「先生、な、なんで、此処に……どうして?」
「云ったよね、私はどんな時でも、ミカの味方だって」
汗を流し、弾む息を噛み殺しながら屈託のない笑みを浮かべる先生。それを見上げながら戸惑い、弱々しく問いかけるミカ。先生の姿は中々どうして、酷いものだった。汗と血の滲んだシャツ、口の端には乾いた血がこびり付き顔色はどう見てもあの時より悪化している。ぶら下がった左腕はただ揺れるだけで、先程から一切動いていない。
総じて満身創痍、誰かを助けられるような状態では決してない。だと云うのに彼はこの場に立ち、ミカの前に――生徒の前に佇んでいた。
「――どんな時でも、ミカの為なら駆け付けるって」
「……っ!」
その言葉に息を呑む。
そうだ、先生はその誓いを、約束を破った事など一度もない。自分が倒れそうな時、間違えそうになった時、底へ沈みそうになった時――先生はいつだって、どんな時だって、必死になって駆け付けてくれた。
傷だらけになって、その手を伸ばしてくれた。
けれどミカは伸ばされた手を取る事が出来ない、最後まで彼女の心が、自責の念が邪魔をする。
「で、でも、私に、そんな――そんな、価値なんて……!」
「あるとも」
告げ、先生は徐にミカの手を取った。大きくて、少しだけ冷たい、けれど確かに大人の手だった。
ぐんと、引き上げられるミカの身体。引っ張られるように引き起こされた彼女は、先生の胸の中に飛び込む形で抱き留められる。鼻腔を擽る先生と汗、そして血の香り、僅かな甘さを伴うそれにミカの心臓が高鳴る。
先生はミカを抱き留めたまま小さく、けれど確かな力強さと共に告げた。
「どんな生徒であっても、その胸に秘めた光には無限の可能性と、計り切れない価値がある――文字通り、私の全てを賭す価値が」
例え本人が否定しても、それだけは真実であると、先生は信じ続ける。
それを守る為ならば、先生はどんな無茶だって通す。
その想いと共にミカの手を離し、先生はゆっくりと踵を返してユスティナ聖徒会の元へと歩き出す。ミカは咄嗟に彼の裾を掴んだ、外套を引かれた先生の足が止まり、その視線がミカに向けられる。
それを見上げながら、ミカは縋る様に懇願を口にした。
「だ、駄目だよ先生……! そ、そんな状態で、戦える筈ないじゃん! 今からでも遅くないから、私が、私が何とか、押し留めるから……! だからその間に、お願いだから逃げて……!」
声には必死の想いが籠っていた。仮に此処で先生が立ち塞がろうと何にもならない。先生は人間だ、大人である前にか弱い一人の人間なのだ。銃の一つも持たず、肉体的に強靭な訳ではない、この場所に於いて先生の存在は精神的に救いにはなっても、事態を好転させるには至らない。そんな満身創痍な身体で守られる事に、ミカは堪え切れない罪悪感を覚えていた。
「……そのお願いは、悪いけれど聞けないよ」
彼女の縋る手を見つめながら、けれど先生は首を振ってみせる。
「傷だらけで、今こうやって苦しんでいる生徒に背を向ける先生なんて、何処にも居ない」
此処で逃げる選択肢なんて、存在しない。
そもそもこの状況で背を向ける大人ならば、この場所に立つ事さえ無かった筈だ。
だからこそ彼女の言葉に頷く事はあり得ない、例え手足全てを千切られて、伸ばす手さえ残されいなかったとしても――自身はきっと、この場所に立っていた筈だから。
「ミカがどんなに自分を悪く云っても、どんな道を選んでも、私の大切な生徒には変わりないんだ」
「―――」
「だから私は、私の持てる全てを費やし全力で寄り添う、
己は、先生だ。
先生とは、そう在るべきなのだ。
他ならぬ私は、先生と云う在り方を――そう信じる。
薄汚れ、擦り切れた純白であった外套、シャーレのそれが視界の端で翻り、ミカの視界一杯に先生の背中が映った。するりと、ミカの手の中から掴んだ外套の裾が滑り落ちる。
か弱い人間の背中だ、弾丸一つで命を落としてしまう程に脆い。
けれど
