ブルーアーカイブを、もう一度。   作:トクサン

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誤字脱字報告に感謝致しますわ!
一日遅れて申し訳ありませんの、「インフル流行ってますわね~」とか呑気に過ごしていたら、私がインフルになりましたわ~!
皆さんもマジでお気をつけ下さいまし!


終幕の火

 

「ベツレヘムの星、生徒達のラビ……この様な輝きを、その力を持つ大人が、何故、こうも――」

「ベアトリーチェ」

 

 対峙するベアトリーチェと先生の視線が交差する。花弁に彩られた瞳の中には、動揺と焦燥が滲んでいた。

 そうだ、彼はいつだってそうだった。

 この大人は、先生は、自身の想定を必ず上回って来る。その時、その一瞬は弱々しく、小さな光だと云うのに、対峙した瞬間、余りにも小さな可能性を彼は必ず掴み取る。どれ程無理だと思われても、不可能だと語られても、それでも彼の者は挑戦をやめず、諦める事を知らない。

 

 ――それは運命に似ている。

 

 マエストロの云う様に、或いはゴルゴンダの表現した様に、彼が関わった瞬間にその道筋が、在り方が大きく変質するのだ。それは悍ましくも輝かしく、ベアトリーチェにとっては羨望を覚える程の圧倒的な力の片鱗だった。それは肉体の強弱に依らない、世界を云々する事が出来る力だ。

 世界(運命)を変える、絶対的な力だ。

 

「子どもが搾取される世界が肯定される真実など私は到底受け入れられない、その様な理由が存在しているというのならば、私はその理を正面から否定する――未だ名も無き小さな光、未来(生徒)を犠牲にして得られる力を、私は認めない」

 

 先生の腕が、サオリを強く抱き締める。傷だらけで、血と汗と砂利に塗れ、今尚暗闇の中で足掻き続ける彼女を。

 子ども達が苦痛と絶望の中で涙を流し、犠牲にされ続ける世界など絶対に認められない。それを否定する為に、自身は此処まで歩き続けた。たった一人でも、ほんの僅かな光でも、喪わない為に。

 自身の思い描く、幸福な未来の為に(生徒皆が、笑い合える世界の為に)

 

「二度と、二度とだ――ッ! その捻じれ曲がった思想を私の生徒に聞かせるな……ベアトリーチェ!」

「……ッ!」

 

 その声が、バシリカに響き渡った。

 鋭い刃の様な両目がベアトリーチェを射貫く。痛みすら覚える視線の強さに、彼女は思わず花弁を覆い、天を仰いだ。

 

「あぁ、先生、高潔で哀れな救世主よ……!」

 

 アリウスと先生を覆う巨躯、その影がゆっくりと揺らぐ。

 それは紛れもない、感傷だった。

 

「子どもに世界は救えない、弱者に明日は訪れない、ならば何を排しても力を得る事こそが大人の役割……! 強者に成る事こそが、頂きに至る為に必要な条件! あなた程の人間が、何故それを頑なに理解しようとしないのですか……ッ!?」

「弱者を切り捨てた未来に何がある!? 小さな光すら失った世界に、一体何の価値が――!?」

「世界は残りますッ! 世界と云う万物の器が……! その世界に君臨し、また良き世を創れば良い! 絶対者ならばそれが出来ます、そう、あなたの様な絶対者ならば――!」

 

 絶対的な力を持つ存在ならば、それを為せる。例え世界が荒廃しようとも、多くの犠牲が生まれようとも、そこからまた創り直せば良い。世界を救う為ならばどれ程の犠牲であっても許容されるべきだ――それこそが強さ、それこそが大人の役割、他者の命を左右出来る圧倒的な存在。絶対者に至る事こそ、彼女の本懐に他ならない。

 ベアトリーチェの手が先生へと伸びる、その指先を見つめながら彼は顔を顰めた。其処には滲み出す様な憤怒が存在していた。

 

「――そんな事の(絶対者に至る)為に、彼女達を犠牲にしたのか……ッ!」

 

 己の大願を成就させる為に――。

 幾人もの無垢なる生徒の希望を奪い。

 その心を偽りの教えで染め上げ。

 空と陽の光を奪い。

 底なしの陰の中へと引き摺り込んだ。

 それは余りにも傲慢で、悪辣な行いであった。

 

「その通り――ッ!」

 

 それを、彼女は肯定する。

 為して来た行いに何ら恥じるものは無いと、痛痒も感じぬと、彼女は高らかに叫んで見せた。その花弁には、何の後悔も悲壮も浮かんではいない。

 

(絶対者)に全てを捧げ、(絶対者)の為に生き、(絶対者)の為に死ぬ……そうです! それこそが、真なる献身(子羊)というもの! その生に意味など無く、全ては虚しく無意味なもの! それこそが子どもにとって最大の幸福であると(幸福を知らぬ事こそが幸福であると)知らずに! ――何故それが分からぬのですッ!?」

