ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告ありがとうございますわ!
大変遅くなりました、四時間の遅刻ですの。
でも代わりに約21,000字ありますわ!


泥中の蓮

 

 ――アリウス自治区、カタコンベ地下回廊、外郭

 

 薄暗く、霧に包まれたアリウス自治区、その地下通路に通じる回廊。

 その壁が不意に、轟音を立てて爆破された。否、それを爆破というのは正しくない、正確に云うのであれば強烈な力で以て内側からより突き穿たれたものだ。

 瓦礫の転がる音が周囲に鳴り響き、埃と砂塵の混じった粉塵が周囲に撒き散らされる。

 

「けほ、けほッ」

 

 その中から、ゆっくりと人影が足を進ませる。彼女は崩れ落ちた壁を跨ぐ様にして潜ると、その表情を歪めながら悪態を吐いた。

 

「あー、もう、埃っぽいなぁ……ちょっとは掃除すれば良いのに」

 

 そう呟き、周囲の粉塵を手で払いながら現れたのは――聖園ミカ。

 彼女は自身の空けた穴を確認しながら、自身の手を開閉させ思わず呟く。

 

「うーん、最近ずっと部屋に籠っていたから鈍ったなぁ……もしかしてロールケーキのせいかも?」

 

 もう少し大きく穴を穿つ気持ちで拳を振ったが、思っていたよりも力が出なかった。絶好調ならばこの二倍近い大穴を開けられた様な気もする。やはり、食生活というのは大事なのか――一日三食ロールケーキはどう考えても体に良い筈もなし。その事を思い、少しだけナギサを恨めしく思う。

 

「まぁでも、取り敢えず到着かな」

 

 何となしに肩を回しながら周囲を見渡すミカは、そう云って鼻を鳴らした。

 

「ふぅ、中々に激しい道中でした」

「げほっ、ゲホッ、うえぇ、砂が口に――」

「あら、随分と暗い場所ですね?」

「うーん、こうも明かりが無いと足元が……うべぇッ!?」

 

 彼女に続いて顔を出したのは、美食研究会の面々。地下回廊もそうであったが、自治区全体が暗闇に包まれた空間に思わず目を瞬かせる。足場も悪く、転がった瓦礫に足を取られたイズミは皆の目の前で盛大に転倒した。自身の目の前で派手に転がった彼女を見下ろし、ハルナが目を瞬かせる。

 

「あら、イズミさん、大丈夫ですか?」

「うぅ、あ、頭打った……!」

「まったく、どんくさいんだから……ほら、手を貸してあげるわよ」

 

 転んだイズミの腕を掴み、引っ張り上げるジュンコ。この付近は清掃も碌にされていない様で、転んだイズミの胸元には埃や砂利がこれでもかと云う程に付着していた。それを叩いてやりながら、ジュンコは悪態を吐く。

 そんな二人の様子を横目に、アカリはそれとなくハルナの傍に歩み寄ると、小さく呟きを零した。

 

「どうやら方角は合っていたみたいですねぇ、まさか地下通路を破壊しながら進む羽目になるとは思いませんでしたが……」

「緊急避難通路から然程離れていない場所だったのは幸いでした、そうでなければもう少し時間を取られていたでしょう」

「まぁ、到着出来たのならどうあれ、良しとしましょうか」

「えぇ」

 

 アカリの言葉に頷きを返すハルナ。

 そして、最後に忍術研究部が穴の向こう側から顔を覗かせる。

 

「わ、わぁ、す、凄い穴、ですね……?」

「な、何か重機で空けた穴みたいになっているんだけれど、本当に素手でやったの、これ」

 

 ツクヨとミチルが戦々恐々とした様子で穴を覗き込む。決して薄くない、どころか大分分厚い壁だったというのに、まさか本当にぶち抜いてしまうとは――トリニティ恐るべし。そんな事を考えながら穴を潜って自治区へと踏み込む二人。周囲に自分達以外の人影がない事を確認し、後方の暗闇へと声を上げる。

 

「ワカモ、イズナ、こっちは大丈夫そうだよ!」

「……分かりました」

 

 声に反応し、暗闇から顔を出す二つの人影。隊の最後尾を務めていたイズナとワカモの両名である。彼女達は遅れて穴を潜り、アリウスに集った九名全員が自治区に到着した。

 

「これが、アリウス自治区――」

「主殿は此処の何処かに……!」

 

 各々が呟きを零しながら周囲を見渡す。巨大なカタコンベを抜けた先に広がる黒々とした空に、周囲に広がる廃墟街。設置された街灯は外郭地区だからだろうか、点灯しておらず電気が通っていない事が分かる。老朽化し、崩れ落ちた建物は正に忘れられた街とでも表現すべきか――退廃的で、物悲しく、何処か寒々しい。

 街を見渡しながら息を呑んだミチルは、自身の腕を摩り小さく震えた。

 

「何か暗くて、おどろおどろしい感じがぁ……うぅん、明かりが少ないせいかな?」

「か、かもしれません、なるべく目立たない様に移動、しましょう、暗闇ならきっと、私達に味方してくれる筈です」

 

 ミチルの言葉にツクヨが頷きながら、いつもよりも深く背を曲げながら口走る。まさか、こんな所で修行の成果が活かされるなんて――言葉を呟き、ミチルは頬を掻いた。

 忍者と云えば暗闇の中でも戦える、夜目を持つ存在。序に心眼で相手を捉えるという言葉もある訳だし、暗闇に慣れる訓練をしよう! なんて云って積んでいた経験がこんな場所で活かされる等と誰が予想出来ようか。

 

「あー、えっと、と、兎に角、目的地に到着したなら先生殿の事を探そうよ! 急がないと大変な事になっちゃうかもしれないし……!」

「えぇ、そうですね、ミチルさんの云う通りです」

「……そうですわね」

 

 ミチルがそう声を上げると、傍に立っていたワカモは重々しく頷いて見せる。二人の反応にハルナは腕を組みながら考える素振りを見せると、不意にその視線をミカへと向けた。

 

「ミカさん」

「……何?」

 

 名を呼んでから、僅かに間があった。

 ミカは億劫そうに振り向くと、その態度を隠す事無く視線を寄越す。

 

「私達美食研究会は彼女達と共に、このまま先生の痕跡を辿って行こうと思います」

「あっそ――結局、いつまで同行するワケ?」

「あら、目的は一緒なのです、行動を共にするのは別段おかしな事ではないと思いますが?」

 

 あくまで素っ気ない態度を通すミカに、ハルナは肩を竦めながら告げる。それとなく視線をワカモに向けると、未だ寒々しい気配を隠さない彼女は努めて淡々とした様子で口を開いた。

 

「……業腹ですが、その意見には賛成致します、あの方を救出するのに手は多い方が宜しいでしょう」

 

 愛銃を肩に担いだまま、顔を背けワカモは云う。二人の関係は当初から芳しくない状態であったが、現在は小康状態とでも云うべき段階に落ち着いている。先生を取り戻すという一点に於いて利害は一致していた。

