ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告、感謝ですわ~!
今回約一万五千字ですわ!


大人として、先生として、人間として(子ども達の為に在る世界)

 

 アリウス自治区、中央区画付近――街道。

 

「先生、こっちだ」

 

 先行したサオリが鋭い視線を周囲に向けながら合図を出す、それを見て先生は素早く立ち上がり、駆け出す。周囲には靴音だけが響き、街灯に照らされた道を先生の影が一瞬過った。路地に飛び込むと同時、サオリが素早く視線を動かし人影が無い事を確かめる。アリウスの生徒に発見されないよう、慎重に慎重を重ねて進行するスクワッド――幸いにして、現在警備らしい警備と出くわしてはいない。

 

 先に路地の中へと身を潜めていたヒヨリとミサキは全員が揃った事を確認すると、ゆっくりと物陰がら顔を出し進行方向の街道を見渡す。

 薄暗い街に街灯に照らされ僅かに濁った霧、整備も碌にされていない建築物や石畳の床、人影らしい人影は確認出来ない。胸を撫でおろしながら、ミサキとヒヨリはサオリと先生に向け告げる。

 

「クリア、どうやら此処までは安全みたい」

「は、はい、この周辺は大丈夫そうです……!」

「こっちの索敵にも反応は無い、一帯は無人のようだけれど」

 

 先生は二人の報告に頷きながら、シッテムの箱を使用し念の為近辺に反応がない事を確かめる。それらしい気配もないし、姿も見えず、音もない、シッテムの箱でも感知できない以上この周辺は全くの無人という事になる。

 

「………」

 

 その報告を耳にして、しかしサオリは険しい表情を浮かべる。誰も居ない、安全、クリア、その出来事が重なる度に彼女の気配は寒々しく、どこか緊張を強めていく。サオリは自身の帽子、そのつばを指先でなぞりながら静かに先生の名を呼んだ。

 

「先生」

「……うん、私も薄々感じているよ」

 

 呟き、シッテムの画面から視線を離しサオリを見る。

 異様な雰囲気に気付いたミサキが、二人に疑念の声を上げた。

 

「リーダー?」

「――おかしいんだ」

 

 そう云って、サオリは今から通過する街道を指差す。

 彼女達の目の前に広がるのは見慣れたアリウス自治区の光景だ。罅割れた石畳、薄らと明かりを灯す街灯、割れ放題の窓硝子、苔がむし蔦の生えた外壁、倒壊しかけの民家、撤去されずに残った瓦礫片――他所の自治区からすれば廃墟と見紛う街であろうとも、このアリウス自治区では中央街と呼ばれる。郊外でも、中央区画でも、こんな光景は当たり前だった。

 

「……街が静かすぎる、元々人通りが少ない場所ではあったが、此処まで誰とも出くわさないのは異常だろう」

「そう云えば……」

 

 呟き、ヒヨリは影から顔を覗かせながら近場の窓を覗き込む。明かりは薄らと内部から漏れていた、電灯が点けっぱなしになっているのだろう――だが、誰かが居る様子はない。物音ひとつ聞こえず、気配すらない、まるで街全てから人が消え去ってしまったかのような。

 ミサキは暫し沈黙を守った後、それとなく壁に身を寄せながら問いかける。

 

「……偶然、って線は? 予め彼女から退避命令か、招集が掛けられていたとか」

「だとしても極端すぎだ、最低限の警邏すら配備されていないんだぞ? これでは、まるで――」

「………」

 

 云い淀むサオリを他所に、先生は一歩、裏路地から踏み出す。そして徐に、何て事の無い動作で街道へと足を進めた。

 

「っ、待て、先生、危険だ――!」

「いや」

 

 その余りにも無造作な動きに一瞬反応が遅れたサオリ、咄嗟に声を上げるが先生は緩く首を振る。シッテムの箱を抱えたまま周囲を見渡し、確信する。もし狙撃手が居るならば、この瞬間にも頭部を撃ち抜かれているだろう。しかし、先生が撃たれる気配はなく、誰も、何の反応も無い。

 ジジ、と灯を点滅させる街灯を見上げながら先生は告げる。

 

「……文字通り、無人だ、此処には誰も居ない」

 

 その言葉を耳にし、顔を見合わせながら先生に続いてスクワッドが恐る恐る街道へと踏み出す。こうして堂々と姿を現しても、咎める声は無く、何の反応も返ってはこない。郊外に近いとはいえ、此処まで人の気配がない事に、困惑の表情を浮かべる。

 

「本当に、私達だけなの――?」

「一体、どういう事だ……」

 

 見慣れた街だというのに、何処か奇妙、不気味と云っても良い。自身の記憶の中に在る街との差異に戸惑っていると、ふと、街道の端に積み上げられたコンテナの存在にヒヨリは気付いた。

 

「これは……」

 

 駆け寄り、外装に目を向けるヒヨリ。中途半端に開いたそれは、廃れた街並みの中では比較的新しいものの様に見え、中を覗き込めば僅かに残った物資が視界に飛び込んで来た。手を突き入れ、取り出しながら検める。