「どこまでもッ……!」

 

 ミシリと、先生の握り締めた拳が軋みを上げた。その額に青筋が浮かび上がり、全身を燃えるような熱が駆け巡る。ぶわりと、その毛が逆立ち瞳の奥に剣呑な光が宿った。それは生徒の可能性を、その光を否定する行為だ。あらゆる可能性を、道を摘み取る行為だ。

 踏み出した先生の足が瓦礫片を踏み砕き、彼は怒りと共に咆哮を轟かせた。

 

「――どこまで行っても、お前(あなた)は外道のままで在り続ける!」

「――そうですッ! これこそが私!」

 

 見開かれた無数の瞳が、絶叫と共に光を灯した。

 外道、邪道、非道、大いに結構。目的の為ならば手段を選ばず、自身の大願の為であればあらゆる犠牲を容認する。其処に至るまでに築き上げた屍が、無数の犠牲が、軈て彼女の道を証明するものとなるだろう。

 その上に立ち、世界を統べるものこそ大人(わたし)だ。

 彼女の思い描く、大人の為の世界だ。

 

「あなたは云った、私は愛を求めていると、否、その様なものを求めているのならば、この身に宿るはたった一つ――自己愛のみ!」

 

 自身(ベアトリーチェ)が持つ愛、もしそんなものが在るとするならば、それは自己愛以外にあり得ない。彼女はそう断言する。

 他者を顧みず、犠牲を顧みず、自身の思うがままに振る舞い圧倒的な力で以て全てを為す絶対者――それこそ自身(ベアトリーチェ)の在るべき姿だ。

 子どもに意味を与える唯一無二の存在、全てを捧げ、絶対の貴ぶべき存在。

 その愛が他者に与えられる事など在り得ない。

 超越者とは、絶対者とは、孤高なる者だからだ。

 

 故に――。

 

「私は、私の道を往き、その願いを成就させるッ! それ以外のあらゆる物事は全て些事! 全てを犠牲に、その骸で築き上げた道の先で、私は世界を救う存在へと昇華するのですッ!」

 

 数多の屍の上に立ち、築き上げた犠牲の頂きに立った、その瞬間こそ――自身の在り方は肯定される。己の正しさは証明される。世界を救い、遍く子どもに己を仰がせた時、幼き頃より求め続けた大願は成就する。

 

 彼女はそう、信じている。

 

「私は、その為に此処にいるのです(この世に生を受けた)ッ!」

「―――ッ」

 

 叫び、彼女が月光を仰ぎ手を伸ばした瞬間――爆発的な力の波動が生まれた。

 

 それは肌を打つ強烈な威圧感、風と共に流れる悍ましい気配、世界が一気に深紅へと引き摺り込まれ、バシリカ全体が赤に染まる。降り注ぐ月光がベアトリーチェを照らし、その輪郭が煌々と輝き始めた。

 

「っ、これは……」

「な、何ですか!?」

「――周囲が、昏く……?」

 

 唐突な変化、世界の変貌にスクワッドは戸惑いを露にする。周囲から光が、その輝きが消えていく。徐々に深い闇へと落ちていく世界、その中でベアトリーチェだけが煌々と輝いている。

 狼狽するスクワッドを一瞥もせず、ベアトリーチェは真っ直ぐ先生を睨みつけながら宣言した。

 

聖人(先生)ッ! 御覧なさいッ! これが私の最期の輝き……ッ! あなたの幕引きに相応しい、正真正銘最大の絶望を今、私自らが与えましょう――ッ!」

「……!」

 

 彼女の掲げられた両腕、その掌、身体全体から滲み出る紅――それらが帯のように収束し、収斂し、巨大な渦を巻き起こす。それはいつかの再現、アビドスで放たれた彼女の渾身の一撃と同じ代物。

 しかし此処は彼女の持つ真の領域、加えて断片とは云え色彩の力を得た彼女の行使する力は莫大である。その権能も、神秘の欠片も、溜め込んだあらゆる力を放出し、彼女の云う通り最大にして最悪の一撃を現実のものとする。

 

『先生ッ! 強力なエネルギー反応が、ベアトリーチェの手に集中して……っ!』

「――!」

 

 シッテムの箱から、アロナが悲鳴染みた声を漏らした。

 それは局所的な嵐に近い。

 凄まじい熱風がベアトリーチェを中心に吹き荒れ、空気の流れの中に火の粉が散り始める。掲げられた両腕の中に生まれる深紅の球体、それを渦巻く様に巻き起こる風、伝わる波、肌を焼くそれらを前にスクワッドは戦慄と共にベアトリーチェを見上げるしかない。

 風は益々勢いを増し、吸い込む空気は肺が焼ける様だった。咳き込み、先生は歯を食いしばりながら佇む。

 