 

「忍術研究部としても、皆で動く方に賛成! 先生殿を助けるなら戦力は多い方が良いに決まっているし……! それに此処の戦力がどれくらいなのかも情報がないんだから、態々分散する理由もない……よね?」

「しょ、正直その、戦闘は余り、得意という訳では……」

「しかし、主殿を助ける為であれば、このイズナ、容赦するつもりはありません……!」

 

 ミチル、ツクヨ、イズナが各々声を上げる。アリウス側の戦力が未知数である以上、下手に戦力を分散する必要もない。そんな意図を含んだ発言であったが、しかしミカはその言葉を鼻で笑う。

 

「……別に、相手がどれだけ居ようと、全部ぶっ飛ばせば良くない? どっちにしろ、先生を襲った連中なんだし、全部掃除した方がすっきりするよ」

「流石にそれは……弾薬が足りなくなると思いますが」

「殴れば良いじゃん、素手で」

 

 ハルナの戸惑いを含んだ言葉に、そう云って拳を握り締めて見せるミカ。

 その拳から、骨の軋む音が響いた。地下通路のちょっとした隔壁や扉、壁を文字通り素手で粉砕して来た彼女が云うと、何とも冗談とは思えない現実味がある。否、実際冗談でも何でもないのだろう、彼女の瞳から見える意思は何処までも本気だった。

 

「……私は素直に相手の武器を奪うか、弾薬を拝借するとしましょう」

「うーん、トリニティのトップは皆こんな感じなのでしょうか?」

「は? 何、もしかして馬鹿にしてる?」

「いえ、まさか、頼もしいと思っただけですよ☆」

 

 アカリは自身を覗き込んで来るミカに対し、緩く手を振って見せる。

 実際、彼女ひとりで戦力としては破格と云って良い、単独でアリウスに乗り込むだけの実力はある。その一点に関して、美食研究会は彼女を信用していた。

 寧ろ未知数なのは――横合いに居る、忍術研究部と呼ばれる彼女達だった。

 

「そう云えば詳しく聞いておりませんでしたが、忍術研究部と仰いましたね――察するに、隠密に特化した部活動なのでしょうか?」

「忍者と云えば、確か、スパイとか、エージェント的な意味合いでしたか?」

「あ、知っているよ! アレでしょう、何か黒い恰好に頭巾をかぶった様な姿で、不思議なジュツを使うんでしょ!?」

「忍者って、そんなのいる訳ないじゃん……」

 

 そもそも忍者に詳しくないハルナ、ぼんやりとしたイメージしか持たないアカリ、偏った知識のイズミ。そんな彼女達の中でジュンコが思わず呆れたように吐き捨てる。忍者など創作の世界にしか存在せず、そもそも現実に居る筈がない――そんな意図を含んだ発言であったが、それを看過できぬ者が居た。

 

「なっ、ちょ、ちょっと! 今忍者の事馬鹿にした!? さっきだって火遁の術使ったのに! ほら、こう、しゅばばばっ! って印まで結んで……!」

「わわっ、ぶ、部長、落ち着いて……!」

「え、あれって忍術だったの?」

「花火か何かにしか見えませんでしたけれど……」

 

 憤慨し、腕を振り回しながら抗議するミチルを窘めるツクヨ。

 ミチルは想う。確かに投げつけたのは癇癪玉(クラッカーボール)だが、それはそれとしてちゃんと手榴弾代わりにもなる素晴らしい研究部手製の忍術道具なのだ。しかも火薬量を調整して、ちゃんと派手に見えるような工夫もされている。なので、彼女の中ではれっきとした忍術扱いである。

 そんなやり取りを見つめながら、ミカは露骨に溜息を零した。

 

「はぁ、百鬼夜行なら兎も角、正直私としては、いつまでもゲヘナと一緒に同じ空気を吸いたくないんだよね~……でも、先生を救出したいって話は本当だと思ったから、同行を許しているの」

「あら――」

 

 横目で美食研究会を見つめるミカ、その瞳には嫌悪の感情が見て取れる。しかしそれはどうにも個人に向けてというものではなく、単純にゲヘナという帰属先に向けられている感情である様だった。

 

「先に云っておくけれど――スクワッド、特に錠前サオリは私の獲物だから、絶対に誰にも渡さない」

「えぇ、私達の目標はあくまで先生、そちらはお任せ致します」

 

 彼女の発言に、澄まし顔で頷くハルナ。その辺りに関して彼女は然程拘りを見せていない、畢竟美食研究会は先生を取り戻せさえすれば良いのだ。

 

「……正直、あの連中にガツンと一発撃ち込んでやりたい気持ちもあるけれど」

「そうですねぇ、少々消化不良感が残りますが」

「う、うぅん……」

「――しかし、それで協力が得られるのならば安いものでしょう」

 

 ジュンコやアカリはやや不満げではあるものの、ハルナの言葉に反対する様子は見られない。彼女達の意志は凡その様に統一される。

 

「えぇっと、スクワッドって、確か――」

「え、エデン条約時、会場を襲撃した、実行部隊……でした、よね」

 

 アリウス・スクワッド――忍術研究部の面々は、ワカモを除いて実際に遭遇した事は無い。少なくとも彼女達はそう認識している。アビドスの一件で実際は銃口を交える寸前まで進んでいたが、それを知るのはスクワッドの面々のみ。

 彼女達にとってスクワッドという存在は、エデン条約以降の報道で名を知ってはいるが、詳細までは掴んでいない謎の部隊だ。それでもアリウス・スクワッドの悪名は轟いている、彼女達が何を為したのか、それによって先生やキヴォトスがどれ程の被害を受けたのか――それだけは知っていた。

 

「主殿の、腕と瞳を奪った部隊――」

 

 呟き、知らず知らずの内に拳を握り締めるイズナ。握り締めた愛銃のグリップが軋み、隣り合ったツクヨとミチルが不安げに視線を向ける。

 

「イズナ……」

「い、イズナちゃん……」

「……大丈夫です、部長、ツクヨ殿も」

 

 俯きながら、そう口にするイズナ。

 しかし、気負っているのは明らかであった。

 

「イズナさん、今はあの御方の救出を第一に、気持ちは理解出来ますが優先順位を忘れてはいけません」

「ワカモ殿……」

「先に取り乱した私が口にする事でもありませんが……あの御方在っての私達、今は、何よりもあの方をお救いする――それ以外に考える必要はありません」

「……承知の上です」

 

 それがイズナを思い遣っての言葉なのか、単純に先生を救出する上で有用であったからそうしたのか。その意図は本人にしか分からない。

 イズナは一瞬ワカモに目を向け、それから重々しく頷きを返した。

 

「……そう云えば、良いの? 此処に来る前、何か端末から色々声が響いていたけれど」

「あぁ、お気になさらずに――ちょっとした行き違いというものです」

 

