鎖まであと二十分、第二、第一は五分刻みだから、第一の此処は実質後十分で閉じる」

「……厳しいか」

 

 その一言に、ミサキは自身のリーダーがミカと戦う事を選んだのだと悟った。

 

「戦うつもり? あの女と交戦するのは無謀だと思うけれど」

「む、無謀ですかね?」

「体力も、弾薬も余裕が無い、それに時間的にも精神的な面でも――先生の指揮があれば戦えるかもしれないけれど、無傷じゃ無理、あの女の武力はティーパーティーでも群を抜いている、知っているでしょう?」

「あぅ……」

「あはは☆ 愚鈍な女だと侮ってた? まぁ、そうだよね、今まで散々好き勝手されたんだし、でも、あなた達の暗号表と地図くらいは頭に入っているんだから! 勿論、大まかな集合場所や拠点とかも、こう見えてもクーデターを起こした張本人だからねっ!」

 

 ミカはスクワッドの反応を他所に恍惚とした表情で言葉を捲し立てている。それは一方的な感情の吐露に近しい。気持ちが高ぶって、高揚感に支配されている、真面な精神状態ではない。それは誰の目から見ても明らかだ。

 

「……リーダー、一度後退して出直すのは」

「無理だ、時間がない、順次封鎖の点を考えれば第一隔壁でもギリギリになる」

「な、なら、何とか撃退するしか……」

「私の事利用しやすかった? あはは! きっと、馬鹿だと思っていたよね、まぁそれは否定しないよ!」

 

 全員が愛銃を握り締め、否が応でも戦意を高めていく。最早退路は無い、懸かっているものが仲間の命である以上、諦める事も出来ない。

 一瞬の油断が破滅に繋がる――それを彼女達は全身で感じていた。

 冷汗が頬を伝い、顎先に流れる。

 一歩、サオリが静かに踏み出した。

 

「合図は」

「……もう送ってある、三分以内には合流出来る筈」

「なら、それまで何とか凌いで――」

「ねぇねぇ、私の話聞いている? 無視? それって酷くない? これでも一緒にクーデターを起こした仲なのにさぁ……前だって、拳を交わしたのに」

 

 不意に、気分良く言葉を垂れ流していたミカが、ぴたりとその動きを止めた。

 そして身体をゆっくりと回転させ、スクワッドを正面に捉える。その全身から迸る憎悪や殺意、そういった感情がぶわりとスクワッドを包み込み、肌が粟立った。煌々と光る瞳が、サオリを射貫く。

 

「仲間外れは、良くないじゃん――ねッ!?」

 

 ほんの一呼吸、力む様な動作。

 そこから一瞬にしてミカの姿が視界から掻き消える。瞬間、全員の身体が強張るのが分かった。

 影に潜み、風となったミカが肉薄する。

 

「ひっ、き、来ましたッ!?」

「散開ッ! 絶対に正面から受けるな!」

 

 そう叫ぶと同時、サオリの真横を剛腕が掠めた。長髪が靡き、風圧だけで身体が圧し出されてしまう様な錯覚、目尻に痛いとも熱いとも取れる感覚が走り、一拍遅れて蹈鞴を踏む。直ぐ目の前に、星を散りばめた様なミカの瞳があった。

 その瞳は、余りにも昏い。

 

「ぅ――ッ!?」

「あははッ! 精々必死に足掻いてよ、サオリッ! そうじゃなきゃ、此処まで来た意味がないんだからさぁッ!?」

「っ、応戦するッ!」

 

 鈍い赤色の中で、サオリは外套を翻し愛銃を構える。応じる様にして彼女も銃口を突き出し、ミカの構えた銃口と、サオリの銃口が交差した。

 

 ■

 

「ふぅ――ッ」

『先生、大丈夫ですか……?』

「これくらいは、問題ないさ」

 

 スクワッドを送り出した直後、先生は深く息を吐き出し、その場に座り込むと壁に寄り掛った。背中に伝わる冷たさが、今だけは気にならない。先程まで取り繕っていた表情が微かに崩れ、強い疲労が色濃く顔に出ていた。

 暗闇では気付けない程度の、血色の悪さ。

 先生は弱々しく鼓動する自身の胸元を掴み、目を瞑る。

 

「けれど流石に、これだけ走ると堪えるな……」

『バイタルが乱れています、せめて少しだけでも休息を――』

「いや……直ぐに戦術指揮を執る、画面に戦況を映してくれ」

 

 シッテムの箱を片手に、先生はそう告げる。既にリンクを完了したアリウススクワッドは戦闘に突入しようとしている、自分だけはのうのうと休んでいる訳にはいかない。生徒達が頑張っているのだ、それに応えねば自分が此処に居る意味すらなくなってしまう。

 

『先生……』

「大丈夫、慣れたものさ」

 

 アロナの不安げな声に笑みを貼り付け、強がりを口にする。額や頬からたれる雫は雨水に違いない。自身にそう聞かせ、口から白い吐息を漏らしながらモニタを覗く。薄暗い地下道のなかでぼんやりと光る青は、スクワッドの戦況を詳細に映し出していた。

 

「――数は多いが、突破出来ない戦力じゃない」

 

 敵の配置、数、地形を見つめながら先生は呟く。スクワッドの配置は前衛(フロント)にサオリ、中衛(ミドル)にミサキ、後衛(バック)にヒヨリの配置。

 初手は大火力で敵の意表を突くと同時、なるべく多くの相手を戦闘不能にさせる様指示する。室内であれば爆発から逃げる場は無く、ミサキのセイントプレデターであればそれらの条件を満たせるだろう。

