ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

16 / 340
 誤字脱字報告、ありがとうございます。


ベツレヘムの星を信じて

 

 夜のアビドス高等学校、その校舎。薄暗く、明かりも最低限に絞ってある中、その廊下に足音が響いていた。人影は四つ、シロコ、アヤネ、ノノミ、ホシノの四名。彼女達は余程急いで来たのか、所々ヨレた制服と跳ねた髪をそのままに、見慣れた部室の扉を力任せに開けた。

 

「っ、先生!?」

「こんばんは、ごめんね、夜遅くに」

「そんな事、気にしないでください――あんなメールを貰ったら、どんな時間でも飛び起きます」

「それに、こんな時間になってもセリカちゃんが帰って来ませんでしたから、まさかとは思っていたんです」

 

 部室の中には既に、先生が一人で待機していた。青白い光を放つタブレット片手に、真剣な表情で佇む。彼と対峙するように、少しだけ息を弾ませたアビドスの面々が立ち、軽く息を整えながら頷く。

 

「……それでー、先生? あのメールの内容、本当なの?」

 

 一際鋭い瞳で先生を見るホシノが問うた。

 先生は表情を変えず、真剣な面持ちのまま肯定する。

 

「うん、本当だよ――セリカがカタカタヘルメット団に拉致された」

「ッ……!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、全員の顔が強張る。セリカが拉致された――それは先生が皆に送ったメールの内容と一致する。まさかという想いがあった、しかしこんな悪質な冗談を口にする人ではないと、皆が知っている。

 

「先生、それはどうして分かったの?」

「一応私も対策委員会の顧問だからね、生徒がちゃんと家に帰っているかどうかは気に掛けているんだ、それで――」

 

 そう云って、タブレットを操作する先生。開いたのは地図アプリ。生徒達はそれを覗き込み、画面を見つめる。地図上には赤い点が一つ、それも今自分達が居る場所からは随分と遠い場所で点滅していた。ノノミが疑問符を浮かべながら口を開く。

 

「ここは……砂漠化が進んでいる市街地の端、ですよね?」

「うん、因みにコレ、今のセリカの現在位置」

「えっ!?」

 

 皆が驚愕の顔を浮かべ、先生を見た。

 

「悪いとは思ったけれど、セリカがアルバイトからちゃんと帰って来たかどうか位置情報で確認したんだ、そうしたらこの位置が出て来た、これは明らかに普通じゃない」

「……こんな場所、セリカが足を運ぶ理由がない」

 

 シロコが呟き、無意識か小さく唇を噛む。ヘルメット団の所業に怒りを憶えているのだろう。真正面からではなく、日常の中で拉致を行うと云う卑劣な手段、正常な怒りだ。

 不意にアヤネが、表示されたマップを指差しながら口を開いた。

 

「――セリカちゃんの居るこのエリア、以前危険要素分析をした際に、カタカタヘルメット団の主力が集まっていると確認出来た場所です、今はもう廃墟になっていて治安も悪い……隠れ住むなら、うってつけです」

 

 アヤネは嘗て、カタカタヘルメット団に関して片っ端から情報を集めた事があった。何せ執拗なまでにアビドスを攻撃してくる不良集団だ、情報は武器になると考えるアヤネは、その手の情報収集を怠らない。最近は攻勢が激しく防御に回るばかりで余り調べられていなかったが、これまでの情報を忘れる事はない。

 アヤネの言葉にホシノは考え込む様子を見せる。

 

「……なるほどねー、帰宅途中のセリカちゃんを拉致して、自分たちのアジトにご案内――って訳か」

「前回の大攻勢で失敗したから、今度は人質で……って事?」

「そうかもしれないし、単純に戦力を削る為か――兎に角、セリカの身が心配だ」

 

 告げ、先生は生徒達を見渡した。その瞳に、確かな覚悟を宿して。

 

「救出作戦を決行したい――計画(プラン)はもう立ててある」

 

 力強い先生の宣言に、正面に立つシロコが微笑む。ここにきて、否と口にする生徒は居ない。釣られるようにしてノノミ、アヤネも頷き、先生を見た。そこには確かな信頼が込められている――先生ならば、きっと、という信頼が。

 

「流石先生、頼りになる」

「はい、先生が居て本当に良かったです☆」

「それなら急ぎましょう! 夜通し移動すれば、朝までには到着出来る筈です!」

 