 ふと、ミカがそんな事を口走った。彼女が問いかけたのは、この自治区に進入する前の事――美食研究会のハルナが個人的に通信を行っていた相手の事だ。緊急避難通路を迂回し、正規ルートから侵入した彼女達であったが、その際に件の生徒から通信が入っていた。

 そして現状を伝えつつ、これから先生を追って自治区に進行する旨を口にした所――通信相手から待ったが掛かった。

 

 彼女が云うには先生が自治区に進入してしまったのならば一度追撃を打ち切り、増援を要請してから自治区に進行すべきという事で、先に進もうとする彼女達に制止を呼び掛けていた。しかし、忍術研究部も、ミカ個人も止まる気配は全くなく、ハルナ個人としても此処で大人しく待っている事など論外――その様な結論に至り、一方的に通信を切っていた。

 ハルナが事も無げに告げ、肩を竦めると同時。

 

『何が行き違いですか、一方的に通信を切っておいて』

 

 声が響いた。

 それは若干ノイズ混じりの、機械的な音声であった。

 全員が振り向くと、丁度小型のドローンがミカの空けた穴から飛行し、皆の前に姿を現す。それは平べったく、前方にはレンズらしきものが光っており、上部外装には『SBGH』(super beautiful girl himari)と表記されていた。

 声はどうやら、そのドローンの外部スピーカーから発せられているものらしい。

 

『全く……ある程度予想はしておりましたが、困ったものですね』

「あら、これは――」

『万が一通信が機能しなくなった事を想定し、用意していた遠隔端末です、隠密性と稼働時間に重きを置いたモデルなので随分小型のモノとなってしまいましたが、備えあれば憂いなしとは正にこの事ですね、流石私と云ったところでしょう』

「な、なによこれ、ドローンなの……?」

 

 皆の前でふよふよと浮かぶ奇妙なドローン、全員が困惑と驚愕に目を瞬かせ、物珍し気に視線を向ける。響く声に対し、ミカはドローンを指差しながらハルナに問い掛けた。

 

「コレ、さっき話していた生徒?」

「えぇ、声は同じですが……」

『詮索は不要ですよ、今必要なのはアリウスと先生周辺の情報、違いますか?』

 

 その言葉に、全員が思わず口を噤む。ハルナは腕を組むと、ドローンに向けて首を傾げて見せた。

 

「態々この様な備えまでして追いかけて来たという事は、このまま進むと何か不都合な事でも?」

『えぇ、大アリです、立てば芍薬、座れば牡丹、溜息を吐く姿は百合の花――と評されている天才美少女である私に掛かれば大抵の情報は手に入りますが、何分電子的な機器を用いない区画に関しては、余り大きく動く事が出来ませんので、まぁ全く欠点が無い存在というのも可愛げがありませんから、そこもまた私のチャームポイントになる訳です』

「……何、アリウスの肩を持つわけ?」

『いいえ、その考えは少々短絡的過ぎます――ですがこのまま進めば、先生にも、そして私達にも望ましくない結果に繋がりかねない、そう判断したまでの事です』

 

 その言葉に、ハルナ達は顔を見合わせる。物云いは少々――いや、大分鼻につく相手ではあるが、その言動には確かな自信を感じさせる。

 黙り込んだ面々を前に、聞き入れる姿勢に入ったと判断した彼女は言葉を続けた。

 

『まず率直に申し上げますが、アリウス自治区内で先生と戦闘する事はおすすめ致しません』

「え、で、でも……」

『これは単純な話です、第一に、此処は既に敵地、アリウスは先生とも、私達とも敵対しております、そんな場所で互いに銃口を向け合って消耗するのは実に愚かしい行為と云えるでしょう、アリウスにとっては正に漁夫の利を狙う格好の機会となる訳ですから……誰にでも分かる、簡単な事です』

「う、う~ん、それは、そう、だけれど……」

 

 此処が敵のテリトリーである事は重々承知している。そんな中で少数同士が潰し合うのは相手の思う壺――だが、だからと云って放置する訳にもいかない理由がある。彼女達からすれば、スクワッドが先生を確保しているこの状況を一刻も早く脱したいのだ。

 

『今回の先生の行動は突発的で、私の方でも対応が遅れましたが、彼がその様に動いたからには何かしらの理由がある筈です、先生と同行しているアリウス・スクワッドは本来私達とは敵対関係にある部隊――だというのに今、彼女達はアリウスと敵対し、先生は彼女達に力を貸している』

「それに関してはアリウスの生徒を尋問して聞き出しているよ……離反したスクワッドの仲間がアリウスに攫われて、儀式の生贄にされたからって話でしょ? それを助ける為に先生は――」

『えぇ、存じております、先生ならばその様に動くでしょう、生徒の命が懸かっているのならば尚更』

「……なら、何? もしかしてスクワッドと協力して、その仲間を助けてあげましょうとでも云いたいの?」

『身も蓋も無い云い方をしてしまえば、それに近い事になるでしょう』

「………」

 

 その一言に、この場に集った殆どの生徒の表情が露骨に歪んだ。嫌悪や反抗よりも、困惑や戸惑いの表情を先に浮かべたのは――ミチルとツクヨ、そしてイズミの三名のみだった。

 その反応を予期していたのだろう。ドローンはその機体を左右に揺らしながら溜息を零す。

 

『ふぅ……感情として納得出来ないのは重々承知です、そうでなければこの場に貴女方が立っている事はないでしょうし――一先ず、順を追って説明します、それを聞いてから動いても遅くはない筈です』

「しかし、急がねば主殿が……」

『現在のスクワッドにとって先生は生命線そのものです、彼女達が先生を傷つける事はないでしょう――利用している、と云い換える事も出来ますが、潜在的な脅威はアリウスのみと断言出来ます』

 

 ドローンから響く声に考える素振りを見せるハルナ。彼女は担いだ愛銃のストックを指先で叩きながら目を細める。彼女の言葉には妙な力があった、その背景にあるのは権力や肩書と云った社会的なものではなく、科学性だ。或いは理論と云い換えても良い、努めて客観的な視点から物事を捉え、数値や情報で以て損得を計る。

 彼女の垂れ流す言葉にも一理ある、感情ではなく理性としてハルナはそう結論づけた。

 

「普通であれば、論外な選択肢――しかし態々通信を切った私達を追って来たという点を考えれば、普通ではない何か、事情があると」

「……あの者共と、手を組む等と」

 

 吐き捨て、仮面の向こう側で表情を歪ませるワカモ。しかし、そんな彼女の袖を引く存在があった。

 

「で、でも、この人は何か知っているんじゃない? なら、話を聞いてからでも遅くは無いんじゃないかなぁ~って、その、私は思っちゃったり……」

「わ、私も、部長と同じ考えです……」

 

 恐る恐ると云った風に口を開き、視線を寄越すミチルとツクヨ。

 両名の視線を受けたワカモは、数秒して深い溜息と共に首を振った。

 

「……分かりました、そこまで仰るのならば」

 