()は此処に、呪いを、恐怖を、神秘を、素晴らしき赤なる円環を此処にッ! 万物の主は此処にッ! その栄光は全地に満つ! 瞬き! 明かり! 輝き! 煌めき! 我が崇高に至る導きをこの身に――ッ!」

 

 頭上より注がれる月光が徐々に、徐々に絞られて行く。

 まるで月光を吸収していくように、彼女の深紅は鮮やかさを増していく。

 月が、消える――それは傍から見れば幻想的で、非現実的にも思える光景だ。月光を織りなし生み出される力、そうして生まれた完全なる深紅の球体を前に、彼女は歓喜と共に叫んだ。

 

「この花弁は色彩へ至れり――ッ!」

 

 地面を抉る様な衝撃波――或いは灼熱の風。

 一際強いそれらがスクワッドと先生を襲い、咄嗟に全員がその場で屈む。ベアトリーチェの背負った赤の円環が輝きを増し、まるで生き物のように脈動を開始した。鼓動の如く蠢くそれ、耳を打つ音が不気味さを加速させる。暗がりの中で、彼女の円環だけが光を放ち続けていた。

 

「ッ、あれは一体何なの……!?」

「わ、分かりません! で、でも、あの光、凄く熱くて――!?」

「ぐっ……!」

 

 銃を抱えたまま彼女達は呆然と呟く。深紅に染まったそれはエネルギーの塊、文字通り彼女が全力を費やした代物に他ならない。球体から伝わる力の波動は途轍もなく、あれを受ければ何者であれ只では済まないと分かる。

 いや、掠めるだけで致命傷になるかもしれない。アレを受ける事は絶対に避けなければならないと、彼女達の本能が叫んでいた。挑む事自体が間違いだ。

 

 ――それは、太陽に挑むに等しい。

 

『こ、この規模は……!? 先生、あの光は危険ですッ! 直撃を許せば、建物周辺どころか一帯が崩壊するレベルのエネルギー量が――!?』

「――そんな事」

 

 告げ、先生は顔を上げた。

 

「絶対に、許すものか――ッ!」

 

 声はベアトリーチェに届いた。仰いでいた視線を落とし、先生を見つめる紅の瞳。掲げられた指先が、ぶるりと震えた。

 

「力に貴賎は無く、どの様な手段で在っても得られる色に偽りはない! 故にこそ、私は貴方を打倒し、その頂きに至るッ! 私こそが、この世界を統べるに相応しい存在なのだと……ッ! 世界(あなた)自身に証明するッ!」

「貴女は一線を越えた――私の生徒達を、その根底を傷付けたッ! その罪を裁く等とは云わない、だが……」

 

 その指先が。

 先生の血と泥に塗れた指先が、ベアトリーチェを指した。

 

「――相応の報いは受けて貰うッ!」

 

 叫び、先生はシッテムの箱を叩く。瞬間、先生を中心に光が迸り、スクワッド三名のヘイローが光り輝いた。手足に走る痺れ、同時に嘗てない程の充足感を覚える。今までとは違う、何か深く繋がりを得た様な、そんな感覚。

 先生は紡がれた光を横目に、高らかに宣言した。

 

「私の全てを、君達に託すッ!」

「――!」

 

 声は、嵐の様な暴風の中でも確かに響く。先頭に立った先生が外套を激しく靡かせながら、前を見据え声を張る。

 

「これが最後の一撃だ! 私達も、そしてベアトリーチェ(彼女)もッ! この一撃で全ての結末が決まる!」

 

 肌を撫でる熱風、臨むは深紅の太陽。

 瞳を焦がす様な圧倒的な光。

 しかし、それを前にした先生の表情に恐れはない、躊躇いも無い。

 この場に集ったちっぽけな光だけを抱え、この困難を、絶望を乗り越えられると信じている。サオリを見下ろし、それから背後に佇むヒヨリとミサキを視界に捉え、先生は薄らと笑みすら浮かべて云って見せる。

 

「大丈夫、私は君達を信じている! どんな瞬間も、どんな時も、皆ならば乗り越える事が出来ると信じているッ! だから――」

 

 その双眸に込められているのは、何処までも深い信頼。こんなちっぽけな自分達に何を、そう思い、戸惑ってしまう程の。それを切り、先生は自身の胸元を強く叩いた。

 

「皆も、私を信じてくれ――ッ!」

 

 想いは、確かにスクワッドに届いた。

 

「行こう、皆――ッ!」

『制限解除・給電モード変更――フルチャージ(最大送電)

 

 声がした、機械的で淡々とした音声だった。

 黒く染まった義手が蠢き、掴んでいたシッテムの箱と通電する。義手内部に存在する給電機構が稼働を開始し、その電力のバックアップを開始した。シッテムの箱、その充電残量が急速に回復し、グリーンランプが宿る。

 ベアトリーチェの放つ一撃、絶対的なそれを防ぐ手段を、先生は一つしか持っていない。

 故に先生は、粛々とその瞬間を待つ。

 