 全員が愛銃や遠征の為の準備に奔走する。出発は早ければ早い程良い。

 移動手段は幸い、以前前哨基地を強襲した際に鹵獲した車両があった。あれを使えば、皆に疲労を蓄積させる事無く戦闘まで持ち込めるだろう。

 しかし、皆が準備に退出する中、ひとりホシノだけが部室に残っていた。彼女は椅子に座り、退出した生徒達の背中を眺める先生に向かって、静かな口調で問いかけた。

 

「ねー、先生」

「ん、何だい、ホシノ?」

「――全部、話していないよね?」

 

 その色合いの違う瞳が、先生を真正面から射貫いた。

 一瞬、そのホシノの瞳の輝きに、先生は言葉を失う。それは何と表現すれば良いか、昏くとも輝きを失わず、疑っていながら信頼している。そういう矛盾を孕んだ瞳だった。パイプ椅子に腰掛けた先生の真正面に立った彼女は、淡々とした口調で続ける。

 

「セリカちゃんがカタカタヘルメット団に拉致されたのは本当、位置情報でそれを知ったっていうのも、まぁ、多分本当……でも、それがカタカタヘルメット団の仕業だと断定したのは、アヤネちゃんの云った情報だけじゃない気がする――もっと何か、重要な事を先生は知っている」

「………」

 

 座ったまま、無言を貫く先生。立ったまま、その顔を見つめるホシノ。

 

「先生は、対策委員会に何か、隠し事がある」

「……何故そう思うのか、聞いても良いかい?」

「だって先生」

 

 ふっと、ホシノが口元を緩めた。それは、どういう感情が込められた表情なのか。先生には分からなかった。

 

「――【私達】を見る時、凄く辛そうな顔をするから」

「ッ――」

 

 思わず――本当に思わず、頬に指が伸びた。

 私、という言葉がホシノから出た事に、先生は酷く動揺したのだ。それは、【彼女】の象徴だったから。

 そんな先生の動揺を見たホシノは、からからと声を上げて笑った。

 

「あははー、大丈夫、先生は上手に隠しているよ、少なくとも露骨に出してはいないと思う、気付いているのは……おじさんとノノミちゃんだけじゃないかなぁ」

 

 あとの二人は気付いていないよ、ホシノはそう云って笑みを浮かべ続ける。

 本当に、本当にしてやられた気分だった。もしかしてと、自分がその感情を飲み下せていないのではないかという僅かな不安と、心の隙を突いたやり方だった。

 先生は思わず項垂れ、力ない笑みを浮かべてしまう。

 

「……参ったな、こうも見抜かれるなんて、考えていなかった」

「まー、ちょっとおじさんが鋭すぎるっていうのもあるよ、ノノミちゃんはほら、気配り上手、気遣い上手だからさ」

「良く、知っているよ」

 

 そう云って、先生は口を噤んだ。

 何を云えば良いのか分からなかった。少なくとも、理性が選んだものは沈黙だった。

 

「今回の件だけじゃないよね、先生」

「うん、まぁ……そうだね」

「おじさんには話せない事?」

「話せない、というよりは……話しちゃいけない事、かな」

 

 酷く、悲しそうな顔で先生がホシノを見た。それは、ホシノが初めて見る類の表情だった。寂しそう――ではない、辛そうでもない。ただ、付随する感情の暴発、先生が見せた仮面の奥、その柔らかな本質の発露だった。

 

「これは、私が背負うと決めた、大事な証の様なものなんだ……そんな重荷を生徒に背負わせるような事は出来ない――絶対に」

「………」

 

 先生の言葉は抽象的で、要領を得ない。ただ、それが酷く重く、辛い代物であるという事は分かった。軽く扱えないものだというのも、分かる。

 ホシノは眉間に皺を寄せ、真摯に問いかけた。

 

「……先生が何を背負っているのか、どれくらい重いものなのか、おじさんには皆目見当も付かないけれどさ、一緒に背負いたいって思ってくれる生徒もいるんじゃないのー?」

「――それでも、だよ」

 

 先生の言葉がホシノの言葉を遮った。声は朗らかでさえあった、まるで昼の散歩のついでに口にした様な気軽さがあった。顔を上げ、ホシノを見た先生が優しく微笑む。その顔を見た時、ホシノは息を呑んだ。