 中身はアリウスの生徒達が使用しているグレネードランチャー、アサルトライフル、ハンドガンと云った銃器。それに加えて弾薬も箱で僅かに残っている。大半は持ち出された後の様だったが、コンテナの底で潰れていたパッケージを摘まみながら、ヒヨリは困惑の表情を見せた。

 

「銃器に、弾薬でしょうか?」

「そうみたいだね、でもコレは私達に支給されていたものじゃない、少し新しい物の様に見えるけれど」

「特務に支給される武装は一般生徒とは異なるからな、しかし――確かにこれは、私達が自治区に居た頃に一般生徒に支給されていた武装ではない」

 

 コンテナから無造作に取り出したハンドガンを眺め、サオリはそう呟く。

 アリウス自治区は内戦の頃から慢性的な物資不足に悩まされていた。それは食糧を始めとした生きていくのに必須な代物から、弾薬や銃器に至るまで、それこそありとあらゆるものが足りていない状況だった。その少ない物資を巡って、更に内戦は激化していた訳だが――その辺りについて、サオリは詳しく知らない。

 だが、全員に真っ当な銃器を配備する事さえ困難であった事は実体験として知っている。それこそ錆ついた銃器や、明らかに動作不良を起こす様な代物、いつの弾薬かも分からない様なものさえ現役であったのだ。

 幸いにしてスクワッドはアリウスの中でも重宝される部隊であった為、装備や配給は比較的優先して回されていたが、一般生徒はその限りではない。

 

 今、サオリが手にしている銃は、錆びてもいなければ壊れても居ない。メインならばまだ分かるが、サイドアームまで揃える余力がなく、錆びたアサルトライフルだけを担いで訓練を行っていた幼少期を思い返せば、この様な代物は物珍しい段階を遥かに通り越していた。

 セイフティを何度か弾き、スライドを滑らせながら感触を確かめる。ガタつきは全くない、トリガーに指を添えながら道の端を狙い、軽く力を籠める。弾丸は発射されないが、トリガープルは軽すぎず、重すぎず、若干の硬さを指先に伝える。

 間違いない、新品だった。

 

「な、何だか、私達の知らない間に知らないものが沢山増えているような気がします」

「……正直、違和感は私もあった」

 

 コンテナに放置されていた銃器や弾丸を手に取りながら、ミサキが口を開く。その瞳からは強い疑念が見て取れる。

 

「エデン条約以降、自治区から長く離れていたとは云え、私達の全く知らない街になっている気がする、外観は一緒なのに中身が違う……そんな感じ」

「その、何と云うか、よくよく思い出すと以前から少しずつ良く分からないものが増えていた様な気がしませんか?」

 

 手にしていた銃器をコンテナに戻し、振り向いたヒヨリが不安げな表情を隠さずに切り出した。

 

「自治区の彼方此方に設置された防衛設備、補給された出所の分からない武器、ヘイロー破壊爆弾……それに今考えてみると、あの複製(ミメシス)というのも凄く変じゃないですか、それなのに、私達は何も疑わずに受け入れて――」

「………」

「私達は、一体、何を――……」

「シッ!」

 

 不意に、サオリが鋭く声を張った。

 素早く振り向き、姿勢を低くする。屈むと云うより、地面に吸い付く様な動作だった。余りにもスムーズな動きで、先生は突然視界からサオリが消えた様にも見えた。

 彼女の声が聞こえた瞬間、スクワッドの面々も続く様に姿勢を下げる。銃撃を警戒していたのだ。しかし、彼女の声の意図した所は異なる。

 

「先生……!」

 

 彼女の声に、先生は意図を察して素早くシッテムの箱を指先で叩く。画面に表示される波形、自身を中心とした近辺に反応は――あった。

 敵性勢力だ、それは間違いない。

 しかし、これは――。

 

 先生の眉間に皺が寄る、だが反応自体は事実。後退りながら顔を上げた先生は、霧と暗闇に覆われた街道奥を指差しながら告げた。

 

「……何者かが此方に向かって来ている」

「ひえっ!? な、なら早く隠れましょう!」

 

 その言葉にヒヨリが慌てて周囲を見渡し、近場の崩れ落ちた民家に目を付ける。傍には物資コンテナが積まれており、民家の残骸を含めて遮蔽に困ることなく、身を隠すにはうってつけに思えた。ヒヨリがいの一番に其処へと走り込み、ミサキがその後に続く。

 

「リーダー、早く……!」

「分かっている――!」

 

 サオリは頷きながら先生の腕を掴むと、滑り込む様にして遮蔽の中へと身を寄せた。サオリの腕が先生の頭を覆い、そのまま抱き締める様にして抱える。全員が呼吸すら止め、必死に気配を殺す。薄暗い街道、点滅する街灯に照らされ現れる人影、それが薄らと霧に滲んでいた。先生はサオリの腕の中から辛うじて顔を出し、遮蔽の横合いから街道を見つめる。

 

「人の気配は無かったが、やはり警邏は残っていたか……」

「で、でも、数はそんなにいない様な――?」

「……どうする、リーダー? 今なら先手が取れる、少数なら勘付かれる前に制圧出来るかもしれない」

「た、戦うんですか……?」

「いいや、それは悪手だ」

 