「消え去るが良い聖人(先生)、我が生涯の宿敵、我が敵対者(アンタゴニスト)よ――!」

 

 円環がゆっくりと回転する。強烈な熱波を放っていた深紅の球体が奇妙な音を立て、一段、二段、三段と縮小を開始した。赤に染まった世界が徐々に暗闇の中へと戻っていく、しかしそれは決してエネルギーが分散した訳ではない。

 収斂し、凝縮しているのだ――あの巨大な太陽と比較すれば小さな、ほんの小さな手の中に。

 天蓋を覆う程の大きさを持っていたそれは、何重もの縮小によって彼女の掌サイズへと押し込まれる。先生達からすれば人の頭程の大きさに、ベアトリーチェからすれば硝子玉程度の大きさに。

 

 ――光は潰え、夜が来る。

 

 月明かりすらなく、暗闇に支配された世界の中で、彼女の手の中にある深紅だけが淡い輝きを放っていた。ゆらゆらと揺らぐ紅、その小さな光をゆっくりと、彼女は握り締める。深紅を覆う様に、その掌が光を覆い隠す。

 

 瞬間、訪れるのは完全な暗闇。

 

 崩れ落ちた内壁の向こう側、罅割れたステンドグラス越しに見える星空、それが唯一の光源。静寂が周囲を支配し、その中でベアトリーチェの声だけが、僅かな寂寥感を滲ませ響いた。

 

「――これが手向けの一撃と知れ」

 

 暗闇の中で光る、彼女の紅瞳。

 そして、ゆっくりと――世界に光が差し込む。

 ベアトリーチェが緩慢な動作で掌を開き、その指先を先生に向けた。

 

 

 ――La Vita Nuova.(新生)

 

 

 轟音、爆発、衝撃――視界一杯に迸る深紅の極光。

 それは遮るもの悉くを焼き払い、直進する破滅の光。ベアトリーチェの存在そのものを削り取って放たれる、文字通り二度と放てぬ最期の一撃であった。

 その威力はこのバシリカだけではない、アリウス自治区そのものを灰燼と化す可能性すら秘めており、生徒で在ろうとも問答無用でヘイローを破壊するだけの力がある。先生を、己の敵対者を屠るまで、或いはその周辺一帯を焼き尽くすまで、この光の破壊は止まらない。光は先生とスクワッドを強烈に照らし、全員の影が濃く床に伸びた。

 

「き、来ましたッ!?」

「く……っ!? リーダーッ!」

「ッ……! せめて、先生だけでも――」

 

 サオリはその様な光景を目にしながら、素早く思考を回す――迎撃は不可能、回避も不可能、防御も不可能。極光に目を焼かれながら、しかしスクワッド達は咄嗟に動き出す。サオリが先生の胸元を掴み、覆い被さろうと体を起こした。無駄であると理解して尚、動かずにはいられなかった。

 だが、その傷だらけの手を掴み、押し留める存在が居た。

 先生だ。その力強い手に、サオリは目を見開く。彼は腕の中に居るサオリ、そして背後に立つスクワッドを肌に感じながら、叫んだ。

 

「アロナァッ!」

『ッ――防壁を展開します! 最大、出力ッ!』

 

 合図と同時、生成される青白い防壁。

 生徒と先生の前面に、半円球の光の膜が生み出され、ベアトリーチェの放った深紅と一瞬にして衝突した。途端、内部に伝わる凄まじい衝撃、爆音、そして周辺へと飛び散る紅の極光。それらはバシリカの床や壁を容易く貫通し、赤熱した痕だけを残す。衝撃波がスクワッドと先生を襲い、ミサキとヒヨリは堪らずその場に転がる。サオリは先生を掴みながら顔を逸らし、先生もまたサオリを抱えたまま低く姿勢を構えた。

 臓物が持ち上がり、胃が裏返る気分だった。

 

「ぐ、ぅうううッ!?」

「ッ、せ、先生――……!」

 

 腕の中に抱えたサオリから、自身の名を呼ぶ声が聞こえた。

 防壁越しに感じられる、全身を焼く様な熱波。閉じてしまいそうになる視線を下げ、シッテムの箱、その画面を確認すれば凄まじい勢いでバッテリーが消耗していく。ロイヤルブラッドを捧げ、神秘の欠片を用い、権能すら捧げた一撃というのは伊達ではないらしい――この一撃に限って云えば、先生の知る中でも最上位に近い一撃であった。

 調印式に撃ち込まれた誘導弾頭、あれすらも凌駕する。

 

「っぅ、これ、先生が防いでいるの……っ!?」

「う、ぐぐッ! な、何が、どうなって……!?」

 

