ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

155 / 340
誤字脱字報告ありがとうございますわ~!
Twitterで報告した通り、二日ほど休ませて頂きましたの。
後、先に謝っておきますわ!
今回、約24,000字ありますの。


いつか両手一杯に握り締めた温もり(守ると誓った、傷だらけの両手)

 

「………」

 

 スクワッドが強張った面持ちで忍術研究部を見ていた。彼女達はその視線を感じながら、燃え盛る炎を背に佇み微動だにしない。それが強者の余裕なのか、或いは何らかの構えなのか、サオリには判断がつかなかった。

 じっとりと汗が滲む掌、それを実感しながら固唾を呑み動向を見守る。

 ふと、一歩、忍術研究部のリーダーであるミチルが動き出した。

 スクワッドが露骨に身構え、銃のグリップを強く握り締める。

 ミチルはその険しく、凛々しいと表現出来る表情を一変し――誇らしげに胸を張りながら諸手を挙げて叫んだ。

 

「どう? どう!? どぉ~よ、これぞ忍者の恐ろしさッ! お化けだか、妖怪だか、ユスティナ聖徒会だか、良く分かんないけれど! 見たか忍術研究部の実力をッ!」

「さ、作戦通り、決まりました!」

「やりましたね、部長! ツクヨ殿! ワカモ殿!」

「……えぇ、そうですね」

 

 声高らかに先程のアンブッシュを称賛するミチル、その雰囲気は最早手練れのソレではない。弛緩した空気にサオリは困惑しながら、籠っていた力が抜ける事を自覚する。目を瞬かせながら忍術研究部の面々を見るヒヨリは、視線を彷徨わせたまま戸惑った声を上げた。

 

「こ、この方たちは――……?」

「リーダー、忍術研究部って」

「……あぁ」

 

 ミサキの言葉に頷きながら、サオリは過去の記憶を掘り返す。

 

「一度、見た記憶がある」

 

 思い返すのはアビドスで秘密裏に行われた黒見セリカ誘拐、その際に先生が率いていた生徒達。サオリとミサキの両名は、一度その姿を見ている。尤も、向こうにとっては素知らぬ事であろうが。

 あの時はこれ程出来る相手だとは思っていなかった――奇襲したとはいえ、あのユスティナ聖徒会の複製をこうも一方的に屠るとは。

 

「狐坂ワカモと合流したのか」

「……厄介だね」

 

 ミサキの呟きは、強い苦みを伴っていた。

 あの災厄の狐だけでも面倒だというのに、加えて手練れが三名。身のこなしから特殊な訓練を受けていると分かる、百鬼夜行の特務か、或いは――あの時交戦を選ばなかったのは正解だったかもしれない、ミサキはそう胸の中で呟く。

 

「皆――」

「先生殿、やっと見つけたよ! ほんともう、此処まで来るのに凄く大変だったんだから……!」

 

 先生が忍術研究部の面々に声を掛ければ、ミチルがその表情をぱっと喜色に染めて叫んだ。

 

「主殿!」

「せ、先生……!」

「イズナに、ツクヨまで……全員で此処まで来たのか」

 

 イズナも、ツクヨも、恐らくユスティナ聖徒会か、アリウスの生徒達を相手取って此処までやって来たのだろう。その衣服には戦闘跡が見て取れた。それは自身を想ってくれた上での行動だろう。

 先生の表情が僅かに陰る。

 常ならば頼もしい限りだ、彼女達の助力は大いに助けとなる筈だ。

 しかし、今は――。

 くっと、袖を控えめに引っ張られる感覚。視線を向けれがミサキが真剣な面持ちで囁いた。

 

「先生、一旦引いた方が良い、此処でやり合うのは――」

「――行かせませんよ、スクワッド」

 

 撤退しようと動くスクワッドに対し、ワカモが声を上げ一歩詰める。彼女は肩に担いでいた愛銃をくるりと回転させ、手中に落とした。その鋭い視線からは強い重圧を感じる。

 

「っ、狐坂ワカモ……」

「……宣言通り、此処で貴女方を排除させて頂きます」

 

 告げ、ゆっくりとスクワッドに銃口を向けるワカモ。それに対しサオリは掌を向け、必死に言葉を云い募った。その表情には隠しきれない焦燥が滲み出ている。

 

「待て、正気か、此処はカタコンベとは違う、既に彼女の支配下なんだぞ……!?」

「関係ありません、貴女方スクワッドが先生を擁する限り、どこまでも追跡し、追い詰めるまでの事――」

「この女……」

「ひぇっ」

 

 ミサキが顔を顰め、ヒヨリが悲鳴を漏らす。仮面越しに伝わる彼女の気迫は本物だ、どこまでも追跡し、追い詰める、その言葉に嘘はない。スクワッドが例え地の果てまで逃げ出そうとも、彼女は決して諦める事無く追って来るだろう。

 咄嗟に、先生が一歩前に足を踏み出した。

 

「ワカモ」

「あなた様……」

 

 ぴくりと、ワカモの銃口が震える。

 その指先が、引き金から離れるのが見えた。

 それでも尚、銃口を降ろす事が出来なかったのは、その感情が強すぎた故だ。背後に立つスクワッドに向ける怒気が、肌に伝わってくるようだった。

 先生は彼女の視線を正面から見返しながら、努めて冷静に口を開く。

 

「お願いだ、銃口を降ろしてくれ――私は皆が争う事を望んでいない」

「……えぇ、あなた様はそう仰るでしょう、それは、分かり切っていた事です、それを押して尚、私はこの場に立っております」

「スクワッドの皆が嘗て敵対していた事は事実だ、けれど今は違う、彼女達はもう、私達に敵意など持っていない」

「………」

「スクワッドは、私達の敵じゃないんだ、ワカモ」

 

「――それを、どう証明すると仰るのですか?」

 

 ワカモの声が、寒々しく街道に響いた。

 それは敵意と憎悪を伴う、不信の発露だった。

 暗闇の中で、ぼうっと光り輝く彼女の瞳。その黄金色が先生を、スクワッドを捉えて離さない。

 それはいつか、ナギサが口にしていた言葉を思い出すものだった。

 

「スクワッドが敵ではないなどと、あなた様に危害を加えないと、一体どう証明すると仰るのです? あなた様に癒えぬ傷を齎したのも、その手を振り払ったのも、こうして危険な状況に巻き込んだのも、全て、全て――スクワッドによるものではありませんか」

 

 目に見えないものを、どうやって証明するのか。

 何故彼女達が先生を傷つけないと、そう断言する事が出来るのか。

 その感情は、色は、目に見る事も、感じる事も、手に取る事も叶わないというのに。

 人は、その感情を、想いを、目に見える形で示す事が出来ない。

 その心を証明する事は出来ない。

 そして人は――証明出来ないものを、信じる事が出来ない。

 少なくとも、その者に罪悪と云う真実(過去)があるのならば、尚更。

 

「……いいや、もし彼女達に請われなくとも、私はこの自治区の主、マダムを止める為に乗り込んでいた、だからこれは、決して巻き込まれた訳じゃない」

「頼られずとも動いていたと? しかしそれは、あくまで仮定の話に過ぎません、彼女達は現に、あなた様に縋った、それが事実です――どうか御慈悲を、あなた様はスクワッドを信じられるのでしょう、どこまでも真摯に生徒と向き合うあなた様は……! しかし、私は……」

「ワカモ」

 

 彼女の声を遮り、先生は尚も一歩を踏み出す。

 仮面の奥深く、黄金色に光る瞳が先生のそれと交わる。

 ワカモは先生の瞳、その奥に光を見た。

 

「――頼む」

「……っ」

 

 声には、何処までも切実な響きが伴っていた。

 希う、文字通りの懇願。

 言葉は余りにも短い、だが彼女だからこそ伝わる色がある。

 歪んだ先生の表情に、びくりと、ワカモの肩が無意識に震えた。

 ずるいと、そう思った。

 思わずには、いられなかった。

 

「あ、あの~」

 

 ふと、皆の耳に声が届く。

 見れば、恐る恐る手を挙げるミチルの姿が見えた。彼女は先生とスクワッド、そしてワカモに視線を配りながらゆっくりとした口調で告げた。

 

「えっと、ワカモの気持ちは凄く、良く分かるんだよ? 私も正直、そこのスクワッドを信じられるかと云われると、凄く微妙な気持ちになるし……で、でもね! だから、相手を傷つけなくちゃとか、絶対に敵にならなくちゃいけないとか、排除しなくちゃとか、そういうのは、何か、そのぅ、違う気もして……」