 ミサキの言葉に、先生は即座に反対を示す。視線をサオリに向けると、彼女も同意見の様子で頷いて見せた。

 

「先生の云う通りだ、手出しはするな、このままやり過ごす――弾丸は万が一見つかった時に取っておけ」

 

 その言葉と共に、全員の視線が霧の向こう側より現れた人影に向かう。

 スクワッドの脳裏に、ガスマスクに白い外套を身に纏ったアリウス生徒の姿がイメージされた。自治区警邏部隊の生徒は殆どが一般生徒に過ぎない、戦力としては下の中程度。万が一見つかっても、通信を入れられる前に制圧出来れば――。

 そんな思考と共に視線を向けていた面々は、次第に明らかとなるその姿に思わず声を失った。

 

「っ、あれは……!?」

「――馬鹿な」

 

 心の底から、驚愕の声が漏れる。

 それは、到底あり得ない光景を目撃したからだ。

 

 ゆっくりと、罅割れた石畳を踏み締める素足。

 まず視界に入ったのは風に靡く襤褸布の様なウィンプル。そして独特な装いに罅割れたヘイロー、馴染みのあるガスマスクはレンズ部分が奇妙に光り、青白い肌はとても人とは思えない様な印象を見る者に抱かせる。

 装いや武装は各々異なるが、ガスマスクとウィンプル、シスター服を基調とした衣装、そして壊れかけのヘイローだけは共通していた。

 亡霊の如き出で立ち――否、実際その者達は亡霊だった。

 その特徴的な姿を、忘れられる筈がない。

 

 ――ユスティナ聖徒会の複製(ミメシス)、それが再びスクワッドの前に現れたのだ。

 

「せ、聖徒会!? あれって、ユスティナ聖徒会ですよね!?」

「しっ、ヒヨリ、声が大きい……!」

 

 気が動転し、聖徒会を指差し叫ぶヒヨリ、それをミサキが必死に抑え込む。窘めるミサキではあるが、その頬には冷汗が滲んでいた。どういう事だと、叫びたい気持ちは彼女も同じであったのだ。否、スクワッド全員が同じ気持ちであっただろう、アレは既に喪われた力の筈だと。ETOとしての権限も、古聖堂の確保さえ失敗した今、ユスティナ聖徒会を使役する事は不可能な筈。

 だと云うのに、現実としてユスティナ聖徒会は消えてない。

 こうして再び、スクワッドの前に姿を現している。

 

「―――」

 

 混乱するスクワッドを他所に、先生はユスティナ聖徒会を厳しい視線で見つめ続ける。その表情は険しく、憂いを含んでいた。

 

「何故だ、エデン条約が抹消された以上、アレの使役は不可能な筈――」

「……考えてみれば」

 

 呟きを漏らすサオリに、ミサキが声を返す。彼女はセイントプレデターを抱き締めながら、ユスティナ聖徒会を色の見えない瞳で睥睨していた。

 

「そもそも私達がエデン条約の会場を襲撃した理由は、複製能力を確保する為だった」

「そ、それはそう、ですが……その為に姫ちゃんは古聖堂の地下であの木人形の云う通りにした訳ですし」

「そうして確保した聖徒会の力でトリニティとゲヘナ自治区を占領する、それが私達の任務だった筈――まぁ、結局先生に負けちゃったけれど」

「……あぁ、私達が逃亡したのもそれが切っ掛けだった、複製能力の確保も、両学園の占領にも失敗してしまったからな、姫を逃がすにはそれしかなかった――だからこそ分からない、何故アリウス自治区は、【彼女】は複製能力をまだ保持して……?」

「あれは」

 

 不意に、先生が口を挟んだ。彼の指先がゆっくりと迫るユスティナ聖徒会に向けられる。

 

「あれは、恐らくただの『複製』じゃない」

「先生、それはどういう――」

 

 思わずサオリが問いかける。

 しかし、それよりも早く――身の毛もよだつ様な甲高い絶叫がアリウス自治区全体に響き渡った。

 

「―――ッ!」

 

 それは、余りにも唐突だった。

 怪鳥の様な、或いは女性の悲鳴のような、何とも表現し難い声。予期せぬそれに肩を竦ませ、耳を覆うスクワッド。びりびりと肌を刺す音の波動に、彼女達は顔を顰める。

 

「っ、こ、この甲高い声……!」

「な、なんですか、これ!?」

「――アンブロジウスの悲鳴だ」

 

 木霊する絶叫、先生は虚空を見上げながらそう告げる。

 声はほんの数秒足らずの間だけ響いていた。ゆっくりと耳を塞いでいた手を離せば、甲高い絶叫はもう聞こえない、残響が微かに滓むのみ。戦々恐々とした様子で周囲を見渡すヒヨリは、青白い表情のまま口を開く。

 