 ヒヨリとミサキの面々は風圧と熱波に顔を背け、地面に這いつくばる様にして何とか吹き飛ばされない様に堪え続ける。少しでも気を抜けば、途端に足が地面から浮いてしまう様な突風だった。彼女達は何が起こっているのか理解していない、絶望的な光が放たれたと思った瞬間、自分達を守る様に展開された青白い光の壁。それらが極光と衝突し、致命的な未来を防いでいる。

 二人は困惑と焦燥に駆られながらも、しかし視線は前を捉えていた――サオリを抱え、自分達を庇う様に立つ、小さくてちっぽけで、けれど力強い背中を。

 先生から伸びる濃い影が、二人の顔を覆っていた。

 

『急激な温度上昇検知、排熱処理を開始します』

 

 身に着けていた義手が音声を発し、その外装が音を立てて展開し内部を露出させる。同時に蒸気を噴き出し、冷却装置が全力で稼働している事が分かった。シッテムの箱に表示される充電残量は、減少した傍から義手が補填している――しかし、消耗が余りにも急激である為給電機構が悲鳴を上げていた。

 同時に、処理限界が近付く。

 

「ぐ、ぎッ、ぃ――ッ!?」

『せ―…ん…―っ!』

 

 シッテムの箱からノイズ混じりの声が聞こえる。

 しかし、何かを応答するだけの余裕が無い。声の代わりに、口から押し殺した悲鳴が漏れた。

 食い縛った歯の隙間から血が滲み出し、先生の肉体が悲鳴を上げ始める。それは極光の熱波によるものではない、先生の肉体――その崩壊が始まる音だった。ベアトリーチェの放った渾身の一撃が、アロナの余力を限界まで削いでいたのだ。それこそ、アロナの処理が先生の生命維持に支障を来すレベルまで。

 シッテムの箱に生命維持の全てを委任している先生の肉体は、彼女の補助なしでは生きられない。演算処理に僅かな遅延が発生したその瞬間、先生は臓物を毟り取られる様な苦痛を受ける。

 

 ――地獄の時間が始まった。

 

 それは最初から分かっていた事だった。防壁を最大出力で展開した時点でアロナの処理能力は大部分がそちらに割り振られる。あの調印式会場で受けた攻撃ですら防壁の展開に恐ろしいまでの負荷が掛かり、シッテムの箱はダウンした――瞬間的な負荷で云えば向こうが上だが、此方は徐々に徐々に死が近付く恐ろしさがある。先生の生命維持を行いながら防壁を展開する事は、かなりの難度を誇るだろう。

 つまりこれは、シッテムの箱のバッテリーが尽きるか、先生が絶命するか。

 その前に、ベアトリーチェが力を使い果たすか。

 実に単純な――根比べだった。

 

「せ、先生!? どうしたんだ……!? 一体、何が――ッ!?」

「だい……じょう、ぶ――ッ!」

 

 サオリが、急変した先生の状態に気付き声を上げた。奇妙な光が周囲を包み込み、あの破滅の光を防いだと思った瞬間、先生が血を流し始めたのだから然もありなん。その動揺は手に取る様に分かった。

 口から滲む赤を垂れ流し、先生はほんの数秒の間で急激に悪化した顔色を光に晒す。今この瞬間にも、先生の臓物は破壊と再生を繰り返す。その痛みと苦しみは筆舌に尽くし難い、拷問と表現しても間違いないだろう。

 しかし、そんな状況に在りながらも先生は決して俯かない。手にしたシッテムの箱を見つめながら、必死に言葉を絞り出す。

 

「防壁を、緩めるな、アロナ……! 何が、何で、も……ッ!」

『――ッ!』

「私は、絶対……に――ッ!」

 

 腹の底から絞り出すような声、せり上がる血液が先生の声を濁らせ、その歯を真っ赤に染める。犬歯を剥き出しにして想像を絶する痛みに、苦しみに耐え続ける先生を、サオリは愕然とした表情で見上げていた。

 先生に抱き締められた彼女の頬に垂れた血液が付着する。震える指先でそれに触れたサオリは、瞳を大いに揺らした。

 

『フレーム温度上昇、バッテリー容量の急速な減少を検知、機能維持に問題発生、救難信号発信後、三十秒後にシャットダウン処理、り、りり――……』

「ぐゥッ――!?」

 

 がくんと、急激に義手の重量が増した気がした。見ればシッテムの箱を握る指先が、殆ど緩やかにしか動かなくなっていた。義手の内部バッテリーを全て吐き出し、セーフティモードが発動していた。抱えていたサオリ諸共その場に膝を突き、背を丸める先生。

 そして、一際強い衝撃と痛みが去来する。

 

「ごぼッ、お、ぐ――ッ!」

『せ―…せ――……ッ!?』

 

 一瞬、心臓が動きを止めた。

 頭を揺さぶられたと錯覚する程の凄まじい眩暈、強烈な悪寒、腹の中に腕を突っ込まれ、かき混ぜられるような不快感と苦痛。それらが一斉に先生を襲い、堪らず項垂れ吐血する。嘔吐感から吐き出された血は赤黒く、唇を伝って地面と橋を作る。直ぐ傍に吐き出されたそれに、サオリは顔を蒼褪めさせ思わず先生の肩を掴んだ。