 

 彼女は俯き気味に、自身の指先を擦り合わせながら必死に言葉を紡ぐ。其処には滲み出る複雑な心境があった。ミチルは迷っている、それは自身の選んだ道について。

 

「せ、先生殿はスクワッドの子達と和解したんだよね……? だから、力を貸して、こうしてこの場に立っている訳だし、そっちの、リーダーっぽい生徒も、先生に敵意は無いって……た、確かに彼女達がした事は許されないかもしれないけれど、でも、私は――」

「――犯した罪が許される事はない、それが全てじゃんね?」

 

 だが、彼女が思いの丈を話し終えるよりも早く、響く声があった。

 ミチルの声を遮る様にして、現れる人影。

 全員の視線がそちらに向けられ、スクワッドが反射的に身構える。

 暗闇の中、聞き覚えのある声を発した彼女は――三日月の様な笑みを浮かべながらスクワッドの前に再び姿を現した。

 

「あははっ、やっと追いついたぁ、やっぱり忍者ってのも強ち嘘じゃないのかな、走るの凄く早かったし!」

「聖園ミカ……」

 

 呟き、サオリは強い警戒心を露にする。

 ミサキは苦虫を嚙み潰したような表情を、ヒヨリは恐怖を、その顔に張り付ける。

 

「ぜっ、はっ、な、何で、あんな建物から建物、飛び回ったり、出来るのよ……!?」

「ひぃ、ふぅ、つ、疲れたよぉ~!」

「う~ん、素晴らしい健脚ですね☆」

「ふふっ、逃走するには便利そうな技ですわね、単純な体力という訳ではなさそうですし……あれも忍術というものなのでしょうか? そうでない純粋な技術であるというのなら、少々ご教授いただきたい代物です」

「い、いや、教えられても出来る気がしないし……! げほっ、ゴッホ!」

「あら、ジュンコさん、大丈夫ですか?」

 

 ミカの背に続く美食研究会、かなりの距離を一息に駆けて来たのか、ジュンコやイズミの額には玉のような汗が滲んでいる。

 いつの間に接近していたのか、まるでスクワッドの退路を塞ぐ様に現れた彼女達にヒヨリは思わず悲鳴染みた声を上げた。

 

「こ、後方にも……!」

「美食研究会まで……」

「まさか、手を組んだのか――?」

「正解☆」

 

 サオリの問い掛けに、ミカは笑みを浮かべながら肯定を返した。

 所属の異なるグループ、ミカだけは単独ではあるが単純な戦闘能力だけならば美食研究会・忍術研究部にも引けを取らない。その三グループが手を組んだ、それは正にスクワッドにとっては絶望的な報せであった。

 

「百鬼夜行なら兎も角、ゲヘナの角付きと手を組むなんて正直反吐が出るけれど、まぁ一回限りだし、見逃してあげようかなぁ~って思ってさ?」

「くっ……!」

 

 手を広げ、事も無げに告げるミカ。

 今のスクワッドには、逃げ場がない。

 自然と彼女達は固まり、背中合わせの状態となる。彼女達の背にはじっとりと嫌な汗が滲んでいた。

 

「さぁて、それでは先程の続きと参りましょうか~♪」

「残念ですが、貴女方の逃走劇も此処まで」

「はぁ、ふーッ! よし、もう逃がさないんだから……!」

「いい加減、先生を返してよ~ッ!」

 

 美食研究会の面々が各々銃口を構え、スクワッドの前に立ち塞がる。

 ミサキ、サオリ、ヒヨリの三名は先生を守る様に円陣を組み、素早く周囲に視線を配る。しかし突破口が見つからない、逃走経路が全て塞がれてしまっている。

 

「……完全に囲まれたか」

「ぜ、前方には忍術研究部、後方には美食研究会、直ぐ横にはミカさんも……!」

「これは――かなり厳しい状況だね」

 

 どこか一ヶ所を突破しようと動けば、即座に背後を撃たれかねない状況。さりとてこのまま不動を貫いたとしても、そのまま磨り潰される未来しか見えない。スクワッドが沈黙を守る中、その様子を楽し気に見つめるミカは一歩、二歩と足を進める。

 

「ふふっ、やっと観念した? 流石の先生でも、これだけ生徒の数が揃っていれば突破は厳しいよね?」

「ミカ……!」

 

 ミカを見る先生の表情が歪む。

 そこに映る感情は、彼の複雑に絡み合った胸の内をそのまま映し出したような苦みを伴っていた。

 それを見たミカもまた、ふっと表情を変化させる。彼女は歪な笑みを貼り付け、下手糞に笑って見せようとしていた。

 黒々と渦を巻く彼女の瞳が、自虐(自罰)的な色を帯び始める。

 

「ごめんね、先生……? 私さ、元々云う事を聞かない悪い子だったでしょう? 先生が今どういう状況なのか、何をしようとしているのかは分かるけれど……それでも私は、止まれないの」

 

 止まれない。

 止まりたくない。

 止まる事が出来ない。

 だって、止まってしまったら。

 自分にはもう、本当に、何も残らなくなってしまう。

 

「それにほら、私は何度も先生を裏切って来た訳だし! あははっ、それが一回、二回増えたところで、今更何が変わる事もないよね、うん!」

「っ……!」

 

 ――悲痛。

 

 今にも泣きそうな表情で、無理矢理に貼り付けた笑みを浮かべ、そう宣うミカを前に、先生は力の限り唇を噛み締めた。皮膚を突き破った歯が血を滲ませ、先生は自身の心臓が早鐘を打ち始めるのを自覚する。

 強烈な自己嫌悪、同時に襲い来る葛藤。

 

 彼女のそれは、自身に云い聞かせている言葉だ。それこそ、彼女がこの場に立ち続けている呪いの言葉だった。

 もう戻る事は出来ないから。

 今更何も変わる事はないから。

 喪うものはもう何もないから。

 だから――このまま道を転げ落ちても、大丈夫だと。

 

「っ、ぅ――」

 

 そんな事は無いのだと、彼女に伝えるには。

 一体、どうすれば良い――?

 必死に言葉を探す、探し続ける。

 けれど、余りにも時間が足りない。

 

「それじゃあ、ゲヘナと手を組むのは気が乗らないけれど――手筈通り行こっか」

「えぇ、準備は出来ております」

「……申し訳ありません、あなた様」

「今度こそ、ぶっ壊してやる……!」

「ふふっ、メインディッシュ、でしょうか?」

「もう、逃げ場はないんだから……!」

 

 先生の葛藤を他所にミカ、ハルナ、ワカモ、ジュンコ、アカリ、イズミは戦いの遺志を見せる。全員の視線がスクワッドに突き刺さり、ひりつく様な空気が周囲に充満し始めていた。

 この場に於いて言葉はもう、意味を為さない。

 対話とは、双方にその意思がなければ成立しない。

 

「ぶ、部長……!」

「ぅ――」

 

 唯一、ミチル、ツクヨ、イズナの三名だけはその気配を滲ませず、一歩踏み込む事を躊躇っていた。

 ツクヨがミチルに視線を向け、どこか縋る様な声を発する。ミチルは対峙するスクワッド、ミカ、ワカモ、美食研究会、そして苦し気に表情を歪める先生を見つめ、呟いた。

 

「これしか、道は無いの……? 本当に――?」

 

 あのドローンの主が語って聞かせた言葉が頭を巡る。利益云々、責任の在り方、それもそうだが、何より――この選択が本当に、先生の為になるのか。

 この場に集った生徒にとって、善いものになるのか。

 

 怒りや憎悪に囚われ誰かを拒絶する事は、正しいのか。

 

 ミチルの足を止めているのは、彼女の持つ生粋の良心であった。何処もかしこもボロボロで、疲労困憊と云った様子のスクワッドを見ていると、分からなくなった。それも、彼女達は仲間を助ける為に動いているという。もし、自分が同じ立場だったら、部活の仲間達が悪い大人に捕まってしまったら――多分同じように、必死になって助け出そうとするだろう。

 それこそ、どんな相手にだって頭を下げてでも。

 

 彼女達を排斥する事が本当に正しいのか、それが善き未来に繋がるのか、まだ、もっと別の、違う方法や道があるのではないか。

 それを見つける為に、先生は彼女達に協力したのではないか。

 傷つけられた相手でも、それが困難な道であると分かっていても。

 そんな風に、ミチルは思ってしまった。

 

「い、イズナ……」

「っ……」

 