 後は爆発によって浮足立った所にサオリを投入し、一気に場を攪乱する。絞られた視界の中で派手に立ち回る彼女の姿はアリウスの目を引き付ける事だろう。その間にミサキにはリロードを済ませて貰い、再装填が済み次第サオリの援護に回ってもう。

 幸いな事に初手の爆発で大半の生徒を処理できた様で、その後の戦闘は殆ど残敵処理の様相を呈していた。

 

 その後、隔壁内部より増援が現れるもヒヨリの狙撃で出鼻を挫き、隙がある様ならミサキに弾頭を撃ち込む様に指示。サオリに関しては、適宜最適な立ち回りを自ずと心得ている為指示の必要すらなかった。後は敵の立ち位置などから危険な相手をピックアップし、彼女達の視界に強調表示させる。

 それらをほんの五分の間に済ませ、先生はふっと口元を緩ませる。

 

「……この調子なら、彼女達だけでも大丈夫そうだ」

 

 戦況はスクワッド有利で進んでいる。暗闇の中でもアロナのサポートは確実に機能しており、暗中に於いての戦闘では此方に一方的に有利な展開となる。ましてや室内に於いては同士討ちの類が発生しやすく、更に白兵戦に強いサオリが常に前に出張って肉薄して来る始末。向こうからすれば実に戦い辛いに違いない。

 次々と消失する敵性反応に先生は胸を撫でおろし、一度シッテムの箱を自身の足に乗せ、先生は画面の中に佇むアロナへと告げる。

 

「アロナ、少しの間戦況の監視をお願い」

『わ、分かりました、任せて下さい!』

 

 その返答を聞き届け、先生は懐に手を差し込むと、一本の細長いプラスチックケースを取り出した。それは人差し指よりも一回りか二回りほど太く、長い。ケースを開封し逆さにすると、中から注射器を取り出す。画面の光に翳して内容物を確かめると、先生は先端のキャップを外し、自身の右腕を包んでいた衣服を捲り上げ、そこに打ち込んだ。

 

「――ッ」

 

 プシュ、という気の抜ける音が響く。針の無いそれは、先生に痛みを齎さない。ただ何か、冷たい空気が肌を舐める様な感覚があった。効果は直ぐにあらわれるだろう、空になった注射器を腕から離し、先生はそう思考する。

 

 キヴォトスの生徒は平気で三十分、一時間と全力で走り続ける事が出来るが、残念ながら先生は違う。ましてや肉体を大きく損傷し、心肺機能や運動能力の低下した先生にとって、それらの強行軍は強い負担を肉体と精神に強いていた。しかし、足を止める事は出来ない。故にこうした状況では、薬に頼る事がしばしばあった。

 残念ながら、決して体に良い代物とは云えないが――それでも、今が踏ん張りどころなのだ。

 

「っ、ふ、は――……」

 

 肺を使い、大きく息を吸い込む。空になった注射器を手放すと、軽い音を立てて容器が床に転がった。全身が僅かながら熱を持ち始め心臓が強く脈動するのが分かる。足をそっと動かせば、確かに力が入り易くなった様な気がした。時間が経過すれば、効果もより実感出来る事だろう。

 

「……これで、まだ動ける」

 

 天井を仰ぎ、先生はそう呟いた。

 肉体が十全に動く事を確認し、先生は再び外套の前を開いて中を覗き込む。シャーレの制服、その内側に用意されている内ポケット。其処に吊り下げられたプラスチックの容器――細長いそれは本来五本存在していたが、内ふたつは空になっている。

 ヒヨリとミサキを見つける為に、サオリと共に走り回った際、既に同じものを一本打ち込んでいた。

 

 先生の手持ちは、残りは三本。

 

「それまでには、ケリをつけないとね……」

 

 呟き、先生は再びシッテムの箱へと視線を落とす。

 画面には次々とアリウス生徒を打倒するスクワッドの姿が映っていた。反応の消失速度は順調だ、既に全体の三分の一を削り終えている。隔壁閉鎖の時間を考えれば、余裕をもって防衛部隊を退けられるだろう。

 

「順調だ、これなら防衛部隊を突破出来る――」

 

 確信以てそう告げる先生。やはり、環境に思う所はあれどスクワッドは優秀な部隊だ、既に部隊としての戦い方は身に沁みついており、グループとしての練度は一線級だろう。このまま細かな指示を出さずとも、彼女達ならば――。

 

 そう考えていた先生の身体を、微かな揺れが襲った。

 同時に通路全体に鳴り響く様な爆発音、唐突なそれに面食らった先生は、僅かに腰を浮かせながら周囲を見渡す。

 

「っ、何だ……!」

『――先生!』

 

 手にしたシッテムの箱からアロナの声が響く。見下ろせば、戦況を映し出した画面に張り付いたアロナが焦燥を滲ませながら告げた。

 

『現地に新しい生徒さんの反応が……!』

「新しい反応……アリウスの増援か? けれど、まだ時間は――」

 

 画面に表示されるデジタル時計を確認しながら、そう言葉を零す。スクワッドが戦闘に突入してから然程時間は経過していない、どれ程近くに部隊が展開していたとしても、地下通路を通って此処に来るにはまだ少し時間が掛かる筈だった。

 

 しかし、先生の予想に反して新しい反応は確かに生まれており、不可解な事にその反応が動く度にアリウスの反応が続々と減っていく。スクワッドはその場から動く事無く、新たに確認出来た反応が次々と単独で防衛部隊を退けている様子だった。

 恐らく、そう遠くない内にこの生徒は防衛隊を全て撃破するだろう。そう確信出来る程度には、凄まじい強さだった。

 