「アンブロジウスって、エデン条約の時に戦術兵器として私達が使役していた、あの?」

「……そうなると、どうやら複製の力は失っていないって事で間違いないみたいだね、やっと街が空っぽの理由が分かった、そもそも彼女は自治区に防衛戦力を残す必要すらなかったんだ」

 

 ミサキが表情を露骨に歪める。

 それは彼女をして、認めたくない事実であった。

 

「――複製(ミメシス)は、一度でも成功させれば繰り返し発動出来る」

 

 声は、寒々しい音と共に鼓膜を震わせる。ヒヨリが、サオリが、信じられないモノを見る様な目でミサキを見ていた。その視線を真正面から受け止めながら、彼女は声を続ける。

 

「……規模の大小はあれど、発動自体に調印や権限の有無は不要、全く、酷い話」

「――つまり、本来の私達の任務は【姫を古聖堂に連れて行って複製を発動させる事】だけだった?」

 

 ミサキの声に、サオリは愕然とした心地で声を漏らした。

 だって、そういう事になる。彼女が敢えてこの真実を隠していたのならば――もし彼女の目的がユスティナ聖徒会、その複製の確保だけだったのなら。

 慌てて、ヒヨリが云い募る。

 

「ま、待って下さい! それじゃあ、ゲヘナとトリニティ占領に関しての任務は、あの作戦は、一体……?」

「彼女にとっては、成功しようが失敗しようがどうでも良い事だった、本命は複製を発動させる事、それだけ――後は占領が成功すれば、手間が省ける、その程度の作戦だった……そういう事になる」

 

 苦り切った表情で断言するミサキ、それに対し返す言葉がないヒヨリ。その表情は蒼褪め、目は大きく見開かれていた。それは、自分達の存在、その全否定に他ならないからだ。何の為に訓練を繰り返し、何の為に戦って、何の為にあのような耐え難き苦痛に耐えたのか――全ては計画の為、作戦の為、数百年越しの悲願を達成する為だ。

 少なくとも彼女達は、それらを掲げて戦っていた。

 

 しかし、もしも。

 もしも、その悲願すら。

 自分達が積み重ねて来た過去の全てが、『どうでも良い事』であったのなら。

 

 それは一体、どれ程の――。

 

「ならば――」

 

 俯き、呟いたサオリの声が鼓膜を震わせる。

 見れば彼女は微動だにせず、大きく見開いた瞳を自身の掌に落としながら呟いていた。震える指先は、彼女の恐怖と同様の顕れだ。

 脳裏に過るのは、彼女達(自分達)が為して来た数多の罪悪。

 自身の傍にあった、ささやかな幸福を守る為に差し出して来た数々の犠牲。

 

「ならば、私達の、あの戦いは――……」

 

 聖園ミカを担ぎ上げ、行われたクーデター未遂。

 多くの生徒が傷付き、先生は聖園ミカをヘイロー破壊爆弾から身を挺して庇った。トリニティ内部は大きく揺れ動き、その影響は未だ収まっていない。分派間の対立は明白となり、ティーパーティーの求心力は大きく低下した。

 ひとつの学園、その在り方を変え、騒動の中心であった聖園ミカ――彼女の人生を、途轍もなく狂わせた行い。

 

「あの、苦しみは――」

 

 エデン条約調印式襲撃、並びにトリニティ・ゲヘナ自治区の占領作戦。

 あの作戦によって、数多の無辜の生徒が血を流した。犠牲者が出なかったのは正に奇跡という他なかった。トリニティが、ゲヘナが、キヴォトス全体が混乱に陥り、憎悪と憤怒が交じり合った地獄の様な光景だった。

 あれを作り上げたのは、他ならぬ自分達(アリウス)だ。

 遥か昔の、顔も名前も知らない誰かの悲願の為に、自分達はこの道を歩き続けた。

 しかし、それは過ちだった。

 その悲願すら、もう、定かではない。

 

「先生の、その、傷は――」

 

 サオリの瞳が、ゆっくりと先生を捉える。

 そこには、強い恐怖と後悔が滲んでいた。

 もしも、もしもそれら過去の行いすべてが、虚構や偽りの中で為された事であったのなら。

 

 その喪われた腕に。

 光を灯さなくなった瞳に。

 もう二度と戻らない、その傷痕(罪悪の証明)に。

 

『――一体、何の意味があったのか』

 

 声が響いた。

 それは、まるで耳元でささやかれている様な感覚だった。はっと、全員が顔を上げる。身体が硬直し、愛銃を握る手に不自然な力が入った。

 

「っ、て、敵……!?」

 

 最初に気付いたのは、ヒヨリだった。

 スナイパーとしての感性か、或いは危機管理能力か。顔を上げた時、自分達を囲む様にゆっくりと地面より出現するユスティナ聖徒会に気付いた。霧に混じって亡霊の如く現れる人影に、ミサキも遅れて気付く。

 サオリはその声に反応し愛銃を構えると、顔を歪ませながら素早く愛銃のセイフティを弾いた。

 感情に打ちのめされ、項垂れている余裕は無かった。鉛の如く重く苦いそれを呑み下し、サオリは叫ぶ。

 

「囲まれた、いつの間に――!」

「ミサキ、先生を守れッ!」

「っ、云われなくても――ッ!」

 