「私のっ――」
――此処で、
目前で群れ為すユスティナ聖徒会を見据えながら、先生は右腕を天に突き上げた。懐に仕舞い込んだシッテムの箱が呼応し、画面が点灯する。
瞬間、先生を中心に巻き起こる風、青白い光が回廊を奔り抜け、彼の指先が光り輝く。
「っ……!」
そして、渦を巻く莫大な神秘が先生の指先に集中し、朧げな
先生の肉体、そしてシッテムの箱が持つ充電残量は心許ない。恐らくこれが最後の一回、これを切れば自身は戦闘能力の一切を消失する。電力を全て吐き出す訳にはいかなかった、しかしその覚悟が無ければこの苦難を乗り越えられない。
ならばこそ、躊躇いはなかった。
歯を食いしばり、力強く地面を踏み締める。指先に集中した青白い光、大人のカードを掲げたまま――光と共に、先生は叫んだ。
「私の大切な
「―――」
光は弾け、先生の指先に完全なるカードが顕現する。
膨大な神秘を圧縮した、先生の持ち得る
それは回廊全てを遍く照らし。
その美しい光景を、ミカは赤らんだ表情と共に呆然と眺めていた。
■
【――ずっとこの時を待っていたよ、先生】
■
「えっ――?」
先生に見惚れるミカに冷や水を浴びせるような、そんな声が響いた。
突如、ミカを襲う強烈な不快感。ぐわんと視界が揺れて、彼女はまるで海原の上に立ったかのような不安定さを覚えた。足元が覚束ず、思わずその場に膝を突く。強烈な痛みが胸を突き抜け、悲鳴を呑み込んだ。
しかしそれは負傷による痛みや異常ではない――声は、自身の内側から響いていた。
「ぁ、ぐ……っ!?」
ミカの心臓が跳ね、早鐘を繰り返す。冷汗が滲み、ミカの頭部が締め付けられるような痛みと不快感を発し、ヘイローにノイズが走った。視界が歪む、向こう側で光り輝く先生の背中が見える。その光景が、光が、背中が、ミカの何かを掻き立てる、何かを強く訴えかける。
【そう、ずっと待っていたんだよ……ずっと、ずっと】
「な、に、誰……なの?」
何だ、これは。
この声は、誰だ?
ミカは額を押さえつけながら項垂れ、声の主に問い掛ける。地面に突いた掌に汗が滴り落ち、幾つもの痕を残した。どうしてだろう、その声を知っている筈なのに、一番良く聞いた声の筈なのに。それでも何故か乖離する、彼女の中に存在する何かが否定する。
この声の主を、自分は知らない。
この光景を、自分は知らない筈なのに。
何故か、強い既視感を覚える。
【私と、『私』の想いが一致する――私が、『私』と交わる……!】
「あ、なた、は――……?」
意識が混濁する、何か――途轍もなく大きな何かが、彼女の中に入り込もうとしている。それはミカという存在を掻き消してしまう程に強大で、鮮烈で、けれど破壊ではなく、寧ろ存在全てを包み込む様な優しさも持ち合わせていて。
それが何かを理解するより早く、ミカの視界が徐々に暗転する。先生に向けて伸ばされた手は、ゆっくりと地面に落ち。
誰かが代わりに、自身の内側で歓喜の声を上げた。
【この、瞬間を――ッ!】
■
「行こう、アロナ――!」
先生の傍に、人型の光が浮かび上がるのが見えた。
世界が急速に色を取り戻す、ミカの意識が復活する。
視界が一気に広がり、視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、全てが一度に流れ込み、大きく息を吸い込む。まるで生まれ変わった様な気分だった、否、実際生まれ変わったと云っても過言ではない。
先生が右腕を振り下ろし、何かを叫ぼうとするのが見えた。あの凝縮された神秘が解放されてしまえば、カードの使用が確定され、不可逆の奇跡が行使される――唇を滴る血を静かに舐めとり、彼女は手の中にあったそれを大事に仕舞い込むと、静かに動き出した。
だからこそ先生の背後へと歩み寄ったミカは、無造作に掲げた先生の腕を掴む。
それに気付いた先生が、驚愕と共に振り向いた。
「っ、ミカ――?」
「……先生、それは駄目だよ」