 同時に、全員の視線がドローンに向く。スピーカーから、咳払いの声が響いた。

 

『まず、私は以前より先生を狙う何者かの意志、それに関して調査を行ってきました、そして今回得た情報を元に辿り着いた答えが一つ――即ち、この自治区の実態です』

「アリウス自治区の実態?」

『えぇ、生憎とトリニティの古書までは手が届きませんでしたが、それでも得られるものはありました、例え輪郭だけであっても歴史を知る事が出来るのは興味深い事です、特に皆さんから得られた情報は大変貴重なもので――』

「御託は良いから、必要な事だけ話して」

 

 何やら長い話になりそうだと勘付いたミカが、分かり易い怒気を発しながらそう突っ撥ねる。ドローンの向こう側から、小さな吐息が零れていた。

 

『……この自治区を管理しているのはアリウス生徒会ではありません、そもそもその様な組織が存在する事は終ぞ確認出来なかった、同等の権限を持った部活動や委員会も同様に――この自治区は、既に自治区としての機能すら失っているのです』

「……確か、アリウスの実質的な主は、ひとりの大人だって云っていたよね?」

「――彼女(マダム)

 

 ハルナが指先を立て、その名を口にした。

 全員の視線が彼女に集中する。

 

「アリウスの生徒は、その者をそう呼称しておりました」

『そう、その大人――マダムと呼ばれる存在こそ、私達(先生)の明確な【敵対者】です』

 

 敵対者――その言葉には、何処か力強い響きが伴っていた様に思う。

 

『或いは、そのマダムと呼ばれる存在すらも手駒の一つかもしれませんが、少なくともその存在が明確な悪意を以て先生を排除しようとしていたのは確かでしょう』

「そんなの、今までの所業を見れば明らかでしょう、何を今更――」

『アビドスで起きた事件でも、スクワッドが動員されていると聞いても?』

「……今、何と」

 

 その一言に、ぴくりとワカモの肩が震えた。思い返すのは赤い、大樹の如き怪物――アレ以外にも、スクワッドが動員されていた? それはワカモにとって予想だにしなかった事だった。

 

「あ、アビドス……? アビドスって、あの、砂漠の?」

「名前は存じておりますが、何故ここで――」

「……よもや、あの時から動いていたと――?」

 

 ワカモが呟き、隣に立っていたイズナが目を瞬かせた。

 彼女から放たれる雰囲気は、常とどこか異なる。

 

「……ワカモ殿?」

「――ベアトリーチェ」

 

 声は、淡々としていた。

 

「このアリウス自治区の主、その大人、彼女の名は、ベアトリーチェと云います」

『……どうやら、私達の知らない何かを、既に掴んでいた御様子ですね』

「えぇ、恐らく貴女の想定している黒幕、その組織についても――多少ではありますが」

 

 告げ、ワカモは指先で自身の狐面を擦る。エデン条約前に交わした銀狼との言葉――それを思い返していたのだ。どうやら件の怪物は、自身が想定していたよりも遥かに早い段階で算段を練っていたらしい。

 それを想い、彼女は強く歯を噛み締める。

 

「……元より、スクワッドを始末した後、()の存在は排除すべきだと考えておりました、今更誰に云われるまでもありません」

『………』

 

 その言葉に嘘はない。

 この自治区の主、マダム――スクワッドの背後に立つ存在は先生に害を為す存在である。であるならば何故、放って置く事など出来よう? どの様な形であれ必ず排除する、その様に銀狼とも話を付けた。約定を交わした等とは云えないが、それでも同じ意思を共有したのは確かであった。

 そんなワカモの様子を見て、ドローン越しに彼女は説得の失敗を自覚する。

 

「ねぇ、ねぇちょっと待ってよ、つまり、何が云いたいわけ?」

『――責任の所在はどこか、という話ですよ、聖園ミカさん』

「責任?」

『えぇ、この自治区の主、マダムと呼ばれる大人はアリウスを使って先生を殺害しようとしていました、スクワッドも含め――恐らくは、洗脳に近しい教育か何かを使って』

 

 それは彼女達が戦っていたアリウス生徒の戦闘方法、そして現在もマダムに付き従う姿、断片的な自治区の成り立ちと歴史、現在の自治区の様子を見て下した彼女なりの結論であった。

 

『不自然なほど隠蔽された情報、そして恐ろしいまでの統率、生徒の生死に対する希薄さ、加えてこの自治区の惨状を見て理解しました、件の大人にとってアリウスとは、都合の良い手駒か、使い捨ての銃器の様なもの……果たしてその様な状況にあって、云われるがままトリガーを引く事は完全な悪と断言出来るのか――まぁ、そちらの方には通用しなかった【方便】ではありますが』

「ほ、方便って……」

『実際、これで思い留まって頂けるとは思っておりません、私が云っても所詮は善悪の表面をなぞる程度のもの、それを語るべきは先生であって、私ではないでしょう、幾ら清楚で万能たる存在であっても、えぇ――では、現実的な不利益を語りましょう』

「……それは?」

『簡単な話です』

 

 ドローンのレンズが点滅する。ふわりと一段と高く浮上したドローンは、僅かに語気を強くして告げた。

 彼女の本音は、此処からだ。

 

『マダムが行おうとする儀式――これの影響が、余りにも未知数なのです』

 

 儀式――アリウス自治区で行われるという、スクワッドのメンバーを生贄にした何か。その詳細は不明であり、儀式の詳しい内容に関しては何も掴めていない。唯一分かっているのは、ワカモが盗み聞きした断片的な代物のみ。

 

「……儀式って確か、スクワッドの子を生贄にして云々、って話だよね」

『はい、この生贄というのは文字通り、ヘイローを破壊する――命を奪う行為と考えても良いでしょう、そうですねワカモさん?』

「……えぇ、少なくともスクワッドのリーダーはそう口にしていました」

「改めてそう聞くと、かなり悪趣味ですねぇ」

 

 アカリがその唇を指先で摩り、何処か他人事のように呟く。

 

『儀式とは本来、何かを得る、或いは乞う為に行われるものでしょう? 生徒一人の命を使った儀式とは、果たしてこのキヴォトスに何を齎すのか――少なくとも、真面な代物ではない事は確かです、このアリウスの惨状を見れば分かります、此処を支配する大人は先生とは真逆の性質を持つ存在……自身の目的の為ならば、どれだけの犠牲であっても容認する、生徒を生贄に捧げると云う行為だけで、その内面が透けて見える程です』

 

 告げ、彼女は想う。程度に差はありますが、どこかの誰かと似た性質を感じますね――と。

 尤も、他者(大多数)の為か(個人)の為かと云う明確で、余りにも隔絶した線引きは存在しており、その性質もまた根本的な部分では大きく異なっているが。

 此処を支配する大人と比較すれば、あの下水道の様な存在も多少は可愛げのある相手に思えるというもの。いや、流石にそれはないか? 不快感で比較すれば同程度――だが、いや、でも。