 

「こんな思いをするのは――ひとりだけで十分だ」

 

 その顔に映った感情(いろ)を、ホシノは知らなかった。

 どこか退廃的で、刹那的で、絶望の中に希望があり、深い底に沈んで尚――天上に輝く星を掴むような、そんな色。

 まだ、頑張れる。もう少し、踏ん張れる。傷つき、倒れ、その度に立ち上がり、もう少し、あと少しだけと――そんな事を、何百も、何千も、何万回も繰り返してきたような、そんな痛烈な意思を感じさせる瞳が、目の前にあった。

 

 ホシノは先生の瞳を直視できなくなって、咄嗟に目を逸らした。

 先生の持つそれは――ホシノが遠い昔、捨て去ってしまった光そのものだったから。

 目を逸らしたホシノをどう見たのか、先生は頬を掻き、申し訳なさそうに云った。

 

「失望したかい? 皆に最後まで協力すると云いながら、隠し事をする私に」

「……ん、そう、だね」

 

 一瞬、言葉に詰まりながらもホシノは気持ちを切り替える。騙していた――否、隠し事をしていた事に想う事はある。当然だろう。

 けれど、それで先生に対して信頼がなくなるかと云えば、それは。

 

「思う所は、そりゃあるよー、それがもし皆を危険に晒すような隠し事なら、勿論おじさん大激怒、先生だろうとボコボコにしちゃう、皆が反対してもね」

「それはそうだ」

「でも――先生を信じたいって気持ちがあるのも、本当」

 

 そう云ってホシノは微笑む。そこには、確かな信頼があった。先生に対する想いがあった。或いはそれは、信じたいという欲求なのかもしれない。けれど、それでもホシノにとっては大きな一歩だった。

 何度も大人に騙され続けた彼女が――大人である先生を信じたいと、そう思ったのだ。

 

「心の底から先生は対策委員会を助けたいって、そう思っているんだと、それは今までの行動と言動から伝わって来たよ、少なくとも先生は【悪意】を持って騙してくる大人じゃない――それだけは、確かだと思う」

 

 ホシノは、自身の感性を信じていない。どこか悲観的で、退廃的で、自身に対する信頼など既に底を割って久しい。それでも何とかこうして、自分の二本足で立っているのはアビドスの皆が居るからだ。夜な夜なパトロールに出かけ、少しでも自治区の安全を取り戻そうとしているのも、焼け石に水だと理解していながら返済に励んでいるのも、全部、全部――。

 無意識の内に、胸元を掴んでいた。俯き、ホシノは様々な感情を飲み干す。それは迷いだ、先生を本当の意味で信じられるかという、逡巡。

 ホシノはゆっくりと顔を上げ、先生を真っ直ぐ、真剣な面持ちで――けれどどこか、懇願するような色を交えながら、彼女は云った。

 

「ま、これで違いましたってなったら、おじさんの目が節穴だったって事になるんだけれどね? いや、おじさんもそろそろ、何度も大人に騙されるのは嫌だなぁって、だからホラ、先生? おじさんが大人不信にならない様に頑張ってね?」

「大人不信なんて言葉、初めて聞いたよ」

 

「でも――ありがとう、ホシノ」

 

 先生の言葉に、ホシノはにかっと、花が咲く様に笑った。

 

「さぁて、それじゃあおじさんも出立の準備をしてくるよぉ~」

「分かった、私の方は既に支度を済ませてあるから、此処で待機しているよ」

「はいはいー」

 

 肩越しに手を振りながら、ホシノは部室を後にする。そして後ろ手に扉を閉めた所で、ふっと息を吐き出した。

 

「っと、さて」

 

 そのまま準備に赴く――と見せかけて、隣の教室を素早く覗き込む。

 するとそこには、まるで団子の様に連なって盗み聞きを敢行する、アビドスメンバーの姿があった。全員が戦闘準備を済ませ、愛銃と装備を体に括り付けた完全装備。その抜け目のなさに、思わず溜息が漏れるホシノ。

 

「あっ」

「わぁ」

「あ、あはは……」

「ほら、そこの盗み聞き三人衆~」

 