 

「っ、せ、先生!? おい、先生! 確りしろッ!」

「ぅ、ぐ――……!」

 

 刻一刻と失われて行く己の生命(残電力)、義手の電力を使い果たし、後はシッテムの箱のみとなった。それを見つめながら、しかしそれでも尚希望を捨てる事は無い。先生はサオリの背中に手を回したまま、跪き、シッテムの箱を掴み続ける。

 サオリが先生の項垂れた体を抱き締め、必死に叫んだ。それは苦痛と悲壮に塗れた声だった。

 

「駄目だ、もう良い! もうやめろッ! この光は先生が作っているのだろうッ!? これを解けッ、私が、私達が先生の盾になるから――ッ!」

「―――……」

 

 このままでは、先生が死んでしまう。そんな動揺が透けて見える様な声色だった。

 そんな想いと共に放たれた言葉に対し、先生は何も答えない、応えられない。

 そんな事、認められる筈もないのだ。

 緩く首を持ち上げ、サオリを見上げる先生は心の中で呟く。

 アロナが防壁を解けば、自身は間違いなく蒸発し、スクワッド諸共葬り去られる。例えスクワッドが肉壁になろうとも、先にその肉体が崩壊するだろう。何より、そんな事は先生自身が望まない。

 だからこそ、堪えるしかない。

 堪えて、堪えて、堪えて――耐え抜いた先に、きっと道がある筈だから。

 

 この防壁は、自身が絶命するまで決して解かない。

 

 しかし、幾ら精神的に折れずとも、先に肉体が限界を迎えようとしている。先生の意識は朦朧とし、その目元には青黒い隈が浮かび上がった。懸命に意識を繋ぎとめようと瞼を押し上げる。苦痛に意識が覚醒し、次の瞬間にはぐらりと揺れる、そんな事を数秒の合間何度も繰り返した。

 この苦痛は、あと何度続く? あと何秒耐えれば終わりを告げる? 見えない終わりが、肉体を衰弱させていく。終わりのない痛みが肉体に死を選ばせようとしていた。

 

「―――」

 

 ふと、視界に影が過った。

 最初、先生はそれを単なる幻覚だと思った。頭上を浮遊するそれは、奇妙な形をしたドローンの様で、花のように羽を開き緩やかに回転している。それは淡い光を発しており、赤く染まった世界の中でも辛うじて目視出来る存在だった。

 はっと、サオリもまたその存在に気付く。スクワッドも地面に這い蹲った状態のまま、先生の傍で揺蕩うそれ(ドローン)に気付いた。

 

「ッ、敵――!?」

 

 いの一番に反応したのはミサキ。彼女は這い蹲った姿勢のままセイントプレデターを地面に押し付け、逆の手でサイドアームを抜き放とうとした。未確認の奇妙なドローン、全員が吹き飛ばされそうな熱風の中で、平然と宙に浮かぶそれは余りにも異質、警戒するなと云う方が難しい。

 しかし、ミサキがその銃口を突きつけるより早く、ドローンは円形のリングを発生させ、先生に――スクワッドに柔らかな光の帯を発した。それは緩やかに全員の身体へと纏わりつき、沈む様に消えていく。ミサキは咄嗟にそれを振り払おうとして、しかし自身の腹に落ちて来る暖かな感覚に目を見開いた。

 

「っ、な、何、これ……?」

「あ、温かくて、気持ち良い、様な……」

「――……」

 

 灼熱と轟音に晒される皆に送られる、不可思議な温もり。先生に抱き締められたまま、飛来したそれを受け取ったサオリは、自身の腕に巻き付く様にして消えていく光を見つめ、呟いた。

 この温かさを――優しさを、彼女は知っている。

 

「――アツコ?」

 

 その呟きと共にドローンの光は潰え、軈て力尽きた様に落下する。軽々しい音と共に石床へと叩きつけられたそれは、破損し、力なく先生の足元へと転がった。突風に晒される残骸は、軈て後方へと流れ消えていく。

 それを先生は霞む視界の中で捉える――彼女の想いが、送り出した光が、ほんの僅かな間とは云え先生の身体を癒した。朦朧とした意識が、徐々に明瞭となる。自身の身体に、その腕に、指先に巻き付く光を見下ろしながら先生は思い出す。

 

 あぁ、そうだ――そうだった。

 

 ■

 

【先生、私ね……?】

【ずっと考えることを諦めて、決めることを諦めて……】

【ただ、決まった運命をなぞって生きて来た】

【それで良いって思っていたの】

【抗うだけの力も、勇気も、私には無かったから……】

【でも、今は――】

【今はね……?】

 