 ミチルは不安げにイズナへと視線を向ける。その瞳は潤み、自信なさげに揺らいでいた。

 先生を傷つけたスクワッド、彼女達に強い怒りを抱いていた彼女は――しかし、その表情を苦悶に染めている。

 そこには確かに、葛藤があった。

 情報としてのスクワッドは知っていた、彼女達が先生に何をしていたのかも十分に理解していた。しかしいざ彼女達と対峙し、先生とは異なる陣営に立った時、イズナに迷いが生まれた。

 

「い、イズナは――」

 

 言葉が、意図せず震える。

 イズナは、スクワッドに対して怒りを覚えている。それは間違いない、傷だらけになった先生の姿を見た時、ちょっとした日常動作すら儘ならなくなった事を知っているから。何て事をしてくれたのだと、彼女の心に黒々とした感情が刻まれた。

 その時の事を、昨日の事の様に憶えている。

 もう二度と、この様な事は起こしてはいけないと。

 今度こそ守らなければならないと。

 そう己に誓った。

 

 ――けれどそれは、あくまでイズナの感情に過ぎない。

 

 先生は、彼女達の排斥を望んでいない。

 寧ろその手を取って、自ら危険に飛び込もうとしている。

 拒絶もせず、復讐すらも考えずに。

 

 スクワッドを助ける事、それが、先生()の望みだった。

 それを叶える事こそ、忍者(イズナ)本懐(願い)であった筈なのだ。

 

「――応戦しながら後退する! ヒヨリ、ミサキっ!」

「っ、厳しいけれど、それしか無いか――」

「え、援護します……!」

「っ、待ってくれ、皆、話を――ッ!」

 

 ひりついた空気が弾ける、状況が動く。スクワッドが銃口を構え、街道に声が木霊する。

 堪らず先生が声を張り上げるが、その闘争は止まらない。

 一度火の着いた車輪は、燃え尽きるまで回り続ける。

 

「先生のお話を伺いたい気持ちはありますが、まずはスクワッドを無力化致します、全てが済んだ後、きちんと伺いますわ」

「ハルナッ……!」

 

 淡々と、それでいて平然と宣う彼女は何処までも涼し気で。

 先生の手を離れた戦火は急速に燃え上がる。

 

「さぁて、それじゃあ、あなたの相手は私だよ――サオリッ!」

「ッ、くぅ!?」

「っ、サオリ……!?」

 

 一陣の風が、先生の直ぐ横合いを吹き抜けた。

 ミカが全力で地面を蹴り飛ばし、サオリへと突進したのだ。止める間すらなかった、気付いた時には既にサオリとミカの両名は何十メートルと離れた場所で睨み合い、ミカが拳を繰り出し、サオリが辛うじて躱す。その速度は最早、先生の目では捉えきれぬほどに苛烈なものとなる。

 

「突っ込むよ、イズミ! 先生を奪い返してやるんだからっ!」

「わっ、分かった!」

「では、私も行かせて頂きましょうか~」

 

 ミカに続き、美食研究会が動き出す。ジュンコとイズミ、アカリが愛銃を担いだまま駆け出す、それを見たミサキは一瞬、サオリの方に視線を向けながら、しかし即座にセイントプレデターを担いだままサイドアームを抜き放ち、叫んだ。

 

ブロック(阻止)する! ヒヨリ、援護してっ!」

「は、はいぃッ!」

「ミサキ……!」

「先生は其処(後ろ)に居てッ!」

 

 サオリ(リーダー)はミカの相手で手一杯の筈だ、前衛を張れる戦力が、今は自分しかいない。

 ミサキのフロント(前衛)の経験は浅かった、しかし出来ないと泣き言を口にする事は許されない。険しい表情のまま唇を噛み、ミサキは一歩を踏み出す。

 

 ――同時にぬるりと、ミサキの横に影が奔った。

 

「錠前サオリは白兵戦に於いて優れた手腕を持っておりましたが、貴女はどうでしょうか――戒野ミサキ」

「ッ!?」

 

 その声に、ぞわりと肌が粟立つ。

 直ぐ横、数歩踏み込めば手が届きそうな距離に、狐坂ワカモが肉薄していた。

 

 いつの間に接近を許した? 目は、殆ど離していなかった筈だ。

 

 咄嗟にサイドアームの銃口を向け、早撃ちを敢行――腐ってもスクワッド、骨の髄にまで沁み込んだ動作が唐突な奇襲の迎撃を可能とした。

 手首のみで衝撃を逃し、閃光が視界に瞬く。ミサキの持つスームルガーLCRは強装弾を使用し、威力は.357マグナム弾にも匹敵する。一発でも頭部に直撃を許せば、意識を飛ばすだけの威力はある。乾いた音が木霊し、弾丸がワカモ目掛けて放たれる。

 

「―――」

 

 ワカモは、目前で発射された弾丸を冷静に認識し、初弾を首を傾げる事で回避、二発目、三発目は、首、胸元であった為、身体を逸らす事で回避、最後の四、五発目を銃剣で切り払う事で凌いだ。

 振るった銃剣が銀の軌跡を描き、弾かれた弾丸が甲高い金切り音と共に火花を散らす。

 この間、僅か二秒未満の攻防だった。

 瞬く間に撃ち切ったサイドアーム、その銃口から立ち上る白煙を見つめながら、ミサキは愕然とした表情で呟く。

 

「っ、どういう――!?」

 

 反応速度をしているのだ。

 確かに至近距離で、ほんの三メートル足らずの距離で全弾撃ち込んだ。

 だというのにワカモは一発の被弾も許さず、全てを凌いで見せた。それはミサキにとって、理解不能な技量という他ない。

 

 彼女の身体が揺れ動き、ミサキへと手を伸ばす。咄嗟に身構えるミサキだが、サイドアームは弾切れ、セイントプレデターは至近距離で発射する事が出来ない。

 ならば、後は体術で対抗するしかない。

 両手は塞がっている、故に素早く腰を捻り、ミサキはワカモ目掛けて蹴撃を放った。

 大きく踏み込み、穿つ様に放たれた一撃、直撃すれば一瞬意識を飛ばす程度の威力はある。

 

「――それだけの長物、懐に潜り込まれてしまえば不味いでしょう、故に相当近接格闘技術を磨いているやもしれぬと、そう懸念しておりましたが」

 

 しかし、放たれたそれは確かな感触と共に――ワカモの手に掴まれていた。

 蹴りは微かにワカモの胸元を掠め、虚空を穿っている。

 失敗した。

 ぞっと、ミサキの背筋に冷汗が流れる。

 ミシリと、掴まれたブーツの足首が軋んだ。

 ワカモは嘲笑を零し、告げる。

 

「どうやら、杞憂であった様子ですね」

「ッ――!?」

 

 ふっと。

 唐突な浮遊感がミサキの身体が襲った。

 気付いた時、彼女の身体は空中を舞っていた。一瞬記憶が飛んでいたかのように、視界がコマ送りで見える。下方に見える、薄暗い狐面の人影。

 

 そこから分かる事は――自分は、投げ飛ばされたのだ。

 

 ワカモは掴んだミサキの足を力任せに振り回し、上空へ向けて投げ飛ばした。回転し、宙を舞うミサキは揺れ動く視界の中で、必死に歯を食いしばりながら意識を保つ。両の手にある感触、サイドアームも、セイントプレデターも、手放してはいない。それは何度も訓練で教育され、肉体に沁み込んだ本能に近い。

 伊達にスクワッドとして選抜されていた訳ではない。

 ミサキは不安定な空中、それも上下反転した視界の中で――セイントプレデターを構えた。

 

「……!」

 

 照準は碌に定めず、揺れ動く視界の中だと云うのに、正確にロックオンを済ませる。不安定な足場、状態、状況での発射訓練など何度も熟した。発射の反動も、着地の事も考えず、ミサキはその砲口をワカモに――そしてその背後から迫る美食研究会の面々へと向け、グリップを強く握り締め固定する。

 

「げぇっ!?」

「うわぁ!?」

「あら」

 

 構えた方角、ワカモの背後に迫っていたジュンコ、イズミ、アカリが悲鳴とも取れる声を上げる。彼女達から見れば、宙高く投げ飛ばされた彼女が逆さまになりながら砲口を向けて来たのだから然もありなん。

 そんな彼女達を視界に捉えながら、ミサキは思い切りトリガーを引き絞った。

 

「纏めて吹き飛ばす――ッ!」

 

 耳に届く、特徴的な空気の抜ける音。

 セイントプレデターの砲筒から、スムーズに弾頭が飛び出す。

 同時に射出された弾頭が一瞬滞空し、そこからメインブースターが点火。ミサキの視界が緋色に輝き、一瞬その視界を細めた。

 