「――まさか」

 

 先生の思考に過る存在。

 予感があった。

 拭いきれない、強い不安。

 同時にシッテムの箱が震え、一つの通知が齎される。

 赤色で表示されるそれは、予め決めていた一つの合図。

 

 ――合流信号。

 

「急ごう、アロナッ!」

『は、はい!』

 

 それを見た瞬間、先生は一も二も無く立ち上がった。シッテムの箱を胸元に抱え、なりふり構わず全力で駆け出す。靴音が地下通路に響き渡り、先生は白い吐息を零しながら思わずその名を呟いた。

 

「ミカ……!」

 

 ■

 

 周囲に轟音が鳴り響いた。

 同時に濛々と砂塵が立ち上り、その中央に寄り掛る様にして項垂れるヒヨリの姿がある。崩れた軍用コンテナに手を掛け、朦朧とする意識を辛うじて繋ぎ止める彼女。衝突した背中、そしてガンケースを支えた肩が酷く痛む。

 

「う、ぐぁ……」

 

 視界が狭まり、口から呻き声が漏れた。彼女の足元には軍用コンテナに混じる様にして、彼女の愛銃を収納していたガンケースが転がっていた。その表面は拳型に凹み、塗装が剥げ落ちている。数多の弾丸を防いで来た彼女の盾が、こうも簡単に。

 緩慢な動作で首を擡げれば、視線の先に拘束されたミサキの姿が見えた。

 腕を掴まれ、そのまま力任せに吊り上げられている。身長はミサキの方が僅かに大きいというのに、そこにはまるで大人と子供の様な膂力差が存在した。

 

「ぐッ――!」

「ねぇ? ねぇねぇ? ねぇねぇねぇサオリ! 嘘だよね? こんなものじゃないよねぇ!? あなた達スクワッドは……!」

 

 ミサキを釣り上げたまま、ミカは直ぐ傍で這い蹲るサオリに向かって煽る様に叫んだ。サオリは口から血の滲んだ唾液を垂らし、必死に立ち上がろうと藻掻いている。つい先ほど、ミカの蹴撃を胸元に受けた。咄嗟に衝撃を逸らし、受け身を取ったものの受けたダメージは深刻である。

 体を支配するそれらに対し、サオリは睨みつける様にしてミカを見上げる事しか出来ない。

 

「これで終わりなの? これが本当にあなたの全力なの? 違うって否定してよ、ほら精一杯さぁ……!」

「っ、はな、せ……ッ!」

 

 左腕を掴まれ、宙づりにされたミサキは不安定な状態から拳を繰り出す。それはミカの頬に直撃し、決して生易しくはない衝撃を生み出す。先生に直撃すれば頭蓋が陥没しても可笑しくないレベルの打撃。

 だというのにミカは微動だにせず、まるで赤子の駄々を受けた様な白けた視線を向けるだけであった。避けもしなければ防ぎもしない、ただ鼻を鳴らし口元を歪めるのみ。

 

「……お飾りの人形だって今のあなたより上手く戦えるんじゃない? まさか、本当にこの程度じゃないよね、スクワッドは、立ちなよサオリ、じゃないと――」

「い、ぎッ……!?」

 

 ミシリ、と。

 掴み上げたミサキのその腕が軋みを上げた。普段感情を表に出さないミサキが、その表情を苦悶に染める。

 

「あははッ! 前のあなたみたいに、今度はこの子の骨が折れちゃうかもねぇ!? このまま千切っちゃうのも良いかもッ! あなた達が先生にやったみたいにさぁ!」

「み、サキ……ッ!」

 

 反射的にミサキがミカより逃れようと、その足を使って必死にミカを蹴り飛ばす。しかし、彼女の身体は微動だにせず、腕を掴む力は益々強まる。ミサキの抵抗も段々と力を失い、その様子をミカはつまらなそうに眺めていた。

 

「あーあ、もう終わり? これで精一杯? ほら、もっと抵抗しなよ? 私がこんなに無防備にしているんだから、さぁッ!」

「がッ!?」

 

 腕を掴んだままミサキを振り回し、近場の外壁へと叩きつける。爆音を打ち鳴らし、コンクリート壁に背中を強打したミサキは、肺の空気を全て吐き出し、罅割れ飛び散った破片と共に地面へと崩れ落ちる。その光量を落とし、力なく点滅するミサキのヘイローを眺めたミカは肩を竦ませ、徐に周囲を見渡した。

 倒れ伏し此方を睥睨するサオリ、コンテナに埋もれたヒヨリ、今しがた内壁に叩きつけられ項垂れるミサキ――もうひとり、ミカの知る生徒の姿がない。

 

「あれ、そう云えば一人足りないね? マスク姿の無口なあの子は? 姫、姫って、皆で大事にしていたじゃん」

「っ……!」

 

 その一言に、サオリの口元がマスクの向こう側で歪んだ。しかしミカがそれに気付く事はなく、首を軽く揺らしながら事も無げに吐き捨てる。

 

「んー、でもまぁ、どうでも良いか、あなた達を片付けた後、ゆっくり探せば良いし――あの子ひとりじゃ、何も出来ないでしょ」

 

 それは慢心か――否、ミカにとっては真実であった。一度対峙し、彼女の力は良く理解している。その肉体には何か、表現できない神秘(何物かの守護)を感じる事があったが、だからと云って彼女自身の力が増している訳ではない。対峙すれば、絶対に負けない自信がある。ならば後で探し出して叩きのめせば良い、彼女にはそれが出来る。

 

「ぅ――……」

「さて、後はあなただけだね、サオリ」

 