 ホシノが指差しながらそう声を上げれば、気まずそうな顔で立ち上がる三名。いや、ノノミは相変わらず笑顔で、シロコの表情は微動だにしない。申し訳ない雰囲気を漂わせているのはアヤネだけだった。

 

「ん、バレた」

「ごめんなさい、ホシノ先輩が中々来ないから、ちょっと気になっちゃって」

 

 頭を下げる三名に、ホシノは腰に手を当てて苦言を呈す。

 

「まー、確かにそうかもしれないけれどさ、良くないよぉ、そういうのー」

「ごめんなさい」

「すみません……」

「申し訳ないです」

「ん、素直で宜しい!」

 

「――で、皆はどうするの?」

 

 不意に、ホシノは皆に問い掛けた。先生を信じたいという想いはある、しかしそれはあくまでホシノという個人の想いにすぎない。アビドス全体の意思ではないのだ。彼女がそう問えば、三人はそれぞれ顔を見合わせ――それから、何を云っているのだと云わんばかりに笑って見せた。

 

「私は最初から先生を信じている、隠し事があっても先生は絶対に私達を裏切ったりしない、あの人はきっと、そういう人」

「そう、ですね……このアビドスを助けようとしてくれた大人は、先生だけです、多分キヴォトス中からそういう要請が出ているのに、態々こんな遠い場所まで――私は先生の優しさを、善性を信じたいと思っています」

「うん、まぁ凡そ予想通り……それで、ノノミちゃんは?」

「えー、分かっているのに聞くんですか、ホシノ先輩?」

「いやほら、此処は決意表明みたいなものだから」

「なら――私も先生を信じていますよ」

 

 ノノミが微笑み、此処に意見は出そろった。最初から何となく分かっていた結果ではある、心の中でそう呟きながら、ホシノはにっと笑って見せた。そして皆の前で宣言する。

 

「よぉし、それなら満場一致! アビドスは先生を信じる、これで決定!」

「ん、異議なし」

「え、ま、待って下さい、まだセリカちゃんがどうするかは――」

「でも、これからそのセリカちゃんを助けに行く訳ですし、そんな状況で反対出来るとは思えません☆」

「く、黒い! 何か考えが黒いですよノノミ先輩!」

「セリカも意地を張っているだけで、心の底では先生を信頼していると思う……多分」

「まー、シロコちゃんの云う通りかな、おじさんもそう思うよ」

 

 実際、セリカのあれは彼女の意地っ張りな性格が表に出てしまっただけで、本当の彼女は、先生を信頼しているし、恩も感じている。ただ、これまでの過程を――過去を考えてしまって、裏切られるのが怖いだけなのだ。信じた分だけ、裏切られた後の傷は深くなる。だから、信じない、信じたくない、ある程度の所まで踏み込ませても、一番深い所までは踏み込ませたくない。(信じたくない)

 それは酷く、ホシノという少女の根底に似ている。

 

「だから、皆で明日を迎えられるように――セリカちゃんを助けに行くんだ」

 

 呟き、前を見据える。

 皆の揃っていないアビドスなんて、アビドスじゃない。

 誰が欠けても駄目なのだ。

 

「さて、準備は良いかな?」

「……ん」

「えぇ!」

「はい☆」

 

 各々が銃を抱え、気力十分と云わんばかりに声を上げる。そんな愛おしき仲間達を見渡しながら、ホシノは拳を突き上げた。

 

「対策委員会――出撃するよ!」

 


 

 誰が欠けても駄目だと云いながら、自分の身を差し出す生徒の鑑。

 だからアビドスは砂漠に沈んだのだ……。

 

 お待たせ? 待った? 取り敢えずブルアカ存分に走って来ました楽しかったです。

 今後の投稿に関してですが、毎日1万字はきつい事に気が付いたので、二日に一回投稿にしようと思います。天啓が下りたら連日の可能性アリです、あったらラッキー程度に思ってください。時間は八時から、遅くとも十一時頃です。よろしくお願いします。

 何か好きなキャラだと露骨に文量多くなる気がするぅ……ままええやろ。

 皆の好きなご飯シチュエーション、感想欄(性癖博覧会)で待ってるわ!