「――そう易々と、撃たせはしませんわ」

 

 だが、その瞬間を狙っていた射手(スナイパー)が居た。

 

 転がっていた瓦礫に足を乗せ、スコープ越しに弾頭を見つめる後方のハルナ。彼女の視界、スコープのクロスヘア、射出された加速前の弾頭――それらが綺麗に重なった瞬間、彼女は引き金を絞る。

 途端、一条の光が暗闇を射貫き、ジュンコやアカリ、イズミの直ぐ横を駆け抜けた。

 飛来した弾丸は射出された弾頭を見事捉え――ミサキのほんの十メートル程先の宙にて、爆発が巻き起こる。

 

「熱ッ!?」

 

 熱波はミサキの肌を焼き、衝撃がミサキの体を突き抜けた。白煙を纏い、力なく落下したミサキは硬い石畳に叩きつけられ、大きく呼吸を乱し、悲鳴を上げる。

 

「がは――ッ!」

「み、ミサキさん!?」

 

 煤け、穴の開いた外套と共に落下したミサキ。セイントプレデターを抱えたまま、痛みに呻く彼女は動けない。仰向けに倒れ伏した彼女の下へと駆け寄ったヒヨリは、ミサキの意識がまだある事を確認し、その襟を掴んで引き摺り始める。

 ミサキを掴んだまま後退するヒヨリは、アイデンティティを片腕で構え、凡その狙いを付けて発砲した。

 凄まじい反動と銃声が鳴り響き、弾丸は一番近場に立っていたワカモに向けて飛んでいく。流石のワカモも20mmを弾く事は困難だと判断したのか、身を翻し遮蔽に滑り込む。ヒヨリの弾丸は外壁や瓦礫、軍用コンテナすら貫通し、僅かばかりではあるが彼女達の足止めに貢献した。

 ミサキは未だ定まらない視界の中、信じられない心地で呟く。

 

「ぐ、ッ、あの、女、加速前の、弾頭を撃ち抜いたの……?」

 

 ミサキの扱うセイントプレデター、その使用する誘導弾頭は二段式(コールドローンチ式)である。発射と同時に後部のブースターによって数メートル前進し、射手から十分に距離が離れた段階でメインロケットブースターが点火し、対象へと飛翔するというもの。

 それを見切った上で、第二点火――つまり最高速に至る加速が始まる前に弾頭を撃ち抜いたのだ。

 どういう反応速度、いや狙撃精度と弾道予測か。

 それにこの暗闇の中で、こうも正確に、これで先生のバックアップを受けていないと云うのだから、凄まじい技量だった。

 

「っ、み、ミサキさん、立って、立って下さい……!」

「云われ、なくても……ッ!」

 

 ヒヨリはアイデンティティを撃ち続けながら、涙ぐんだ声で叫ぶ。ミサキは自身の震える太腿を思い切り叩き、歯を食いしばりながら前を睨みつけた。

 

「まだ、倒れる訳には、いかない――……ッ!」

 

 ■

 

「ほらほら、守ってばっかりなの、サオリッ!?」

「ち、ぃ……ッ!」

 

 弾丸の様に降り注ぐミカの拳、それをサオリは必死に捌いていく。一発手で受ける度に骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げる。真面に受け止めるのではなく、流すだけでこれだ――万全ではない今、直撃を許せばどうなるかなど、考えたくもない。

 先生の戦闘支援、サポートが無ければ既に自分はこの場に立っていないだろう。視界に映る彼女の攻撃予測線、それに従い最低限の動き、動作で打撃を捌いて行く。

 

「重いの一発、行くよッ!?」

「―――」

 

 大ぶりの動作、視界に表示される極大の脅威表示――それを見た瞬間サオリは全力で後方へと飛び退く。

 瞬間、ミカの拳が地面に突き刺さり、渾身の一撃が石畳の床を粉砕した。振り抜いた風圧で背後の窓硝子が砕け散り、足元にびりびりとした衝撃が伝わって来る。着弾の瞬間に瓦礫が一瞬浮き上がり、サオリは冷汗を流した。

 蜘蛛の巣上に広がった罅を見つめながら、ミカは小さく払う様に手を振り、溜息を吐く。

 

「あー、全然当たんないや……ん? あぁそうだ、こんな所に丁度良い【武器】があるじゃん」

 

 ひらりひらりと、捉えどころのないサオリを前に業を煮やしたのか、ミカは徐に近くにあった街灯を蹴り飛ばすと、中程から圧し折った。

 甲高い金切り音を鳴らしながら傾く街灯、折れ曲がったそれを余りにも無造作に引っこ抜くと、バチバチと電線が千切れる。それを一瞥もせず脇に挟みながら、ミカは片腕で大きく街灯の残骸を振り被った。

 轟、と。

 風が唸りを上げてサオリの頬を撫でる。

 

「これなら、全部まとめて掃除できそうだ……ねぇッ!?」

「っ……!」

 

 盛大な破砕音。

 風切り音を鳴らしながら飛来する巨大な質量、それを前にサオリは死ぬ気で横合いへと身を投げた。

 瞬間、帽子のつば、その僅か先端を掠める街灯だったモノ――振り抜いたソレは直ぐ脇にあった民家に直撃し、外壁が粉砕、窓硝子も、家具も、扉も、何もかもを薙ぎ払い、綺麗な吹き抜けが誕生する。

 飛び散った瓦礫が散弾の如く周辺の家屋に穴を空け、砂塵を撒き散らし、何かが崩れる音が響いていた。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 風圧と衝撃に体を押され、地面を転がるサオリ。二度、三度、硬い石畳の床を転がって、辛うじて停止する。戦慄と共に視線を上げれば、その様子をミカはケラケラと可笑しそうに見ていた。

 

「あははッ! 良いじゃん、良い反応だよサオリ! 前よりも動きが良くなっている気がする! 躊躇いが消えた? それとも体を休めたお陰かなぁ?」

「違う、私は――!」

「何でも良いよ、何だって……貴女が足掻いてくれるならさぁ!」

 

 告げ、拉げ、折れ曲がった街灯をサオリに向かって無造作に投げつける。やり投げの様に放たれたそれを、咄嗟に飛び上がって回避するサオリ。直ぐ足元に着弾したそれは石畳の床を穿ち、細かな破片を飛び散らせる。何かが砕ける音、金属同士の金切り声、サオリは飛来する石片を外套で防ぐ。

 飛び散るそれらを掻き分け、強引に飛び出すミカ。

 振り上げた拳が、サオリに向けられる。

 

「もっと全力で抗ってよ! 抵抗してよ、サオリィッ!」

「――ッ!」

 

 暗闇の中で疾走するミカ――その拳がサオリを捉えるより早く。

 ひとつの人影が、二人の間に飛び出した。

 

「ミカッ!」

「っ……!」

 

 振り抜かんと突き出された拳、それが二人の間に駆け込んだ先生の顔面に向かって繰り出される。

 だが、先生は避けるつもりも、防ぐつもりもない。ミカは全力で繰り出した拳を慌てて引き戻し、その甲斐あって彼女の打撃は先生の鼻先寸前で停止した。

 凄まじい突風に先生の目が細まり、外套が靡いた。咄嗟に拳を止められたのは僥倖だった、そうでなければ先生の首など、簡単に圧し折れてしまっていたに違いない。

 一歩、二歩、蹈鞴を踏んだミカは面食らった表情で呟く。

 

「先生――……?」

「これ以上は看過できない、お願いだ、もう止めてくれ……!」

 

 先の攻防、街灯が地面に突き刺さった時点で此処に駆けて来ていたのか、先生の頬には幾つかの切り傷が見て取れた。

 暗闇の中、ミカと対峙した先生はサオリを背に、必死に叫ぶ。

 

「頼む、今は、今だけは時間がないんだ! 彼女(マダム)の儀式が迫っている、私は、私の役割を果たさなくちゃいけない! 私の我儘でミカが、皆が傷付いた事も、苦しんでいる事も分かっている……! だが、それでも私は、彼女達を切り捨てる事は出来ない……!」

「……先、生」

「頼む、ミカ……!」

 

 ミカが先生を、先生はミカを、目の前の存在だけを見つめる。

 二人の間だけ一瞬、時が止まる。

 

「っ、ミサキ、ヒヨリ――!?」

 