【皆と一緒なら、どんな運命(困難)にだって打ち勝てるって、そう想えたの】

 

 ■

 

「前を――ッ!」

 

 一歩を、力強く踏み締めた。

 半ば項垂れる様にして膝を突いていた先生は、満身創痍の身体に鞭打ち、立ち上がろうと足掻く。その腕の中で気配を感じ取ったサオリが顔を上げた。

 視界に、血に塗れ、酷い顔色をした先生の表情が映った。

 

「前を、見るんだ……サオリッ!」

「せ、先生……!」

 

 血の絡んだ濁った声で彼女の名を呼ぶ先生は、項垂れていた顔を上げる。衰弱していた肉体が、アツコの用意した最後の秘策によって僅かな間息を吹き返した。それは単なる延命に過ぎない、しかし与えられたその一分が、或いは数十秒が、或いは数秒が――何よりも重要な意味を持っていた。

 

「必ず、好機は、訪れる……! 私が、私達が、その道を、創る――ッ!」

「―――」

「だから、前を――前だけを、見据えるんだ、サオリ……ッ!」

 

 その言葉にサオリは数秒息を止め、くしゃりと顔を歪める。先生は満身創痍だ、明らかに無理の出来る状態ではなかった。それでも彼はスクワッドの為に道を開かんと立ち上がろうとしていた。それはいつか目にした、先生の根底を証明する光景と同じ。

 サオリは自身の腕を見た。アツコの齎した光はサオリの負傷を癒し、疲れ果てた精神さえも奮い立たせている。吹き荒れる熱波の中、愛銃を握り締めたサオリは二度、三度、その感触を確かめる。

 自分はまだ、戦える。

 まだ、抗える。

 ならば――それならば。

 

 自身には、この想いに応える責任がある。

 

「ッ――!」

 

 彼女の背中を、先生の手が優しく押し出した。

 心が一歩を踏み出すには、それだけ十分だった。

 

「どんなに、辛くとも……!」

 

 サオリから離れた先生の身体が、ゆっくりと立ち上がる。

 震える足で、血に塗れた肉体で、何度倒れても立ち上がる。

 そうして彼は一歩、また一歩と、歩みを進める。

 その背中に、生徒を庇いながら。

 

「どんなに、苦しく、とも――ッ!」

 

 熱風が肌を焼く、光に網膜が焼かれる、全身を苛む苦痛は今尚その肉体を、精神を蝕んでいく。しかし、その程度の事で止まる事は出来ない。先生に続き、覚束ない足取りで立ち上がるサオリ。彼女の双眸は真っ直ぐ前を――先生の背中を見ていた。

 

「私の背中に、生徒が、居る限り――……ッ!」

 

 そして彼は、深紅を前に己の矜持を叫ぶのだ。

 

「私は、絶対にっ、斃れなどしない――ッ!」

 

 声は、飛来する衝撃に負けぬ程の大きさを伴っていた。

 まるで呼応する様に、世界が開ける――紅の極光が裂け、赤に覆われていた世界が静寂を取り戻す。

 永遠に思われたベアトリーチェの極光、渾身の一撃が終わりを告げる。赤熱し蒸気を吹き上げる石床、半円に抉れたバシリカ、その向こう側に無防備なベアトリーチェの姿を認めた。

 

 ――先生(スクワッド)は、耐え切ったのだ。

 

「ヒヨリッ、撃てぇェッ!」

「――ッ!」

 

 即座に声が飛んだ。

 這い蹲っていたヒヨリ、しかし準備だけは怠っていなかった。先生が信じろと云った、だからもし駄目だったとしても、万が一可能性があるのならばと、腕の中にあった愛銃と数発の弾丸だけは必死に死守していた。熱波と衝撃によって背嚢に備え付けられていた幾つかのポーチが紛失し、帽子も飛んで行った。けれど、一番大切なものだけは、手元に在る。

 伏せた姿勢のまま愛銃――アイデンティティの銃口をベアトリーチェに突き出し、ヒヨリは素早く狙いを定め引き金を絞る。瞬間、重低音を打ち鳴らし閃光の如き光が銃口より伸びた。

 それは微かに漂っていた紅を真っ二つに裂き、ベアトリーチェの身体に着弾を果たす。

 

「な――ッ!?」

 

 ベアトリーチェの花弁が揺らぎ、去来する痛み、その瞳が驚愕に見開かれる。あの攻撃で生き残っている筈がないと彼女は確信していた。或いは安心し切っていた。自身の全てを賭した一撃であった、あの脳裏に焼き付いた一撃(神秘砲)にすら届き得る全力攻撃。あれを凌げる存在など、居る筈がない。

 だというのに、視界に映るのは血に塗れ、今にも死にそうな先生の姿と――今尚健在の生徒達。

 確信していたが故に、無防備な状態で受けた一撃だった。それも只の一撃ではない、圧縮された神秘の込められた、致命的な一撃だ。弾頭はベアトリーチェの腹部を穿ち、貫通する。サオリの放った一発に次いで、致命的となり得る傷を齎した。貫通した弾頭は奥のステンドグラスの破片を穿ち、遥か向こうの星々の中へと消えていく。