 這い蹲るサオリに軽い足取りで近付き、ミカはその笑みを益々深くする。其処には嗜虐芯に勝る、隠しきれない侮蔑と嘲笑の色が含まれていた。

 

「それにしても、あなた達、ほんと懲りないよねぇ」

「……っ」

「何回も、何回も、銃を向けて、先生を殺そうとして――殆ど害虫みたいなものじゃない?」

「っ、先生……?」

 

 ミカの物言いに、何か違和感を覚えるサオリ。しかしそれを言葉にするだけの余裕が無い。ミカは徐に屈みこむと、倒れ伏したサオリの顔を覗き込みながら言葉を続けた。

 

「前に云ったけれど、私はあなた達を許すつもりなんてないよ、あなた達がしてきた事も、これからやろうとしている事も」

 

 カシャリ、と。

 持ち上げたミカの銃身がサオリを向く、その引き金には既に指が掛かっており、いつでも発砲出来る準備が整っていた。サオリとミカの視線が交差する、ほんの数秒、僅かな間だけ、周囲に沈黙が降りる。

 不意に、ミカがその瞳を伏せた。

 

「実はさ、ちょっとだけ――夢見ていたんだ」

「っ……?」

「明日になったら全部、元通りになるかもしれないって……前みたいにナギちゃんと、セイアちゃんと、先生と、いつも通りお茶会が出来るようになるんじゃないかって、そんな風にさ、ほんのちょっぴりだけれど、本当に、小さな小さな希望だけれど、夢見ちゃったの」

 

 声には、どこか惜しむ様な、切実な色が感じられた。

 縋る様な、希う様な、凡そサオリが知る聖園ミカからは想像もできない弱々しい声。

 伏せていた瞳を上げ、ミカは再びサオリを見つめる。

 

「でも、そんなものはお話の中だけだった……運命はもう決まっているみたい」

 

 へらりと、ミカはそう云って表情を崩す。

 そう、現実はそんな甘い未来を齎さない。

 犯した罪悪がなくなる事は、決してない。

 百合園セイアが自分(聖園ミカ)を許す事はないし。

 その(サンクトゥス)分派が憎しみを断つ事は無い。

 憎悪は波及し、自身を擁するパテルとの対立は深まっていく。

 その連鎖は、終わる事を知らない。

 自分(聖園ミカ)が、彼女達(スクワッド)を憎み続ける様に。

 それが、痛い程に良く分かった。

 だから――。

 

「私が、聖園ミカがあの場所に居るだけで、皆不幸になる、私がした事が許される事はないし、多分、これから先もずっとそう、永遠に私は罪を背負って生きていくの……でも」

 

 ミカの手が軋み、その口元が強く結ばれる。自分に残されたものは何もない、文字通り空っぽだ、彼女に残されたものは燻った感情と、最後に託された友人からの言葉。

 それだけだった。

 

「これが、私に出来る唯一の(贖い)だから――」

 

 だから、スクワッドは――彼女達は、自分と同じ痛みを受けるべきなんだ。

 これは正当な行いだ、その中で自分が個人的な恨みを果たそうと、その行いは正義に違いない。

 自分が失った分だけ、今度こそスクワッドも失うべきだ。

 友人も。

 居場所も。

 未来も。

 

 ――何もかも。

 

「これで――漸く、平等だね(私と同じだね)、サオリ」

「くッ……!」

 

 ゆっくりと絞られるトリガー、それをサオリは絶望的な心地で眺める事しか出来ず。

 サオリはその瞳を細めながら、自身の破滅を予期した。

 

「――ゲホッ、そん、な、くだらない、事は」

「……!」

 

 不意に、ミカの耳へと声が届いた。

 思わず振り向けば、壁に叩きつけられていた筈のミサキがセイントプレデターを構え、ミカにその砲口を向けている。額から流れ落ちる赤色を拭いもせず、ミサキは侮蔑を込めて叫んだ。

 

「ひとりで、やってなよ……ッ!」

 

 トリガー、同時に強烈なバックブラスト。弾頭が砲口より飛び出し、ミサキの前方へと一瞬の滞空を経て点火、閃光が周囲を照らしミカの下へと白い尾を引いて突貫した。反動でミサキの身体が後退し、同時に叫ぶ。サオリはミサキの砲撃と同時に死力を尽くし、素早く身を転がし近場のコンテナ、その裏へと滑り込んだ。

 

 直後、凄まじい爆音が鳴り響く。

 盾にしたコンテナが音を立てて吹き飛び、熱波がサオリの肌を焼いた。

 

「ぐぅッ……!」

 

 臓物が持ち上がり、耳が一時的に機能しなくなる。サオリは二度、三度、爆風に転がされ頭を抱えたまま硬い地面に叩きつけられる。しかし、ミカの拳を受けるよりは何倍もマシな状況だった。擦り切れ、血の滲む肌に顔を顰めながら、サオリは地面に蹲ったまま周囲を見渡す。

 爆発の中心に目を向ければ、濛々と立ち上る噴煙と火の粉で良く見えない。今だけは薄暗い地下通路が炎に照らされ明かりを取り戻し、サオリは今しがた致命的な一撃をミカに叩き込んだミサキへと目を向けると、力の入らない足を強く叩きながら何とか立ち上がった。

 

「ミ、サキ……ッ!」

 

 壁に寄り掛り、セイントプレデターを手放したミサキは荒い呼吸を繰り返し、その表情を苦痛に歪めている。サオリは彼女の肩を掴むと、その頬を軽く叩き覚醒を促した。

 