 思考が一瞬、あらぬ方向に向いた。

 こほん、と彼女は咳払いを挟み、改めて口を開く。

 

『――断言しましょう、件の儀式はキヴォトスにとって大きな害を齎すと』

「……しかしそれは、推測に過ぎない筈、何の証拠もありはしません」

『えぇ、勿論、確固たる証拠はありません、ですが為されてからでは遅い、少なくとも私達にとって善い代物でない事は確実、そうである以上阻止するべき事柄ではありませんか?』

 

 確かに儀式が必ず自分達に悪影響を及ぼすものではないかもしれない。しかし、この自治区の惨状とアリウス生徒の態度を見れば、件の存在が利己的な理由から他者の犠牲を容認する存在である事は明らか。それは生贄を用いる儀式からも読み取れる――であれば、実害を被る前に阻止するという行動は何もおかしな話ではない。

 とどのつまり、彼女が云っているのはそういう事だ。

 

『先生は確かにスクワッドの生徒を救う為に奔走している、皆さんはそれが気に入らない、しかし考えようによっては先生はこの儀式を阻止する為に動いていると見る事も出来ます――それを妨害する事は、明確な不利益をキヴォトスに齎すでしょう』

「う、うぅん……」

「た、確かに……?」

 

 ジュンコとイズミが苦り切った表情、或いは苦悶の顔と共に唸る。既に話の領域は、彼女達の理解の範疇を飛び出そうとしていた。

 

『本来であれば先生がこのアリウス自治区に入る前に止める予定でした、その為に美食研究会の皆さんに情報を流したのです、然るべき戦力を揃え、然るべき計画を以て対応する、その様に考えていたのですが、よもやこうも性急に事が運ぶとは……しかし、事此処に至って泣き言は云っていられません』

 

 ドローンが一拍、言葉を切る。その生まれた静寂に斬り込む様に放たれた一言、それこそが彼女の本命であった。

 

『此処で取るべき最も合理的な行動は、先生に協力し、この自治区の主であるマダム――ベアトリーチェを撃破する事です、件のスクワッドに対する罪を問うというのであれば、然るべき場所で、然るべき贖いを求めれば宜しい』

「………」

『私は何も、スクワッドに協力しろと云っているのではありません、あくまで主軸は先生、ただこの様な敵地でスクワッドと銃口を向け合う事はアリウスに要らぬ隙を見せる事になると助言しているまで――最終的な判断は、皆さんにお任せします』

 

 全員の間に、沈黙が流れる。当初提示された道筋は到底許容出来る代物ではなかったが――筋は通っている様にも思える。合理的な判断、成程、確かに合理的だと内心でハルナは頷いた。少なくとも、目の前のドローンを操る彼女にとっては。

 

「え、えっとぉ、ちょっと、難しくて分からなかったんだけれど……」

「わ、私も、えっと、つまり……?」

「――先生が今動いているのは、スクワッドの仲間を救出する為だけでなく、このキヴォトス、延いては私達を守る為である、そういう風にも見れるというお話ですわ」

 

 戸惑いを隠さず、恐る恐る挙手するイズミとジュンコの二人に、ハルナは淡々と言葉を零す。続けて同じように思案する様子を見せていたアカリが続けた。

 

「加えて、スクワッドがこのアリウス自治区の大人に騙されて、或いは良い様に利用されていたかもしれない……という点もありますね」

「あっ、そ、そういう話だったんだ……」

「騙されて、って……」

 

 ハルナは想う。

 彼女の言葉、提案、それは確かに合理的だ。

 理性で以て考えるのであれば、それが最も安全で多くの面で利益に繋がる。

 実際にその様に動けば、先生の願いに沿う形となるだろう。

 しかし――。

 

「騙されていたから、先生を傷つけたことが許されるのかって云われると……なんか、違くない?」

 

 それはあくまで、『理性で以て行動している』前提の話である。

 

「確かにその、儀式? がどういうものか分からないし、あいつらと協力すれば簡単に何とかなるかもしれないけれど、でも、別に、あいつらをぶっ飛ばして、それから此処の親玉を先生と何とかしても良いワケでしょう?」

「ジュンコさん」

「だ、だって、一歩間違ったら死んじゃう所だったじゃん!? それなのに知らなかったからとか! 誰かに云われたから悪くないとか……! そんな理由で許せって云われても、私は……! それが間違いだったとしても、先生の腕も、目も、元には戻らないじゃん!?」

「それでも――あの御方は、御許しになるでしょうね」

 

 難し気な表情で、必死にそう主張するジュンコに対し、ワカモは抑揚なく、いっそ不気味な程静かな口調で以て告げた。

 

「……ワカモ殿」

「そう云う御方です、それを私は十分に理解しています……理解していた筈でした」

 

 そう、ワカモは先生の性質を良く理解している。少なくとも今日(こんにち)まで、そう思っていた。その優しさも、強かさも、弱さでさえ。

 

「ですが」

 

 その両目が、真正面からドローンを射貫く。

 

「スクワッドがあの御方に害を為す存在である事は明白――一度ならばまだしも、二度も、三度も、それを許した私自身に対する怒りもありますが、何よりその様な悪事を為して尚、我が物顔であの御方の隣を歩く、その在り方が許せないのです」

『………』

「私は、私の意志の下、スクワッドは排除すべきだと判断致しました――アレ(スクワッド)は先生の傍に在るだけで害悪となる、ならばこそ、摘み取る機会は今を於いて他にありません」

 

 ワカモの意志は――依然、変わりなく。

 合理(道理)とは、立場によって異なる。少なくとも彼女にとっての合理的な判断はスクワッドを排し、マダムもまた排除する事にある。その内の一つと共闘するなど、彼女の理念が、矜持が、感情が許さない。すべては先生の安全と平穏の為に、あの方に対し害となる存在が居るのであれば地の果てまで追いかけて始末する。

 それ以外に、道はない。

 

「私は――」

 

 ひとり佇み、俯いていたミカは声を漏らす。その表情は陰鬱で、どこまでも昏く淀んでいた。

 

「私はスクワッドを許せないし、許すつもりもない……誰に何と云われようと、追跡して復讐しなきゃ駄目なの」

「………」

「それを、誰にも邪魔はさせない」

 

 告げ、彼女は顔を逸らす。

 ミカとワカモの両名は、依然としてスクワッドに対し敵対的な立場を表明する。それに対し残された面々は互いの顔を伺い、自身の感情を探る様にして顔に影を落とした。

 

「イ、イズナは……」

「う、うぅ……」

「ハルナさん」

「………」

 

 ジュンコは俯いたまま、しかし両手に握り締めた愛銃には強い力が加えられている。固く結ばれた口元は、自身の言葉を必死に押し込めている様にも見えた。ハルナはそんな彼女の姿を確かめ、それからイズミ、アカリに視線を向ける。イズミは頭を抱えたまま難しそうに唸り、アカリに関してはいつも通りのすまし顔――しかし、何を考えているのかは凡そ予想が付く。