回廊に声が響いた。
その声はミカのものである筈なのに、酷く冷静で、淡々としていて、平坦だった。けれどそれは感情が存在しないという訳ではない――寧ろ何か、爆発しそうな想いを内に秘め、必死に覆い隠そうとしているようにも思えた。
先生の腕を掴むミカの手に力が籠る。痛みを伴うものではなく、寧ろ離れがたい感情を伝えて来るような、そんな力強さだった。
「ありがとう、また助けてくれて――でも、此処は私に任せて」
「っ……?」
「先生に
何か、様子がおかしい。
先生は唐突に変化したミカの気配に、内心でそんな呟きを漏らす。
外見は聖園ミカその人だ、つい先程まで自分が背に庇っていた生徒そのものだった。だというのに、纏う雰囲気だけが豹変している。中身が丸々入れ替わったかの様な、滲み出る気配だけが余りにも異質だった。
彼女は弾丸によって所々ざっくばらんになった髪を払い、その顔を上げる。
「この程度の敵、私ひとりで十分なんだから」
その表情は、何処までも自信に満ちており――瞳に星々が煌めいていた。
硝子が割れるような甲高い音と共に、先生の指先に収斂した光は弾け、周囲に顕れようとしていた人型はその形を崩し力を発揮する前に霧散する。奇跡の行使は為らず、代償もまた支払われない。
再び静寂の訪れた回廊を見渡しながら、ミカは満足そうに微笑んだ。
下がっていて――そう告げ先生を後方へと優しく押しやったミカは、改めてユスティナ聖徒会と対峙する。
そこに気負いは見られない。
「さて、と」
手に握っていた愛銃を見つめ直し、その弾倉を検める。弾薬は弾倉半分、引き金を絞ればすぐに消えてなくなる様な弾数。そうなると肉弾戦主体で戦う事になるだろう、負傷した肉体ではやや不利か。
しかし、不安はなかった。
まるで世界全てを感じる様に両手を広げた彼女は、大きく息を吸い込む。肺を満たす空気、ずっと感じられなかった新鮮な世界の感覚。
それらを堪能しながら徐に一歩を刻み――聖女バルバラへと肉薄した。
それは一瞬の事であった。
ミカの立っていた床が爆ぜ、衝撃と共に掻き消える影。
つい先程まで、視線で追える程度の速度しか出せなかった聖園ミカが――気付けば、と表現するしかない様な速度と爆発力で以て目前に迫る。バルバラの反応が遅れ、視界一杯にミカの表情が映った。
「此処から先は、進ませないよ」
「――!」
風切り音、同時に頭部に着撃する拳。
一拍遅れてミカの足元が粉砕し、バルバラの顔面が弾け飛ぶ。本人からすれば、首から上が消し飛んだと錯覚する様な打撃。その巨躯が地面と水平に吹き飛び、背後のユスティナ聖徒会を巻き込みながら外壁へと叩きつけられ、轟音を打ち鳴らした。衝撃で崩れ落ちる外壁、暗闇の向こう側へと消える聖女バルバラ。ミカは殴り飛ばし、蒸気を吹き上げる自身の拳を見つめながら小さく息を吐き出す。
「ッ……!」
その一部始終を辛うじて視認していた先生は、戦慄した。
彼女の拳に込められた威力と神秘の濃度は、先生をして類を見ない程。切り札によって呼び出された生徒と比較しても、尚劣らないだけの威力を秘めている。それは本来、あり得ない現象と云っても良い。
何故ならそれは――反則に近い事象なのだ。
まるでほんの一瞬の内に著しい成長を遂げたかのように、彼女の中に巡る神秘は膨大なものとなっていた。まだ僅かな違和感が節々に残っているものの、それも何れ掻き消える。
「うん、大丈夫そう――良く馴染みそうじゃんね?」
頭の天辺からつま先に至るまで、意識の届く範囲で感じられる神秘の躍動。それらを確かめながら彼女は呟く。
これならきっと、大丈夫。
そう確信し、彼女は自身の手を一際強く握り締める。そしてミカは先生の方を振り返ると、くしゃりとその表情を歪めた。それは今にも泣きそうな、それでいて何か、酷く嬉しそうでもある。複雑で、余りにもあらゆる感情の込められた表情であった。口を開き、閉じる、そんな事を何度か繰り返した彼女は意を決した様に言葉を発した。