 

「サオリッ!」

「あぁ……!」

 

 血の絡んだ声で、先生はサオリの名を呼ぶ。彼女は先生の声に応え、空かさず愛銃を構えた。

 

「――ッ!」

 

 躊躇いは無かった。だがほんの一瞬、僅かな感傷が顔を覗かせた。それは同情だとか、憐憫などでは決してない。自身の手でこの暗闇を脱する、楔を断ち切ると云う行為に対して想う複雑な感情、その発露だった。

 しかしそれも瞬きの間に消え、生み出されたそれは銃声に掻き消される。数発の弾丸が銃口より飛び出し、閃光の様にベアトリーチェへと飛来、着弾する。弱り切っていた肉体に駄目押しの一撃、外皮が抉れ、剥がれ落ちたそれが地面に転がる。ベアトリーチェの胴体に次々と風穴が穿たれ、その花弁が瞬く間に深紅へと染まった。大きく揺れ、仰け反る巨躯。

 

「ごふッ……!? ま、さか……あ、あり得な――」

 

 権能が機能しない。

 いや、それは当然の事――彼女は先の一撃で文字通り全てを使い切った。今の彼女には自身の身を守る術も、彼女達を打倒する為の手段もない。空洞となり、赤を垂れ流す自身の巨躯を見下ろしながら、彼女の瞳がゆっくりとスクワッド達に向けられた。

 

「ミサキ、これで、最後だ――ッ!」

「……あぁ」

 

 紅の瞳に、子どもが映る。

 ゆっくりと立ち上がり、セイントプレデターを構えるミサキ。その視界、照準器の向こう側で愕然とする嘗ての支配者(マダム)を見て、感嘆を漏らす。

 彼女はその目を細めると、吐き捨てる様に云った。

 

「やっと――そのいけ好かない顔を吹き飛ばせる」

「せ……」

 

 引き金が絞られ、弾頭が射出される。それは僅かな前進後、メインブースターに点火し、急速に加速した。

 白煙を引いて上昇し、ベアトリーチェに目掛けて飛翔する弾頭。それを避ける術が彼女には無い。根を張り、地面と一体化した彼女の巨躯は抗う事も出来ず――ベアトリーチェは最後に、スクワッドと先生に手を伸ばし。

 絶叫した。

 

聖人(先生)――ッ!」

 

 着弾――同時に炸裂。

 ベアトリーチェの上半身が爆炎に呑まれ、星々の輝く暗闇の中で緋色の灯を撒き散らす。衝撃と爆音が周囲を襲い、スクワッドと先生が爆風に一瞬目を閉じる。熱風が肌を焼き、再び目を開いた時、煌々と燃え盛る炎が視界に映った。火の粉が宙を舞い、僅かな間のみ昼間の明るさを取り戻すバシリカ。緋色の炎が彼女の身体を覆い尽くし、その外皮を舐める様に伝わっていく。その様子を先生とスクワッドは、ただじっと見つめ続けた。

 

 緩慢な動作でセイントプレデターを降ろしたミサキが息を吐き出す。這い蹲っていたヒヨリが愛銃を抱えて膝立ちになり、サオリは握り締めた愛銃の銃口を下げ、静かに先生を見た。

 

「お、わ……った?」

 

 酷く疲れた様子で、放心した様にヒヨリは呟いた。ミサキはその場に腰を下ろし、自身の口元を覆っていたマスクを下げ、云った。全身から倦怠感が滲み出る様な姿だった。

 

「流石に、もう起き上がれないでしょ……終わったんだよ、きっと」

「そ、そうですよね? ――そう、ですよね」

 

 繰り返し口にして、ヒヨリはその身体を折り曲げる。愛銃を地面に落とし、肩を震わせながら彼女は大きく息を吐き出した。その瞳には涙が滲んでいた。

 

「……先生」

「――……うん」

「これで、私達は――」

 

 声は、僅かに震えていた。ぐしゃぐしゃになった髪で、砂塵と血に塗れた顔で、彼女は先生を見つめる。その瞳込められた感情は複雑で、けれど強い安堵を感じさせた。スクワッドは、誰も欠けていない。あの絶望的な状況から、全員が生還を果たしている。

 先生はゆっくりと首を動かし、天を仰いだ。その手にしたシッテムの箱、それを大事に胸に抱え込み、動かなくなった左腕を揺らしながら――彼は呟く。

 

「……行こう、アツコが待っている」

 

 ぱちぱちと、火が爆ぜる音が響く。その明かりが先生の横顔を照らし、血の気の失せた、けれど確かな希望を灯らせた瞳で以て先生は告げた。

 

「彼女を、助けに行こう」

 

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