 

 ムツキはね、普段はおちゃらけて、揶揄っている様に見えるけれど、常に本心をひた隠しにして本当の自分を見せない様にしているんだ。だから真っ直ぐな感情や想いをぶつけられると、とても弱い。どれだけ自分が逃げ回っても、どれだけおちゃらけて躱そうとしても、真っ直ぐな想いは必ず心に響いてしまうから。どれだけ真剣に相手が自分を想ってくれているか分かってしまうから。

 

 だから自分の好意も、相手の好意も、どこか揶揄う様な、馬鹿にするような態度で覆い隠して、『丁度良い距離感』を保とうとする。真剣になればなるほど、真摯であればある程、裏切られた時に、傷ついてしまうから。晴れ着姿のムツキが絵馬のシーンで見せた、先生の真摯な言葉に浮かべた一瞬の哀しい顔。あれがムツキの本質なのだ。

 だからきっと、揶揄うというのは彼女にとっての処世術の一つなのだと思う。彼女は揶揄う事で相手を測っている様な節がある。これくらいやったら怒るかな、とか。これくらいなら大丈夫かな、とか。だからムツキが全力で揶揄う先生や幼馴染のアルは、翻って全力の信頼を預けていると断言できる。彼女にとっての処世術が、本当の意味でいたずらになる瞬間なのだ。

 

 先生に悪戯を仕掛け、一日中振り回した後に、それがバレ、逃げ出す瞬間の一言。

「あーっ、今日はほんっと、楽しかった!」――これだ、この一言に、彼女の魅力は詰まっている。

 

 便利屋とシャーレの交流が深まる中で、恐らくムツキは先生に積極的に絡むだろう。それは単純な先生への興味と云うのもあるが、便利屋の皆と仲が深まる前に、先生がどんな存在かを良く知る為だ。どれだけの悪戯を仕掛けても大丈夫なのか、どの程度の沸点なのか――これは、彼女の絆ストーリーからも察せられる。最初は何て事のない遊び、自分には電気が流れない悪戯。次は、一日中拘束してのボードゲーム(少なくとも二十種類以上)。転換期は、恐らく爆弾収拾が趣味である事が知られた事。

 

 少なくとも一般的ではない爆弾を好むという趣向に、先生が引くでも怒るでもなく、理解を示してくれた事。此処で彼女は決断をしたのだ。それは、次のストーリーで明かされる『一日中悪戯をする』というもの。依頼という体で先生を同行させ、自身のやりたい事にひたすら付き合わせる。恐らくこの中には単純に先生の沸点を見るものもあったと思うが、他にもただムツキがやりたかっただけのものもあると思う。

 そしてすべてがバレた後に放つ、「あーっ、今日はほんっと、楽しかった!」――先生が彼女に心底信頼された瞬間だ。

 

 そんなムツキに真正面から好意を伝えたい。どんな悪戯をしても笑顔で許して、不意に手を引っ張って抱き締めてあげたい。多分最初は目を丸くして、「くふふっ、先生、そんなにムツキちゃんが好きなの~?」と揶揄ってくるだろうから、優しく、けれど強く抱きしめながら肯定したい。

 

 自分はいつも先生に悪戯ばかり仕掛けているのに、少なくとも好かれるような事をした覚えはないのに、そんな自分を好きだと云ってくれる先生にムツキはきっと酷く動揺するんだ。彼女は良く自分で、「可愛いムツキちゃん」と自称するが、それは容姿以外に好かれる要素が無いと自分を卑下している裏返しでもあると思う。そんな彼女を抱きしめながら、ムツキの可愛いところを百個上げていきたい。きっと最初の十個くらいは、「あはっ! 先生、本当に私の事好きじゃん!」と余裕ぶっていたのが、五十を超える辺りでは、「せ、先生、本気すぎ~、あはは……」になって、八十を超えた頃には真っ赤になって黙り込んで欲しい。

 

 多分百個言い終わった後に腕を離そうとすると、ムツキの方から腕を掴んで、そっと先生の胸元に顔を埋めるんだ。その後、どこか拗ねたような、蚊の鳴く様な声で、「もう、百個」と強請るんだ。そうに違いない。