「先生、今度は――……」
呟きは、震えを含んでいた。
何かを躊躇う様な、或いは言葉を選んでいる様な逡巡を見せ。ぐっと唇を噛み締めた彼女は、何度か声を呑み込み。それから泣き笑いする様な、歪んだ笑みを浮かべたまま、彼女は云った。
「今度は絶対、守るから」
「……ミカ?」
――後は、全部託すからね。
胸中で告げ、彼女は目を瞑る。途端、内面で切り替わるその意識。再び目を開いた時、彼女は数歩蹈鞴を踏んで周囲に視線を向けた。
「えっ――……あれ?」
最初に浮かんだのは困惑の表情、自身が今何をしたのかを理解している、しかしそれは明らかにミカの意志ではなかった。今しがたバルバラを殴り飛ばした拳を見下ろしながら、彼女はゆっくりとそれを引き戻す。
意識が戻った、元の自分に切り替わった――違う、そうではない。
彼女は、全てを託したのだ。
「先生……? あ、あれ、わ、私、何で……っていうか、こんな私、強くなかっ……じゃなくて――今、私はシャーレに居た筈で、これから……エデ、あ、いや、ゲヘナ、は、違う違う……」
意味のない言葉の羅列、思考が完結せず自意識が曖昧になる。視線が泳ぎ、彼女は冷汗を噴き出しながら頭を抱えて後退した。
今、ミカの脳裏には幾つもの記憶とそれに伴う感情が雪崩れ込み、その余りにもリアルな体験が彼女の心を焼き尽くさんと襲い掛かっていた。
それは彼女の知らない世界、体験したことのない悲劇。
こんな事は知らない、憶えていない――だというのに強烈な既視感と共に彼女の脳裏に刻まれて行く。聖園ミカの経験として、聖園ミカの人生として。
それは上書きではなく共存、経験の蓄積、聖園ミカという器を長い時間をかけて拡張させた彼女が、満を持してそこに水を流し込んでいるのだ。
流し込まれる水とは、ミカの意識に潜んでいたもう一人の彼女――異なる結末を辿った聖園ミカの人生そのもの。余りにも膨大なそれにミカは翻弄され、唯々自身の頭を抱えながら錯乱する事しか出来ない。
頭が痛む、胸が軋む、胃が裏返る様だ、吐き気がする――けれどそれに勝る、託された激情がある。
「私はミカ、聖園ミカ、ティーパーティーで、パテル分派の首長で、今代のホスト……違う、もう私はトリニティを追放され、じゃない、そんな事じゃなくて、連邦生徒会……シャーレ、は、私、そう、私はシャーレで――エデン条約は、そう、そうだよ、先生は、私は先生を……――」
「ミカ? ミカ……ッ!?」
「条約は、アリウス、そう、アリウスに……シャーレが、そう、解体、されかけて、魔王も、あ、いや、あれは、そうだ、セミナーで、それで、連邦生徒会……違う、連邦生徒会長、そうだ、連邦生徒会長が……を――それで」
頭を抱え、髪を毟りながら譫言の様に何かを口ずさむミカ、その光景は不気味で悍ましいものだろう。
だが唐突に、ぴたりとその震えが収まった。
時間にして十秒程度、しかし彼女からすれば文字通り――人生ひとつ分の回想。
それを追体験し、記憶と経験として蓄積した彼女は自身の終わり、その結末を知った。ミカの両目が大きく見開かれ、彼女は呆然とした表情で【それ】を口にする。
「――先生が、虹の契約を結んだ」
「ッ――!?」
彼女の発した一言に、先生の身体が明確に硬直する。
何故なら、それを知る者は――知っている筈の者は、居ない筈だった。
共に世界を渡るたった一人と、イレギュラーである彼女を除いて。
その言葉が聖園ミカから発せられる事はあり得ない、もしそれを知っていると云うのであれば――目の前の存在は。
聖園ミカは。
「まさかミカ、君は……っ!」
「思い、出した……いや、これは思い出すって云えるのかな? あはは、分かんないや、私、そんな頭良くないし、分かんないけれど……」
微かに震え、冷え込んだ指先。それを握り込みながらゆっくりと顔を上げるミカ。陽に照らされた彼女の横顔、その瞳が先生を正面から射貫く。