 しかし、停止する二人を他所に、戦況は刻一刻と悪化の一途を辿る。

 屈んでいたサオリがふと、視線を横合いに向けた時、そこには美食研究会とワカモ相手に苦戦するミサキとヒヨリの姿があった。特にミサキは負傷が見て取れ、そう長くは持ち堪えられない事は誰の目から見ても明らかだった。

 

「っ、く……」

 

 サオリは目の前の先生とミカを見る。ミカの瞳は、揺れている様にも見える。だがそれは彼女に限った話だ――美食研究会と災厄の狐は止まらない。

 僅かな間思考を巡らすも、サオリは即座に後退する事を選ぶ。ミカの前に立つ先生の肩を掴むと、抵抗する間もなく勢い良くその身体を引っ張り上げ、一息に担ぎ上げた。

 

「サオ――ッ!? うぐっ……!」

「っ!?」

「すまない先生! これ以上はミサキとヒヨリがもたない、無理にでも後退する――ッ!」

 

 告げ、サオリは先生を担いだまま、一目散に後退していく。

 ミカは咄嗟にサオリへ向け銃口を突きつけるも――しかし、引き金を絞る事が出来なかった。

 その銃口の先には、先生もいる、万が一にでも弾丸が彼に当たる事があってはならない。

 それだけは、許されない。

 ミカは歯噛みし、銃口を逸らすと彼女の後を追って駆け出す。

 それを確認しながら、サオリは二人に向かって声を張り上げた。

 

「ヒヨリッ、ミサキッ! 退けッ!」

「……!」

「えっ、あ、は、はいっ!」

 

 サオリは先生を担いだまま、愛銃の銃口を宙に向け二度円を描き、一度突いて見せた。その動作の意味を理解した二人は、即座に背嚢へと手を伸ばす。乱戦となった今、既に包囲網は崩れている、加えて何故かは分からないが忍術研究部の動きがない――今なら突破出来る隙があった。

 しかし、そうはさせぬと踏み込むワカモ。彼女は遮蔽を一息に飛び越えると、先生を担ぎながら疾走するサオリに目を向け、低く唸る様に叫ぶ。

 

「そう何度も逃がす筈が――」

「――悪いけれど」

 

 呟き、ミサキは静かに動き出す。彼女の背嚢はヒヨリのものと比較すれば決して大きくはないが、小さくもない。小脇にはポーチもついており、ベルトごとポーチを取り外したミサキは、そのチャックを開きながら静かに告げた。

 

「この遭遇戦は、見越していたから」

「っ!?」

 

 告げ、大きく振り被られた、ミサキの腕。

 そこから放たれるポーチ、中から飛び出る幾つもの手榴弾らしき影。空中に散らばったそれらに、全員の視線が吸い込まれる。

 ミカ、ワカモ、美食研究会――それらが追いついて来る可能性は予期していた。故に一度だけ、逃れるための手段、或いはプランを練っていた。包囲された状態では使えなかったが、片側に敵が寄っているこの状況ならば。

 

「ヒヨリッ!」

「――!」

 

 その叫び声と共に、ヒヨリは虚空に投げられた手榴弾、その一つを正確に撃ち抜いた。

 途端、手榴弾らしき影は連鎖的に爆発し、周囲に白煙が充満する。まるで雪崩のように広がるそれに、美食研究会やミカ、ワカモは一瞬にして呑まれた。

 

「うぇっ、え、煙幕!?」

「はっ、何よ、今更こんなもので目晦ましなんてしたって、何の足止めにも――!」

 

 ただの目晦まし――そう何度も同じ手は喰らわない。

 そんな風に思考し構わず白煙を突っ切って突撃しようとしたジュンコは、しかし不意に足を止めた。

 それは顔に感じる、強烈な痛み、熱と云い換えても良い――刺激があったからだ。

 焼けるようなそれに、ジュンコは思わず愛銃を取り落とし、顔を覆いながら悶え苦しむ。

 

「げほッ、ごほっ、な、なによこれ……!? ただのスモークじゃないの……っ!?」

「め、目いったぁ!? うえぇ、けほ! 痛っ、あ、熱っ!? か、顔が!」

「ぐっ、これは、かなり沁みますね……!」

「――催涙ガス、ですか」

 

 煙から距離を取り、口元を覆ったハルナは煙の正体を冷静に分析する。鼻腔を刺激する強い痛み、針で突き刺されるような不快感、焼けるような熱、呼吸も碌に出来なくなり、目尻からは自身の意思とは関係なく涙が零れ落ちる。

 恐らく催涙弾と共に幾つか手榴弾の類も混ざっていたのかもしれない。急速に広がった白煙を前に、ハルナは静かに肩を落とした。

 

「ふふっ、これは一本取られましたわね」

「れ、冷静にそんな事云っている場合じゃないでしょ!? いだ、あだッ! ひーっ! ちょ、コレ、な、何とかしてよハルナッ!? 顔が焼けるみたいに痛いんだけれどっ!?」

「目が開けられないので無理です」

「だぁ~っ!」

 

 叫び、地面に蹲りながら痛みに悶えるジュンコ。それは多少違いはあるものの、イズミも、ジュンコも、ハルナも同じだ。美食研究会の足が完全に止まる、視界も嗅覚も封じられた、この状況で追撃を行う事は困難を極める。

 

「っ、あなた様……!」

「――ったいなぁ、もう……!」

 

 そしてそれは、ワカモとミカも同様だった。

 さしもの彼女達であっても、視界を奪われ喉や鼻に激痛が走るとなると、動きを止めざるを得ない。それでも動こうと思えば動けるが、完全に精彩を欠いている。その状態で軽挙に走る程、彼女達は無謀ではない。

 彼女達の中で唯一難を逃れたのは、忍術研究部の三名のみだった。

 

「先生殿……!? な、何か良く分からないけれど、皆動けないみたいだし、このまま見失うのは不味いよね……!? わ、私達が追うよ、イズナ、ツクヨッ!」

「は、はいっ!」

「っ、承知しました――!」

 

 唐突に広がった白煙、それを避けるように駆け出す忍術研究部。スクワッドを追って、裏路地を通って迂回し追跡を開始する。その姿を、街道を駆けるヒヨリは確かに捉えていた。

 

「に、忍者の人達が追って来ていますよ!?」

「効果範囲外だったか……! リーダー、此処からどうするの!?」

「――このまま旧校舎の地下回廊に向かう!」

 

 上手く包囲網を抜け出せたのは良いが、完全に撒く事は叶わない。この状況で一体どうするのか、そんな問い掛けに対しサオリは先頭を駆けたまま叫ぶ。

 その言葉に、ヒヨリは思わず目を見開いた。

 

「こ、こんな大人数を引き連れてですか……っ!?」

「それ以外に方法が無い! 撒く為の術も、装備も無いだろう!? 催涙弾、閃光弾の類もアレで最後だ……!」

 

 そう云ってサオリは自身の外套、その懐に手を突き込むも、目当ての装備はない。純粋な殺傷目的ではなく、目晦ましや追跡を攪乱する為の装備は、先の催涙弾で最後だった。

 後は単純な力戦、真っ向からの潰し合いしかない――しかし、このアリウス自治区でそれは憚られる。真っ当に当たれば勝ち目はない、そうでなくとも互いに消耗すればアリウスの横やりを許す事になる。それは避けたかった。

 

「先生、何でも良い、少しで良いから連中の足を止められる方法を――ッ!」

「――………」

 

 先生を担いだサオリが苦し気な呼吸を繰り返しながら告げる。

 先生は彼女に担がれた格好のまま顔を顰め、しかし湧き上がる感情を呑み下しシッテムの箱を素早く操作した。

 不意に、スクワッドの視界にガイドラインが表示される。

 

「次の角、右に曲がってくれッ!」

「っ、了解――!」

 

 そのガイドライン、先生の言葉に従ってスクワッドは街道を外れる。裏路地を駆け抜け、隣の旧街道に飛び出した途端――その進行方向に青白い影が渦巻いた。

 それはユスティナ聖徒会の出現する前兆である。

 それを見たスクワッドの面々が怯み、咄嗟に足を止めようとする。

 

「っ、複製(ユスティナ聖徒会)!?」

「て、敵が目の前に――っ!」

「止まるなッ!」

 

 しかし、その怯懦を先生の叫びが掻き消した。

 サオリは一も二も無く先生を信じ駆け抜け、続く形でスクワッド全員がユスティナ聖徒会の直ぐ脇を通過する。出現から実体化するまでの僅かなラグ、その合間を利用し安全に傍を駆け抜ける事が出来るのだ。