 入れ替わる形でミサキが先生の傍に滑り込み、サオリはコンテナを飛び越え、滑りながら素早く照準を合わせ、トリガーを引き絞り銃弾を撃ち込む。ユスティナ聖徒会との距離は十メートルもない、近すぎて外しようがなかった。

 マズルフラッシュが薄暗い街の中で瞬き、乾いた銃声が木霊した。

 弾丸はサオリの狙い通り、ユスティナ聖徒会の額を穿つ。弾かれた顔面、消し飛ぶガスマスク、同時に掻き消える希薄な存在、耐久力は決して高くない――しかし、その背後から続々とユスティナ聖徒会は現れる。

 

 一、二、三――十、十一、十二、いや、もっとだ。

 

 サオリは視界の端に映るそれらを数えながら、思わず苦り切った表情を浮かべる。

 スクワッドを囲う様に、街の至る所からユスティナ聖徒会が姿を現している。街全体が彼女達の縄張りであると云わんばかりに。

 路地裏から、街道のど真ん中から、崩れ落ちた民家の窓辺から、その屋根の上から。

 青白い輪郭の揺らめきが、サオリの視界を掠める。

 

「こ、この数は……!?」

「まさか、私達が此処に来るって分かっていたの――?」

「――誘い込まれたのか」

 

 コンテナの裏に身を潜めながら、先生は思わず呟いた。

 この数に配置、明らかに狙っていたとしか考えられない。

 

『えぇ、勿論です、先生』

「……ベアトリーチェ」

 

 その言葉に応える様に、スクワッドの目の前にホログラムの様に実体のない姿で彼女は顕現した。

 全員が思わず身構え、身体を強張らせる。

 スクワッドにとって彼女――マダムの存在は何よりも恐ろしく、心身に刻み込まれた恐怖そのものだった。

 幼少期より自分達を教え導き、真なる存在であると云って憚らなかった人物。肉体がどれだけ成長しようとも、幼き頃に刻まれたあらゆる教えと経験は決して消えない。姿を見るだけで足が竦む、逆らう気力が削がれる、反抗すればどうなるか、彼女達の肉体は身に染みて理解しているのだ。

 その様子を見つめながら、ベアトリーチェは上機嫌に言葉を紡ぐ。

 

『此処は正真正銘、私の支配下にある領地、皆さんの位置や目的地、その経路に至るまで全て把握しております、あなた達が旧校舎の回廊に向かっている事も最初から分かっていましたとも――あぁ、愚かな子ども達、私に隠し事など不可能なのです』

「さ、最初から……!?」

「やっぱり、掌の上だった」

「っ……!」

『何やら朧げな認識阻害を施している様ですが、私の支配する地に於いては十全な効力を発揮しない様ですね? 単なる悪足掻き、と云うべきでしょうか』

 

 クツクツと嗤うベアトリーチェは、手元の扇子を勢い良く開き口元を覆い隠す。その瞳は嗜虐心に爛々と輝いていた。

 

『追撃を躱し再びこの地を踏んだ褒美として、先程の問い掛けに答えましょう、サオリ――貴女たちの任務、それは最初からロイヤルブラッドを古聖堂に連れて行き、聖徒会を顕現させる事……ただそれだけだったのです』

「……!」

 

 はっとした表情で顔を上げるサオリ、その瞳が揺れ、ベアトリーチェを捉える。

 

『パスは一度接続さえすれば以降は全て統制が可能、マエストロは自身の作品が奪われるようだと嫌っていましたが、その様な事はどうでも宜しい……あぁ、貴女方が命を賭けたトリニティやゲヘナの占領に関してもです、私にとっては全て――些末な事』

 

 その言葉と共に、ベアトリーチェに備わった幾多もの瞳が絞られる。黒の中にある赤い瞳がサオリを射貫き、その全てが彼女を嘲笑っている様にも感じられた。

 

『この自治区が長年抱いていた憎悪を統制し、都合よく操る為の方便ですから、私自身あの学園に何の遺恨もありません、繁栄しようと、滅びようと、どうでも宜しい』

「――ッ!」

『そうですね、ですから……貴女方(スクワッド)は見事任務を遂行したと云えるでしょう、私に複製の能力を提供しましたし、ロイヤルブラッドも素直に生贄として捧げてくれました、あぁ、あなたは昔から云いつけを良く聞く良い子(都合の)ですね――サオリ』

「……やはり」

 

 ぎちりと、噛み締めた歯が軋んだ。

 過去、サオリがまだ何も持たず、力も、知恵も、何もかもが足りなかった頃。

 当時彼女にあったのは意志だけだ、家族を、手の届くほんの僅かな幸福を守りたいと、何を犠牲にしてもそれだけはと願った痛烈な意思。

 その願いの果てに、彼女と結んだ無謀な約束――トリニティを、ゲヘナを、両校の占領を為せば、アツコを、家族(スクワッド)を救ってくれると、確かにそう約束した。

 