 

 唯一、意見が別れそうなのは忍術研究部の方だった。

 イズナ、ミチル(部長)、ツクヨと呼ばれていたか、彼女達はこの中で一番深刻な表情を浮かべ、これから先進むべき道に迷っている。しかし、その中でも一際ワカモに近しい存在感を放つ彼女――イズナは此方側(敵対側)であるように思えた。

 放たれる雰囲気が、どこか寒々しく、攻撃的だった。

 理解は出来るが感情が許さないという所か。それを見ていたハルナは大きく息を吸い込み、吐き出した。ゆっくりと首を回せば、此方を見つめていたミカと視線がかち合う。

 彼女は此方を嫌悪しているが、どうやら思想は似通っているらしい。

 トリニティらしからぬ内面に、ハルナは内心で苦笑を零す。

 

「――未だ揺らいでいる方もいらっしゃいますが、凡その答えは出た様ですね」

「……みたいだね」

 

 呟き、ミカが一歩――前へと踏み出す。

 そして徐に拳を振り上げると、『何を――』と声を発したドローンを、何の躊躇いも見せずに殴りつけた。衝撃と共に外装が拉げ、ドローンが硬い石床に叩きつけられる。硬質的なもの同士がぶつかり合う甲高い音、そしてスピーカーのノイズと共にレンズを点灯させるドローンだった残骸。叩きつけられ拉げた外装の中から、幾つかの配線と基盤、部品らしきものが飛び出し、その破片が周囲に散らばった。

 

「えっ、あ、ちょ!?」

「あっ、ど、ドローンが!?」

 

 イズミとミチルが声を荒げ、地面に叩きつけられたドローンに駆け寄る。しかし既に破損した機体は徐々に機能を停止し、散らばったそれらを見つめながらミカは吐き捨てる様に口を開いた。

 

「貴女と私達は、異なる見解を示した――これはただ、それだけの話」

『――まさ、か、この様――……果と、な――……』

 

 最後に途切れ途切れの声を発し――軈てドローンは何も発しない、鉄屑に成り果てる。その様子を戦々恐々とした様子で見ていたツクヨが、思わずハルナに問いかける。

 

「こ、壊しちゃって、だ、大丈夫、なんでしょうか?」

「あの様子ですと、恐らく他にもドローンを用意してるでしょう、この程度は些事です」

 

 告げ、ハルナは自身の銀髪を手で払う。

 少々時間を食ったが、予定に変更はない――石床を靴底で叩きながら彼女は声を張る。

 

「――動かなければ、始まりません」

 

 声は反響し、皆の耳に届いた。外套と長髪を靡かせ振り向いた彼女は、隣に立つミカに視線を向けながら言葉を続ける。

 

「一先ず、スクワッド云々は個々の判断にお任せします、しかし先生をこのまま放っておく事は出来ない、それだけは全員共通した目的の筈――先生を取り戻し、スクワッドと切り離した上でお話を伺う、これを当面の指針に致しましょう」

「………」

「それで宜しいでしょうか、ミカさん?」

「……別に、何でも良いよ」

 

 ――スクワッドを始末出来るのなら、それで良い。

 

 声に出さずとも、伝わる想いがある。ミカは無言で足を進め、その様子を見たハルナもまた、肩を竦めながら後に続く。ワカモ、アカリ、ジュンコ、イズミも言葉を交わす事無く続いて歩き出し――暗闇の中に、彼女達は身を沈めていく。

 最後に残った三人、内イズナはミチルとツクヨ、そして前へと進む彼女達の背中を見比べ、それから何かを飲み干す様に、ぐっと表情を強張らせ。

 その足を、暗闇の方へと向けた。

 

「ぶ、部長……」

「―――」

 

 最後に残った二人、ミチルとツクヨ。

 ツクヨはどこか不安そうに、或いは憂う様な表情でミチルを見つめる。

 ミチルは愛銃を抱えたまま暫く沈黙を守っていたが、その顔を不意に上げると力強く告げた。

 

「ツクヨ、私達も行こう……!」

「えっ、い、良いんですか……?」

「良くは、多分ない――でもッ、もし何かあった時、止められるのは私達だけな気がするから……!」

 

 このまま別れる、という選択肢は彼女の中には無い。ツクヨは勿論、イズナも、ワカモだって、彼女にとっては既に友人、仲間なのだ。ワカモは忍術研究部ではないが、此処まで来たら実質部員の様なもの――いつか忍者の良さに気付かせて、自主的に入部させたいという狙いもある。

 

 正直不安だ、自分達がやろうとしている事が正しい事なのか、それすらも定かではない。いや、きっと先生にとって、自分達の行動は望まれない代物だろう、けれど彼女達が憤る理由も十分に理解出来る――だからこそ辛く、苦しいのだ。

 

 ミチルはそんな心を押し殺し、いつも通り不敵に、満面の笑みを浮かべながら自身の胸を拳で打った。

 

「だいじょ~ぶっ! 何とかする! イズナも、ワカモも、何かあったら私に任せて、この忍術研究部最強の部長にっ!」

「……は、はいっ!」

 

 ミチルのその、常と変わらぬ笑顔と宣言に、ツクヨは反射的に頷きを返す。その心は未だ恐怖を滲ませていたが、それでもほんの少しだけ楽になったのも事実だった。

 ミチルが愛銃を担ぎ直し、ツクヨの手を引いて駆け出す。「いこっ、ツクヨ!」と、その小さな体を精一杯奮起させて。少しだけ遠くなった彼女達の背中に追いつく為に。

 

 回廊には、彼女達の駆ける音だけが響いていた。

 


 

「はぁッ、ハッはぁ……ッ!」

 

 疲労が、呼吸から滲み出ていた。

 規則正しく吐き出されていたそれは今や不規則で、額や頬から流れ落ちる玉のような汗が彼女の疲労を物語っている。それでも足を止めないのは担いでいる彼の為だ。愛銃を肩に掛け、両手で先生を掻き抱いた彼女――アルは必死に足を動かし続ける。

 

「あ、アル様……!」

「大丈夫よ、これ、くらい……!」

「………」

 

 前を駆けていたハルカが、不安げに表情を歪ませ彼女の名を呼んだ。それに対し、アルは気丈にも笑みを返すが、誰の目から見ても限界が近いのは明らかであった。同じように殿を担当していたムツキは、先程からアルを見ては顔を顰めている。

 

 ――かなり消耗が激しい、このままじゃ……。

 

 駆けながら、便利屋の頭脳担当ことカヨコは思考する。

 全員、満身創痍。

 このまま包囲でもされてしまえば、完全に逃げ場はなくなる。便利屋全員に無傷の者は皆無であり、全員が全員激戦を潜り抜けた後と云わんばかりの負傷具合。弾薬も装備も、殆ど使い果たしてしまっている。

 このまま逃げ続ければ――詰みだ。

 それだけは今の彼女にも分かる、確かな真実だった。

 