「ッ、おいミサキ、確りしろ……!」

「げほッ、こほっ! 大丈、夫」

 

 未だ朧げな視界の中で、しかし確かに頷いて見せるミサキ。負傷はしたが、致命的ではない、その事に安堵するサオリ。

 

「さ、サオリさん、ミサキさん……!」

「ヒヨリ、お前も無事だったか……!」

「は、はい、何とか、ですけれど……」

 

 同時に、コンテナを押し退けながら姿を現すヒヨリ。彼女も一時的な意識混濁から立ち直り、傷だらけの身体を引き摺って二人の視界に体を晒す。煤けた背嚢、塗装が剥げ凹んだガンケース、最後に愛銃を抱えたまま彼女は二人と合流した。

 全員の視線が地面を舐め、未だ噴煙の晴れぬ着弾地点へと向けられる。サオリの手を借りて立ち上がったミサキが、忌々しい色を隠さずに問いかけた。

 

「リーダー、あの女は?」

「……弾頭は直撃した、多少なりともダメージはある筈だ」

 

 ミサキの持つセイントプレデターは、本来であれば対人を想定して運用される兵器ではない。装填する弾頭を変更すれば最初に使用した広範囲を爆撃する用途にも使えるが、先程の一撃は正に戦車を撃破する為に用いる類の弾頭を装填していた。そこまでしなければ、聖園ミカを戦闘不能に出来ないと判断したからだ。

 ミサキは背負った背嚢の中に手を入れ、今のが対戦車・対装甲車用に持っていた最後の弾頭であった事を確かめる。

 この一撃で屠れなければ――今のスクワッドに、これ以上の火力は。

 

「あー、びっくりした!」

「―――」

 

 声は、思いの外歓喜を含んでいた。

 立ち昇る噴煙の中、くっきりと映る人型の影。それは軽い足取りでスクワッドの方へと距離を詰め、軈てその指先で煙を掻き分ける。

 

「サオリと同じで、結構タフなんだね、そっちの子も! まさかあの状況で撃って来るなんて想定外だったよ!」

 

 地を舐める炎を踏み躙り、再び姿を現した――聖園ミカ。

 その頬には微かに煤が付着し、身に纏っていた制服は所々解れている。

 しかし、逆に云えばそれだけだ、大きな傷らしい傷は全く見られなかった。

 その暴威は、未だ健在。

 

「確実に失神させたと思ったんだけれどなぁ……って、うわ、手の皮剥けちゃったじゃん、今ハンドクリーム良いの持ってないから、ケアが大変なんだよ? あなた達には馴染みのない話かもしれないけれどさぁ」

「――馬鹿な」

 

 思わず漏れたサオリの声は、スクワッドの総意であった。

 セイントプレデター、その弾頭の直撃、信管は確実に作動していた。少なくとも装甲車の装甲を貫通するだけの威力はある。煤け、微かに荒れた掌を見つめながら顔を顰めるミカには、その爆発を受けただけの様子が見受けられない。

 サオリも、ヒヨリも、ミサキでさえ、まるで理解出来ない存在を見つめる様な瞳を向けてしまう。

 

 まさか、弾頭が着弾する瞬間に掴み、握り潰したのか?

 

 手を開閉させ、その表面を擦るミカを見つめながらそんな事を考えてしまう。可能か不可能であるかを問うならば、理論上は可能だろう。しかしだからと云ってダメージが衣服にしか見られないというのは、明らかに可笑しい。

 どういう肉体強度だと、サオリは思わず内心で吐き捨てた。

 

「でも、ちょっと安心したよ、やっぱりアレが全力な筈ないよね? あははっ、まだまだ戦えそうじゃん!」

「ッ……!」

「んー……でも、あんまり余裕はなさそうだね? 後何発耐えられる? どれ位弾を撃ち込んだら動かなくなるのかな? 出来るだけ長く耐えてくれると嬉しいな」

 

 ミカは弾頭を受け止めた手を握り締め、一歩、力強く前へと踏み出す。その分、無意識の内にサオリ達は一歩退いた。

 しかし逃げ場はない、彼女の背中には進むべきアリウス自治区への入り口があるのだから。暗闇の中で口を開く通路に視線を向け、サオリは表情を歪める。迷う暇はなかった、今この中でミカと白兵戦を演じられるのは――自分を於いて他にない。

 最悪、自分が此処でミカを引き付け、二人だけで先生を連れ自治区へと進行して貰う想定もしておく。状況は更に悪くなるだろうが、他に代替案はない。

 大きく息を吸い、思い切り歯を噛み締め、サオリは一歩前へと踏み出す。

 

「ミサキ、ヒヨリ、カバーを頼む……!」

「さ、サオリさん……!」

「リーダー……ッ」

「あははッ、良いね、凄く良い顔つきじゃん!」

 

 戦闘の余波で手放してしまった愛銃と距離があると見たサオリはサイドアームとナイフを素早く抜き放ち、油断なく構える。インファイトに於いては寧ろ、リーチのある突撃銃は足枷になる可能性があった。そうでなくとも拾いに行く隙などないだろう。

 サオリは努めて冷静に呼吸を整え、覚悟を決めた。その瞳に宿るのは不退転の意志、それを感じ取ったミカが哄笑と共に歓喜を滲ませる。ミサキとヒヨリが彼女の名を呼ぶと同時、二人は殆ど同時に前へと駆け出した。

 

「猟犬の意地を、見せてやる……ッ!」

「そう、その調子だよサオリ! 全力で抗ってッ! その、最後の(ヘイローが壊れる)瞬間までさぁッ!」

 