 サオリは、その約束を成就させる為に努力した。

 その青春(人生)の全てを捧げて来た。

 どんなに辛くと耐えられた。

 どれ程の痛みであろうとも堪えられた。

 狂いそうになる苦しみでさえ、呑み下した。

 その先に――自分達の幸せ(家族と共に生きる事を許される世界)があると信じていたからだ。

 

 けれど――それは間違いだった。

 

 顔を上げ、充血した瞳でベアトリーチェを睥睨するサオリは、血の滲む様な声で叫んだ。

 

「最初から、約束を守るつもりなどなかったのか――マダムッ!?」

『ふふっ、子どもの躾けはこの程度で良いでしょう、【そんな事よりも】私が語るべきは――』

 

 激昂するサオリを嘲笑い、袖にしたベアトリーチェは改めて先生と対峙する。スクワッドに守られ、その後方に佇む大人の姿。

 

『――シャーレの先生』

「………」

『よもや裏切り者と共に、碌な戦力も連れず乗り込んで来るとは』

 

 告げ、彼女は小さく息を吐き出す。こうして仮初とは云え姿を見せた状態で言葉を交わすのは随分と久方振りか。権能を使い時折彼の様子は伺っていたが、こうして己が瞳で見れば感じるものも別格というもの。

 特に、その仮初の腕と、喪われた瞳――それを視界に捉える度、ベアトリーチェの胸には仄暗い歓びの感情が沸々と湧いて来る。

 それを噛み殺し、扇子で覆い隠しながら彼女は想う。

 

 正直、先生がここまで迅速に動くとは予想外であった。

 ロイヤルブラッドを生贄に捧げれば、必ず乗り込んで来ると思っていたが――しかしそれは、各校に協力を要請した上で自治区に乗り込むか、或いは別途秘密裏に戦力を用意した上で侵攻して来ると考えていた。

 それを見越した上でベアトリーチェは儀式を急ぎ、自治区内の戦力全てを吐き出してロイヤルブラッド確保に動いた訳だが――ある意味これは自身の方針が功を奏したと考えるべきだろう。自身が迅速に動いたからこそ、先生は今この場に、碌な戦力も連れずにこうして姿を見せている。

 更には不和となった生徒達も引き連れて。

 

 ――もしそうならば、実に好都合。

 

 自身にはまだ、勝ちの芽が残されている――勢い良く扇子を閉じ、ベアトリーチェはそう結論付ける。

 そんな彼女の思考を読んだのか、或いは別の意図があったのか、先生は険しい表情を保ったまま静かに口を開いた。

 

「……アリウスの生徒達については凡その予測は出来ていた、けれどこの自治区に到着して確信したよ」

『――もしや、生徒達の在り方について説いているのですか? えぇ、えぇ、あれは私なりの【学習】の成果です、洗脳や超能力……くくッ、そんな便利な力があれば良かったのですが、残念ながらそれは大人のやり方ではありませんので』

 

 告げ、ベアトリーチェは満足げに頷く。そうとも、子どもを従えるに、その様な大それた力など必要ない。

 ほんの少し、弱い(脆い)部分を刺激してやれば良いのだ。

 自身の都合の良い様に。

 それしか道が無い様に。

 

『あなたの予測通り私は、憎悪、怒り、軽蔑、嫌悪――そう云った負の感情を利用し、偽りと欺瞞で子ども達を支配して参りました、単純ですが確実な方法です、あなたなら良く知っているでしょう?』

 

 薄らと笑みを浮かべながら、そう告げるベアトリーチェ。脳裏に過るのは自爆すら許容し、先生の命を奪おうとした生徒達(アリウス)の姿。

 命令されたのならば、自身の命すら対価として差し出す――到底、真っ当な精神ではない。しかし、その様に教えたのは他ならぬベアトリーチェだ、彼女だけはその仕上がり(教育の成果)に満足していた。

 

『内戦に明け暮れ、疲弊し、互いに対する負の感情が満ち溢れていた場所――私はただ、そこにほんの少し刺激を加えたに過ぎません、何も特別な事はないでしょう? こんなもの、ありふれた光景ではありませんか』

「ありふれた……?」

 

 ベアトリーチェの言葉に、ぴくりと先生の肩が震えた。

 声には、堪え切れぬ強い感情が込められていた。

 先生の反応を上機嫌に伺いながら、彼女は深々と頷いて見せる。

 

『えぇ、そうです、寧ろ憎悪に限って云えば――アリウスよりもトリニティの方が強いのではありませんか? あなたはその目で見て来た筈です』

 

 妬み、怒り、憎しみ――あの学園はそれらの感情を実に好む。

 嘲笑う様に、否、実際彼女はその様に思っているのだ。聖園ミカを糾弾し、罵り、貶めようとしている子ども達(トリニティ)の様に、それを発端として派閥間で対立し嫌悪しあった様に。

 その様な感情は、光景は、何ら珍しい事ではないと彼女は云う。

 自身が手を下さずとも、子ども達は実に下らぬ理由で互いを攻撃し、憎しみ合い、嫌悪し、対立する。

 