「このまま進んだ
「ッ……!」
まるで奈落の底を覗き込んだような、おどろおどろしい感情と激情の発露。そんな瞳を、表情を、先生は何度も見て来た。だからこそ彼の胸は軋み、動悸は激しさを増す。
強張る先生の表情を見つめながら、彼女は引き攣った笑みを浮かべたまま納得の言葉を吐き出した。
「そっか、そういう事だったんだね、私の意識が時々途切れていたのも、何で私が【こんな道】を選んだのかも全部……全部、分かった」
ゆらりと、彼女は上体を起こす。天を仰いだ彼女は数秒程差し込む陽の光を浴び、愛銃を強く握り締めたままユスティナ聖徒会と向き合った。彼女の纏う気配、雰囲気は何だろうか? 退廃的で、何処か薄暗く、同時に触れると焼けてしまいそうな熱を感じさせる。
崩れ落ちた外壁、それを腕で払い除け、片腕を失ったバルバラが回廊へと戻って来る。凹み、傷付き、砲身の捻じれ曲がった火器を投げ捨て、相も変わらず色の見えない瞳で以てミカを見つめていた。
それに応じる様に顔を逸らした彼女は、一歩、また一歩とユスティナ聖徒会へと歩みを進める。
ぐるぐると、ミカの頭の中を同じ光景が巡っていた。聖園ミカという存在に刻み込まれた想いと記憶――ある意味、予知に等しいそれ。嗚呼、こういう景色を何度も見て来たのなら、セイアちゃんもこんな気持ちだったのだろうか? 何て、そんな事を考えて。
ミカは乾き、ふとすれば掻き消えてしまいそうな声量で呟く。
「駄目だよね、そんなの……うん、だってさ、似合わないよ、先生には、あんな
「ミカ……ミカッ!」
「先生は生徒の為に、身を粉にして、こんな、こんな私にだって、あんな事云っちゃう人なんだから――報われなきゃ駄目だよ、沢山、沢山苦しんで頑張ったんだから、幸せにならなくちゃ……その権利が、先生にはあるんだもん……!」
必死にミカの名を呼ぶ先生。しかし、その声は彼女に届かない――正確に云えば、それに勝る激情がその胸を焦がしている。
終わりを見た、結末を見た、絶望を見た、赤に沈む世界を見た。
その中で救われない最期を迎える大切な人を見た。
そんな結末を、彼女は認められない。
そんな最期を、彼女は受け入れられない。
だから――だからこんな真似をしてまで彼女は世界を超え、自身の中に
そして漸く、彼女の願いは成就する――もう一人の
先生は報われなければならない。
先生は幸せにならなければならない。
その為に、
「だから、私は――ッ!」
「……!」
示し合わせた様に、バルバラとミカが地面を蹴った。
互いの足元が爆ぜ、バルバラの巨躯とミカの身体が瞬く間に接近する。振り被った拳、互いのそれが風切り音を鳴らして繰り出され、激突した。
衝撃が周囲の空間を揺らし、瓦礫が突風に吹き荒らされる。傍に立っていたユスティナ聖徒会の数名が衝撃で吹き飛ばされ、地面を何度も転がるのが見えた。真正面からの力比べ、込められた神秘が互いの腕を貫き、バルバラとミカの長髪が後方へと靡く。
激突した互いの拳――打ち勝ったのはミカ。
バルバラは握り締めた指先、それが中程から圧し折れる音を聞いた。そのまま腕を振り抜くミカ、バルバラの腕が弾き飛ばされ、その巨躯が仰け反る。罅割れ、最早原型をとどめないガスマスク、その罅割れ欠けたレンズに映るミカは、狂気的な嗤みを浮かべ――全力で吼えた。
「先生の為にッ! 先生だけの為にッ! 今度こそ、先生を【幸せにする】って決めたんだッ!」
ズン、と打ち鳴らされる震脚。同時に放たれたミカの打撃が、バルバラの腹部を打ち据えた。肉を打つ打撃音、背中を突き抜ける衝撃。同時に見上げるような巨躯が簡単に浮き上がり、肉体がくの字に折れ曲がる。耳を劈く途轍もない衝撃と轟音。石床が捲り上がり、蜘蛛の巣状に罅割れた。
「私を受け入れてくれた先生! 私に素敵な思い出をくれた先生! 私を幸せにしてくれた先生ッ! 私にッ、最後まで寄り添ってくれた先生ぇッ!」