「居たぞッ! こっちだ!」

「……ッ!?」

 

 声が響いた。裏路地に逃げ込んだ彼女達を追って、駆けて来る人影。壁に伸びたそれを見たムツキが、咄嗟にバッグから爆弾を取り出し投擲する。

 

「邪魔ァッ!」

 

 荒々しく叫んだその声、同時に虚空へと向けて投擲した爆弾が炸裂した。爆音が周囲に鳴り響き、熱波が肌を焼く。咄嗟に先生を強く抱き、背を丸めたアルの背中を突風が突き抜けた。

 

「ぐぁッ!?」

「うげッ!?」

 

 爆発によって吹き飛び、壁に叩きつけられ地面に転がる敵性勢力。その無力化を確かめたムツキは、荒い息をそのままにアルへと振り向く。

 

「アルちゃんどうしよう、こっちにもかなり追手が――!」

「っ……!」

 

 くしゃりと、アルの表情が歪んだ。裏路地に響く足音、今の爆発音で増援が駆け付けて来るのは時間の問題だ。息を吸い、吐き、弾む肩を自覚しながらアルは先生を強く抱きしめる。

 

「先生――……」

 

 自身の腕の中で、静かに眠る先生。今の彼は、酷い状態であった。全身を血の滲んだ包帯に包まれ、残った四肢は右腕一本。更にその顔面はプレートで固定され、これが外れると顔面が崩壊してしまう程の重傷。生きているのが奇跡と云える――彼が命を長らえているのは、彼が肌身離さず持っていた、このタブレットの力によるものらしい。

 だから先生と、このタブレットへの被弾は、何としてでも避けなければならない。

 

 しかし、状況はそれを許さない。

 

 アルは苦悶の表情で思考を巡らせる。先生を此処に置いて行くという選択肢は取れない、しかし逃走が困難な以上、このまま追撃を受け続ければ待っているのは確実な死――迷い、苦悩し、顔から血の気の失せた自身のリーダーを見つめ。

 

 カヨコは、決断した。

 

「此処まで、だね」

 

 声は、思っていたよりも無機質であった。

 先生を抱えたまま蹲るアルの横を通り、カヨコは自身の愛銃の弾倉を検める。弾薬は残り少ない、相手を出来て十数人という所だろう、そこからは純粋な体術か、相手の武装を奪うしかない。

 そんな事を考えながら、カヨコはアルに向けて云った。

 

「――社長、先に行って」

「え……?」

 

 一瞬、アルの瞳が見開かれる。

 まるで何を云われたのか分からないと、そう云わんばかりに。

 そんな彼女の様子に苦笑を零しながら、カヨコは言葉を続けた。

 

「此処は私とムツキ、ハルカで食い止めるから」

「ぇ、ぁ、な、なにを云っているの、そんな事――!?」

「ッ! だ、大丈夫です、アル様!」

 

 意味を理解した瞬間、アルは烈火の如く声を荒げる。そんな事を許せる筈がないと、そう叫ぼうとして――しかし、横合いから聞こえた必死な叫びに、思わず言葉を呑んだ。

 見れば、血と泥に塗れ、ぐしゃぐしゃになった顔でハルカが必死に、懸命に叫んでいるのが視界一杯に映る。

 

「わ、私は、ぜ、絶対、負けたり、しませんから……! アル様と、先生を、御守りしますから……っ!」

「ハルカ、あなた――」

 

 その、必死の形相に。

 懸命に意思を示すハルカの想いに。

 アルは言葉を続けられない。

 

「くふふっ、アルちゃん、何、もしかして私達が負けちゃうとか思っているの~? あんな連中、ぱぱっと爆破して直ぐ合流するから、心配しないで良いよ!」

「ムツキ……」

 

 続く様に、アルの肩を指先で突くムツキがいつものように、何て事のない用事を片付けるような言葉で笑みを零す。愛用のバッグと愛銃を振り回す彼女は、屈託のない笑顔を浮かべながら此方を見下ろしていた。

 

「先生を担いだ状態で、これ以上追撃を受けるのは不味い、なら社長だけ先に逃げて、追っ手を撒いた上で合流した方が良い、これが一番合理的な判断」

「か、カヨコ……」

「大丈夫、勝つ算段はあるから、社長は先に進んで」

 

 カヨコは淡々と、うっすらと笑みを浮かべながら告げる。

 足音が段々と近付いて来る。誰かの叫び声、自分達を探す声、アルは刻一刻と迫る破滅を前に先生を見下ろす。

 傷だらけになって、もう、差し出せるものなんて何一つなくなってしまった、大人を抱いて。

 声を、絞り出す。

 

「……本当に、信じて良いのよね」

 

 発した声は、みっともない程に震えていた。

 呟き、彼女は涙を呑んで、顔を上げた。

 潤んだアルの瞳が、カヨコを真剣に見つめていた。

 

「嘘じゃ、ないのよね……!?」

「――アル」

 

 敢えて、そう名を呼んだ。

 目を背けるな。カヨコは自身にそう云い聞かせる。

 カヨコは傷だらけの頬をそのままに、優しく、それでいて穏やかな笑みを湛え――告げた。

 

「私が今まで、嘘吐いた事、あった?」

「………」

 

 無かった。

 カヨコが自分に嘘を吐いた事など。

 一度だって、なかった。

 

「ッ――信じるわよ、カヨコ! ムツキ、ハルカッ!」

「うん」

「くふふっ!」

「は、はい!」

 

 先生を抱いて、アルは立ち上がる。震える両足を叱咤し、殴りつけてでも駆けてやると気概を抱く。そして一歩、二歩、三歩と歩き出し、やがてその足は駆け足へと転じていく。徐々に遠くなっていく仲間達の背中、それに向けて、アルは大口を開けて叫ぶ。

 我慢した涙が零れ落ち、頬を伝って先生を濡らした。

 

「ぜ、絶対! 絶対無事に帰って来るのよ!? 帰ったら、皆でお肉いっぱい食べるんだからッ! すき焼きよ! すき焼きッ!」

 

 アビドスで食べたすき焼きは、とても美味かった。困難を乗り越えた先にある食事と云うのは別格の味がある。だから、これを乗り越えた先で食べる皆との食事は、きっと、とても美味い。

 

「絶対――絶対だからねッ!?」

「………」

 

 最後まで叫び、皆を思い遣っていたリーダー。その背中が路地裏の、何て事の無い壁の向こう側へと消えていく。それを彼女達はただじっと、微笑みと共に見送っていた。

 アルの姿が見えなくなって、ふとムツキがカヨコに呟く。

 

「……初めてアルちゃんに嘘吐いちゃったね、カヨコちゃん」

「……あぁでも云わないと、絶対に此処に残るって云っていたでしょ」

 

 ぷっと、吹き出すような笑みが零れた。ムツキはバッグに手を掛けながら、「確かに」とけらけら笑う。それを肩を竦めながら受け流し、カヨコはハルカへと視線を向けた。

 