 サオリがナイフを引き絞り、ミカは拳を握り締める。衝突はほんの一秒足らずの内に起こるだろう、勢いそのままに振り被った二人、その切っ先が互いに届く――そう思われた瞬間。

 

「――ちょっと待ったッ!」

 

 薄暗い地下通路に、聞き覚えのある声が響き渡った。

 

「ぅぇッ!?」

「ッ!?」

 

 その声に従う形でミカの拳は急停止し、サオリの顔面を突風が突き抜ける。

 同時にサオリの突き出したナイフも、ミカの眼球手前で停止していた。

 二人の視線がゆっくりと、声の響いた通路の奥へと向けられる。場所は隔壁とは反対方向、非常灯の赤に照らされたそこには、息を荒げ青白い表情をした先生が立っていた。

 余程急いで駆けて来たのだろう、肩は大きく上下し大量の汗を流している。髪はボサボサで、隠されていた右目が弾む呼吸に合わせて時折覗いていた。

 

「……せ、先生?」

 

 ミカが呆然とした様子で彼の名を呼ぶ。サオリはその合間に数歩間合いを取り、先生を見つめながら内心で安堵の声を漏らした。

 

 先生、間に合ってくれたのか――!

 

 先生の到着には大きな意味がある。これでミカは戦えない、少なくとも大立ち回りは出来なくなるはずだ。聖園ミカという少女が、先生の前で暴力を振るう事を疎んでいるとサオリは実体験として知っていた。少なくとも先生の指揮があれば撃退する事も叶うかもしれない、と。

 安堵した瞬間、身体の痛みがぶりかえし、サオリは思わず顔を顰める。しかし、完全に気を抜く事はしなかった。銃口は向けず、拳銃(サイドアーム)の引き金に指を掛けたまま、彼女はじっと沈黙を守る。

 

「え、ぁ、せ、先生? ほ、ホントに先生なの――……? な、なんで、こんな所に」

「ミカ、それは、それだけはしちゃいけない(その一線だけは超えちゃいけない)と――私は、そう云った筈だよ」

 

 先生は弾んだ息を整えながら、ミカの中途半端に突き出された拳を指差し告げる。それに気付いたミカは咄嗟に拳を解くと、慌てて自身の背中に隠した。視線が泳ぎ、ミカはばつが悪そうな、恥ずかしそうな、同時にどこか安心したような、何とも表現し難い表情を浮かべる。

 それは先生に咎められていた行為を見られたうしろめたさ、同時に先生の無事を確認出来た事による安堵だった。

 それらが混ざり合い、同時に疑問が踏まれる。

 痛々しい笑み、引き攣った口元をそのままにミカは口を開いた。

 

「せ、先生、あの、えっと、これは――そ、それより、何で先生が此処に居るの? 今、トリニティでセイアちゃんが大変な事になっていて、す、スクワッドが、先生を……」

「……ミカ」

「あっ、そ、そっか! 先生、スクワッドに無理矢理拉致されて、此処まで連れてこられたんだね!? だから、こんな場所に……!」

「……それは、違う」

「えっ、ち、違うって――」

 

 セイアは、スクワッドが先生を狙っていると云った。

 だから先生はスクワッドに無理矢理此処まで連れて来られて、アリウス自治区に誘拐される所だった。

 それをたった今、自分が阻止したのだ。

 彼女の予想は、大まかにそんな所だった。

 現状を見ても、そう間違った判断ではないと、ミカはそう断言出来る。

 

 けれど、それに対する先生の答えは否定だった。

 返された答えに酷く動揺した様子で、ミカはスクワッドと先生を見る。その瞳は、分かり易く揺らいでいた。

 

「え……だ、だって、だって先生が、スクワッドに、狙われているって、せ、セイアちゃんが、そう云って……先生が此処にいるのは、スクワッドに、無理矢理連れられて、従わされているからじゃ――」

 

 返答は無い、ただ先生は沈痛な表情を浮かべるのみ。答えは変わらない、その予想は間違っていると、言外に彼はそう告げていた。

 なら、どうして。

 

 ミカの心臓が一際強く音を鳴らした。

 酷く、嫌な予感がした。

 背中に氷柱を突き入れられた様な悪寒、冷汗が流れミカは血が凍る様な感覚を覚えた。

 

 なら、どうして。

 ――先生は、スクワッドと共に居るのだろうか?

 

「ち、違うの? な、なら何で、ねぇ、何で先生がこんな場所に居るの? 此処は、アリウス自治区に通じる通路だよね……? 無理矢理じゃないなら、もしかして、先生は自分の意志でコイツ等(スクワッド)と一緒に行動しているの?」

 

 声は、みっともない程に震えていた。

 偶然はあり得ない、先生は自身の意志でこの場所に立っている。先生の周りには他の生徒の姿が見えなかった、先生が出歩くとき、大抵は常に誰かしら護衛が存在する。ましてやこんな場所に立つならば尚更。

 だと云うのに、先生の周りには誰も無い、それらしい生徒の姿が見えない――トリニティの生徒も、ゲヘナの生徒も、ミレニアムの生徒も、百鬼夜行の生徒も、アビドスの生徒も、誰も。

 

 そして、唯一の例外が自分とスクワッドだった。

 加えて、先生はスクワッドに拉致されたのではないと云う。

 それが、答えだった。

 

 スクワッドは何も答えない。

 先生に銃口を向ける事も、敵意を向ける事も無い。今まであれ程先生を敵視し、傷付けていた彼女達が。

 先生に、何の注意も払っていない。

 それはミカからすれば余りにも不自然で、不可思議な行動であった。

 けれど、もしそれに理由があるのならば。

 もし、そうならば。

 それが、本当(真実)ならば。

 