 スクワッドの後を追って裏路地から飛び出した忍術研究部は、完全に顕現したユスティナ聖徒会に阻まれ、急停止せざるを得ない。視界の中で、続々とユスティナ聖徒会が出現し始め、彼女達の表情が強張る。

 

「う、うぇっ、敵っ!?」

「せ、接敵します!」

「――イズナが突破口を開きます! お二人とも援護をッ!」

 

 いの一番にユスティナ聖徒会に飛び掛かったイズナが叫び、先頭のユスティナ聖徒会を蹴り飛ばす。打撃音が木霊し、吹き飛ばされたユスティナ聖徒会は近場の民家、その窓へと衝突、甲高い音を立てて室内へと転がり込んだ。

 忍術研究部とユスティナ聖徒会の戦闘が始まった。

 その様子を見ていたミサキは、感心した様な声を上げる。

 

「成程、先生っ、無茶するね――ッ!」

「本当なら、こんな手段は使いたくないよ……っ!」

 

 先生は表情を歪め、歯を噛み締める。

 追撃を仕掛ける部隊に対し、第三勢力をぶつけて時間を稼ぐ――本当であれば、彼女達相手にこの様な策を弄すなど論外だ。ぎちりと、先生の胸が軋みを上げた。

 

「主殿――……ッ!」

 

 徐々に離れていく先生を見つめ、呟くイズナ。

 行く道を阻む様に、ゆらゆらと覚束ない足取りで次々と現れるユスティナ聖徒会――その数は十、二十、三十と数秒毎に増えていく。その影を射貫くイズナの瞳に、強い戦意が宿る。

 躊躇っているだけの余裕はなかった。

 

「時間は掛けません、素早く斬り抜けます! 部長、ツクヨ殿、イズナが撹乱しますので、殲滅を!」

 

 告げ、イズナは自身の愛銃を真上に放り投げた。彼女の愛銃が回転しながら虚空を舞い、空いた両手を素早く結び、イズナは腰を落とす。

 

「イズナ流忍法――ッ!」

 

 結んだ印に微かな光が宿り、イズナを照らした。

 

「――百八式・影分身の術ッ!」

 

 宣言すると同時、イズナの姿が愛銃諸共掻き消え、ユスティナ聖徒会の真上へと出現する。彼女のいた場所には小さな狐の縫い包みが転がり、イズナと縫い包みは入れ替わるようにして一瞬にして移動を果たしていた。

 

 イズナは空中で身を翻し、真下のユスティナ聖徒会に向けて弾丸の雨を降らせる。飛来したそれらが強かにユスティナ聖徒会と石畳を叩き、彼女達が宙を見上げた頃には――既にイズナは姿を消している。

 気付けばまた、同じように狐の縫い包みが宙にて浮かび上がり、イズナ本人は回り込む様にして横合いへと出現している。白煙を引き、愛銃を回転させる彼女は空の弾倉を飛ばし、新しい弾倉を装填しながらユスティナ聖徒会に銃口を向ける。

 

 予測不能な動きによって相手を錯乱し、注目を一点に集める、前だと思えば後ろから、後ろだと思えば横から、横だと思えば上から――空間を最大限利用したイズナの影分身による単独連続攻撃。これこそイズナの誇る忍法、百八式・影分身の術。

 ユスティナ聖徒会の注意は今、イズナが全て引き付けている。

 それこそが、彼女の狙いだった。

 

「これ、すごく痛いから、あんまり使いたくないけれど――相手は幽霊みたいだし、遠慮も、出し惜しみもなし! 最大火力でいくよ、ツクヨ!」

「あ、アレですね、部長、分かりました……!」

 

 イズナが囮として機能している間、後方に立っていた二人は頷き合い、呼吸を合わせる。ミチルは大きく息を吸い込むと覚悟を決め、ぐっと唇を一文字に結んだ。

 

「ミチル流忍法――ッ!」

 

 叫び、印を結び終えると同時に両手を広げ、片袖の内側から細長い円筒を遠心力によって取り出す。それを両の指に挟み、素早く地面に擦り付け発火させ、ミチルは勢い良く振り被った。

 

「――キラキラファイアーの術・改ッ!」

 

 投擲される円筒――円を描きながら飛来するそれは、ミチル特製の焼夷弾である。ユスティナ聖徒会の足元へと着弾したそれは、爆発ではなく巨大な炎を周囲に撒き散らし、暗闇の中で煌々と燃え盛る炎の壁を生み出した。

 しかし、それだけでは決め手に欠ける、地を舐める火は確かにユスティナ聖徒会の足を止めたが、ただそれだけだ。彼女達の身が焼き尽くされるような勢いが、それにはない。

 

「ツクヨっ!」

「つ、ツクヨ流忍法……!」

 

 だが、これで良い――ミチルの役割は、炎を生み出す事だけで良い。

 ミチルが振り返りながら叫べば、既にツクヨの両手には巨大な木の葉が握られていた。

 それを構え、大きく体を回転させた彼女は勢いをつけ、一気に両腕を振り抜いた。

 

「――風切り発火の術!」

 

 瞬間、ミチルとツクヨの間を突き抜け、巻き起こる突風。

 それは地を舐める炎を一気に燃え上がらせ、竜巻の如く周囲を駆け巡る。それに沿う様にしてイズナもまた地を駆け、風の通り道を創り出す。

 

 結果、生まれ出るのは――炎の渦。

 

 一際激しく燃え上がった炎にイズナも巻き込まれた様に見えたが、一瞬で狐の縫い包みへと変貌し、白煙と共に二人の下へと着地する。

 イズナが敵を足止め、誘因し、ミチルとツクヨの合体忍法で諸共殲滅する。

 アビドス事件以降、修行に修行を重ねた彼女達が編み出した、奥義の一つである。

 

 最後に身代わりとなった狐人形、それが炎の渦の中に消えていく。そしてそれは、イズナが齎した最後の一撃に繋がる代物。大火炎を前にポーズを取ったミチルは印を結び、最後にその手で思い切り地面を叩いた。

 

「合体奥義――大花火(オオハナビ)ッ!」

 

 瞬間、炎の渦――その中心が炸裂し、盛大に火の粉が散った。

 周囲の家屋、その窓硝子が軒並み全損し、爆音が轟く。衝撃は炎を吹き飛ばし、凄まじい熱風を巻き起こした。

 イズナの身代わり人形、その中に詰められていた爆薬に引火し内部から凄まじい爆発を巻き起こしたのだ。

 対象を高温の炎壁によって渦に閉じ込め、焼き焦がし、最後に爆発によって吹き飛ばす。その効果は絶大で、渦に呑まれた何十人というユスティナ聖徒会は残らず消滅しており、跡形も残ってはいない。

 暗闇の中でも炎は良く目立ち、爆発した渦は遥か遠くまで火の粉を飛ばし、それが夜空に煌めき大華を咲かせる。その光景が齎す衝撃は、威力以上にスクワッドの精神を揺さぶった。

 

「ひ、ひぇッ!?」

「なに、アレ……!?」

 

 背後で燃え盛っていた炎の渦、そしてそれが散り散りに裂け、炸裂した瞬間を目撃したミサキとヒヨリが思わず目を見開く。まるで生きた様に蠢く炎、とても真面とは思えないファンタジー染みた光景に、言葉を紡ぐ事が出来ない。

 

「まさか、本物か――?」

 

 呟き、サオリは冷汗を流す。此処まで見せられては流石に疑う事も出来ない。忍者など、伝説上の存在、現実に存在しないと高を括っていたが――。

 

「聖徒会の兵力をぶつけて足止めしても、ぜ、全然止まりませんよ……!?」

「前だけを見ろ、振り返るなッ!」

 

 叫び、サオリは兎に角足を動かす。どちらにせよ、彼女達に選択肢はなかった。

 確かに彼奴等は強い、だが今はほんの一、二分程度の足止め、それが黄金に勝る価値を持つ。単純な脚力ならば此方も負けてはいない筈なのだ。

 ふと、サオリの視界に開けた景色が飛び込んで来た。暗闇の中で、等間隔に光る街灯、街道を抜けた先、開けた広場の向こう側に佇む廃れた校舎、それこそ彼女達が目指していた場所だ。

 

「見えた、旧校舎だ!」

「先生、地形把握は……!?」

「――地下回廊は最奥、小聖堂の祭壇壁裏、開閉装置を探す暇はない、壁を壊すんだ……!」

 

 元はトリニティと同じ敬虔な信徒であったアリウス、彼女達の校舎には小さな聖堂が備え付けられている事は珍しくない。先生の言葉に頷いたサオリは、封鎖されていた旧校舎の扉を蹴り開け、一も二もなく内部へと侵入する。