それは血を吐く様な叫び、或いは歓喜を滲ませる生誕の声。
陽に照らされた回廊、それでも未だ尚薄暗い影の中で踊る赤の滲んだ白、その後ろ姿から――先生は目を離せない。血が滲み、傷だらけになった拳を振り被って、彼女は自身の想い、その全てを声に乗せて叫んだ。
「あなたに殉じる為に、私はっ、今――此処にいるッ!」
繰り出される拳――今の彼女が出せる、全力の一撃。
出鱈目な神秘濃度を誇るそれが、バルバラの顔面を直撃し、回廊が揺れた。
バルバラにとっては、それが決着の一撃となった。耐久限界に達したバルバラの輪郭が崩れ落ち、その存在が消失していく。空間に溶ける様に、或いは、最初から存在しなかったかのように。悲鳴一つなく掻き消えていく聖女バルバラ、それをミカは何の感慨も感じられない瞳で見送る。
振り抜いた拳、バルバラを掻き消したそれが突風を巻き起こし、後方に居たユスティナ聖徒会に拳圧が直撃する。幾人かはその輪郭を不安定なものとさせ、数十人というユスティナ聖徒会が紙切れの如く吹き飛んでいくのが見えた。虚空に掻き消える個体、外壁に叩きつけられ消滅する個体、地面を転がりゆっくりと溶けていく個体。
聖女バルバラは消滅し、残るはユスティナ聖徒会の生徒のみ。だが、戒律の守護者とは云え一般生徒に毛が生えた程度の戦力では彼女の相手になり得ない。
それを理解しているからこそ、ミカは大きく息を吐き出して全身から力を抜いた。
腕にぶら下げた愛銃を見下ろし、彼女は苦笑する。結局、ただの一発も撃つ事はなかった。
「ふぅー……あははっ、やっぱり
全身を駆け巡る力の奔流、つい先ほどまで感じていた疲労も、痛みも、何も感じない。残るのは何事であっても成し遂げられそうな全能感と、強い渇望。或いは使命感と云い換えても良い。
ミカは自身の胸元に触れ、小さく呟く。
受け取ったよ、文字通り命懸けの――別の未来を歩んだ、
彼女に心の中で言葉を送りながら、ミカは自身のポケットに手を差し込む。取り出したのは銀の指輪、先生と自身の繋がりを示す証明――以前の彼女であれば、縋る事はあってもソレを身に着ける事はしなかっただろう。その資格がないと、彼女の罪悪感や自責の念、後ろめたさが身に着ける事を許さなかったのだ。
けれど今は違う、在り得るかもしれない未来を知った彼女は躊躇しない。確固たる想いが、決意が、覚悟があるのならば呑み込める筈なのだ。その程度で崩れてしまう想いならば、疾うの昔に折れていた。
手にしたそれを陽光に照らし眺めた後、彼女は静かに自身の指先へと嵌める。あの日、初めてこれを受け取った日と同じように。
――塔に幽閉されたお姫様が運命の人にセレナーデを歌う物語。
鬱屈とした世界の中で、唐突に現れた
その先に希望と、明るい未来が続いていると信じて、真っ直ぐに。
けれど、それでは手に入らないものがあると知った。この世界は、そういう物語ではなかった。
希望は絶望に、光は闇に、どれだけ善人であっても、正しい事を為したとしても、それが報われる事は無く、ただ苦痛と恐怖だけが渦巻く世界。
運命の人が、ただ苦しみ悶え消えていく世界。
けれど。
外の世界が希望ではなく絶望に、光ではなく暗闇に支配されているのならば。
その中で運命の人が、傷だらけになって非業の最期を遂げるのならば。
――お姫様が、王子様の為に剣を取る事だってあるのだ。
「ねぇ、先生」
差し込む陽光、淡いそれに照らされた彼女がゆっくりと振り返る。ふわりと煤けたスカートが浮き上がり、彼女のヘイローが一際強く輝いた様に見えた。
先生の視界に、陽光に照らされたミカの姿が映る。けれど何故だろう、振り返る彼女の姿が――いつか見た、最後の姿と重なる。この場所に存在しない、燃え盛る炎の背景を幻視してしまう。場所も、状況も、何もかもが異なると云うのに、内に光る白だけは永遠に変わる事が無くて。
「救いに来たよ――私の大切な王子様!」
降り注ぐ柔らかな光の中で、血に塗れた手を差し出し。