 その事に驚くと、きっと胸元から僅かに上目遣いで、「私の事好きなんでしょ、なら云って、あと百個」と続けて言うんだ。

 それでもう百個言い終われば、ひときわ強く先生を抱きしめた後、ぱっと離れて――「くふふっ! びっくりした? いつも頑張っている先生への御褒美でした~! どう? 嬉しい? 大好きなムツキちゃんに抱き着かれて最高だったでしょう?」といつもの調子で笑いだすんだ。けれど耳元は真っ赤で、瞳はどこか潤んでいる。内心では飛び跳ねる程に嬉しくて、それを表に出さない様に必死なんだ。

 

 多分、先生への真摯な好意を自覚した後でも、彼女は悪戯でしかそれを表現できないと思う。だから時折、先生が腕を広げて、「おいで」と云ってあげる必要がある。ムツキはそんな先生を見て、「あはは! 何、先生、ムツキちゃんを抱きしめたいの~? えー、どうしよっかなぁ~!」と云いながら小走りでやって来てくれる。何なら毎日やっていく内に、段々とムツキの方も慣れてきて、凄く遠回しに催促してきたりする。「先生~、今日のアレ、やってないよ? 忘れちゃったのかな? くふふっ」とか、ちょっと頬を赤らめながら云ってきたら最の高。

 

 先生の胸に蹲っている時のムツキは、いつもの小悪魔的な言動も表情もない、ただ素直に好きな人に甘えて、真摯な感情も好意も発せられるし受け取れる、そんな何処にでもいる少女になるんだ。

 

 こんな形でしか好意を伝えられない自分に、真剣に向き合って愛してくれる人。そんな先生に対して、じんわりと湧き上がる愛情と信頼。ムツキはきっと、本当の意味で信頼して貰うには一番難しくて、けれどだからこそ一等愛が深く、重いと信じている。

 戦闘時に見せるあの凶悪な言動と表情は、その愛の裏返しなのだ。

 

 そんなムツキの前でアルに先生殺させてぇ~。

 

 こころの底から信頼している二人に、絶対に修復出来ない溝を作ってあげてぇ~。

 

 先生がキヴォトスを裏切って、アルに『殺害依頼』を出した後、不眠不休で悩むアルを見て、先生を救いに行くべきかどうか悩んでいるのかもって誤解して欲しい~! アルは絶対抱え込む、ここぞとばかりに抱え込む、みんなに本当の事教えようとかは考えない。いつもなら白目剥いて、「ななな、なんですって~!?」となるアルがガチの本当で苦悩している姿に、ムツキも、「あれ、先生もしかして、本当に不味いの……?」って不安になって欲しい~。いつもは阿呆ほど勘が良いのに、こういう時だけニブニブのニブにしてあげてぇ~。

 

 それでいざシャーレに行くってなった時、例えキヴォトス全てを敵に回しても、先生の味方をするって決めたんだねアルちゃんって笑って欲しい~! アルは何も云わずにでっかい隈を作ったまま、小さく微笑んで、「さぁ、大仕事に行くわよッ!」って虚勢はって欲しい~! 

 先生を助けに行くどころか殺しに行くのに何も知らないムツキちゃん。可愛いね。

 でもいつもは逆の立場だからこれでお相子だよ♡。

 

 それでいざシャーレに突入して、今にも死にそうな先生に向かって大好きなアルちゃんが銃を向けたら、どんな顔するのかなぁ。多分いつもの調子とは違う、本当に戸惑った、焦燥した声で、「ちょ、ちょっと待って!? アルちゃん!? 何してるの!?」って先生の前に飛び出そうとするんだろうなぁ。

 それをカヨコに止めて欲しい~。アルの様子から凡その事情を勘付いていたカヨコに、アルの決断を尊重させてぇ~。鉛を飲み下したような、苦しくて辛くて、それでもやらなくちゃいけないって覚悟決めたカヨコに羽交い締めされて、訳も分からずに本気で焦って、我武者羅に暴れて欲しい。

 まるで先程まで仲間だった大切な人たちが、別の何かに変貌してしまったかのような恐怖を抱いて欲しい。

 

 ハルカはきっと、アルの様子と、先生の銃口を向けられたにも関わらず穏やかな笑みを浮かべているから、様々な事を感じ取って、荒い息を繰り返しながら俯くんだろうなぁ。こういう場面で心の弱いハルカは何も出来ずに、ぼったちになって欲しい欲がある。可愛いね。そのまま先生撃ち殺されるまで良い子で見学してようね、素敵だよ。

 