 旧校舎の中は埃っぽく、廊下には降り積もった埃と飛び散った瓦礫片、硝子、いつのかも分からないノートの切れ端や横たわったロッカーなどが散乱していた。それらを踏み越え、廊下を疾走するスクワッド、最奥の小聖堂に辿り着くにはただ真っ直ぐ駆ければ良い。少し走れば木製の、如何にもと云った両開きの扉が目に入り、サオリは銃口を向けると一発、二発と引き金を絞る。

 銃声が廊下に反響し、弾丸は扉のドアノブ部分を吹き飛ばして外側から鍵を破壊する。走る勢いそのままに扉を蹴飛ばし、静謐な聖堂内部へと踏み入った彼女は最奥の石壁、垂れ幕で覆われたそこに向かって叫んだ。

 

「急げ! ヒヨリ、壁ごと撃ち抜くんだッ!」

「は、はいっ!」

 

 頷き、ヒヨリは担いでいたアイデンティティを構え――立射。

 重々しい射撃音を打ち鳴らし、反動が空気を震わせる。ヒヨリの放った弾頭は石壁に突き刺さり、そのまま老朽化していた石壁は粉塵を撒き散らしながら脆くも崩れ去った。ミサキが駆け寄り、垂れ幕を力任せに引き千切れば――視界に映る石の階段。

 地下回廊へと続くそれを見つけ、ミサキはほっと僅かに口元を緩ませる。

 

「本当にあった、隠し通路――!」

「これが、地下回廊への入り口ですか……!?」

 

 これが無ければここで自分達は終わっていた、実在した事にミサキは胸を撫でおろす。しかし此処で悠長に足を止める訳にはいかない、ミサキは外套の胸ポケットに仕舞っていたペンライトを取り出すと点灯させ、行き先を照らす。かなり深い場所まで続いているらしく、光は置くまで届かない。セイントプレデターを背中に担ぎ直したミサキはサイドアームに手を掛けながら階段に足を掛けた。

 サオリは先生を地面に降ろし、愛銃を構えながら今しがた駆け抜けて来た廊下を警戒している。

 

「行くよ、ヒヨリ!」

「う、うぅ、く、暗くて、向こう側が――」

「迷っている暇はない、急げッ!」

「わわっ……!」

 

 ヒヨリが余りにも暗い空間に尻込みするが、サオリの一喝に気圧され慌てて中に入る。ミサキ、ヒヨリ、先生、サオリの順に階段を駆け下り、周囲にはその足音だけが響く。ペンライトの照らす微かな光、それを頼りに只管足を動かし続けると、軈て階段の終わりに近づき、視界に薄らと明かりが見えて来た。

 

「あ、明かりです……! あそこで終わりでしょうか……?」

 

 ヒヨリが微かに元気づき、全員が開けた空間に出る。

 視界一杯に広がる、石の柱が等間隔で並ぶ通路――地下回廊。

 周囲を見渡したスクワッドの面々は、思わず声を漏らした。

 

「これは――」

「何、この通路……」

「ま、まるで異次元みたいです――……!」

 

 罅割れ、崩れ落ちた内壁、その向こう側から覗く――夜空。

 地下であるこの場所から、何故空を仰ぐ事が出来るのか。星々が瞬き、月明かりが差し込む地下回廊は、地上よりも明るいとすら云える。地下で在りながら空を仰ぐ、故に回廊、その言葉の意味を彼女達は理解し、同時に困惑する。

 だが、その秘密を探る余裕も、時間も無い。

 

「っ、もう追いついたのか……!」

 

 階段の遥か向こう側から、微かに誰かの声が聞こえて来た。恐らくミカ達が追いついたのだ。その事に気付き、サオリは声を張り上げながら前方を指差す。

 

「急げ、走るんだッ! 私が殿を務める!」

 

 その声に、スクワッドはまた一斉に駆け始めた。回廊に、彼女達の靴音が響く。

 追いつかれてしまえば終わりだ、もう彼女達を凌ぐだけの余力がスクワッドに残っていない。文字通り、ベアトリーチェと対峙する最後の力だけしか。

 

 サオリは息を弾ませ必死に走る面々を見つめながら、静かに左右に視線を向けた。天井を支えているのは回廊左右に配置された石柱、老朽化によるものか傷も散見され、中には半ば崩れかけているものも見える。額に滲む冷汗を指先で払いながら、彼女は小さく呟く。

 

「この地形――バシリカに至るまで、回廊は一直線」

 

 視線の先、進行方向の遥か先は暗闇だ。崩れた内壁の隙間から差し込む月明かりは完全ではなく、その向こう側までは見通せない。時折横合いへと伸びる通路もあるが、どこへ通じているかは分からない――恐らく、地上の何処かなのだろう。

 サオリはそれとなく観察を続けながら、ふと一本の崩れかけの石柱を見つけた。

 

 走る足を緩め、立ち止まった彼女はその柱を見上げたまま静かに観察を続ける――対角線上にある石柱は僅か抉れ、傾いている。内壁の向こう側から何かが飛来したのか、或いは単なる老朽化か。

 だが、それは重要な事ではない。

 大切なのは、今の自分でも崩せるかどうか。

 

 サオリは一度今しがた駆けて来た方角に顔を向け、それから今なお遠ざかっていくスクワッドを見た。このままバシリカまで到達出来るか――難しい所だ、恐らく途中で捕捉される可能性が高い。そうなればアツコ救出の希望は途絶える。

 

 それだけは、阻止しなければならない。

 

「っ、リーダー、何しているのッ! 足を止めないで、早く!?」

 

 ふと、先頭を駆けていたミサキが足を止めたサオリに気付いた。振り向き、焦燥を滲ませ叫ぶ彼女。ヒヨリ、先生も足を止め、咄嗟に振り向く。

 

「サオリ――?」

「さ、サオリさん、急ぎましょうッ!」

「いいや……」

 

 ヒヨリの言葉に、彼女は緩慢な動作で首を振った。

 幸いにして、設置型のC4爆弾はまだ手持ちがあった。それを外套の裏から取り出し、起爆装置が損傷していない事を確かめ、サオリは顔を上げる。

 

「――この損傷具合なら、手持ちの爆薬でも何とかなりそうだ」

 

 左右の傷付いた石柱、恐らく抉れた内部に爆薬を設置すれば中程から圧し折る事が出来る。それでも足りなければ、最悪訓練場で拾ってきた件の爆弾で吹き飛ばせば良い。数を投げれば恐らく、どうにかなるはずだ。

 そう思案し、彼女は淡々と石柱に爆薬を設置する。その間にも、回廊には別の足音が迫っている――ミカ達が追いつこうとしていた。

 サオリは回廊脇の通路を確認し、直近に迂回路がない事を確かめる。少なくとも地上から別の通路を見つけるにしても、それなりに時間が必要な筈だ。五分か、十分か、或いはそれ以上か、それは分からないが。

 少なくとも、スクワッドがバシリカに辿り着くだけの時間は稼げる。

 

「……ミサキ、ヒヨリ、二人は先生を連れて先に行け」

「えっ、そ、それはどういう――……」

「……リーダー?」

 

 サオリは淡々と、いっそ無機質なまでの声色でそう告げた。

 何か、嫌な予感がした。

 ミサキの肌が粟立ち、妙に心音が騒がしく感じた。思わず一歩踏み出し、彼女の名を呼ぶ。サオリは一度大きく息を吸い、吐き出すと、三人の顔を真っ直ぐ見つめながら、告げた。

 

「――私は、此処に残る」

 

 回廊に、彼女の言葉が木霊した。

 

「は――?」

「な、何を云って――」

 

 ミサキが呆気にとられた様に言葉を失い、ヒヨリがあからさまに狼狽する。

 只一人、先生だけは何かに気付いた様に、サオリへと目を向けたまま足を一歩踏み出した。その視界に、彼女の設置した爆弾が映る。

 

 ――一直線の地形、老朽化した壁と石柱、そして迫り来る追撃部隊。

 

「まさか、サオリ――」

「先生」

 

 それは殆ど確信に近い。

 さっと、先生の顔色が変わる。

 先生ならば気付くと、そう思っていたのか。

 被せる様に、彼女は声を張った。

 口元を覆っていたマスクをゆっくりと外し、神妙な表情で口を結んだ彼女は。

 一度、二度、視線を彷徨わせた後、先生にそっと頭を下げ、云った。

 

「……どうか、頼む」

 