「先生は、まさか、スクワッドの事を……」

「――私が、先生に救援を頼んだ」

 

 ふと、横からサオリが口を挟んだ。

 それは、彼女が予想もしていなかった答えだった。

 

「……は?」

 

 思わず、吐息が漏れる。

 ぎこちなく、ブリキの玩具めいた動作でミカは顔をサオリへと向けた。傷に塗れ、自身の肩を抑えながら真剣な面持ちで此方を見る彼女に、嘘の気配はない。

 

「私達、スクワッドは先生に助けを求め、それを先生が受け入れてくれた……ただ、それだけだ」

「――なに、それ」

 

 思わず、そんな言葉が口をついた。

 スクワッドは先生に協力を要請し、先生はそれを受け入れた。

 何故――? ミカの脳内にその言葉が溢れる、どうしで、何で、そんな事になるの、と。そんな思考に埋め尽くされたまま、彼女はゆっくりと先生に顔を向け、問うた。

 その顔は、今にも泣きそうな表情だった。

 

「先生、それ……本当?」

「――あぁ」

 

 返答は、肯定。

 それは余りにも簡潔で。

 余りにも残酷で。

 

 聖園ミカの直視し難い――現実だった。

 

「は、ははっ……」

 

 笑みが漏れた。

 肩が揺れ、視界が涙で滲む。

 それは余りにも乾いた、失笑だった。

 

「あはっ、あははッ! あははハハハハッ!」

 

 微かに漏れ出たそれは段々と哄笑へと変貌し、ミカは自身の顔を覆いながら無遠慮に、高らかに声を響かせる。周囲にミカの狂気じみた哄笑が鳴り響いていた。手から零れ落ちた愛銃が地面に転がり、甲高い音を立てる。対峙していたサオリは唐突なそれに面食らい、思わず数歩蹈鞴を踏んだ。

 ミカは顔を覆ったままよがり、背を曲げたまま絶叫する。

 

「なに、何それ、そんなのってアリ? スクワッドは、先生の腕も、目も奪ったんだよ? 体に銃弾まで撃ち込んで、一回心肺停止になったって、それなのに先生……こいつらの味方をするの!?」

「ミカ――!」

「ねぇ、どうしてこうなるの……!? よりによって、先生が、どうして……ッ!」

 

 それはミカの胸の内に秘めていた、感情の爆発。どうしようもない遣る瀬無さ、自身の想定していた未来との乖離、行き場を失ったそれらはミカの瞳からポロポロと零れ落ち、その指先が彼女の皮膚に傷を残す。

 

「先生は、私の味方だって、そう云って、くれたじゃない――……!」

 

 叫びながら彼女は想う。

 あぁ、知っている、知っているとも。先生は優しく、素敵で、強いひと。どんな罪悪を背負っても、どんなに癇癪を起しても、決して見捨てず寄り添おうとしてくれる。其処に損得の感情は無く、下心は無く、ただ真摯に、真っ直ぐ、生徒を想ってくれる善人だ。

 先生は聖園ミカの味方だと云った。

 そして先生は同時に、スクワッドの味方でもあった。

 どれだけ傷付けられても、どれだけその差し伸べた手を払われたも、何度でも言葉を尽くしたように。

 先生は、生徒みんなの味方だから。

 

 ――先生は、聖園ミカだけの味方にはなれない。

 

 セイアは云った、スクワッドが先生を狙っていると。

 だから先生を守る為に、聖園ミカはこの場所にまでやって来た。

 セイアのお願いを聞き届ける為に。

 大事な先生を守る為に。

 友達との、大切な、最後の約束を守る為に。

 

 でも――現実は異なっていて。

 先生はスクワッドの為に動いていて。

 聖園ミカ(予言)の望んだ未来何て、何処にもなくて。

 セイアの語って聞かせた先生を狙うスクワッドは存在せず。

 先生を守ると云う方便すらも失われ。

 残ったのは中途半端に振り上げられた、憎悪と怒りを孕んだ拳だけ。

 

 顔を覆い、涙を零し、震えるミカは声を絞り出す。

 セイアの約束は存在せず。憎悪と怒りの対象であったスクワッドは先生と共に在り。そのスクワッドを、憎しみの対象を――既に先生が赦していると云うのなら。

 

「なら、それなら私は、どうしたら――……ッ!」

 

 この、煮え滾る感情を。

 遣る瀬無さを。

 怒りを。

 憎しみを。

 悲しみを。

 

 ――一体、誰にぶつければ良いと云うのだ。

 

「ミカ、私は――」

 

 先生が、失意の底に在るミカへと歩み寄ろうとした。背を曲げたまま座り込み、涙を零す彼女に言葉を尽くそうと、その手を取ろうと、一歩を踏み出す。

 

 しかし、それを遮る影があった。

 

 唐突に鳴り響く一発の乾いた銃声。

 それは隔壁の反対側から。

 

 誰も、その存在に気付く事が出来なかった。

 発砲に気付いた時には既に遅く、飛来した弾丸は真っ直ぐ先生の額を狙って直進していた。

 暗闇の中を突き進むそれは、赤い非常灯を反射し鈍く、一瞬のみ輝く。

 まるで全てがスローモーションのように進んで見えた。サオリが、ヒヨリが、ミサキが目を見開き――ミカが驚愕と悲壮に口を開く。

 先生は、反応する事すら許されない。

 弾丸が無慈悲に、先生の頭部を捉える。

 その瞬間。

 

「先――ッ!?」

『させませんッ!』

 