「ハルカ、ごめんね、勝手に決めて」

「い、いえッ! わ、私は、アル様を守れるならそれで……! む、寧ろ私程度でお役に立てるかどうか……」

「前線で暴れ回ってくれる役が居ないと、今回の作戦は成り立たないから、寧ろ必須だよ」

 

 そう云って、カヨコは銃を構える。

 足音はどんどん迫って来る。

 伸びた人影が、光の中で何度も過る。

 人数は十や二十では足りない。

 

「くふふ~っ! それで、カヨコちゃん、具体的な計画は?」

「力尽きるまで此処で粘る――まぁ、作戦なんてモノじゃないよ」

「……まぁ、それしかないよねぇ」

「だ、大丈夫です、お二人は、私が……!」

 

 全員が銃口を構え、その瞬間を待った。破滅の瞬間は数秒後か、数十秒後か、それは分からない。けれど此処で最後まで抗う意思は、決して折れる事がない。震えそうになる指先を、強く握り締める事で誤魔化し――小さく、息を吐く。

 

「――アルちゃん、泣いちゃうかな」

 

 不意に、ムツキが呟いた。

 声は、酷く優し気な色を孕んでいた。

 

「……多分、ね」

「わ、私なんかの為に、か、悲しい気持ちにはなって欲しくないのですが……」

 

 ハルカが、どもりながらそう呟く。

 

「で、でも、少しだけ、ほんのちょっぴりですけれど――誰かに想って涙を流して貰えるのは、う、嬉しい事、ですね……え、えへへ」

 

 それは、自分を大切に思ってくれていた証明だから。

 或いは、きっと、心の中でも想ってくれるのならば――それだけの価値が自分にはあるのだと、どこか認められた様で。

 しかし、それを口にしてハッとした表情を浮かべたハルカは、戦々恐々とした様子で何度も頭を下げる。その場に居ない、アルに向けて。そんな分不相応な感情を、自分が抱く等恐れ多いと。

 

「す、すみません、こんな事云って! ご、ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「……ま、気持ちは分からないでもないけれど」

 

 最後までブレない子だと、カヨコはそう苦笑する。

 足音は、直ぐそこまで迫っていた。

 

「ッ、来るよ、ハルカちゃん、カヨコちゃん!」

「っ、わ、私が前に出ます――!」

「ふーッ……」

 

 ムツキが声を荒げ、愛銃を腰だめに構える。ハルカが一歩前に踏み出すが、全員弾薬は心許ない――もって五分、いや十分か。出来得る限りアルが遠くに逃げられる様、限界まで粘る必要がある。

 楽に死ぬことは、許されない。

 

「大丈夫だよ、カヨコちゃん」

「……ムツキ」

「便利屋68は、アルちゃんそのものなんだよ、だから、アルちゃんが無事ならきっと大丈夫」

 

 不安が表情に出ていたのだろうか。

 誰も彼も恐ろしいと云われる顔をする自分に、ムツキは溌剌とした満面の笑みを浮かべ、云った。

 

「だって、私の大好きなアルちゃんだもん!」

「………」

 

 そう、臆面もなく云い放つムツキに対し、カヨコは一瞬面食らった様に目を見開き。それから呆れたような、感心したような、何とも云えない笑みを零し、呟いた。

 

「ほんと、そういう所は素直に羨ましいよ」

「え~? それ、どういう意味」

「褒め言葉」

 

 告げ、彼女は視線を切る。

 誰かに対して、素直に好意を示す事を自分は疎んでいた様に思う。或いは恥じていたのか――もう少し、器用に生きる事が出来たのなら、別な道もあっただろうに。そんな風に、どうにもならない事を今更考えて。

 カヨコは自分でも驚くほどに優しく、穏やかに、その言葉を口に出来た。

 

「私達のリーダーを、よろしくね――先生」

 

 声は、裏路地に轟く銃声に紛れ、消えた。

 

 ■

 

 というシチュエーションを本編書いている最中に思いつき、プロットから簡単な肉付けまで勢いそのままに行った所、午前四時になっていましたわ。「んほ~、新しいシチュエーション思いつきましたわ~! これ漫画無理ですわ~! 文字で書きますわ~!」ってプロットに着手し始めたのは午後十一時頃だった筈なのに。明日も平日なのに。一体何をしているのでしょうね、わたくしは。投稿遅れて大変申し訳ありませんの。

 

 もう駄目ですわ、クソ眠いのですわ、推敲出来ませんわ~! 誤字脱字一杯だったらごめんあそばせ! あと本編の方が地の分少ない様な気がしないでもないのでその内加筆修正するかもしれませんわ!

 

 因みにこの後は「先生死亡ルート」か、「先生生存ルート」かで分岐します。

 死亡していた場合は仲間も全滅した上に唯一の希望であった先生すら失ってテラーに転がり落ちるか、或いは周回して【例のBGMが絶対に鳴らない真アウトロー・アルちゃん】の完成ですの。愛銃を片手でブッパし、もう片方の手には号砲を打ち鳴らす遺品の拳銃、背中にボロボロのショットガンに、古び、何度も繕われた継ぎ接ぎだらけのバッグを背負って戦います。

 遠距離・中距離・近距離・範囲攻撃も完備とかなりオールラウンダーな戦力ですわ。なりたかった自分になれたよ、良かったねアルちゃん。

 

 先生生存ルートの場合は凡そは同じだろうけれど、周回やテラー化はせずに便利屋68として活動し続けていて欲しい。ただし新しい人員は決して補充されず、たった一人でブラックマーケットに名を轟かせた伝説のソロ(傭兵)とか、そんな感じになっていて欲しい。

 皆で便利屋をやっていた頃には手に入らなかった莫大な金銭とか、名前ひとつで平伏す様な威厳や名声を手に入れた筈なのに、どこか空虚で、虚しい。生命維持装置に繋がれた先生の傍に立って、今日あった事をぼそぼそと報告するアルちゃん。「今日もビル一棟、買えるくらいの報酬が入ったわ」とか、「昔はオフィスを借りるだけでも、ひーひー云っていたのにね」とか、そんな事を云って。

 皆が居なくなってからアビドスに行くことはなくなって、本当は柴関のラーメンとか食べたいと思っているのに。

 

「……そう云えば、久しく食べてないわね、あそこのラーメン」

「いつも大盛りにしてもらって、お金が無い時でもね、『新商品を開発したんだが、上手いかわからねぇ、試しに食ってみてくれ』って――そんな風に云って、皆の分のラーメンを作ってくれたの」

「大将には、本当に頭が上がらないわ」

「でも、私はもう……あの場所には行けない」

「見たらきっと、泣いてしまうもの」

「……真のアウトローは、涙を流さないものだから」

 

 みたいな事を云って足を運べずにいるのだ。先生の残ったおててを握り締めながら儚く微笑むアルちゃん、綺麗だべ……。

 

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