 直後、サオリの足が地面を蹴る。

 スクワッドから、先生から離れる様に身を翻したサオリは、二つの石柱を超える様にステップを踏み、三人から距離を取る。

 その握り締めた起爆装置に指を添えながら。けれど最後に、僅かな微笑みを見せ――サオリは強い覚悟を秘めた瞳を先生に向け、云った。

 

「――アツコを、助けてやってくれ」

「っ!? やめろ、サオリッ!?」

 

 咄嗟に先生が叫び、全力で石床を蹴った。

 伸ばした右の手、しかし、その指先が届くより早く――左右から爆発が巻き起こる。

 立ち並ぶ石柱に仕掛けられたC4爆弾が起爆したのだ。爆発の規模は決して大きくなかったが、老朽化し削れた石柱を圧し折る程度の威力はあった。中程から折れ曲がり、支えを失った柱と天井が次々と崩れ落ちる。視界が土砂と、粉塵に覆われる。

 

「サオリッ!」

「駄目、先生危ない――ッ!」

 

 それでも尚、先生はその雪崩の中に手を伸ばし、足を止めようとしなかった。

 しかし、寸でミサキが先生の肩を掴み、後方へと抱きかかえたまま飛びずさる。強い衝撃と暗転する視界。ミサキは先生の頭を抱きかかえ、地面に蹲って瓦礫片から先生を守った。

 

 轟音、衝撃、風圧――地下回廊に響く破砕音。

 

 そうして降りかかる小さな瓦礫片、土くれ、粉塵、そう云ったものを払い薄らと目を開いた時。

 

 スクワッドの前には、崩れ落ち封鎖された通路が横たわっていた。

 


 

 Twitter(新:X)で投稿していた通り、二日ほど所用で休ませて頂きましたわ~! お陰様で新ストーリーも読めて大満足ですの! 

 三日以上空く時は後書き・前書きか、Twitterの方で事前に連絡致しますので、宜しくお願い致しますわ~!

 新ストーリーで個人的ハイライトは先生がシュロちゃんに殴る蹴るの暴行を受けて血反吐撒き散らしながらユカリを庇っていたシーンですわ。

 嘘ですわ。

 でもいつか嘘じゃなくしたいと思ってしまいますわ~!

 

 ユカリの花言葉が『新生』、『再生』、『思い出』

 レンゲの花言葉が『心が和らぐ』、『私の幸せ』

 キキョウの花言葉が『永遠の愛』、『誠実』、『友人の帰りを願う』

(ワスレ)ナグサの花言葉が『私を忘れないで』、『真実の友情』

 因みにシュロの花言葉は、『勝利』、『不変の友情』だそうです。

 

 名前が花に因んでいた事から何かありますわよね~、と思っていたら案の定ですわぁ~!

 尚、部長であるアヤメの花言葉は、『よい便り』(朗報)、『希望』、『吉報』ですわ!

 はい勝ち~! これは間違いない、愛と希望に満ち溢れた透き通った世界ですわね~!

 

 

『イズナ』

 凄い忍者、実際忍者、固有武器渡した時に、「これで中忍に――」とか云っているけれど、多分もう上忍レベルの腕前だと思う。ホントに忍術を使える凄い奴。新ストーリー見たけれど怪談なんて概念あるし、もしかして本当に忍者って居るの? マジで忍術って存在する? かまぼこ疾風伝ってキヴォトスに於いてノンフィクションの可能性あったりする? わぁ……。

 因みに使用した忍法、「百八式・影分身の術」はカフェで彼女が呟く台詞から。百八式って事は他に忍術が百八個あるのか、それとも百八種類の影分身の術があるのか。なにそれ怖い。身のこなしに関しては彼女の協力もあって、忍術研究部一同、イズナに近しい俊敏性を会得するに至った。これでもう忍者が居ない何て云わせない!

 先生と彼女達が再び同じ道を往く為の鍵は、実は彼女が握っている。

 

 

『ミチル』

 へっぽこ忍者、それでも忍者、心構えならば忍術研究部最強、仲間を想う心は本物。忍術っぽいものは使える、口から火を噴くやつ、ライターの火よりは大きいけれど、忍術……? 忍術かなぁ、ってレベルの忍術。でもよく考えたら印を結ぶだけで口から火を噴けるって結構凄くない? どう考えても普通じゃないよね? もしかしてニンジャから忍者になれる素質をお持ちだったり……? 忍術研究部で使用される忍術道具は彼女考案のものが多い。道具を使っても忍術と云い張ればそれは忍術である。たとえ全力の右ストレートであっても「忍法!」と叫べば、それはもう忍術なのだ。

 自分に自信がないし、強がっていてもそれは虚勢に過ぎず、自分がどれだけ非力な存在なのかは十二分に自覚している。窮地に陥ると仲間を傷つけない為にも弱気になってしまう事があるが、それでも譲れない一線、或いは忍術研究部の仲間の声があれば、どんな苦境だって歯を食いしばって耐えられる、優しくてとても強い子。

 

 

『ツクヨ』

 多分本当の意味で下忍とか、そういう感じの忍者。見つからないという一点に関してはイズナにも勝る天性の才の持ち主。そして身長が百八十センチもある為、フィジカル的には多分忍術研究部最強だと思う。でもキヴォトスって身長低くても怪力な子とか結構いるし、体格って余り関係ないのかな……そうかな、そうかも。でも大きい事は良い事だと思います(断固たる意志)。個人的見解を述べさせて頂くのならばどこかのハスミさんみたいな悪足掻き(百七十九センチ)とするのではなく、堂々と百八十と申告するその心意気を買いたい。ハスミって絶対百八十行っていると思うんです、でも七と八の間には越えられない壁がある気がして、乙女心からマイナス一センチした説を私は推したい。自身のコンプレックスを気にして少しでも小さく見せようとする乙女心は尊い。ツクヨも気にしていっつも猫背だし……素晴らしいですわねぇ~!

 作中で使用した忍術は忍術(体術)である、いつも隠れる時に使っている葉っぱを使って凄まじい突風を巻き起こすというもの。なんかめっちゃ頑張ったら出来るようになった、しゅごい。本人的には「これって忍術、なの、かな……?」という具合だが、ミチルとイズナがキラキラした瞳で「凄いですツクヨ殿!」、「さっすがツクヨ~!」と褒めてくれるので忍術でも良いかなと思っている。

 彼女にとって忍術とは、仲間達との過ごした修行の日々、共に思い悩みながら紡いだ思い出そのものなのだ。

 

 

『ワカモ』

 忍術研究部の名誉部員とも云える立場、ミチルからは「いつか絶対に入部させてみせる!」と意気込まれている。彼女からすると忍術研究部の面々は良き友人、自身の衝動を否定せず、かと云って踏み込み過ぎない程度に接してくれる三人の事を比較的好ましく思っている。ただし、先生と彼女達の間には天と地の差が存在する、しかしそれは先生に対する感情がサンクトゥムタワー並みに高くデカイだけなので、別に彼女達を蔑ろにしている訳ではない。

 スクワッドに対しては不信・侮蔑・憎悪の感情を向けている。自分が守り切れなかった事実も含め、先生に二度と癒えぬ傷を付けた彼女達を受け入れる事が出来ない。スクワッドの事を先生が救いたいと思っている事は重々承知だが、それでも尚、彼女達が再び先生に牙を剥く可能性を考え始末したいと強く思っている。一度目があった、二度目があった、ならば三度目がないと何故云い切れるのか? ほんの僅かでも、その銃口を先生に向ける可能性があるのならば、そしてその切れ味が鋭い(戦闘能力が高い)懐刀であるからこそ、より危険視して遠ざけようとする。

 忍術は一切使用しないが、忍術道具は使用する。何分、忍術が関係なくとも彼女達の作り出す道具は便利なもので。

 

『ミカ』

 ミカ流忍法、街灯ぶん回しの術。

 とても応用の効く忍術であり、「廃車ぶん投げの術」になったり、「瓦礫叩きつけの術」になったりする。周囲の環境によって技が変化する特殊な忍法。

 因みに直撃した相手は再起不能になる。

 まごう事なき忍術(体術)

 因みに毎食ロールケーキだった為、以前より肉体は弱体化(パワーダウン)している。

 全盛期のミカだったら多分、降りた隔壁を素手で破壊して何事も無かったかのようにスクワッドを追跡していた。

 こわい。

 

 サオリvsミカ・ワカモ・ハルナ・ジュンコ・アカリ・イズミ・ミチル・イズナ・ツクヨvsダークライ……レディ、ファイッ!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。