 刹那、一瞬のみ青白い光が先生を覆った。

 そうとしか表現できない、摩訶不思議な現象だった。

 

 弾丸は先生の額に着弾する寸前、火花を散らして逸れ、後方へと着弾する。ほんの一瞬の出来事だった、先生は唐突に散った火花に面食らい蹈鞴を踏む、余りにも一瞬の出来事で理解が追いついていなかった。だが、撃たれたという事だけは直感で理解した。

 体を強張らせたまま先生はシッテムの箱を掻き抱き、姿勢を低くして素早く回避行動を取る。

 

「外したッ!?」

「構わん、このまま全員排除しろッ! 特に先生は優先排除目標だッ! 火力を集中するんだ!」

「っ!」

 

 通路から顔を出したのはアリウスの生徒達。どうやら緊急避難通路襲撃の報を受け、駆け付けた部隊らしい。

 その数は決して少なくない、ミサキはいち早く立ち直るとセイントプレデターを担いだまま先生の下へと駆け寄り、その腕を掴むと強引に遮蔽の中へと身を押し込め、先生の盾となるべく覆い被さり、叫んだ。

 

「リーダーッ!」

「っ、あぁ……!」

 

 唐突な先生の危機に浮足だっていたサオリは、その叫びに意識を取り戻し背後のヒヨリへと声を掛ける。

 

「ヒヨリ、走れるか……!?」

「だ、大丈夫です……っ!」

 

 背嚢を担ぎ直し頷きを返すヒヨリに、サオリは転がっていた愛銃を回収し、応戦するように発砲を繰り返しながらミサキと先生の下へと駆け出す。ヒヨリもその後に続き、全員が転がっていたコンテナの影に身を隠した。コンテナに次々と弾丸が突き刺さり、甲高い音を鳴り響かせる。先生は自身に覆い被さるミサキを見上げながら、口を開いた。

 

「ミサキ……!」

「げほッ、せ、先生、時間がない――第一隔壁がもう直ぐ閉じる、直ぐ移動するから、準備しておいて……!」

「だが――ッ!」

 

 先生は地面に這い蹲ったまま、視線を横に向けた。其処には呆然とした状態のまま座り込むミカの姿があった。何発もの弾丸が彼女の身体に突き刺さるも、ミカは意にも介さない。ただ先生だけをじっと見つめ、まるで抜け殻の様に微動だにしない。

 

 先生の視線の先、ミカを見つめている事に気付いたサオリ、しかし彼女に構っている暇はない。

 隔壁が閉鎖される時刻(タイムリミット)だ。

 

 警報が鳴り響いた、反響するそれは騒々しく皆の鼓膜を叩いていた。非常灯のランプが点滅を始め、鈍い音と共に第一隔壁の閉鎖が始まる。ゆっくりと視界の先で閉じていく隔壁、分厚く、重厚なそれは戦車の砲弾でも撃ち抜けそうにない。

 

 ――これが閉まり切れば、アツコ救出の希望は潰える。

 

 サオリが徐々に閉鎖されていく隔壁を見つめ、焦燥を滲ませ叫んだ。

 

「先生ッ!」

「頼む、お願いだ……! 少しだけ、一分、いや三十秒で良い! ミカと、彼女と話をさせてくれ――!」

「無理だ! もう隔壁が閉じるんだぞッ!?」

「ッぅ――……!」

 

 緩慢な動作で閉じていく障壁、座り込むミカ、その双方を忙しなく見つめ、先生はその表情を悲痛に歪める。食い縛った口元から、唸る様な声が漏れた。それは押し殺した、先生の悲鳴だった。

 時間がない、時間だけがない、言葉を尽くす為の――。

 

 一瞬、アリウス生徒達から放たれていた弾丸の雨が止む。弾倉が空になったか、様子見か、何方にせよ好機である。ミサキがサオリに視線を向け、サオリは力強く頷いて見せた。ヒヨリが凹んだガンケースを構え、「出られます!」と叫ぶ。

 

 同時にぐん、と先生の身体が持ち上がった。サオリが先生を担ぎ上げ、いの一番に障壁の中へと駆け込んでいった。その後にミサキが続き、ヒヨリが背嚢を緩衝材に、ガンケースを盾に最後尾に立つ。再び発砲音が鳴り響き、ヒヨリの構えたガンケースに着弾する。火花が散り、甲高い金属音が周囲に木霊した。

 ぐんぐんと、ミカとの距離が開いて行く。

 迷っている暇は、一秒たりともない。

 先生はサオリに担がれたまま大きく息を吸い、銃声に負けない位大声で、全力で叫んだ。

 

「ごめんミカ! 本当にすまないッ! 今は説明する時間がないんだ、トリニティで――いや、どこだって良い! シャーレでも構わない! 待っていて欲しい、私は必ず帰るから!」

「……ぁ」

「ミカ、私を信じてッ!」

 

 ミカが、力なく先生に手を伸ばした。弾丸が彼女の背中を強かに叩き、その制服が、翼が汚れていく。その涙の滲んだ瞳を直視しながら、先生は精一杯、腹の底から叫んだ。

 

「私は、ミカの味方だからッ!」

 

 隔壁が閉じていく。あれ程存在した幅は、もう人が通れるギリギリの狭さしかなかった。

 

「急げッ、カタコンベの中へ! 走れッ!」

 

 先生を担いだサオリが隔壁を抜け、続いてミサキが滑り込む様に隔壁の中へと身を投げる。最後にヒヨリがガンケースと背嚢を抱き寄せる様にして滑り込むと同時、重々しい音を立てて隔壁は閉じられ。

 

 その壁は、スクワッドとミカを完全に隔てた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。