彼女はそう云って、綺麗に微笑んだ。
よわよわミカ、涙目ミカ、激昂ミカ、覚醒ミカ。
それらを経て、
【
強靭な肉体と神秘濃度から成る防御・攻撃技術。技術と云うが、本人からすると、「わっ、何か痛そうな攻撃だな~」と思ったら気持ち身構える程度のもの。それだけで防御能力が飛躍的に向上し、反対に殴る時に「えいっ!」と力を籠めるとコンクリートを砕き、相手は死ぬ。
小説内ではコレだけでスクワッド・アリウス相手に大立ち回りをしていた。技と云うか常に彼女に発動しているパッシブスキルみたいなもの。
究極のミカになると、戦車の主砲が顔面に直撃しても、「びっくりしたなぁ」で済む。いや、これは前からそうか……? そうかな、そうかも……。
【
祝祷を更に攻撃に先鋭化させたもの、簡単に云うと全力でぶん殴ったり、銃をブッパする。喰らった相手は死ぬ。普通の生徒相手に使うと大体過剰火力になって当たり所が悪かったり、消耗した相手に使うとヘイローを本当に破壊しかねないので、いつもは大体自重している。
サオリ相手には一回も使わなかった。
バルバラ相手には何回か使用したが普通に耐えられた。
優秀なサンドバッグじゃんね?
しかし究極のミカになった途端、火力が倍以上になったので耐えられなくなって消滅した。因みに防御力も倍になった。
悪くないサンドバッグだったじゃんね?
【星の呼び声】
隕石が落ちて来る、相手は死ぬ。
ゲーム本編でも隕石が落ちて来る。
何で……?
流石に小説内で隕石を落とすのはどうなん……? と思ったので、恐らく車とか瓦礫とか石柱とか引っこ抜いてぶん投げる技にしたいと考えたが、それって「星の呼び声」と云えるのだろうかと苦悩する羽目になった。
ミカが星って云ったらそれは星なんですわよ。
何なら一時全力で相手を宙に殴り飛ばして星にするから「星の呼び声」でも良いのではないだろうかとも思ったけれど、絵面がギャグマンガのソレだったので却下。正直手に余る技である、もし作中隕石が落ちて来たらこの技のせい。実際どうやって隕石呼んでるの……? もしかして重力操れたりします……?
【
ミカの全力射撃、つまり神秘砲、確定会心付き。
通常ミカだけでも問題なく使用できるが、未来ミカの記憶や感情、神秘を譲渡された事により技の出力がエラい事になった。未来で陰惨な結末を迎えた未来ミカと、この世界のミカが交わる事によって手にした、先生からすると反則の力。
因みに作中では一度も使用されていない。
ミカが全力で殴るより強いし、隕石落とすより強い。バルバラもワンパン出来るし、召喚されたホシノの神秘砲と真正面から撃ち合えるレベルになると思われる。つまり一人だけ常時先生の大人のカードで呼び出された生徒状態。この状態なら一人でアリウスに喧嘩売っても自治区単独制圧が可能なんじゃないかなぁ……でもそうすると、「私のお姫様」って呼んで貰えないので駄目です。
究極ミカの意識ベースはこの世界のミカですわ。正確に云えば彼女の中に存在していた未来ミカは既に存在しませんの。意識を交わらせ、その力や記憶、経験を全て譲渡した時点で彼女は現在のミカの中に溶けて消えましたわ。
未来ミカの目的はこの瞬間、この場面に至る事。それによって自身の力や記憶を譲渡し、今度こそ先生と共に幸福な結末を掴み取る事。先生を守る力が足りなかったのなら、無理矢理にでも付け加えてしまえば良いという、何ともパワーイズジャスティスな考え方ですわね。
けれどこの場面に至った自分ならば、きっと同じような想いを抱いてくれると彼女は信じているのです。これもまた同じ状況、同じ選択ですわね。
素敵な王子様が辿る報われない最期を変える為に、圧倒的な力を持ったお姫様が降り注ぐ困難や試練を片っ端から粉砕していく……。
これもまた愛ゆえに、ですわねぇ~ッ!
因みにマタイ福音書の箴言に「剣を取るものは皆、剣によって滅ぶ」ってものがありましてぇ……。