 あー、この世の悪感情を煮詰めたような顔で先生を撃ち殺すアルに、ムツキは最後まで叫ぶんだろうなぁ。お願いだからやめてとか、どうしてとか、アルちゃんって、何度も名前を呼ぶんだろうなぁ。その度にアルの心が鋼の様になっていくのも知らずに。アルは何だかんだ云って責任感が強いんだ、だからムツキの憎悪も、怨恨の声も、先生の願いも、信頼も、何もかも抱き込んだ上で撃ち殺してくれるに違いない。

 ありがとうって掠れた声で御礼を云った瞬間、先生の頸が弾け飛ぶ様は綺麗なんだろうな。目を見開いて、驚愕と失望と後悔と憎悪とを混ぜ込んだ瞳で崩れ往く先生を見つめるムツキの最後の叫びはきっとショパン国際ピアノコンクールでも優勝できる。

 その後カヨコを力づくで跳ねのけて、叫びながら先生の傍に駆け出すんだろうなぁ。

 そんなムツキを無表情で涙を流しながら見下ろすアルの立ち絵みてぇ~! 一日一悪のノルマに貢献出来て先生も喜んでいるよ。

 

 泣き喚くムツキに背を向けながら、颯爽と立ち去るアル。二人を痛ましそうな目で見つめ、涙を必死に零すまいと唇を噛み締め、その背中に続くカヨコ。無言でぼろぼろ涙を零しながら俯き、荒い息を繰り返しながら先生とアルを見比べ、先生に小さく、本当に小さく頭を下げて、歯を食いしばり、アルの背中を転びそうになりながら追い始めるハルカ。

 その場で先生に縋りついたまま、延々と慟哭を繰り返すムツキ。

 

 先生の死によって便利屋の皆がバラバラになってしまいました、先生のせいです、あーあ。

 

 余談だけれど、この後ってどうなるのかなぁ、やっぱりムツキはアルちゃん殺しにかかるのかなぁ? 私としてはムツキにはアルちゃんを殺す『フリ』をして欲しいなぁ。先生を殺した以上、半端な道は許されないと自分に言い聞かせて、先生の代わりに生徒とキヴォトスを救う義務を負ったアルに、ヘイロー壊す勢いでムツキが殺し合いを仕掛けて、最初は撃退するだけのつもりだったのに、何度も何度も立ち上がって殺しにかかるムツキについ手に力が籠って、致命的な一発を心臓に撃ち込んで欲しい。

 きっとその一発が入った瞬間、「あ――」ってアルちゃんの顔が蒼褪めるんだ。ここまでするつもりはなかったとか、追い返すだけのつもりだったとか、色々頭を過って、けれど至近距離で見つめるムツキの表情は、最期の最後で悪戯に成功した様な、笑みを浮かべているんだ。

 

 先生を殺したからって、アルちゃんを殺す選択肢を取る事も出来ず、中途半端に生きる事にも嫌気が差した。だから同じ、先生を殺したアルちゃんの手で殺されたいって思って、艱難辛苦の果てに遂に彼女の願いは叶うんだ。それと、少しだけ意趣返しのつもりも込めて。自分がアルちゃんを大切にしていると同じ位、アルちゃんも自分を大切にしてくれていたという自覚があるから、そんな自分を撃ち殺した事を、先生と一緒にずっと忘れないで生きて欲しいって感情もあるに違いない。

 自分を信じて夢を追い続ければいつか必ず夢は叶う。良い言葉だ。

 

 ムツキをもその手に掛けたアルちゃんはきっと、呆然とその場に立ち尽くしたまま動けなくなるんだろうなぁ。一人だけならまだしも、二人分。アルちゃんの狭い背中にぎゅうぎゅうに詰まった重荷、正直アルちゃんがどこまで人の死に耐えられるのかは私も分からない。此処で発狂してしまうのか、それとも飲み下す事が出来るのか……。

 

 それはそれとして此処までくると何処まで耐えられるのか見て見たさある。なんか、「この穴、どこまで深いんだろう?」と深い縦穴を覗き込む感じで。

 取り敢えず先生を殺した仇討ちという名目でアルの目の前でハルカとか撃ち殺して欲しい。便利屋を守るために先生撃ち殺したのに、どんどん大切な人が死んじゃうね。元気出して。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。