 思想が異なるから、信念が異なるから、派閥が異なるから、学年が異なるから、所属が異なるから、自分よりも優れているから、自分よりも劣っているから、自分よりも強いから、自分よりも弱いから、何となく嫌いだから、何となく受け入れられないから、誰かにそう云われてから、皆がそうしているから――あぁ、彼女達にとって理由など何でも良いのだ。

 

 実に、実に――愚かしい(都合が良い)

 

『生の謙虚さを教える金言は無価値な空虚へと、堕落を警戒する厳格な自責は逃れられない罪悪感へと、事実を湾曲し、真実を隠蔽し、本心を曲解し、嫌悪を助長し、憎悪を煽り、他人を、隣人を、永遠にお互いを理解させぬ様に、私は子ども達に教えを授けて来ました』

 

 その絶対的な壁が、無理解こそが、大人が子供を都合よく操る為に必要なプロセスとなる。零は一に到達出来ない、しかし一に至ったものを百にしようが千にしようが、その(最初の感情)を用意したのは自分ではないのだ。

 そう、世界の真実とはそこにある。

 此処は――そういう世界なのだ。

 

『楽園は永遠に届かないからこそ、楽園足り得る――その地獄の中で大人は、子どもを支配し搾取し、役立たせる……えぇ、誰かにとっては地獄でしょうが、これこそ大人の安らかなる楽園(エデン)

「………」

『ロイヤルブラッド、あの子は私が丹精込めて教えを授けた生徒なのです、生贄として捧げればきっと、私達大人に素晴らしい福音を授けてくれるでしょう』

 

 両手を広げ、恍惚とした表情でベアトリーチェは告げる。

 その動作は世界を抱擁するかのように優しく、柔らかだった。

 しかし、それは決して慈愛や情念から来るものではない、ただ単に、利益を齎すものを好むと云う打算と彼女の価値観によって生まれる(さが)から齎されるものだ。

 其処に、愛は無い。

 其処に、感謝は無い。

 もし、あるとすれば、それは。

 

 ――自身の(血肉)となった事に対する感謝(よろこび)だけだ。

 

『ふふっ、神秘と恐怖が入り混じった崇高の転炉――それこそがこの世界の真実なのですから……!』

「――黙れ」

 

 ズン、と。

 先生の足が一際強く、石畳の床を踏み締めた。

 

『――!』

 

 一瞬、ほんの一瞬、ベアトリーチェの視界に映る先生の姿が、まるで巨大なものであるかの様に錯覚する。

 びりびりと肌を刺激する重圧、たった一人の人間から放たれるとは思えない激情の嵐。自身を睥睨する双眸、射殺してやると云わんばかりに注がれる視線。それを真正面から受けながら、ベアトリーチェは三日月の如く口元を吊り上げる。

 

 これでこそ聖人、唯一無二の敵対者(アンタゴニスト)――この者を超え、打倒した時、自身は何者にも負けぬ絶対者へと至る。

 その確信がある。

 

「あなたの語る真実と、私の信じる真実が交わる事は、もう決してない」

『えぇ、私達は互いに異なる真実を信じている、それは既に証明された一つの事実、不本意ながらアビドスでの一件で私はそれを良く理解しました……この私が、理解などと口にするとは夢にも思いませんでしたが』

 

 告げ、ベアトリーチェは苦笑を零す。他者の理解を拒み、嫌悪を助長させ、欺瞞と偽りで固める事を良しとした己が、他者を理解する等と今まで思ってもいなかった事だ――ベアトリーチェは他者を理解する事など一度としてなかった。その必要も、機会も、意思さえなかったのだから。

 ただひとり、先生(彼の存在)を除いて。

 

『見させて頂きましたよ、あなたの語る楽園、エデン条約――皆の友情で悪を退ける、罪を犯さんと進む子の手を引く清純な意思、単純で理解しやすい世界、まるで幼子の様に純粋で、単純で、無垢で、何と愚かしい!』

「人の希望を、(善性)を、子ども達の可能性を、そうも貶めるかベアトリーチェ」

『えぇ、当然です! その様なものが私達大人に何の利を齎しましょう? 断言します、その様なもの、何の役にも立ちはしない……! 故に大人が、私達こそがきちんと教えてあげねばなりません、エデン、楽園の名称――その楽園こそ、原罪が始まった場所なのだと!』

 

 ――そう、真の楽園こそ、憎悪、怒り、嫌悪、苦痛、悔恨、それらが溢れかえっているのだと……!

 

 天を仰ぎ、叫び、ベアトリーチェは想う。

 その楽園の中で嗤うのは、私達大人なのだ。

 子ども達にとっては地獄だろう、苦しみと痛みに満ちた一生だろう。

 しかし問題はない――その様に教えを授けたのだから、不満など出よう筈もない。

 

 ――何せ『幸福』を知らねば(不幸を自覚せねば)【不幸】ではないのだから(それは不幸ではない)

 

『さぁ、先生――これが私の用意した終幕、私とあなたの最後の舞台!』

「……御託は良い、ベアトリーチェ、あなたの領域(バシリカ)で待っていると良い」

 

 呟き、先生はベアトリーチェを緩慢な動作で指差す。

 その瞳には最早――憤怒以外の感情()は無い。

 静かに、湛える様な、水面の如き怒り。

 それを真っ直ぐ、ベアトリーチェに向ける。

 

「――必ず、そこに辿り着く」

『えぇ、バシリカでお待ちしておりますよ、先生』

 

 それをベアトリーチェは歓喜の念で以て迎える。

 この道以外に、自分達に選択肢など存在しない。頂きに至るはただひとり、どちらかが斃れ、どちらかが先に進む。先生とベアトリーチェの結末は、既に決まっている。

 

 黒服は先生を仲間と認識し、互いに競い合えると信じた。

 マエストロは先生を理解者と認識し、互いに高め合えると信じた。

 ゴルコンダは先生をメタファーと認識し、互いを通じて完成されると信じた。

 

『そして私はあなたを敵対者と認識し、互いに反発すると信じていました――そして、それは此処に証明された、あなたと私の真実が交わる事は永遠にない、私が、私こそがあなたの絶対なる敵対者(アンタゴニスト)

 

 ベアトリーチェは大きく手を振るい、扇子を閉じる。空気の破裂する様な乾いた音が周囲に響き、その数多の紅瞳が先生を射貫いた。交わる双方の視線、そこに乗せられた感情は異なるものの、根源は通ずるものがある。

 絶対的に理解し合えぬもの――大人としての自我(境界線)、その信念の衝突。

 そう信じ、貫き、此処まで歩いて来たからこそ譲れぬものがある。

 曲げるには互いに、余りにも多くの時間と犠牲を積み重ね過ぎた。

 

 ベアトリーチェは先生の大人としての在り方(子どもの為の世界)を受け入れられず。

 先生はベアトリーチェの大人としての在り方(大人の為の世界)を受け入れられない。

 

 ならば(言葉で理解し合えぬなら)、後はもう――手段は残されていない。

 視線を交わしたまま、二人は互いに口を開く。

 

『すべてに決着を付けましょう、今まで紡いで来た文字通り全てに――あなたが、この場所(バシリカ)に辿り着けるのならば……!』

私の生徒(秤アツコ)は――」

 

 ベアトリーチェを指差していた掌が、ゆっくりと、しかし力強く、握り締められる。

 その向こう側に、烈火の如く燃え盛る意思をベアトリーチェは確かに視た。

 

「必ず、返して貰う」

『……くくッ!』

 

 意図せず、口元が大きく開き笑いが漏れた。

 それを背で隠しながら、ベアトリーチェは踵を返す。そして扇子を広げると、振り返ることなく告げた。

 

『――始末()しなさい』

 

 その一言と共に、ユスティナ聖徒会が一斉に銃を構える。二人のやり取りに圧倒されていたスクワッドがハッと立ち直り、先生を守る様にして素早く円陣を組んだ。

 その中で、シッテムの箱を構えながら先生は冷静に告げる。

 

「行こう、スクワッドの皆」

 

 声は、力強く、僅かな震えすらなかった。

 その瞳が、掻き消えていくマダムの残影を睨みつける。

 

「アツコを、彼女(マダム)の下から助け出す――ッ!」

「――あぁ」

「は、はいッ!」

「……うん」

 

 全員の声が、先生の背中を押した。シッテムの箱が輝きを増し、周囲一帯に青白い光を放つ。スクワッドのヘイローが微かにノイズを発し、先生と彼女達がライン(繋がり)を形成した。

 ユスティナ聖徒会は数で此方を圧倒する、しかし――負ける気はしない。

 サオリが、ヒヨリが、ミサキが、愛銃を握り締めながら前を見据える。

 その瞳にマダムに対する恐怖は、もう何処にも宿っていない。

 

「アリウス・スクワッド――出撃ッ!」

「了解!」

 

 寂れた街の中に、生徒(子ども)達の力強い叫びが木霊した。

 


 

 因みにアリウス生徒がミカに対して命乞いをしていた事について、命差し出すのに躊躇いないのなら情報漏らしたりしないんじゃねぇですの~? と思うかもしれませんが、あれは死にたくないから命乞いしているのではないのです。

 単純に何の抵抗も出来ずに圧倒的な上位者から殴られたり蹴られたり、一方的に撃たれる状況に陥るとアリウスで罰則を喰らっている時の事を思い出(フラッシュバック)して、条件反射的に謝ったり許しを請うたり、自分の持ってる全部を無条件で差し出してしまうだけですの。

 

 ンギィ! かわいそうッ!!! 可哀そうなのは駄目!! 先生は死刑ッ!!! 

 先生何しているんですの~!? アリウスの子達(あなたの生徒)が大変な目に遭っているんですわよ~!? 無敵の大人のカードで何とかしてくださいましよォ~ッ!

 オラッ! 先生! もっと酷い目に遭え! 血を流せ! 臓物ぶちまけろ! 惨たらしくくたばれ! やっぱ生きろ! 死ぬな! ちょっと死んでんじゃねぇですわ!! 

 まだ捥げる所いっぱいあるし、生徒達の為にも長生きしてね先生……。 

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